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3:愛しく大切な人

死神と呼ばれた英雄

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 昔々、そう遠くない昔のこと。
 クリスがまだ生まれる前に存在した小さな国がありました。

 名前は〈リルーア王国〉といい、小さいながらも活気あふれる国でありました。
 隣にある大国と呼べる王国とは関係が良好で、将来の発展が期待できました。しかしある日、その国は大きな失敗をしてしまいます。
 その失敗を受け、大国はリルーア王国に大使を派遣しました。正式な謝罪を受けるためであります。

 ですが、その道の途中で思いもしないことが起きます。それはリルーア王国のエンブレムでもある銀狼が掲げられた旗を持つ集団による襲撃でした。
 護衛を務めていた兵士長の判断でどうにか大使は命からがら逃げ戻れました。しかし、この事件によってリルーア王国は敵国と認識されます。

 リルーア王国はその報せを受け、すぐに抗議をします。ですが、時はすでに遅し。大国は聞く耳を持ちません。
 どうしても言い分を聞いて欲しいリルーア王国でしたが、大国から思いもしない条件を出されました。それは上級市民の全ての首を差し出せというもの。
 つまり、貴族どころか国王を含めた者達の命を差し出せば許してやるということでした。当然ながら聞き入れることはできません。

 結果的にリルーア王国は戦争をすることになりました。ですが、いえ当然といえばいいでしょう。大国に小国が勝てるはずありませんでした。
 結果的にリルーア王国は大敗し、国としても維持できなくなり占領という形で吸収され、消滅しました。国王は当然ながら死罪となり、その側近達も同じ末路を辿ります。
 こうしてリルーア王国の資源、技術、人材、その他諸々は大国のものになりました。ですがこの戦争の裏には何かがあると言われています。

 その証拠に真実を調べようとした者達はいつの間にか姿を消し、中には目を覆いたくなるような姿で発見されます。このことから人々はリルーアで英雄的な存在だった死神の名前を模してこう呼ぶようになりました。

 ランベルの死神が来た、と。

◆◆◆◆◆

 雨が降り続ける窓の外。激しい音が響き渡る中、クリスは貸してもらった服に着替えて身体を温めていた。
 ふと何気なく視線を扉付近へ向けると、楽しげに会話をしているリリアとアルナの姿がある。二人が何を話しているのか聞き取れないが、とても楽しんでいる様子だ。
 時折見せるアルナの笑顔とそれに喜ぶリリアにクリスは微笑んでいると、カドリーが傍に寄ってくる。
 その手には温かいコーヒーが入ったマグカップがあり、それをクリスへ差し出した。

「いやぁー、珍しいものです。あの子が笑うなんてあまりないんですがね」
「そうなんですか。じゃあリリアは天才ですね」
「かもしれませんね。しかし、喋る子ブタですか。とても驚きましたよ」
「私も初めは戸惑いましたよ」

 クリスはマグカップを受け取り、コーヒーを口の中へ静かに流し込んでいく。ミルクとシュガーがいい感じに入っているのかほのかな苦さががあり、心地いい匂いもあってかとてもリラックスできた。
 そんな彼女を見てカドリーは嬉しそうに微笑む。それはとても優しい笑顔であり、穏やかであり、落ち着いた雰囲気が漂う。
 クリスはそんな彼を見て釣られたように微笑み返したのだった。

「そういえば神父さんはどうしてここに務めているんですか?」
「もっといい所があったのに、ですね。確かにそうですね。こんな辺境ではなく、もっといいお勤め先はあります」
「単なる興味本位です。答えなくても――」
「教祖様とケンカしたからですよ。簡単にいえば、そういうことです」

「ケンカ、ですか?」
「ええ。結構大きなケンカをしましたね。本来なら破門、もしかしたら国教なので死罪になっていてもおかしくなかったかもですね。ですが、あの方はそうなさらずにここへの異動という処罰を下しました。ある意味幸運だったかもしれませんし、やはり不幸だったかもしれません」

 懐かしむようにカドリーは語る。
 クリスはどうしてそんな穏やかな顔をしているのか不思議に思いつつ、さらに言葉を投げかけた。
 すると彼は窓の外を眺めながら答え始める。

「よかったかどうかは、正直わかりません。ですが、ここに異動となってよかったと思っていますよ」
「どうしてですか?」
「ここには〈彼〉の想いがあります。だからですよ」
「彼、とは?」

 カドリーは懐かしむ顔のまま暗い空を見つめる。雨が激しくなり、稲光が閃く中で彼はそれについた語り始めた。
 そう、クリスの知らないそれについてだ。

「リルーア王国という国を知っておりますか?」
「本で少しだけなら知識が。確かこの国に戦争を仕掛けた小さな国だったって」
「この近くにはその国の首都があったんですよ。今では人がおらず、誰も近寄りませんがね」
「それがどうしたんですか?」
「リルーア王国には英雄と呼ばれる人がいました。私達にとっては死神といえる存在ですね。名前はランベル。今となっては多くの人に忘れられている伝説ですよ」

 懐かしむ顔は消えない。
 クリスは不思議な表情を浮かべていると、カドリーは微笑んだ。

「彼は、英雄というにはあまりにも臆病で、優しすぎました。ですが強かった。仲間思いであり、まさに英雄と呼ぶにはふさわしい人物です」
「…………」
「死神なんて二つ名は似合いません。英雄ことがふさわしいですよ」

 なぜそんなことを彼は知っているのか。
 クリスが深く訊ねようとしたその時、リリアが『とぅっ』と言って後ろから飛び込んできた。
 突然どうしたのだろう、と思い振り返るとリリアの顔が真っ赤に染まっている。口からは酒臭さが出ており、どうやら酔っ払っている様子だった。

『クリスぅー、いいことしよぉ~』
「リリア、どうしたの? お酒臭いよ?」
『そんなのいいからいいことしよーよぉ~。えへへ~』

 いい感じに出来上がっているリリアにクリスは頭を振りつつ、仕方なく首根っこを掴んでバックパックの中へ押し込んだ。
 少しの間は騒いでいたが、酔いが回ったのかそのまま静かになる。試しに中を覗いてみると気持ちよさそうに眠っており、それを見た彼女はちょっと困り顔を浮かべて微笑んだのだった。

「ふへへ、神父様ぁ~」
「全くあなたは。どこまでお父さんに似たんですか」

 ふと振り返ると、いい感じに出来上がっているアルナの姿がある。
 その付近の床を見ると小さな酒樽が転がっており、どうやら彼女がお酒を持ってきたようだ。
 カドリーは頭を抱えながらアルナを抱き上げる。一度クリスへ会釈すると、そのまま建物の奥へ消えていった。

 彼は彼で苦労しているみたいだ、と感じつつクリスは窓の外を見る。
 次第に雨は弱まり、雲の隙間から光が差し込んできていた。
 もう少しで出発できそう。そう思っていると背中に寒気を感じ取った。思わず振り返ると、そこには翡翠色に輝く男性の姿がある。
 クリスが思わず臨戦態勢を取ろうとした瞬間、それはこう告げた。

『守って欲しい』

 思いもしない言葉に、クリスは動きを止める。それを見た翡翠色の男性は、『頼んだよ』といって姿を消した。
 クリスは身構えを解く。何を守って欲しいのか、と考える。
 そうしているうちに激しい音が響いていた窓の外はすっかり変わり、綺麗な青空が広がっていたのだった。
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