Cocktail Story

夜代 朔

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#005 キール

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    男性=★  女性=♥       舞台…バー  

    (店のドアが開く音)

   ★「どうしたんだい? 急に呼び出して」

   ♥「…少し、話したいことがあるの」

   ★「…?うん」

   ♥「…私達、もう終わりにしましょ」

   ★「え?」

   ♥「…もう、終わりにした方がいいと思うの。私達の、この関係を…」

   ★「それは…、どうして?」

   ♥「…ただ何となくよ。そう思ったの」

   ★「何となく?」

   ♥「えぇ」

   ★「何となく、そう思ったのかい?」

   ♥「えぇそうよ」

   ★「……それは」

   ♥「突然言い出して申し訳ないとは思っているわ。でも、もう終わりに…」

    (言葉を遮るようにして)
   ★「それは嘘だね」

   ♥「え、」

   ★「嘘だろう?」

   ♥「…嘘じゃないわ」

   ★「嘘だ」

   ♥「……だから、嘘なんかじゃ…!」

   ★「だって君は、何となく何かを決めるような人じゃないだろう?」

   ♥「……ッ、それは」

   ★「わかってるよ。また何か、一人で考え込んでいるんだね」

   ♥「……そんなこと、」

   ★「一人で考えて結論を出せるのは、君の凄いところではあるけれど、悪い所でもある。君は考え込むあまり、結局は自分が我慢すればいい…なんて思い込んでしまうからね」

   ♥「……だって、仕方ないじゃない。いつもそうして来たんだから」

   ★「何かある時は僕を頼ってくれって言っているのに。君は全然頼ろうとしてくれない」

   ♥「それは、」

   ★「僕に迷惑をかけたくない。そう思っているからだろう?」

   ♥「……」

   ★「はぁ、本当に君って人は…どうしてそんなにも不器用で馬鹿なんだい」

   ♥「なっ、馬鹿とは失礼ね!」

   ★「だってそうだろう? 僕に気を遣ってばかりいるから、こうして君一人で抱えこむことになっているんじゃないか」

   ♥「…それは、そうだけど」

   ★「いいかい? よく聞いてくれよ?」

   ♥「……」

   ★「僕は、君を信頼しているし、愛している。それは、君と僕の今の関係を無しにしたとしても、だ。僕は、君という一人の女性を信頼しているし、愛しているんだよ。」

   ♥「…私、貴方にそこまで言って貰えるような人間じゃないわよ…」

   ★「いいんだ。いいから、よく聞いてくれ」

   ♥「…でも」

   ★「君は優しい人だよ。そして、責任感も強い。何事も最後までやり遂げるし、その為に一生懸命頑張れる人だ。誰かの為に行動をすることが出来る人で、自分を犠牲にすることにも躊躇いがない。それだけ、相手を思いやれる人なんだよ」

   ♥「…そうかしら、」

   ★「僕は、そういう君を本当に尊敬している。でも、やっぱり心配にはなるよ。君が無理をしているんじゃないか…ってね」

   ♥「別に無理なんてしてないわ…」

   ★「…(ため息)僕が言いたいのは、君はもう少し人を頼ることを覚えた方がいい。ということ」

   ♥「そんなこと言われたって…」

   ★「焦らなくてもいいよ。ゆっくりでいい。僕はずっとそばに居るから」

   ♥「…貴方話聞いてた? 私は、もうこの関係を終わりにしたいって言ったのよ」

   ★「終わりになったとしても、僕は君から離れないよ」

   ♥「どうしてよ。だって、この関係が終われば別に」

   ★「言っただろう? 僕は、君という一人の女性を信頼して、愛しているんだ。この関係が終わろうと、君から離れることはないし、これから先も、ずっと君のそばに居る」

   ♥「…なんでそこまで」

   ★「こればっかりはなぁ、どうしようもないよ。もう、僕の人生は君に捧げているようなものだからね」

   ♥「……なによ、それ」

   ★「ハハッ…。本当、自分でもおかしいと思うよ」

   ♥「馬鹿よ、貴方…」

   ★「そうだね。そうだと思う」

   ♥「……私は、離れようとしたのに」

   ★「君が僕から離れることは、僕の為にはならない。勿論、君の為にも」

   ♥「……どうしてそこまで言いきれるのよ」

   ★「さぁ、? 」

   ♥「…私は、怖いわよ。これ以上貴方のそばにいることが」

   ★「どうして?」

   ♥「だって、こんなにもお互いを必要としているのに、いつか突然終わりが来てしまったら? お互いを信頼して、愛してしまっているからこそ、突然来る別れに耐えられなくなってしまうかもしれない。 貴方が、私を嫌に思う時があるかもしれない。私に失望して、私から離れたいって思うかもしれない。 怖いのよ。不安なの。この先のこと考えてしまうと、怖くて怖くて堪らない。だって有り得ない話じゃないでしょう? それは、いくら私達の関係が深まっていたとしても…」

   ★「…未来のことは誰にもわからないよ」

   ♥「そうよ。わからないからこそ怖いのよ」

   ★「わからないからこそ、未来なんだ」

   ♥「……(ため息)私、貴方のそういう所嫌いよ。私が言ったことに対して全部反対のことを返してくるところ」
    
    ★「それも嘘だね。君は、僕のこういうところが好きな筈だよ。僕のこういうところに、君は助けられてるから」

   ♥「……ほんと、本当にそういう所!もう!」

   ★「ハハッ…ほらほら、そんな怒らないで。せっかくの美人が台無しだよ 」

    ♥「誰のせいよ…もう」

    ★「でも、さっきよりいい顔しているじゃないか」

    ♥「……それはどうも」

    ★「そしたら、そうだね。せっかくだし乾杯しようか。とっておきのカクテルで」

    ♥「とっておきのカクテル…?」

    ★「このバーで初めて君と会った時、一緒に飲んだカクテル…覚えているかい?」

    ♥「えぇ、キール…でしょ?」

    ★「そう。あのカクテルは、僕達にとって大切な思い出の一杯だから。久しぶりに飲もうよ」

    ♥「それはいいけど、どうして急に?」

    ★「このカクテルを、君に捧げたくなったんだよ」

    ♥「どういうこと?」

    ★「……このカクテルの意味を知ればわかるさ」

    ♥「どういう意味なの?」

    ★「それは、後のお楽しみ」

    ♥「なによ。今教えてくれたっていいじゃない」

    ★「教えてもいいけど、やっぱり…ダメ。自分で調べることに意味があるから」

    ♥「ふーん…」

    ★「じゃあ、乾杯しようか」

    ♥「ねぇ、結局私…、貴方に流されてない?」

    ★「え?なんのこと?」

    ♥「だって、私貴方にもう終わりにしようって…」

    ★「ほらほら、グラス持って」

    ♥「……もう」

    ★「……僕は、」

    ♥「え?」

    ★「僕はさ、君との関係に後悔をしたことはないよ。勿論、君との出会いにも…」

    ♥「……(ため息)ほんと、貴方には敵わないわね」

    ★「ありがとう」

    ♥「……こちらこそ、いつもありがとう」

    ★「乾杯」

    ♥「乾杯」

      (グラスを当てる音)

ー完ー

   今回のカクテル 「キール」

   ワインがベースになっているカクテルの中で世界一人気があると言われており、食前酒として提供されることも多い。
   美しい赤い色が特徴で、ワイングラスで提供されるロングタイプのカクテル。ベースになっているのは白ワイン。 
    
   白ワインに、カシスのリキュールで作られている為、辛口なワインで作ったとしても、カシスの甘さのおかげて比較的飲みやすい口当たり。

   意味は「最高のめぐり逢い」
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