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第1章
25:【覚醒スキル:レベル2:ハイリスク・チャレンジ】(Side:光城カナエ)
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巨大なタコへ変貌したメモリアが雄叫びを上げ、回っていた歯車の動きを僅かな時間だけ止めていた。何もかもがほんの少しだけ時間が止まり、静寂が広がる。
一瞬の静けさ――その一瞬が消え、再び金属がぶつかり合う音が響いた瞬間、メモリアは雄叫びをもう一度上げた。
直後、光の粒子が飛び散り地面に降り立つとモンスターが出現する。ゴブリンにオークにタートルと様々。それらが私達を殺すために飛びかかってきた瞬間、グリードがエレキギターを掻き鳴らして蹴散らす。
戦いは始まっている。それを確認した私は【覚醒スキル:レベル2】を発動させた。
「来て、Pちゃん!」
私は探索者コインを掲げ、グリードとは違う存在を呼び出す。途端に光の球体が現れ、それが頭上からヒビが入り亀裂が走り、そして一気に弾け飛んだ。
中からは黒いハットに真っ黒なスーツを着た白毛のウサギが出てきた。いつ見ても変わらないふんわりした毛皮に私はちょっとだけ触りたくなる。
『おやおや、今回も奥手だね。触りたいなら触ってもいいよ?』
黒いスーツを着た白いウサギ、いやPちゃんは私の心を見透かしたかのように言葉を言い放った。願望を見抜かれた私はちょっとだけ悔しい思いを抱きながら「遠慮する」ってその誘いを断る。
Pちゃんはニヤニヤしながら私の目線まで浮かび上がるとこんな茶化しを入れてきた。
『そんなに奥手だと意中の人ができてもどっかに行っちゃうよ~? あ、それともそれが君のアプローチなのかな?』
「違うから。それよりも早くチャレンジ内容を教えてよ」
『焦らない焦らない。ちゃんと教えてあげるから焦らない。あ、そうそう。この前なんだけどさ、僕が住んでいる世界に変なおばちゃんが――』
「いいから早く教えて! 時間がないの!」
私はついPちゃんに怒鳴ってしまった。思いもしない反応だったのか、Pちゃんは目を見開いて私の顔を覗き込む。
Pちゃんは少しだけ考えた素振りをし、周囲を見渡すと倒れたまま動かない明志の姿を発見したみたいだった。
『なるほどね。確かに時間がないね』
Pちゃんはニヤニヤと笑いながら振り返ると、私にこんなことを語りかけ始めた。それは私が望むチャレンジへ繋がる前フリだ。
『ま、君たちが生きるか死ぬかなんて僕にとってはどうでもいいことだけどね。でも、ただ見殺しにするだけじゃあつまらない。ならせめて、誰が見ても楽しめるようなショーにしてあげたほうが有意義ってものだ。あ、そうそう。ショーなんだからちゃんと盛り上げたらボーナスは上げるよ。もちろん、僕が提示する条件をクリアしたら上乗せさ』
長い前フリ。でも、これを聞かないとPちゃんは覚醒スキルを発動させてくれない。
私はそれがわかっているから始まりを告げる言葉を待つ。Pちゃんはそんな私を見て、ニヤニヤしながらその言葉を口にした。
『さて、一応聞くよ――チャレンジするかい?』
「するに決まってる」
問いかけに私はわかりきった言葉を言い放つと、Pちゃんはとても楽しそうな笑顔を浮かべた。今にもゲラゲラと笑い出しそうな素敵な笑顔を浮かべたまま、Pちゃんは元気よく浮かび上がる。
『その言葉を待っていたよ。よーし、それじゃあ今回のチャレンジを提示しよう! 今回、君が望む願いを叶えるためにやらなければならないこと。それは【鳥籠に囚われた姫を助け出すこと】だ。どんな方法でもいい。誰がどう見ても助け出したってなればチャレンジクリアだ』
「鳥籠に囚われた姫? それって一体――」
『自分で考えるんだよ。それじゃあ健闘を祈っているよ、カナエちゃんっ』
【覚醒スキル:レベル2:ハイリスク・チャレンジ】
【スタート】
相変わらず回りくどいことをする。
私はそう思いつつ、Pちゃんが提示したチャレンジをクリアするためにどう動くべきかと考え始めた。
そもそも〈鳥籠に囚われた姫〉って何? そんなのあった?
あったとしても今この状況に何の関係が――
「だ、誰か助けてー! 誰でもいいから助けてー!」
あ、あった。
私がそんなことを考えているとPちゃんが提示したチャレンジが関係しそうな鳥籠っぽいものを発見し、中には捕まった七海さんの姿もある。
ということは、あの檻をどうにか壊したりして七海さんを助ければチャレンジクリアってことみたい。
なら話は簡単だ。さっきの爆裂ゴーストの爆発で檻にはかなりヒビが入っているし、グリードが攻撃してくれば壊せるかも。
あ、でもこのまま攻撃したら七海さんが巻き込まれちゃう。グリードが器用に檻だけ壊すなんてできないし、ちょっと困ったなぁー。
「GAAAAAAAAAAAAAッッッッッ」
唐突にメモリアが雄叫びを上げる。どうやら向こうは戦う準備が整ったみたい。
ズズンッ、と大きな音を立てながらメモリアは全身を始める。狙いは当然邪魔をする私だ。早くチャレンジをクリアしなきゃ、とちょっとだけ私は焦っていると今度は七海さんから悲鳴が飛んだ。
「きゃーっ! やめてー!」
「GYAGYAGYAGYAッッッッッ」
「私を食べても美味しくないからぁー!」
七海さんの檻をゴブリンが取り囲んでいる。私は慌ててグリードに振り返るけど、他のモンスターの対処に忙しくて気づいていない。
さすがにこれは私がどうにかしなきゃいけない、って思っていると突然メモリアが足を振り上げた。
「きゃーっ!」
ドーンッ、とすごい音が響き地面が揺れる。それは檻を取り囲んでいたゴブリンが一瞬で潰れてしまうほどのとんでもない威力だ。
さすがにそんな光景を見たら私は血の気が引いてしまった。檻の中にいた七海さんも一緒に潰れた、と思っていると思いもしないものを私は見る。
「もうヤダー! 死にたくないよぉー!」
不思議なこと七海さんどころか檻も無事だった。確かにゴブリンと一緒に叩き潰されたはずなんだけど、どうして無事でいたんだろうか。
不思議に感じつつ、その原因を考えてみると私はあることに気づいた。
確か七海さんは探索者じゃない。でも迷宮に入ってきたということは、入るために必要な探索者コインを持っているってこと。つまり、七海さんは探索者コインのスキルを使って攻撃を防いだことになる。
なら、七海さんの安全は確保できる。たぶんだけど。
とすれば、あとは七海さんを閉じ込めている檻をどうにか破壊するだけだ。
見た限りさっきの攻撃でさらにひび割れが深くなっているから、あと一回攻撃すれば壊せるかも。
「GAAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!!!!」
「きゃあっ」
私が檻を壊す算段をしているとメモリアが乱暴に足を振ってきた。危うく頭に当たりそうになったからヒヤヒヤしたよ。
うーん、見た感じとっても怒ってるし、狙いは完全に私みたい。誘導して檻を破壊させてもいいけど、他のモンスターがいる中でそれをやるのはすごく難しい。
とすれば、ここはグリードにお願いしよう。
「グリード! 最大出力!」
「GYEEEEEEEEEEEEEEEッッッ」
グリードはエレキギターを掻き鳴らす。途端にめちゃくちゃうるさい音が発生し、迷宮内で反響する。その音がぶつかり合うと不思議な現象が起き、なぜか宙に巨大な拳が出現した。
それは大きなタコになったメモリアと同じぐらい大きな拳だ。グリードはノリノリでエレキギターをさらに掻き鳴らすと、その小節はメモリアに突撃した。
「GAAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!!」
「GYEEEEEEEEEEEEEEEッッッッッ!!!」
力と力のぶつかり合い。メモリアは余裕がないのか生み出していたモンスターを光に変え、自分の身体に取り込んでいた。
一方グリードも力の限りエレキギターを掻き鳴らしており、互いに一歩も引かない状況だけど僅かに押されている。
このままだとグリードが負けちゃう!
私はどうにかするために動き出す。グリードが勝つためには、メモリアの注意を引かなきゃいけない。でもどうやって?
ふと、私は瓦礫と化していた歯車と壊れたドローンを発見する。どれも武器として使えないけど、ドローンにはバッテリーがある。確かこのドローンに積んであるバッテリーは熱暴走をさせると大きな爆発を起こす代物だったはず。
なら、必要なのは電気だ。この迷宮で電気を起こすためにはいろいろそろっているから、あと必要なのは磁石になる。でも磁石って一体どこにあるんだろう?
『ムギュー』
私が磁石を探していると聞き覚えのある声が耳に入ってきた。顔を向けると瓦礫の下に埋まっているグレン二号の姿がある。
よかった、無事だったんだ。私は安堵して胸を撫で下ろすけど、すぐにそんな時間はないと気を引き締める。でも、グレン二号との再会が大きな転機になった。
「あれ、なんかいっぱいついてる」
グレン二号を見るとネジや小さな歯車といった細かい金属が身体中についている。そういえばこの人のお兄さん、砂鉄をヒゲみたいにしていたし、もしかしたら身体に磁力を持っているのかも。
そう思って私はグレン二号の顔を叩いた。今、あなたが必要なんだ。だから起きてって。
『うン? なんダ?』
「よかった、起きた。悪いけど手伝って! 今あなたの力が必要なの!」
『ボクの力が、カ? どういう――』
「とにかくこれもって!」
私はグレン二号にバッテリーを持たせると様々な金属が集まってきた。グレン二号は驚いたのか、『うひゃア』と悲鳴を上げて逃げ始める。
金属は当然追いかけていく。そして当然のように追いつかれ、振り払っては逃げてを何回か繰り返した。
すると電気を帯びてきたみたいで、だんだんバッテリーが赤くなっていく。
『あっつッ!』
あまりの熱さにグレン二号が叫び、バッテリーを放り投げた。それは偶然にもメモリアの左側面へ飛んでいき、地面に落ちる。
直後、衝撃を受けたバッテリーは大爆発を起こした。
「GAAAAAAAAAAAAAッッッッッ」
思いもしない衝撃を受け、メモリアの身体が若干バランスを崩す。グリードはそれを見てエレキギターを掻き鳴らし、一気に押し返した。
グリードが作った巨大な拳がメモリアを押す。
そのまま身体が吹っ飛ぶほど力強く殴り飛ばすと、その巨躯は七海さんの檻へぶつかり、ドゴォーン、って大きな音が響くと七海さんを閉じ込めていた檻が壊れた。
「きゃあぁああぁぁぁぁぁっっっっっ」
閉じ込められていた七海さんは檻が壊れると同時に外へ放り出される。ちょっと痛そうにしていたけど、何ごともなく立ち上がったからたぶん大丈夫!
「うえーん、痛いよぉー」
泣いているけど大丈夫! たぶん。
何にしてもこれでチャレンジはクリアのはず。
【チャレンジクリア】
【クリア報酬としてドローンを復元】
【ボーナス報酬としてドローンに攻撃性を追加】
〈お〉〈お〉〈おっ〉
〈お?〉〈キター!!!!〉〈配信映った!〉
〈あれ〉〈なんかおかしい〉〈アカ氏倒れてね?〉
〈やばくね?〉〈やば〉〈かなちんは〉〈アカ氏立ち上がれ!〉
〈かなちんもやば!〉〈アカ氏復活させな!〉〈課金や課金!〉
〈死ぬなアカ氏〉〈生き返れ〉〈生きろー!〉〈マジ死ぬな!〉
〈お前が死んだらかなちんが死ぬ!〉
〈おい今月マジヤバイんだけど!〉
〈お兄ちゃん死なないで!〉
やった、ちゃんとチャレンジをクリアできた!
配信が復活したし、みんなも気づいたし、これで明志を助けられる。
そう思った瞬間、私は足から力が抜け崩れ落ちた。安心しちゃったというのもあるけど、覚醒スキルの反動があって動けない。
私が倒れた後、少し遅れてグリードの姿が消える。どうやらグリードも力を使い果たしたみたい。
「GUUッ、GAAAAAAAAAAAAAッッッ!」
あ、ヤバい。メモリアが私を睨みつけてる。
ああ、足を振り上げて狙いをつけてるし、このままじゃあ叩き潰されちゃう。
に、逃げなきゃ。どうにかして逃げなきゃ。でも、足が動かない。
「GAAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!!!!!」
大きな足が勢いよく私に向かってくる。避けようがない、防ぐこともできないそんな攻撃が迫ってきた。
死んだ。確実に私は死んだ。
覚悟も何もできないままあっけない結末を迎える。そのはずだったけど、私は生きていた。
「あれ?」
生きている。死んだと思ったのに。
なんで、どうして?
「ありがとよ、カナエ。お前のおかげで立ち上がれた」
私の目には、懐かしい面影と重なる明志の顔があった。
それはとても勇ましい顔つきで、とても頼りになる強い目をしている。
あ、それよりもこの格好――肩と足を持ち上げられてるし、というかこれお姫様抱っこだし。
ちょっと恥ずかしいな。
「もう負けない。俺は、助けてくれたみんなのために戦う」
でも、そんなことどうでもよくなるような明志の姿がある。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけあの人に似ている勇ましい明志の姿だ。
だから私は安心して笑った。
「頼りにしているよ、明志君」
一瞬の静けさ――その一瞬が消え、再び金属がぶつかり合う音が響いた瞬間、メモリアは雄叫びをもう一度上げた。
直後、光の粒子が飛び散り地面に降り立つとモンスターが出現する。ゴブリンにオークにタートルと様々。それらが私達を殺すために飛びかかってきた瞬間、グリードがエレキギターを掻き鳴らして蹴散らす。
戦いは始まっている。それを確認した私は【覚醒スキル:レベル2】を発動させた。
「来て、Pちゃん!」
私は探索者コインを掲げ、グリードとは違う存在を呼び出す。途端に光の球体が現れ、それが頭上からヒビが入り亀裂が走り、そして一気に弾け飛んだ。
中からは黒いハットに真っ黒なスーツを着た白毛のウサギが出てきた。いつ見ても変わらないふんわりした毛皮に私はちょっとだけ触りたくなる。
『おやおや、今回も奥手だね。触りたいなら触ってもいいよ?』
黒いスーツを着た白いウサギ、いやPちゃんは私の心を見透かしたかのように言葉を言い放った。願望を見抜かれた私はちょっとだけ悔しい思いを抱きながら「遠慮する」ってその誘いを断る。
Pちゃんはニヤニヤしながら私の目線まで浮かび上がるとこんな茶化しを入れてきた。
『そんなに奥手だと意中の人ができてもどっかに行っちゃうよ~? あ、それともそれが君のアプローチなのかな?』
「違うから。それよりも早くチャレンジ内容を教えてよ」
『焦らない焦らない。ちゃんと教えてあげるから焦らない。あ、そうそう。この前なんだけどさ、僕が住んでいる世界に変なおばちゃんが――』
「いいから早く教えて! 時間がないの!」
私はついPちゃんに怒鳴ってしまった。思いもしない反応だったのか、Pちゃんは目を見開いて私の顔を覗き込む。
Pちゃんは少しだけ考えた素振りをし、周囲を見渡すと倒れたまま動かない明志の姿を発見したみたいだった。
『なるほどね。確かに時間がないね』
Pちゃんはニヤニヤと笑いながら振り返ると、私にこんなことを語りかけ始めた。それは私が望むチャレンジへ繋がる前フリだ。
『ま、君たちが生きるか死ぬかなんて僕にとってはどうでもいいことだけどね。でも、ただ見殺しにするだけじゃあつまらない。ならせめて、誰が見ても楽しめるようなショーにしてあげたほうが有意義ってものだ。あ、そうそう。ショーなんだからちゃんと盛り上げたらボーナスは上げるよ。もちろん、僕が提示する条件をクリアしたら上乗せさ』
長い前フリ。でも、これを聞かないとPちゃんは覚醒スキルを発動させてくれない。
私はそれがわかっているから始まりを告げる言葉を待つ。Pちゃんはそんな私を見て、ニヤニヤしながらその言葉を口にした。
『さて、一応聞くよ――チャレンジするかい?』
「するに決まってる」
問いかけに私はわかりきった言葉を言い放つと、Pちゃんはとても楽しそうな笑顔を浮かべた。今にもゲラゲラと笑い出しそうな素敵な笑顔を浮かべたまま、Pちゃんは元気よく浮かび上がる。
『その言葉を待っていたよ。よーし、それじゃあ今回のチャレンジを提示しよう! 今回、君が望む願いを叶えるためにやらなければならないこと。それは【鳥籠に囚われた姫を助け出すこと】だ。どんな方法でもいい。誰がどう見ても助け出したってなればチャレンジクリアだ』
「鳥籠に囚われた姫? それって一体――」
『自分で考えるんだよ。それじゃあ健闘を祈っているよ、カナエちゃんっ』
【覚醒スキル:レベル2:ハイリスク・チャレンジ】
【スタート】
相変わらず回りくどいことをする。
私はそう思いつつ、Pちゃんが提示したチャレンジをクリアするためにどう動くべきかと考え始めた。
そもそも〈鳥籠に囚われた姫〉って何? そんなのあった?
あったとしても今この状況に何の関係が――
「だ、誰か助けてー! 誰でもいいから助けてー!」
あ、あった。
私がそんなことを考えているとPちゃんが提示したチャレンジが関係しそうな鳥籠っぽいものを発見し、中には捕まった七海さんの姿もある。
ということは、あの檻をどうにか壊したりして七海さんを助ければチャレンジクリアってことみたい。
なら話は簡単だ。さっきの爆裂ゴーストの爆発で檻にはかなりヒビが入っているし、グリードが攻撃してくれば壊せるかも。
あ、でもこのまま攻撃したら七海さんが巻き込まれちゃう。グリードが器用に檻だけ壊すなんてできないし、ちょっと困ったなぁー。
「GAAAAAAAAAAAAAッッッッッ」
唐突にメモリアが雄叫びを上げる。どうやら向こうは戦う準備が整ったみたい。
ズズンッ、と大きな音を立てながらメモリアは全身を始める。狙いは当然邪魔をする私だ。早くチャレンジをクリアしなきゃ、とちょっとだけ私は焦っていると今度は七海さんから悲鳴が飛んだ。
「きゃーっ! やめてー!」
「GYAGYAGYAGYAッッッッッ」
「私を食べても美味しくないからぁー!」
七海さんの檻をゴブリンが取り囲んでいる。私は慌ててグリードに振り返るけど、他のモンスターの対処に忙しくて気づいていない。
さすがにこれは私がどうにかしなきゃいけない、って思っていると突然メモリアが足を振り上げた。
「きゃーっ!」
ドーンッ、とすごい音が響き地面が揺れる。それは檻を取り囲んでいたゴブリンが一瞬で潰れてしまうほどのとんでもない威力だ。
さすがにそんな光景を見たら私は血の気が引いてしまった。檻の中にいた七海さんも一緒に潰れた、と思っていると思いもしないものを私は見る。
「もうヤダー! 死にたくないよぉー!」
不思議なこと七海さんどころか檻も無事だった。確かにゴブリンと一緒に叩き潰されたはずなんだけど、どうして無事でいたんだろうか。
不思議に感じつつ、その原因を考えてみると私はあることに気づいた。
確か七海さんは探索者じゃない。でも迷宮に入ってきたということは、入るために必要な探索者コインを持っているってこと。つまり、七海さんは探索者コインのスキルを使って攻撃を防いだことになる。
なら、七海さんの安全は確保できる。たぶんだけど。
とすれば、あとは七海さんを閉じ込めている檻をどうにか破壊するだけだ。
見た限りさっきの攻撃でさらにひび割れが深くなっているから、あと一回攻撃すれば壊せるかも。
「GAAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!!!!」
「きゃあっ」
私が檻を壊す算段をしているとメモリアが乱暴に足を振ってきた。危うく頭に当たりそうになったからヒヤヒヤしたよ。
うーん、見た感じとっても怒ってるし、狙いは完全に私みたい。誘導して檻を破壊させてもいいけど、他のモンスターがいる中でそれをやるのはすごく難しい。
とすれば、ここはグリードにお願いしよう。
「グリード! 最大出力!」
「GYEEEEEEEEEEEEEEEッッッ」
グリードはエレキギターを掻き鳴らす。途端にめちゃくちゃうるさい音が発生し、迷宮内で反響する。その音がぶつかり合うと不思議な現象が起き、なぜか宙に巨大な拳が出現した。
それは大きなタコになったメモリアと同じぐらい大きな拳だ。グリードはノリノリでエレキギターをさらに掻き鳴らすと、その小節はメモリアに突撃した。
「GAAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!!」
「GYEEEEEEEEEEEEEEEッッッッッ!!!」
力と力のぶつかり合い。メモリアは余裕がないのか生み出していたモンスターを光に変え、自分の身体に取り込んでいた。
一方グリードも力の限りエレキギターを掻き鳴らしており、互いに一歩も引かない状況だけど僅かに押されている。
このままだとグリードが負けちゃう!
私はどうにかするために動き出す。グリードが勝つためには、メモリアの注意を引かなきゃいけない。でもどうやって?
ふと、私は瓦礫と化していた歯車と壊れたドローンを発見する。どれも武器として使えないけど、ドローンにはバッテリーがある。確かこのドローンに積んであるバッテリーは熱暴走をさせると大きな爆発を起こす代物だったはず。
なら、必要なのは電気だ。この迷宮で電気を起こすためにはいろいろそろっているから、あと必要なのは磁石になる。でも磁石って一体どこにあるんだろう?
『ムギュー』
私が磁石を探していると聞き覚えのある声が耳に入ってきた。顔を向けると瓦礫の下に埋まっているグレン二号の姿がある。
よかった、無事だったんだ。私は安堵して胸を撫で下ろすけど、すぐにそんな時間はないと気を引き締める。でも、グレン二号との再会が大きな転機になった。
「あれ、なんかいっぱいついてる」
グレン二号を見るとネジや小さな歯車といった細かい金属が身体中についている。そういえばこの人のお兄さん、砂鉄をヒゲみたいにしていたし、もしかしたら身体に磁力を持っているのかも。
そう思って私はグレン二号の顔を叩いた。今、あなたが必要なんだ。だから起きてって。
『うン? なんダ?』
「よかった、起きた。悪いけど手伝って! 今あなたの力が必要なの!」
『ボクの力が、カ? どういう――』
「とにかくこれもって!」
私はグレン二号にバッテリーを持たせると様々な金属が集まってきた。グレン二号は驚いたのか、『うひゃア』と悲鳴を上げて逃げ始める。
金属は当然追いかけていく。そして当然のように追いつかれ、振り払っては逃げてを何回か繰り返した。
すると電気を帯びてきたみたいで、だんだんバッテリーが赤くなっていく。
『あっつッ!』
あまりの熱さにグレン二号が叫び、バッテリーを放り投げた。それは偶然にもメモリアの左側面へ飛んでいき、地面に落ちる。
直後、衝撃を受けたバッテリーは大爆発を起こした。
「GAAAAAAAAAAAAAッッッッッ」
思いもしない衝撃を受け、メモリアの身体が若干バランスを崩す。グリードはそれを見てエレキギターを掻き鳴らし、一気に押し返した。
グリードが作った巨大な拳がメモリアを押す。
そのまま身体が吹っ飛ぶほど力強く殴り飛ばすと、その巨躯は七海さんの檻へぶつかり、ドゴォーン、って大きな音が響くと七海さんを閉じ込めていた檻が壊れた。
「きゃあぁああぁぁぁぁぁっっっっっ」
閉じ込められていた七海さんは檻が壊れると同時に外へ放り出される。ちょっと痛そうにしていたけど、何ごともなく立ち上がったからたぶん大丈夫!
「うえーん、痛いよぉー」
泣いているけど大丈夫! たぶん。
何にしてもこれでチャレンジはクリアのはず。
【チャレンジクリア】
【クリア報酬としてドローンを復元】
【ボーナス報酬としてドローンに攻撃性を追加】
〈お〉〈お〉〈おっ〉
〈お?〉〈キター!!!!〉〈配信映った!〉
〈あれ〉〈なんかおかしい〉〈アカ氏倒れてね?〉
〈やばくね?〉〈やば〉〈かなちんは〉〈アカ氏立ち上がれ!〉
〈かなちんもやば!〉〈アカ氏復活させな!〉〈課金や課金!〉
〈死ぬなアカ氏〉〈生き返れ〉〈生きろー!〉〈マジ死ぬな!〉
〈お前が死んだらかなちんが死ぬ!〉
〈おい今月マジヤバイんだけど!〉
〈お兄ちゃん死なないで!〉
やった、ちゃんとチャレンジをクリアできた!
配信が復活したし、みんなも気づいたし、これで明志を助けられる。
そう思った瞬間、私は足から力が抜け崩れ落ちた。安心しちゃったというのもあるけど、覚醒スキルの反動があって動けない。
私が倒れた後、少し遅れてグリードの姿が消える。どうやらグリードも力を使い果たしたみたい。
「GUUッ、GAAAAAAAAAAAAAッッッ!」
あ、ヤバい。メモリアが私を睨みつけてる。
ああ、足を振り上げて狙いをつけてるし、このままじゃあ叩き潰されちゃう。
に、逃げなきゃ。どうにかして逃げなきゃ。でも、足が動かない。
「GAAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!!!!!」
大きな足が勢いよく私に向かってくる。避けようがない、防ぐこともできないそんな攻撃が迫ってきた。
死んだ。確実に私は死んだ。
覚悟も何もできないままあっけない結末を迎える。そのはずだったけど、私は生きていた。
「あれ?」
生きている。死んだと思ったのに。
なんで、どうして?
「ありがとよ、カナエ。お前のおかげで立ち上がれた」
私の目には、懐かしい面影と重なる明志の顔があった。
それはとても勇ましい顔つきで、とても頼りになる強い目をしている。
あ、それよりもこの格好――肩と足を持ち上げられてるし、というかこれお姫様抱っこだし。
ちょっと恥ずかしいな。
「もう負けない。俺は、助けてくれたみんなのために戦う」
でも、そんなことどうでもよくなるような明志の姿がある。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけあの人に似ている勇ましい明志の姿だ。
だから私は安心して笑った。
「頼りにしているよ、明志君」
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