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喧嘩する。
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ペンギンの居る生活に、すっかり慣れてきたある日のこと。
ペンギンと、喧嘩をした。
大変くだらない理由だと、誰に話しても思われるだろう。私もわざわざ人に話すのはどうかと思う。そもそも喧嘩相手が人外の未確認生物なペンギンだから、その時点で誰に話すものでもない。話せばくだらない理由よりも、喧嘩相手の説明で多大な時間が使われることは目に見えていた。
──この前ペンギンと喧嘩をしたんだけどね、ああ、ペンギンっていうのはもうそのまま『ペンギン』のことで、違う違う、飼い始めたわけじゃなくて、いつの間にか居たんだよ家に。そのペンギンがさ、え、何? いや頭は打っていないし変なものも食べた記憶ないから、熱を測るのはやめて欲しいなあ。
ほら、ちょっと想像しただけでも説明が難しいのはご覧の通りだ。私自身よくわかっていない存在について上手く語れる気がしないし、そこを投げたまま本筋を相手に伝えられるほどの話術も持ち合わせていない。今だってもう、話が逸れているのだから。
とにかく、ペンギンと喧嘩をした。
理由は繰り返すけれど本当にくだらないから、わざわざストーリー立てて詳細に語るようなことはしたくない。ペンギンの余計な食欲と好奇心によって私の大事なコンビニスイーツが狙われた挙句、一つしかないそれをあろうことかどっちが食べるか決めようだなんて言いだしたのが発端だ。それさえわかっていれば問題ない。
子供の喧嘩かと思われるような内容だが、それでも主張する。買ったのは私で、ここの家主も私。どうしてどっちが食べるかなんて話にできるのか心底わからない。つまり、この喧嘩において私は当然の権利を説いただけで、悪いのは十中八九ペンギンだ。
まあ、それはさておき。実はこれも今回の本筋じゃない。ペンギンは小さい身体に似合わず態度はふてぶてしいし、私もそんなペンギンとの同居生活に慣れるに従って遠慮が薄くなっている自覚があるため、些細な口喧嘩も日常になりつつあった。こんな小さな諍いをいちいち挙げだしたらキリがないのだ。
だから、この喧嘩で問題だったのはその内容じゃない。どっちが食べるかの『決め方』だった。
◇◇◇
「こうなったら、しゃあない」
「何がしゃあない、なのか心底疑問だよ。私のものだって何度も言っているんだから諦めなさいよ」
「じゃんけんで決めよか」
「…それ、本気で言っているの?」
散々と言い争った後のことだ。私は相当苛立っていたけれど、それでもこの提案をしてきたペンギンは馬鹿なんじゃないかと心配してしまった。
確かに、簡単に且つ迅速に、そして明確に勝者と敗者を作ることにおいて、じゃんけんは恐らく最も有名で最も多用されている遊戯だろう。相手の思考や反射神経、場合によっては無意識すらも含まれている行動は読みづらく、言ってしまえば運任せなところもあるので平等性が高いのも特徴だ。話し合いでは埒が明かないからいっそのことじゃんけんで勝負しよう、なんて、展開的にあってもおかしくない。こんな幼稚なことが理由の喧嘩ならば尚更だ。
じゃあ何が問題なのか。喧嘩の相手が『ペンギン』であることだ。忘れないで欲しいのだが、目の前のとんでもないペンギンは表情豊かな上に人語を話すし、ときには乗り突っ込みをするほど何故か関西に強い憧れを抱いているけれど、見た目は『ペンギン』だ。私はあまりペンギンに詳しくないから種類なんかはまるでわからないが、動物園に居るような一般的なペンギンを想い浮かべてくれればいい。万人が一目見てペンギンであると断言できるほどに『ペンギン』はペンギンなのだ。
この場合、手と呼ぶのか前足と呼ぶのか羽と呼ぶのか私は知らないが、そこに該当する部分のフォルムはもう想像つくだろう。指と呼べるものがないのだ。
『握る』か『開く』以外の表現ができそうに見えないわけだが、いったいどうやってじゃんけんをするというのか。
「本当に、本気なの? 本気でじゃんけんで決めていいの?」
「本気も本気や。正々堂々と、一発勝負で決めようやないか」
意気揚々とふんぞり返るペンギンからは、真意が読み取れなかった。本気で自分が勝てると思っていそうな雰囲気だが、まさか気づいていないのだろうか。いや、でも。最初に『魚』を描くことをせがまれたときに、確かに自分で自分の両手について語っていたはずだ。それとも何か秘策や、隠された意図でもあるのだろうか。
じゃんけんは一般的に、グー、チョキ、パーの三種類を提示して遊ぶものだ。それぞれの優劣が決められていて、三種類でぐるりと形勢が一周するからこそ遊戯として成り立っている。
それが、二種類しか出せないとなればどうだろう。ペンギンで言うならばグーとパーだけだ。チョキが出せないと事前にわかっていれば、対峙する相手はパーさえ出していれば「あいこ」はあっても負けはしない。逆に言えばペンギンは、それをわかっていたならばグーを出せば負けるわけだから、負けたくないならパーを出すしかない。どちらかが負けようと自主的に思わない限り、「あいこ」の状態が一生続くわけだ。つまりは頓着状態。我慢比べだろうか。
そんなの、じゃんけんをする意味がない。
「本当にやる気?」
「しつこい。ええ加減覚悟決めや。それとも何か、負ける心配か? 不戦敗でわいに譲ってくれてもええんやで」
「今すごく、いらっとしたから、絶対勝つって決めた」
ペンギンが気づいていようとも、いなくとも、何なら本当は勝ちを譲るつもりでじゃんけんを選んでいたのだとしても、もう考えるのはやめた。コンビニ限定スイーツを食べるのは私だ。
「最初はグー、じゃんけん、ぽんっ!」
声を揃えて出した先、私は勿論パーだ。ペンギンは、手を開いていた。ここで閉じているようなら終わりにできたが、どうやら勝つつもりはあるらしい。心の中で唸って、我慢比べに入る決意を固めた。
「あーいこでっ」
「よっしゃあ、勝ちや!」
「…は?」
次に進めようとしたところでペンギンが声をあげた。
「いやいや、勝ってないでしょう。あいこだよ、あいこ」
「いいや、わいの勝ちや!」
「ちょっとペンギン、じゃんけんのルールわかってる?」
「当然。自分、今何だした?」
「パーだけど」
「せやろ? わいはチョキやからわいの勝ち」
ふふん、と得意げにペンギンは胸を張った。
私は、たっぷり数秒は絶句したと思う。言われた意味がわからなかった。
「はあ? ちょっと待ってよ。なに? ペンギンのどこがチョキだったって? ペンギンのその手でどうやってチョキができたって?」
「チョキはチョキや」
「やってみせてよ!」
ほら、なんてペンギンが手を差し出してくるが、どう見ても開いているフラットな状態のペンギンの手だ。いや、前足? 羽? もうどうでもいい。
「これのどこがチョキなのさ! チョキっていうのはこう、二本指立てて、ピース、ブイサイン。これ!」
「それは自分の手やからやろ? わいの、この愛らしいフォルムに置き換えた場合のチョキはこれ」
「じゃあ、パーは?」
「これ」
「変わってないじゃない!」
なんてペンギンだろう。
チョキと言って出されたものも、パーと言って出されたものも見た目に違いがなく、見分けなんてつかない。これではペンギンの匙加減だ、最悪の後出しじゃんけんだ。
「ずるい。こんなのおかしい。反則だ」
「せやかて、人間基準のじゃんけんにしたら、わいはチョキ出せへんもん。勝負にならんやろ? わいがチョキ出せへんと思っているのにも関わらずじゃんけん勝負に同意したなら、それについて一言も確認せんかった自分のほうがずるいやんけ」
「うっ」
痛いところを突かれた。ピンポイントで狙い撃ちだ。つらつらと考えていた心の声が、すべて聞こえていたのではないかとすら思ってしまう。
「人間相手やないのに、始める前にルールの確認しなかった自分の負けや」
ケラケラと笑うペンギンが憎らしいったらない。
「でも、でも! 私は何度も勝負内容については確認したもの、本当にじゃんけんでいいのかって! あのやり取りにペンギンへの配慮が含まれていたということで情状酌量の余地がある!」
「じゃんけんでいいのか確認する理由を言わなかったから、マイナスポイントや」
「こ、こんな後出しの勝負で納得なんてできない! そうだよ、ペンギンはこうなることまで想定してじゃんけんを言い出したんだよね? 確かに私はペンギンがチョキを出せない可能性について言わなかったけど、ペンギンだって意図的に言わなかったことあるよね? 私騙されてたよね、被害者だよね?」
我ながら必死だとは思うけれど、ここで引くのはなけなしの自尊心が許さなかった。自分にそんなものがあるのか謎だが、とにかく引けないと感じた。思っていたより強かなペンギンに、こうもやりこめられては悔しいではないか。
「ええ…」
ペンギンは駄々っ子のような私のまくしたてに若干引いていた。誠に遺憾である。
「なに。じゃあ何で決めたら自分は納得するん?」
「ちゃんと公平なものだよ。運試しだ、そうしよう」
「運試し?」
「あみだくじにしよう」
このときの私は興奮していておかしなテンションになっていたが、それでもなかなか良い提案をしたと思う。
「ここに、紙があります」
「わいのご飯の余った紙な」
「そう。ちゃんとご飯を四匹分も食べたくせにこうして私の大事なスイーツを横取りしようとするペンギンが『魚』の部分以外は別にいらないからって切り捨てた紙の切れ端」
「説明が長い」
「ここに二本、線をひいて…いや、三本にするか」
「誰の分や、それ」
暗にペンギンと私の二人しかいない空間で誰を三人目に数えているのかと聞かれたわけだ。
「これは、ダミー」
「誰や」
「いや、名前じゃないから。『ダミー』さんっていう人の分ではなく、余計に用意した仮線だよ。線が二本だけだと、当たりの位置とはしごの本数から、どっちのスタート位置が当たりに繋がっているのか、わかる人にはわかるでしょう?」
実際、友達にいたのだ、そういう子が。頭の回転が速い子なのは知っていたが、あみだくじが出来上がってすぐに一方を指さして「こっちが当たり」なんて。そこから何本線を足そうと同じことだった。半信半疑で線を辿って、言われた通りの結果になったときの気持ちといったら。
「…私はわかんないけど、ペンギンが意外に抜け目ないことはもうわかったし。油断できないからね。第三の選択肢を入れて、ぱっと見ではわかりづらくするわけさ」
話しながらも、三本戦の終着点の一つだけに星マークを付けて、それが見えないように紙を折った。まずペンギンにひとつ選んでもらってから、私も自分の線を選ぶ。それぞれの名前の頭文字をスタートにするのだ。ペンギンだから『ぺ』にした。はしごは公平に、同じ数ずつ線を足していく。ペンギンだってぐっと握る動作は出来るので、簡単な線くらいなら書けた。
「これでよし。恨みっこなしよ」
「自分が言うと説得力があるんかないんかわからんなあ」
「うるさい」
じゃんけんの結果に恨みっこが出たのは半分以上ペンギンのせいだ。
「なあ、第三の選択肢に当たったらどうするん?」
私もペンギンも選ばなかったところは、スタート地点が空白になっていた。
「そのときは、そうだなあ。今日はスイーツをお互い我慢して、明日私が追加で買ってくるのを待ってから、二人で食べる」
さも今考えましたというように提示した案に、ペンギンは頷いた。
「ん、それでいこか」
「うん。じゃあ、私の方から結果見ていくからね」
「はいはい」
「これで決まっても恨みっこなしよ」
「しつこい!」
赤いマーカーで歪な線を辿る間も、騒がしい声は互いに続いた。私とペンギンの、恐らく初めての喧嘩は随分とくだらなく、幼稚で、無駄に長い争いだった。
でもこの日から、何か両者の間でどうしても折り合いがつかないことがあったら、あみだくじで決めるという暗黙の了解が出来上がったのだ。第三の選択肢を用意するのは私であったり、ペンギンであったり。そもそも存在しなかったりもするのだけど、それ自体に決まりはない。ただ、互いに後出しをさせないことにだけは目を光らせていた。
よくよく考えれば非常に大人げないことでも、上手い言い方で説得力があるように相手に思わせれば押し切れる場合もあると、まさかこんなちんちくりんなペンギンから学ぶことになろうとは思いもしなかった。
いつだか、この初めての喧嘩を振り返ってしみじみとそう言ったのだが、ペンギンはわざとらしいほど半目になって器用に肩をすくめて見せた。
ペンギンにしてみれば、結局最後に強いのは感情論なんじゃないかと考えさせられた話だったって。
さて、何のことを言っているのやら。
ペンギンと、喧嘩をした。
大変くだらない理由だと、誰に話しても思われるだろう。私もわざわざ人に話すのはどうかと思う。そもそも喧嘩相手が人外の未確認生物なペンギンだから、その時点で誰に話すものでもない。話せばくだらない理由よりも、喧嘩相手の説明で多大な時間が使われることは目に見えていた。
──この前ペンギンと喧嘩をしたんだけどね、ああ、ペンギンっていうのはもうそのまま『ペンギン』のことで、違う違う、飼い始めたわけじゃなくて、いつの間にか居たんだよ家に。そのペンギンがさ、え、何? いや頭は打っていないし変なものも食べた記憶ないから、熱を測るのはやめて欲しいなあ。
ほら、ちょっと想像しただけでも説明が難しいのはご覧の通りだ。私自身よくわかっていない存在について上手く語れる気がしないし、そこを投げたまま本筋を相手に伝えられるほどの話術も持ち合わせていない。今だってもう、話が逸れているのだから。
とにかく、ペンギンと喧嘩をした。
理由は繰り返すけれど本当にくだらないから、わざわざストーリー立てて詳細に語るようなことはしたくない。ペンギンの余計な食欲と好奇心によって私の大事なコンビニスイーツが狙われた挙句、一つしかないそれをあろうことかどっちが食べるか決めようだなんて言いだしたのが発端だ。それさえわかっていれば問題ない。
子供の喧嘩かと思われるような内容だが、それでも主張する。買ったのは私で、ここの家主も私。どうしてどっちが食べるかなんて話にできるのか心底わからない。つまり、この喧嘩において私は当然の権利を説いただけで、悪いのは十中八九ペンギンだ。
まあ、それはさておき。実はこれも今回の本筋じゃない。ペンギンは小さい身体に似合わず態度はふてぶてしいし、私もそんなペンギンとの同居生活に慣れるに従って遠慮が薄くなっている自覚があるため、些細な口喧嘩も日常になりつつあった。こんな小さな諍いをいちいち挙げだしたらキリがないのだ。
だから、この喧嘩で問題だったのはその内容じゃない。どっちが食べるかの『決め方』だった。
◇◇◇
「こうなったら、しゃあない」
「何がしゃあない、なのか心底疑問だよ。私のものだって何度も言っているんだから諦めなさいよ」
「じゃんけんで決めよか」
「…それ、本気で言っているの?」
散々と言い争った後のことだ。私は相当苛立っていたけれど、それでもこの提案をしてきたペンギンは馬鹿なんじゃないかと心配してしまった。
確かに、簡単に且つ迅速に、そして明確に勝者と敗者を作ることにおいて、じゃんけんは恐らく最も有名で最も多用されている遊戯だろう。相手の思考や反射神経、場合によっては無意識すらも含まれている行動は読みづらく、言ってしまえば運任せなところもあるので平等性が高いのも特徴だ。話し合いでは埒が明かないからいっそのことじゃんけんで勝負しよう、なんて、展開的にあってもおかしくない。こんな幼稚なことが理由の喧嘩ならば尚更だ。
じゃあ何が問題なのか。喧嘩の相手が『ペンギン』であることだ。忘れないで欲しいのだが、目の前のとんでもないペンギンは表情豊かな上に人語を話すし、ときには乗り突っ込みをするほど何故か関西に強い憧れを抱いているけれど、見た目は『ペンギン』だ。私はあまりペンギンに詳しくないから種類なんかはまるでわからないが、動物園に居るような一般的なペンギンを想い浮かべてくれればいい。万人が一目見てペンギンであると断言できるほどに『ペンギン』はペンギンなのだ。
この場合、手と呼ぶのか前足と呼ぶのか羽と呼ぶのか私は知らないが、そこに該当する部分のフォルムはもう想像つくだろう。指と呼べるものがないのだ。
『握る』か『開く』以外の表現ができそうに見えないわけだが、いったいどうやってじゃんけんをするというのか。
「本当に、本気なの? 本気でじゃんけんで決めていいの?」
「本気も本気や。正々堂々と、一発勝負で決めようやないか」
意気揚々とふんぞり返るペンギンからは、真意が読み取れなかった。本気で自分が勝てると思っていそうな雰囲気だが、まさか気づいていないのだろうか。いや、でも。最初に『魚』を描くことをせがまれたときに、確かに自分で自分の両手について語っていたはずだ。それとも何か秘策や、隠された意図でもあるのだろうか。
じゃんけんは一般的に、グー、チョキ、パーの三種類を提示して遊ぶものだ。それぞれの優劣が決められていて、三種類でぐるりと形勢が一周するからこそ遊戯として成り立っている。
それが、二種類しか出せないとなればどうだろう。ペンギンで言うならばグーとパーだけだ。チョキが出せないと事前にわかっていれば、対峙する相手はパーさえ出していれば「あいこ」はあっても負けはしない。逆に言えばペンギンは、それをわかっていたならばグーを出せば負けるわけだから、負けたくないならパーを出すしかない。どちらかが負けようと自主的に思わない限り、「あいこ」の状態が一生続くわけだ。つまりは頓着状態。我慢比べだろうか。
そんなの、じゃんけんをする意味がない。
「本当にやる気?」
「しつこい。ええ加減覚悟決めや。それとも何か、負ける心配か? 不戦敗でわいに譲ってくれてもええんやで」
「今すごく、いらっとしたから、絶対勝つって決めた」
ペンギンが気づいていようとも、いなくとも、何なら本当は勝ちを譲るつもりでじゃんけんを選んでいたのだとしても、もう考えるのはやめた。コンビニ限定スイーツを食べるのは私だ。
「最初はグー、じゃんけん、ぽんっ!」
声を揃えて出した先、私は勿論パーだ。ペンギンは、手を開いていた。ここで閉じているようなら終わりにできたが、どうやら勝つつもりはあるらしい。心の中で唸って、我慢比べに入る決意を固めた。
「あーいこでっ」
「よっしゃあ、勝ちや!」
「…は?」
次に進めようとしたところでペンギンが声をあげた。
「いやいや、勝ってないでしょう。あいこだよ、あいこ」
「いいや、わいの勝ちや!」
「ちょっとペンギン、じゃんけんのルールわかってる?」
「当然。自分、今何だした?」
「パーだけど」
「せやろ? わいはチョキやからわいの勝ち」
ふふん、と得意げにペンギンは胸を張った。
私は、たっぷり数秒は絶句したと思う。言われた意味がわからなかった。
「はあ? ちょっと待ってよ。なに? ペンギンのどこがチョキだったって? ペンギンのその手でどうやってチョキができたって?」
「チョキはチョキや」
「やってみせてよ!」
ほら、なんてペンギンが手を差し出してくるが、どう見ても開いているフラットな状態のペンギンの手だ。いや、前足? 羽? もうどうでもいい。
「これのどこがチョキなのさ! チョキっていうのはこう、二本指立てて、ピース、ブイサイン。これ!」
「それは自分の手やからやろ? わいの、この愛らしいフォルムに置き換えた場合のチョキはこれ」
「じゃあ、パーは?」
「これ」
「変わってないじゃない!」
なんてペンギンだろう。
チョキと言って出されたものも、パーと言って出されたものも見た目に違いがなく、見分けなんてつかない。これではペンギンの匙加減だ、最悪の後出しじゃんけんだ。
「ずるい。こんなのおかしい。反則だ」
「せやかて、人間基準のじゃんけんにしたら、わいはチョキ出せへんもん。勝負にならんやろ? わいがチョキ出せへんと思っているのにも関わらずじゃんけん勝負に同意したなら、それについて一言も確認せんかった自分のほうがずるいやんけ」
「うっ」
痛いところを突かれた。ピンポイントで狙い撃ちだ。つらつらと考えていた心の声が、すべて聞こえていたのではないかとすら思ってしまう。
「人間相手やないのに、始める前にルールの確認しなかった自分の負けや」
ケラケラと笑うペンギンが憎らしいったらない。
「でも、でも! 私は何度も勝負内容については確認したもの、本当にじゃんけんでいいのかって! あのやり取りにペンギンへの配慮が含まれていたということで情状酌量の余地がある!」
「じゃんけんでいいのか確認する理由を言わなかったから、マイナスポイントや」
「こ、こんな後出しの勝負で納得なんてできない! そうだよ、ペンギンはこうなることまで想定してじゃんけんを言い出したんだよね? 確かに私はペンギンがチョキを出せない可能性について言わなかったけど、ペンギンだって意図的に言わなかったことあるよね? 私騙されてたよね、被害者だよね?」
我ながら必死だとは思うけれど、ここで引くのはなけなしの自尊心が許さなかった。自分にそんなものがあるのか謎だが、とにかく引けないと感じた。思っていたより強かなペンギンに、こうもやりこめられては悔しいではないか。
「ええ…」
ペンギンは駄々っ子のような私のまくしたてに若干引いていた。誠に遺憾である。
「なに。じゃあ何で決めたら自分は納得するん?」
「ちゃんと公平なものだよ。運試しだ、そうしよう」
「運試し?」
「あみだくじにしよう」
このときの私は興奮していておかしなテンションになっていたが、それでもなかなか良い提案をしたと思う。
「ここに、紙があります」
「わいのご飯の余った紙な」
「そう。ちゃんとご飯を四匹分も食べたくせにこうして私の大事なスイーツを横取りしようとするペンギンが『魚』の部分以外は別にいらないからって切り捨てた紙の切れ端」
「説明が長い」
「ここに二本、線をひいて…いや、三本にするか」
「誰の分や、それ」
暗にペンギンと私の二人しかいない空間で誰を三人目に数えているのかと聞かれたわけだ。
「これは、ダミー」
「誰や」
「いや、名前じゃないから。『ダミー』さんっていう人の分ではなく、余計に用意した仮線だよ。線が二本だけだと、当たりの位置とはしごの本数から、どっちのスタート位置が当たりに繋がっているのか、わかる人にはわかるでしょう?」
実際、友達にいたのだ、そういう子が。頭の回転が速い子なのは知っていたが、あみだくじが出来上がってすぐに一方を指さして「こっちが当たり」なんて。そこから何本線を足そうと同じことだった。半信半疑で線を辿って、言われた通りの結果になったときの気持ちといったら。
「…私はわかんないけど、ペンギンが意外に抜け目ないことはもうわかったし。油断できないからね。第三の選択肢を入れて、ぱっと見ではわかりづらくするわけさ」
話しながらも、三本戦の終着点の一つだけに星マークを付けて、それが見えないように紙を折った。まずペンギンにひとつ選んでもらってから、私も自分の線を選ぶ。それぞれの名前の頭文字をスタートにするのだ。ペンギンだから『ぺ』にした。はしごは公平に、同じ数ずつ線を足していく。ペンギンだってぐっと握る動作は出来るので、簡単な線くらいなら書けた。
「これでよし。恨みっこなしよ」
「自分が言うと説得力があるんかないんかわからんなあ」
「うるさい」
じゃんけんの結果に恨みっこが出たのは半分以上ペンギンのせいだ。
「なあ、第三の選択肢に当たったらどうするん?」
私もペンギンも選ばなかったところは、スタート地点が空白になっていた。
「そのときは、そうだなあ。今日はスイーツをお互い我慢して、明日私が追加で買ってくるのを待ってから、二人で食べる」
さも今考えましたというように提示した案に、ペンギンは頷いた。
「ん、それでいこか」
「うん。じゃあ、私の方から結果見ていくからね」
「はいはい」
「これで決まっても恨みっこなしよ」
「しつこい!」
赤いマーカーで歪な線を辿る間も、騒がしい声は互いに続いた。私とペンギンの、恐らく初めての喧嘩は随分とくだらなく、幼稚で、無駄に長い争いだった。
でもこの日から、何か両者の間でどうしても折り合いがつかないことがあったら、あみだくじで決めるという暗黙の了解が出来上がったのだ。第三の選択肢を用意するのは私であったり、ペンギンであったり。そもそも存在しなかったりもするのだけど、それ自体に決まりはない。ただ、互いに後出しをさせないことにだけは目を光らせていた。
よくよく考えれば非常に大人げないことでも、上手い言い方で説得力があるように相手に思わせれば押し切れる場合もあると、まさかこんなちんちくりんなペンギンから学ぶことになろうとは思いもしなかった。
いつだか、この初めての喧嘩を振り返ってしみじみとそう言ったのだが、ペンギンはわざとらしいほど半目になって器用に肩をすくめて見せた。
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