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第1章

12:コメント欄に舞い降りた天使

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 迷宮に入り、さっそく厄介なモンスターと出くわした俺達だがゴリラッパーが打ち込んでくれた情報のおかげでどうにかなった。一応素直にお礼を言い、俺は気を取り直してカナエと一緒に迷宮を進む。
 そんな中、またまたヤバそうなモンスターが現れた。見た限り人型ロボットのようにも見え、その腕には銃砲や先が鋭いクローアームに剣と思える刃などがある。
 明らかに戦闘特化した存在だ。下手に関わりたくないが、そんなモンスターを見てカナエは興奮していた。

「わぁーお! 見たことないモンスターだね。あれどんな仕掛けで動いてるの? もしかしてエンジンを積んでるのかな?」
「かもしれないな。まあ、だとしても危険には変わりなさそうだけど」
「ふふふ、これは撮れ高チャンスだね。ということで頼んだ明志君!」
「行くか! 今度は死ぬっての!」

 あんな明らかにヤバそうなモンスターと戦いたくないっての。そもそもなんで俺に話を振るんだよ。普通に死ぬっての!

 そんなことを心の中でツッコんでいるとカナエはカメラに向かって声をかけ始める。どうやらリスナーと楽しいやり取りをし始めたようだ。
 こうして端から見ていると配信者というものは大変だな。視聴者のみんなを飽きさせないために様々な工夫をこらしている。

 だとしてもまあ、あのモンスターの集団に飛び込むのは勧められない。あれは見た限りさっきの擬態モンスターより強いからだ。
 仲原さんが言っていたが、モンスターの強さはコアから放たれる光の数によって変わってくる。一つ星は一つ、二つ星は二つ星といった感じに星が増えれば増えるほど光の数が増えるそうだ。

 そんですぐ近くにいる人型ロボットみたいなモンスターのコアの輝きは四つある。さっき襲ってきた擬態モンスターは三つだから、それより強いモンスターって意味になる。
 ちなみに俺の実力はタイマンなら二つ星なら余裕が持て、三つ星はどうにかなる。四つ星相手だと厳しいとなり、五つ星以上は敵わないといった感じだ。

 ある程度は仲原さんに鍛えてもらったおかげで手に入れた実力だけど、四つ星がうじゃうじゃいるこの状況だと逃げの一択しかない。
 そんな俺の事情を知ってか知らずか、カナエはさらにテンション高くしてリスナーとやり取りをしていた。
 身振り手振りを交えているので、何か説明しているのかもしれない。

「にしても」

 四つ星迷宮に始めて入ったが、今のところ理不尽なトラップに引っかかっていない。もしかするとそんなものがない迷宮なのかもしれないが、それは希望的観測だろう。
 俺達はただ運よく進んでいるだけだ。その証拠に――

「GiGiGiGiGiGiGiGi!!!」

 何かが悲鳴らしき断末魔を上げる。目を向けるとそこには、先ほどまで元気に歩いていた四つ星モンスターの亡骸があった。
 その腕は押し潰され、その頭は引き千切られ、その胸は抉り取られ、その胴体は二つに分かれ、その脚は何かで溶かされ、その全ては無惨な状態になっている。

 何かしらのトラップが発動した。それはどんなものなのかわからないけど、引っかかったらまず生きてはいられないだろう。

「オッケーオッケー! じゃあこのまま進んじゃおー! 今回は難易度が難易度だし、命大事にで行くよー!」

 そんなこんなでリスナーとやり取りを終えたカナエが俺に振り返り、手を振る。どうやらもう進んでもいいようだ。
 俺は何気なく自分のスマホ画面に目をやる。カナエが開いてくれたWetubeのコメント欄を見ると、そこには恐怖におののく視聴者のコメントが書き込まれていた。

〈今ヤベェーモンスターがヤベェーことになってたぞ〉
〈俺それ見ちゃったよ〉
〈モンスターがレーザーでバラバラになってた〉
〈液体がかかって煙上げてたけど……〉
〈アームが出てきて引き千切られてるのも見たぞ〉
〈ヤバいな。こっちはリアルを体験できる〉

 まあ、探索者やりながら配信ってしてる人が少ないからこんな反応になるか。

 そもそも探索者になるには〈探索者コイン〉が必要だからな。迷宮に入るには絶対に必要なアイテムで、探索者の証。身を守るためにも持ってなきゃいけないコインだし、万が一これをなくしたら死ぬのと同意義になる。
 俺はたまたま親父から譲り受けたから持っているけど、中には探索者コインを利用してビジネスをする頭のいい人間もいるから大変だ。

 詳しいことはわからないけど、たいていろくな商売をしてないらしいから関わらないほうがいいと仲原さんに言われたな。

 ま、そんなこんなで探索者コインは貴重なアイテムだ。だから必然的に数は少ないし、同様に探索者も少ない。
 だからカナエのように配信している探索者ってとんでもなく珍しいんだよな。それがあってカナエはとんでもない人気が出たんだろう。

「おっ! 怪しい扉をはっけーん!」

 俺がそんな分析をしながら進んでいると突然カナエが駆け出した。その後ろを追いかけ、カナエと一緒に怪しげな扉の前に立つ。
 見た限り鍵がかかっている扉だ。だけどそれを解除するための鍵穴は見当たらない。
 ただの飾りか、と考えていると妙な壁を発見した。それは数字が記されたダイヤルだ。

 確かこれ、昔あった黒電話のダイヤルと似てるな。あれは確か、数字の所に指を置いてそのまま回せば相手と通話できるって機能だったかな。
 なんでそんなダイヤル式の入力媒体があるんだ?

「何これー?」
「昭和時代に使われてた黒電話のダイヤルだな」
「へぇー、そうなんだ。レットロォー。でもなんでこんなのがあるの?」
「なんでって聞かれてもなぁー」

 俺はこの扉の周りを調べてみる。だがこのダイヤル以外、目に留まるものはなかった。
 まさか、このダイヤルが扉の鍵を解除する仕掛けか。まあ、仮にそうだとしてそんな古典的な施錠でいいのか?

「よし、回してみる!」
「よしじゃねぇーよ。トラップかもしれないだろ」
「でも、見た感じこれしか仕掛けらしいのはないよ?」
「だからだよ。まあものは試しにっと」

 俺はカナエを止め、ポーチから一つの百円ライターを取り出した。迷宮の雑魚モンスターならたいてい持っている使い切ったそれをダイヤルへ向けて放り投げる。
 すると、途端にレーザーが閃いた。強烈な光が一瞬で走り抜けた後、遅れて百円ライターがバラバラになる。

 やっぱりかー、と感じつつ俺はカナエに顔を向けるとカナエはその光景に恐怖を覚えたのか俺の背中に隠れていた。

「い、今の何!? 一瞬でバラバラになっちゃったよ!!」
「この迷宮のトラップだな。難易度高いから、結構いやらしい配置されてるなこれ」
「命がいくつあっても足りないよぉー!」
「普通にやったらそりゃな」
「どうやってダイヤルに触るの!?」
「探索者コインのスキルかな。まあ、見てろ」

 俺はそういってスキルを発動させる。影を使い、人の手と似た何かを生み出す。それを使ってダイヤルに触れ、適当に回してみた。
 だが、何も反応がない。まあ、ノーヒントで回してるから仕方ないことだ。

「すごいすごい! そんな方法があっただなんて!」
「三つ星迷宮でも似たような仕掛けがあるんだ。今回はそれの流用だよ」
「へぇー。でも確かにこの方法なら安全だねっ」
「まあな。だけど結構細かい技術が求められるから、やれるようになるまで時間がかかったよ」

 俺はカナエにそんな思い出を簡単に話しつつ、ダイヤルを回す。だが、やはり不発だ。
 たぶんどこかにヒントもしくは答えがあると思うけど、そんなの探している暇はない。

 そう思っていると俺の配信画面のコメント欄に何か書き込みがされた。

〈苦戦してるな、明志君よ〉

 上からの目線。なかなかにムカつく挨拶である。
 よく見るとそのコメントは〈ゴリラッパー〉のものだ。さっきの情報といい、この感じからしておそらくまあまあ活躍している探索者かもしれない。

〈ウッホホ、実は俺ちゃん答え知ってるんだ〉
〈知りたい? 知りたいよな?〉
〈とーっても知りたいよな、明志くーん〉

 なんかムカつくな。というかこいつ、完全に俺を下に見てるな。
 こういうのは無視しよう。あー、でもカナエのリスナーだから無碍にしちゃいけないか。
 でもゴリラッパーとやりとりしたくないし、解読に集中したいし。

 悩ましい、と頭を抱えていると違う人がコメントをしてきた。

 今度は誰だ? あんまり変な奴と相手したくないんだけど。

〈お前かー! 無断で家を特定したの!〉
「ぶぅぅぅぅぅ!」

 待て待て待て、ちょっと待て!

 これ絶対翠だろ! 名前表記だって〈しんじょうみどり〉ってなってるし。

〈ウホッ? 誰だお前?〉
〈妹! それよりよくも勝手に家をバラしたなこのゴリラ〉
〈なんだなんだ?〉
〈妹? お前妹がいたの?〉
〈まさかの妹降臨!〉
〈え? 妹? いもーとぉぉぉぉぉ!(;゚д゚)〉
〈おいおいマジかよ。妹が降臨だなんておじちゃん興奮しちゃうじゃないか!〉

 うぉぉぉぉぉ!!! コメント欄がとんでもないことになってる。

 つーか、どうして翠がこの配信に来たんだよ。あいつ、いつもなら家で寝てるはずなんだけど!

「どったの明志君?」
「翠がコメントしてきた」
「ああ、それかぁー。安心して、教えておいたからっ」
「原因お前かよ!」

 なんだこの嫌な汗は。おかしい、動悸息切れしている。あれ、俺ってまだ若いよね?

〈ウッホホー! 妹かぁー。まさか明志君に妹がいたとは〉
〈話を逸らさないの! アンタがやったことは犯罪なんだからね!〉
〈何のことやら。俺ちゃんはただの善意で〉
〈個人情報保護法って知ってる? どんな理由であれ、公な場所で記録を残したりしたら罪になるからね〉
〈ウホッ!?〉
〈今から警察に行ってくるから。いいよね?〉
〈ちょ、ちょっとまってくれ!〉
〈なんで? やっちゃいけないことしたじゃん。それとも何? 善意があったらなんでも許されると思ってるの?〉
〈え、えーっと〉

 おお、翠がゴリラッパーを詰めている。あいつ怒ると怖いからな。俺でも口で勝てなくなるし。
 その証拠にコメント欄が静かになったよ。

 しかしまあ、よくやるもんだ。この詰めを冷静な状態でやるからなおさら恐ろしいんだけど。

〈安全だなんて思わないでね。警察に行けばアンタの情報なんてすぐにわかるんだから〉
〈わ、悪かった! 俺が悪かったよ。だから警察には行かないでくれ!〉
〈ふぅーん、そう。そんなに嫌なんだ。じゃあ、やることはわかってるよね?〉
〈や、やること?〉
〈お兄ちゃんへの謝罪。当然でしょ?〉
〈ウッホーウホウホッ〉
〈警察に行ってくるねー☆〉
〈謝る! 謝るから待ってー!〉

 なんだかわからないが、ゴリラッパーは負けた。まあ、先輩探索者だとはいえ人間だ。悪いことなんかしてて、それで警察に行かれたら困るんだろう。

 俺は何気にカナエに目を向ける。すると懸命に笑いを堪えている姿があった。

〈このたびは私ことゴリラッパーが大変失礼なことをいたしました。勝手に新条明志様の家を特定し、さらに舐めた態度とコメントをしてしまい申し訳ございません。このような間違いを二度と犯さないためにもゴリラッパー、妹様の下僕にならせていただきます〉

「いや、なんでだよ」

 本気で謝ってるのかふざけてるのかわからないコメントだった。
 まあ、なんかこんなの見たら非常にバカらしくなってどうでもよくなったけど。

〈ゴリラッパー、お前……〉
〈かなちんを裏切るのか!〉
〈すまない、同士よ。俺は罪を犯した。だからそれを償わなければならない〉
〈必ず帰ってこい、ゴリラッパー! 俺はお前を待っている!(つд`)〉
〈なんか気持ち悪いんだけど。ゴリラいらないから誰かもらって〉
〈ゴリラッパー!www〉

 よくわからないが盛り上がっている。翠も馴染んでるし、これはこれでよかったのかな。
 そんなこんな思いながらダイヤルを回しているとカチッと音が響いた。カタカタカタ、と音が響かせながら扉が開き、その奥には宝箱が置かれている。

 一応警戒しながら宝箱を開き、中身を確認すると中には〈赤い歯車〉があった。

「うーん? これなんだ?」

 価値があるのかないのかわからない。ひとまず手に入れたアイテムをポーチに入れ、俺はカナエに振り返る。だが、カナエは必死に笑いを堪えている様子だった。
 その姿はある意味健気であり、たぶん普段の状態でも見ないものだろう。

 そう思いつつ、俺は楽しく笑うカナエと下僕を増やす翠を微笑ましく思うのだった。
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