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第3章 負けっぱなしじゃいられない

24:忘れていた気持ち

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◆◆30◆◆

 錬金術の爆発でめちゃくちゃになった家を見て、ダルシオは頭を抱えていた。もしこのままシャーリーに作業をさせていたら今度は建物自体が吹き飛ぶのではないか、と危惧してしまう。

 そんなダルシオの心配など考えることなく、シャーリーは釜の中をかき混ぜていた。どうやら先ほどの失敗を糧にし、何かを生み出している様子だ。

「できたぁー!」
「お、できたのかい嬢ちゃん!」
「はい! 失敗を元に火力を下げてやってみました。そのままコトコト煮込んだら〈発光オイル〉が完成しましたよ」
「さっきはフルパワーでやっちまったからな。何ごともほどほどがいいってか?」
「かもしれませんね。爆発しちゃいましたし」

 笑い合う二人に、ダルシオは頭が痛くなる。どんな苦労をしたかわからないが、その挑戦のせいで心地いいマイホームがボロボロだ。
 このままだと本当に家が壊されてしまう。再びそんな危機感を抱き、ダルシオは大きく重たい息を吐き出した。

「とりあえず君たち、外に出てくれ。片付けるから」
「そんな固いこというなよ。俺達は友達だろ?」
「やっていいことと悪いことあるの。僕の家をこんなめちゃくちゃにして、罪悪感はないの罪悪感はっ」
「んな細かいこというなって。ほら、嬢ちゃん待ちきれなくて始めただろ?」
「勝手に始めるな~! というか僕の話を聞いてた!?」

 ダルシオは作業を開始したシャーリーに絶叫する。慌てて止めようとするが、なぜかおじさんが腕を組んで立ち塞がった。
 どこか威圧的なおじさんに、ダルシオが呆気に取られている。すると彼はニッと笑い、こう言い放った。

「そう心配するな。嬢ちゃんはしっかり成長してるぜ」

 ダルシオはシャーリーに目を向ける。
 手にしているのは爆裂タンポポだ。種ができているのか白い綿がたっぷりついており、それを見た彼はギョッと目を大きくし息を飲んだ。
 しかし、シャーリーは臆することなく茎を切る。そのままピンセットで種がついた部分を持ち上げると、ゆっくりと布袋の中へ入れた。
 そのまま紐を結って布の口を塞ぎ、シャーリーはそれを見つめる。

「よし」

 シャーリーは新たな爆裂タンポポを用意し、同じ作業を始める。地味な光景だが、その姿は先ほど見た焦っている彼女の姿ではなかった。

「確かにさっきとは違うね」
「だろ。ちゃんとした技術は習ってないようだが、それは創意工夫でどうにかしてる」
「手探りでやってるってこと?」
「そうともいう」

 ダルシオはおじさんをジトっとした目で見つめる。おじさんは気にしていないのか、ただ頑張って作業をしているシャーリーを見守っていた。
 改めてダルシオは彼女の作業を見る。その手付きはまだ危なっかしく、とてもじゃないが見ていられない。

 ダルシオは大きく息を吐いた。
 もうこういうことはやらないと決めていたが、いつ家が壊されてもおかしくない状態だ。それに、ライザに取り付けられた約束もある。

「仕方ないか~」

 ダルシオはシャーリーの近くへ立つ。そして置かれている爆裂タンポポと部屋の状態を確認する。
 開いている窓を全て閉め、置かれていた爆裂タンポポを手に取り茎から切り離す。それを手慣れた手付きで布袋に入れていった。

 シャーリーは手伝い始めたダルシオを見て、ポカンとした表情を浮かべる。
 そんな彼女を見て、ダルシオはこう告げた。

「何を作っているかわからないけど、手伝ってあげるよ~」
「本当ですか!?」
「あ~、家を壊されたくないからだよ。あと、爆裂タンポポを扱うならできるだけ無風の状態にしたほうがいい。そうすれば種は飛びにくいし、間違って爆発しないからね」
「あ、ありがとうございます! そうしていきます!」
「あくまでも飛びにくいだけで、爆発しないってことはないからね。気をつけてよ」
「はい!」

 シャーリーの動かす手が早くなる。まだまだ危なっかしいが、作業効率が格段に上がった様子だ。
 ダルシオはそれを見て、つい満足げに笑う。
 おじさんはそんなダルシオを見て、優しい眼差しを向けた。

「……なんだよ~」
「お前も、前はあんな感じだったなって思ってよ」
「何年も前のことだよ。ま、今さら復帰してもってところだし~」
「復帰してもいいんじゃないか? 望んで辞めた訳じゃないだろ」
「……そうだけどさ~」
「あれはお前のせいじゃないだろ。それに、やりたいならやりゃいい」

 おじさんの心にダルシオの胸が痛んだ。
 かつて迷宮探索者だったダルシオ。そんな彼が引退を決意した事件がある。
 しかし、ダルシオのことを知っているおじさんはその出来事は事件でないと革新していた。

「俺ァ聞いた限り、あれは不幸な事故だ。全部お前が悪いって訳じゃねーよ」
「そんな訳ないよ。あれは僕が判断を――」
「難しい判断だったんだろ? なら、自分を責めすぎるな」

 おじさんの言葉はダルシオの胸を痛めつける。
 そのことをわかりつつも、おじさんは彼に言葉をかけた。

「まあ、お前のことだ。納得できねーだろ。なら、お嬢ちゃんの力になってもいいんじゃねーか?」

 ダルシオの後悔。それは晴れることはない。
 おじさんはそれがわかっているからこそ提案する。
 ダルシオはそんな気遣ってくれる彼の言葉に耳を傾けた。
 確かに生きている限り、後悔は消えない。だからこそシャーリーに力を貸すべきかもしれないだろう。
 それが前を向く意味になる。そう受け取ったダルシオは、大きく大きく息を吐いた。

「全く、全部ライザの手の上か」
「ライザ? それって確か――」
「わかった。そこまでいうならやるよ。やればいいんだろ~!」

 ダルシオは吹っ切れた。
 過去を断ち切るために、未来を見て進むために、今この瞬間に立ち上がる。
 やるべきことはわかっている。どんなことがあってもシャーリーを守り通す。それがライザとの約束だ。

「おい、シャーリー。手伝うから爆裂タンポポを寄越せ~!」
「え? あ、はい。じゃあここにある全部をお願いします」
「は? 全部?」
「はい。他にも作りたいものがあるので」
「ちょ、ちょっと待ってよ~! さすがに一人でこの数を捌くのは……」
「お願いしますね。あ、袋に詰めたら今度はこの種を潰してください。あとは布袋に入れて絞って――」
「わかった、わかったから押し付けないでくれ~!」

 おじさんは楽しそうに叫んでいるダルシオを見て、優しく微笑む。
 もしかするとあの頃のダルシオに戻るかもしれない。そう思いながら見守るのだった。
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