サンコイチ

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抱擁と暴走

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 初めての夏休みは、話し合いの結果帰省しないことになった。

 幸尚の両親は春までがっつり日本にいた分、夏どころか今度の年末年始も帰国できるかどうか分からないらしい。
 幸尚が大学に入ったことでどこか踏ん切りが付いたのもあるのだろう、もしかしたらこのまま海外に拠点を持つかもしれないと話していたそうだ。

 奏は講義のない日を利用してちょいちょい家に顔を出しているし、あかりにいたっては相変わらず家になんて近づきたくも無いと断言している。
 それなら間で一度幸尚の家の風通しだけしにいけばいいか、という話になったのだ。

「でさ」

 明日からの合宿免許に備え荷物を纏めている幸尚にちょっかいを出しつつ、奏がある物を見せる。

「夏休みにこれ、やってみたいんだけど」
「え…………ろ、蝋燭ぅ!?」

 手にしていたのは真っ赤な蝋燭だ。
 SMと言えば多くの人が思い浮かべるであろう蝋燭プレイは、幸尚が「痛いのはちょっと」と最初に拒んだためこれまで話題に上がることも無かった。
 だが奏は、鞭に慣れてきた幸尚の様子に今ならいけるかもと提案してきたのだ。

 ちなみにあかりちゃんは……と横を見れば、案の定キラキラした目で奏を見つめていて、もう大丈夫かと聞くまでもなさそうな感じである。

「……これ、危なくないの?」
「火を使うから全く危なくないとは言わねぇけどな。SM用の低温蝋燭だから、扱いに気をつければ火傷することはまず無い」
「そうなんだ……ううん、鞭も大丈夫だったから蝋燭も…………でもちょっと怖いかな……」
「合宿から帰ってくるまでに決めてくれたらいいからさ。何なら持って行って、自分で試しても」
「奏は合宿で僕に何をさせようとしてるのさ」

 全くもう、とぶつぶつ言いながらも幸尚は奏から蝋燭を受け取って荷物に入れる。
「用意する物とか、やり方とかちゃんと塚野さんに教わってよ!」と釘を刺しつつ、それでも止めない幸尚にむしろ奏が心配になって「いや、無理はすんなよ」と慌てれば、幸尚は「大丈夫無理はしてないし、無理だと思ったらちゃんと止めるから」とにっこり笑うのだ。

「二人が楽しくなるなら、僕はそれで幸せだからね」
「……そっか」
「あ、シェービングクリーム切らしてる、ちょっと買ってくる」

 いそいそと出かける幸尚の背中を見つめながら「いいのかなぁ…………」とあかりがぽつりと呟く。

「どうした、あかり」

 どこか物憂げな様子のあかりに「ほら、こっち来い」と膝に呼べば、案の定床に座ったまま股座に顔を突っ込んでいる。
 今やすっかり二人の股間はあかりのお気に入りスポットと化したらしい。

「最近の尚くんはさ、奏ちゃんがいない時もいっぱい調教してくれるじゃない?」
「ん、そうだな、まぁご主人様だしな」
「最初に比べたら、本当に…………容赦なくなったというか、もう私の好みを把握されまくっているというか……」

 どこか怖々とした様子で、あかりを観察しながら行われていた幸尚による調教は、この1年で明らかに変化していた。

 きっかけは間違いなく、貞操帯を着けたときの監禁プレイだろう。
 あれであかりの『底』を把握した幸尚は、特に大学に入ってからは日常の中にそっとサプライズのような調教を仕込んでは、二人が喜ぶ様子を嬉しそうに眺めている。

「餌が突然ドッグフード状になったときの絶望感は凄かったね!やたらクッキーを焼いてると思ってたら、まさか餌作りしてただなんて」
「俺は漏斗型の口枷かなぁ、一番グッときたのは…………」
「ああ、あれは本当に辛かった…………あはぁ、ネタが分かっていてもまたやって欲しいなぁ……」


 …………


 10日間の追加の射精管理生活が終わった頃だったか、ある日の朝幸尚が排尿の許可を申し出たあかりに「いいよ、今日はちょっとこれを着けてね」と取り出したのは、漏斗のついた口枷だった。

 その用途を、奏やあかりが知らないはずが無い。

「え、尚?」
「ああ、えっとね」

 流石にそういうプレイはと怖じ気づく奏の耳元で何かを囁くと、幸尚は呆然とするあかりの口に開口器をかけ、ベルトでしっかり漏斗を固定したと思ったら「待っててね」とどこかに消える。
 ……水を流す音がするから恐らくトイレだろう。

(一体、何を……まさかね……)

 不安を一生懸命払拭するあかりの前に立つ奏は、何も言わない。
 それがまたあかりの不安をかき立てる。

 暫くして「お待たせ」と戻ってきた幸尚に、あかりは目を見開き戦慄する。
 ……その手に握られているのは、検尿で良く見るタイプの紙コップで。

「あぇ……!?うえぇっ?」
「あかりちゃん、いいよおしっこして。出た分はちゃんと飲もうね?」
「!!!」

(待って、それ、まさか、幸尚様……!?)

 そのコップの中にある液体に、思い当たる物なんてひとつしか無い。
 いくら何でもそんなことはしないだろうと否定する心と、いや、幸尚ならあかりの心を折るためにそのくらいはやりかねないと警告する心がせめぎ合う。

(わかんない、わかんないけど、本物だったら…………)

 不安に震えるあかりに「ほら、許可は出したよ?……おしっこ漏らそっか」と優しく命令され、恐怖からショロ……と黄色い水がボウルに伝えば、幸尚は容赦なく紙コップを傾けちょろちょろと中身を漏斗に注ぎ込む。
 その色は、ほんのり黄色くて、口の中を満たす液体は……まるで今出されたかのように生暖かくて。

(いや、そんなのっ!!いくら幸尚様でもそれは嫌ぁっ!!)

 ちょっと苦くてしょっぱい液体がどんどん流し込まれる。
 どれだけ必死に拒もうとしても舌を押さえつけられたあかりに飲み込む以外の選択肢は無い。
「おぶっ!んぼっ、んぐっ……!!」

(そんな、おしっこしながら、おしっこ飲まされてる…………!!)

 拒絶の声を上げようにも、口の中に溢れる生暖かい液体を飲み下すので精一杯で、絶望に見開いた瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていく。
 奏も股間をはち切れんばかりに膨らませながら、ニヤリと笑って眺めるだけだ。

 やがて、膀胱の中が空になり、胃の中が満たされれば全てを外されて、いい笑顔の幸尚に「どう?美味しかった」と尋ねられる。

 そんなの、私に許される答えなんて、ひとつしか無いのに。

「はい……ぐすっ、幸尚様、おしっこ美味しかったです……ありがとうございます…………!」
「良かった。なら今晩も用意しておくね」
「!!……っ、嬉しいです……ううぅっ…………」

(酷い、酷いよう!……でも、酷いのに……、この絶望が、気持ちいいだなんて……!!)

 不意打ちでもたらされた絶望に嗚咽を漏らしながら、けれども人としての尊厳を破壊された快楽に身体は素直に蜜を吐き出す。
 その日は一日中、夜に種明かしをされるまであの光景を思い出しては胎を震わせたのだった。

 …………


「あの時は、とうとう尚が変態に目覚めたのかと思ったっけな……」
「ただのにがり入り生理食塩水に、色をつけただけだったんだけどね。絶妙に生ぬるかったし、おしっこの味なんて知らないから本物にしか思えなかったもん」
「わざわざ検尿用のコップまで手に入れてな!ホント、俺らを喜ばせるためなら簡単にリミットを外して鬼畜になっちゃうんだよな、幸尚って」

 そう、思い返してみたら幸尚の調教は奏に比べると精神を抉る度合いが強い。
 あの気弱で優しい幸尚が、二人が喜ぶためなら奏すら怖じ気づくような鬼畜なプレイを思いついてやってのけるだなんて、愛の力とは恐ろしいものである。

 けれど、とあかりは呟く。

「……尚くんは、私がどれだけ泣いたって、プレイで気持ちよくなったって、興奮するわけじゃ無い」
「…………だな、まぁ正常な男としての反応はしてるけど、それ以上でもそれ以下でもないよな」
「そうなんだよね。私が貰ってばっかりで……尚くんはなにもあげられないのが、ちょっと、ね」

 そっか、あかりも気になっていたんだなと、奏はあかりの頭を優しく撫でる。
 ついでに耳の後ろをくすぐってやれば「んふ……」と悩ましい声を上げた。

「こればっかりはなぁ……こちらから押しつけるわけにも行かないし、尚もあれはあれで一応満足しているだけにな」
「うん…………」

 誰かに与える方に天秤が傾いていたあかりにとって、与えられてばかりの関係はどこか居心地の悪さを感じさせるようだ。

 そんなあかりを奏は「ま、長い目で見りゃいいんじゃね」と慰める。

「あかりと尚ってさ、ずっとあかりが与えてばかりだったじゃん。小さい頃から尚を守ってさ」
「……そっかな」
「自覚なしかよ。少なくとも俺にはそう見えたし、尚もそう思ってると思うぜ。だから、今はその分を返していて、なんつーか、おあいこ?お互い様?みたいなのじゃね」
「ううん、難しいよう……」
「要するに、今はがっつり調教されてアヘっておけってこと」
「凄く身も蓋もないね!」

(それに)

 奏は心の中で呟く。
 きっと、そのチャンスは来るはずだと。

 初めてあかりに鞭を振るった後のバイト中に、賢太がちらっと言っていたのだ。
 幸尚君もいい素質がある、あれは花開けばお前らにとって最高の関係になるさ、と。

 それが何なのか、奏には分からない。賢太もそこまでは教えてくれなかったから。
 けれど、ずっとその世界で生きてきた彼の見立てはきっと間違えてはいない。

(それまでは、あかりが罪悪感を抱かないようにしてやらねぇとな)

 いつか来たる幸尚の覚醒の日を心待ちにして、奏は今日もあかりをどう楽しませようか頭をひねるのだった。


 …………


「いらっしゃい……ってどうしたの?奏もあかりちゃんも顔真っ青よ?」
「お、おぅ……オーナー、ちょっとソファで休ませて…………」
「怖かった…………死ぬかと思った……」
「よく分からないけどほら、横になりなさい!冷たい飲み物でいい?」
「だい、じょぶ……」

 3週間後、『Purgatorio』で3人を出迎えた塚野は、ぐったりした二人と、その二人を支えてすまなそうにする幸尚を店に迎える。
 冷たい麦茶を出せば奏は一気に煽って「はあぁぁぁ……」と大きなため息をついた。

「おぅ、奏来たか……どうしたんだ、来た瞬間にくたばってるじゃねえか」
「いや、尚が免許を取ったから、今日は尚に運転して貰ったんだけどさ」
「……尚くん、ハンドル持ったら性格が豹変するタイプで」
「ああ…………そりゃご愁傷様……」

 確かに奏から聞く幸尚の性格じゃ、さもありなんとばかりに賢太は苦笑する。
 ま、ちょっと休んでろと二人に声をかけ、幸尚には準備を手伝うよう促した。

「蝋燭はな、後の掃除が大変だから家でやるときもレジャーシートを敷くといい」
「そんなに大変なんですか?」
「こびりつくからな。あと、洗い流せば確実に詰まって泣く羽目になるから、シャワーを浴びる前に排水溝にネットは必須だぞ」

 賢太の指示に従い、ステージの床にシートを張り、吊り床の強度を確認する。
 初めて見る麻縄の手入れに「手間がかかるんですね」と幸尚は興味津々だ。

 元々は、幸尚が合宿に行っている間に蝋燭プレイの情報を集めようと、バイト中に賢太と塚野に相談したのがきっかけだった。
 それが「家でやると後が面倒だしここを使えば」「昼なら俺たちしかいねぇし、あ、何ならあかりちゃんに縄かけてみろ、見ててやるから」と話が膨らみ、店で緊縛と蝋燭プレイをすることに決まったのである。

「うん、縄も大丈夫。本当は奏がする仕事なんだけどな……おーい、落ち着いたか?」
「お、おぅ……尚、帰りは俺が運転するからな!俺まだ死にたくねぇ」
「ぐぅ、ごめん……」

 ステージに奏とあかりがやってくる。
 まだ賢太に裸を見られるのは恥ずかしいのだろう、胸を隠そうとするあかりを奏が「手は後ろ」と諫めた。

「今回の手順な。最初に奏があかりちゃんを縛る、で、俺が吊る。その後は3人で蝋燭をじっくり堪能してくれ」
「はい……っ、えっと、吊るのは賢太さんが……?」
「まだ奏に吊りはやらせてねぇからな。生半可な知識と経験でやるには危険だし」

 そう言うと賢太と塚野はステージの前に陣取った。
 幸尚も二人に呼ばれて隣に座る。

「……ははっ、緊張と興奮でおかしくなりそう」
「おーおー若いなぁ、興奮するのはいいけど、あかりちゃんをしっかり見ろよ」
「分かってるって」

 ステージの中心に立たせたあかりの背中側に回り、腕の位置を確認する。
 今日やるのは高手後手と腰縄だけだ。緊縛の中でも基本となる縛りだが、それだけに技量がわかりやすいとも言える。

(深呼吸、深呼吸…………緊張はあかりに移る……落ち着け……)

 真剣な顔つきになると、奏はしゅるりと縄をたぐり寄せ、背中で交差したあかりの手首に回して結び目を作る。
 グッと上に引き上げれば「んっ」とあかりから短い吐息が漏れた。

「…………腕、痛くないか?」
「だいじょぶ、です……」
「ん、絶対に無理はするなよ」

 引き上げた縄を肩から前へ回し、反対側の肩へ通す。
 たるまないよう、しかし締めすぎないように力を加減しつつ、腕に、手首に、胸の下に縄を這わせていく。

(……縄が、生きてるみたい…………)

 少しずつ、白い肌に縄が絡みつき、締め上げていく。
 なすすべもなく捕らわれる感覚に、じわじわと息が上がっていく。

 ラップの拘束なら何度も経験済みだ。
 念願のアームバインダーも以前ここで着けさせて貰った。

 それともまた違う、覆われていないのに包み込まれていく、まるで抱きしめられるかのような不思議な心地よさに、ふっと身体の力が抜けていく。

(奏様を、感じる……)

 まるでこの縄の一筋一筋が、奏の指のようにすら感じられて……温かい安心感に身を委ねる。

「……あかりちゃんは、何やっても反応がいいわよね」

 ぽつりと塚野が呟く。
 隣では賢太もうんうんと頷いている。

「好みはあるんだろうけど、好奇心のなせる業かしらね。ご主人様から与えられる物はまず味わい尽くそうとするというか……」
「ああ、確かに……あかりちゃん、自分の奥底の欲望を自覚してからますます貪欲になった気がします」
「それもあるだろうが……君らは本当にあかりちゃんに信頼されているんだろうな。幼馴染みってのは伊達じゃ無い」

 腕を縛り終え、締まりすぎていないか、テンションは均等にかかっているかを奏が一つ一つ確認する。
 その視線すら今のあかりには刺激にしかならない。

(気持ちいい……縛られて、見られているだけなのに……いつものように触れられているみたい…………)

 春から3ヶ月、毎晩じっくりと全身の感度を高められたあかりの表面は、すっかりご主人様の手を覚えてしまったようだ。
 ただ、何気なく触れられるだけで、皮膚が歓喜を伝える。
 それだけではない、この全身を覆う感覚器は、ご主人様の手から与えられた物なら何だって悦楽であると判断してしまう。

 それは、ただ刺激を与え続けたからではない。
 奏と幸尚だから……あかりにとって大切な二人から与えられた物だからこそ、あかりの身体は二人からの贈り物を最大限楽しめるように変化していく。

 続けて腰に縄をかけた奏が「叔父さん、できた」と賢太に声をかけた。
 その顔からは汗が滴っていて、初めて自分の奴隷を縛るという行為にどれだけ奏が緊張していたかを物語っている。

「おぅ、じゃあ吊るか。……あかりちゃん、触れるぞ?」
「……ん、はい…………」
「あーいい感じだな。お前の縄でちゃんと緊張がほぐれている」
「へへっ、上手くなっただろ?家でも練習してっからな」

 どこかぎこちなさの残る奏の手つきとは異なり、さすがはオーナーでありながら緊縛ショーもこなす熟練のプロである。
 賢太はあかりの背中側に新たな縄をくぐらせ、どこか夢見心地のあかりの姿勢を正しつつ手際よくあかりを吊っていく。

 最後に足首にかけられた縄がカラビナにかけられ、グッと引かれれば、あかりの身体はうつ伏せのまま天井から吊される形になった。

「あかり、痛かったり痺れたりしねぇか?」
「んふ……だいじょぶ…………ふわふわ、するね……」

 奏様の胸の中みたい。
 そう呟きつつ熱い吐息を漏らすあかりに、ぐん、と中心が大きくなって。

「……あーだめだ我慢できねぇ、尚っあかり見てて、一回抜いてくる」
「え、あ、うん」

 奏は慌ててトイレに駆け込んでいく。

「全く、性癖が強いってのも難儀だな!もうちょっと冷静にできるようにならねぇと、お客を縛らせるのは難しいな」と呆れつつも、ステージに上がってきた幸尚に賢太は「これが緊縛だよ」と話しかけた。

「これは高手小手……まぁ正確には後手なんだけど、割とベーシックな縛り方。基本だから簡単って訳でもないけどね」
「そうなんですね。奏、めちゃくちゃ緊張してるみたいでした」
「そりゃそうだ、奏がスタッフ以外を縛るのは初めてだからな」

「幸尚君は、どう感じた?」と賢太が尋ねれば、うーんと幸尚はしばらく考え込む。

「どう、ですか……大変そうだなってのと……ただ縛って吊っただけなのに、あかりちゃんの反応が凄くて…………ちょっとびっくりしました」
「そうかそうか。縄酔いって言葉があるくらいでな、縛られるだけでふわふわした状態になっちゃう子もいるんだよ。こないだのアームバインダーといい、あかりちゃんはかなり拘束好きとみた」
「あ、確かに。あかりちゃんの中では拘束って管理のひとつなんですよね。だから凄く響くんじゃ無いかな」

 だが君は、これじゃないんだな、と呟く賢太の小さな声までは、幸尚には届かない。

(とはいえ、当たらずとも遠からずか……)

 緊縛を施す奏の姿を、どこか羨ましそうに眺めていたことに幸尚は気付いていない。
 あの、どうしたんですか?ときょとんとするこの青年は、強面な外見とは裏腹に随分と繊細で気が優しくて…………そしてその慧眼と愛情深さを覆い隠すくらい臆病だ。

(ま、時間はある。当たりを引き当てるまで何度もチャレンジすればいい)

 ようやくトイレから帰ってきた奏に「お前はもうちょっと堪え性ってもんを身につけろ」と諫めつつ、賢太はまた席に戻るのだった。


 …………


「あかり、気分は悪くねぇな?」
「…………はいぃ……」

 ふんにゃりと力の抜けきったあかりとは対照的に、いつも以上にあかりへの確認を欠かさない様子からも奏の緊張が見て取れる。
「僕はどうすればいい?」と尋ねる幸尚にあかりの様子を見ててくれと頼み、奏は手にした真っ赤な低温蝋燭に火をつけた。

「あかり、これを今から落とす」
「……っ、はい」
「セーフワードは」
「絶交する、です…………」
「OK。取り敢えず1回やってみるからさ、どんな感じか体験して」

 横に回った奏が、心持ち高い位置に蝋燭を構える。
 初めてなのだ、まずは過剰な恐怖心を煽らないようにと比較的熱さに鈍感なふくらはぎの上で蝋燭を傾けた。

 ぽた、と赤い飛沫が跳ねる。
 最初に落とされるのはてっきり尻か背中かと覚悟していたあかりの口から、悲鳴が漏れる。

「ひっ――――!!!」
「落ち着けあかり、…………どうだ、熱さは」
「はぁっ、はぁっ……わかん、ない……凄い、衝撃で…………」
「ん、じゃあもう一度落とすな」
「んひいぃぃぃっっ!!……あ、あれ、そこまで熱くない…………?」

 最初の一撃は、まさに衝撃としか言い表せない物だった。
 熱いのか、痛いのか、それすらも分からない。ただ、たった一滴の衝突が身体の奥深くにまで響いてきて。

 幾分落ち着きを取り戻した二回目の滴下で、ようやくあかりはその熱さを知る。
 熱めのお風呂と変わらないくらいの温度は、しかし先ほどの衝撃と同じ物とは思えない。

 あの疑似飲尿プレイで味わった、心が作る、感情が増幅する感覚をまざまざと見せつけられる。
 それは種明かしをされたとしても、そう簡単に拭いきれるものではない。

「安心した?」
「な、場所によって感じ方は違っても、火傷することはねぇから」
「は、はい……」
「じゃ、続けてやるぞ」

 その合図を皮切りに、奏はあかりの背部に蝋を垂らしていく。
 背中に、尻に、太ももに、そして足の裏に。
 時には近づけて熱さを感じさせ、時には蝋を多めに溶かして一気に落として。

「んっ、はっ、んあぁ…………っ、はぁんっ!!」

 予測の付かない刺激が放たれる度、あかりの口から漏れる声は、どんどん甘さを増していく。表面的に、しかも性感帯でも無い場所に落とされているのに、内側に熱が染みこむようで、じくじくと胎が疼いていく。

(違う)

 …………性感帯じゃ『なかった』だけだ。

 優しく、しかし執拗に時間をかけて研ぎ澄まされたこの身体の表面に、もはや性感帯で無いところなんて存在しない。
 少なくとも…奏様と幸尚様が触れて、気持ちよくない場所なんて、無い。

(……ぁ…………!!)

 それに気付いた途端、ただの蝋燭が、ご主人様の愛撫に変わる。
 洗浄前のひとときの、あの頭の芯まで煮溶かされるような快楽の記憶が全てを書き換える。


 ぽたり

「はあぁぁんっ!!」

 その衝撃は、指先がそっと触れる痺れに。


 ぽたたっ

「んあっ、あっあっ…………んうぅぅ……!」

 その流れは、指でなぞられる感触に。


 ぱたっ

「はぁっ……!!」

 その溜まりは、掌の暖かさに。


 変わる、変える、勝手に脳が錯覚する。
 縄で抱きしめられ、蝋燭で愛撫され、ご主人様の素肌の暖かさは無いはずなのに、熱が……全身を包んでいく…………!

(きもち、いい…………)

 ぱた、とシートに透明な雫が落ちる。
 キラキラと糸を引いて口から垂れ、ぽたぽたと顎を伝って落ちるそれは、もはや涙か汗か涎か…………その起源すら曖昧だ。

 締め付けられる苦しさは、抱きしめられる安堵感。
 全身の力が抜けて、虚ろな瞳は何も映さず、情けなく舌を垂れさせ、ただ恍惚に酔いしれる。

(これ、いい……縄も、蝋燭も…………幸せ……)

「…………こんなによがるあかりちゃんを見るの、初めてかも」
「俺も。縄と蝋燭のコンビが効くのかな」

 気持ちいいね、とそっと撫でる幸尚の大きな手が、ご主人様から直接与えられた熱が、全てを白く染め上げて

「……んああぁ…………っ!!」

 気がつけばあかりは、押し寄せる波でその身に籠もった熱を弾けさせていた。


 …………


「すっげぇな、まさか縄と蝋燭で絶頂するなんて」
「うっうっ、全部……ご主人様以外の人に見られちゃったよぉ……恥ずかしくて死ぬ、もう死んじゃう…………」
「はいはい、そろそろタオルケットから出てきなさいな。奏がケーキ買ってきたわよ」
「ぐすっ……食べるぅ…………」

 あの後、完全に飛んでしまったあかりを二人は慌てて降ろして縄を解く。
 その最中も身体をビクビクと震わせ、悩ましい吐息を漏らすあかりに股間を反応させながらも、剥がせる限りの蝋を剥がそうと手をかければ「んああぁぁ……!!」とその刺激で更に深い快楽へと誘ってしまったようだ。

 こうなると落ち着くまで待つしか無いわねと、苦笑する塚野が出してきたタオルケットにあかりをくるみ、ソファに寝かせて待つこと1時間。
 ようやく正気を取り戻したあかりは塚野と賢太を見るなり真っ赤になって奇声を上げ…………そのままタオルケットに籠城してしまっていたのである。

「いやでも、上手く行って良かった……すんげぇ緊張した…………」
「奏、鞭を振るうときより緊張してたよね…………やっぱり怖いんだ、縄や蝋燭って」
「蝋燭は落とす場所だけ気をつければいいからまだましなんだけどさ、縄はひとつ間違えたら大事故になるから……正直、まだ一人で誰かを縛るのは怖ぇよ」
「いいんじゃない?そのくらい臆病な方が、こう言うプレイをやるには向いていると私は思うけど」

 あーん、と幸尚の股座に陣取りタオルケットから顔だけ出しているあかりの口に、奏はいつものようにケーキを運ぶ。
 今日は桃のタルトだ。最近、あかりのお陰でやたら旬の果物に詳しくなってきている気がする。

「にしてもさ」

 一緒にもぐもぐしながら奏が「あれは何が気持ちよかったんだ?」と尋ねれば、あかりは「気持ちいいより幸せかなぁ」と返す。

「…………幸せ?」
「うん。あのね、縄をかけて吊られたら、ぎゅって抱きしめられる気がしたの」

 縄で抱きしめられて、溶けた蝋で撫でられて。
 そうしてどれだけ無様な姿を晒しても、ご主人様達は決して嘲笑わない。

 ただの緊縛で、プレイでしか無いのに、それはとても温かく懐かしい何かに包まれているようで。
 ……どこか、欠けていたピースが埋まるような気すらしたのだ。

「…………あかりちゃん?」
「ん?なに?…………え……?」

 気がつけばあかりは、感想を語りながらぽろぽろと大粒の涙を零していた。

 あれ、何で私泣いてるんだろ、と戸惑うあかりの横で奏と幸尚は「どうした大丈夫か!?」「何か辛くなっちゃった!?」と慌てふためく。
 その横で塚野は「ああ、あかりちゃんの心の奥に触れたのね」と優しい眼差しであかりを見つめていた。

「心の、奥……?」
「そ。ああ、変態じゃない方のね。私はあかりちゃんとご両親との関係をそんなに深く知っているわけじゃ無いけど……抱きしめられること、撫でられること……これまでの記憶で何か引っかかることはない?」
「……あ」

 その言葉で瞬時に思い出すのは、幼い頃の思い出。
 あかりが知る限り、最も古い記憶。

 お母さんが生まれたばかりの弟と家に帰ってきて、お父さんは部屋に籠もったまま泣いていて、お母さんはずっと鳴り響く電話と弟の世話に明け暮れていて。
 奏ちゃんと尚くんも……多分二人のお母さんも一緒だったけど、なんだか独りぼっちに感じて寂しくて、抱っこして欲しくて……お母さんに手を伸ばしたら振り払われたあの衝撃。

『あかりはお姉ちゃんでしょ!今は我慢しなさい!』




(ああ、ただ私は、抱きしめて欲しかっただけなのに)




 黙りこくってしまったあかりに「大丈夫……?」と幸尚がおずおずと声をかける。
「うん」としゃくり上げながらも頷いたあかりの口から語られる、幼い記憶に「ああ、だからかもねぇ」と塚野は頷いた。

「だから、縄が気持ちよかった……?」
「表面的にはそうね。抱きしめられて撫でられる、どんな姿も受け止められる……ただ多分縄だけじゃ無い、この記憶はあかりちゃんの被虐嗜好を形成した要素のひとつだと思うわ」
「みんながみんなって訳じゃねえけどな、この業界にやってくる人の中には、幼い頃に知らず知らず歪みを抱えた人も割といるんだよ」
「そっか。……それって、あかりが沢山抱きしめられて満足したら被虐嗜好が消えたりとか」

 それは無いわと、塚野は奏の問いに断言する。
 SMに繋がる要素は、誰しも心の奥底に抱えているものだ。
 それに目覚めるかどうかは、ある意味運次第だろう。それこそ、あの日体育館の倉庫で雑誌を拾わなければ、奏とあかりがSMの世界に足を踏み入れることはなかったかもしれないのだから。

 そして、一度花開き、しかもそれを既に自覚した人間が一般的な感性に戻ることは無い。
 普通の人らしく擬態はできても、元に戻るなどと言うことは無いのだ。
 ……まして今のあかりは『普通』の世界に戻ることを望みはしないだろう。

 だからといって、遠い記憶にある幼い傷を抱きしめて癒やすのは無駄では無いのよと、泣きじゃくりながらもケーキを食べるのは止めないあかりを塚野は優しい眼差しで見守る。

「SMとの、ひいてはあんた達ご主人様との向き合い方は変わると思うわ、きっといい方向にね。だから、プレイという形でもいいから沢山抱きしめて満たしてあげなさい」
「はい」
「もちろんあんた達も満たされる方向でね、特に幸尚君」
「…………僕も、ですか」

 話を続けようとする塚野だったが「千花、それは今はいい」と賢太が話を遮る。
 塚野は不満げな表情をするも、確かに今はあかりの方が優先だろうとあえて追求はしない。

 それに、恐らく賢太には何か考えがある、その事に塚野も気付いているから。

 そろそろ片付けなきゃね、と二人が立ち上がる。
 手伝おうとする奏と幸尚を塚野はやんわりと止め「あんた達はあかりちゃんについてなさい、で、落ち着いたら早めに帰りなさいな」と帰宅を勧めるのだった。


 …………


「あのさ、あかりの絶頂禁止限界チャレンジをやってみたい」
「なんでそうなったのさ!」

 それから数日後。
 蝋燭プレイの余韻も薄らぎ、せっかくまだ夏休みなんだから何かプレイをしたいねと話し合っていたところに唐突に提案された奏の願望に、幸尚は間髪入れずツッコミを入れた。

「あのさぁ奏、こないだあれだけあかりちゃんを抱きしめてあげなって言われたばかりだよね?それがどうしてそんな鬼畜な所業に繋がるのさ……」
「あ、でもそれって……ずっと私、クリトリスをゴシゴシしてもらえない……?え、それは…………ああぁ……」
「ええと、あかりちゃんは喜んじゃうんだね……」
「ほら、あかりもありじゃねぇか」

 あかりちゃんの被虐にまつわる欲望の深さは本当に底なしだね……と幸尚は苦笑する。
 奏も「俺もあかりが限界を迎えたらどうなるか気になってさ」とやる気満々だ。

「オーナーが前に言ってたんだけどさ、同じように貞操帯や貞操具で管理するにしても、男と女じゃその辛さはまた別物だって」
「そうだね!!奏はそれを間近で見てたもんね!ああもう、思い出すだけで震えが来るよう……」
「あれは尚のせいだからな!まぁ、それは置いといてだ。この1年ちょっとあかりを見ていてもさ、まぁ基本的にはずっとピアスと排尿管理とアナルプラグで発情させられてるけど、明らかに楽そうなときとしんどそうなときがあるなって」
「ああ、あかりちゃんが言ってた『周期』ってやつ」

 ただひたすら溜まり続ける一方の男性と違って、女性の性欲には波がある。
 あかりの場合は排卵日のあたりと、生理前に特に性欲が強くなるようだ。
 だからそこを乗り越えられられさえすれば、実はかなり長期の絶頂禁止も耐えられるんじゃ無いかというのが奏の推論だった。

「それに一度限界を知っておけば、今後の調教の目安にもなるしさ……限界まで頑張ってリセットでがっつり気持ちよくなって、ついでに俺らに撫で撫でされながら抱きしめられたらあかりも満たされるかなって」
「ううん、なんかもうちょっと満たし方はありそうな気がするけど……でも、限界を知るってのはいいかもしれない」

 これまでの最長記録は、幸尚のやらかしに巻き込まれた末延長された9週間。
 だから目標は10週間以上だ。

 更に奏がカウントは蝋燭プレイの日をゼロとして数えると宣言すれば、またもや二人から「「なんでさ!?」」と突っ込まれる。
 いや、あれはリセット扱いじゃねぇの?と奏は当然のように主張した。

「……あの時さ、あかり絶頂してただろ?」
「う、えと、多分……?」
「多分なのか?めっちゃ白目剥いて痙攣してたじゃねーか。しかもかなり長い間絶頂してたから、スッキリしてるんじゃねーの?」
「そ、それは…………」

 奏の指摘は半分正しく、半分間違っている。

 夏休みに入ってから4週間近く寸止めでお預けだった絶頂っぽい感覚は得られた。だから、そういう意味では割とスッキリしている。
 けれども、あの波がひっきりなしに押し寄せながら迎えた絶頂は初めての体験で、確かに気持ちよかったが……どことなく物足りないのだ。
 身体は慣れたクリトリスで得られる、お手軽かつ鋭い絶頂を期待したままなのである。

 例えるならスパイスたっぷりのカレーが食べたかったのに、フレンチのフルコースが出てきたような気分だ。
 確かに美味しいのだろうが、その美味しさを堪能できるほどまだ舌が育っていなければ、誰にでもわかりやすい刺激的な辛さを求めてしまうのは致し方ないことであろう。

 とはいえ、それを説明したところで奏の考えは変わらないだろうな……とは思いつつも、諦めきれずにあかりは事情を説明する。

「ふぅん……女性も場所によって絶頂の感じが違うんだな…………くぅ、分かってしまうのが何だか悔しい……」
「僕らが射精するのと、奏がメス逝きするのとの違いみたいなものかあ……面白いね、やっぱりメス逝きの方が気持ちいい?」
「うーん…………正直、この間のじゃよく分からないって言うか……そもそもどこが絶頂だったのかもはっきりして無くて」
「そういうもんか。まぁどっちにしても絶頂したのは事実だし、あの日をゼロとして換算な」
「ですよねぇ……」

 とはいえ、これまで幾度となく暴走を繰り返してきているあかりだ。
 同じ轍を踏んではならないと、3人はしっかりルールを決める。

 プレイの頻度や日常の調教は一切変えないこと。
 あかりは暴走する前に必ず二人に相談すること。
 何より限界を感じたら、ちゃんとセーフワードを使うこと。

「前々から言ってるけどさ、セーフワードはあかりを守るための大切なルールだからな?それを口にしたからってお仕置きなんて事は絶対にねぇから」
「あかりちゃんの性格からして、限界を超えてもセーフワードを使わないとかめちゃくちゃありそうで、ちょっと怖いんだよね……」
「んーだいじょぶだよ!何とかなるって!!」
「……これも前から言っているが、俺たちはあかりの大丈夫をまっっっったく信頼していないからな!」
「酷い」

 あかりの軽い返事に嫌な予感しかしないものの、特段難しいルールでも無いからこれでいいだろうと3人は合意する。

 ……もうこの時点でフラグは立ったようなものだった、そう幸尚は後に語るのである。


 …………


 2学期が始まってからも、しばらくはこれまでと変わらない生活が続いていた。
 だが振り返れば、既にこの頃から暴走の予兆はあったのだ。

 相変わらず奏はバイトに精を出しているが、どんなに疲れていても必ず毎日幸尚とスキンシップを取るようになった。
 流石に毎回セックスとは行かないが、それでもバイトに加えて小さなネットショップを運営するようになり着実に外の世界を広げているお陰か、幸尚も今のスキンシップで十分満たされているようだ。

 一方あかりも、在宅でのバイトに慣れてきていた。
 まだ時々ポカはやらかすし、スタッフに色々教えて貰いながらではあるが、OBが立ち上げたベンチャーだけあって学生バイトへのサポートもしっかりしている。
 時々あるミーティングも顔出しはしなくていいから、格好を気にする必要も無い。

「ここでしっかり力をつけて、うちに来るもよし、大手を狙うもよし、起業だってできるさ!成功するかどうかはともかく、起業するだけなら簡単だからな!」と夢を語る社長に感化され、あかりもいずれは起業をと考えて始めていた。
 ……そうすれば、ご主人様に飼われながら外との繋がりを保てるかもしれないから。

 もちろんそれは二人が許せばの話ではあるけれど、今のところ二人ともあかりを塚野の奴隷のように24時間完全にモノとして扱うつもりは無いようだ。
 幼馴染みと、奴隷。その二つを上手く両立させられれば最高だと言っていたっけ。

(両立、かぁ……既にこんなに淫らな変態になっちゃってるのになぁ…………)

 椅子には吸水パッドを敷き、その上に座ってタスクをこなす。
 その後孔にはずっぽりとお気に入りのディルドが埋め込まれ、きゅっ、きゅっと時々肛門を締めてその感触を味わいながら気を紛らわせる。

(んふ……はぁ、気持ちいい…………さ、仕事仕事……!)

 リセットはあのプレイの日だと言い渡されたものの、あかりの中では夏休み突入からかれこれ2ヶ月半お預けを食らっている状態である。
 最近ではあまりの切なさに、バイト中でも肛虐に勤しんだり、はたまた乳首のリングに錘を着けたりして、少し楽しんでは仕事をこなす有様であった。

 二人が帰ってくるまでは、手枷はフリーだ。
 玄関のドアを閉めればすぐに全ての服を脱ぎ捨て、用意してある足枷を自分で施錠して鍵はキーボックスへ。
 万が一何かがあっても、あかりの部屋にはスマホアプリで状況を確認できるモニターが置かれているから、それを通じて助けを求められるという寸法だ。

 だから、二人が戻ってくるまでの間やバイト中に一人遊びに興じていることも、二人にはバレバレである。
 それでも今のところ何も言われないから、このくらいは許容されているのだろうとあかりは勝手に判断している。

 と、ピコンと音がして業務用のチャットアプリにメッセージが届く。
 ああ、このタスクは今日までに終わらせないといけないんだった。

「さてと、ちゃっちゃと作っちゃいますか……んふぅ…………」

 時折悩ましい声を漏らしつつも、あかりは今日もモニターに向かうのだった。


 …………


「はぁっ、はぁっ……奏様っ、お願いします!!えっちなあかりを慰めて下さい……!!」
「またか。今日は随分と発情してるな?……ああ、排卵日が近いのか」

 リセットから8週、夏休みからは12週が経った。
 確かにあかりの発情には波があるが、それでも2ヶ月が近くなるとベースラインが高まるらしい。

 今日は幸尚のバイト日だ。
 用意してくれていた餌を食べ、この時間になるとだんだん意識し始める尿意にもじもじと太ももを摺り合わせ、しかしそれ以上に溜め込んだ熱を発散できない苦しさに涙を零しながら、あかりは必死で頭を床に擦りつけて懇願する。

 絶対に絶頂を得られない懇願は、自分の首を絞めるだけだと身に染みて分かっている。
 けれど、今のあかりはそんな先のことよりも、目の前のこの煩悶を紛らわしてくれるご主人様に縋り付く以外の選択肢を持てない。

「……と言ってもなぁ…………もう家にいる間はずっとお尻はディルド咥えっぱなしだし、乳首だってさっきから散々擦り付けて……ちょっと傷になってるしな」
「ああぁ……お願いします……もうこれだけじゃ足りないのおぉ…………!」
「あ、こら」

 よほど切羽詰まっているのだろう、奏の股間をズボンごと食みそうな勢いのあかりを「流石にそれはだめ」と奏は窘める。

「おちんちん……舐めさせてえぇ…………!」
「はいはい落ち着け。あと、言葉遣い」
「っ!!も、申し訳ございません……っ!奏様、おちんちんを舐めさせて下さいっ!」
「おう、ちゃんと奴隷らしく敬語を徹底しろよ?でもちんこはだめ」
「ううぅ……」

(ちゃんと言ったのに!!奏様と幸尚様はいっつも舐めあいっこしているのにぃ……)

 あまりの辛さに、勝手に涙がこぼれ落ちる。

 先週あたりから切羽詰まった様子で懇願することが増えたあかりに、二人はこれを機に家での言葉遣いを仕込む事にしたようだ。
 元々はプレイ中のみ敬語という取り決めだったが、自宅での奴隷扱いにも慣れてきたことだし、何より今なら絶頂どころか気を紛らわす刺激を貰うためでも従うだろうと踏んだらしい。

 とはいえ、あくまでも目的はあかりの限界を知ることであり、無理に限界を超えた結果あかりを暴走させたいわけでは無い。
 あかりを大切にするために限界を知りたいのに、あかりを傷つけては元も子もないのだ。

 だから二人は何かにつけてセーフワードについて言及するも、あかりは頑として首を縦に振らない。

「だって、せっかくだからギリギリまで我慢して……気持ちよくなりたいし」

 理由を問えば実にあかりらしい答えが返ってくるだけだ。
 しかしこうなると、暴走を防ぐためにも何らかの手立ては必要になる。

 ちょっと待ってな、と奏は幸尚にメッセージを打つ。
 しばらくして戻ってきた返事に頷くと、おもむろに爪ヤスリを手に取った。

「……?」
「ん?ああ。傷をつけるわけにはいかないからな」

 シュッ、シュッとヤスリの音が響く。
 右手の人差し指と、中指。そこだけを丁寧に、深爪ギリギリまで短くして整え、洗面所で手を洗って。

「あかり、口を開けろ」

 思わぬ命令に一瞬戸惑うも、快楽でふやけきった頭は即座にご主人様の指示に従う。

「はい……ほうれふは……?」
「おう。噛むなよ?噛むなら開口具を着けるけど、ない方がやりやすいから」
「はえ…………んっ……!?」

 床で膝立ちになり、奏の方を向いて口を開ければ、すっと何かが口の中に入ってくる。
 それは石けんの香りがして、ちょっとしょっぱくて、でも……人のぬくもりを感じて。

(これ……奏様の、指……!しかも手袋もしてない…………!!)

 くちゅりと音を立て口の中をそっと撫でるのは、男らしい骨を感じる、しかしすらりとした奏の指。
 舌の脇をくすぐられ「あおぉ……」と声を上げれば「ん、気持ちいいな」と頭を撫でられる。
(え、何これ、気持ちいいっ!!うわ、口の中ってこんなに気持ちいいの!?)

 歯茎をなぞられるだけで、ぞわっと背中に快楽が走る。
 戸惑いつつもうっとりするあかりに「いいだろ、口の中って」と奏が優しく話しかけた。

「これさ、全部……俺の気持ちいいとこ」
「!!」
「尚が教えてくれた……尚に開発されたとこ、全部教えてやるよ。キスはできねぇけど、このくらいなら、な」

 奏の、いいところ。
 その事実にあかりの熱がぶわっと高まる。

 そう、二人がいつも目の前で舌を絡めて、奏をとろっとろに溶かしている場所を、開発していただいている――!

 ぐちぐちと、音を立てて口の中を指が出入りする。
 初めてだからだろう、あまり喉に近いところには触れず、しかし気持ちよくなれるところを丹念につつかれ、摩られていくのだ。

 飲み込めない涎がダラダラと胸を伝う。
 うっとりと指の感触に身を委ねるあかりに、奏は「いずれさ」と話しかけた。

「俺らが結婚して、あかりを俺らだけの性玩具にしたら…………ここも、俺たち専用のオナホになるんだ」
「……!!」
「俺らのちんこは結婚まで絶対に挿れないし触れさせねぇ。けど、結婚したらすぐに使えるようにはしておきたいからな」

 表に出ている部分の開発は、あらかた完了した。
 後は日々じっくり愛でてやれば、結婚する頃には十分に熟れた身体になっているだろう。

「だから、ちょっとずつ……ここも性器にしていこう、な?」
「ふあぃ……あいあおぉ、おあいあぅ…………!」

 嬉しい。
 モノにされていくその過程は、悦びに満ちている。

 絶頂の悦びを禁じられ、その代わりにモノに堕ちる悦びを与えられて、これで満足しろよとご主人様の目は語っている。
 極限まで煮詰まった頭は、その命令すら慈雨のように刻み込んでしまう。

 何より、初めて内側を、生身の身体で触れられたことが嬉しくて。

(あぁ、気持ちよくて、ふわふわして、幸せぇ……)

 数週間ぶりに、ほんの一時とはいえあかりは激しい渇望から逃れられたのだった。


 …………


 それから、3日後。

「あのさ、あかり」
「はぁっはぁっはぁっ……逝きたい…………!」
「うん、もうあかりちゃんがどうにも煮詰まっているのはよーくわかってるからさ」
「奏様、またお口の中を触って下さい……あかりのお口をおまんこにして……!」

「「だからもうセーフワードを使ってくれ頼むから!!」」

 奏の迎えの車に乗った瞬間から「幸尚様、幸尚様ぁ……」と泣きながら股間にキスを繰り返しては幸尚の目を白黒させ、家に帰ればまっしぐらにおもちゃ箱に駆けつけて使ってくれとねだる。

 確かにバイトはこなしているようだ。
 しかしずっとディルドに腰を振りながら、乳首につけた錘を揺らし、時折甘い声をあげながらタスクをこなすこの現状を、果たして支障が無いと言っていいものか。

 ……とにかく、誰がどうみてもあかりは限界だった。

 不完全なリセットからは丸々9週だけど、元々のリセットからなら13週。
 記録は更新したとみていいだろうし、あかりが限界に達するとどうなるかも分かったから、今後の責めでは大いに参考になるだろう。

 そう、目的は達しているのだ。
 達しているのに、肝心のあかりだけが「限界じゃ無い」と言い張りセーフワードを使わないお陰で、心配が頂点に達したご主人様が土下座してリセットさせてくれと申し出る珍事が発生してしまったのである。

 大体奴隷ってのは主人に絶対服従じゃ無いのか、と全力で突っ込みたい。
 だが突っ込んだところで、理性が発情で焼き切れかけている今のあかりには何も届かないだろう。

「やだぁ……もっと、がんばりますからぁ……」
「いやいやもうどう見ても限界だろ!限界が来たらちゃんと言うって約束したよな!!」
「まだ、限界じゃないもん……」
「それ、酔っ払いがまだ酔ってないって言ってるのと一緒だよ、あかりちゃん……」
「だって、まだ……外じゃ平気だから、限界じゃないぃ……」
「……あかりちゃんは一体何を目指してるの……?あかりちゃんに何かあったら、僕、全力で泣くけどいいの?」

 ああもう、とうとう幸尚が自分の涙を武器にし始めちゃったじゃ無いか。
 幸尚がキレるのはまずい。頼むからあかり、ここで折れてくれとすがるような気持ちで奏はあかりを見つめる。

 その声色に流石にちょっとまずいなとは思ったのだろう、あかりはその場で俯いてしおらしくなる。
 けれど、どうしてもセーフワードは使いたくないらしい。
「まだ、大丈夫だもん……大学だって、バイトだって、ちゃんとできてる……」とそっと抗議を続けている。

 何がそこまであかりを駆り立てるのか、尋ねてみればその答えは至極シンプルで。

「……限界の向こうに、きっともっと気持ちいいが待ってるんだ……」
「そ、それは…………貪欲さの方向性を間違えていると思うんだよなぁ、俺」

 どうやらあかりの中では、これまでの貞操帯生活から「我慢すればするほど解放が気持ちいい」とすっかり脳に刷り込まれてしまっているようだ。

 二人からすれば、今回の我慢の苦痛と解放の快楽との釣り合いはどう考えたって取れていない。
 だが、度重なる調教で飴と鞭を身体に刻み込まれたあかりにとっては、不定期に、しかもたった一度しか許されない絶頂を最高の快楽にするためなら苦痛も何のその、という心境らしい。

 本末転倒とは、まさにこのことである。全く、どうしてこうなった。

「どうする、尚。こうなったら無理矢理リセットするか……?」
「正直そうしたいんだけど、それをやったら後であかりちゃんが荒れそうで」
「ぐぅ……セーフワードを使ってみるいい機会になると思ったのになぁ……」

 そろそろ奴隷らしく家の中では従順にさせたいよなぁと話し合っている間も、あかりは幸尚の指をチロチロと舐めて口の中を触って欲しいと催促中だ。
 何はともあれ次回からは限界の定義を明確にしよう、と二人は心の中で誓いながら、今回だけは少しだけ譲歩するという結論に至る。

 ただし、幸尚の警告付きで。

「……あかり、大学やバイトに支障が出たと俺たちが判断した段階で、強制的にリセットする。これは譲れない」
「外では人間として振る舞う約束だからね?セーフワードも使わずにこれまでの約束を一つでも破るなら、リセットと一緒にお仕置きもするから、覚悟していて」
「はっ、はいっ!!ありがとうございますぅ……!あのっ、幸尚様の指でお口まんこを撫で撫でして下さいっ……んむ、あへぇ……」

 だめだこりゃ、と幸尚が上顎のいいところを擦る度にうっとりするあかりを見ながら大きなため息をつく。
 そして、僕思うんだけどさ、と呟いた。

「……あかりちゃん、そのうち貞操帯を着けたままでも普通に絶頂するようになりそう」
「こないだの蝋燭みたいにか?いやいや、流石に……無理、だと思いたい」
「うん、希望的観測だね」

 二人は覚えている。
 脚を曲げた途端絶頂できなくなったとき、あかりがなんとしても絶頂を得ようとしていた執念を。
 今のあかりはあの時以上に追い詰められている。だから、絶対何かやらかす。もはやこれは確信である。

「もう、そのやらかしを理由に無理矢理リセットするしかねぇな」
「賛成。お仕置きも考えておくよ」

 もう二度とこんな風に、無茶な追い込みなんてする気が無くなるお仕置きをね、と呟いた言葉が聞こえたのは奏だけだった。
 まぁ、例えあかりに聞こえていたとしても結果は同じだっただろうが。

(頼むからやってくれるなよ……無理だと思うけどさ……)

 奏はその言葉に内心震えながら、無駄な祈りを捧げる。
 この時は、まさか3日も経たないうちにその日が訪れてしまうだなんて、思いもしなかったのだ。


 …………


「はっ……タスク、ちょっと早く終わったから……今日はっ、はぁんっ、ここまでぇ……!」

 業務用のチャットにいつもより随分早く退勤の連絡を入れ、あかりはPCの電源を落としてそのまま床に倒れ込んだ。
 時間を見ればまだ19時だ。幸尚が急病のスタッフの埋め合わせでバイトに行ってしまったから、22時頃までは一人で過ごすことになる。

 そろそろ裸で過ごすには少し肌寒くなっているが、発情しきっているせいだろうか、まだ幸尚の作ってくれた服の出番はなさそうだ。
 床の冷たさが気持ちよくて、けれどそんなものでこの渇望は全く癒やせない。

(流石に、ちょっと限界かな……いやいやでも、もうちょっとだけ……)

 以前幸尚が悶絶しながら言っていたっけ。
 射精管理をされていると何故か学業もバイトも、家事まで効率が上がると。

 今のあかりも明らかにバイトの効率が上がっているのを感じるから、絶頂や射精を管理するのは意外と現実社会を生きるのにも有用なんじゃ……とあかりはトンデモ理論を展開してしまう。否、展開でもしていないと思考がすぐに発情で霞んでしまう。

 実はあかりは、二人が考えているほどセーフワードを使うことに抵抗はない。
 自分を傷つければご主人様が悲しむ事はよく分かっているし、あかりだってあんなに傷ついた幸尚はもう見たくないと思っている。
 ただ、どうせなら限界を超えたい、その先を見てみたいという好奇心が全てを凌駕するだけだ。

 とは言え、好奇心は限界までの自分の保ち方まで教えてくれるわけではない。

(……あぁ、触りたい、逝きたい…………!)

 バイトのために前で拘束された手が、必死で股間のドームをカリカリする。
 どれだけ必死でまさぐっても、何の刺激も伝わらないのに、少しでも何かを得たくて手が、腰が止まらない。
 何か、今を満たせればいいから、何か……

(……あ…………)

 ふと頭の中によぎるのは、足を曲げて絶頂するためにあらゆるサイトを読み漁っていたときの朧気な記憶。
 あの時のあかりも、今のようにとにかく気持ちよくなりたくて、SNSのいわゆる裏アカ界隈まで巡回して情報を探し回っていた。
 我ながらすごい行動力だったな……と改めて思う。

 その時に、性器を触らなくても気持ちよくなって中逝きができる方法を見た記憶がある。
 ……あれなら貞操帯があっても実践できるし、上手くいかなくても気は紛れるのではないか。

 そう思ってしまったら、もう止まらない、止められない。
 今のあかりに、うっかり絶頂したらまずいと警告を発する、まともな理性など欠片も残っていないのだから。

「確か……おへそから、手のひら分下に……」

 右手を軽く握って、なだらかな下腹部に当てる。
 真ん中は貞操帯のワイヤーが通っているから避けて、まずは右手で押しやすそうな左側をぐっと押さえる。

 左手は手枷で繋がれているが、何とかスマホをを弄って見るくらいはできそうだ。
 当時のブックマークを残したままであったことに感謝し、投稿された記事を読みながら、期待を膨らませ粛々と進めていく。

「えと……揺らしてみて、気持ちがいい場所を……」

 押さえたまま、軽く揺らしたり、軽くグッグッと押しつけて中に響かせたり。
「こう、かな?……いや、もうちょっとこっち……?」と少しずつ場所を変えながら触れていくと、ある場所を揺らしたときにきゅぅっとお腹の奥の筋肉が固くなり、ふわっと快楽がお尻の向こうに駆け抜けていった。

「ん……っ!ここだ……あ、ちょっと気持ちいいかも……」

 初めて感じる、子宮の揺れる――正確には仙骨子宮靱帯だが――感覚。
 何でもここを揺らすと、まるで中の奥を……ポルチオを刺激されているときのような気持ちよさを得られるらしい。

 押さえつけて、揺らして、溜めて……ふっと離せば身体がビクビクする。
 あの蝋燭で得られた絶頂に近い、けれどもまだ微かなさざ波の様な感覚に「これはいける……!」とあかりは確信するのだ。

「もっといっぱい溜めて…………ギリギリまで溜めて離せば、気持ちいいはずっ……!」

 グッと押さえて、ふるふると我慢できなくなるまで揺らして、揺らして……離す。

「んううぅぅ……っ!」

 何度も何度も、揺らして、離してを繰り返す。
 その感覚は遠い記憶にある、指で奥を揺さぶっていたときに似ていて、ああこの感覚が欲しかったのだと身体が歓喜に震える。
 もっと、もっと気持ちよくなりたい、中に指を入れたときのように……!

(そうだ、塚野さんに教わった力の入れ方……)

 揺らしながら仙骨に力を入れる。
 そうして溜めて、離すと同時に緩めれば、更にじわんとした波がやってくる。

(気持ちいい……気持ちいい、もっと……)

 一体どのくらいの時間が経ったのだろうか。
 発情に溺れきった身体の欲するまま、ただひたすら揺らして、離して、揺らして……

 そして、その時は訪れる。
 更なる快楽を求めて、何十回目だろうか、明らかに今までと違う昂りに全てを乗せて。

(あ、これ、来る)

 これはあの時の蝋燭プレイと同じ、大きな波が来る……!!

(あは、気持ちよくなれる、これいいっ…………!)

 溜めて、溜めて……限界まで溜め込んで、手を離した瞬間。

「ただいまー、あかりちゃんごめんね遅くなっ……て…………」

「あひ……いぐっ、またっいぐうぅぅこれとまんないっ!!もっと、もっとぉぉ……!」

 あかりが絶頂の叫びを上げるのと、玄関のドアが開くのはほぼ同時だった。


 …………


「……まぁ、こうなるんじゃ無いかとは思ってたんだけどね」
「ううぅ……ごめんなさい…………」

 いつもなら洗浄を終えてのんびり奏の帰りを待つ時間。
 あかりの自白により状況を把握した幸尚は「……あかりちゃん、方法はどうあれ絶頂禁止のお約束を破ったんだから、これはお仕置きだよね?」とにっこり笑って、まだ絶頂の余韻から戻りきれないあかりの口にペニスギャグを挿入する。

 そうして右手首と右足首、左手首と左足首を短い鎖で繋いで、何の刺激を与える道具も着けずに真っ暗な防音室に放り込んだのである。

 てっぺんを回って帰ってきた奏は幸尚の顔を見るなり(あ、これはやばいやつだ)と判断する。
 そして幸尚から一部始終を聞き、まさかそこに手を出すとは……とがっくりと崩れ落ちた奏は、アプリから漏れるあかりの悲痛な叫び声を聞きつつ「それで、お仕置きはどうすんだ?」と怒りのオーラを隠そうともしない幸尚に恐る恐る尋ねた。

「んー、そろそろ部屋から出して説教かなぁ、ちょっとは頭も冷えたと思うし」
「意外だ、今の尚なら更にお仕置きを追加するかと思った」
「大丈夫だよ、お仕置きはずっと続くから」
「ずっ、と……?」

 謎の言葉に嫌な予感を覚えつつも、二人はあかりを防音室から連れ出す。
 拘束具をいつもの形に付け替えた途端、あかりはその場で「申し訳ございませんっっ!!!」と震えながら額ずいた。

「どうだった?何の刺激もなしに防音室に放り込まれた感想は。ああ、あかりちゃんならそれも気持ちよくなっちゃうかな」
「ひいぃぃっ!!ごめんなさい、ごめんなさいっ、もうしませんからあぁぁ!!」

 2時間に渡り音も光もない、しかも何の刺激すらも与えられず助けを求める口すらも封じられて放置されたあかりは、その発情すら一時的に忘れるほどに消耗していた。
 監禁プレイで刻み込まれた恐怖はあかりの骨の髄まで染みこんでいて、だからこそここぞという時のお仕置きに、幸尚はあの日を思い起こさせる防音室を使うことにしているのだ。

「……だからこういうことになる前に、セーフワードを使って欲しかったんだけどね?」
「はいぃぃぃ仰るとおりですうぅぅっ!!」
「あかりちゃんは僕たちのモノなのに、どうしてご主人様の意向を無視して自分を追い込んじゃったのかな?」
「ううぅ……気持ちよくなりたくて……申し訳ございません…………」

 幸尚は、ずっとニコニコと微笑んでいる。
 しかし穏やかな口調であかりを問い詰めるその瞳は当然ながら全く笑っていなくて、あかりはおろか奏までとばっちりを恐れて押し黙ってしまう始末である。

「で……気持ちよかった?」
「ひっ!!そ、そのっ」
「……正直に言おうか、あかりちゃん」
「はひぃっ!気持ちよかったですぅ!!」

 涙目になって答えれば「じゃ、これがリセットでいいよね?勝手に絶頂したんだし」と幸尚は有無を言わせずあかりにリセットを飲ませる。
 そんな、と言いかけて、しかしあまりの幸尚の圧にあかりは泣きながら「……はい」と首を縦に振るしか無かった。

 それでも、確かにクリトリスの快楽が更にお預けになったのは辛いけれど、随分長くお預けになっていた蜜壺で気持ちよくなれたのだ。
 だからあかりもかなり満足していたし、リセットでもそう問題は無いと軽く考えていた。

「……でもさ」

 しかし、幸尚の説教は止まらない。
 ……そして、更なるお仕置きを与えられるのかと身を固くするあかりに投げかけられたのは、絶望への誘い。

「あかりちゃん、本当に気持ちよくて満足した?」
「……え…………?」

 どういうことだろう、ときょとんとした顔で幸尚を見つめるあかりに「あかりちゃんがやったのはさ」と幸尚は笑顔を崩さず話す。

「体外ポルチオって手法でさ、膣の中を弄らずに中逝きする方法だよね」
「……はい」
「でさ」


「今、膣は……あかりちゃんの中はスッキリしてるの?」


「え……?」

 クリトリスでは無くても深い絶頂に満足していたはずのあかりの心に、小さな石が投げ込まれる。
 それは確実に、心の中に波紋を拡げて……誤魔化していた現実を突きつけてくる。

「僕さ、奏にフラット貞操具を着けられたからよく分かるんだよね。直接触れなくても、ディルドをペニスだと思い込んで触ればそれなりに気持ちよくなれたから。でもさ」

(いや、待って、その先は聞きたくない)

 何となく嫌な予感がしたあかりが恐怖を露わにしてふるふると首を振るも、幸尚の言葉は止まらない。
 耳を塞ぎたくても、後ろに拘束された手は何の役にも立たない。

「でも結局、ちゃんと実物に触れてゴシゴシしないと、全く満足できないんだよね」



 ずくり



 その言葉に、胎がまた疼き始める。

「あかりちゃんはさ、指一本だけど中をぐちゅぐちゅして、奥の子宮口を摩ってトントンする快感を知っているよね?」
「あ……あぁ…………」



 じくじくとした感覚が、広がり出す。
 蜜壺の入り口が、渇望に戦慄いている。



「……もう一度、聞こうか。あかりちゃんは本当に気持ちよくて、満足した?」



 たらり、と白濁した蜜が、透明なドームからしたたり落ちて。



 途端に脳裏をよぎるのは、あられも無い妄想と願望。
 違う、違うっ、こんな間接的な刺激じゃ無い、中をかき回されて、奥をトントンされて、そう、指?……そうじゃない、もっと太くて固くて熱いものを私は知っている、ご主人様が何度も、何度も見せつけてきた――――!!

「……しぃ…………」
「あかり……?」

 はぁはぁと息を荒げ、ガタガタと震えながら涙を流し続ける。
 奏の呼びかけで上げられた顔は、初めて感じるタイプの衝動と、そして……これから少なくとも3年以上、この渇望は絶対に満たされることが無い事実への絶望に染まりきっていて。

「欲しい、です……奏様のっ、幸尚さまのおちんちん、あかりのおまんこに入れてゴシゴシして欲しいいぃ!!!こんなんじゃない、ちゃんと中をゴシゴシして気持ちよくなりたいのおぉっ!!」
「!!」

 あかりの叫びに、奏は理解し、震撼する。
 だからさっき幸尚は言ったのだ、「お仕置きはずっと続く」と……!

「うん、そうなるよね。……だから、それがお仕置き」
「あ、あぁ……ぁ……!」

 知らなければ良かった。
 なまじ子宮で逝く気持ちよさを中途半端に知ってしまった身体は、もはやこの蜜壺をかき回すものが……ご主人様の滾った屹立が無ければ満足できないと、全力でその衝動を叫び続ける。

「僕たちが結婚するまで……卒業したらすぐに結婚するつもりだから3年半くらいかな?、本物がもらえない辛さと絶望を存分に味わって。……あそこまでギブアップを勧めたのに自分の欲望のために意固地になって自分を追い詰め、あげく誘惑に負けた報いにはちょうどいいと思うよ?」

(そんな、そんな……ずっと欲しいまま……今までだって指が欲しくて仕方が無かったのに……もう、奏様の、幸尚様のおっきいおちんちんを入れて欲しくて堪らない……!)

 それが、3年半。
 気が遠くなるほどの期間を宣告されて、目の前が真っ暗になって。

「……や…………やだっ、いやっいやぁぁあああああっっ!!!!」

 悲嘆に暮れた叫び声が、部屋にこだました。


 …………


「……なるほどな、めちゃくちゃキツいお仕置きになっちまったな」
「うん、でも僕は自覚させただけだよ?あれはあかりちゃんの自業自得だし、奏だってお仕置きはちゃんとやれって言うじゃん」
「ん、それはまぁ……そだな、今回のはやり過ぎとまでは思わねぇかな……」

 あの後「バイト終わりだし、流石にセックスはキツいでしょ?」と言いつつも幸尚はあかりの前でその立派なペニスを露わにする。
 そうしてゴクリと唾を飲み込むあかりを身動きできないように拘束し、事もあろうに「奏、舐めて貰ってもいい?」と至近距離でフェラする様子を見せたのだ。

「ね、あかりちゃん想像してみて?こんなに大きいものがあかりちゃんの中をかき回して、奥をこねて、トントンするの……きっと気持ちいいよね?」
「うむおぉぉ!!」
「ダメだよ、あかりちゃんはまだ僕たちのモノと決まったわけじゃ無いから、これは絶対に使えない。だからいっぱい想像して……どうやっても貰えない苦しさで、気持ちよくなるといいと思うよ」
「おんっおおおぉぉ……ぉごお……!」

 そうして延々と二人の交歓を見せつけられ、「おやすみ、ゆっくり寝てね」と昂ぶりきったまま寝室に連れて行かれる。
 モニターからは今も「ごめんなさい……ほしいよう……ごめんなさい……」とすすり泣く声が聞こえていた。

「まあこれで、ちょっとは懲りてくれるといいんだけどな」
「本当はあそこで譲歩しない方が良かったんだろうけど……一度はご主人様の言うことを聞かないとこうなるって分からせた方がいいよね、今後のためにも」
「だな、その一度があかりにはえぐいお仕置きになったけどな」

 明日は朝イチでケーキを買ってくるよ、と奏を抱きしめる幸尚に「ホント、性癖が無くても尚はすっかりご主人様だな」と苦笑しつつ、二人は眠りについた。

 結局、あかりの本当の意味でのリセットが許されたのはそこから1ヶ月後だったが、この日以来あかりの従順さは飛躍的に高まる。

 今まで「幸尚様なら許してくれるかも」と心のどこかで甘えていた部分が見事に叩き潰されたお陰だろう。
 自宅においては敬語を徹底し、プレイの内容自体は今まで通り対等に話し合うも、一度決まってしまえば何があっても二人に逆らうことは無くなったという。

 ただ、代償もそれなりに大きくて。

「はあぁ……っ、奏様お願いします、あかりの中をおちんちんでごしごしして下さいぃ!!」
「いやそれは無理」
「ちゃんといい子にしますっ!何でもしますからぁっ!!これっ先っちょだけでいいから入れてくださいっっ!」
「あかりちゃん、何でもするなんて軽々しく言っちゃダメだってば……あ、ちょ、股間に顔突っ込まないでまたおっきくなっちゃううぅ!」

 ……あかりの股間への執着が強くなりすぎて、特に幸尚はうっかり息子さんを反応させては「あかりちゃん相手に勃っちゃった……僕には奏がいるのにぃ……」と凹む機会も増えてしまったのだった。
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