押しかけ皇女に絆されて

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『無い』は、気になる

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「39.7度……」
『ぬぅ……まだ何となく熱っぽい気がするのじゃが……』
「熱っぽい、じゃなくてがっつり熱が出ているっていうんだよこれは。うぅ……もう3日目だぞ、頭痛い……」

 あの触手服騒動の後、慧は高熱を出して寝込んでいた。
 初めての一人暮らし、の筈がいきなり異世界の皇女様と同棲(体内)するわ、異文化という名のぶっ飛んだ性癖に振り回された結果、衆目の中で――誰にもバレることは無いと分かっていても――盛大にお漏らしをしてしまうという大失態を起こすわ、まさに心身共に疲労困憊、満身創痍。
 ともなれば、熱の一つや二つ出たっておかしくは無い。

 ただ、今回の主な原因は、疲れでは無い。

「アイナ……これで分かったろ?例えガサガサが気に入らなかろうが、4月に服を着ずに真っ裸で寝れば風邪を引く。OK?」
『ううぅ、すまんかった……でもやっぱりガサガサは辛いのじゃ……』

 そう、大体アイナのせいである。


 …………


 あの夜、早々に気を失った慧を慮ってアイナが見せてくれた夢は、実に心地がよかった。
 慧にとってはこれまで幾度となく繰り返してきた夢ではあったのだが、その解像度が一気に上がった世界はもはや別物で。

「……こんなにも……穏やかな世界があるんだよなぁ……」

 ぽつんと立ち尽くす慧の肌の上を爽やかな風が通り抜け、足元の草は柔らかく足をそよそよと撫でる。
 さあぁ……となる草の音。食事の準備かと思っていた煙は、ほのかにスッとする爽やかな香りを運んでくる。

(あれは魔法薬を作っているのじゃ。この香りは……虫除けじゃな)

 どこかから聞こえてくるのは、アイナの声だ。
 姿は見えず、けれども不思議と側にいるような感じがする。

『母様、ペトラ姉様、見て!サウル兄様が鞠を作ってくれたの!』
『どれどれ、おや、これは素敵だねぇ。紅星花の模様かい』
『良かったねぇニコや。ほら、アスティも一緒に遊んでおいで』

(産みの母は母と呼ぶが、それ以外の年長者はみな兄様、姉様じゃ。そう言えばお主、地球人は歳で呼び名が変わると言っておったのう)

 家の近くでは、色とりどりの耳をした女性達が木の実をより分けている。
 その周りではしゃぐ小さな耳をピコピコさせた子供達に、少し離れたところで子供達と鞠を蹴って遊ぶ男達。

(木の実はたくさん採れたら、ああやってビンに詰めて保存の魔法をかけるのじゃ。ビンの中では時が止まるゆえ、いつまでも新鮮なまま保存ができる)

 良く見れば、大人達はみなあの触手服と同じ黒いラバースーツを身につけていた。
 けれども、時折いいところを掠めたのか恍惚とした表情を見せることはあれど、何事も無かったかのように語らい、はしゃぎ、唄い、踊り、そしてごろんと横になっている。

(……流石に子供達には刺激が強いでの。子供達の服は白いじゃろう?あれは羽のようにふわふわした服なのじゃよ)

 風の音に混じる、朗らかな笑い声。
 いつもの夢よりもずっとゆったりと、時が流れていく。
 草原に寝転がれば、眼前に広がるのは深い藍色の空と、まるで降ってきそうな程たくさんの輝く星達。

 耳をくすぐる草の感触すら、今は気持ちがいい。
 サラサラという音は、怒濤の日々に振り回された頭と身体を癒やしてくれるようだ。

(……どうじゃ、良いか)

 少し躊躇いがちにアイナが尋ねる。
 妾たちの安らぎはどれもお主の言う『変態な』ものばかりじゃから、お主に合いそうなものを選んでみたのじゃよと付け加える彼女の心遣いがありがたい。

「……ああ。ありがとう、アイナ」
(うむ、そうか良いか、それは重畳じゃ……!)

 まだ夢が覚めるには早い、束の間の安らぎの中でゆっくりしていくがよい。
 そう穏やかな声で囁くアイナの見えない手が、慧の額を優しく撫でた、気がした。


 …………


 そうして実に穏やかな気分で目が覚めてみたら、既に時計は次の日の昼を指していて。
 妙にゾクゾクするのに熱いなと下を見れば、見事に一糸まとわぬ姿で布団すら被らず爆睡していたようで。

 そりゃ、風邪だって引くに決まっている。

『一応な、試そうとはしたのじゃ!じゃが、袖を通した途端がさがさが襲ってきてじゃのう……服に食われてバラバラになってしまうかと思うたわ……』
「服が生き物を食う訳がないって自分で言ってた癖に」
『ううぅ……返す言葉もないのう…………』

 しょんぼり弁明するアイナを諌めて峰島に連絡を取り、風邪薬と水とレトルトのお粥を手に入れて引きこもること3日間。
 ようやく熱が下がった慧は、重い身体を引きずって大学に……ではなく、近くのショッピングモールに出向いていた。
 流石に39度オーバーが3日間はヤバかった、お陰でウエスト周りが一段細くなった気がする。ただでさえ筋肉が付かなくてなよっちい身体なのに、これ以上痩せるだなんてたまったものでは無い。

『ふああぁぁ……!!なんぞこれは!!服か!?服がいっぱい詰め込まれておる!!』
「そりゃ服屋だからな。サイファには無いのか?というか店って概念が無いか」
『子供の服は母親が作るものじゃ。大人になればみな自分で育てるし、ぶきっちょなら誰かが育ててくれるしのう』
「触手服って、育てるものだったんだ……」

 色とりどりの服が陳列された通路を、慧はのんびりと歩いて行く。
 頭の中では案の定アイナが大騒ぎだ。
 どうやらカラフルなものを身につけるという習慣は無いらしく『目がチカチカするのう……』としょぼしょぼさせつつも物珍しそうに一つ一つの服を眺めている。

「取り敢えずさ、俺が適当に服を触っていくから、大丈夫なものがあったら教えてくれ」
『うむ……お手柔らかに頼むぞ……?』

 ごくり、と喉を鳴らす音がこっちまで聞こえてきそうだ。
 ここはひと思いにやるのがアイナのためだと、慧は側の棚にあったニットの中に手をぼすっと差し入れた。

「えい」
『にぎゃあぁぁぁぁ!!お主、今わざと一気に突っ込んだじゃろ!!なんじゃこのざりざりはあぁぁぁ!!』

 カシミヤのニットがざりざりするとは、皇女様の皮膚感覚はバグりすぎだ。
 いやまぁ、あのぬるぬるヌメヌメが皮膚に触れる標準だとしたら確かにざりざりなのか?

 ……不意に触手服の感触を思い出してしまった途端、ぞわりと慧の背中に何かが走った。

(あ……)

 その脳裏に浮かぶのは、あの決壊の瞬間。
 5人の視線が自分を注視して、止めたいのに止められなくて、恥ずかしい姿を晒した絶望とようやく苦しさを吐き出せた開放感がない交ぜになって、景色が滲んで、スローモーションになって……あんな思い、二度としたくない筈なのに。

(……あれ)

(俺……またやってみたいとか、思ってる……?)



 なすすべもなく おとされるの きもち、いい



(…………いやいや!!無い!!それは、絶対に、無いっ!!何考えてんだ俺……あーもう、熱で頭やられちゃったんじゃないか……)

 ふと浮かんだ考えを全力で否定し振り払わんとばかりに、慧は乱雑に目の前の服に触れ『うみゃあぁぁ!!手が!!手の皮が剥けるうぅぅ!!』とまたまたアイナを叫ばせる。

「剥けない剥けない。で、どうよ?どれか着ても大丈夫そうな服は……その様子じゃ一枚も無いな……」
『何なのじゃ、この世界は……ガサガサにざりざりにキシキシに、碌な服が無いではないか!!お主ら良くこんなものを着て生きていけるのう、一体どんな修練を積んだら、そんなに我慢強くなれるのじゃ?』
「これが俺たちの常識だからな!で?このまま一枚も買わずに帰れば、明日からは毎日ガサガサを着て大学に行くわけだが」
『ううっ、慧は鬼じゃ、悪魔じゃ……』

 ぐずぐず文句を言いながらも『これならまぁ、もごもごじゃが耐えられなくはないのう……』と選んだのは、別の店で見つけた敏感肌用コットン&シームレスの肌着だ。
 これ一枚で晩飯2日分じゃねえか、と心の中で独りごちながらも3日分を購入する。
 背に腹は代えられない、何せこのまま慧の手持ちを押し通せば、いつか大学で我慢の限界に達したアイナ(in 慧の身体)によるストリップショーが開催されかねない。それだけは絶対に阻止しなければ。

 だが、最大限の譲歩をしたというのに

『慧、あの……その、ものは相談なのじゃが』
「何か嫌な予感しかしないんだけど」

 ……残念ながら皇女様には足りなかったようである。
 家に帰った途端、おずおずと話しかけてきたと思ったら、案の定だ。

『頼む!半分は頑張ってそのもごもごで我慢する!!じゃから、残りの半分の日は妾の服を着させてくれぬか?』
「お断りだ!!」
『何故じゃ?もちろん毎日とは言わぬ、じゃが半分くらいなら許されようぞ!』
「お前な、あれを着てまた大学に行けっていうのかよ!!こないだ俺がどんな目に遭ったか分かってるだろ!?」
『慧はあんなガサガサの服にも日々耐え抜いておるのじゃ、練習すればお主も慣れて』
「慣れるか!!」

(こればっかりは)
(これ以上は)

((何があっても、譲れない!!))

 ……この日は結局、朝まで脳内で熱い闘いが繰り広げられる。
 さらにヒートアップしたアイナが『もう耐えられん!!』とまたまた全裸になってしまったお陰で見事に風邪をぶり返し、二人は「アイナはちょっと学べ!」『嫌なものは嫌なのじゃ!』と大人げない喧嘩を続けつつ、更に二日間をベッドの上で過ごすことになったのだった。


 …………


「お、姫里。何かめちゃくちゃ久しぶりじゃね?1週間ぶり?」
「姫里君、もう大丈夫なの?風邪酷かったんだね」
「あ、うん。ごめんな心配かけて」

 1週間ぶりに大学に顔を出せば、あの日の5人がわっと寄ってくる。
 どうやらあの時の自分は本当にヤバい顔をしていたのだろう、心底安心した様子の友人達をどうにも騙している様な気がして、慧はちょっとだけ後ろめたさを感じていた。

「……姫里、ノート取ってるけどコピーするか?」
「あ、ありがとう米重さん。うわ、めちゃくちゃ綺麗なノート」
「やっぱトップ合格は格が違うよなぁ、あ、俺も見せて」
「構わんが、貴島は授業に出てなかったのか?」
「いやぁ、データ保存し忘れちゃってさ」

 ほら、とノートを手渡してきたのは、この学部の貴重な女性陣の一人、米重紅葉(よねしげ くれは)だ。
 170センチはあるのだろうか、すらりとした長身で背筋をピンと伸ばして闊歩するベリーショートの女性は、綺麗と言うより格好いい。
 横に並ぶと自分の方が小さいのが、ちょっとだけ悔しく感じる。

「結構ページがあるな、1週間分だもんな……ごめんすぐ終わらせるから」
「大丈夫。待ってる」

 人気の無いロビーで、慧は黙々とコピーを取り、紅葉はペットボトルのお茶を一気飲みしている。
 そうして後数ページで終わろうかという時「あのさ」と紅葉が辺りを見回しつつ、そっと慧に耳打ちしてきた。

 何だろう、女の子にこんなことをされたらドキドキしてその場に倒れそうになるのに、紅葉相手だと息子さんも大人しいものだ。多分俺の相棒は、この子を女と認識していないと思う。

 だからちょっと気が抜けていたのだろう。
 その形の良い唇から紡がれた言葉に、慧はひっくり返りそうになった。

「姫里あんたさ、決壊はもうちょっと人のいないところでやりなよ」
「…………?けっ、かい……?」
「あー……あの日さ。…………みんなの前で思いっきり漏らしてだろ」
「え」
「オムツ?にしては随分薄そうだったけど、よく服に漏れなかったよな。あれ、体調悪いんじゃ無くて気持ちよかったんだろ?にしても…………公開お漏らしは色々アウトだと思うぞ」
「!!!」



(まさか……気付かれた……!?)



 慧の顔がさっと青くなる。
 いや、大丈夫だ。あの時アイナは言っていたはずだ。触手服の中に漏らしても音は聞こえず、臭いも出ず、片っ端から触手が美味しく頂いてしまうと……
 でも、彼女は確信を持って言っているのが分かる。そもそも冗談で言うような話じゃないだろう。

 まさか本当にバレていて、これをネタに俺を脅すつもりじゃ?と一瞬身構えるも、目の前の女性の表情にそのような様子は見受けられない。
 じゃあ、なんで、とオウム返しのように繰り返される思考は、まとまることもなくぐるぐると慧の頭の中で渦を巻いている。

『……ほう、この娘…………』
(!?アイナ、何か分かったのか?)
『ああ、いや……うむ、何でも無いぞ。それよりどうするのじゃ?その娘、どう見てもお主が友の前で盛大に漏らしたのを確信しておるみたいじゃが』
(っ、やっぱり……!!)

 こんなこと、バレてしまったら。
 退学、炎上、社会的に死ぬ……不安が最悪の結末をこれでもかと導き出してくる。
 真っ青どころか真っ白になって脂汗を流している慧に気付いたのか、紅葉は「……別にバラしたりしないから」と素っ気なく返した。

「……ほん、とうに……?」
「バラしても何も良いことないし。というか、やっぱり漏らしてたんだ」
「う゛っ…………」
「あんた、もうちょっと危機感持ちなよ。そんなに全部見え見えじゃ、いつかコロッと騙されちゃいそうだ」
「ううぅ……」

 全くその通りでございます。
 慧はコピーを取りながら涙目になり、がっくりうなだれつつ「お願い……誰にも、言わないで……」と蚊の鳴くような声で紅葉に懇願する以外無く。
「だから、別に言いふらす気はないって」と相変わらず無表情に返されても、その本音がいまいち見えない。

「……ノート、ありがと」
「ああ」

 あまりの気まずさに何も話せぬまま、コピーを取り終えノートを返す。
 と、ふと頭によぎった疑問を慧は何気なく紅葉に尋ねた。

「にしても……何で、俺が漏らしてるって気付いたんだ?」
「……っ!!」

(……?)

 一瞬、ポーカーフェイスの紅葉の顔にかっと紅が差した様な気がする。
 けれどもう一度と見ようとした次の瞬間には元の無表情に戻っていて、気のせいだったのかな……と目をしぱしぱさせていれば、急にぐいっと顎を持ち上げられた。

「……!?」
「あのさ」

 くい、と人差し指で慧の顎を持ち上げ、紅葉の顔が迫ってくる。
 あ、こいつ近くで見たら結構端正な顔してるじゃんか、と思ったのも束の間。

「あんなトロットロの可愛い顔晒してたら、いつか襲われちゃうよ?気をつけな」
「は…………」

 耳元で囁かれる少し低めのハスキーな声に、鼻を掠める女の子の匂いに、頭がクラリとする。

「……あれで女かよ……格好よすぎてときめいちまったぞ……」

「じゃあ」とノートをカバンに戻すとさっさと講義室に戻っていく紅葉の後ろ姿を、慧は暫くぽーっと立ち尽くしたまま眺めていたのだった。


 …………


 先日の病み上がりに繰り広げた『第一次服飾対戦』の結果、週に3日は触手服を、4日は地球の服を着るという条約がアイナとの間で締結された。
 何とか半分以上は死守した!と達成感を噛みしめる慧だったが、最初は二度と着るものか!と断固拒否していたことから考えれば大幅な戦線後退である。……いいや、そんなことは突っ込んではいけない、虚しくなるから。

 大学生活に支障が無いよう、触手服を着るのは金曜の夕方から日曜の夕方まで、そして火曜の夕方から水曜の夕方までと決めた。
 水曜日も講義はあるが午前中に一コマだけだ、その位なら気合いで頑張るしかない。

「それで」

 条約締結後、初めての金曜の夜。
 身体の支配権を交代したアイナがいそいそと召喚した服を前に、慧は低い声でアイナを問い詰めていた。

「……この間と形が違うのは、どういうことだ、アイナ?」
『ううぅ……まだ何も言ってないのに圧が強いのじゃ……』

 目の前にあるのは、相変わらず黒い光沢のある表面と、そこからちょろっと顔を出しては嬉しそうにヌメヌメしたピンクの先端を揺すって踊っている触手服だ。
 だが、明らかに形が違う。触手では無くて、服の形が。

「……この間の夢でも気になっていたんだよなぁ……あの形の触手服を着ていたのは、母様とか姉様とか呼ばれてる連中ばかりでさぁ……」
『そ、その、つい癖での……』
「ふぅん、つまり俺はつい癖で触手服を使った女装をさせられたと」
『お、表からは見えなかったから良いでは……うう、面目ない……』

 道理でおかしいと思ったのだ。
 地球の概念で作られた触手服だというのに、果たして男性があのような股間のきわどいカットのボディスーツや、ピンヒールのサイハイブーツなるものを着るものだろうかと。

 その疑念は、先日の夢の世界で確信となる。
 小さな子供達と全力ではしゃいでいた長い耳の男達が着ていたのは、へそが見えるほど短い丈の長袖のシャツと、息子さんがギリギリ見えないローライズのタイツだったのだから。

「……ちなみに男性用と女性用で機能の違いは」
「ぐぬっ痛いところを……その、女性用の方が快感の強度の上限が高く設定されていて」
「つまり、俺は気絶するほどの快楽に翻弄される必要は無かったと」
「いや、気絶はともかく翻弄はされていたと思うぞ!?お主の敏感さは妾たちクロリクではあり得ない高レベル……申し訳ございませんでした……」
「よろしい」

 全く、と嘆息しつつアイナが慧の身体を操り服を着るのを眺める。
 既に2回目だし、何より散々な目に遭った前回よりはマシだというのだ、怖くないと言えば嘘になるが、まあ叫ぶほどでは

(うひゃぁぁぁ!?んぶっ、顔むぐぅぅっ!!)
『あ、男性用の上着は頭から被るからのう。大抵頭を抜くまでに耳と口を堪能されてわたわたするものじゃ』
(そういうことは前もって言ってくれ!んぶっ、口っ、口があぁぁ……)

 ……うん、物理的に叫べなくされただけだったな。

 両腕を通し頭を見頃に突っ込んだ途端、待ってましたとばかりに触手たちが一斉に襲いかかってきた。
 アイナ曰くこれは挨拶のようなものだという。こんな物騒な挨拶があってたまるか。

 耳から首筋にかけてをヌメヌメとした感触が這い回り、思わず開けた口には何本もの触手が一気に入ってきて、舌を引っ張り出し、裏の浮いた血管を、脇から根本をズリズリと舐め擦る。
 ある触手は口の中の粘膜に、自分達の粘液を擦り込んでいる。やたら口の中がじんじんむずむずするから、ちゃんと媚薬入りなんだろう。その辺は原案に忠実にできている。

 さらに太めの触手は喉の奥にずるりと入っていって……胸の真ん中がカッと熱くなってじわじわするから、多分食道にまで入り込んで抽送を繰り返しているのだろう。
 こんなことをされればすぐに嘔吐いてしまいそうなのに、何故か吐き出すこともできず、なすがままに触手を受け入れ、粘液を飲まされている。

 一体どう言う仕組みなのか、鼻から入ってきた触手は筒状になっていて、必死で呼吸すれば窒息することはなさそうだ。
 ……なるほど、こうやって生命は保証した上で満足するまで遊び倒すつもりか。まさか服を着る段階でぐでぐでにされるだなんて想定外にも程があるぞ、こんにゃろめ。

 にしても気のせいだろうか、前回の触手より活きが良い気がする。
 光を通さない服の中、酸素が回らない頭でぼんやり思った感想を独りごちれば『まぁ、この触手はオスじゃしのう……子供もそうじゃろう?男の子は人なつっこい代わりに加減を知らぬ』とアイナから冷静な突っ込みが入った。
 というかこの触手服、性別があったのか。魔法生物にまで性別を付ける必要は無いと思うのだが。

「ぶはぁっ!!はぁっ、はぁっ……はひ、したが、ひもひぃ……」
『これは凄いのう!男物を着たのは初めてじゃったが、なんじゃこれ、口の中が全部女陰になったみたいじゃ!!うひぃっ、息が通るだけでも気持ちいぃ……』
「ひょうだん、りゃ、ないっれぇ!!あひぃ、も、やらぁぁ!!」

 やっとの事でぬぽん!と首から上が外に出る。
 顔の孔という孔から一気に触手が引き抜かれる刺激で思わず精を放ったかと思えば、散々媚薬を塗り込められた口が、鼻が、ただ息をするだけでペニスの先端を擦られるような快楽を叩き込んでくる。
 気持ちいいから、息が荒くなる。荒くなれば、更に刺激が強くなる……見事な快楽のスパイラルに巻き込まれてしまう。

 これは流石のアイナも想定外だったらしい、タイツを履くのも忘れてその場にへたり込んでしまった。
 しかしちょっとは懲りたのかと思ったら『んうぅ、よい、よいのう……頭が溶けそうじゃ……』とすっかり快楽を享受している。……この状態ですら堪能できてしまうとは、恐るべし皇女様。

「や……やっと……なおった…………」
『なるほどのう、いつも男衆が服を着た後ぼんやりしているのはこれが原因じゃったのか……良いのう……」
「いやいや良くないだろ!?これ、男性陣から文句が出なかったのかよ!!」
『何故じゃ?男衆はむしろいつまでも頭を抜かずに耳だけ出して、ヘラヘラ踊りながら堪能しておる者がほとんどじゃぞ?大体痺れを切らした女子達が無理矢理頭を引っ張り出すまでがお約束じゃ』
「あ、うん、そうだったクロリクは変態民族だった」
『むう、いつもながら酷い言われようじゃの』

 たっぷり30分、ファーストキスすらまだなのに喉の処女を奪われ蹂躙された慧は、もう既に放心状態である。
『タイツも履いてしまうからのう』とアイナがさっさとヌルヌルした筒の中に足を突っ込もうが、ぎゅっと締め付けられようが、身体こそ跳ねるものの喘ぐ気力すら残っておらず、なすがまま全てを受け入れるのだった。


 …………


 着用からこの状態では、一体どうなることかと思ったのに。
 まさか触手に対して紳士的だなんて言葉を使う日が来るだなんて、思いもしなかった。

『Isak君、ここの全体攻撃さ、軽減もうちょっと欲しいなーなんて』
『むしろここはHimenyanが頑張ってHPを戻そうな?ここで軽減吐いたら次のギミックで死ぬ』
『ぬーん、頑張るー』

 休みともなれば、PCにかじりついてオンラインゲームに興じるのがゲーマーの嗜みだ。
 大学に入ってようやく一日中ゲームをしても叱られない環境になったのだ、ここぞとばかりに慧は朝イチからゲーム仲間と共に徒党を組み、チャットで会話しつつ難敵に挑んでいた。

 もちろん格好は、上下とも触手服のままである。
 上はへそ上丈の長袖のアンダーシャツ、下はあまりにきわどくてちょっと下生えが見えてしまうタイツ。
 ちなみに今回は男性用の服だからか、股間の膨らみは保たれている。とはいえ外から触れても全く感じないのは同じだが。

「……にしても、まさかIsakと同じ学部だなんてなー」
『ぬ?あのおどおどした坊主か?確かイサキとかいう』

 猫耳の少女を操作しながら、慧は独りごちる。
 画面の中に映る筋骨隆々な巨漢キャラを操作しているのは、同級生の伊佐木。同じギルドのギルドマスターだ。
 ゲームの腕前もさることながらいつも明るくておしゃべりで、気遣いのできる良い奴である。
 ……ただし画面の中だけであるが。

「同じ大学だから入学式の後で会おうとは言ってたけどさ、まさか隣に座ってるだなんて思いもしなかったもんな」
『イサキは固まっておったしのう。大方このフリッフリの猫娘みたいな女子を想像していたのじゃろ』
「ゲームなんだし、性別はリアルと一緒と限らないのは常識なんだけどな。うちのギルドはボイチャを使わないから気付かなかったんだろ……にしても今思うと『俺、姫里ならいけるかも』とか恐ろしいこと言ってたな、こいつ」

 イサキだってそれを言うなら大分外見詐欺だよなぁと言いつつ、どうやらまたギミックを失敗したのだろう「くっそ、避けられねぇ!」と叫びながら慧はゲームに夢中になっている。

(……好きな自分になれる世界、か)

 確かにこれはリアルではない。音はあれど匂いも感触もない、データとやらでできたものだ。
 それでもこの箱の中の世界――カソウクウカン、とか言っておったか――では、性別も、種族も、姿形もかなり自由な自分を作れるのだという。
 性格だって、箱の中ならなりたい自分になれる。これは向こうに帰ったら魔法理論を組み立てたいものだと、アイナの魔法師としての血が疼いた。

(ふむ…………慧は、こう言うのが好みなのじゃな)

 淡いグリーンのボブカット、ピコンと猫耳を生やし、長い尻尾をふわふわと動かしながら画面を駆け巡るメイド服を着たキャラは、確かにアイナの目から見ても愛らしい。
 もちろん胸は控えめだ。なるほど慧はクーデターを起こした一派と話が合いそうだと苦笑する。

 それはそうと、とアイナは真剣に画面を見つめる慧に話しかけた。

『お主、今日は服を着ていてもなんともないのじゃな』
「へっ?あ……ほんとだ、俺生きてるじゃん」
『何じゃ、気付いておらんかったのか』

 指摘されて慧は初めて気付く。
 確かに触手特有のぬめぬめうぞうぞとした感覚が消えることは無く、時折良いところを掠めては「んはっ」と声が出てしまうことはあるけれど、決して歩けないわけでもない。
 集中していれば問題ないのは、こうやってゲームができている段階で明らかだ。

 なるほど、着用時こそ衝撃的だったが、女性用よりは叩き込まれる快楽の上限が低いというのも頷ける。
 アイナに言わせれば『そよ風にも感じぬぞこんなもの』と少々不満げではあるが、それでも地球の服を着ることに比べれば百万倍マシらしい。

(あー、これなら大学に行くのも問題なさそうな気がする)

 それに何より、この服はこういうときには都合が良い。
 何せ、トイレに行く必要が無いのだ。ここなら誰に見られるわけでもないし、漏れないことは既に実証済みだし、恥も外聞も無く堂々と座ったまま用を足せてしまう。

「なんだ、割と慣れたら快適じゃん、触手服も」
『そうじゃろうそうじゃろう、なら毎日でも』
「それは却下、俺が人間として何かを失う気がするから」
『つれないのう……』

 そうして夜が来て、アイナに頼み込んでてっぺんを越えるまでゲームに興じて、風呂にも入らずざっと顔だけ洗ってそのままベッドに寝転がる。
 汗も舐め取ってくれるというのは存外快適で良い。本当にこれに慣れてしまったら、駄目人間になってしまいそうだ、いろんな意味で。

(……でも…………)

 快適なはずなのに。

(…………何だろう、物足りない)

 あの狂おしいほどの快楽の記憶が呼び覚まされる。
 日常動作は何とかできる程度の息苦しさで霞がかった頭に叩き込まれるのは、指先まで舐めしゃぶられ、吸われ、ブルブル震えるねっとりとした刺激。
 今思えばしつこく双球の向こう側を押していたのは、そこにあるはずの穴を求めていたのかも知れない。

 限界まで高められて、放り出されて。
 ようやく解放されたと思ったら、一滴残らず搾り取る勢いで責められて。
 挙げ句の果てに、外で無理矢理おしっこを垂れ流させられて……

 もう二度と嫌だと思っていたのに。これこそ、喉元過ぎればなんとやらだろうか。

 触手に覆われていない掌を眺めていれば、手首の裾からちょろっと触手が出てきている。
 そしてまるで慧の呼びかけに応じたかのように、くるりと手首に巻き付き、ぎゅっと締めて、そのまま手の甲に触手を伸ばしてずりずりと優しく舐りはじめた。

「んっ……」

 ぞくん、と腰が痺れて、はぁっと熱い吐息が漏れて。
 これだけで下半身がまた元気になってきている。

 ――そう、これが無いのが、気になる。
 ここの覆いが足りない。これさえあればもっと良くなるのに……

「……女物の方が、いいかな」
『慧?』
「…………あ、え、えっと今のはっ」

 気がつけば、慧の口から自然と無意識の願望が溢れていた。

「いやその、ほらっ、手!!そう、男物って手が覆われてないから!!俺どうも手首とか指の間とか気持ちいいみたいで…………その……」

(いやいや何を言っているんだよ!!)

 慌てて言い訳をするも、言葉を紡げば紡ぐほどドツボにハマっている気がする。
 大体なんだ、手首や指の間が気持ちいいって。手首をぎゅってされて、擦られただけでチンコなんて触ってすらないのに勃ってしまうとか。

 ……そんな、俺は男なのに。
 チンコ以外が気持ちよくて、あまつさえ勃ってしまうだなんておかしい、絶対おかしい。そもそも人間としてどうなんだ、これは。

 そう思ったらだんだん恥ずかしくなってきて、慧は首から上を真っ赤にしたまま「……笑えよ」と小さな声で呟いた。
 散々アイナのことを変態だなんだとこき下ろしてきたのだ。ここは『お主も人のことは言えぬのう!』と笑われても致し方ない。

 そうぐっと唇を噛みしめた慧の頭に響いたのは、意外な言葉だった。

『…………何故笑うのじゃ?』
「え…………」

 不思議そうなアイナの声色に、慧は「え、だって」と面食らう。

「その、こんなの……こんなところで感じるなんておかしく無いのか?」
『むしろ何がおかしいのじゃ?感度が良くてたくさん気持ちよくなれるのは、良いことじゃろう?』
「い、良いことではない……と、思うけど……」

(…………なかなか難しいのう、ここまでかちんこちんじゃと)

「おかしくない?……おかしく、ないっけ……?」と困惑する慧を、アイナはじっと見つめる。
 言葉をかけることはたやすい。けれども自分は違う世界の住人だ。
 しかも押しかけて居座っている身分で、さらに言うなら慧の目からはただの(どころじゃないが)変態にしか見えない異世界人である。

 どんなに言葉を尽くしても、今の彼の心には響くまい。
 そう判断したアイナは「……まぁなんにしても、女子の服が良いというのは妾には僥倖じゃな!」とわざと明るい声を上げた。

『ほれ、そういうことなら女物の服を取り寄せようぞ!既に24時間は経っておるでな、さぁ、さぁっ!!』
「いやちょっと待ってその今のはうああぁぁぁ……!!

(良いのじゃ、今はこれで良い)

 アイナは心の中でそっと呟く。
 約束をしたのだ、慧を立派な男の娘に仕上げてみせると。
 それは決して、アイナの独りよがりのお礼などでは無い。アイナとて何の考えも無く、ただあの画面を見ただけで即断したわけでは無いのだ。

 けれども、それを認められるだけのものは、まだ慧の中に育っていないから。

(まだ出会って一月にもならぬのじゃ。焦っても仕方が無いからの)

『ほれ、早速着るからのう!!んっ、やはり妾はこのまったりだがえげつない動きの方が好きじゃな……ああそうじゃ慧、折角じゃから手袋は自分ではめてみるか?人にはめられるのとはまた違った良さを見出せるかもしれぬ』
「そういうの、いいから!はぁんっ……だめもう立ってられないっ……さっさと、やれって……!」

(与えられてばかりは性に合わぬ。時が来れば、お主にもたっぷりと与えてやるからのう)


 スマホという掌サイズの板のお陰で、この一月足らずのうちにアイナが得た情報は実に素晴らしいものであった。
 正直、単なる情報の量だけでも彼女が100年以上の年月をかけて収集してきた量に匹敵するほどである。

 アイナたちクロリクは、産まれたときから魔法を行使できる。
 とはいえやはり得手不得手はあって、成人してからも魔法の腕を磨くために世界各国の魔法研究所に所属するほどの使い手はそうそう多くない。
 その中でも異世界からの召喚という特殊な魔法を扱える者は希少で、世界で唯一召喚に特化した研究所を持つフリデール皇国では、常に有能な魔法師を探しているほどだ。

 そんな召喚という手段を用いてしか得られない異世界の情報が、こんなにも簡単に手に入るだなんて、どれだけ幸運なことか。
 知識と性を何よりも重んじるサイファにとって、アイナがこの亡命生活(そう、確か亡命生活なのだこれは!)で得るものは、間違いなく世界の進歩に繋がる貴重なものなのである。

 だから、それをもたらしてくれた何かとチョロい癖にその芯が頑なな青年には、それ相応の褒美を与えねばならぬのだ。


 ボディスーツとブーツを身につけただけで既に腰砕けの慧に『相変わらず感度が良いのう』と微笑みながら、アイナは長手袋を手に取った。

『ふむ、そういうことなら遠慮無く一気に』
「いや誰がそんな一気にってんああぁぁぁでちゃううぅぅぅ……っ!!」
『……お主の身体はいくら何でも敏感すぎじゃろう…………これでは明日はゲームとやらはできぬぞ、覚悟しておれ』
「そん……なぁ…………」

(ああああ俺のバカバカバカッ!!明日だって固定活動があるのに!何でよりによって女物を着たいだなんて言っちゃったんだよおぉぉ!!)

 ずりゅりゅりゅっ!!右腕を上腕まで一気に触手で嬲られ、慧はその場で硬直したままカクカクと腰を突き出す。
 まだ締め付けすらしていない服の中に吐き出された白濁に狂喜乱舞した触手が、我先にと股間へ群がっていく感触を感じつつ、アイナは『これは……また貪欲な触手服を育ててしまうことになりそうじゃ』と嘆息した。

『……慧よ、これからは何があっても精を出させないように服に言い含めておくでの。まぁ……どの程度効果があるかは分からぬが……』
「ええええ!?ちょっと待った、それってまた寸止め!!?適度に気持ちいい状態で止めるという選択肢は無いのかよ!」
『何を言っておる、触手服はちゃんと止めておるぞ?妾の適度に気持ちいいところで、じゃが』
「っ、男物は」
『あれは最大出力で止まっていただけじゃな』
「げ」

 今俺、人生最大の過ちを犯した気がする……と慧はがっくり肩を落とす。
 きっと慧が身体を支配していれば、その場にがっくりと崩れ落ち、ついでに慧には過ぎた快楽にあえかな声を漏らし悶えていただろう。

 ……けれどその嘆きの中にどこか嬉しそうな声色が混じっていることに、慧が気付くことは無かった。


 …………


「はぁっ、はぁっ……も、だめ、トイレまで行けない……ここで、いいや……」

 大学の構内を、人気のない方へとふらふらと歩いて行く人影がある。
 すれ違った学生が思わず振り向き「あれ……え、女?男だった?」「すげぇ色っぽい顔してたぞ……」とざわついている事に、当の本人……慧は気付いていない。

「んっ……ふぅ、出る…………っ」

 ようやっと人の少ないエリアにたどり着けば、慧は道ばたで立ち尽くしたまま膀胱を堰き止めていた筋肉を一気に緩めた。
 しょわわわ……と生暖かいものが下腹部に一瞬拡がり、しかしすぐに触手達が美味しく頂いてしまうのだろう、濡れた不快感は感じない。まぁ、そもそも触手の出す粘液でがっつり濡れてはいるのだが。

「はあぁ……すっきりした……」
『うむ。大分お主も慣れてきたのう。今日はクルマの中でも一度も喘がなかったではないか』
「まぁそりゃ、もう1ヶ月も経つし、なっ……にしてもちゃんと家で出してから大学に来てるのに、何でいつもすぐ膀胱がパンパンに……」
『どうやら触手服が利尿効果のある粘液を出しておる様じゃな。それが皮膚から浸透しておるのじゃろ』
「…………はい?」

 今、何かとんでもない発言が聞こえたような。
 利尿効果ってそれ、反則にも程があるだろう。良くそんな手法を思いついたな、触手服なのに。
 いや、むしろ地球原案の触手服なら思いついてもおかしくは無い、かもしれない。

 いつの間に凶暴化したんだよ……とがっくりする慧に『いやまぁ、多分お主相手だけじゃと思うぞ?』とアイナはちょっとだけすまなさそうな顔をする。
 胡乱な目を向ける慧に慌てて、妾のせいでは無いからの?と言い訳をしつつ。

『妾たちの世界では知識は普遍的に満ちておる事は、前に教えたじゃろう?この触手服は最初のものとは別の子じゃが、魔法生物も知識は享受するわけで』
「……なんか嫌な予感がするんだけど」
『簡単に言ってしまえば、地球人のお漏らしが美味しいという知識が、最初の触手服からサイファの世界に加わったと見るのが穏当じゃろうな』
「まじかよおおぉぉ地球人の評判が大変な事になってるうぅぅ!!」

 地球人の皆様申し訳ありません、俺のせいで大変不名誉な評判が付いてしまいました……そう懺悔しかけて、待てこれは俺悪くないぞと慧は思い直しぶんぶんと頭を振る。

「そうだ、そもそもこの触手服だって地球原案だし、回り回って原因は地球人じゃないか、つまり悪いのは地球の変態の皆様!俺のせいじゃない!!」
『まぁそうでも思わないと、心の平安を保てぬのも致し方ないのう』
「追い打ち止めて」


 ――何はともあれ、慧が初めて触手服を着た日から1ヶ月が経った。

 週に3日だけとはいえ、最初の内は不意に強まった快楽に思わず声を上げてしまうこともあったが、毎週末「集中すればゲームもできる、ことにする!!」と謎の特訓を詰んだお陰か、取り敢えず座っていれば何とか講義もやり過ごせるようになっていた。
 好きなものの力、恐るべしである。

 ただ尿意だけはいかんともしがたく、しかも週末はトイレにも行かずそのまま排尿しているせいか、最近では触手服を着ているとどうも漏らしやすくなった気がする。
 流石に人前では恥ずかしすぎて死ぬので、人気の無い場所を選んで出してはいるものの、最近ではもう講義室で出してもいいんじゃないか、バレないし……と思うくらいには、慧の箍は本人の知らぬ間に外れかけていた。

 当然ながら肝心の講義の方は全く頭に入らなくて、毎回救いの神に手を差し伸べて貰う有様である。

「…………姫里、また漏らしてただろ」
「あ……米重さん」

 いつものように待ち合わせ場所に現れた紅葉は、じっと慧の下腹部を眺めている。
 何故か不思議そうな顔をしているが、その真意はいまいち読めない。
 そうして「ほら、ノート。さっさとコピーして帰りな」と慧の歩調に合わせて人気の少ないコピー機のある場所へと連れ立っていった。

「ほんと、ありがと……助かる」
「ん、まぁいいけど。にしても、あんた意外と良い度胸してんね。公衆の面前でお漏らしに飽き足らず……何、バイブでも仕込んでるの?」
「っ……そんなんじゃ……いやまぁ、当たらずといえども遠からず、かも」
「ふぅん」

 水曜の講義だけは上の空の慧を捕まえ「何、水曜はプレイの日?」といきなり直球をぶちかましてきた紅葉は、あれ以来水曜の……触手服を着ている日の講義が終わると必ずノートをコピーさせてくれるようになった。
 実にありがたいが、何か裏があるのでは無いかと毎回緊張しながらである。

「何で、わざわざこんな」と訝しげに尋ねても、紅葉から返ってくるのは「……別に、気まぐれ」といつも通り無表情で素っ気ない一言だけ。

(良くわかんない子だな……別に脅してもこないし……)

 最初にバレたときはこの世の終わりかと思うほど絶望したというのに、慣れとは恐ろしいものだ。
 とはいえ、恥ずかしさが無くなるわけではない。まして、慧が好き好んでこんな破廉恥な真似をしているわけでは無いのだ。……少なくとも慧はそう思っている。

 そう、これはアイナとの取り決めだから、仕方がないから。

「…………変態だよな、こんなの」

 ぽつりと慧は自嘲するような声を漏らす。
 いくらアイナのためとはいえ――何をとち狂ったのか女物を選んだのは自分だが――屋外放尿プレイを堂々と大学でやっているようにしか紅葉には見えていないわけで。

(そうだよ、こんなのただの危ない人でしかない)

 確かに彼女は何も言わない。止めろと言われたことすら無い。
 その瞳には同情も憐憫も無く、ただ無表情に眺めるだけで……でもきっと、その能面の下では呆れているのだろう、軽蔑していたっておかしくないと慧は思っていた。

 なのに。

「…………別に、いいんじゃないの?誰かを傷つけてるわけでも無いんだし」

 そっぽを向いたまま呟く彼女の返事に、世界が止まって。
 空調の音とコピー機の音だけが、二人の間で響いている。


(別に、いい……?)


 ぱさりと落としてしまったノートを、紅葉は無言で拾う。
 そして呆然としたまま立ち尽くす慧を首をかしげながら見上げた。

「…………何?」
「いや、その……米重さんからそんな言葉が出るだなんて」
「そう?……ま、変態だとは思うけどさ」
「ぐっ」

 ああ、やっぱり変態認識ではあるんだ。
 分かってはいたけど、女の子に面と向かって言われるのは少々キツい。女の子認定していない紅葉でもやっぱりキツい。

「ま、でもさ。流石にその顔は何とかした方がいいと思う」
「顔?」
「……トイレで鏡見てきたら。じゃ」
「えっちょっ……」

 コピーを終えればいつものように紅葉はさっと去って行く。
「まぁ、それこそ変態と一緒にいたいとは思わないか」と呟きつつ、慧は紅葉の勧めに従い近くのトイレへと向かった。

「……変態でも、迷惑かけてないなら良い、か」

 歩く度に肌を、股間を舐め回す触手にはぁっと熱い吐息をもらしつつ「なぁ、アイナ」と慧は話しかける。

「俺、おかしくないのかな、こんなことをしているのに……悪くないのかな」
『それを決めるのはお主じゃな』
「……俺が決める?」
『まぁでも、あの娘が言うておった道理は妾も同意じゃ。慧はえっちなことを悪いことだと勝手に決めつけて罪悪感を抱いておるようじゃが、誰も傷つけておらぬものを悪と断じる必要はないじゃろう』
「…………」
『あの娘がこの世界の常識かどうかは知らぬがの。少なくともこの世界でも、こうやって楽しむことは悪くないと考える者はおるのじゃ』
「いや、俺は楽しんでないぞ!アイナがだだをこねるから仕方なくだな」
『……ふむ、今はそういうことにしておいてやろう。全くお主はもっと広い世界を見た方が良いぞ?…………ただ』
「ただ?」

 なるほどあの娘が言うておったこともまた真じゃ、とアイナは苦笑しつつ、トイレに着いた慧に鏡を見ることを促す。
 どう言うこと、と言いかけて慧はその場に凍り付いた。

「え……ちょ、これ、俺……?」

 そこに映っているのは、頬を上気させ、目を潤ませ、口をわずかに開けて……そう、まさにエロ漫画で出てくる様なトロ顔を思いっきり晒している自分の姿。


 ドクン


(……え、これが、俺……こんな、女の子みたいな顔してる……)

 キィン、と耳が遠くなる。
 初めて見る『自分』の姿に、湧いてきたのはどうしてか嫌悪感では……無い。

 童顔の自覚はある。人にも何度も指摘されたから。
 あまり背も高くなく、筋肉も無くて華奢で、顔立ちもあまり男っぽくない。
 それは慧にとって密かなコンプレックスだった。

 けれど、鏡の中のこの子は、それこそウィッグでも被れば女性だと言われても気付かないくらい、女の子らしさが垣間見えて……何より艶っぽい。

(…………何で俺、悪くないなって思ってるんだ……?)

 こんな、発情したメス顔を晒しているのに。
 どうして鏡の中の自分はこんなにも魅力的に見えて……そして心のどこかで満足を覚えているのだろう。

 自分の気持ちがよく分からなくて混乱している慧を現実に引き戻したのは、アイナの一言だった。

『慧よ、その顔を晒して外を練り歩くのは、あの娘の話しぶりからするとまずいのではないのか?』
「げっ、そうだよ俺、待って今までこんな顔して大学の中を歩いてた!!?嘘だろ、人にめちゃくちゃ見られてたんじゃ……!」

 あああ、何でもっと早く気付かなかったんだよおぉぉ!!と慧はその場で蹲る。
 だめだ、これに気付いた以上、とてもじゃないけどトイレからは出られない!

『慧?』
「とっ、とにかく顔を洗って、頭冷やして!!落ち着け落ち着くんだ自分、って何でそんなときに限ってうねうねするんだよおぉぉ!!」

(やばい、これは流石に何とかしないと、マジで終わる……!!)

 危機感を抱いた慧は、そんなものどこ吹く風と言わんばかりに肌を這い回る触手に翻弄されつつも、いかにしてポーカーフェイスを保つかを茹だった頭で真剣に考え始めるのだった。

 ――ぽつりと呟いた、アイナの言葉は耳に入らないまま。

『そこで触手服は二度と着ないという結論にならない理由を、お主はもう少し考えた方が良いと思うがのう』

『…………この服を着るのは、本当に妾のためだけなのか?慧よ』


 …………


「はあぁ……とんでもない目に遭った……」

 人目を避けて何とか自宅にたどり着き、夕食を終えればアイナと交代して風呂に入る。
 アイナの懸命の説得もあり『また呼んでやるから』という約束付きで触手服は24時間経てば召喚魔法で向こうの世界に返却せずともすんなり離れてくれるようになった。

「やっぱ風呂はいいわー……生き返る……」
『ふむ、妾たちも湯浴みはするが、このように湯の中にどっぷり浸かるというのは初めてじゃ。これはこれで気持ちが良いのう』
「気持ちが良いのは分かる、分かるけど人の大切なところを弄るのはやめろ」
『まぁそう言うでない、弄ったところで減るもので無し』
「チンコが減ったら俺泣くよ?」

 どうも皇女様は、この身体の股についているものが非常に気になるらしい。
 ようやく玉の皮を引っ張るブームは過ぎ去ったが『無いものは気になるじゃろ?』と風呂に入る度人の股間をしげしげと眺め、つまみ、引っ張っている。

「いててて、毛は引っ張るなよ」
『むぅ、もじゃもじゃがどうにも気になるのじゃ……』

 風呂から出てもすっぽんぽんのまま、ベッドに腰掛けては洗い上がりの下生えに触れては『もっじゃもじゃじゃのう……』と顔を顰めている。
 そんなに触り心地が気に食わないなら触らなければいいのに。

「そんな、毛なんて珍しいものじゃ無いだろ?」
『珍しいに決まっておろう!なんでわざわざこのようなところに毛が生えておるのじゃ?どう見ても邪魔でしか無いというのに』
「…………珍しい……?」

 その理由に思い至り。
 慧は「マジかよ」と顔を真っ赤にして天を仰ぐ。

 つまり、つまりだ。
 ここに毛があるのが珍しいということは、その、彼らの股間はつるっつるな訳で。
 男だけツルツルということもないだろうから、当然女性も……割れ目がくっきりと……

『慧、鼻血が出ておるぞ』
「ぐっ、うるせぇ……何てものを想像させるんだよ……」
『想像したのはそっちじゃろう。その通り、産まれてから死ぬまでそこには一本も生えておらぬ』
「ぐはっ」
『何なら妾たちクロリクは、首から下は尻尾以外の毛は一本も生えておらぬぞ』
「うっそだろムダ毛ゼロ!?全部すべすべのツルツル!?…………だめだ鼻血が止まらねぇ」
『何なのじゃ、お主毛が無いのがそんなに興奮するのか』

 これは破壊力が高すぎる。
 男はともかく、女性が全員パイパンとかなんだそれ、夢のような世界じゃ無いか。
 当然息子さんも大興奮である。ここは久しぶりに、と手をやろうとしてはなから動かない身体に、そうだった今はアイナの時間だったと慧はようやく正気を取り戻した。

『そこまで興奮するとは……』と呆れた様子のアイナに、この世界の人間は基本的に下生えがあるものだと説明すれば『何故無いと興奮するのにわざわざ生やすのじゃ?』と更に困惑を深めている。
 そりゃこの世界を作った神様に聞いた方が良い。少なくとも俺は無い方が好みだってのに、世の中は無情だ。

「……というわけでだな、剃ったり脱毛したりする人もいるけど、この国じゃ生やしている人の方が多いと思う」
『ふむ、生えているのが良いという考えもあるのか……なんとも珍妙じゃし邪魔になりそうなのじゃが、まぁ人の嗜好は自由じゃからの』

 じゃが、妾も生えて無い方が好みじゃと断言するアイナと、慧は心の中でぐっと手を握り合った。

 そうだよな、やっぱり毛は無いのが良い。
 奇妙な同棲(?)生活を始めて約2ヶ月、初めてアイナと意見が一致したように思う。
 アイナはアイナで『慧もそう思うのか、そうか、そうじゃよな……』と何故か感慨深そうにしている。そんなに同士ができたことが嬉しかったのだろうか。

『そう言えば触手服もぼやいておったぞ、毛が身体に絡んでどうにも動きにくいと』
「毛が絡んで文句を言う触手は新しすぎるわ!そこまで言うなら……触手なんだしさ、謎の粘液とか出して毛を溶かしそうなものなのに。漫画なら服は当然のように溶けるのにさぁ」
『そんなところに生えているなんて概念自体が、妾たちにはないからのう……で、どうするのじゃ、この元気になったこやつは。一発抜いておくか?』
「皇女様、いつもながら表現がどストライクすぎて品が無いのは、皇族としてどうなんだ?」

 すっかり滾った息子さんは、このままでは収まりが付かないと見た。
 だからといってアイナが身体を替わってくれる気は毛頭無く、日が落ちてからムラムラすれば処理を頼むしか無いということを、慧はこの2ヶ月で身に染みて痛感している。

 大体どうしようも無いほどムラムラするのは夜と相場が決まっているのだ、こればかりは仕方が無い。
 それに相手は皇女様とは言え、120歳のBBAだしそこまで恥ずかしがることは……おっとこれ以上はいけない。

「じゃ、抜いといて。オカズは何か俺好みの画像で頼む。もうアイナは俺の好みも分かるだろ?」
『ぬぅ、妾はお主の自慰道具では無いんじゃがのう……』

 そうしていつものようにアイナの(いや、自分のだが)手でスッキリして、慧は健やかなる眠りにつく。
 ……いつもと大して変わらない夜のせいで慧の下半身の運命が決まったなど、このときの慧には想像すら付かなかったのだ。


 …………


 それから10日ほど経ったある日のこと。

「……へ、荷物?」
「はい、姫里慧様でお間違えないですよね」
「え、あ、はい」

 夕食を終え、さあゲームでもとPCの電源を入れたところに玄関のチャイムが鳴る。
 何かと思えばそこに立っていたのは配達のお兄さんだ。

 最近何かネットで買い物したっけ……?と首を捻りつつ小包を受け取る。
 大きさの割にはずっしりしたその荷物は、どうやら海外から送られてきているようだ。

「何だろうな……最近流行りの送り付け詐欺とか?やだなそういうの……受け取り拒否した方が良かったか」
『ん?おお、それは妾が頼んだものじゃ。心配ないぞ、慧』
「あっそ、それならいいや」


 ……


 …………


(いや良くねえだろ!!)


 アイナの言葉をさらっと流しかけて、慧はハッと違和感に気付く。
 ……異世界人の彼女が、どうやって?
 この間まで買い物という概念すら知らなかったのに、ネットで買い物、それも個人輸入とかそんな高度な技をいつの間に身につけたんだ?

 何より、そのお代はどうした。代引きじゃ無かったぞ、この荷物。

 実に嫌な予感がする。
 慧は背中に冷や汗を掻きつつ、現実を見つめることにする。

「……お前な、これどうやって購入したんだよ?お金なんて持ってないだろ?」
『なあに、お主が寝ておる間にスマホで調べたのじゃ。あの薄い板に書いてある数字を押せば何でも手に入るとは、実に面白い仕組みじゃの』
「ちょ!!お前まさか勝手にカードを使っちゃったのかよ!!?」

 恐るべし、異世界の皇女様。
 確かに地球ド素人とはいえ、相手は知的生命体である。それも暮らし向きこそ素朴だが魔法が扱えるくらいには知的水準が高い獣人、かつ知識を尊ぶ変態の集まりだ。
 この身体を介せば文字だって読めると言っていたのだ、普段食材の購入にもネットでの課金にもカードを使っているところは見られている訳だし、そりゃ買い物の仕方を学ぶくらい造作も無いに決まっている!

「……くそう、勝手にカードは使うなって言っておくべきだった……」
『そう落ち込むものなのか?数字を押しただけじゃろう』
「あのな!あれは何でも無限に買える魔法のカードじゃないの!!使いすぎたら後で俺が泣くの!!」
『じゃがお主、いつも……なんじゃったか、ガチャとかいうやつをぽちぽちしながら、お気に入りの女の子が出ないと『俺には魔法のカードがある!』と言いながら板を使っておらんかったか?』
「ぐふぅ……やめて、今それめちゃくちゃ心に刺さるからホントやめて……今月爆死したばかりなのに……」
『それに、バクシとやらのときほど大きな数字は使っておらぬぞ!あの時は3万と言っておったじゃろう?この機械は1万2千とかなんとか』
「くそう今月爆死した身に追い打ちかけやがった、このウサギめ」

 いやしかし、これは自分が悪い。
 慧だってアイナに「エロい道具以外も見たいんだけど」と向こうの世界の珍しい食べ物や道具を散々取り寄せて貰っているのだ、アイナがこちらの世界のものを欲しくなったっておかしくは無かった。
 ちゃんと使い方と限度額を教えておくべきだった……とがっくりうなだれながら「それで、何買ったんだよ」と尋ねつつ慧は箱を開ける。

 と、そこにあるのは、小型のドライヤーのような形をした家電だった。
 持ってみるとずっしりと重く、ドライヤーなら風が出るであろう部分には何やら黄色いランプのようなものが付いた板が嵌まっている。

「……なんだこれ」
『ん?お主の股の毛を抜く機械じゃ』
「はあぁぁぁぁ!!?」

 股の毛を、抜く機械。
 これはあれか、脱毛器とか言う奴か。というか何てものを買いやがるんだ。

 呆然とする慧の心を知ってか知らずか、アイナは嬉々として購入に至った動機を話し始める。
 何でも少し前に「股間の毛は無い方が良い」と慧と意気投合したことだし、ここは綺麗さっぱり慧の毛を焼き払ってやろう!と思いついたようだ。
 しかし、アイナの世界に毛を無くすための機械など存在しない。一応魔法はあるが、今の自分では使えない。
 そもそも毛を抜く魔法は、プレイ相手にあらかじめ魔法で植え付けた毛を一本一本抜いて、痛みを与えて悦ばせるためにあるのであって、このような元々生えていた毛に使うものでは無いのだ。

「何か恐ろしげなプレイの話が混じっていた気が…………まあいいや、それで?」
『うむ、そこで考えたのじゃ!お主、確か毛を焼き払う機械がこの世界にはあると言うておったじゃろ?』
「ああ言った、確かに言ったな」
『この世界にあるものなら、この世界の毛に一番効果的なはずじゃ。ならば妾が手に入れて、そのもじゃもじゃのちんちんとたまたまをつるっつるにしてやろうと』
「アイナ、向こう1ヶ月間小松菜禁止な」
『何でじゃ!!?お主もつるつるが好きじゃと言っておったではないか!?』
「俺が好きなのは、女の子のつるつるなの!!俺がつるつるになるんじゃねぇの!!!しかもこれ、二度と生えないようにする気だろ!あと単純に来月の食費がやばい、野菜なんて買ってられないんだよ!」
『そんなあぁぁ……殺生な……』

 ……これはなんたる失態。
 口は災いの元とはこういうことか。

 調子にのってしまった発言のせいで、二度と股間に毛が生えてこないようにされるだなんて。
 全力で拒否したい、もう今すぐ裸足で逃げ出したいが、あんなに嬉しそうにしていたアイナの好意――そう、これは好意なのだ――を踏みにじるのは気が引ける。
 ここまでノリノリで、しかも慧のためにとわざわざ善意で購入してくれたのだ。慧の金だが。

(初めて意見が一致したのう!!って……アイナ、めちゃくちゃ喜んでたしさ……)

 だから、ついつい自分に言い訳をしてしまうのだ。ほら、別に温泉に行くわけでも無い、誰かに見られる機会なんてまず無いから大丈夫だと。
 ……こんなだからいつも姫里はチョロいと言われるのは分かっているけど、しょうが無いじゃないか、女の子を泣かすだなんて気まずいにも程があるんだから。

 ――そこで断れない本当の理由を、彼はまだ自覚していない。

 慧は「コマツナ……コマツナがあぁぁ……」と慧の中でがっくり崩れ落ちているアイナを見ながら(俺、もうちょっと毅然と断れる男に生まれたかったな……)とアイナに負けず劣らず肩を落とすのだった。


 …………


「で、当然やると」
『当たり前じゃ、そのために手に入れたのじゃぞ?』

 次の日の夜。
 ベッドの上には電気シェーバーと、脱毛器、そして説明書に「必ず用意しておくように」と書かれていたアイスノンが鎮座していた。

 流石はお隣の国製、かなり翻訳が微妙な説明書だったが、そこはアイナである。
『物から情報を取り出すのは魔法というより妾たちの特性なのじゃな、ここで初めて知ったわい』とあっさり使い方をマスターし、今はジョキジョキとはさみで生まれてこの方伸び放題の毛を刈り取っている。

『先にはさみで短くしてから、このシェーバーで綺麗につるつるにして、そこに機械の光を当てて焼き払うのじゃと』
「その焼き払うって表現、恐ろしすぎるんだけど」

 身体が攣りそうになりながらも、何とか毛を剃り終える。
 まさかお尻の周りの毛まで剃られるとは思わなかった。
 どうやらアイナは慧以上につるつるがお気に入りらしい、一本たりとも残してなるものかという謎の執念が身体を通して伝わってくる。

『ほれ、見てみよ。つるつるじゃ!やはり股間はこうでなくてはのう』

 得意げなアイナに促され鏡の中を覗けば、そこには産まれたままの姿になってしまった息子さんが、どうにも所在なさげに縮こまっていた。
 全力で皮を伸ばしながら「ちょ、待って皮巻き込むいててて痛いって!!」と叫ばされつつ刈り取られただけのことはあって、見事に一本たりとも毛が残っていない。

「ううぅ……めちゃくちゃ間抜けに見える……」

 つるりとした股間に、だらしなく垂れ下がるペニスと陰嚢。
 その見た目だけで、男としてのアイデンティティを一つ失ったような気さえする。
 なんだろう、元々そんなに濃い方では無かったけれど、毛が無くなるだけでこれほど未熟な様相に見えるだなんて思いもしなかった。

 あ、でも毛がない分、少しだけ息子さんが長くなった様に見えるのは悪くない、かもしれない。

『ふむ、これで準備完了じゃ。もう二度と生えてこぬように、きっちり焼き払ってやるでの!』
「アイナ、怖い怖い」

 しょんぼりする慧とは裏腹に、アイナは喜色満面である。
 付属のちゃちなサングラスをかけ、電源を入れてアイナが何かを弄る。恐らく設定だろう。
 そうして黄色いガラスのような面を、つるつるになってしまった下腹部にそっと押し当てた。
『どれ、まずは一発』

 ぽち、とアイナがボタンを押す。
 その瞬間、パチン!と軽く何かが弾けるような音がして、ピカッと押し当てた部分が光って。

「~~~~~~~~~痛ったああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 まるで輪ゴムを伸ばして思い切り弾かれたような痛みが、慧の毛に守られていた敏感な肌を直撃した。

『おうおう、なかなか痛いものじゃの』
「いやちょっと待って、なかなかってこれホントにこんなに痛いもの!?はよ、アイスノンで冷やせって」
『おお、そうじゃった。ほれ』
「うぎゃっ!!冷てえぇぇ……あのさこれ、当ててから冷やすんじゃ無くて、冷やしてから当てたら痛くないんじゃ」
『なるほど、お主賢いのう』
「って言いながら!痛いって!おま、わざと痛くしてね?」
『いやぁ、慧の反応が面白いものじゃから』

 そんなに痛くはないぞ?と言いながらもアイスノンで冷やしてから光を当てていくアイナは本当に何でもなさそうで、何で俺だけこんなに痛い目に遭うんだ?と慧は涙目で愚痴っている。
 アイナが言うには『男の身体は痛みにも快楽にも弱いからのう、妾は元々女じゃし、痛みに慣れておるのじゃろうな』だそうだ。そんな、ちょっと余分に股から生えている程度でこの差はあんまりだ。

 慧がしょげている間にも、アイナは手際よく光を照射していく。
 少しは慣れるかと思ったが、慣れるわけが無い。大体最初に痛かったのは下腹部で、そこからどんどん敏感な股間に向かっているのだ、痛みは強まるばかりである。

『最大出力ならきっと良く効くんじゃろうな……』と途中で物騒な言葉が聞こえてきたが、まさかこれ、最初から最大出力でやられているのだろうか。
 こういうものは弱めから初めて徐々に強くするものだと思うけど、怖くて聞けない。

『……ぬぅ』

 と、順調に照射を続けていた手が止まる。
 どうやらお尻の周りの照射が難しいらしい。まぁ、体勢的にかなりキツいし、この身体の柔軟性は産まれる前に母親のお腹に置いてきてしまっているから仕方が無い、諦めてくれ。

『んー……もうちょっと身体が曲がれば……』
「勘弁してくれてって!大体それ、一人でやろうとするのが無茶なんじゃ」
『むぅ、残念じゃのう……』

 ほんのり赤くなりじんじんする股間を、アイスノンで冷やす。
 なかなか間抜けな格好だなとぼんやり天井を眺めながらも、この拷問のような時間が終わったことに安堵していれば『そうじゃ』とアイナが何かを思いついたようだ。

『一人でなければよいのじゃ』
「はい?」
『うむ、二人になるぞ、慧』
「……はい???」

 二人になるとか、一体何を言っているのか。

(あ、まさか分身できるような道具でも出すつもりか?それはそれで見てみたいかも)

 慧がちょっとだけ期待を胸に抱く中、がばっと起き上がったアイナはいつものように手を上にかざす。
 召喚の魔法陣が描かれ、部屋がぱぁっと明るく光ったと思えば腕がずっしりと重くなって。

「は……何、これ、石?」

 腕の中には、石とも土とも分からない、謎の物体が収まっていた。


 …………


「あのう、アイナ、これは」
『触媒じゃ』
「触媒」
『うむ、妾たちの姿を模した像でな。像を造った者の魂が入ると、好きな姿を取ることができるのじゃ!もちろん物に触れることも、喋ることもできる。子供たちは変身グッズとして使うことが多いのう』
「へぇ、変身グッズとは面白い。面白いけど」

 床の上に置かれた触媒は、膝くらいの高さがあるだろうか。
 アイナ曰く、これは皇女様お手製のクロリクの像、らしいのだが。

「……俺には2本の棒が突き立った土塊にしか見えないんだが」
『きっ、気にするでない!!ほらこれも見慣れれば愛らしいクロリクの姿に……』
「見えないなぁ」
『見えぬよのう……ううぅ……』

 そう言えば、初めてペンを持たせて自画像を描かせたときも、摩訶不思議な絵を描いていたっけ。
 どうやらこの皇女様、創作方面にはとんと才が無いと見た。
 流石のアイナも、これがどこかネジのぶっ飛んだ「芸術作品」である自覚は持っているらしい。

『分かっておるのじゃ……母様もいつも顔を引き攣らせながら褒めてくれてたからのう……子供心に気を遣わせているようで申し訳なくて……』
「ああ……まぁ、これは確かに褒めるところに苦しむかも……」
『で、でもじゃの!見てくれは悪いが、ちゃんと触媒としての役割は果たすのじゃぞ!』

 そう必死に弁解しつつ、アイナは像に向かって手を伸ばす。
 と、慧の身体から何かがすっと抜け出る感じがした。

「……アイナ?」
『うむ、妾の魂の半分を触媒に移したのじゃ」

 この像は、魂を半分だけ移して起動することで、一つの魂で自分の身体と変身した身体の両方を操ることができるのだそうだ。
 確かに子供が喜びそうな道具だ。というかぼっちが遊び相手を作るのにめちゃくちゃ有用じゃ無いかこれは。
 この国なら売れるかも知れないと思いついた慧に『何というか……寂しい大人が多すぎるのう、この国は』とアイナは嘆息しつつ、何やら呪文を唱えて像を起動し始めた。

『あ、そうじゃ。何か希望はあるか?』
「希望」
「うむ、好きな姿になれるでの。といってもまぁその……妾のセンスは」
『あーうん、下手に頼んだら泥人形になると。と言ってもパッと思いつくものが……あ、そうだ』

 それなら、アイナの姿が見たい。
 そう伝えればアイナはちょっとびっくりした顔をして、しかしすぐさま破顔し『……そうか、妾の姿か』とちょっと嬉しそうに繰り返している。

『うむ、良いぞ!流石に自分の姿はちゃんと作れるからのう!!』

 嬉々として呪文を唱え始めたアイナを待つこと数十秒。
 呪文を唱え終わった途端、像がふわり、とその場に浮いた。

「おお、いかにも魔法って感じ」
『そういうものなのか?まぁよい、すぐに形が変わるでの』

 像の周りに光の粒が集まっていく。
 最初は像をぼんやりと覆っていた光は、やがて突起のような物を伸ばし、見る間に何かの形に変化していった。

(おおお、まさに変身……)

 光がどんどん強くなり、更に人に近い形へと近づいていく。
 すらりと伸びた手と足。頭のてっぺんには二つの長い耳。
 糸のような光が集まれば、ふわりと頭を覆い始める。

(…………!!)

 時間にすれば、3分くらいだろうか。
 だんだんと光が薄くなり、その姿がはっきりと現れ……慧は、思わず息を呑んだ。

(これが…………アイナの、姿……!)

 目の前に立つ人影が、すぅっと目を開ける。
 桃色のふわふわした髪は肩に掛かる長さで、そのてっぺんにはピンと立った、毛並みの良さそうな美しい耳。
 透き通るような張りのある肌に、開いた瞳の色はガーネットのような深紅色。
 身に纏うのは確かに慧がいつも着せられている、艶のある漆黒のボディスーツに長手袋、そしてピンヒールのサイハイブーツの形をしている触手服だ。

「どうじゃ、これが妾の……フリデール皇国第一皇女、アイナ・フリデールの姿じゃ」

 目の前の美しい異世界人は、そういつもと同じ声で柔やかに名乗りを上げるのだった。


 …………


 正直、半信半疑だったのだ。
 もちろんアイナが異世界人であることは信じていたし、この世界に亡命してきたことも嘘では無いと思っている。

 けれど400年もの寿命を持ち、しかも成人すればほぼ老いる事が無いだなんて、いくら何でも都合が良すぎるだろう。
 どうやったってアイナの姿は見られないし、まぁ女性は異世界人でも見た目を気にするみたいだから、ここは若い女性の姿で妄想しておこう、120歳だけど、と軽く考えていたのに。

「……俺と歳が変わらない見た目…………」

 染み一つ、皺一つ無い肌。
 触手服の間から覗く、張りのあるふくよかな胸。
 その唇は桜色でぷるんとみずみずしく、触手服に包まれていても分かる腰のくびれやヒップラインは、どう見ても二十歳そこそこの女性である。

 ……そう、女性だ。

「え、ちょ、うわ……」
「どうしたのじゃ、慧?顔が赤いぞ?」
「ひぃっ、近いっ顔が近いいぃ!!」

 これは、やばい。
 どこからどう見ても女性にしか見えない。
 身近にいた女性は母親だけなのだ。この歳まで恋人とも縁が無かった自分がこんな綺麗な女性と身体の中で同棲している、その事に気付いた瞬間、心臓がドキドキして苦しくなる。

(ああ、どうしよう)

 だめだ、これまではただの異世界人でしか無かったアイナが、もう女にしか見えない。

「……よく分からぬが、まあ良い。続きをするぞ、慧」
「え、続きって、うわわわわっ!!」

 いきなり慧の身体が、ごろんと後ろに倒れる。
 そうだった、今は夜だ。身体の支配権はアイナにあるのだった。
 確かさっきアイナは、一つの魂で二つの身体を操作できると言っていたはず。

(……あれ、俺これ大ピンチじゃん?)

 今までだって、アイナに身体を良いように動かされては来た。
 けれど今回はそれに加えて、その、若い美女が慧の太ももを掴んでよいしょと上に上げて……

「いやぁぁぁぁっ死ぬっ!!こんな、こんなの恥ずかしくて死ぬうぅぅ!!」
「何を言うておる。さっきまで鏡で散々一緒に尻の穴を見ていた仲ではないか」
「そうだけどっ!!こんな体勢でっちょっだめえぇぇ汚いってええぇぇ!!」

 ガバッと開いた太ももの下に腕を差し入れ、ガバッと両手で尻たぶを開く。
『アイナ』の目からは、慧のつつましやかな後孔が丸見えな訳で。

「お願いっ、見ないでっ!!うわっ息が!息がかかってるって!」
「見なければ正確に照射できぬじゃろうが。ほれ、その黒い眼鏡は妾が使うから、お主は目を閉じておれ」
「ひいいぃっ!!っったいい……っ!!」

 目を閉じるやいなや、お尻の敏感なところにパチン!と弾ける痛みが飛んでくる。
 慧の叫び声も何のその、アイナは「じっとしておれよ」と言いつつ、容赦なく機械を当てては光を打ち込んでいく。

 パチン

「あうっ……」

 目を閉じているから、余計に刺激が強く感じる。
 足が、跳ねたいのに跳ねられなくて、痛みを逃がすこともできない。

 パチン、パチン

「んひいぃ……!」

 アイナの指が、そっと後孔の縁に触れる。
 存外優しい触り方に、思わず背中がゾクゾクとする。

 パチン

「やあぁ……もう、やだぁ……」

 痛くて、恥ずかしくて、頭の中がぐちゃぐちゃで……
 こんなことを女の子にされていると思うと、それだけで興奮して……

(え……興奮、して……)

 むずむず、むずむず。
 さっきから股間が疼いている。

「こんなもんかの、もう目を開けても大丈夫じゃぞ」と言われてそうっと目を開ければ、存外近くにアイナの顔があって、その目の前には

「……ほう、おぬし痛い痛いと言いながら勃っておるではないか」
「うっそだろおぉぉぉ!?」

 ガチガチにそそり立った息子さんの姿があった。

「…………元気じゃの」
「っ!!こ、これはっそのっ……」

 片付けをしながら、アイナはチラチラと慧の昂ぶりを眺めている。
 今までだって散々見られてきているのに、むしろそれ以上のことも見られている筈なのに、その端正な顔で見つめられると……やばい、がっつり我慢汁まで垂れているじゃないか!

「見るなぁ……あと足戻せよぉ…………」
「うむ?ああ、まぁそのまま待っておれ。良い物を手に入れたのでの」
「へ?……待て、もしかして買ったのは脱毛器だけじゃ無くて」
「お手入れも大事じゃと、ネットに書いておった!!」
「こんの無駄遣いウサギめえぇぇ!!」

 手にしているのは、緑色の大きなチューブだ。おおかた脱毛後の肌をケアするためのローションだろう。
「この世界の薬草が入っておるそうじゃ」と中身をぶりゅっと掌に開け、散々虐められほんのり赤くなっている下腹部に塗り広げていく。

(うあ……だめ、ヒリヒリしてるのに、そんな触り方されたら……)

 にちゅ、ととろりとした液体が広がる感覚が、触手の動きを思い起こさせる。
 下生えの生えていた辺りに塗り込み、双球をヌルヌルの手で包み込まれ、アナルの周りまでぬるぬるしたローションで覆われて、変な気分にならない方がおかしい。

 ぴくん、と跳ねた屹立に「何じゃ、出しておくかの?」といつものように言われて……いつも通りなのに、その言葉を口にしているのは目の前の綺麗なお姉さんなのだ。
 その小さめの口から紡がれるだけで、何でこんなに興奮してしまうのだろう。

「……っ、言っておくけど!別に痛みで気持ちよくなったんじゃないからな!」
「ほう、では何故こんなにも元気なのじゃ。何かもう白い物が混じっておるが」
「うひょおぉぉ!?ちょ、まて、お前なにをっ!!!」

 ぶりゅ、と音を立てて、空中からローションが欲望めがけて落ちてくる。
 黒いすべすべした手で竿に塗り込められれば、思わず腰がカクカクと動きそうになった。
 まぁ、動きたくてもアイナによりがっつり止められているわけだが。

「んっ……ほう、これはなかなか……触手とはまた違う気持ちよさじゃのう……」
「ひぃぃっ、やめっ、そんな触ったら出るうぅぅ」
「一度出しておけ、楽になるじゃろ」
「いやっそんな、待ってこれはだめ、恥ずかしいっくそっ……!!」

 白濁が、宙を舞う。
 こんなもの、どうやったって我慢できるはずが無い。
 だって、人生で初めて、女の子の手で扱かれているんだから!!

 情けなくも達してしまった息子さんは、しかし初めての体験にすっかり味を占めたようで、まだまだ元気です!と全身で主張している。
「で、何でこんなに元気なのじゃ?」と改めて問いかけるアイナも気持ちが良いのか、もじもじと腰を揺らしていた。

 ――やべぇ、美女が気持ちよさそうにしている顔、破壊力がホントやべぇ。

「それ、はっ……ちょ、喋らせろよおぉぉ」
「んー?ほうほう、雁首が良いと聞くがこんな感じなのじゃな。なるほどお主、もうちょっと自慰の時は具体的に指示せい。この身体はこっちの方が好きそうじゃ」
「はあぁぁっ!!だから、喋らせたいのか黙らせたいのかどっちなんだよぉぉ!!」

 ほれ、この方が気持ちよいじゃろ?とカリ下を執拗に責めながら、ずるりとゆっくりアイナの手が上下する。
 確かに気持ちいい、気持ちいいのだがそれはアイナの手腕だけでは無い。

「っ、アイナがっ!!」
「……妾が?」
「そんな……そんなっ、美人すぎるんだよっ!!」
「へっ……」

 そうだ、そうに違いない。
 これは全部アイナが悪い。あんな年寄りめいたしゃべり方で人を振り回す皇女様が、こんなに若くて魅力的だなんて反則が過ぎる。
 正直に言おう、ボンデージさながらの衣装に包まれた、かわいい系と言うよりは美人系のお姉さんはストライクど真ん中もいいとこだ。……強いて言うなら、もうちょっと胸が小さければパーフェクトだった。

 思わぬ告白に、アイナは一瞬ポカンとする。
 そしてやおらその太ももを覆うブーツを脱ぎ始めた。

「……え、アイナ……?」
「ふふふ……愛い奴じゃのう。妾を美人と申すか。妾など、向こうでは十人並みの容姿じゃぞ?まぁ耳だけは立派な自信があるがの」
「え、ちょっと、アイナさん何を、てか待ってその美貌で十人並みとかおかしいだろサイファの感覚!!」
「うむ、美人と言われて悪い気はせぬのう!毛を焼き尽くすのも頑張ったのじゃし、ここは一つ妾がサービスをしてやろう!!」
「さささっサービスううぅぅ!?」

 ブーツを脱ぎ捨てたアイナは「ちょっと待っておれ」とクローゼットの中を物色している。
 暫くして戻ってきたアイナの手に握られていたのは、梱包用のラップだった。

「お主たちの世界の情報は、たんと召喚したでの。お主らが好む物もよーく知っておるぞ?」
「多分それ大分偏ってると思うんだよな」

 どう考えても、その用途に嫌な予感しかしない。
 震える声でツッコミを入れる慧に「まぁ遠慮するでない」と、案の定アイナはラップを引っ張り、両腕を足の下からくぐらせて足首をがっちり掴んだ状態でぐるぐると透明なフィルムを巻き始めた。

「ああああアイナああぁぁ!?」
「今は妾が支配しておるから、動くことはできぬがの。お主らはこうやってぐるぐる巻きにされて動けなくされるのが好きなのじゃろ?」
「誰だよこんな日常品で緊縛なんて知識を与えた地球人は!!」

 腕と足が一体になり、どう足掻いても離せなくなるまでアイナはきっちりとラップを巻いていく。
 更にその状態で足首と太ももをひっつけるように巻かれてしまっては、足を閉じて秘部を隠すのも困難だ。

「まだまだあるし、このまま上まで巻いてしまうかの」
「ちょ、手加減と言う言葉は」
「身動き取れないほどぐるぐるにされると気持ちいいのじゃろ?ふむ、確かに包まれた感覚は服よりは大分マシじゃし、動けない状態で弄るというのはなかなかに楽しそうじゃ!」
「こんなもので楽しむなよおぉ!!」

 首から下を完全に梱包され、あられも無い姿で期待にひくつく中心をアイナの眼前に晒す。
「ふむ、まずは観察からじゃの」とアイナは更にチューブをしぼり出してぬるぬるにした手で、涙を零す先端に触れた。

 ぬるりとした感触が、敏感な場所を這い回る。

「んぅ……」
「む、なるほど先端は随分敏感なのじゃな。ゴシゴシするのは……ちとキツいか、むしろ優しく擦られるのがよい、と……」
「ひっ、そこおしっこ出るとこっ!ほじっちゃ駄目えぇぇ!!」
「何を言うておる、触手には既にこじ開けられておるじゃろうが。まぁよい、こっちはまたの機会じゃ」
「またってどう言うこと!?」

 先端から亀頭をじっくりと観察しつつ指で舐り、雁首を捉える。
「ほう、確かにここが一番……んっ、すぐ出そうになる……」と時折あえかな吐息を漏らしつつ、まるでアイナは一つ一つ良いところを確かめるかのように触れ、観察していく。
 その表情は欲に濡れつつも真剣そのものだ。
 ……というより、まるで欲しかった玩具を手に入れた子供のようにも見える。

(アイナって、確か子供もいるんじゃなかったっけな……)

「なぁ、そんなの見慣れてるだろ……?」と顔を真っ赤にしながら慧が諫めるも「じゃが、妾には無いものじゃ」と息子さんに夢中のアイナはこっちを見向きもしない。
「意外と根本はそこまで気持ちが良いわけではないんじゃのう」と不思議そうに呟きつつも、さっきから追い上げては止め、上り詰めかけてはパッと離しを繰り返された息子さんは、もう我慢の限界である。

「あのさっ、いい加減にしろよっ」
「……こんな感じなのじゃの…………やはり、良いのう……」
「…………え?」

 だから流石にもう無理、とばかりに苛立ちを込めてアイナを咎めようとしたのに。

(何なんだよ、その顔)

 ぽつりと呟かれた言葉には、どこか悲しさが宿っていて。
 いつもなら頭の中で響く声でしか察せられない感情は、しかし今は慧の眼前にありありと表れていて。

(……何でそんな……寂しそうな顔、してんだよ)

 少しだけ憂いを帯びた顔に、慧は思わず声に詰まる。
 だが次の瞬間「そうじゃな、いい加減に褒美をやらねばのう!」とアイナは何事も無かったかのようににっこりと微笑んだ。

「……アイナ……」
「…………気にするでない。ほれ、それよりこのはち切れそうなちんちんが役立たずになるまで搾り取ってやらねばのう!」
「お前な、ちょっと心配したらこれかよ!」

(気にはなるけど、触れて欲しくないのかな)

 人間(正確には人間じゃ無いが)だし、秘密にしたいことの一つや二つは抱えているだろう。
 ましてアイナは一国の皇女でもあるのだ、下々の人間には分からぬ悩みだってあるに違いない。

 考えても仕方が無いかと気持ちを切り替えた慧は、しかし次の瞬間しんみりした気持ちも吹っ飛ばし、目の前に差し出された物に思わず「なんでそうなるんだよ!!」と叫んでいた。

 だって、それは。

「うん?おぬしら地球の人間は、こう言うのが大好きだと情報で見たぞ?」
「だからどうしてアイナはそんな変な情報ばかり召喚するのさ!!」

 すらりとした足の裏に、たっぷりローションを塗りつけるアイナの姿だったから。


 …………


 ぺちょり、と素足で包み込まれた瞬間、ビクンと大きく跳ねた息子さんに「ほれ、随分嬉しそうじゃ」とアイナは満面の笑みを浮かべる。
 にしても地球人は本当に面白いことを考えつくものじゃなとにちゅにちゅと音を立てて動かされる足は、思った以上に器用でなんというか、ローションのぬめりもあってか普通に気持ちが良いのだ。

 それに。

「……これはやべぇ…………」
「そんなに気持ちが良いのか?妾はいつものように手でシコシコする方が好きじゃが」
「もう、皇女なのに言い方……そうじゃなくて、ふぅっ、絵面の破壊力がパネェの」
「エヅラ……?足で擦られていることか?」

 不思議そうな顔をしつつ、アイナは後ろに手をつき足の裏で熱い肉棒を擦っていく。
 その向こうに見えるのは……黒い触手服で辛うじて覆われた股間だ。

(うっそだろ、いやかなり股間のカットはきわどいと思っていたけどさぁ!中身、ちょっとはみ出てるじゃんかよ!!)

 そうなのだ。
 いつだったかこっそり覗いた無修正の動画で見た、股間の割れ目。それがこの細いクロッチでは隠れきることが無い、どころか思いっきり陰裂の中に食い込んでいる。
 しかもちょこっと触手が顔を覗かせているのかと思ったら、そのピンク色のてらてらした襞は、その、つまりアイナの……

「ほんっと、何その最終兵器……」
「ぬぅ、お主まさか妾の股間を見て興奮しておるのか?履いておるのに?」
「あのなぁ、丸見えだから良いって問題じゃないんだよ!!いや丸見えは丸見えで眼福だけど!!そうじゃなくて、その見えそうで見えない、でもちょっと見えてる感じが絶妙で」
「ぬうぅ……地球人は想像力が豊かすぎぬか?」

 そうぼやきながらも、アイナの顔もどこか上気している。
 なんだよ足コキしながら感じるとか、アイナも大概スケベじゃねぇかと心の中でニヤついていたら「あのな」と呆れたような声が前から飛んできた。

「……足で扱くエヅラとやらの良さは妾には分からぬが、少なくともちんちんが足で扱かれても気持ちがいいのは……わかる、ぞ……んふっ……」
「あ」

 忘れてた、今のアイナは二つの身体を操作しているんだった。
 慧の身体と、魔道具で再現された「アイナ」の身体、二つとも操作できると言うことは両方ともの感覚を感じられると言うことで。

 つまり、慧が感じている男の快楽と、アイナの身体が感じている――どうしてそこまで再現してしまったのか突っ込みたいが、まぁこれが普段着なら仕方が無いのだろう――触手服の気持ちよさとを同時に味わっているのか。
 なんだそれ、めちゃくちゃ羨ましい。羨ましいけど脳みそが焼き切れそうだ。

「っ、出るぅ……っ!!」
「おうおう、まだまだ元気じゃのう」

 どう考えたって手よりは刺激が的確で無いはずなのに、これは視覚の暴力が半端なかった。
 手を伸ばせばすぐに触れられる距離にある、女性の大切なところを見せつけられて興奮しない男などいない。
 確かに胸はもっと小さい方が好みだが、だからといって興奮しないわけでは無い。いや、むしろあの胸の間に挟まれたらと妄想すれば、疲れを知らない若い息子さんはすぐに復活してしまう。

 それに、大切なところを踏みにじるかのように足で扱かれるのも……悪くは無いかな、なんて。

「ほれ、もっと出せるじゃろ」
「いやあのっ、流石に出したばかりは敏感だからちょっと辛いっ……!!」
「ふむ、確かになかなか強烈じゃのう……じゃが、妾は好きじゃぞ、こういうのも!」
「俺は好きとは言ってないいぃ!!」

 そうじゃそうじゃ、これだけでは物足りぬだろう、とまたもやアイナが何かをクローゼットから取り出す。
 いやまさか、まだ何か買い込んでいたのか!?と来月の生活費の不安に駆られて叫べば「流石にそれはないのう」と断言された。
 よかった、このままじゃ来月はもやしだけで過ごす羽目になるかと思った。

「確か、お主がこの辺に……」
「おーい、何してんだよ」
「まぁ待て。……これじゃな。うむ、妾が見たのとは少々違うがいけるじゃろう」
「……?」

 慧よ、これを借りるぞ。
 そう言って彼女が差し出してきたのは黒い靴下だった。
 あれは確か親が入学式のスーツに合わせて購入してくれたシルクの靴下で、結構薄手だった気がする。

「何するんだよ、それ」

 さらにアイナは、バスルームに置いてあったバケツを持ってくる。
 そこにアイナはローションのボトルを傾け、ぎゅっと握りつぶした。

 台所で汲んできた微温湯を少しずつ加えて良く馴染ませて、とろんと糸を引くゆるめのテクスチャになったところでアイナは慧の靴下を履く。
 指の形が透けて見える薄さの靴下を履いた足は、なかなか艶めかしくて……これはこれで悪くない。

 そんなことを考えていれば、アイナはちゃぽん、とその足をバケツの中に浸けた。
 しっかりローション混じりの微温湯を足に纏わせたすべすべの感触が、ぴとりとまだまだ衰え知らずの慧の剛直に添えられる。

(…………足に、ローション……靴下…………?)

 待った。
 これはとても危険な香りがする。

 背中を伝う汗は、決してラップでくるまれて蒸されたからではない。

「あの、アイナ、これはどういうこと……?」
「妾が見た情報じゃとな、白くて薄い布をこのトロトロの水に浸して、ちんちんの先っぽをゆっくり扱くとあったのじゃ。これをやると、男でも大層気持ちよくて絶叫しながら潮吹きできる、地球人の人気プレイじゃとな!」
「待って前半はあってるけど最後がおかしい、万人に受けるプレイじゃ無いからそれ!!」
「なんでも気持ちよすぎて暴れてしまうから、ガチガチに拘束しておくのがよいとか何とか」
「もうその時点でヤバいって気付けよ!!なぁ、ちょ、あのアイナさん、何でそんなに興奮しているのかなぁ……?」

 うっとりした様子で蕩々とこのプレイの……ローションガーゼと呼ばれるプレの効能を語るアイナは、何だか実に嬉しそうだ。
「一度やってみたかったのじゃ」と言ってる辺り、どうやら向こうで試したことは無いらしい。せめて誰か人身御供にしてからやってくれ、いやそれでも御免被るけど!!

「というわけでほれ、いっぱい気持ちよくなるのじゃぞ?」
「ひっ、いいぃぃぃぃっっっっっ!!?」

 ずるり。
 薄いシルクの布が、敏感になった亀頭を撫で上げる。
 その瞬間、キィンと音がしそうな程強烈な快感に、目の前に星が舞い勝手に口から派手な叫び声が上がった。

 流石のアイナもこの刺激は予想外だったのだろう。ピタリと足を止めて「はぁっ……!!」と頭をのけぞらせている。

「何と……このような刺激は初めてじゃ……女子の快楽とは全く違う、何という鮮烈な切れ味……」
「そんな快楽ソムリエみたいな表現やめて、てかこれはヤバいって!なぁ、アイナ、もう俺十分気持ちよくなったからそろそろ」
「うむ、これは行き着くところまでやって見ねばならぬ!そうじゃこの刺激の先を一緒に見定めようぞ、慧よ!!」
「俺は見定めたくねえぇぇぇ!!」

 慧の渾身の叫びもどこ吹く風、アイナは左足で器用に慧のペニスをきっちり剥いて固定すると、右足を前後に動かして亀頭をゆっくりと磨き始めた。

「はぁっ、くうぅ……また何か出そうじゃの……うっ……」
「うああぁぁあ!!もうやめて、アイナお願い、許してえぇぇ頭バカになっちゃううぅぅ!!」

 たった一往復で精を吐き出し「まだまだこれからじゃ!」と謎に気合いの入ったアイナにより、ローションを足しながらずりずりと……亀頭が削れて無くなってしまうのではないかと思うほどの強烈な快楽を叩き付けられる。
 足が前後に動く度に、アイナの口からは珍しく悩ましい嬌声が漏れ、慧に至っては勝手に出る叫び声で既に喉はガラガラだ。

「なる、ほどっ……これは確かに、押さえておかねば暴れてしまうのう……っ!」
「そう、おもうならっ、もう、やめてっ……いぎっ、まってこれ、漏れる、漏れちゃう!!」
「んっ、なんじゃこれ……今までとちがうぅっ……!」

 何か出てはいけないものが、噴き出しそうな気がする。
 だからといって手を抜くアイナでは無い。この先にはアイナの知らぬ未知の快楽が待っているかも知れないのだ。是が非にもその境地に辿り着かねばなるまい。

「んううぅぅ、出るっ……!!」
「うあぁ…………あぎ…………っ……!!」

 ぶしゃぁぁっ!!と勢いよく噴き出したのは、色の薄くなった精液、ではなく明らかにサラサラした液体で。
 最初ほどの勢いは無いものの、何度もぷしゅ、ぷしゅっと噴き出される感覚に、慧は言葉も無く身体を痙攣させているだけだ。暴れられない分、余計に快楽が頭の中で渦巻いているのだろう。

「くうぅぅ……これは、なんともっ……!子種をまき散らすのとはまた違う、不思議な感覚じゃのう……!!」

 恍惚とした表情で、アイナが呟く。

 これまでだって、慧の身体を通して男の快感は体験してきた。
 潮吹きだって何度かは経験している。
 けれどブラックボックスのような触手服の中での快楽や、慧の処理に事務的に付き合っていたときとは全く違うのだ。

 己の手で快楽を与え、男の身体で堪能する。
 アイナはその魅力的な(慧にとっては災難極まりない)遊びにすっかり嵌まってしまっていて。

「どれ、もうちょっと……くうぅぅ……良い…………まだ、いけるかのう……」
「………………やめ…………アイナ、おねがい……ゆるし、て……!」

 だから慧の懇願は、その立派な耳には届かない。

(も、だめ…………死ぬ……)

 意識がふっと暗く沈んでいく。
 落ちてしまう瞬間、慧の眼に映ったのは、うっとりと快楽を堪能しとても幸せそうな……まるで長年の望みが叶ったと言わんばかりの満足感に溢れた、アイナの美しいかんばせだった。


 …………


「本当に、男というのは面白い生き物じゃ。あのような激烈な快感を味わえるとは思いもせんかった……しかもあんなに気持ちが良かったのに、すぐスッと冷めてしまうのも不思議じゃのう」

 慧の声が聞こえなくなってから、何十分経っただろうか。

 白目を剥き、すっかり意識を飛ばして身体をピクピクとヒクつかせる慧を眺めつつ、ようやく満足したアイナは手際よく道具を片付けていく。
 そう言えば慧に話し忘れていた気がする。この脱毛器は向こう1ヶ月間、3日に1回照射する必要があることを。

「……ま、起きてから話せばよいじゃろ。慧もツルツルが良いと言っておったし、なにより動けぬまま毛を焼き払われるのは、案外快楽だったようじゃしのう」

 アイナは気付いている。
 ――脱毛器を照射されながら興奮した理由は、決して自分の姿を見ただけでは無いことに。

 バケツを洗い、新しい湯を入れて清潔なタオルを浸し、慧の元に戻る。
 存分に男の快楽を堪能してスッキリしたアイナが慧に向ける眼差しは、どこか慈愛に溢れていた。

「……愛おしいものじゃ。妾の器に入った魂じゃからか?にしても、縁もゆかりもない異世界の魂なのに、なんとも可愛らしい」

 泣きすぎて真っ赤に腫れた目元を眺めつつ、あらゆる体液でドロドロになった身体を温かいタオルで拭ってやる。
 アイナたちならこの程度の汚れ、湖に飛び込んでジャバジャバ遊べば終わりなのだが、どうやら地球人はことさら温かい湯で丁寧に洗うことを好むらしいから、それに従うようにしているのだ。

 柔らかい(アイナから言わせればもごもごの)服を着せて、慧の身体をそっとベッドに横たえる。
 時折「もうだめ……許して……」と魘されているあたり、きっと慧はまだ先ほどの狂乱の坩堝に叩き込まれたままなのだろう。

「良いのう……男というのは……」

 ぽつりとアイナが呟く。
 その顔は少しの寂しさと、そしてどこか諦めを湛えていた。


 女のように子を産むこともできぬ身体。
 けれども、彼らはいつも新しい快楽に興味津々で、ちょっと振り回してやればすぐに喜んで溺れてしまう。

 一つの身体で、オスの快楽と、メスの快楽を――それは本物のメスの快楽には及ばないとは聞き及んでいるけれど――味わうことができる、貪欲な肉体。
 どちらにでもなれる。それはアイナたち女がどれだけ望んでも持てないものだ。

 手持ち無沙汰になったアイナの指が、すっかり萎えてしまった中心をふにふにとつつく。
 その裏で垂れ下がっている玉は、アイナには実に物珍しい器官だ。クロリクの男たちもこうやって暖めれば手にしっとり吸い付くような袋になるのだろうか。

「やめてぇ……ごめんなさい、アイナ……たすけてぇ……」
「…………すまぬの、つい楽しくてやり過ぎてしもうた……」

 寝言で魘される慧に返事をする。
 そうすれば慧は何やらムニャムニャ言いながらも、夢の世界へとまた戻っていく。

「……最後の自由に、我ながらはしゃぎすぎじゃのう」

 未来を……この亡命生活が終わった後を想い、アイナはふぅと長いため息をついた。

 建国以来初のクーデターが発生してしまったのだ。
 いくら同じフリデールの共同体で起きた謀反とはいえ、このような失態があってはクーデターが失敗に終わったところで現皇帝の譲位は免れないだろう。

 為政者にそれほどの権力のある世界では無いサイファに於いて、皇族の役割として求められるのは他国との交流、そして不用意な諍いを招かぬよう国の中を調整することだ。
 それなのに国民の地雷を踏み抜きクーデターを起こされるなど、言語道断である。

「本当に……姉様たちのように早く逃げておけば良かったのじゃがな……」

 9人いる皇子・皇女のうち、後継者から降りていないのは第一皇女のアイナと、第四皇子のトゥーレだけだ。
 一応後継者は共同体の総意で決定されるが、随分前から次期皇帝はアイナだろうとおおっぴらに噂されてる。

 ちなみに他の皇子や皇女は早々に継承権を放棄し、姉たちに至ってはフリデールの名を捨てて新しい共同体をそれぞれの友と立ち上げ幸せに暮らしているという。

 身分を捨ててしまう気持ちはアイナにも良く分かる。だって一度皇帝の座に着いてしまえば――確かに皇帝だからと言って性癖を追求することを禁じられたりはしないが――どうしたって雑事に追われることになるだろうから。
 アイナにそれができなかったのは、単に異世界からの召喚という仕事が楽しすぎて、そこまで気が回らぬうちに時が経ち継承権を放棄できない状況になってしまったせいである。そう、自業自得というやつなのだ。

 だから、この亡命はある意味では良かったのだと思う。
 これはアイナにとって初めての異世界で、最後の自由で、そして……たった一度きりの、性癖を満たせる機会だから。

「すまぬな、お主はまだ気付いておらぬと言うのに付き合わせて。……じゃが、急がぬとはいえそこまでのんびり待てるほどの時間は無いのじゃ」

 アイナは意味深に、すやすやと眠る慧に語りかける。
 その顔は寂しさと切なさを浮かべていて、けれど本心は杳として知れない。

「今だけなのじゃ。どうか、妾に夢を見ることを許しておくれ」

 ふわり、と「アイナ」の身体が光る。
 美しい肢体を構成していた光は砂のように散り散りとなり、やがて不格好な土塊の人形に戻ってしまった。


『……その代わり、お主の願いは何としても叶えてやるでな』


 頭の中で響いた優しくもどこか寂しい声の意味を慧が知るのは、もう少し先の話である。
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