サンコイチ

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改悛の蓋

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「北森、今日の課題って分かる?」
「あ、もう終わってるよ。見る?」
「うおぉサンキューな!ほんと北森頭よすぎ-」

 3人が大学に入学して2ヶ月が過ぎた。
 3人で一緒に受ける教養の講義は週に3コマだけで、奏に至ってはほとんど別キャンパス、さらに水曜日は全休という実に羨ましい環境だ。
 流石に理系の二人はそれなりの講義を詰めてあるが、それでもこれまでに比べれば楽なものである。

 あかりも最初の頃こそ講義中に「乳首がじんじんする」「触りたいよう」と悩ましいメッセージを連打しては二人に「気合いだ気合い」「ほら、黙想して!」と励まされながら何とか学生生活を送っていたが、慣れとは恐ろしいものである。

「あかりの着けてるネックレス綺麗だよね。それ、こないだ一緒だった彼氏のプレゼント?」
「え、あ、まぁそんなとこかな」
「え、北森彼氏いるのかよ!くっそ俺狙ってたのになぁ……」

(こないだ一緒……って、尚くんかな……ごめんね奏ちゃん、彼女のふりして)

 今やあかりはすっかり大学生活を満喫していた。
 元々興味のあった分野だから講義はそれなりに面白いし、同級生は全国各地から集まっているから、あかりの知らない世界がそこかしこに垣間見えて実に楽しい。
 それと同時に、自分がどれだけ狭い世界に……母親の掌の中に閉じ込められていたのかを痛感する。

(ああ、こんなに自由な世界があったんだ……!)

 自分の意思で動く世界は、こんなにも煌びやかで美しい。
 あの日、思い切って進路を変え親元から離れて本当によかった、そうあかりは実感していた。
 そう、本当に楽しくて。

(これを知ってから、奏様は堕ちて欲しかったんだ。確かに、これは心に来る…………!)

 けれども、その中身は変わらない。
 決して誰にも気づかれない内にある熱情は、ひとときたりとも収まることはない。

 入学して1ヶ月ほどで新しいピアスに慣れてくれば、アナルプラグを挿れられた。
「このくらいは余裕だろうけど、長時間入れるから無理の無いところからな」と挿入された細身のプラグは、大学生活を妨げはせず、しかし無視できないほどの存在感を示してピアスとともにあかりがただの奴隷であることをずっと主張し続ける。

 じくじくした疼きに思わず手を伸ばしても、股間は透明なシールドで守られている。
 それは、奴隷であるあかりを、心の奥底で舌なめずりをする欲情の獣を解き放たせない……奏と幸尚が側にいない今、唯一の、そして最強の楔。

 どれだけご主人様から奴隷の証をいただいても、この檻はあかりをギリギリこの日常という世界に踏みとどまらせてくれる。
 どうしようもなく発情してトイレに駆け込めば、真っ赤に腫れ上がった肉芽が、ぐっしょりと濡れそぼった蜜壺がすぐそこに見えるのに、どんなにあがいても触れることすらできない絶望にゾクゾクとした快楽を覚える。
 そうして、それ以上は人間でいられなくなるぞと無理矢理この世界に引き留められるのだ。

「あかりはバイトしないの?」
「んー、リモートでできるバイトがあればしたいんだけど……」
「あ、こないだサークルにきたOBがリモートでいいからって学生バイト探してた。北森ってPython使える?」
「えと、ToDoアプリ作るくらいなら……でもフレームワークとかはさっぱり」
「Python使えるんならいけるんじゃね?猫の手でも借りたいって言ってたくらいだし。今度紹介するよ」
「ありがとう!助かるー」

 講義が終われば奏の迎えを同じキャンパスにいる幸尚と待つ。
 なんだか奏ちゃんの部活終わりを待ってた頃みたいだね、と談笑するその間も、渇望は止まらない。

「ふぅ……尚くんが側にいると、おちんちん舐めたくなっちゃうねぇ……」
「あわわわ、奏あと5分で着くから!ね!車に乗ったら『戻って』いいから!!」
「んぅ…………頑張る……」

 朝は体調に合わせて1.5リットル前後の浣腸をされるのがすっかり日常になった。
 すっきり出し切るまでに30分はかかるから少し早起きは必要だが、最近では苦痛からの解放がちょっと病みつきになっている。
 入れている間はあんなに辛い癖に、どこかで朝を心待ちにしている事に気付けば、やっぱり自分は度しがたい変態だなと再確認するのだ。

 終わればプラグを挿れられ、枷を外して服を着て、送ってくれる奏の車を一歩降りた瞬間、あかりは人間を演じる。

 そして。

「待った?」
「ううん、僕らもさっき終わったところだから」

 迎えに来た奏の車に乗り、ドアを閉めた瞬間

「んはあぁぁ……奏様、幸尚様、中ごしごししたいいぃ…………!!」
「いきなりだな。尚、ちょっと拘束して落ち着かせよう」
「うん。あかりちゃん、ボールギャグととよだれかけを着けようね」
「んあっ、おごぉ……!!」

 ……全てを解き放ち、己の欲望とご主人様だけに忠実な奴隷へと戻るのだ。


 …………


「奏、すぐバイトに行く?」
「あー今日早かったし、まだ30分くらいはあるかな……あかり、バラ鞭の練習台になるか?」
「はぁい……ふふ、奏様の鞭ぃ…………」

 奏は二人を家まで送り届けてそのまま賢太の店でバイトをしている。。
 毎週月水金の17時から22時まで、これまでより日にちと時間の長くなったバイトではキャストとして少しずつお客と接するようになった。
 今は鞭の経験を積みつつ、同時に賢太から簡単な緊縛と帳簿の付け方を教わっていて、忙しくも充実した日々を送っている。

「奏、ちょっとだけちゅうしたい……」
「ん、ほら…………んふ……」

 同じクラスで、同じように授業を受けていた頃に比べて、3人で過ごす時間はぐっと少なくなった。
 それまでがあまりにべったりだったせいなのだが、新しい生活は刺激的で、何より完全に親元から離れて暮らすのは開放感が全く違っていて。
 だから、一緒にいられない時間が増えてもそこまで寂しくはない。

「んっ、んんうぅぅ……はぁっ、尚っこれ以上はっ、あかりを打ってやれねぇ……」
「あ、うん、そだね…………」

 ただ一人、幸尚を除いては。

(分かってる、僕だって一人暮らしになったときは…………色々あったけど楽しくてはしゃいでいたから)

 目の前で奏の鞭に甘い悲鳴を上げるあかりの声を聞きながら、でも、と幸尚はちょっとだけ悲しく思うのだ。

(…………もっと、奏と一緒にいたいな)

 せっかく3人で暮らせるようになったのに、まだ接客に慣れない奏が疲れ果てて戻ってくれば無理強いもできなくて、セックスの回数だって減っている。
 いや、これまで毎日だったのがやり過ぎだったと言われればその通りなのだが、そこは聞かなかったことにしよう。

 キャンパスで日中共に行動しなくなっただけでこんなに寂しくなるだなんて、想像もしていなかった。
 まして奏はあのルックスだ。奏にそんな気が無いのは重々承知だが、自分のいないところで女の子に迫られることだってあるだろう。

 …………ああ、嫌だ。ついつい自分で不安を煽ってしまう。

「ふぅ、こんなもんかな。あかり、どうだった?」
「はぁぁ…………奏様の鞭、気持ちいいのぉ……でも、塚野さんの方がもっと繊細……」
「ぐぅ、手厳しいな!あかりが一番うまく打てるのに、もっと練習しなきゃ…………ってどした、尚」

 きっと複雑な面持ちだったのだろう「何かあったのか?大丈夫か?」と心配そうに声をかけてくる奏に「ううん、大丈夫」と何とか笑顔を作る。

「てか、そろそろ出ないとまずくない?」
「うぉっ、やべぇ!んじゃ行ってくる、あかりの洗浄は頼むな」
「うん、気をつけてね」

 バタン、と扉が閉まる。
 その音に少しだけ胸が痛む。

(ううん、今は仕方ない。それに、これからはずっとこんな生活なんだ……僕が慣れなきゃ)

 奏の鞭に酔い、床に転がってすっかり出来上がっているあかりに「あかりちゃん、ご飯作ってくるから待っててね」と冷えないようにタオルケットをかけて、幸尚は気持ちを切り替えようと台所に立った。

 …………ああ、今にして思えばこのときにちゃんと奏に自分の気持ちを伝えるべきだったと、後日幸尚は猛省することになる。


 …………


「幸尚様……大丈夫?」
「え、あっ、ごめんね!集中する」
「ううん、それはいいんだけど…………」

 洗浄前のひととき。
 いつものようにあかりの身体に触れてじわじわと高めていく……筈なのに、やはりどこか心ここにあらずなのが触れ方にも出てしまったのだろう、あかりが心配そうに振り向く。

「……幸尚様が大好きなおっぱいなのに、おちんちんが反応してないから」
「そこ!?いや、あかりちゃんのおっぱいは今日もふかふかで最高だよ!!」
「うん、でも…………最近元気がないから、大丈夫かなって」

 ああ、やはりあかりは良く見ている。
 子供の頃いじめっ子に「奏とあかりに言ったらもっと虐めてやるからな!」と脅されていたときも、幸尚の異変に一番に気づいたのはあかりだったっけ。

 ご主人様なのに、守ってあげたいのに、やっぱり僕が守られる側のままだな……とちょっとしょんぼりしつつも、こうなればあかりは理由を聞くまでてこでも引かないのは何度も経験済みだ。

「……その、さ」
「うん」
「奏ともっと…………一緒にいたくて、寂しいなって」
「ああ……そっか、奏様のバイトも増えたから…………」

 新しい生活になっても、幸尚の生活にはあまり変化がない。
 元々親は離れていて3人で過ごすのも自宅だったし、大学に入っても特にサークルに入ったりバイトをしているわけでもない。
 バイトをしたい気持ちはあるけれど、まだこの生活を始めたばかりのあかりを一人で家においておくことにも抵抗がある。

 あかりに話せば、思った以上に自分が落ち込んでいたことを自覚する。
 そんな幸尚をあかりは「ごめんね、もっと早く気づいてあげられたらよかった」と気遣うのだ。

「私は大丈夫だから尚くんもバイトしようよ。そしたら少しは気が紛れるんじゃないかな…………私もバイトするし」
「うん、あかりちゃんがそう言うなら…………ってええええ、あかりちゃんもバイト!?その状態でバイトできるの!!?」

 いくら何でも危険じゃないかと心配する幸尚に「ううん、リモートだから」とあかりは事の次第を説明する。
 何でもエンジニアのバイトというのは自宅から、しかも自由な時間に稼働できる夢のような案件があるらしい。
 以前から将来を見据えプログラミングを独学で学んできた甲斐もあり、OBの立ち上げた企業で勉強も兼ねて簡単な開発タスクから参画できることになったのだそうだ。

「だから、バイトの時だけ手枷を前にしてほしいなって、稼働日が決まったらお願いしようと思ってたの」
「そっか。奏もそれは構わないって言うと思うよ。前にしたところで触れるのは乳首くらいだしね」
「んうぅ…………」

 乳首のリングをつんつんと揺らしながら、でもどこか寂しそうに「そっか、あかりちゃんもバイトするんだ」とうつむく幸尚に、与えられる刺激に喘ぎながらも(これはいけない)とあかりは瞬時に決断する。

 奏も幸尚も、大切なご主人様で、大切な幼馴染みで、何ならあかりの推しカプなのだ。
 このまま幸尚を我慢させ続ければ、二人の関係に亀裂が入りかねない。

 …………ここは自分が一肌脱がねばならない、と。

「尚くん…………あ、ごめんなさい、幸尚様は」
「ん、いいよ。今はプレイって感じでもないし」
「うん。尚くんはもっと奏ちゃんとセックスできたら、寂しくなくなるかな?」
「……あかりちゃん、それはいくら何でも短絡すぎない?」
「だって、セックスの回数は減ってるよね?尚くんにとっては一大事だと思うんだけど」
「ううぅ、確かに週7から週4に減ってるけど、奏も忙しいし疲れてるからこれ以上は…………」
「確かに奏ちゃんに無理させちゃだめかぁ……じゃあさ、量より質を追求しようよ!」

 量より質。
 なるほど、回数が減った分一回一回の交わりを濃くすると言うことか。

(そっか、もっといっぱい奏を愛して……気持ちよくしてあげられたら、寂しくなくなるかな)

 あかりの提案に、ちょっと希望が見えてきた気がする。

 ……既に回数が減った分、毎回てっぺんを越えるまでがっつり奏を泣かせては、次の日の講義で奏が居眠りする羽目になっていることを幸尚達は知らない。
 そう、知らないから、あかりの案は名案にしか聞こえない。

「でも、いつも僕が満足するまで抱くだけで終わっちゃうんだよね……もっと、奏を気持ちよくしてあげたいんだ」
「尿道責めとか、ローションガーゼとか……はもうやっちゃったもんね。最近乳首もかなり感じるみたいだし、ローターを登場させて」
「それも先週やっちゃった…………」
「そうだった」

 何か無いかなぁ、とあかりが後ろ手で器用に怪しいグッズが詰まったクローゼットを開けようとする。
 と、中から段ボール箱がガタガタッと崩れ落ちてきた。

「うわぁっ!」
「わああっっ!!あかりちゃん、大丈夫!?」
「う、うん、避けたから……これ、引っ越しの荷物が片付いてないやつだ」
「あー、面倒になって積み上げてたやつ……」

 いい加減何とかしないとね、と散らばった中身を片付けていて、ふとある物に目が惹かれる。

(あ、これ…………)

 あかりを振り返れば、どうやらあかりも同じ事を思っていたのだろう。

「……次の奏ちゃんのバイトの日にさ、塚野さんのお店に行こっか」
「うん……!これなら奏ももっと気持ちよくなれるよね!」

 早速幸尚は塚野に連絡を入れる。
「エッチの事は俺に相談しろ」とあれだけ奏に言われていたのに、寂しさに震えるウサギ状態の幸尚は、もはやあかりの案に乗り奏の新しい扉を開くことしか頭にない。

(ちゃんとやり方を学んで…………塚野さんも奏なら慣れれば気持ちよくなれるって言ってたし……これで、もっと奏を愛してあげられる)

 斜め虚数軸方向の答えを得た二人の、視線の先にあったもの。
 それはあの凶悪な様相の超ロングディルドだった。


 …………


 それから2週間後。
 あかりのバイトも無事決まり、奏のバイトに合わせて月水金と4時間ずつ稼働することになったらしい。
 奏も「いいんじゃね?学生のうちから将来を見据えて仕事ができるなんて超ラッキーじゃん」と喜び、あかりの手枷の件もすんなり快諾する。

 そうして、いつもの甘い夜がやってくる。
 ……今日も、その筈だった。

「……ね、奏…………今日は奥までしっかり洗ってきて……」
「んふ……いつも、奥まで洗ってるぞ…………?」
「うん、そだね……でも、念入りに、ね」
「?おぅ…………はぁ、尚のキスで洗う前に腰が抜けそう……」

 ……思えばこの段階でもう少し問い詰めればよかったのだ。
 けれど奏だって健全な男子だ。恋人があんな熱い眼差しで見つめてくれば、とっとと洗浄を済ませてたっぷり愛し合いたいと思うのは当然だろう。

(にしても、最近は毎回ハードだよなぁ……)

 回数が減った分、幸尚はその想いを溜め込んでぶつけるかのような激しい抱き方をすることが増えた。
 いや、激しいと言っても暴力的なわけじゃない。ただとにかくねちっこいというか、何が何でも奏をぐでんぐでんにして意識が吹っ飛ぶまで気持ちよくしようという熱意がすごいだけだ。

 気がつけば朝の2時3時までまぐわうのは日常茶飯事で、お陰で講義中に爆睡することも1度や2度ではない。
 当の幸尚はそんなそぶりもなく、朝から元気に弁当を作っているってのに。いやこれは多分自分が普通で、幸尚の精力が化け物じみているせいだ、そうだと言ってほしい。

 まぁ、愛されるのは悪い気分じゃない。
 何より最近は大学にバイトにと忙しくて、まぐわう頻度も少なければあかりの調教を任せることも多いのだ。
 幸尚のことだから密かに我慢していることもきっとあるだろうし、溜め込んだ全てを発散するような熱情をがっつり受け止めるのも…………正直、愛されているなぁと嬉しくて堪らなかったりする。

 だからいつもとちょっと様子の違う幸尚も、きっとその大きすぎる愛と性欲のせいだとばかり思っていた。

「んぁっ、んふぅっ…………ぁ、ぁあ……いいっ…………なお、そこぉ……!」
「うん、気持ちいいね……んぐ…………」
「ひあぁぁ!!?ちょ、両方やばいって!飛ぶっ、まずい飛ぶぅ!!」

 後ろを指でほぐされながら、前をパクリと咥え、じゅるじゅると吸い上げられる。
 胸の飾りにはローターがつけられていて、さっきからもう何度も目の前がチカチカしている。

「はぁっ、はぁ、んっ…………」
「ん、そろそろ良さそうかな」

 ようやっと前戯に満足したのだろう、ぽつりと呟いた幸尚に、ああやっと熱がもらえると後孔はつい期待してヒクヒクと震える。
 あの規格外にでかい欲望で、結腸まで貫かれて揺さぶられる……考えただけで腰が動いてしまいそうだ。

「……はぁっ……尚ぉ……」
「うん、ちょっと待っててね」

 だというのに、今日の幸尚は随分と焦らしてくる。
 あんなにガッチガチの息子さんを擦り付けていたのに、ここに来て焦らしたら幸尚が暴発するんじゃないかと声をかけようとしたそのとき。

「…………え、あの…………尚…………?」

(な……っ…………じ、冗談だよ……な!?)

 あまりの気持ちよさに幻覚を見ているのかと思ったが、残念ながらこれは現実のようだ。
 幸尚が手にしているのは、あの怒れるモードのあかりからプレゼントされた、凶悪な長さのディルド。
 太さはなんてことない、既に慣れたサイズだが、この身体は幸尚以上の長さは知らないというのに。

 ヒュッ、と思わず喉が鳴った。

「え、ちょ、尚っそれ」
「うん、横向きになって…………そう、そのまま力抜いててね。いっぱい前戯したから抜けてると思うけど」
「いや待って、そんなの入らないっ……!」
「大丈夫、いっぱい練習したから。気持ちよくなってね、奏…………ああ動かないで、下手に動くとお腹を突き破っちゃうから」
「ヒィィッ!!」

 物騒な警告に怯んだ隙に、つぷ、とディルドの先端が中に入ってくる。
 直前までしっかりお湯で温めてくれていたのだろうそれは、ほんのりした熱を奏に与えてくれるが、いや今俺が欲しい熱はそっちじゃねぇ!と心の中で叫ぶ。

(やだ、いやだっ尚、それじゃない、尚が欲しいんだってば……!)

 けれども身体は、動けない。
 動くと危ないと言われたし、何より散々蕩かされた身体は、持ち主の言うことなど聞いてくれない。

「んううぅ……んぐあぁっ……!」
「あ、前立腺に触ってるかな。このくらいの細さならスルスル入るね」
「も……お願い、怖いっやめて、尚……」
「大丈夫だよ、奏……ほら、ちゅうしよ……ゆっくり深呼吸して」
「ぷはっ、いや、聞けよぉ…………」
「だいじょぶだよ、奏ちゃん。尚くんめちゃくちゃ上手だからすぐ気持ちよくなるよ!」

(……今回もお前が犯人かあかりぃぃぃ!!)

 これまでの経験から、この状況はあかりが唆したと考える方が妥当だろう。
 何してくれたんだこの天然暴走奴隷め、覚えてろよと心の中で悪態をつくも、こつん、と奥に当たる衝撃でそんな物は吹っ飛んでしまう。

 続けてこつん、こつんとディルドでノックされれば、恋人を迎え入れ慣れた奥は簡単に開いて。

「おほぉっ…………!!」

 ぐぽ、と嵌まる感覚だけでもう頭が真っ白になる。
 だが、いつもならその入り口を出入りして優しくあやしてくれるはずの幸尚と違って、限界を超えた長さのディルドは容赦なく奥へ、奥へと突き進んでいく。
 その度に表面のでこぼこがいいところに引っかかり、勝手に濁った喘ぎ声が漏れる。

「あ゛っ゛、あ゛お゛っ゛、んがあ゛あ゛ぁ゛っ……!」
「奏ちゃん、凄い声……ああぁっ、思い出して気持ちよくなっちゃうぅ…………!」
「はぁ……いい顔……大好き、奏…………ああ、愛してる、好きすぎておかしくなっちゃいそう……」

 いや、俺の方が先におかしくなるから、と言いたくても、開きっぱなしの口から漏れるのは涎と喘ぎ声だけだし、見開いたままの瞳はずっと涙が溢れていて前なんて碌に見えやしない。

 頭の中のそこかしこで何かが弾けて、気持ちよさに身体が跳ねる。
 いや、確かに気持ちいいが、こんなどこかに落ちてしまいそうな……何より無機質な物から与えられる快楽は、ただ機械的に昂らされているだけで、心のどこかがスッと冷えていく。

(…………俺が欲しいのは、幸尚の熱なのに)

 すっかり飛んでしまった奏の様子に、幸尚は「ああ、良かった」と嬉しそうに微笑みながら奏に触れる。

「気持ちよかった?奏…………もう喋れないか。ゆっくり抜いていくから、抜くのも楽しんで」

(こんなの、楽しくない)

 ああ、やっと抜いてもらえる。
 お願いだ、はやく尚の欲望で俺を貫いて、その熱さで全てを塗りつぶしてくれ。
 こんな寂しい快楽は、もういらない……!

 気づけば奏は無意識のうちに幸尚を抱きしめ、その唇を貪っていた。


 …………


 翌日、午後1時。
 主寝室のでかいベッドの上で腕を組み、しかしぐったりクッションにもたれて座る奏の前で、幸尚とあかりは神妙な顔で床に正座していた。

「……言い訳くらいは、ゴホッ、聞いてやろう」
「うぅ…………」

 結局あの後未明まで奏を抱き潰し、すっかりご満悦で眠りについた幸尚だったが、昼になっても起きてこない奏を心配して幸尚が起こしに行けば、開口一番短く命じられた。

「あかりを連れてきて、そこに正座」

 声にならない声を紡ぐ奏の顔からは、すっかり表情が消え失せていて。

 あ、これは完全にぶち切れさせたと、幸尚はここに至って自分がやらかしたことを自覚したのだ。

「あの…………何で、私も……?」
「……あれを使うことを唆したのは、あかりじゃねぇのか?」
「え、えと、その賛成はしたけど今回は唆してはない、はず」
「そうだよ奏、あかりちゃんは塚野さんとこで練習するときに協力してくれただけで」
「つまり共犯な」
「ううぅ…………」

 ああダメだ、これはあかりちゃんを庇うのも無理そうだ。
 ごめんあかりちゃんを巻き込んで、と幸尚は心の中であかりに全力土下座する。

「で?」
「…………その、大学に入ってから……奏とあまりいられなくて、寂しくなって…………」

 不利になるだけだと分かっていても、下手な言い訳をしない点は評価しよう。
 だが経緯を涙を浮かべながらぽつぽつと話す幸尚に、今回はまったく同情の気持ちが沸かない。

 前回のやらかしの時にだって言ったのだ。そういうことはまず俺に相談しろと。
 忙しい自分に気を遣ってくれているのは分かるが、あかりに相談したが最後こうなるのは分かっていただろうに。何度俺を殺す気だ!と怒鳴りつけたい。怒鳴れるような声は出ないけど。

 これは流石に無いわ、と冷たく突き放す奏に、幸尚がショックを隠しきれない顔で「ごめん…………」と涙をこぼす。

 ああもう、そんな可愛い顔して泣かれたら許しそうになるじゃないか。
 だが、今度という今度は容赦しねぇ、と奏は心の中で自分に言い聞かせる。

 反省はしているだろうが幸尚のことだ。痛いお灸を据えないと、また自分の気持ちを押し込めてどうにもならなくなってからあかりを頼るパターンを繰り返すだろう。
 幸尚にとって根本的にあかりが守ってくれる人のままなのは分かるが、俺だってもう付き合って2年以上になる恋人なのだ。
 もうちょっと頼って欲しいんだけどなと、奏はちょっと悔しくなる。

「とりあえず…………あかりはリセット延長」と言い渡せば、あかりもここは下手なことをしてはまずいと感じたのだろう「はい」と小さな声で頷いた。
 問題は幸尚だ。
 よく考えたら幸尚にここまで切れてペナルティを科すパターンなんて、これまでなかった気がする。

(尚がやられて辛くて、絶対に反省できそうなもの…………)

 だめだ、俺の頭ではセックス禁止くらいしか思いつかない。
 しかもそんなもの、禁止したところで今の寂しさと奏への愛しさがカンストしている幸尚が守れるわけがない。せいぜい1日が限界だ。
 もうこうなったら、俺が貞操帯でも着けて尻を守るしかないのではなかろうか。

(貞操帯…………?)

 記憶の隅に追いやられていた道具を、ふと思考は拾い上げる。

(貞操帯……前に確か…………あれは、実用に耐えるよな……?)

 何かを考え込んでいる様子の奏を、幸尚とあかりは不安そうにじっと見守る。
 やがて「そうだ、その手があった」と奏はよろよろと寝室のクローゼットに入っていった。

「…………怒らせちゃった……」

 ぽろぽろと涙をこぼしながらしゃくり上げる幸尚に「ごめんね、またやらかしちゃった」とあかりも意気消沈だ。

「ううん、むしろあかりちゃんを巻き込んでごめん…………僕が最初から、奏に直接寂しいって言うべきだったんだ……」
「もっと早く気づいて欲しかったな。だが今回という今回は許さねぇ」
「奏…………?」

 うつむいている奏の表情は覗えない。
 そして、その右手に持っている箱は、かわいらしいうさぎの顔のついた、木製の小物入れ。

 今度は幸尚が「ヒィッ」と悲鳴を上げる番だった。

「あ、そ、それまさか…………!?」
「尚はこのくらいじゃないと、セックス禁止なんてペナルティを出しても守れねえだろ?……今晩、着けてやるから首を洗って待っていろ!」
「ひぐっ、そんなぁぁぁ…………!!」

 ぱかりと奏が蓋を開ける。
 その中に鎮座しているのは、幸尚が昨年の誕生日にあかりからもらった銀色の金具とチューブ…………装着者の射精どころかペニスを目にすることすら封じてしまう残酷な装具、フラット貞操具だった。


 …………


「あっはっはっは!!そう、それは災難だったわねぇ!!あはははっ……!」
「んもう、笑い事じゃねーよオーナー…………俺は尚と楽しくエッチできりゃそれでいいのに、なんてもんを尚に教えやがるんだよ!」
「そりゃもう、請われれば教えるに決まってるでしょ?あかりちゃんの調教にもなったし。あの子かなりお尻の感度がいいのよね、とてもいい声で鳴いてたわよ」
「くそう、そっちは見てみたかった……じゃなくて!!」

 うさぎの小物入れごと貞操具を握りしめた奏が向かったのは『Jail Jewels』だった。
 事の顛末を話せば事情を知っていた塚野は爆笑し、たまたま居合わせた賢太も「奴隷の気持ちが分かってよかったじゃねえか」とニヤニヤする始末だ。
 全く、俺の味方はいないのかとちょっと悲しくなる。

「そうは言っても、奏が大学生活とバイトにかまけた結果でもあるんだからな。幸尚君は確かにやり過ぎだがお前も反省しろ」
「分かってるよ……でも今回はだめ、ちゃんとペナルティを科す」
「で、幸尚君に貞操具を着けようと」
「おう、これを着けておかないとセックス禁止なんて尚が守れるわけが……待った、なんでこの箱だけで分かるんだよ」
「分かるも何も、そのフラット貞操具、あかりちゃんがうちで買った物よ」
「まじかよ」

 結構いいお値段なのに、あの時のあかりはお小遣いを奮発して買うんだって張り切っていたっけ。
 幸尚へのプレゼントと聞いたときには流石に日の目を見る日が来るとは思っていなかったが、人生何が起こるか分からないものだ。ちゃんとしたものを勧めておいて正解だったわと、塚野は心の中で独りごちる。

 でも俺、これの装着方法は知らねえんだよと奏は小物入れを開ける。
 きちんと蓋をして大切に保管してあったお陰で、埃一つかぶっていない貞操具を取り出せば「ちょっと見せてみろ」と賢太が手を出してきた。

「ふぅん…………千花が仕入れるだけあっていいもんだな。ちゃんと身体に沿う形のリングじゃねえか」
「よく分かんねぇけど、いいやつなの?」
「装着感がいいんだよ、このタイプは…………ああでもちょっと仕上げが粗いな。時間あるんだろ?待ってな、どうせだから快適に着けられるようにしてやる」
「え」
「あ、賢太さん導尿用のチューブ使います?」
「あーこれ出しっぱなしで保管だったし交換すっか。シリコンの何種類か用意して」
「えええ」

 あれよあれよという間に事務所は作業場と化す。
 ブツブツと独り言を言いながら研磨を始めた賢太を横に、塚野は「ま、時間もかかるからゆっくりしてなさい」と紅茶を出してきた。
 今日の茶菓子は柚子風味のあんこが詰まった和風ロールケーキだ。塚野はタルトだと言っていたがどの辺がタルトなのかはよく分からない。

 それで、と今度は塚野が手を出してくる。

「鍵、2つあるでしょ。ひとつはこっちで預かるわ」
「へっ、また何で」
「鍵はキーボックスで保管でしょ?万が一あんたやあかりちゃんが鍵を取り出せなくなったときの保険に預かっといてあげる」
「…………キーボックスで、保管?」
「へっ?ちょっと待って、あんたたちあかりちゃんの貞操帯の鍵はどうやって保管してるの?
「いやどうもこうも、俺と尚が持ってる」

 ほら、と胸元から取り出したチェーンには、小さな鍵が二つぶら下がっていた。
 片方は貞操帯の、そしてもう片方はあかりのネックレスの鍵だそうだ。

「ああ……まぁ、あかりちゃんはあんた達から無理矢理鍵を奪ったりはしないか……」
「毎日洗浄してるし、何より俺らはあかりを信頼してるからな。あいつは俺たちの信頼を裏切るような奴じゃない」
「…………なるほど、言葉の枷ね。あんた達3人の関係だからこそって感じねそれは」

 でも、幸尚君に着けるならそれはやめた方がいいわよと塚野は釘を刺す。

「同じように貞操帯・貞操具を着けてもね、男と女じゃその衝動の強さは桁違いよ。何たって、女性は最悪絶頂しなくても辛いだけで問題は無いけど、男性は物理的に溜まるし、それがそのまま本能や体調に直結するから」
「つまり、何が何でも鍵を得ようとする、ってことか」
「そう、だからもっと無慈悲な管理をしてあげた方が、幸尚君のためね」

 そう言って店の奥から取ってきた箱を、塚野はコトリと机の上に置く。

「これを使いなさい。使い方は教えてあげるから」
「これがキーボックス?こんなので大丈夫なのかよ」
「ふふ、これも使いようなのよ。このアプリと組み合わせて」
「…………へぇ、こんな便利な物があるんだ。そっか、キーホルダーがいるとは限らねぇんだな」
「そ。そういう意味でもあかりちゃんは幸せなのよ。ちゃんと管理してくれるご主人様に出会えたんだから」

 それから装着と管理に必要なことを一通り教わり、整備済みの貞操具を片手に奏は店を後にする。

(待ってろ、尚。今回はみっちり反省させてやる…………!)

 どうも自分は、思っていた以上に幸尚以外をこの身体に迎えたくないらしい。
 たとえ無機物であっても、幸尚に蹂躙されたことの無い場所を荒らされるなんてまっぴらごめんだ。

 二度とこんなことはさせない。
 珍しく怒りに燃えながら、奏は家路を急ぐのだった。


 …………


「ちゃんと綺麗に洗ったな?ほら、でっかいちんこにバイバイしような?」
「うう…………本当にやるの……?」
「じゃ、これなしで1週間セックス禁止って言って、尚は守れるのか?」
「絶対無理」
「即答かよ、なら仕方ねぇよな!」

 夜、いつものようにあかりの洗浄を終え、幸尚が風呂を終えて寝室に戻れば、あかりの目の前で全裸にされ後ろ手に枷を着けられる。
 逆にあかりは「手伝ってもらうから」と手枷を前に着けられていた。

 その股間にもしゃもしゃと生えていた毛は綺麗に剃り落とされていて、恐怖に縮こまっていても人よりは大分立派なペニスが揺れている。
 数年ぶりに毛に守られた安住の地を放棄した幸尚の幸尚様はどうにも心細げで、まるで持ち主の今の心境を表しているかのようだ。

「こんな…………ツルツルにするなんて、恥ずかしいよう……」
「どうせ見るのは俺らだけだろ?貞操具を着けるなら毛は無い方がいいんだよ、自分で剃らせてやっただけありがたいと思え」
「毛が無いと洗いやすくてすっきりするよ!尚くんも慣れたら病みつきに」
「それはなりたくないかな!」

 既に半泣きの幸尚に「んじゃ、着けるぞ」と奏がジップロックに入った貞操具を見せれば「えええええ!?」と幸尚の口から素っ頓狂な叫び声が漏れた。

「ちょっと待って、それチューブ伸びてない!!?」

 真っ青になり震え出す幸尚に「いや、この方がいいって叔父さんが」とまずはリング状の部品を取り出した。
 横から見ると少しだけカーブしているそのリングは、元々身体に沿うようにカーブしていたリングを賢太が「幸尚君の体格ならこのくらいがいいんじゃないか」と調整してくれたものだ。

「着けてて具合が悪かったら、調整してくれるってさ。ただ着けたまま調整しなきゃだめだから、オーナーの店か叔父さんのバーで全裸になってもらうけど」
「なんで奏も塚野さんも賢太さんもそんな鬼畜な事を思いつくのさ!ひぃぃっ、待って、何を通すのっ!?」
「何もかにも、股に固定するために通すもんなんてこれしかねえじゃん」
「ひええぇぇっ!!」

 奏が幸尚の睾丸をふにっとつまむ。
 もうそれだけで恐ろしくて、玉がキュッと上がってしまいそうだ。

「怖いって、ねぇ、奏、ごめんなさいっ怖いよう助けてえぇ!!」
「俺も怖いって言ったけどやめてくれなかったろ?ほら、しゃんと立てよ」
「ひぐっ……ひぐっ…………いやあああ潰れるうぅぅ!!」
「潰さねぇっての」

 左の睾丸を少し押しつぶすようにして、その狭いリングの中によいしょっと通す。
 通してる自分まで何だか股間が痛くなってくる光景だなと心の中で独りごちる一方、あかりは目を丸くして興味津々でその様子を眺めていた。

「へぇぇ、意外と押しても痛くないんだ…………」
「いや、いきなりグッとやられりゃ痛いぞ?でもまぁそーっとやる分には」
「うううぅ…………もうやだあぁ……」
「ほら、もう片方を通すぞ」
「ひいぃっ……!」

 袋の中を滑らせるようにして、もう片方の睾丸を通そうとする。
 くにゅくにゅ逃げ回るのに業を煮やし「すまん尚、ちょっと頑張れ」と声をかけると奏はさっきよりも圧をかけてその繊細な玉を押しつぶした。

「ぐぁ…………!!…………!」

 幸尚が、あまりの痛さに声も出せず目を白黒とさせる。
 ようやくリングを通せて「よっしゃ通った!」と思わず声を上げれば「よっしゃ、じゃないよぉ…………」と上から涙が落ちてきた。

 その光景に「えええっ!?」とあかりが素っ頓狂な声を上げる。

「え、大丈夫なの!?たまたまの袋、捻れない!!?」
「へっ、捻れ……ああ、そういうことか」
「どういうことぉ…………ひぐっ……」

 なら、この際だからじっくり見てみろと、奏はすっかり痛みで縮こまった幸尚のペニスを一度身体の中に押し込んで先っぽをリングに通し、幸尚の局部にあかりを近づける。
 あまりの恥ずかしさに「見ないでぇ……」と耳まで真っ赤になった幸尚を「これもお仕置きの一つな」と一蹴して、あかりに見せつけるように奏は幸尚の袋をたぷたぷさせた。

「金玉の袋は一つ。別に中に仕切りがあるわけじゃねーから、結構自由に動くんだぜ、ほら」
「へえぇぇ…………すごい、ぐにゅぐにゅ動くの楽しいねぇ……あれ、でも尚くんの左たまたま、右より下の方にあるよ?」
「そりゃ猫じゃねえしな。同じ高さだと玉がぶつかって痛いし、高さが違う方がよく冷えるってお袋が前に言ってた」
「そうなんだ……たまたまって伊達にぶら下がってるわけじゃないんだね!」
「いやいや、こんなもん伊達や酔狂でぶら下がってたら泣くわ!ぶつけたらマジで痛ぇんだぞ!!」

 軽口を叩きながらも、奏の手は止まらない。
 穴の開いた円形のプレートの中心に、先端に金属の部品が付いたチューブを取り付けた部品を、チューブに触れないよう袋からそっと取り出す。
 良く見ると金属の部品は丸みを帯びていて、狭い尿道に押し入りやすい形になっているようだ。
 太さは、以前おしがま調教の準備で突っ込まれたカテーテルよりちょっと太いくらいだろうか。

 そのチューブ、昼間見たときより長くなってない……?と恐る恐る幸尚が奏に尋ねる。
「このくらい長さがないとだめなんだってさ」と奏は用意してあったメモ帳にささっとイラストを描いた。

「これさ、ちんこから膀胱までを横から見た図」
「奏ちゃん上手だね、薄い本で出てくる解剖図そっくり」
「そりゃもう、家に本物の解剖図も模型もあったからな。んで、このチューブはここまで入る」

 そう言って奏が指したのは、膀胱から伸びる尿道がほぼ直角に曲がっている場所だ。

「男の尿道って20センチくらいあんのよ。で、この曲がってるあたりはちょっと太い」
「太い」
「この辺にチューブの先があれば、椅子に座ったり運動しても痛くねぇんだって。叔父さんが今回は13センチにしたって言ってたっけ」
「ふぅん、ちゃんと考えられてるんだ」
「お遊びで着けるんならともかく、今回は1週間着けっぱなしだからな」
「えっ」

 待って、着けっぱなし!?とその言葉に幸尚が慌てる。
 てっきりあかりの貞操帯のように、毎日着け外しして洗浄する物だと思っていたのに。

 そう訴えれば「これさ、着けたままでも結構綺麗に洗浄できるから。後でオーナーにもらった洗い方のメモを渡す」と奏はそっけない。
 そして断言されてしまえば、それ以上反論できる立場でもなく、幸尚はすごすごと引き下がるしかないのである。

「貞操具って着けっぱなしでも問題ないの?」
「世の中には1ヶ月着けっぱなしの人もいるから問題ねぇよ。……尚、じっとしてろよ?尿道に入れられるのは初めてじゃねぇんだし、そう震えるなって」
「いやいや震えるよ!だってそこは出す場所っ」
「俺に散々入れてるくせに?」
「…………ごめんなさい」
「よろしい」

 煮沸消毒はしてあるけど、とチューブをいったん消毒液につけ、幸尚の縮こまった竿の皮を剥いてまんべんなく消毒した上で潤滑剤を落とす。
 チューブの先端にも潤滑剤を塗りつけて右手にプレートを持ち、左手の中指と薬指の間に亀頭を引っかけてくっと伸ばすと、チューブを鈴口にぴとりと合わせた。

(あぁ、挿れられる…………!)

 後戻りできない時間が、刻一刻と近づいている事実に気が遠くなる。
 いつもなら幸尚がこんなに取り乱せば「全く、尚は泣き虫だな」と苦笑しながら頭を撫でてくれる暖かい手は、今は自分の象徴を閉じ込めるための処刑人と化している。

(怖い……怖いよう、助けて、奏っ助けてぇ……!!)

 自分を断罪する相手に助けを求める叫びは、嗚咽に混じって届くことが無い。
 否、今の怒り心頭の奏にはどうやったって届かない。

 真っ青な顔でひっ、ひっと短い悲鳴を上げる幸尚に「ほら、ゆっくり深呼吸」と促してぐっとプレートを押せば、思った以上にすんなりとチューブは竿の中に埋まっていく。

「うぅぅ…………ひぐっ……気持ち悪いよう…………」
「痛くねぇなら問題なし。ちょっと力を入れるぞ」
「っ、うぐうぅぅ…………!」

 あんなに長かったチューブが、すっかり身体の中に消えてしまう。
「痛みは?」と尋ねられ首を振れば「いい感じだな」と奏は頷いた。

 最後の一押しをして、プレートの上部にあるでっぱりをリングに開いた小さな穴に差し込む。
 流石にこれだけのブツを押し込んでいると反発も強いなと思いつつ、上の金具が一直線になるよう調整し用意してあった鍵を差し込んで回せば、幸尚の規格外のペニスはすっかり影も形も無くなってしまった。

「あああ…………うわぁぁ……」
「尚、痛みや痺れは?」
「な、無いっ……ないけど、これ…………うあぁ」

 目に映るのは、あるはずの膨らみがまるっと消滅した股間。
 惨めに体内に埋もれた雄の象徴は、丸い金属のプレートに遮られ、その姿を見ることすら叶わない。

 確かに自分は男のままなのに、男で無くなったような錯覚に陥る。
 世界が色を無くして、音が遠のいていく。

(ああ…………無い……!僕のちんちん、隠されて……蓋されちゃった…………)

「ぁ……ぁ…………」

 もはや幸尚の嘆きは意味を持った言葉にならない。
 見慣れない股間の光景がよほど衝撃的だったのだろう、呆然とする幸尚はいったん放置して「あかり、これ」と奏が取り出したのはキーボックスだった。

「あとこれな」
「スマホ?……これ、Webアプリ?」
「おう、貞操帯の鍵を管理するためのアプリ。オーナーのお墨付きだぜ」

 画面には、管理期間を始め様々な設定項目が並んでいる。
 やはり自分の専門分野だからだろう、あかりが興味津々で弄っていれば「アドレス送るから、後でゆっくり弄ればいいさ」と横から奏が期間を1週間に設定した。

「で、一番下に暗証番号のランダム生成機能があるから、10桁で生成した番号をキーボックスに設定して、間違いないか確認して」
「分かった」

 言われたとおり、何度か生成ボタンを押して完全にランダムなのを確認し、出来上がった暗証番号を設定する。
 10桁なんて覚えてられないねとあかりが呟けば「俺らが覚えてる必要はねえからな」と奏が鍵をあかりに渡した。

「アプリの暗証番号、表示を隠せるだろ?隠したら俺に渡して、鍵を入れて蓋を閉めて」
「オッケー……はい、蓋も閉めたよ」
「よし、ならあかりは暗証番号を忘れろ」
「だいじょぶ、覚えてないから!」

 キーボックスが閉まっているのを奏も確認する。
 そしてまだ呆然として「ちんちん無くなっちゃった…………」と涙をこぼす幸尚の元に戻り、スマホの画面を見せた。

「尚、お前の貞操具の鍵は、ここに登録される暗証番号がなければ出せない」
「……うん…………」
「あかりも覚えてないし、俺は番号を見てすらない」
「……………………」

 そうして1週間と表示された設定を見せる。

「この期間が終わるまで、暗証番号は誰にも分からない。このアプリを開こうが、俺のアカウントで覗き見しようが、絶対に知ることはできない」
「…………っ」

 奏の指が、目の前で画面をスクロールする。
「施錠」と表示されたボタンに指が近づく。

 恐怖に息が荒くなる。
 耳が詰まったような感覚に襲われて、もうそのボタンから目が離せない。

 今なら引き返せる。
 でも、その鍵は幸尚の手には握られていない。

 ボタンを一度タップされれば、もうこの相棒を押さえつける残酷な装具は1週間後まで誰にも外すことができない。

(やめて、お願い、やめてっ、ごめんなさい……!!)

 叫んだところで奏が許してくれるはずもない。
 だって自分も、奏の止めてと言う声を、怖いという声を聞かなかったのだから。

 だからぐっと懇願の言葉を飲み込み、ただ涙を零しつつその瞬間を見届ける。

「じゃあな、1週間しっかり反省しろよ」
「…………ああぁぁ………………!!」

 奏の綺麗な指が、ボタンをタップする。
「施錠されました」のフラッシュメッセージとともに表示されるのは


 06:23:59:52


 6日23時間59分52秒、51、50…………

「あ…………ぁ……………………」

 静かに減り続けるカウントを見つめ続ける。
 このカウントがゼロになるまで、何があっても己の欲望は、改悛を強いる蓋の下だ。

 その絶望に幸尚はただただ、絶望の呻き声を上げることしかできなかった。


 …………


「ううぅ、股が重い…………ちんちんが、無いぃ……」
「…………そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても」
「だって!何にも無いんだよ!!」

 やっとこさ落ち着いてた幸尚に「一度おしっこ出して来いよ」とあかり愛用の携帯ウオッシュレットを渡して勧めれば、すごすごとトイレに向かい、しかし数分後なんとも形容しがたい表情で寝室に戻ってきた。

「おしっこ……立ってできないよう…………」
「そりゃ無理だよな。そのボトルでちゃんと洗えたか?」
「うん…………でも、トイレットペーパーで拭いても完全に水気が切れない感じが」
「あ、そうだった」

 はいこれ、と渡されたのは女性用のパンティライナーだ。

「…………これは?」
「あ、これね。女の子が使うシートだよ。おりものとか、尿漏れとかでパンツが汚れないようにするの」
「尚はボクサーパンツだし、貼り付けられるだろ?貞操具が当たるところに合わせて貼っておけば、水気は吸い取ってくれるし多少は布地の保護になる」
「……ううぅ、こんなの……酷いよう…………!」

 堪えきれなくなったのだろう、ライナーを貼り付けながらまた幸尚が鼻をすする。
 全く、泣き虫なのは変わんねぇよなと嘆息しつつも「そもそも尚が悪いんだからな!」と奏は一刀両断だ。

「だって…………ひぐっ、ちんちんが無いんだよ……こんなシートまで着けて、女の子みたい…………」
「まぁ、その馬鹿でかい図体で股間に何もないってのは結構シュールだよな」
「そんなにおちんちんが見えないのって辛いの?むしろすっきりしそうなんだけどなぁ」

 そりゃ最初から付いてなければすっきりだろうけどさ、と拗ねた様子で幸尚は俯く。

「…………生まれてこの方ずーっと一緒だった大切な相棒が、突然いなくなったんだよ……そりゃ凹むよぉ」
「んん、そういうもんなの?」
「うーん……まぁ、気持ちは分からなくもないかな」

 装着して30分も経たないのにこの落ち込み様だ。
 ここに射精管理の辛さが加わればどうなってしまうんだろうな、と怒り心頭だった奏もちょっと冷静になってくる。

 ……なったところで、1週間はこのままなのだが。

「その、さ」と奏は幸尚を宥めるように頬に軽く口づける。

「……俺もごめん。尚が寂しがっているのに気づいてたのに、自分の楽しいのを優先しちまった」
「奏…………」
「叔父さんに1週間バイトは休むって伝えたから。その、これからは寂しい思いをさせないように気をつけるから……だから、尚もちゃんと寂しいときは寂しいって伝えて欲しい」
「っ、奏…………ひぐっ、うう…………うわあぁん…………!!」

 堪えきれなくなった幸尚が、がしっと奏を抱きしめて泣きじゃくる。
 大の男がわんわん子供のように泣いてる姿はなんとも滑稽だが、まぁ尚だもんな、と奏はよしよしと頭を撫でるのだ。

「まあでも、ペナルティはペナルティな!これから1週間、尚はセックス禁止!ま、これじゃ射精どころか自慰もおまけで禁止だけど」
「何気におまけが酷くない!?てかさ、奏も悪かったって思うなら着けようよ!」
「お前な、やったことの被害のでかさを考えろ。後、俺そこまで性欲強くないから、1週間くらいなら多分ちょっと辛いくらいで終わっちまうけど」
「うううぅ、理不尽だよぉ…………」

 そんな掛け合いをする二人を、あかりは「うんうん、仲直りできてよかったねぇ」と嬉しそうに眺める。

「やっぱり、奏ちゃんと尚くんは仲良しがいいよね!」
「そう思うならあかりも、尚の恋愛相談は俺にそのまま回してくんねぇかな」
「あはは、尚くんの悲しそうな顔をみるとついつい、ね」

 そう、どれだけ奴隷として堕とされても、幼馴染みがご主人様になっても、長年守ってあげなきゃいけないと思っていた幸尚への態度をあかりがすぐに変えるのは難しいのだろう。
 否、たとえご主人様としての幸尚に託すことができるようになっても、あかりのことだ、幸尚が落ち込んでいればやっぱり助けようとする未来しか見えない。

 だってそれが、あかりだから。
 そして奏も幸尚も、そんなあかりを変えたいとまでは思っていないから。

 夜の営みの時間が無くなっても、その時間は幸尚との時間に充てたいという奏に「いいよ、推しの甘々な時間を堪能するのもまた尊いから」とあかりは一も二もなく賛成する。
 ちょっと謎の言葉は混じっていたが、あかりだから仕方が無い。というかもうその場にいる気満々だよなと苦笑する。

「はぁ、何かどっと疲れたな……」

 怒りも収まり緊張も取れれば、昨日からの疲れがどっと押し寄せてきて、たちまち睡魔に襲われる。
 そんな奏を幸尚は「うん、もう寝よっか」とベッドまで運んでぎゅっと抱きしめた。
 互いの体温を分け与えるのは、心まで温まって心地よい。

(…………ああ、あったかいな)

 そうだよ俺が欲しかったのはこれだよ、と心の中で突っ込みながら、奏は夢の世界へと吸い込まれていく。

「…………おやすみ、奏。あかりちゃんもおやすみ」
「うん、おやすみ!……明日の朝は頑張ってね」
「?う、うん」

 手足の枷を外せばよく分からない言葉を残して去って行くあかりを不思議に思いながらも、幸尚もまた奏のぬくもりを感じながら眠りにつくのだった。


 …………


「ぐうぅ……ぐすっ…………」

 泣き声と、呻き声で目が覚める。
 隣で大きな身体を丸めて「痛いよう……」と泣きじゃくる可愛い恋人に、ああ早速洗礼を受けているなと奏は眠い目を擦りながら起き上がった。

「おはよ、尚」
「っ、奏っ、痛いよう!ちんちんが痛くて……ひぐっ……!」
「あーあー、そりゃ朝勃ちすりゃ痛くもなるって……ほら、見せてみ」

 べそべそと泣きながら幸尚はパンツを下ろす。
 さすがは幸尚の幸尚様だ、あまりにも元気すぎて円盤状のシールドを全力で押しのけようとしている。
 お陰でリングが一緒に前方に引っ張られ、陰嚢を挟んで駆血してしまったらしい。

「おはよう奏ちゃん、尚くん。あーやっぱり朝勃ちで痛いんだ」
「おう、早いなあかり!ちんこも痛いみたいだけど、こっちもだな」
「え、なんかたまたま腫れてない!?」
「腫れてるのは袋だけ。尚、ちょっと引っ張るぞ」
「へっ何を、痛たたたたっ!!」

 無理矢理袋を引っ張り、更にリングを元の位置に押し込む。
 痛みで少し萎えかけていたのもあってすんなりと押し込めたからか、袋の腫れは徐々に引いてきた。
 痛みも治まってきたのだろう幸尚は「毎日こんなになるの……?」と布団にくるまってしょげたままだ。

「そりゃ、朝勃ちするんだから毎日だよな。ほら、トイレ行って萎めてあかりの世話」
「うぅ、奏が冷たいよう……」
「しゃあないじゃん、どうせ1週間はお付き合いしなきゃならねえんだし。ほら、頑張れのキスしてやるから」
「あ、奏ちゃんそれは」

 あかりが止めるも間に合わず、奏は幸尚を宥めようと優しいキスを唇に落とす。
 と、その途端

「痛ったあああああっ!!!」
「…………あ」
「奏ちゃん、それは流石に鬼畜過ぎるよ……」

 奏の無自覚な煽りにより、哀れ幸尚は再びベッドで悶絶する羽目になるのであった。


 …………


「はあぁぁ…………朝から酷い目に遭った……」
「おう、ほんとすまん……まさかあれだけのキスでフルパワー充填状態になってしまうとは」
「尚くん、奏ちゃんへの愛がカンストしてるから仕方ないね」

 大学への道のりは、車で15分。
 奏のキャンパスへはそこから更に車で10分だ。
 夏休みには幸尚も免許を取って、その日の講義に合わせてどっちが運転するかを決めることになっている。

「それでどうだ?おっきくなったときはともかく、通常時なら今のところ問題は無いか?」
「うん。特に痛みも痺れもないかな、ただ」
「ただ?」
「…………やっぱりちんちんがないのが落ち着かない……」
「そこか、てっきり自慰できないのが辛いって言うかと思ったら」

 いや、もちろん自慰できないのだって辛い。
 だが昨日の今日だ、流石の幸尚もまだ我慢できる範囲内である。

 それよりも幸尚にとって「無い」事の衝撃は正直想像以上だった。

 幸尚は至ってノーマルである。恋人は男性だが、奏以外の男性には見向きもしないし、逆に好みの女性はつい目で追ってしまうくらいには健全な男子学生だ。
 奏との関係だって、幸尚は抱く側だ。つまり普段の生活で自分が『男』でない瞬間など存在しなかった。

 なのに、この貞操具はその男としての心理的基盤を揺るがしてくる。
 べそをかいている幸尚にあかりは「股間がフラットで女の子みたいなのが刺さるんだよ!このたまたまに埋もれているのがなんとも可愛くて、惨めでいいんだよね!!」と鼻息荒く説明してくれたが、どうやら幸尚がその心理を理解することは未来永劫なさそうだ。

 心は男のままなのに、無理矢理女の子に変えられたような違和感がずっと心に張り付いている。

「…………これからはちゃんと、奏に相談する……」

 ぽつりと呟く幸尚に、これは思った以上に効果があったなと奏は心の中で安堵する。
 もちろん奏だって、お仕置きはしたいけどいたずらに幸尚を苦しめたいわけじゃない。
 あかりが辛そうな顔をするのはそれはそれは滾るけれども、やっぱり幸尚には笑っていて欲しいから。

「……1週間はスキンシップも控えめにするかな…………」
「そんなあぁ……」
「だって、今の尚じゃ腕組んだだけでフル勃起しそうじゃん。俺、尚を痛めつけたいわけじゃないし」
「それなら外してよぉ、もう十分反省したからさぁ……」
「そりゃ無理な相談。暗証番号は6日後までどうやっても分からねぇ」
「うぐぅ」

 本当は塚野のところに行けば外してもらえるが、その事は決して話すまいと奏は決めている。
 一度ペナルティとしてやり出した以上、ここは最後まで完遂してしっかり反省を幸尚に刻み込まねば。

「ほら、着いたぞ。講義はちゃんと受けて来いよ、携帯用のウオッシュレットも持ったな?」
「うん、行ってくる…………」

 とぼとぼと歩く背中を見つめながら、今日一日が無事に終わりますようにと奏はそっと祈るのだった。


 結果から言えば、一日目の大学生活は平穏無事に過ごせた。
 若いだけあって何もなくても不意に大きくなることはあるけれど、痛みに耐えて素数を数えながら待てば程なく元に戻る。
 尿道チューブの位置も流石賢太が調整しただけあって、普通に生活を送っている分にはそこまで違和感も気にならないし、講義室の堅い椅子でも痛みは出なかった。

 やはり一番の難点はトイレで、座っておしっこを出すという行為がどうにも慣れないし、尿道のチューブの脇からも尿は噴き出てくるらしく、結局股間は尿まみれになって必死で携帯用のウォッシュレットを使って洗浄しなければならない。
 トイレの度に毎回この苦労をしているのか、とあかりの大変さがちょっとだけ理解できた気がする。

「あ、尚くん。こんなところまでトイレに来てるの?」
「あかりちゃんだって。情報工学部の講義室ってこっちじゃないよね」
「う、うん。ほら、やっぱり時間がかかるし…………ちょっとね」
「だよね…………」

 互いの講義室から離れたトイレでばったりと顔を合わせた幸尚とあかりは、せっかくだからと今日はそのまま二人で弁当を食べることにした。
 今日の弁当は、なぜか幼稚園児が喜びそうなキャラ弁だ。無意識に貞操具装着のストレスをこんなところで晴らしているのかもしれない。

「んふ…………尚くんは、まだエッチな辛さはない?」
「無いわけじゃないけど…………正直さ、まだこの見た目のショックが大きすぎて」

 目を落とすとそっと下腹部を撫でる。
 いつもならあるはずの物がない頼りなさは、何をしていてもちょっとした動作でその現実を突きつけ、少しずつ幸尚の心を削っていく。

「僕、このままオンナノコになっちゃったらどうしよう…………」

 たった1週間、されど1週間だ。
 つるりとした股間の寂しさに、用を足すのも座らなければならない屈辱感。
 不意に勃起すればまるで罰を与えるかのような痛みに耐え、萎えさせなければならない。

 このまま洗浄できるが故に、外すこともできないで蓋をされたまま。
 1週間後に解放されたとしても、本当に元通りの大きさと機能を維持しているのか、不安は募る一方だ。

「…………あかりちゃんの薄い本じゃ、貞操具を着けられた男の子はみんなメス堕ちしちゃうし……ちゃんとちんちんの出ている貞操具でもなるなら、こんな蓋みたいな貞操具なんて着けたら僕は」
「尚くん、あれはフィクションだよ!だいじょぶだって!」
「あかりちゃん…………でもっ……」

 そう、なんともならなかったのは幸尚の落ち込みだった。
 奏もあかりも、きっと貞操帯を着ければ精力旺盛な幸尚のことだ、初日から勃起を繰り返しては悶絶し、自慰したい、射精したいと嘆く姿を見せると思っていたのに。

 まさか奏も、たかがペニスを触れないように押し込めただけで幸尚がここまでショックを受けるとは思っていなかったのだろう。
 迎えの車の中でも言葉少なに俯いたままの幸尚に「これはまずい」と慌てて塚野の店に車を走らせた。

 事情を話せば「まぁ、あんた達みたいな変態とは違って幸尚君はドノーマルだからね、まっとうな反応でしょ」と塚野は説明を快諾する。

「短期間の貞操具でペニスの大きさや機能がどうこうなることはないから、安心なさい」
「ほ、本当に…………?」
「そもそも定期的に勃起をしていれば海綿体が萎縮することもないしね。寝ている間だって知らないだけで何度も勃起してるのよ、だから何の心配も無いわ」
「そっか、そうなんだ……」

 昨日の残りだろう、あの謎のあんこロールケーキを頬張りながら塚野の話を聞く幸尚は、ほっとした様子で、こちらも一安心だ。
 やはりこういうときは専門家の意見に限る。

「ま、そんな心配ができるのも今のうちだけよ。…………幸尚君は和菓子派?さっきからタルトがものすごい勢いで吸い込まれていくんだけど」
「あ、何でもいけますけど……安心したらお腹すいちゃって」
「その身体だもんね、そりゃ食べるか」

 そうだ、せっかくだから貞操具の状態も見てあげる、と工具を取り出した塚野に幸尚はぎょっとした顔を向けた。
 その手に持っている工具は、どうみても人間に向ける物じゃない。

「あ、あの、それをまさか」
「着けた状態じゃないと適切なカーブにできないのよね。ほら、とっとと全裸になる!」
「えええええ何でいつも全裸あぁ!?」

 数十分後、快適なフィット感の代わりに何かを失い「尚、ほら、頑張ったな!今日は奏の好きなもんを食べて帰ろうな!!」「尚くん、帰りに手芸店に寄ろうよ!きっと心が安らぐよ!」と二人に全力で励まされる幸尚の姿がそこにはあった。


 …………


 塚野のお陰でショックからは回復した幸尚であったが、そうなると貞操具は本来の役目を果たさんと牙を剥くわけで。

「志方君、今日大人しくね?いや、いつもそんなにしゃべる方じゃないけどさ」
「なんか今日の志方君は殺気立ってる気がする」
「うん、いつもより顔が怖い、いつも怖いけど」
「ごめん…………ちょっと、色々あって。後顔が怖いのはどうしようもないから……」

 2日目にして同じ学部の友人達にも散々心配されるくらいには、幸尚は切羽詰まっていた。

(出したい……ちんちんごしごしして、射精したい…………!)

 さっきからもうムラムラが全然止まらない。
 かといって反応すれば激痛に苛まれ、涙を滲ませながら必死で気を逸らせるしかない。

「ああぁ、これか…………だからライナーを何枚か持って行けって…………うぅ、触りたいっ……」

 トイレに駆け込みパンツを下ろせば、真ん中の穴から透明な液体が糸を引く。
 一度火が付けばもうペニスを扱く事しか考えられなくて、思わずシールドをカリカリとかきむしってしまう。

(そうだ、洗えるなら刺激もできるんじゃ…………)

 溢れ出る透明な蜜を指に絡ませ、塚野のメモで習ったとおり貞操具の脇から身体の奥へ指を入れれば、そこにちゃんとペニスが鎮座している。
 少し大きくなったペニスを人差し指で何とか刺激しようとあがくものの、とても快楽に繋がるような強い刺激は与えられない。
 …………分かっているのに、バカになった頭は無駄な足掻きを止められない。

「はっ、はっ……はぐうぅっ痛いっ…………!」

 興奮すればするほど欲望は膨れ上がり、キリキリとその狭い内腔の中で尿道を締め上げる。
 限界まで痛みに耐えても、望む快楽は得られない。

「はぁっ、はぁっ……触れないよおぉ……」

 ようやく諦めが付いた頃には、もう昼休みが終わりかけていて。

(あ…………お弁当、食べ損なっちゃった……)

 今日の唐揚げはいい味に仕上がってたのに、としょんぼりしながらもリングの位置と息を整え、涙を拭いて幸尚は午後の講義に足を速めるのだった。


「ふぅっ…………ぐっ、また痛いっ……」
「な、尚くん……だいじょぶ…………?」
「ごめん……あかりちゃんを見るだけでちんちんが元気に」
「ほえっ!ち、ちゃんと洗えてないのかな……」

 今日も今日とて、講義が終われば二人ベンチに並んで奏の迎えを待つ。
 そろそろ梅雨入りも近いのだろう、曇り空の屋外は少し空気が湿っていて、なんとなく重苦しい。
「匂うかな……」と不安そうに自分をくんくんするあかりに「多分僕のせいだから」と幸尚はすまなそうな面持ちだ。

「もう、ずっと…………ムラムラが止まらないから、女の子の存在自体に敏感になってる……おっぱいの威力が凄くて……」
「あ、なるほど……気持ちは分かるなぁ、連続装用期間が長くなると、私も奏ちゃんや尚くんがどんどんいい匂いになってくるし」
「あとさ、あかりちゃんが絶対に触れないのに必死でシールドを掻き毟る気持ちが凄く分かった。これ、もう理性じゃ止められないんだね」
「でしょ!諦めが付くまでずーっとやりつづけるしかないの。自分でもサルじゃないんだからってどこかで思ってるんだけどさ……もう、手が勝手に…………はぁっ、思い出すだけで惨めさが堪んない……!」
「ちょっ、あかりちゃん、せめて奏が来るまで奴隷に戻るのは待ってね!!」

 でもあかりちゃんは凄いね、と幸尚はため息をつく。
 一応ネットで知識を仕入れたり奏やあかりから話は聞いて、貞操帯がどういう物かは理解していたけれど、これほど日常を浸食する凶器だとは思いもしなかった。
 あかりはこれをもう1年以上続けているのかと思うと、たった2日でもうギブ寸前の幸尚にはあかりがとんでもなく凄い人に見えてしまう。

 別にそんな凄くはないよ、と笑うあかりもほんのり上気していて、そう言えばあかりも既に前回のリセットから3週間が経過していることを思い出す。
 ああ、その欲情した顔を見るとまた息子さんが暴走しそうだと幸尚は慌ててあかりから目を逸らした。
 そんな幸尚の気持ちが通じたのだろう、咎めることもなくあかりは話す。

「ほら、私はずっとこうなりたかったから。奴隷として、二人のモノとして管理されて……辛いのも、もどかしいのも、全部気持ちいいに変えられる変態で……んふぅ、楽しめるから、こうやっていられるだけ」
「楽しめる、かぁ……まだたった2日だけどさ、僕にはどう頑張ってもあかりちゃんの気持ちは理解できないって事がよく分かったよ…………」
「うん、無理だろうなって思ってる」

 でもね、とあかりが立ち上がる。
 肩まで伸びた髪がふわりと風に揺れて、大人の女性に近づいた幼馴染みが眩しい。

「尚くんはそうやって最初からずーっと分かろうとし続けてくれて、分からないなりに受け入れてくれるでしょ?私は……多分奏ちゃんもそれだけで十分嬉しいんだよ」
「…………うん」
「あ、奏ちゃんの車来たよ!行こう」

 ほら、と差し伸べられた手を取り立ち上がる。
 気を抜けば元気に主張してくる息子さんに、今は止めてくれと必死で言い聞かせる。

 幼い頃から変わらないこの光景は、あかりが貞操帯を着けてからは逆転することが増えた。
 けれど、まだまだ自分の背中は頼りなくて、憧れのヒーローにはとても追いつけやしない。

(守りたいって気持ちだけはあるのになぁ)

 いつか、彼女を守るに足るだけの力を身につけられるだろうか。
 そんなことをぼんやり思い、いやそれどころじゃないだろと奏を見た途端うっかり反応してしまった痛みに顔をしかめながら、幸尚は車に乗り込んだ。

 幸尚は気付かない。
 幸尚が思っているよりずっと、あかりはその背中を頼りにしていることを。
 そして、守るとはただひとつの手段ではないことを。

 それが分かるのは、もうちょっとだけ後の話。


 …………


(これは、流石に……オーナーに解錠してもらったほうがいいのかな…………)

 4日目の夜。
 必死で腰をカクカクと振りながら「奏、出したいっ、ちんちん触りたいよう……!」と奏に覆い被さってキスの雨を降らしては激痛に悶えるのを繰り返す幸尚に、奏の決心は少し揺らいでいた。

「尚、んっ、こらっセックスはだめって言っただろ?」
「ううっ、お願いキスだけさせて……!今ならキスしたら射精できるかもしれないからぁっ!!」

 はぁはぁと息を荒げ、涙で潤んだ瞳の奥には獰猛な欲望が見え隠れする。
 2日目の夜からずっと奏にひっついては腰を擦り付ける始末だったが、明らかに日を追うごとに追い込まれているようだ。
 確かにこれは、鍵を首にかけておかなくて正解だったと思う。今なら寝込みに拘束されて鍵を取られたあげく、そのまま気が済むまで腰を振られかねない。

「尚くん、大学でもかなり辛そうなんだよねぇ。講義ちゃんと聞けてるのかな」
「まぁそうなるか、これまで毎日三回戦が最低保証だったのが、いきなり何もなしだもんな……」
「お願い、奏ぅ……ごめんなさい、もう二度とあんな事しないから!ちゃんと奏に正直に話すからぁ射精させてぇ!!」

 涙をこぼしながら必死に縋り付く幸尚の姿に、奏もちょっと胸が痛い。
 これがあかりなら息子さんが大歓喜するってのに、幸尚はどこまで行っても大切な恋人で、性癖を押しつけたくないのだなとしみじみ思う。

「何ならこれを機にメスの快感でも味わってみるか?」と尋ねれば「やだ」と速攻で断固拒否される。
 どうやら幸尚にとって「男である」ことは相当大切な事らしい。
 あれだけ趣味も好みもどちらかというと女性寄りな感性なのに、正直奏よりも男であることには固執しているように感じる。
 ……いや、だからこそなのかもしれない。

 何にせよ、これでは幸尚の欲求不満をどうやっても解消できそうにない。
 もう十分反省しているだろうし、ここは塚野に頭を下げようかと迷っていると「奏ちゃん」と床から声がかかった。

「どうした、あかり。…………何かあかりも随分出来上がってね?」
「そういう周期なの!ずっと尚くんの匂いもするし、もうおちんちん舐めたくて」
「そりゃ舐めるモノがなくて正解かもしれんな」

 酷いなぁ、とこぼしながらも、あかりは床に置かれたフットブラシにひたすら乳首を擦りつけている。
 塚野のプレゼントはいたく気に入ったようだ。しかしちょっとローションが乾いてきたなと奏はボトルを手に取る。

「ほら、ヌルヌルを足してやる。どうせそれだけじゃ逝けないんだ、たっぷり堪能して泣けよ」
「んああぁっ…………じゃなくて……んうぅ…………」
「じゃなくて?」

「だめだよ、手を抜いちゃ」
「…………!」

 あかりからの思わぬ一言に、固まってしまう。
 何も言ってないのに、どうして。
 …………いや、あかりだからか。伊達に産まれてからずっと一緒じゃない、お互いに考えていることは筒抜けなのだろう。

 はぁはぁと胸を擦りつけながらもあかりは話す。

「あのね、奏ちゃん……尚くんが、んっ、辛いのが悲しいのは分かるけどさっ……」
「おう」
「私が同じ状況だったら……はぁっ…………じゃあリセットしようとか」
「絶対思わねぇ、むしろもっと延長してぐだぐだになったあかりを更にプレイで追い込んで堪能する」
「うはぁ、鬼畜さマシマシ堪んないぃ…………じゃなかった、なら、尚くんにも追い込まなくていいからそうしてあげて」
「あかりちゃあぁぁん!?」

 涙声の悲鳴が幸尚から上がる。
 まさかここであかりから裏切り者じみた発言が出るだなんて、思いもしなかったのだ。

 また何で、と戸惑いながら奏が尋ねれば「ゴールは動かしちゃだめだよ」とあかりが潤んだ瞳で、しかしはっきりと奏を見つめる。

「奏ちゃんは尚くんに甘いから。私も甘いけど…………尚くんのためならすぐ譲歩しちゃうでしょ?」
「う゛っ、痛いところを…………」
「結局今回だってさ、確かに尚くんは暴走したけど、止めようと思ったら止められたよね?」
「ん、まぁ気合いで叫べば……止まったかもしれねぇな」
「そもそも私には最初からセーフワードを決めさせた癖に、奏ちゃんはセーフワードを作ってないし」
「「あ」」

 言われてみればそうだ。
 これまで散々幸尚を暴走させ寝込んできているくせに、奏はその場では怒るもののいつも「まぁ尚だから仕方ないよな」で終わらせている。
 …………言われてみれば、セーフワードがあれば今回の惨事だって防げたかもしれないのに。

「ね、だから、尚くんのためにもちゃんとストッパーを用意して、お仕置きするなら心を鬼にして最後までやらないと……結局、同じ事を繰り返すし、それは尚くんも辛いんじゃないかな」
「……あかりちゃん」

(ああ、僕はずっと二人に甘えっぱなしだ)

 あかりの率直な指摘が、幸尚の痛いところを全力で突いてくる。
 そうなのだ、普段は二人を優先しがちな幸尚だが、ここぞと言うときは何が何でも自分の意思を通そうとする傾向がある。
 そして普段から割と好き勝手に動いている二人は、幸尚が意思表示したとなると何となく譲歩してしまうのだ。

 全てが悪いわけじゃない。
 けれど、自分が負担になるような譲歩はもう、止めよう。
 それは相手のためでもあるし……何よりもう自分たちは、大人になるんだから。

 あかりの言わんとすることを、二人は理解する。
 そして「そだな」と奏は頷いた。

「セーフワードは……うん、このペナルティが終わったらちゃんと考えよう。今の尚じゃ冷静な判断はできそうにないし」
「それは、んっ、そうだね……明日尚くん講義出られるのかな…………」
「ううぅ、奏っ、奏ぅ…………」
「はいはい落ち着けって。むしろ大学に行った方が気が紛れるだろ」
「それはそうだね」

 優しさを勘違いしちゃいけない。
 これからずっと共に暮らすなら、その場限りでない優しさを覚えよう。

「ま、尚はあと3日頑張れ。残念ながら俺らにできることはない」
「ううぅ、せめてちゅうしてぇ……」
「それ、ドツボにはまるだけじゃねえの?」

 いつも以上に必死な幸尚がちょっと可愛いな、と思いつつ、奏は唇を交わすのだった。


 …………


 やっと、この日が来た。

 最後の3日間は本当に地獄だった。
 朝は必ず股間の痛みで無理矢理叩き起こされる最悪な目覚めで、ぐったりしながら3人分の弁当と朝食をつくり、あかりの世話をする。
 あかりが排泄でどこか解放されたような顔をしているのすら、羨ましくて堪らない。

 家に籠もるより大学にいる方が気が紛れるのは確かだったが、講義を受けていても友人達と話していても、常に頭の片隅で「射精したい」と渇望する囁きが消えない。

 しかもその渇望はふとしたきっかけで幸尚を飲み尽くそうとし、慌てて股間の痛みに耐えながらトイレに駆け込んでは虚ろな瞳で「射精したい、ごしごししたい…………」とシールドの脇から何とか刺激をしようと無駄な足掻きを繰り返す。

 家に帰れば、大好きな奏がいる。
 なのに抱きしめるだけですぐに激痛に襲われるから、近づくことすらちょっと怖い。
 何もして無くても急に勃起するから、趣味の針仕事も危なっかしくて手を出せない。

「……ええと、何してるんだ、尚?」
「あ、奏ちゃん。…………もうね、おちんちんを扱きた過ぎて頭おかしくなりそうって」
「お、おう…………そんなに切羽詰まってるんだな……」

 おもちゃ箱から奏に使うディルドを取り出し何もない股間に当てれば、なんだか自分のペニスが戻ってきたような気がして、ローションをたっぷり絡めてちゅこちゅこと上下する。
 射精はできないが、多少は自慰したい欲が満たされるような気がした。

「ごめん奏、ごめんなさい……もうしません…………許してぇ…………」

 夜も奏に腰を擦り付けつつ魘されながら眠る幸尚に、ここまでやればもう同じ事は繰り返さないはずだと奏も確信する。

 不思議なことに、幸尚曰くこんな状況なのに家事の効率も課題をこなす速度も、何故か改善したという。
 実は幸尚の潜在能力はもっと高くて、ただその旺盛な性欲にかなりの部分を割いているせいで普段はその能力の一部しか出せてないのでは、とすら思う。
 だとしたら幸尚ってめちゃくちゃ有能じゃん、俺の恋人すげぇと心の中でちょっとニヤついたのは内緒だ。

「後、一時間…………!」
「おーい尚、スマホの前に張り付いていても時間は早く流れねぇって」
「あれは無理だよ奏ちゃん、今はそっとしておいてあげて」

 奏のスマホを握りしめ、血走った目で画面に表示されたカウントダウンを見つめる幸尚に苦笑しつつ「あのさ、奏ちゃん準備しておいた方がいいよ?」と早々と貞操帯の洗浄を終えたあかりは奏を促す。
 何で?と聞けば「あの状態の尚くんが、何もしないで寝ると思う?」と至極まっとうな返答が返ってきた。

「…………ちょっと、嫌な予感がする」
「……うん、軟膏とスポドリと明日のおじや用の食材は買ってきたよ」
「あかり天才か」

 ペナルティは本来セックス禁止だけだったし、射精と自慰を禁止されて辛かった分くらいは相手しないとなと言いつつ階下に降りていく奏の背中に、あかりはぽそっと呟いた。

「……奏ちゃん、そこで譲歩するとまた痛い目をみるんじゃないかな…………」


「5、4、3、2、1…………うああぁぁ奏っ!ほら、終わった!終わったよぅ!!」
「へいへい、ほら落ち着け、ちょっと待ってろって」

 必死で奏に縋り付く幸尚を宥めながら、差し出されたスマホを受け取る。
「もう二度と相談もなしに暴走すんなよ?」と念を押せば「しません!!ごめんなさい、もうしませんっ!!」と幸尚はその場に土下座し、必死の形相で何百回目か分からない謝罪を繰り返す。

「射精を禁止されるとキーホルダーに従順になるとは聞いてたけど……たった1週間でこれはちょっと怖いくらいの威力だな」と呟きつつ、奏はぽちぽちと終了ボタンを押して暗証番号を表示させた。

「これで開かなかったら大惨事だな」
「ひいぃっ、そんな恐ろしいこと言わないでよおぉ…………」

 10桁の暗証番号を慎重に入力すれば、カチッとキーボックスのロックが外れる音がする。
 逸る幸尚を宥めつつその場に立たせ、貞操具の鍵を外してずるりと丸いプレートを引っ張り尿道チューブを引き抜けば、とたんに幸尚の雄はビンッ!!と音がしそうな程の勢いで臨戦態勢になった。
 根元が締め付けられるのか、幸尚もちょっと顔を歪めている。

「…………あー、これじゃリングが外せねぇ……尚、シャワーを浴びるついでにちんこを小さくして外して来れるか?」
「うん、うんっ!!すぐ外してくるから待っててえぇぇ…………」
「おい階段で走るな危ねぇって!」

(やった、やっと僕のちんちんが帰ってきた!早く、早く綺麗にして……いっぱいゴシゴシして、射精したい…………)

 頭の中は、もう奏の中にこの相棒を挿し込んで、いっぱい腰を振って、スッカラカンになるまで種付けすることしか考えられない。

 目の前が赤くなって、視野がグッと狭くなって……
 ああ、さっき鍵を外してくれた愛しい人は石けんの香りがした。きっと準備万端で、1週間ぶりの逢瀬を楽しみにしているに違いない……!

 …………生涯初の1週間に渡る射精禁止を経た幸尚に、もやは正常な思考など期待してはいけない。

 ものすごい勢いで階下に降りていった幸尚を待つこと5分。
 ゼイゼイと息を切らして戻ってきた幸尚の手には、銀色に輝くリングが握りしめられていた。
 気のせいか、幸尚の幸尚様はいつもより質量を増している気がする。

「お、外せたか良かった。めちゃくちゃ早かったな…………って……尚…………?」
「…………奏」

 ゆっくりと顔を上げた幸尚の瞳に…………狂気じみた情欲が宿っているのを見つけた奏がピタリと止まる。

(あ、これは俺、何か間違えたかもしれない)

 そう今更ながら気付いても、もはや後の祭りで。

「ねぇ、奏…………ちゃんと1週間、セックス我慢したよ……?」
「お、おう」
「射精できないのも、弄れないのも頑張って我慢したよ……?これはペナルティじゃないよ、ね?」
「え、ああうん、何というかペナルティのための成り行きというか」
「…………じゃあ、ご褒美ちょうだい」
「は、ちょ、うわぁぁっ」

 ドサッとベッドに倒れ込み、見上げればそこには…………初めて見る猛獣が、目の前の獲物に舌なめずりをしていて。

「あ、あのさ、尚…………ちょっと聞きたいんだけど」
「なに」
「…………ちゃんと何回か抜いて小さくしてから、リングを外したんだよな?」

 恐る恐る尋ねれば、何でそんな勿体ないことを?とこてりと首をかしげる。
 1週間分たっぷり溜め込んだ愛は、全部奏に注ぎ込むのだ。一滴たりとも無駄になんてできないよと上擦った声で耳元に囁かれれば、興奮よりも恐怖で背中がぞわりとする。

「……氷水で冷やして小さくして外したから、大丈夫」
「はあぁぁぁ!?ちょっと待て、いくら何でも上限突破した尚の相手は俺じゃむぐうぅぅ!!?」
「もう、黙って。…………全部、溢れるまで注いで愛してあげるから、奏はいっぱい…………1週間分、気持ちよくなってね」

(全部!?ちょっと待て正気かよお前全然反省してねえぇぇぇ!!!)

 ああ、こんなことなら先にセーフワードを決めておけば良かった。
 取り敢えずこの場は討ち死にして、明日もう一度説教するしかないとちらりとあかりを見れば、あかりはあかりですっかり自分たちをおかずに楽しむ(苦しむ)気満々でスタンバイ中だ。
 その「無茶しやがって」って言わんばかりの生暖かい視線は止めてくれ。俺も今まさに思っているから。

「…………骨は拾うよ」
「くそおぉぉ俺の味方はいないのかよおぉぉ!!」

 ……後にあかりはこの日のことを「尚くんがあんなに野獣になるのを初めて見た。あの時は奏ちゃんが薄い本みたいに完堕ちして、オンナノコから戻れなくなるのを確信したよ!もう尊すぎてここに神殿を建てたくなったね!!」と謎の言葉を発しながらどこか満足げな表情で振り返ったという。


 …………


「なぁ、尚」
「…………はい」
「けほっ……何で俺は、1週間前と同じ姿勢でいるんだろうな…………?」
「うううぅ、ごめんなさいぃ……」

 気がついたら、既に日は高く昇っていた。
 目の前にはぐったりと気絶したままの奏が、未だ繋がったままの腰を揺さぶられる度、身体をビクビクと痙攣させている。

「…………や、やっちゃった………………」

 どこまで染みているのか確認するのが恐ろしいほど、様々な液体でぐっしょり濡れたシーツの上に散らばるのは、各種ディルドにバイブ、ローター、オナホ、拘束具に尿道ブジーにローションが溜まった洗面器。
 いつか使おうと思っていた低周波グッズまで無造作に転がっている。
 ……流石にあの超ロングディルドだけは手を出さなかったらしい、良く踏みとどまったと昨日の自分をかろうじて褒める。

 いや、そんなところで慰めを得ている場合じゃない。

「……あ、正気に戻った?尚くん」
「あわわあかりちゃん…………ど、どうしよう……」
「うん、まずは私の手枷を外して欲しいかな?奏ちゃんのおじやを作るから、尚くんは片付けね」
「ううぅ、ごめんねあかりちゃん……」

 いいよ、それより尚くんは自分の心配をした方がいいよ?とにっこりされて、慌てて後始末をしてぐったりした奏を清める。
 念のためにベッドパッドの洗い替えを買ってあって正解だと安堵しつつ、全てを洗濯機にぶち込み、清潔なシーツに奏を寝かせて土下座スタンバイをして…………そして現在に至る。

「はふ……うん、美味ぇ。ありがとうなあかり」
「へへっ、非常時のためにも料理はできた方がいいよねぇ」
「もう二度とこんな非常時はごめんだけどな」

 じろりと幸尚を睨めば、大きな身体を一生懸命縮こめて「…………ごめんなさい……」と平謝りである。

「……俺さ、思ったんだよ」
「?」
「やっぱり自分の身を犠牲にした譲歩は良くないって」
「う、うん」
「だからさ」

 にっこり笑う奏の手に握られているのは、昨日外したばかりのフラット貞操具。
 それを見た瞬間、幸尚の喉がヒュッと鳴る。

「いっぱい出してスッキリしただろ?チューブはオーナーに替えてもらうから…………もう二度とこんなことをやらかさないようにきっちり10日間、反省しようなぁ?」
「そんなあぁぁぁしかも日数が増えてるうぅぅ!!!」

 これを機に、ようやく奏と幸尚の間にもセーフワードが決められる。
 またセーフワードを使ったにもかかわらず幸尚が止まらなかった場合は、1ヶ月を限度にフラット貞操具を装着した上で「あらかじめ幸尚に自作させた、フリフリの可愛い女物下着を履かせる」という幸尚にとって死亡イベントにしかならない取り決めが交わされたのだった。

 セーフワードは『貞操具着けるぞ』
 …………これ以上無い効果的な言葉に、幸尚はどれだけ理性を失いかけていてもピタッと止まって土下座し許しを請うようになったという。

 なお、この貞操具は大学卒業までに片手で数えられるくらいは活躍することになる。


 …………


「えと、今日はフレンチスリーブのブラウスを作ります。まずはお手本を見せますね」
「はいはい志方先生、イベント中は笑顔笑顔!!」
「いいのよ大丈夫よぉ、頑張ってね志方センセ!」
「あわわ、が、頑張りますっ……!」

 あれから1ヶ月。
 10日間の追加のペナルティを食らい、今度こそ猛烈に反省して奏を抱き潰さずに許しを得た幸尚は、あかりの勧めもあって近所のモールにある手芸店でバイトを始めた。
 小さい頃から手芸が好きだっただけあって知識も豊富な幸尚は、早々に土曜日のクラフトイベントを任されるようになる。

 長身で強面な大学生からは想像もできないような繊細な作品作りに、近所のおばさまたちからはすっかり人気のようだ。
 店長からも「志方君は黙ってたら怖そうに見えるから、変な人が店に来なくて助かるわ」と複雑な評価をもらっている。

「わぁ、このレジンアクセ可愛い!尚くんが作ったの?」
「うん、店長に勧められて作ったんだけど、店長がSNSに載せたら買いたいって言われて……あかりちゃん販売サイトって作れる?」
「!!もちろん!可愛いサイトを作らなきゃね!」

 バイトを通じて趣味の世界が広がったお陰か、最近では幸尚が奏に会えない寂しさを口にすることも減ってきた。
 もちろん毎日のように愛し合うひとときは何も変わらないが、ちょっとずつ幸尚が外に目を向け始めたことに、奏もあかりもまるで雛の巣立ちを見るかのような感慨を覚えていた。

「…………大人になるってさ」

 うきうきとリビングでアクセサリーを作る幸尚を眺めながら、奏が呟く。

「これまでみたいに、ずっと3人で一緒にいられなくなるじゃん?仕事だってバラバラだし、俺は夜の仕事になるからすれ違いだって増えるし」
「そうだね」
「だから、ちょっとやだなって思ってたんだよ」

 ずっとこのままの関係でいたかった。
 いつも側にはあかりが、幸尚がいて、3人でバカやったり、喜んだり、時には大喧嘩したり。
 多分、幸尚の寂しさの半分は同じ理由だったのだろう。
 一足先に外の世界に飛び出そうとする二人に置いていかれて、独りぼっちになるのが怖くなって。

 でもさ、踏み出してみたら大人になるのも悪くないかなって思ったと、思い通りの仕上がりだったのだろう、にんまりと嬉しそうな幸尚を見て奏は微笑むのだ。

「思ったより、大人って自由だなって。これまでできなかったことも沢山できる。それに…………ちゃんと帰ってくれば、3人だ」
「…………そだね」

 ずっと同じ方向を向いて幸せだった世界から、別々の方向で得た幸せを持ち帰って3人で分け合う世界へ。
 大人の世界は、それはそれで、きっと楽しい。

「ありがとな、あかり。尚のお仕置き期間、ろくにプレイできなくて」
「いいよ、だってご主人様達が幸せじゃなきゃ奴隷だって悲しいんだし」

 ソファの前のテーブルに顎を置いて幸尚の作業を眺めるあかりの後孔には、こんな和やかな話をしているとは思えない太さのディルドが出入りしている。
 絶頂できない辛さから暇さえあればディルド遊びに興じ胸を擦りつけてよがる姿に、少しずつあかりの望む形が出来上がってきているのを感じて、奏もその性癖を満たすのだ。

「…………楽しみだね、私たちがどんな大人になるのか」
「だな、まぁあかりは大人じゃ無くてモノになるんだけどな!そろそろ拡張用のプラグも45mmにサイズアップすっか、もう40mmじゃ余裕こいてるみたいだし」
「っ、あは……どんどん普通のお尻じゃ無くなる…………」
「そりゃそうだ、あかりのお尻はオナホになるんだから。あかりの孔という孔は全部性器だろ?」
「はふぅ……そんなの、堪んないぃ…………!」

 それぞれの思いを胸に、世界に踏み出し、世界を作り替えていく。
 3人の新たな関係はまだまだ道半ばで、そして未来は奈落を内包しながらも明るく輝いていた。
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