サンコイチ

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告解

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「ねえ、本当にこのまま行くの……?」
「当たり前だ!いくらストレスが溜まっていたからって、やって良いことと悪いことがあるだろうが!!今回はミルキングもやって6週間のセックス禁止令だからな!!」
「そんなぁぁぁ、折角の夏がちんちん無しで終わるだなんて……ううっ……」

 7月。
 大学生活最後の夏が、やってきた。

 塚野のところを訪れてから丸々2ヶ月悩んだ幸尚は「僕、自分が磨いた技術を活かしてみたいです」と塚野の提案を受けることを決心する。
 これで就職活動も終わり、後は卒業研究に全力を尽くすだけ……の筈だったのだが。

「……あ、あの、これは……?」
「問い合わせよ。奴隷用の犬服を作って欲しいって」
「へ……えええええ!?」

 塚野に奴隷の犬服を届けてから2週間後、3人は『Jail Jewels』に呼び出される。
 そこで見せられたのは、塚野の店のSNSに届いた、30通近いメッセージだった。

「いやぁ、あまりに可愛かったから嬉しくてつい画像を載せちゃったのよ。そしたらこうなっちゃって」
「わ、分かんない……だってあの服、本当にただの普段着ですよ!?そっそれに、SMってもっとこう、黒とか赤とかエナメルとか……そういう方向なのかと」
「そういう方向でガチガチに固めたオス犬奴隷に、フリッフリのピンクの犬服を着せたってのがウケたのよ。非日常な物体に日常を感じさせる服を着せる……そうねぇ、コートの下に縄を仕込んでいる、あれの逆みたいな感じ?とにかく刺さる人には刺さるわよこれは」
「い、いいのかなぁそれで……」

 こんなビジネスチャンスを逃すわけにはいかない。しかし卒業できなければどうしようもない。
 結果、幸尚は完全受注生産かつ納期はかなり余裕をとった上で製作を引き受け、卒研とバイトとヒトイヌ服作りという3足のわらじを履く羽目になってしまったのである。

 その合間を縫って式場の下見やプレイ、さらに両親たちへのカミングアウトの作戦会議と幸尚は頑張った。そう、本当に頑張った。

 そして頑張りすぎた挙げ句、この性欲魔人は何を思ったのか、その疲れを身体で癒やそうとしてしまったのだ。
 どの身体だなんて、もう聞くまでも無いだろう。
 何故あの時「奏、今日はちょっとだけ激しくしたいな……?」と上目遣いでおねだりする可愛い婚約者に「そりゃストレスも溜まってるよな……今日くらいはいっか、明日休みだし」とあっさり絆され快諾してしまったのだと、後悔しても後の祭りである。
 せめて詳細は聞くべきだった、うん、次回からは必ず聞こう。

「凄かったよね……すっからかんになるまで射精させてからの、ローションとシルクの手袋で亀頭責め……潮吹きどころかおしっこまで漏らしちゃって」
「ストッキングでやるより細かく調整できるのがいいよね。あと尿道ブジーとディルドで前後から前立腺をかわいがるのも良かったなぁ……自分で乳首カリカリしながら『もうだめオンナノコになっちゃう、尚キスしてぇ』ってグズグズに泣く姿が愛しくって……ええとあの、奏、ほらちゃんとフラット貞操具を着けて反省してますごめんなさい」
「そうだな、今晩からは毎日俺が身体を洗ってやろう、全力で抱きつきながらな?ああそうだ、なんなら俺がお尻を弄っている姿も毎日見るか?それとも実況中継しながら目の前で射精してやろうか?」
「ひいぃっ、本当にごめんなさいいぃぃ!!」
「奏ちゃん……鬼畜が過ぎる…………はふぅ」
「いやあかりはそこで興奮すんなって!」

 がっくりとする幸尚とそれを慰めるあかりと共に、3人は車で目的地に向かう。
 まあ、今日が終われば一つ大きなストレスが無くなるし幸尚も落ち着くはずだ。
 いや、むしろ落ち着いてくれ。じゃないと俺の身体が持たない。

「……鳴らすぞ」
「うん」

 ゴクリと喉を鳴らし、インターホンに指を伸ばしかけたところで「何してるの」とガチャリと勢いよく扉が開いた。

「もうみんな揃ってるわよ、ほら入った入った!」
「だあぁぁぁっ、俺らの緊張を返せよ、お袋おぉぉ!!」

 折角緊張感を高めてきたのにとがっくりしながら自宅の玄関をくぐる奏。
 緊張しようにも股間の貞操具が気になりすぎてそれどころで無い幸尚。
 そして、リビングに入った途端お気に入りのカフェのケーキを見つけて目を輝かせるあかり。

 7月末日。
 3人の、一世一代の舞台は、なんともしまらない雰囲気で幕を開けた。


 …………


「まず何から話せばいいかなんだけど」

 そう切り出した奏に「そんなもの、決まっているだろう!」と突っ込んだのは拓海だ。

「そうそう、結婚報告を一番に聞きたいよね」
「どっちが結婚するのよ!?下馬評じゃ幸尚君優勢のままだけどさ」
「ひでぇ」

 わくわくした表情で6人が次の言葉を待つ。
 ああ、これから自分達はどれだけ彼らを失望させ、悲しませ、激怒させるのかと思うと、少しだけ怖いし、なにより胸が痛い。

(でも、決めたんだ)

 何度も3人で話し合った。
 結婚のことはともかく、あかりのことをどこまで話すのか。
 この爛れた関係に全く触れないわけにはいかないだろう。けれど、一気に話せばショックが大きすぎるのでは無いか、いやむしろ一気に話した方が傷は浅いかも知れない、等々……

 結果的にはあかりの「出たとこ勝負」という実に頼りない、ある意味自分達らしい案に落ち着いたのだが、その時一つだけ3人で決めたことがある。

(理解を、諦めない)

 一度で理解されないなら、何度だって話し合おう。
 聞く耳を持って貰えないなら、いつまででも待とう。
 何があっても、自分達から親を拒絶し諦めることだけはしない。

 それは、先達から託されたものでもあるから。

「…………奏、僕から言う」
「……おう」

 あかりを真ん中に、右に奏、左に幸尚。
 ソファに腰掛けた3人は、そっと手を繋ぐ。
 そして

「……おじさん、おばさん。…………僕が奏を伴侶にします」

 拓海と芽衣子の方を向いて、幸尚は静かに、しかしはっきりと宣言するのだった。


 …………


「…………えっ……」

 部屋の中の温度が、少しだけ下がった気がする。

 幸尚の言葉に、拓海が固まる。
 その横では芽衣子が「嘘でしょ、そんなまさか……奏まで、こうなるだなんて……」とこれまた表情の抜けた顔でぽそりと呟いていた。

(そうだった、秀兄ちゃんも男性と結婚したんだっけ)

 幸尚は、いつだったか奏が話してくれたのを思い出す。
 病院の跡取りとして期待されていた長男の秀は、卒後研修2年目にして「俺、彼と結婚するから」と彼氏のイケメンマッチョをいきなり両親に紹介し、そのまま彼の家に婿入りしてしまったのだ。

 あの時確か奏は、1ヶ月くらい「うちが修羅場になるから」と、芽衣子によって奏とあかりの家に預けられたんだったっけ。
 1ヶ月ぶりに家に帰ってみたら、リビングの家電が軒並み買い換えられていたと聞いたときには目が点になったものだった。

「……そ、奏、あんたもゲイだったの?」

 呆然としながら恐る恐る尋ねる芽衣子に「いや、俺は兄貴と違ってゲイじゃねぇんだけど」と奏は返す。

「俺は女の子が好きだし、兄貴の持ってるゲイ雑誌の人たちには何の魅力も感じねぇよ。……けど、尚だけは別なんだ」
「特別……?」
「最初は尚がそこまで俺のことを好きならってお試しだったのに、気がついたら好きになってて……もう今じゃ、俺の伴侶は尚以外に考えられなくなった」
「……え、ってことは幸尚君から告白したの?一体いつから」
「はい。もう5年……いや、6年目です」
「そ、そんなに前からかい!?いやいや、それは全然気付かなかった……」

 まさに青天の霹靂だったのだろう、拓海は「ちょっと落ち着かせてくれ」と頭を抱えてしまう。
 無理も無い、跡取りだと思っていた長男をどこの馬の骨とも分からない男に取られた上、年が離れた末っ子まで彼氏と結婚するだなんて言われれば、そりゃ頭も抱えたくなるだろう。

 そんな拓海を尻目に、美由は「やっぱり、そうだったのねぇ」とうんうん頷いている。
 さらに紫乃まで「そうじゃないかとは思っていたけど」と同意しているあたり、どうやらこの二人は何となく奏と幸尚の関係に気付いていたらしい。
「何で言ってくれなかったんだい」と拓海が恨めしげに二人をじっとりと見れば「いや、確証は持てなかったので」「もしかしたらとは言いましたけど、あの時拓海さんが全力で否定しましたし」と平然としたものだ。

「え、気付いてたの!?」
「気付いてたって程じゃ無いけど、もしかしたらそうかもなぁって。だから今聞かされてああやっぱりって思っただけ」
「第一、あかりが二人を見る目はどう見ても恋する女性のものじゃ無いしね」
「そ、そんなところからバレるだなんて……」

 恐るべし、女の勘。
 まさか母に気付かれているとは思っていなかった幸尚は「えっと、母さん……なんで」と戸惑いながら、呑気にケーキを頬張っている美由に声をかける。

「ん?尚もケーキ食べたら?美味しいよ、これ」
「いやうん食べる、食べるけど母さん、その……反対、しないの?」
「反対なんてするわけ無いでしょ、幸尚が決めたことなら私たちは何だって賛成だし、応援するだけだから。ね、守くん?」
「うんうん、幸尚が決めたなら何の問題も無いさ。拓海さん、末永いお付き合いとなりますが今後ともよろしく」
「君たち夫婦はいつもながら物わかりが良すぎやしないかね!?」

 親バカここに極まれり。
 彼らが幸尚の決めたことに反対するはずが無い、そりゃそうだと変に納得してしまう。

 しかし、拓海も正直なところ、反対する理由が無いのだ。
 既に同性婚を兄に許している(それはそれは激しい親子喧嘩の末にだが)手前、それを理由に反対などできない。
 まして相手はあの幸尚だ。小さい頃から自分の子供同然に可愛がってきた彼がどういう子かだなんて今更人に聞く必要も無い。
 こう言っては何だが、正直奏よりも誠実さを感じるし、小さい頃の頼りなさも取れて随分立派になったものだと思っていた。

(……そうさせたのが、奏への想いからだというならば、反対する理由なんてないんだがね)

 そう、余りにも理由が無いが故に、拓海は途方に暮れていたのだ。
 せめて自分の心を整理する時間くらいは与えて欲しかったと心の中で独りごちる。

 ……幸か不幸か、その時間はこれから与えられるのだが。

「それで、あかりちゃんは結局一緒に住むと」
「うん、私は二人と一緒に住むよ!」
「うんまぁ、あかりが結婚するまではそう言うのもあり?なのかな……」
「……ごめん、お父さん。その未来は来ないから」
「えっ?」

(さあ、ここからだ)

 次は奏が腹を括る。
 二人でご主人様とはいえ、より主従関係が強いのは自分の方だ。だから、これは自分から話すと最初から決めていた。

(……ごめん、師範。俺は今から二人を泣かせてしまう。でも、俺たちは絶対にあかりを幸せにするから)

 心の中で謝りつつ、意を決した奏が静かに口を開く。

「あかりの親父さん、師範。……俺らは、結婚したらあかりを養子縁組します」

 その宣言に、祐介と紫乃が、いや、その場にいる全員が驚愕に目を見開いた。
 まぁそういう反応になるよな、と思いつつも、奏ははっきりと言い切った。

「……親父さん、師範、あかりを俺たちに下さい」と――


 …………


 突然の養子縁組宣言に、親たちは当然ながら困惑を深めていた。
「い、一体どうして……」と震える声で祐介が尋ねれば、少し間を置いて奏は「……俺ら、3人じゃ無いとやっぱりだめみたいなんだ」と返す。

「生まれてからずっと3人で、幼馴染みで……今は純粋に幼馴染みだけじゃなくなったけれど、でも、やっぱり俺らは誰か二人だけがくっつくって、無理だった」
「いや、でもそんな、それだけなら別にただ同居するだけでいいんじゃないかい?なんでまた養子縁組だなんて」

 それは当然の疑問だと3人も思う。
 そして、それにどう答えるかは、決めていない。
 この数ヶ月3人で話し合っても最後まで決まらず、その場の成り行きに任せようとなった部分だ。
 その判断は奏に一任されていた。

(……これだけで動揺しているのに、主従関係だなんて伝えて大丈夫だろうか)

 祐介の表情に、本当にここで話して良いのか奏は一瞬躊躇する。
 そこに切り込んできたのは、やはりこの人だった。

「…………あかり」
「っ、はい」
「それは……その腰に着けているものと、関係があるのね?」
「「「!!!」」」

(え……どうして…………!?)

 腰?どういうことだい?と親たちが訝しげにあかりを眺める。
「えっと、その」と戸惑うあかりに、紫乃は「話すべきでしょう?」と畳みかけた。

「恋愛関係でも無い、ただの幼馴染みがわざわざ養子縁組してまで……正式な家族になってまで一緒にいようとするほどの理由がそこにあるのでしょう?ならば、全てをここで話すべきだわ」
「お母さん……」

 一体いつ、とあかりが呟けば「そんなの言うまでも無いでしょう」とバッサリだ。

「去年の夏、稽古に来たでしょう」
「え……あの時…………?」
「ああ、着替えは見てないわよ、だから何があるのかは知らない。けどね、10年以上あんたの稽古を見てきたのよ。明らかに腰の入り方が違っていた。まるで何か金属の……コルセットか何かでも着けているかのようにね」
「っ……!」

(まさか、たったあれだけの時間でそこまで見られていただなんて……!)

 愕然とするのはあかりだけではない。
 奏も、幸尚もまた、貞操帯に気付かれていたことに衝撃を受ける。
 服の上からではわかりにくい、しかも日常の動作を妨げることも無い貞操帯でありながら、しかし剣の道一筋に生きてきた人には、そんな些細な変化すら分かるのかとある意味感心してしまう。

 そして、もう一つの事実。
 それは紫乃が明らかな異変に気付いていながらも、1年間何も言わずにこの日を待っていてくれたこと。

(そうか、師範は俺たちがいつか話すだろうと信じていてくれたんだ)
(そして今もこうして……最初から切り捨てず、聞こうとしてくれている)

 凜とした、相手の心の底を射貫くような鋭い視線。
 子供の頃はそれが恐ろしくて仕方がなかった。
 けれど……今は、少なくとも彼女は自分達を拒絶していない。

「……あかり」

 奏と幸尚は互いに顔を見合わせ、頷く。
 覚悟は決めた。この後、何があっても自分達はあかりを守り抜くのだと。

「はい」

 そしてあかりもまた、母のその姿勢に覚悟を決めていた。

『あんたは逃げちゃだめよ』

 あの時の母の言葉が、頭の中に響く。
 たったひとつの後悔だと、こぼした母の姿を思い起こす。

(逃げない。私たちは、確かに『普通』からは外れているけれども、けど何一つ悪いことはしていないのだから)

 だから、二人のご主人様の意思に従う。
 お二人となら、必ず超えられると信じて。

 すっと、あかりが床に土下座する。
 それを見た祐介が「あかり、一体」と尋ねる前に、あかりの口からは隷属の言葉が紡がれていた。

「……奏様、幸尚様。あかりはお二人の奴隷です。だから……どんな命令でも従います」
「「!!」」
「おう。…………ここで全部脱いで、その身体を隅々まで見てもらえ」
「後のことは、僕らに任せて。……必ず、あかりちゃんを守るから」
「…………はい……!」

(全部、話そう。そして……堂々と、俺たちは家族になるんだ)

 その場で立ち上がったあかりは、その行為に凍り付いた親たちの前で、すっとブラウスのボタンを外し始めた。


 …………


「え……どういう、こと…………?」
「奏、お前何を……」

 突如目の前で始まったストリップショーに、慌てて止めようとする芽衣子を奏は「お袋、今は手を出すな」と強い口調で咎めた。

「奏っ、だってあんた」
「いいから!文句なら後で聞く。……だから、まずは黙って全てを聞いてくれ」
「…………奏」

 いつになく真剣な奏の剣幕に、拓海と芽衣子も引き下がる。
 そして、震えながら服を脱ぐあかりを静かに見つめるのだ。

(怖い……)

 今まで、ご主人様とその『仲間』にしか見られたことの無い身体を、この歪んだ世界とは何の縁も無い親たちに見せる。
 恐怖に足は竦み、服を脱ぐ手が止まりそうだ。

(……でも、命令だから)

 そう、これは自分を奴隷として望んでくれた二人の命令。
 生涯かけて守ると約束してくれた、大切な幼馴染みと宿願を果たすために、避けては通れない壁。

(だから、私は……全てを曝け出すんだ)

 一枚、また一枚と、震えながらもあかりが目の前で生まれたままの姿になっていく。
 そして全てを脱ぎ終え、腕を後ろに回して6人の前に立った時、彼らの口からは「そんな……!」と悲鳴に似た言葉が漏れた。

「……あかり…………なん、で……」
「お父さん……これが、本当の私なの」

 目の前に開陳されたあかりの身体は、幼かった頃の記憶とはあまりにも変質していた。
 そう、これは成長では無く変質だ。明らかに歪んだ世界へ飛び込んでしまった、証に他ならない。

 その膨らんだ胸の頂には、宝石のついたリング状のピアスが光っている。
 そして、股間には……何と表現すれば良いのだろう、まるで鉄のふんどしのようなものが装着されていた。
 南京錠がぶら下がっているところを見るに、これをあかりが一人で脱ぐことはできないのかも知れない。

「……まさか、そんな大きなピアスまで着けていただなんて……良く稽古で怪我をしなかったわね」
「ブラで押さえてるから……引っかけることも無いです」
「え、待って!?これ、乳首を……うそ、めちゃくちゃ太いじゃない!あかりちゃん、痛くないの?」
「開けたときは痛かったですけど、今はなんとも」

 大人たちが口々にピアスのことを口にする。
 そんな中、守と美由はどこか興奮した様子であかりの下腹部を眺めていた。

「はぁぁ……いや、これは凄いね。もしかして貞操帯かい?」
「!?」

 父さん、知ってるの!?と目をぱちくりさせる幸尚に「仕事柄ね」と守と美由は頷く。
「僕らが世界各地の部族に伝わる習俗を研究しているのは知っているだろう?だから、当然男女問わず貞節に関わる習俗を知る機会は多いんだよ」
「でも、まさかこんなところで現代の、本物の貞操帯に出会うだなんてね。凄いわねこれ、フルスチール?重くないの?」
「ステンレスなんです。持つとそれなりに重さは感じますけど、着ければ日常で気になることはないかな」
「へぇ……ね、あかりちゃんちょっと後で構造を」
「いやいや母さん、話がずれていってるから!」

 すっかり研究者の目になっている母を慌てて止めて、幸尚は「こういう、関係なんだ」とこれまでの…………奏と幸尚が恋人になって一月後に始まった、所謂SMの主従関係について説明を始めた。
 と言っても、流石にプレイの話はしない。というかいくら何でもそれはできない。
 そんなことをしたら、既に真っ青になっている祐介は倒れそうだし、さっきから静かにしている紫乃の動きも恐ろしすぎる。

「……実は、大学に入る1年くらい前から貞操帯は着けていたんだ。その上で、僕と奏の奴隷としてずっと調教を行ってきた」
「調教って、一体何を……幸尚君もそういう性癖なの?奏が変態なのは知ってたけど」
「待って何で知ってんだよ!まぁ、調教は色々と……ちなみに尚がそっちに目覚めたのは大学に入って大分経ってからだし、ちょっと俺たちとは毛色が違う」
「うん、まぁでも変態と言われれば変態だと思います。仕事もそっち方面を選んだし」
「えええ!?いやまぁ、それは後で良い。その、あかりちゃん、君も……奏と同じ性癖をもっているのかね?」

 恐る恐る尋ねる拓海に、あかりは笑いながら「多分、私が一番変態ですから」と返すのだ。

(そう、この関係を最初に望んだのは、私)

 もう二度と、忘れることは無いとあかりはどこか自信と幸福に満ちた顔で、きっぱりと言い切る。
 そこには、一昨年の年末に見せた依存への危うさは微塵も感じられなかった。

「私が、望んだんです。この5年間、奏様も、幸尚様も、一度たりとも同意のない調教をされたことはありません」
「……それは、信じていいんだね」
「はい」

 守の確認にも、あかりはしっかりと頷く。
 そうして、どんな事をするときでも、必ず3人で決めていること、あかりに行う前にまず本当にできるのか二人の身体で試してくれていること、安全のために勉強を怠らず、今も3人で試行錯誤しながら関係を深めていることを、3人はひたすら親たちに話し続けた。

「……俺らから話せるのは、これで全部」

 そうして、全てを話し終えた後。
 再び二人は立ち上がり、あかりの両親の方を向いて頭を下げる。

「生涯かけて、奏とあかりちゃんを守ると誓います。だから、あかりちゃんを僕たちの奴隷として飼う事を許してください」
「許しを得られなくても、俺らはこの関係を諦めはしない。けど……3人で話し合って決めたんだ。最初から理解を諦めるのだけは無しだって。だから、全部話した。……親父さん、師範、お願いします。俺らを信じて、あかりを託して下さい」

 しばらくの沈黙が、部屋を包む。
 その息が詰まりそうな時間を破ったのは、涙混じりの祐介の叫びだった。

「そんな……そんなことを、許せるはずがないだろう……ひとの大切な娘に、何てことを……っ!」
「祐介さん、待って下さい」
「止めないで下さいっ拓海さん!第一あんたのところの息子が、あかりを、あかりをっ……!」
「お気持ちは分かりますが、少しだけ待って下さい。……まずは、調べてきますから」
「しら、べる……?」

 憤懣やるかたなしと言った様子の祐介を宥めつつ、3人の方を向く拓海はいつもの穏やかな笑顔であった。
 だが、その下にある怒りは、とても隠し切れていない。

(ひぇ……親父、マジギレしてる……)
(あああ、これ骨の1本や2本は覚悟しなきゃだめなやつ……?)

 身震いする二人をちらっと見ると拓海は「あかりちゃん」と全力で怒りを押し殺した声をかけて服を着るように促した。

「あ、はい。えっと……」
「ああ、流石にその格好で移動はできないからね。ちょっと診察させて貰うから」
「え、ちょ、親父!?」
「……お前たちはここで待ってなさい、それとも何だね、ご主人様として奴隷に付いていなければならないのかね?」
「っ……!」

 その剣幕に、流石の奏も怯む。
 幸尚は既に涙目だ。
「い、いや、そうじゃなくて」と必死で奏は言葉を紡ぐ。

「……その、診察って…………」
「私は産婦人科医だよ?やることなど決まっているだろう」
「…………その、貞操帯は俺ら二人以外、解錠できないんだ」
「は?」

 その事実にはぁ、と大きなため息をついた拓海に「いいじゃない」と次は芽衣子がにっこりする。
「いやしかし」と横を向いて言いかけた拓海は、しかしすぐに「!!!うん、まぁそうだな、いいよな!」と慌てて全力で首を縦に振った。

(……あ、だめだ。お袋の方が怒りは大きいぞこれ)
(ぼ、僕……これは死ぬかも……)

 その顔を見た瞬間、奏は心の中で全力で白旗を上げた。
 これはまずい、非常にまずい。
 隣にいる幸尚なんて、さっきからカタカタと音を立てて震えている。

 ……気のせいだろうか、芽衣子の背後に、鬼が見える。

「折角だし、全員まとめて調べましょ!」
「へっ」
「親に後ろめたいことはやってないんでしょ?なら、私が診察したって問題ないわよねぇ?」
「え、ちょ、あわわわ…………!」

 ほら行くわよ!と引きずられるように連れて行かれる3人を、幸尚とあかりの両親は、祐介すらその怒りを忘れてぽかんと眺める。

「……あんなに怒った芽衣子さん、初めて見た……」
「前に言ってたわよね、中河内さんところの夫婦喧嘩や親子喧嘩は時計や皿が飛ぶって」
「椅子も飛ぶとか聞いた覚えがあるな、そう言えば……」
「ひえぇ……だ、だいじょぶかな……あかり…………」

 まぁ私たちは待つしか無いですね、と幾分冷静になった4人は、しかし何を話すでも無く重苦しい時間を過ごすのだった。


 ――それから、10分後。

「ううう、恥ずかしいぃ……」
「このくらいは一般の診察でもやることだから我慢しなさい、洗浄するからちょっと冷たいよ」
「んうぅっ……」

 診察室で奏の手により貞操帯を外されたあかりは、そのままあの拘束台に似た……いや、むしろこっちが本物な気がするが……診察台の上にいた。
 診察する拓海との間にはカーテンが引かれているとはいえ、やはり恥ずかしさは消えない。

(これ、まずい……ずっとお預けだから、診察だって分かってるのに気持ちよくなっちゃう……!!)

 水の刺激が、消毒される感触が、全てが快楽に変換される。
 きっと拓海だって気付いているはずだ、この身体が熱情に襲われていることに。

 気のせいだろうか、部屋の向こうから幸尚の悲鳴が聞こえている。
 どうしたんだろうと思いつつも、見知った人に性器を晒して発情までしている状況では、もう気遣う余裕なんて1ミリも残っていない。

「うん、特に炎症もないね。……にしても、まさかこんなところにまでピアスとは……」
「うう、ごめんなさい……んうっ……!」
「おっと失礼。謝らなくてもいいよ。その、これもあかりちゃんが希望して……」
「はい……」
「そ、そうなんだね……おや、これは……いや、何でも無い。じゃあ中に器具を入れるからね」
「っ、はいぃ……」

 冷たい器具が、身体の中に入ってくる。
 ずっと昂ぶったままの身体はその刺激にすら蜜を垂らしてしまうが、流石にそこは医者なのだろう、特に何も言われること無く淡々と診察が進んでいく。

「……中も問題は無し、と。一応検査に出すから、1週間後に結果を聞きに来なさい」
「はい、えっと、検査って……」
「性病の検査だね。……なるほど、大事にされていたのはよく分かったよ」
「?はぁ……」

 そのままエコーのプローブを中に入れられ、目の前のモニターに映る画像を説明される。
 どうやら見た感じ、あかりの生殖器は健康そのものらしい。
「筋腫も無い、内膜症も問題ない。まったく、うちの患者さんが見たら嫉妬しそうだね……問題なく妊娠できそうな身体なのに……」と呟きながらも診察は何事も無く終わり、診察台を戻され「二人が戻ってくるまで待ってなさい」と声をかけた拓海はどこかにいなくなった。

(……妊娠できそうな身体、かぁ…………)

 恋愛感情のないあかりには、愛する人の子供を持ちたいという気持ちも理解できない。
 奏や幸尚に対しても、そんな気持ちを抱いたことは一度も無い。
 ……だから、こんな関係にならなくてもきっと、自分が結婚して子供を授かることは無かっただろう。

 それでも、少しだけ胸が痛い。

(孫を見せてあげられないのは、親不孝かな……)

 こればかりは仕方が無いけどと思いつつも、あかりは両親に心の中で謝るのだった。


 …………


 一方その頃、芽衣子の……泌尿器科の診察室は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

「ちょっと奏、これはどういうことなの!?あんた、あかりちゃんに飽き足らず幸尚君まであんたの犠牲にしようって言うわけ!!?」
「うげ、ちょ、ぐるじぃ…………」
「あわわわ、おばさん落ち着いてえぇぇ!!」

 診察室に着くなり「二人とも、パンツを脱いで」と指示された奏と幸尚は「うっそだろ」とその場で固まってしまう。

「いや、なんで脱ぐ必要が?検査だけなら」
「検査なら性器の状態を確認するのは基本!!後で尿検査と血液検査もするわよ。ほら、とっとと男らしく見せなさいっ!!」
「ひいいぃ!!」

 その剣幕に、二人は慌ててパンツを脱ぎ捨てる。
 そして……真っ青になる。


「「あ」」
「…………はぁ!?」


 ……ここまでの騒動と緊張で二人はすっかり忘れていたのだ。
 今、幸尚の幸尚様は……お仕置き中だと言うことを。

 幸尚の股間に輝く銀色のプレートに、その事を思い出した幸尚は「ああああっ!!」と半泣きになり、一目見た芽衣子は瞬間ぶち切れて奏に壁ドンをかましていた。
 般若のような顔で、芽衣子は胸ぐらを掴まれて息も絶え絶えの奏を睨み付け「奏」と低い声でゆっくりと、はっきりと命令した。

「今すぐ、外しなさい」
「え、いやあの、その鍵は時間が経つまで取り出せなくて」
「へえぇ……まさか、こういう緊急事態のための保険もかけてないとか……言わないわよねぇ?」
「ヒィッ!外します、外しますうっ!!」

(ごめんオーナー、でも俺まだ死にたくないいぃぃっ!!!)


 ――それから30分後、目の前では説教が始まっていた。

「全く!!奏だけならともかく、幸尚君やあかりちゃんまでそっちの世界に引きずり込むだなんて!!千花あんた、分かってるの!?医者ともあろうものが、健全な二人の若者の未来を歪めてしまってどうすんのよ!」
「いや芽衣子さん、幸尚君はともかくあかりちゃんはむしろ最初から歪んで」
「黙らっしゃい!!」
「はい」

 奏の「オーナー助けて殺される」との悲壮なSOSに塚野が慌てて鍵を持って駆けつければ、そこには仁王立ちの先輩が待っていた。
「あんたが黒幕ね」と言わんばかりの表情を見た瞬間、塚野は1時間の説教を覚悟する。
 きっと情の深い芽衣子のことだ、縁を切られることは無いだろうが、これは年単位で逆らえなくなりそうだと、しおらしい顔をしながら心の中で冷や汗をかいていた。

(でもまぁ、そこまでカミングアウトしたんだね、あんたたちは)

 いくら感付かれていたからと言っても、貞操帯を見せるのは相当な勇気が要っただろう。
 それを成し遂げるだけの信頼を3人が築いていたことを、塚野は自分のことのように嬉しく思っていた。

(それなら説教も、悪くない)

 幸尚やあかりの両親のことは知らないが、芽衣子と拓海の事はよく知っている。
 二人とも情が深くて困った人を放っておけないお人好しで、ただちょっと脳筋気味だからぶつかるときは激しくて。

(だから、正面突破するなら大丈夫、きっと上手くいく)

「ちょっと、千花聞いてるの!?」
「はいはい聞いてますってば」
「あんた全然反省してないわよね!!」

 あ、流石にしおらしい態度だけは取っておくかと塚野は何となく神妙な表情を作るのだった。


 …………


 一方その頃。

「賢太ああぁぁぁ!!!お前、奏だけならいざ知らず、幸尚君やあかりちゃんにまで何を吹き込んでるんだああぁぁっ!!!」
「おうおういきなりなんだよ、第一、幸尚君はともかく、あかりちゃんは奏よりずっと拗れてるじゃないか」
「そういう問題ではないだろう!!」

 子供たち3人だけでここまで過激な関係に嵌まるとは考えにくいと、診察中にそれとなく聞いてみたら、案の定あかりの口から弟の名前が挙がって、「やっぱりあいつが黒幕か」と診察を終えた拓海はすぐさまビデオ通話で賢太を怒鳴りつけていた。

「奏と幸尚君の結婚だけならまだしも!!あかりちゃんを奴隷として飼うとか言ってるんだぞ!お前は何てことをしてくれたんだ、こんな、あかりちゃんのご両親に何てお詫びすれば……!!」
「まぁそこは頑張って詫びて殴られて来いよ兄貴。殴り合いは得意だろうが」
「むしろ私はお前を今すぐ殴りに行きたいがね!!」

 あんなところにピアスまで開けられて、ご両親に何て報告すればと嘆く拓海を「けどさ兄貴」と賢太は宥めるように話しかける。

「奏もだけどさ、あかりちゃんだってあのまま普通の世界で生きてたら、いずれ壊れてたクチだぜ?兄貴だって奏がどれだけ荒れてたかよーく知ってるだろうが。それとも……千花みたいに10年以上苦しませたかったのか?」
「そっ、それは」
「奏も、あかりちゃんも、すぐ側に受け入れて貰える人がいた。それがどれだけ幸運なことか、兄貴はよく知ってるはずだ。しかもどノーマルな子までだぞ?そんなもん、応援しないわけがねぇだろうが」

 ぐぅ、と拓海は唇を噛みしめる。
 分かっている、どうしようも無い性癖を持ったものが、皆それを受け入れ満たせるわけでは無い。
 あかりが奏と同じく、年端もいかない時分に目覚めさせられていたことを知った今、この選択肢は考え得る中でも悪くは無い部類だとも分かっている。

 それでも親として、受け入れたくない気持ちは拭いきれない。

「……諦めろよ、兄貴」

 そんな気持ちを汲み取ったのか、賢太の声もどこか優しさを含んでいた。

「あいつらはあれでいいんだよ。あとはあんたたち親同士で感情の整理をするしかねぇって」
「……勝手を言ってくれる。あかりちゃんのご両親の気持ちを思うだけで、私は胸と頭が痛いというのに……」
「俺はもう、あいつらを祝福してるからな。……ま、今度飲みにいこうや。2発までなら殴られてやる」
「覚えてろよその台詞」

 通話を切ってスマホを放り出し、拓海は大きなため息をつく。
 そう、こうなってしまったものはもうどうしようも無い。自分達にできることは、誠心誠意幸尚とあかりの両親に謝ることだけだろう。

「……その前に、バカ息子を一発殴っておくか……」

 まったくうちの子供たちはどうして揃いもそろって問題ばかり持ってくるのかと再び大きなため息をつきながら、拓海は泌尿器科の診察室に向かうのだった。


 …………


「「ほんっとうに、申し訳ございませんでしたあぁぁっ!!」」

 1時間後、クリニックから自宅に帰ってきた途端土下座する拓海と芽衣子に、4人の親は目を白黒させていた。
 その隣には両頬を腫らした奏が「何で俺だけ殴られるんだよ……」とむくれ、一方で「僕もう生きていけない……」「あんなところまでまじまじと見られちゃうなんて……」と幸尚とあかりは真っ赤になり死にそうな顔で涙目になっている。
 どうみてもクリニックで何かとんでもない事件があったのだろうが、そこは敢えて触れないことにした。既に今の状況で頭はいっぱいいっぱいなのだ、これ以上余計な情報が増えたらパンクしてしまう。

 戸惑いを隠しきれない親たちに、拓海と芽衣子は、診察の結果を説明する。
 性感染症の検査に関しては結果が出るまで1週間ほどかかるが、それ以外の検査では特に異常が見られなかった事を聞いた4人は、ひとまずその事に安堵した。
 その過程で「あかりは処女だった」「幸尚がおいたをして貞操具を着けられていた」こともしれっとばらされて、二人は更にその場で悶絶する羽目になったのだが。

「しょ、処女って……えええ、あんなことをしているのにあかりはまだ、その」
「信じられない話でしょうが、この目で確認しましたので間違いないです。あかりちゃんの処女膜に損傷は見られませんでした」
「それは……どう捉えればいいのかしら……」

 困惑するあかりの両親に「だって、俺らは恋人じゃねーんだし」と奏は当たり前のように返す。
 SMにいわゆる本番は必須では無い。だからどれだけあかりが望んでも、正式に籍を入れて養子縁組をし、法律上の家族となるまではそういうことはしないと決めていると説明すれば「つまり義理は通していると」「でもピアスは開けると」「大切にするって……何だっけな……」とその場はますます混乱するばかりである。

「ともかく!今回の不始末は奏を含め、うちのものがしでかしたことです。本当に申し訳ない……!煮るなり焼くなりお好きなように」
「いやいや、そんなに思い詰めないで下さい拓海さん。結局は3人が選んだことですし」

 土下座したまま動かない拓海たちに「お願いですからもう顔を上げて下さい」と声をかけたのは守だ。
「少なくともうちは、なんとも思っていませんから」「まあ流石にびっくりはしたけどね」とうなずき合うこの夫婦は、いつもは冷静沈着で思慮深いのに、相変わらず幸尚のこととなると頭のネジが全部飛んでしまうらしい。親バカもここまで極めるともはや才能にしか見えない。

「僕たちは、幸尚の判断を信じるよ」
「父さん、母さん……」
「幸尚はいつだって、考え無しに行動をする子ではなかったしね。君がこの選択を選んだと言うことは、きっと3人にとってこれが最良の選択なんだろうと思うから」

 けれど、といつになく真剣な顔で、二人は幸尚と奏を見つめる。

「何があっても、生涯あかりちゃんを守り抜くと、ここで誓いなさい」
「言うまでも無いけれど、君たちの決断はあかりちゃんから一般的な女性としての生涯を奪ってしまうんだ。それに普通から外れた生き方をする以上、これから苦労することだって絶えないだろう。だから……たとえ恋愛感情がなくても二人で生涯大切にすること。僕たちからはそれだけだよ」
「あかりちゃん、何かあったら必ず言うのよ。世界中どこにいたって飛んで帰って二人をとっちめるから」
「っ、おばさん……」

 おめでとう、3人で幸せになりなさい。それがうちの、志方家の結論だよ。
 そう微笑む守と美由に、3人は涙を堪えながら「ありがとう、ございます……!」と頭を下げた。

(ちゃんと隠さずに、話して良かった)

 正直なところ、この3人の関係を理解して貰える可能性が最も高いのは幸尚の家だと思っていたけれど、それでもまさかこんなにあっさりと許して貰えるとは思っていなかった。
 それはきっと、3人の関係もさることながら、幸尚が臆病ながらも真面目に、誠実に生きてきた結果なのだろうと思う。

 奏の家も、少なくとも絶縁だという話にはならなさそうだ。
 そもそも奏の兄や賢太という『前例』がある分、こういう話には多少免疫があったのだろう。
 しかも奏の性癖まで筒抜けだったとなれば、今更反対しても仕方が無いという諦めがあるのかも知れない。
 まあ、しばらくは殴り合いが勃発しそうだけども、こればかりは仕方が無い。

(それよりも)

 ……当然だが、一番の難関はこれからである。


 …………


「お父さん……お母さん…………」

 あかりが黙ったままの両親に声をかける。
 父は呆然としたまま、母は表情も無く土下座する拓海と芽衣子を見つめたままだ。

 暫く、重い沈黙が続く。
 それを破ったのは、紫乃だった。

「拓海さん、芽衣子さん、顔を上げて下さい」
「紫乃さん……」
「お二人が頭を下げるところではありません。これは、あの3人の問題です」

 じろりと紫乃が3人の方を向く。
 そうして「奏君、幸尚君」と、反射的に正座した二人を睨んだ。

「全裸で軒先に吊るされるのと庭に埋められるの、どっちがいいか、選ばせてあげるわ」
「ヒイィィッ!!」
「す、すんませんでしたああぁぁっ!!」

 やばい。
 この師範ならどっちもやりかねない。
 どうせなら裸を見られない埋められる方がまだましかも知れない、いやそういう問題じゃ無い。

 ガタガタと震える二人に「それは冗談としても」と紫乃は絞り出すような声で二人をなじる。

「……うちの大切な娘に、何てことをしてくれたの、あんたたちは」
「ヒッ」
「お母さん、それは」
「あかりは黙っていなさい。……分かっているわよ、あかりが望んだのでしょう?あんたたちが嘘をつくような人間じゃ無いことは重々承知よ。だからといって、ここまで娘を辱められて、はいそうですかと許せるわけが無いでしょう!」
「……はい」

 今だって、信じたくない。
 娘の身体が、得体の知れないものに貫かれ、覆われている事実を。
 SMなど一般的な知識しか無いが、あんなことをされて喜ぶなんて狂った世界に、娘が自ら飛び込んでいっただなんて。
 せめて二人が唆したとでもいうなら、容赦なく殴りつけられたのに。

「とても、理解はできないわ」
「……はい」
「今すぐそのピアスも貞操帯も外して、二度とこんなバカなまねをしないように、あんたたちとも二度と会わせたくない、これが私の本音よ。きっと、祐介さんも」
「当たり前だろう!娘にこんな傷をつけられて……何で、何で君たちなんだ……!!」
「おじさん……」
「これが知らない男なら、すぐにでも殴り飛ばして、無理矢理にでもあかりを家に連れ帰れたのに!!なんで……よりによって、君たちがこんなことを……!」

 理解なんて一生できない自信がある。正直嫌悪感しか感じない。
 許すなんてとんでもない、きっと今日のことは二度と忘れないし、二人の顔など金輪際見たくも無い。

 ……けれど、我が子同然に可愛がってきた子なのだ、奏も、幸尚も。

「…………あんたたちじゃ無ければ、良かったのに……徹底的に否定して、嫌悪して、排除できたのに」

 ぽつりとこぼした紫乃の瞳から零れる涙に、3人は愕然とする。
 それは……生まれて初めて、いや、拓海たちすら見たことの無かった、何があっても決して泣くことの無かった紫乃が初めて流した涙だった。


 …………


「当分顔も見たくないから、うちには来ないで」

 そう言い残して紫乃はショックで悄然とした様子の祐介を支えながら、奏の家を後にする。

「……っ、お父さん、お母さん!」

 慌てて玄関から飛び出し、その背中に叫ぶあかりに振り向くと「……絶縁だけはしないわ」と紫乃は呟いた。

「……あんたは、間違えなかった。約束を守った」
「お母さん……」
「だから、親子の縁を切ることだけはしない。それに私たちが許さなくたって、あんたたちはもう家族になるつもりでしょう?
「…………はい」
「なら、今は距離を置かせて。……あんたがそうしたように、私たちにも時間が必要なのよ」

 そう言い残して、自宅に戻る両親をあかりは静かに立ち尽くし見送る。
 その隣には、いつの間にか奏と幸尚が寄り添っていた。

「……やっぱり、無理だよなぁ……」

 ぽつりと呟いて俯く奏に「でも」と幸尚はまっすぐ前を見つめて言う。

「でも、縁は切れていない。……諦める必要なんて無い」
「……うん。今は待とう。それで十分だよ、今は」

 できるだけのことはした。
 言葉は尽くしたし、全てを明らかにした。

 ならば、ひとまずはこれで良かったのだ。

 そう心の中で言い聞かせながら、3人は奏の家へと戻っていった。


 …………


「それで結局さ、うちは許して貰えたって事でいいのかよ」

「流石にこの状況でご飯を作る気にはなれないわね」と夕食はデリバリーになった。
 ちゃっかり酒も買い足してきているあたり、全く抜け目がないなと奏は突っ込みつつ両親に尋ねる。

「許すも何も、あんたたちもう結婚して家族になる気満々じゃ無いの」とビール片手に呆れた様子で返すのは芽衣子だ。
 その横で更に渋い顔をして拓海はスコッチをちびちびと煽っている。
 これ、下手に刺激をしたら乱闘になるんじゃ無いかと幸尚とあかりは戦々恐々だ。

「3人がこれでいいって決めたなら親の出る幕なんて無いわよ。こっちはこっちで感情にケリつけるから、あんたはとっとと卒業して自立しなさいな」
「私は反対したいんだがね!全く、秀だけならともかく奏まで……しかも幸尚君とあかりちゃんを巻き込むだなんて……ああ奏、むしゃくしゃしてきたから後で3発くらい殴らせなさい」
「いやもう勘弁してって、俺の端正な顔が歪んじゃう」
「安心なさい、責任とって千花に治させるから、あの子の専門なんだし」
「技術を持ってるからって、医者の発想ってエグすぎね?」

 それより、進路はどうするの?と芽衣子はブラックホールのように肉を食べ尽くしていく幸尚と、美由と一緒にこちらも買い足してきたケーキを頬張るあかりにふと尋ねる。
 余りにも衝撃的な展開にすっかり忘れていたが、確か今日は結婚と進路両方の話をしたいと言って集まったはずなのだ。

「奏は賢太さんの店を継ぐ事で決まっているけど、二人は?」
「あ、私は今のバイトがそのまま仕事になります。在宅でITエンジニアとして仕事を受注しながら、尚くんの手伝いをしようかなって」
「僕はその、実は塚野さんの店をいずれ継いで欲しいって言われてて」
「えええええっ!?」

 千花めこんなところにまで手を出して!と咄嗟にスマホを手に取る芽衣子を慌てて止めて、幸尚は千花の店を足がかりに自分の奴隷用アパレルブランドを立ち上げる事を説明する。
 と言うより既に話は動き出していて、今は卒業研究のみならず製作にも追われていて、細々とやっていた手作りアクセサリの売り上げを超えてしまっている事も併せて話せば「そりゃまた凄い話になったわねぇ」と芽衣子も目を丸くする。

「どんなものを作って……いや、いいわ。私たちの想像の斜め上を行く物を見せられて困惑する未来しか見えない」
「あ、はい、それが賢明だと思います。正直僕も何でこれがそこまで売れるのかが分からなくて……」
「ええー、尚くんの作る服、センス良いと思うけどなぁ」
「うん、あかりちゃんの琴線に触れるのは知ってる」
「そりゃ余計に見ない方が良いな!」

 なんにしても、やりたいことを活かせるようになったなら良かったと守は嬉しそうに幸尚を見る。
 愛する人と結ばれて、変わった形であっても家族を持って夢に向かって邁進できるなら、もう自分たちにできることは終わったのだ。
 少しだけ寂しさを感じながらも、晴れ晴れとした気分で美由に「なら、拠点の話は進めようか」と話しかけた。

「そうね。奏君とあかりちゃんが側にいるのなら安心だし」
「……父さん?拠点って……」
「ああ、暫く北アフリカを中心に動くからね。モロッコかアルジェリアに拠点を置こうかと思って」
「ええええっ!!?」

 数年前から話は出ていたが、少なくとも幸尚が大学を卒業するまではと延期していた話らしく、ようやく踏ん切りが付いたよと二人は笑う。
 そしてこれからは、年末年始だけ帰省する形になるだろうとも。

「それじゃ、家はどうするの?」
「ああ、それなんだが……3人で住めばどうかな」
「!!」
「あの家でも3人で色々遊んでいたのでしょ?リフォームは好きにしていいから、使いやすいようにすれば良いわよ。実家も近くていいでしょ」
「近いどころか徒歩数十歩だけどな」
「う、うん。でもその、遊んでいたってそんな」
「……あのね、今だから言うけど…………あかりちゃんが使っていた部屋に色々とエッチな道具が残っていて……凄い形のディルドとか、手枷?とかも……」
「ひゃあぁぁぁ!!!」
「あかりぃぃ!!お前、何でそういうところはツメが甘いんだよ!!」
「あかりちゃん、あれだけ引っ越しの時にしっかり確認してねって言ったよね!どうして見直しという概念をあかりちゃんはすぐに捨てちゃうの!!」

 なんかもう色々バレバレだったんじゃん、とがっくりする幸尚に「あ、でも誰が使っているかまでは分からなかったわよ!あかりちゃんは間違いないと思っていたけど」と慰めにもならない言葉をかけられながら、3人はようやく緊張がほぐれたのだろう笑顔を取り戻していった。


 …………


「はあぁぁぁ……にしても、考えれば考えるほど、ぐぬぬぅ……」
「まぁまぁ、もう決まったことですし。あの子たちが幸せならそれで良いじゃ無いですか」
「守君も美由さんも、良くそこまであっさり受け入れられるね……私には無理だよ、どうしても腹が立つし何だか情けなくて、ね」
「良い子じゃ無いですか、奏君だって。あれで根は真面目で素直な子だし、なんだかんだ言ってあの3人の関係をうまくまとめるのは奏君でしょうから」
「そうよね、まさか幸尚があんなに情熱的な一面を持っていただなんて思いもしなかったわ。愛しすぎてお仕置きを食らうだなんて……ホント、誰に似たんだか」
「ホントだよねぇ」

((いや、それ間違いなくあなたたちですから!!))

 心の中で拓海と芽衣子は、全力でこの超絶親バカ夫婦にツッコミを入れていた。

 一世一代のカミングアウトに精根尽き果てたのだろう、暫くして船をこぎ始めた3人をベッドに送り届け、親たちはリビングで静かに酒を酌み交わす。

 ……まぁ、最終的に3人の精魂を尽き果てさせたのは美由なのだが。
 よりによって酔っ払った芽衣子が幸尚のフラット貞操具の話をうっかり蒸し返してしまい「そうよ、それ見てみたいって思ってたの!!」これまた酒が入ってネジが飛んだ美由により、あかり共々下半身を丸出しにしたままじっくり観察され質問攻めに遭えば、そりゃ消耗もするだろう。

「とはいえ、私たちはまだそれでも……ただ、あかりちゃんのご両親のことを思うと、ね」
「ああ、それは…………」

 初めて見た紫乃の涙に、憔悴した祐介の姿。
 無理も無い、大切に育ててきた娘がいかがわしい世界にどっぷり浸かった挙げ句、女性としての一般的な幸せを捨てて歪んだ生涯を送りたいと言い出せば、自分達だって正気ではいられなかっただろうと思う。

 それでも、親子の縁が切れなくて良かった、その事に4人は安堵していた。
 彼らが同じ事を世代を超えて繰り返してしまったなら、それこそ悲劇だと思っていたから。

 そして、それはきっとあのあかりの対決があったからだ。
 更に言うなら、この歪んだ関係であかりが自分の普通を自分で選び取れるようになったからなのだ。

 それを知っているからこそ、拓海は彼らの決断に反対できない。
 全ては繋がっていて、その積み重ねこそが彼らの大人としての成長を、あかりの家の変化を生み出したのだから。

「まぁ、僕らにできることはいつも通りですね」
「……そうだね。あの子たちはもう私たちの手を離れたんだから。私たちにできることは紫乃さんたちをサポートする位だね」

 3年という年月をかけてあかりと母が和解したように、どれだけ時間がかかっても……そして例え理解はできなくとも彼らが受け入れられる日が来ることを祈って、彼らは夜遅くまで物思いに耽りながら酒を酌み交わすのだった。


 …………


「ま、取り敢えずはめでたしめでたし、でいいんじゃね?」
「そうですね。思ったよりは悪くない結果かなって……それはそうと幸尚様は……」
「ううぅ、奏ぅ……痛いよう…………」
「はあぁ、どうしてこうなっちゃったかなぁ」

 一夜明けて「式の日取りが決まったら早めに教えるんだよ、帰国のチケットを取るから」とひとまず結婚の許可を得た3人はシェアハウスへと戻り祝杯を挙げる。

 ……予定だったのだが。

「尚、なんでそんなにちんこが暴走してんの……?」
「分かんないよぅ……その、これでやっと奏と結婚できると思ったら嬉しくて……それから止まらなくて……ううう、ちんちん腐っちゃうぅ……」
「大丈夫だちんこはそんなに簡単に腐らない」

 もう水にでも浸けて縮めてくるしかないんじゃね?と呆れた様子で奏が見つめるその視線の先には、股間を押さえたまま痛みに悶える幸尚の姿があった。
 確かに、カミングアウトという一大事を乗り越えてひとつストレスは減った。減ったが同時に奏と正式に結婚できる喜びが爆発してしまったのだろう、素直な幸尚の息子さんはすっかり元気になってしまって……お仕置き中の蓋の中から出せと暴れているらしい。

「無理だよ、奏を見るだけですぐに元気になっちゃう」としょんぼりしながらお仕置きの中断をおねだりする幸尚を奏は「だめ」とあっさり却下し、あかりにひとつ相談があるんだと持ちかけてくる。

「あのさ、あかりはこれで、来年の春には正式に俺らの奴隷に、性玩具になるんだよな」
「はい。今更嫌だっていっても押しかけますよ?」
「嫌だなんて言うはずねぇだろ。それでだ、モノになるのなら当然、いつでも使えるように道具としてのコンディションを整える必要があるよな?」
「は……」


 ドクン


(ああ、これは何か、久々に泣かされる……!)

 ニヤリと笑う奏の瞳は、久しぶりに嗜虐の冷徹さを濃く湛えていて、その視線だけでぶわっとあかりの全身に鳥肌が立つ。
 そんなあかりの様子に、奏もまた久しぶりの高揚感を覚えていた。

 思えばこの半年は、バイトに研究室に就職活動にとそれぞれが忙しく、時間のすれ違いも多くて本格的なプレイはお預け気味だったのだ。
 ……日常は衣食住を完全管理され、暇さえあれば奏の鞭や緊縛の練習台にされ、月に1度は幸尚により作品として作り上げられ、何ならSMバーに作品として飾られたことだってあったのにお預けというのは何か違うかも知れないが、あかりにとってはこの程度はもはや軽いおつまみレベルらしい。
 まったくこの底なしの欲深さは、俺たちをどこまでも振り回してくれる。

 けれどそれが楽しいのだ。
 ……だって、そんな天真爛漫な奴隷を徹底的に絶望に堕とし泣かせる悦楽こそが、奏の求めるものだから。

「てことで、今からリセットするから」
「へっ」

 唐突に……いや、リセットは毎回唐突なのだが、宣言された言葉に目をぱちくりさせながらも、2ヶ月ぶりに与えられる絶頂に期待が高まっていく。
 やっと股座を落ち着かせたのだろう幸尚がおもちゃ箱を手に戻ってくるのを確認して、あまりの待ち遠しさに腰を振れば「ったく、行儀が悪いな」と尻を叩かれる。

 ああ、その掌の熱さも、この乾いた身体には快楽として染みこんでいく。
 はやく、はやく、ご褒美を、刺激を……絶頂を下さいと、細胞の一つ一つが叫びを上げる。

 洗浄されて、いつものように後ろ手に縛られる。
 背中側には奏が、股間には幸尚が陣取り、いつも以上に焦れったい刺激に散々泣かされて。

 ああもう、期待が、止まらない。

(ああっ、気持ちいいのっ、もっともっと欲しいぃっ……!)

「んああぁっ!!はぁっはぁっあぐぁっ……!!」
「ん、スペンス乳腺も随分敏感になったよな」
「だね。あかりちゃん、まだだめだよ。絶頂はまだお預け」
「あうぅっ……!!……んはっ、はぁっ……」

(早く……でももっと焦らして深いのも……ああっ分かんない、分かんないけどもっとおぉ!!)

 快楽で頭がぼんやりと痺れていく。
 涙が溢れて、目の前がよく見えない。
 涎を飲み込むことすらできなくて、口の端からぬるいものが伝っていく。

 それでも、あかりは絶頂を乞わない。
 ……乞えば、それはわがままと見做されるから。

 1年くらい前だろうか、リセットの時でも絶頂のタイミングは完全に二人が決め、あかりは強請ることすら許されないと3人でルールを決めたのは。
 大抵は、あかりがもう限界と感じるところまで寸止めした上で敏感になった肉芽を、乳首を、後孔を一気に刺激し、時には下腹部まで押されて深い絶頂を許されていた。
 しかしあかりがうっかり「わがまま」を言えば、あっさりクリトリスを扱かれ作業的に絶頂させられるだけでさっさと檻に閉じ込められ、余りの物足りなさに暫く無駄な腰振りを続ける羽目になるのだ。

(あは、今日は大丈夫、だってカミングアウトだって頑張ったから、いっぱい気持ちよくしてご褒美貰える……!だからがまんっ、言っちゃだめ、強請っちゃだめぇ……!!)

 だから、あかりはいつも以上に今日のリセットに期待していた。
 実際、全身を優しく刺激しながら二人はずっと「あかり、よく頑張ったな」「あかりちゃん、あそこで裸になるの辛かったよね、えらかったよ」とあの日のあかりを褒めちぎってくれるのだ。


 そう、だから、すっかり忘れていたのだ。
 リセットの前に奏が見せた、あの獰猛な笑みを。


「あかりさ、正式に結婚してあかりが家族になったら、貫通式をやろうな」
「はあっ、んあぁっ……かん、つうしき……?」
「僕と奏とで、一緒にあかりちゃんの孔を貫いてあげる。……あかりちゃんの大好きなちんちんでね」
「あ……ああぁ…………!!」
「だから、とびきりの作品に仕上げないとね。ふふ、やっぱり白ラバーがいいよね、初めてだし……」
「白の革の拘束具って作れる?俺、どうせならヒトイヌタイプが良いな」
「ああ、自立する方が使いやすそうだよねぇ……」

 頭の上で交わされる計画に、どんどん幸せが心に満ちていく。

 嬉しい、嬉しい。
 これが欲しいと自覚してからもう3年近く、欲しくて、せめて舐めさせてくれと何度懇願したか分からない。
 それなのに許されるのは二人のまぐわいを間近で見ることだけで、その熱さに頬ずりすることすら叶わず、ズボン越しにオスの匂いと硬さを感じて余計に渇望を高められて。

 やっと、やっとそんなお預けの日々が終わる。
 あの熱くて硬い欲望に、モノとして使っていただける……!

「あはぁ……!」と嬉し涙を流すあかりに「ずっと待ってたもんな」と奏も微笑む。
 ……けれどその瞳が宿す喜びは、あかりのそれとは異なっていて。

「……だからさ、あかり」


 ドクン


 奏の、声色が変わる。
 ふわふわした頭に、忍び寄る、暗い影。

「あかりは当然、その日のために……最高のオナホに仕上げないといけないよな?」
「え……んああっ、ああっいぐっ、いぐうぅぅっ……!!」

 その言葉に不安を感じる間もなく、二人の手つきが寸止めから絶頂を目指す動きへと切り替わる。
 ああ、やっと、やっと逝ける、気持ちよく弾けられる……!!


「「……ほら、イケ」」


 その瞬間、そう、まさにあと一押しで、ひと擦りでこの溜めに溜め込んだ熱情を爆発させられると言うところで、二人は示し合わせたかのようにすっとあかりから手を離した。

「え……えああぁっ……いぐっ……逝って…………ぇ……?」

 引き返せるポイントを既に過ぎた身体は、全力で絶頂への坂を登り切り……しかしそこで急に失速して。
 確かに絶頂はしている。しているけれども、そこにいつもの爆発は無い。
 あのはじけ飛ぶような、悦楽も、真っ白になってふわふわ漂うような心地よさも、何も、ない。

(そん、な…………こんな、気持ちよくない絶頂……そんな…………!!)

 不完全な……甘イキよりももっと虚しい絶頂に、みるみるうちにあかりは青ざめ、目の縁に涙が溜まる。

「な……んで…………?」

 震えながら問いかけられた言葉に「これが、準備だよ」と幸尚はあくまでも穏やかにあかりに話しかける。
 その慈しむような瞳が、逆に恐ろしくて、カタカタと身体が震え始める。

(ああ、さっきの奏様の瞳は……この幸尚様の表情は…………!!)

 知っている。
 二人のこの顔は、いつもあかりを絶望の底に叩き落とすときのものだから。

 途端に脳裏によぎるのは、4年前の母との対決の日。
 あの日は事故だったけれど、溜め込んだ熱情を中途半端にしか発散できず、檻を閉じられたあの世界が崩れてしまいそうなほどの絶望感。

 まさか、またそれを与えられるだなんて。
 しかも今回は意図的に――

(……でも、今のあかりちゃんならもう、大丈夫)
(あの頃のあかりとは違う。……俺たちだって、違う)

 けれども、あの時のようなことにはならないと、二人は確信していた。
 だって、自分達には……あれから4年分の積み重ねてきたものがあるのだから。

「あかりちゃんのここはさ」
「ヒィッ」
「リセットから日が経つほど、凄くうねるんだよね。指を入れるとしゃぶり尽くされる感じがするんだ」

 トントン、とアナルの縁を突かれれば、それだけで咥えるものが欲しいと全身が悲鳴を上げる。

「だからさ、最高の作品に……オナホにするなら、これから貫通式まで」

(待って、そんな、幸尚様無理ですっ!)

 幸尚の言わんとすることを、あかりは悟る。
 けれども否定の言葉を口にすることは無い、そんなことはできない。
 だって、私はお二人の……奴隷なのだから。

「……貫通式の日まで、リセットでも不完全な絶頂だけでたっぷり渇望を溜め込ませるのが良いと思うんだよね」
「あ、あ、ああ…………」


 ああ、久々にこれは来る。
 もう目の前が暗くなっていて、奈落に落ちるような感覚に襲われていて。



 避けようのない絶望に堕とされる、その瞬間に恐怖して……待ち望んで。



「来年の貫通式まで、あかりちゃんに許された絶頂は全部これだから、ね」
「ヒッ……うわああぁぁぁ…………っっ!!!」

 部屋に、あかりの絶叫が響く。

 だが、奏と幸尚は気付いていた。
 絶望に頬を濡らし、震えながらも、その身体は……悦楽の蜜を吐き出していることに。


(あああ……このまま…………ずっと、ずっと満たされないまま……!)


(なのに)


(深い、深い絶望は、こんなにも……まるで絶頂のように気持ちいい…………!!)


 ベクトルの向きが違うだけ。
 奴隷としてのあかりの脳は、惹起した感情の正負すら超えて、ただその深さだけで全てを快楽に導いてしまう。

 だからどれだけ深い絶望にも、今のあかりなら、壊れることがない。
 ……ご主人様がもたらす限り、それは必ず悦楽になるのだから。

 そうしてあかりは、己の歪な成長に気付かされる。
 ……あれから4年、たった4年だ。
 こんな短期間で、自分はこんなことですら快楽に変えてしまうようなどうしようも無い変態に堕ちてしまったのだと、骨の髄まで教え込まれる。

 足下が崩れていく。
 自分だと思っていたものが、どんどん変質していく。

 そう、私が望み、二人によってどこまでも掘り下げられ、歪まされていくのは……こんなにも心地よく、幸せだ。

「じゃ、貞操帯を着けるか。ほら、あかり」
「…………はい」

 ふらりとあかりが床に崩れ落ち、そのままポロポロと涙をこぼし震えながら土下座する。
 けれどもその声色に乗っているのは、絶望だけでは無い。

「……奏様、幸尚様。あかりを逝かせてくれてありがとうございます…………どうか、あかりのおまんこに貞操帯を着けて下さい……!」

 あの日と同じく涙を流しながら紡がれた感謝と懇願は、明らかに歓喜と幸福の色を多分に含んでいたのだった。
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4月、第3週目の金曜日。職場の歓迎会のせいで不本意にも帰りが遅くなってしまた。今日は行きつけのハプバーのイベント日だったのに。色んなネコとハプれるのを楽しみにしていたのに!! 年に1度のイベントには結局間に合わず、不貞腐れながら帰路についたら、住宅街で出会ったのは露出狂だった。普段なら、そんな変質者はスルーの一択だったのだけど、イライラとムラムラしていたオレは、露出狂の身体をじっくりと検分してやった。どう見ても好みのど真ん中の身体だ。それならホテルに連れ込んで、しっぽりいこう。据え膳なんて、食ってなんぼだろう。だけど、実はその相手は……。変態とSMのお話です。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

発禁状態異常と親友と

ミツミチ
BL
どエロい状態異常をかけられた身体を親友におねだりして慰めてもらう話

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