ある日、家に帰ったら。

詠月日和

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うわさ。

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 「こんなに追い回されて。かわいそうになあ。」

 ペンギンが、徐につぶやいた。

 何だろうと思って目を向ければ、テレビが情報番組を映していた。パシャパシャとフラッシュがたかれる中で、マンションだろうか。何かの建物から車までを移動する男性。メディアにそれほど詳しくない日和でも、なんとなくわかるくらい最近人気の俳優だ。各局のリポーターの声が、代わる代わるその後を追っていた。

 「…ああ、芸能人のスキャンダルか。誰と誰が付き合っている『かもしれない』んでしょ。まだ仮定だって言うのに、こんなに騒がれるんだから、仕方ないとはいえ大変だよね。」

 何の気なく頭に浮かんだことをそのまま返すと、ペンギンはきょとんとして小首を傾げた。

 「仕方ないことなん?」

 予想外の部分で何かが引っ掛かっているらしい。
 何に引っ掛かっているのか今いちわからなかったので、「そうだね」と返した。

 「芸能人には、暗黙の了解みたいに『有名税』が付いてくるからね。その人に寄せられている世間の注目に比例して、その税は高くなるんだよ。私にしてみればほんのちょっとしたことが、相手が芸能人というだけで大事件のように扱われたりもする。これはもう、メディアの世界に身を投じた人間としては避けられないことでしょう。」

 言葉にしながら、想像してみた。

 名前だけならまだしも、顔までもが連動して広く知られていたなら。自分に向けられる『目』の数は計り知れない。何時、どんなときであっても、誰かが自分を見ている可能性が付きまとう。その感覚は、一般人よりもずっと強いものだろう。

 「同じ人間なのになあ。」
 「え?」

 ペンギンの言葉に、思考の世界から戻された。

 「報道された芸能人も、報道した記者も、情報を受け取った視聴者も、みんな同じ人間やんなあ。」

 つぶらな瞳が私を見ていた。

 なんとなく、ペンギンの言いたいことはわかる気がした。ただ、まるで自分が責められているみたいで居心地が悪かった。
 誤魔化すように息を吐いたこと、気づかれてないといいな、と後で思った。

 「そうだよ、人間だ。人間だからこそ、情報に大きすぎるほどの価値がある。」


 知っていること。知られていること。知らないこと。

 その情報が重いか軽いかも、他の情報との比較で決まる。それならば、なるべく正確な比較ができるように、有する情報は多い方がいい。
 情報社会だなんて言葉もあるが、きっと昔から、情報が大事であることは本質として変わらない。

 「それにほら。幼い頃から身に着いている周知の事実。人間はね、噂話が大好きなんだよ。真偽なんて、実は二の次なのかもしれない。」

 本当だろうが嘘だろうが、一時の話のネタになればそれでいいのだろう。

 噂なんてそんなもので、昨日と今日で風向きが変わることなんてしばしば。そして、大多数の人々はそんな強く吹けば何処へでも飛べる実態の薄い情報に、きっと望んで振り回されている。
 伝言ゲームほど宛てにならないものもそうそうないし、「ここだけの話」で世の中の大半が回ってる。

 「そういうことやないんやけどな」

 ペンギンが短い首をこてりと傾けた。

 「じゃあどういうことなの」
 「いやな、芸能人だから責められるん? こんなパシャパシャカメラに撮られて、何の関係もあらへん人間に街頭インタビューやらなんやらで意見が求められて、ネットで風評が飛び交うんやろ? おちおち街中歩けへんやん。それが普通っておかしないんか? 同じ人間やんなあ」

 ぐ、と言葉に詰まった。無意識に本題を逸らしてしまったことにこうして気づかされたわけだが、ペンギンの言葉はなんとも居心地が悪い。

 「わい知ってんで」
 「…何を?」
 「ネットでな、不倫してんねんて得意げに語る子おるやんか。誰と誰が付きおうてんのもそこら中にありふれた話やけど、いちいち責め立てるのなんてどっちかに気があるやつくらいやんな。酔った勢いで路上で服脱いだとか、変な場所で寝こけたりとかもするんやろ」
 「…ペンギンの言いたいことはわかるよ、たぶんね。でも、それでも芸能人は特別なんだよ」
 「なんでや」

 ペンギンは責めてるわけじゃない、声音はどこまでも不思議そうで見上げる瞳はつぶらなままだ。ただ純粋に疑問なのだろうと思う。

 「芸能人は、テレビに出たりネットで有名になったり名前が知られていたり…有名人である分、憧れる人が多いんだ。憧れてる人のすることは何だって真似したくなる、そんな人だっているでしょう? でも、それが褒められたことじゃなかったら真似しちゃいけないんだよ。だから、悪いことをしたときはそれが真似しちゃいけないことだということも伝えなきゃいけない」

 悪いことを隠し通せると思わせないように、必ず周囲に発覚するのだということを教えるために監視の目は厳しく。

 「難儀やなあ」

 ペンギンはふうと大きく息を吐きだして、それきりテレビの画面を見続けていた。
 どうやらこの話は終わりらしい。なんだか肩透かしをくらったような気分にもなったが、ペンギンがすべての答えを知っているだなんてどうして思ってしまっただろう。
 日和はぐっと両手を上げて背筋を伸ばすと、ぽつりとひとつ追いかけた。

 「難儀だねえ」

  
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