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第1章

31:思いもしない結末

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 迷宮コアを飲み込んでいた大樹が光に変わり、霧散していく。大きく実った果実が静かに見守る中、俺はぶちのめした久瀬に目を向ける。
 気絶したのかピクリともに動かない。もしかしたら死んだのか、とさえ思ってしまうほどだ。確認でもしてみようか、と考えていると久瀬は勢いをつけて起き上がった。

「痛ぇーっす。マジで痛ぇーすよ」

 どうやら生きていたようだ。だがこれはこれで問題があるな。正直、もう戦う体力も気力もない。それなのにこいつは立ち上がりやがった。

 どうする? いくら応援をもらっても攻撃を当てられる自信はないぞ。

「マジでやってくれたっすね。ちーっとだけ本気出しちゃったじゃないすか」
「負け惜しみ言うな。立ってるのがやっとなんだろ?」
「その言葉、そのまま返すっすよ。アンタ、結構ギリギリっすよね? 俺っちの目は誤魔化せないっす」

 互いに肩を上下に動かし、息が切れ切れになっていた。どうやらどちらも立っているのがやっとのようで、その証拠に虚勢を張って笑い合うという端から見ればおかしな光景が広がっている。
 だが、それでも俺と久瀬は勝ちを掴もうとしていた。それぞれの拳を硬く強く握り締め、ゆっくりと近づいていく。

 いつ、どんな形で硬くした拳を突き出すか。それはお互いにわかっていない。
 しかしだからこそ、小手先なんて使わずに俺達は近づいた。

 すぐにでもぶん殴れる距離に俺達はいる。
 俺は俺の守りたいもののために重たい拳を振りかぶると、同じタイミングで久瀬も足を踏み込んだ。

 長かった勝負がつき、全ての決着がつく。そんなタイミングで誰かが割って入った。

「いっ?」
「おっ?」

 思いもしないことに俺達は一瞬だけ向けていた意識が逸れた。突き出した拳はというと俺は上に流され、久瀬はというと下へ弾かれる。
 何が起きたかわからずにそのまま勢いで身体を飛ばされた俺は一回転し、受け身が取れず背中を打ちつけた。久瀬はというと割って入ってきた人物にキッチリ十字固めされる始末である。

「容赦するなとは確かに言った。だが加減を間違えてもいいとは言ってないぞ」
「いだだだだだッ!!!」

 俺は真っ逆さまになった視界で腕をガッチリ固められ悶えている久瀬の姿を捉えていた。よく見ると久瀬の腕を固めているのは女性で、よくよく見ると仲原さんにどっか似ている。
 ただ違うのは、仲原さんなら絶対にしない勝ち誇った笑顔をその女性がしているということだ。

「まさか忘れてないだろうな? これはムカつくバカの弟子のための試験だってことを」
「忘れてないっす! 覚えてるっすよ! でも容赦するなって――」
「何度も言ってるだろ。加減を間違えてもいいとは言ってないと!」
「ギャアーーーーーー!!!!!」

 締め上げられている。俺を苦しめた久瀬を、難なくと。
 この気持ちはなんだろうか。すっごい苦労して同士討ちに近い状態にしたんだぞ。

「まあいい。腕の一本で許してやる」
「ギブギブギブギブギブ!!!」
「死ね」

 ボギッ、と嫌な音がした。途端に騒いでいた久瀬が静かになる。

 まさか死んだのか?
 俺は思わず久瀬のことが心配になった。するとそんな俺を見てか、女性が軽快に立ち上がり、腰に手を当てた俺を見下ろし始める。

 よくよく見るとホント仲原さんに似ている。違うのは仲原さんよりやる気ある顔をしていて、そしてなかなかのロリ体型ということだ。

「初めまして、と言っておこう。僕はこいつの師匠、天宮羽美だ」
「はあ……」
「覇気がない。もっと腹から返事しろ!」
「いや、そう言われても」

 ボロボロすぎて腹どころか身体に力が入らないんだが。つーかこんな状態を見ても体育会のノリをしろというのか? 鬼畜すぎね?

 そんな風に目で訴えていると天宮と名乗った女性は呆れたように頭を横に振った。なんかムカついたがひとまず流しておこう。

「まあいい。こちらがやりすぎたことには変わりないからな。一応謝っておく」
「なんか謝られた気がしないけど」
「ア? 今なんて言った?」
「何でもありませんごめんなさい」

 今すげぇー殺気が出たんだけど。めっちゃ怖かったぞ。
 いや、それよりもなんで俺が謝ってるんだ?

 それよりもさっき気になることを言ってたな。

「ところで、試験がどうこうって言ってたけどそれってどういう――」
「あらかたの説明は省く。そうだな、念のために宣言しておこうか」

 そう告げると彼女は真剣な眼差しとなる。そして、俺をしっかりと見つめてこんな宣言をした。

「新条明志――我がギルドの長の代理として告げる。本日をもって研修期間の終了とし、一人前の探索者としての活動を認可する」

 えっと……なんだって?
 一人前の探索者として活動を認可する?
 え? それってどういうこと?

「ま、ピンと来てないだろうな。簡単に説明してやるよ」

 ロリ美女、いや天宮さんいわく言葉の意味はこういうことだ。

 なんでも俺は立場的にギルドへ所属してない状態だったらしく、仲間として受け入れられる素養と実力があるか見られていたそうだ。
 ただ俺の場合、ちょっと特殊だったため普段やらない抜き打ち試験になったらしい。
 まあ、結果として実力は十分であり、パーティーメンバーとの連携を取っていたためよし。何より迷宮の住人イザナイを敵対者から守るという姿勢を見せたため合格だそうだ。

「何か質問は?」
「えっと、この試験っていつから計画されてたんですか?」
「そんなの知るか。ただまあ、僕達も直前まで知らされてなかったということは言っておこう」

 そう告げると天宮さんは気を失った久瀬の身体をひょいと持ち上げた。そのままどこかへ去ろうとしていく彼女を見て、俺は思わず呼び止める。

「なんだ?」
「あーっと、ここにエリクサーってあります?」
「ないな。だがまあ、素材はそこに落ちているが」
「素材って、もしかして迷宮樹の果実?」

「ああ。上手く調合すれば作れるぞ」
「本当ですか!?」
「レシピは調べろ。じゃあな」

 天宮さんは去っていく。まるで逃げるかのように。
 俺はその背中を見送り続けた。彼女と担がれた久瀬の姿が見えなくなるまでずっと。

◆◆Side:光城カナエ◆◆

「依乃里さん、依乃里さん!」

 私は倒れている依乃里さんの身体を懸命に揺らしていた。結構ひどい傷がたくさんで、生きているかすぐに確認したかったためだ。
 そんな大慌ての私の影響を受けてか、七海さんも慌てた様子を見せる。

「もしもし病院ですか!? 実は迷宮内でひどいケガをした人が――」
『お電話ありがとうございます。こちらはモストバーガーでございます』
「あ、すいません間違えましたー」

 慌てすぎたのか七海さんは間違い電話をしてしまった。しっかりしてよ、七海さん。
 そんなことを心の中で呟いているとクスクスとした笑い声が耳に入ってくる。何となく依乃里さんに目を向けるとその身体が小刻みに震えている。

 まさか――

 私は直感に従い、依乃里さんの身体を仰向けにする。すると満面の笑顔を浮かべている姿がそこにあった。

「ぷぷっ、ぷぷぷぷぷっ!」
「何笑ってるんですか?」
「かわいいなぁーって思ってさ。やっぱカナエはこうでなきゃ――」
「グリード、お仕置きして」

「Gyeeeeeeeeeee!!!」
「うぎゃあぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!」

 グリードが気持ちよくギターをかき鳴らすと、依乃里さんは耳を押さえ苦しみだした。

 もー、心配して損した。

『みんナー!』

 ひとまず依乃里さんが無事だとわかった直後、グレン三号が駆けてくる。自分の身体よりも大きな梨っぽい何かを持ち上げているけど、あれなんだろう?

『ありがトー! ボクはじめてここにこれタ! これおれいにあげル!』
「あ、ありがとう。ところでこれは何?」
『迷宮樹の果実! いろんなの作れるヨ!』
「いろんなのって、例えば?」

『わかんなイ! でもいろんなノ!』

 情報がなさすぎるなぁー。

「こらお前、勝手に持ってくな」

 私が困っていると明志君がやってきた。その身体はボロボロで、すごく無茶したことがわかる。
 でも、明志君のおかげでこの迷宮は救われた。そのはずなんだけど、何やら浮かない顔だった。

「どうしたの?」
「一人前だとやっと認められた」
「一人前? どういうこと?」
「後で話すよ」

 何があったんだろう。そう感じながら明志君を見ていると、グレン三号とケンカし始めた。
 何やら吹っ切れたようにも見える。よくわからないけど問題解決したならそれでよかったかな。

「そうだ。井山、エリクサーのレシピってわかるか?」
「そんなの聞いてどうするの?」
「クエストしてるんだよ」
「あーはいはい。そういうこと。いいけど、材料は自分でどうにかしなさいよ」

「わかってるから教えろ」

 依乃里さんはどこからかメモ用紙を取り出し、サラサラとレシピを書き記し始める。
 そこには〈迷宮樹の果実〉、〈迷宮バチのハチミツ〉、〈マンドラゴラ〉と手に入れるには難しいアイテムが書かれていた。

「なるほどな」
「当てがあるの? アンタ」
「ああ、あるさ。井山、マンドラゴラを頼む」
「……アンタ、当てがあるんじゃなかった?」

「どこかの誰かさんは全てを知りながら演技してたそうじゃねぇーか。許さねぇからな」
「あーはいはい。わかったわかった。でもタダじゃ受けられないから何か報酬を出しなさいよ」

 よくわからないけど、無事に交渉は完了したみたい。
 それならそれでよかった。

 そう思っているとスマホから音が響いた。取り出して画面を見ると、そこには翠ちゃんの名前が表示されていた。

「ふふーん」

 いい提案をしてくれるなぁー。
 よし、せっかくだから乗っちゃおう。

 こうして私と明志君の迷宮探索が終わる。なかなかに大変で、本当に死ぬかと思った出来事だった。
 でも、まだこの物語には続きがある。そのことを明志君はこの時まだ知らない。
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