サンコイチ

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対決

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 中間試験を終え、その成績が発表された週末の昼下がり。
 あかり達3人は、あかりの家の和室に通されていた。

 あかりを真ん中に、左に幸尚、右に奏が座布団に座っている。
 奏と幸尚は久々の正座に耐えられず早速足を崩しているが、あかりは流石に日頃の鍛錬の賜物だろう、お手本のような姿勢で佇んでいる。

 その目の前には、3人の居合の師範であり、あかりの母でもある紫乃が、これまたピンと背筋を伸ばして座っていた。

 いつもながら彼女の前に立つと、肌がひりつくような緊張を覚える。
 家族でない奏や幸尚ですらこれなのだ、あかりにとってこの母親がどれだけ超えがたい壁なのか、改めてその大きさを実感する。

「……それで」

 しんと静まった部屋に、紫乃の凛とした声が響く。

「大事な話ってのは、何?」
「…………お母さん……私」

(……あかり、いけ)
(あかりちゃん、頑張れ……!)

 二人は心の中でエールを送る。
 ……最初の一太刀は、あかりの手で浴びせなければならないから。

(…………怖い)

 震える拳をギュッと握りしめる。
 気を抜けば頭が真っ白になりそうだ。

(でも、決めたんだ)

 もう、逃げないと。
 3人で過ごすために、壁を突き崩すと。

 意を決したあかりが、震える口を開き、紫乃を見据えてはっきりと宣言した。

「……私、奏ちゃんと尚くんと同じ大学に進学します」
「…………は……?」
「もう、決めたの。私はやっぱり、3人一緒がいいって。だから…………志望校を、変えます」
「…………!!」

 刀は、抜かれた。
 あかりの初めての反抗が、今、始まる。


 …………


『お願いじゃないわよ、ちゃんとあかりちゃんの意思を伝えなさい』
『確かに学費を出してもらうから許可を得るのは事実だけどね、進学先を変える、その意思に対して支援を得るんだという気持ちで臨みなさい。願望というのは、誰かに許可を取らなければ抱いてはいけないものではないんだよ』

 奏の両親のアドバイス通り、あかりはその意思をまっすぐに伝える。

(私は、奏様と、幸尚様の奴隷だ。…………それ以外の誰にも属さない、誰の普通にも、もうおもねらない…………!)

 この身に刻まれた3つの小さな証がある。
 両側に控える二人がいる。
 だから、あかりはこうやって、初めて自分の意思を、言い訳ではない本当の気持ちを伝えられる。

「…………何を言い出すかと思ったら」

 紫乃は嘆息し「許すわけがないでしょう」とすげなく一刀両断する。

「大学に進学するなら、女の子なんだから自宅から通える範囲で、それが条件よ。お父さんとも話し合った結果なんだから。それにこんな時期になって志望校変更?無謀が過ぎるんじゃないの?」
「…………偏差値的には問題ないです」
「そりゃそうよ、今の志望校よりランクを落とすんだから。とにかく、一人暮らしは許しません」

 話は終わりね、と席を経とうとした紫乃を「一人暮らしはしません」とあかりは引き留める。

「……どういう事?」
「…………3人で一緒に住みます」
「はぁ?」

 怪訝な顔をする紫乃に、奏と幸尚はすでにそれぞれの親から了解はとっている事を話す。

「父さんが、これを見せてって」
「あ、俺も。お袋が師範に渡せって」

 幸尚は父からのメッセージが表示されたスマホを、奏は母から預かった手紙を紫乃に差し出す。

「………………」

 流石にそのまま無視するわけにもいかないと思ったのだろう、紫乃は座り直してその文章に目を通し始めた。

「紫乃さん、洗濯物乾かしてきたから、ってあれ、久しぶりだね奏君、幸尚君」
「あ、おじさん」
「こんにちは、お邪魔してます」
「……ちょうどいいわ、祐介さんもここに座って」
「へっ?」

 怪訝な顔の祐介……あかりの父に、紫乃はスマホを手紙を見せつつ簡単にこれまでの話を伝える。
 なるほどねぇ、と手紙を読んだ祐介はすっかり当惑している様子だ。

「……どうしてまたこんな事を言い出したんだい?大学のことは随分前に決めていただろう?」
「…………ずっと悩んでたの。奏ちゃんと尚くんと、一緒の大学に行きたいけど、一人暮らしは許してくれないからどうしようって。そしたら二人が」
「おじさん、俺らが一緒に住めば今と変わんねえよ?うちも、尚の親もそこに書いてある通り承諾済みだし、これで問題なくね?」
「あかりちゃんが心配なのは分かります。でも、僕らももう成人するんです。社会に出る前に、自分たちで暮らす経験を積む事はマイナスにはならないと思います」
「ううん、確かに親御さんの許可はもらっているけど…………はっ、実は二人のどちらかがあかりと付き合っているとか」
「「それはないです」」
「は、ハモったね…………そこまではっきり言われると、それはそれで複雑だな……」

 どこか気弱な祐介に「うちはうちでしょ」と紫乃はけんもほろろだ。

「ともかく、うちは許しません。あかりはうちの子です、この子の進学先は私たちが決めます」
「え、ちょっと待てよ師範、何で師範が決めるんだよ!?あかりの進学先だろ?あかりが決めるもんじゃねーの?」
「一時の気の迷いで決めていいものじゃないわよ、進路なんて。あかりはいつも考えなしに物事を決めてしまうんだから、親が普通の道に戻してあげるのは当然でしょ?」
「っな………………」

(これだ)

 奏と幸尚の目には触れないように、しかし強固にあかりを縛り付けていた鎖を、奏と幸尚は初めて垣間見る。

 紫乃が描く『普通』だけが、この家では正しかった。
 ここまで言葉で断言するくらいだ、きっと小さい頃からあかりは有形無形の『普通』をずっと示されて育ってきたのだろう。

 それは、ある意味愛情で。
 ……そして、ある意味洗脳だ。

「そうだよ、あかりはこれまでお母さんとお父さんの言う事をちゃんと聞いてきたじゃないか?何でまたこんな事を言い出したんだい?」
「二人には悪いけど、あかりには学歴で苦労はさせたくないのよ。就職だって有利になるし、どこに行っても学歴は付き纏うんだから」
「…………でしょ……?」
「ん、あかり?聞こえなかった」

 なおも親の『普通』に従う事を示唆し続ける二人に、ボソリとあかりがつぶやく。

「あかり…………」
「あかりちゃ…………ん…………?」

 俯いていたあかりが、顔を上げる。
 声をかけた奏と幸尚は、その表情に息を呑んだ。

(あかり、こんな顔ができたんだ…………)
(ああ、あかりちゃん…………)

 その瞳は…………どこまでも昏く、怒りに満ちていた。
 二人には決して見せなかった、否、見せる必要もなかった怨みすら込もった眼差しに、思わず声を失う。

「…………何なの、その顔は」

 彼らも初めて見たのだろう、怒りを露わにしたあかりに怯みつつも、言うことを聞かせようとする紫乃に、あかりは言い放つ。

「学歴が欲しいのは、お母さんでしょ」
「…………は?」
「そんなに欲しいなら、自分で取りなよ」
「……あかり、何を」

 あかりの手が震えている。
 恐怖と、それを上回る……ずっと押さえつけられていた、怒りに。

「あんたの人生を、私に押し付けるなって言ってんの」
「はあ?私はあんたのことを思って」
「『娘のことを思う母親』を演じて、自分の思い通りに動く娘で気持ちよくなっているだけでしょ」
「!あかり、親になんてことをー」
「親?これが、親のやる事?……もう十分でしょ?ずっとあんた達の望むように、自慢できる娘であるように振る舞ってあげた。髪型も、服も、趣味も習い事も塾も全部!!…………私が決めたものなんて、何一つなかった!!『私が望んだように』見えるよう、振る舞ってあげてたのよ!!」
「「………………!!」」

 初めて吐露された怒りに、そして事実に奏と幸尚は衝撃を受ける。
 親の『普通』を演じていたのは知っていたが、まさかここまで徹底的にだったなんて。

 あかりは天然でぶっ飛んではいるが、聡い子だ。
 多くの子供がそうであるように、大好きな親の笑顔のために本能的に親に従い続けて、そして多くの子供が気づくであろう年頃になっても自我が気づけないほど、自分すらも騙して演じ切れてしまった。

(そこまで、あかりちゃんは演じていたんだ……!)
(そりゃ、小学生の頃からあんな辛そうな顔をするわけだ……何だよ、あかりは俺らと一緒の方が……管理された奴隷でいる方が、ずっと自由じゃねえか……!!)

 思わず幸尚は涙ぐみ、奏は紫乃を睨みつける。
 これまでは仕方がない。過去は変えられない。
 けれども俺たちの、僕たちの大切なあかりの未来は、奪わせないと言わんばかりに。

 あかりの瞳から、大きな涙が溢れる。
 堪えきれない思いが、口をついて溢れる……

「私は、あんた達を着飾るためのアクセサリーじゃない…………!!」

 それは、あかりの心からの慟哭だった。


 …………


「ここまで育ててあげたのに、なんて事を」と怒りに震えながら手を挙げた紫乃を「紫乃さん、それはダメだ」と祐介が慌てて止める。

「止めないでよ、祐介さん!私がどんな思いでここまであかりを育ててきたか、この子は何にもわかっちゃいない!!」
「落ち着くんだ!奏君や幸尚君の前だぞ!!」
「っ…………!!」

 あかりは、引かない。
 涙に濡れた瞳で、狼狽え激昂する両親を見据える。

 口をついて出た言葉は、あかりですら自覚していなかった怒りだった。

(そっか……私、こんなに嫌だったんだ、私をお母さんの飾りにされることが)

 紫乃にとって、あかりは自慢の娘だった。
 少々跳ねっ返りではあるものの、成績もいいし運動神経も悪くない。
 周りの浮いた話に流される事もない、真面目でしっかりしていて、何より親の言う事を聞く子供。
 あかりのことを周りから褒められれば、紫乃だって悪い気はしない。

 ……いつしかあかりの努力は、紫乃がいい気分になるための道具として使われるようになる。
 ただ、母の見栄のために自分の頑張りが無自覚のまま消費されていく。

 それは自ら膝を折った従属ではなく、植え付けられた呪縛で。
 ああそうか、被虐嗜好とは、決して支配されれば何でもいいわけでは無いのだと、こんな時なのに改めて思うのだ。

(私は、私の意思で決める)

 奏と幸尚の奴隷であることを望んだのは、自分自身だ。
 あれは思い返せば、初めて母の『普通』からら外れた瞬間だったのだ。

 そこから1年。
『普通』と言う道から少しずつ、少しずつ離れて……少々難儀な道ではあるけれども、自らそれを選び取って、今自分はここにいる。

(私が従うのは、奏様と幸尚様だけだ。……あんた達には、もう従わない……!)

 強い意志を秘めた眼差しに、祐介はこれは埒が明かないと判断したのだろう、嘆息してこの場を収めるための一計を案じる。

 それがあかりのためと思いつつ。
 それが自分たちのためだとは、まだ、気づかない。

「じゃあ、条件を出そう」
「祐介さん!」
「紫乃さん、このままじゃ喧嘩別れになるだけだ。家出でもされたら……ね?」
「…………っ…………」

 渋々頷く紫乃に微笑むと、祐介は柔和な笑顔であかり達の方を向いた。

(……違う)

 だがその瞳は、笑っていない。
 大切な娘を手放してなるものか、そんな思いが透けて見える。

(これは……達成できない条件を出すんだろうな)
(あかりの心を折って、また『普通』の中に押し込むつもりだ)

 果たして二人の読みは当たっていて。

「……次の期末試験。1ヶ月ちょっと先だよね?そこで学年首席を取ってきなさい」
「!!」
「何も無理な話ではないだろう?あかりの成績は入学以来ずっと学年一桁なんだ。けれど、首席になったことはない。……親に歯向かうなら、それをねじ伏せられるだけの結果を持ってこないとね」
「……そうして、首席を取った私をまたあんた達の自慢できるアクセサリーとして使うんでしょ」
「あかりちゃん」

(この期に及んで、なんて気持ち悪い)

 初めて親が、得体の知れない生き物に見えて、嫌悪感に眉を寄せる。
 だがこれは好機だ。
 この提案は、ここを逃せば次などないかも知れないほどの…………あかりがあかりとして生きるための岐路なのだと、3人は気づいていた。

 あかりは二人を睨みつけ「分かった、やってやるわ」と高らかに宣言する。

「……最後にいい思いをさせてあげる。その代わり、首席を取れば二度とあんた達の意思には従わない」
「どうぞ、できるのならね?これでいいでしょ、紫乃さん」
「…………はぁ、わざわざ条件なんかつけて……まあいいわ、その代わりできなければ、志望校は変えさせない、今まで通りこちらの意思に従ってもらう」
「…………いいわ」

 そう言うとあかりは席を立ち「奏ちゃん、尚くん、ちょっと待ってて」と2階に上がって行った。

 気まずい沈黙が流れる。
 それを破ったのは、祐介だった。

「…………はぁ、あかりが反抗するなんて……君たちは一体どうやってあかりを唆したんだい?」
「はっ?」
「唆す、って……」
「だっておかしいだろう?そうじゃなきゃ、あんなに真面目で優しかったあかりが、親に向かって暴言なんて吐かないよ」
「………………!」

 その言葉に、奏と幸尚は愕然とする。

(ああ、この親は)
(あかりちゃんを見ていない)

((彼らが見ているのは、自分たちが作り出したあかりの偶像だ))

 奏は、幸尚は知っている。
 あかりの優しさはぶっ飛んでいて、時に二人を泣かすほど明後日の方向に暴走する事を。

 天真爛漫で、天然で、その奥底にはドロドロとした情欲を抱き続けている、それが自分たちの知るあかりだ。

(僕たちの方が、ずっとあかりちゃんを見ている)
(あかりをこんな奴の好きにされてたまるか……!!)

 口には出さない。
 せっかくのチャンスをふいにしたくないから。
 だが、二人は心の中で、どんな結果になろうが必ずあかりを守って見せると固く決意していた。

「……おまたせ」
「!あかり、一体」
「………………尚くんちに泊まるから。期末試験の結果が出るまで、ここには『来ない』」
「あかり、そんな!」

 戻ってきたあかりとその横に置かれた荷物に、紫乃と祐介は呆然とする。
 まさかここで家を出ていくとは思いもしなかったのだ。
 いくら3人でいつもつるんでいて家にいないことが多いとは言っても、ここはあかりの帰る場所だったのに、あかりはそれを一時的にとはいえ捨てようとしている。

「こんな状況じゃ勉強にならないもの。それに、ここにいなければならないって条件はないよね?」
「っ、それは」
「ああ、稽古もしないから。そんな時間はないでしょ?それとも条件にもない事で妨害するつもり?」
「そんな、妨害だなんて」

 しまった、と祐介が焦るも後の祭り。
「行こ、奏ちゃん、尚くん」とあかりは馬鹿でかいスーツケースとバッグを持ってスタスタと玄関に向かう。

 そして、一度だけ振り向いて両親をチラリと見やり

「……さよなら」

 ただ一言呟いて、外に飛び出した。


 …………


「はあああぁぁ…………もう、動けないぃ…………」
「あかりちゃん、凄いね……僕、あかりちゃんがあんなに怒ったの初めて見た」
「俺も。…………やったな、あかり」
「うん…………でもこれからだけどね」

 幸尚の家に着くなり、玄関でへたり込んでしまったあかりを二人はリビングまで運ぶ。
 初めての対決に精魂尽き果てたのだろう、あかりはすっかり軟体動物のようにソファで伸び切っていた。

「そだな、作戦を練らねぇと」
「その前に腹ごしらえだね、僕ご飯作ってくる」
「あ、尚、あかりのは餌で」
「この状況で何でそうなるのさ!?」
「この状況だからだろ!」

 台所に立とうとした幸尚が訳がわからないと言う顔をすれば「……こんなに頑張ったんだしさ」と奏はあかりを撫でる。

「今は本当のあかりに…………淫乱な変態奴隷のあかりに戻してやりてえな、ってさ」
「んんん、いやその気持ちは分かるけどさ、流石に帰って来てすぐこれじゃあかりちゃんがしんどいんじゃ…………ああ、嬉しいんだね……」
「あはぁ………………奴隷のあかりで、いていい……?」
「いいも何も、もう服を脱ぎ捨ててるじゃねーか。ほら、首輪つけてやるから挨拶して基本姿勢」
「はぁい…………奏様、幸尚様……今日も変態奴隷のあかりを躾けてくださいぃ…………」

 見る間にいつもの首輪と枷をつけられ、貞操帯越しに発情した割れ目を晒してうっとりするあかりに「うん、あかりちゃんが嬉しいならいいんだ、いいんだよ、ね?」と少し戸惑いながらも幸尚は台所に立つ。

「そうだな、頑張ったんだよあかりは。ご主人様といるために」
「はぁっ…………だって、私のご主人様は……お二人だけですから…………」
「そうだな、嬉しいよあかり。……ありがとな」
「奏様…………」

 わしわしと頭を撫でられ、じわりと歓喜の涙が浮かぶ。
 そんなあかりに、奏はニヤリと口の端を上げ、リビングを離れる。

 しばらくして戻ってきた奏の手に握られていたのは、見知ったお椀型の道具…………あかりを淫欲の衝動の中に叩き落とし、檻の中で悶えさせるためのスイッチだった。

「だからご褒美だ。…………ほら、無様に股間を晒したまま、乳首で気持ちよくアヘりながら餌を待て」
「!!っ、はい…………」

(ああっ、そんな…………!!)

 リセットから2週間。今回のリセット間隔は今後のスタンダードとなる1ヶ月だからまだ半分に過ぎない。
 既にちょっとしたことで火がついてはトイレに駆け込み、夜な夜な「触りたいよう……」と悶えながら眠る日々を送っているあかりを、奏はさらに追い込んで楽しみたいらしい。

(そんな、もっと辛くなる…………)

 絶望の涙と共に、期待の白い涎が床にたらりと落ちたあかりに満足げな表情を浮かべた奏が、胸の飾りを外してその膨らみに装置を被せ、チューブトップで固定する。

「じゃ、いい声で泣きながら腰へこへこしろよ?……願望を叫ぶのはいいけどおねだりは禁止、な?」
「はひぃぃ……ありがとうございますぅ…………!」

(……まあ、二人が喜んでいるならいっか。奏も気を張っていただろうし)

 背中で響き出したあかりの喘ぎ声をBGMに、幸尚は冷蔵庫の中を覗く。
 一年近く弁当作りを続けているおかげで、最近ではメニューを考えるのも随分と慣れてきた。
 そう凝ったものは作れないけれど、3人で自炊しながら生活するのにこのスキルは間違いなく役に立つはずだ。

「豚肉買ってあったっけ。後はトマトとピーマン…………冷しゃぶサラダにするかな」

 豚の小間切れ肉を茹でて氷水で締め、その間にトマトとピーマンを細かく切ってオイスターソースを絡める。
 塩胡椒で味を整えたら水気を切った豚肉と和えて、冷蔵庫で少し馴染ませれば出来上がり。
 この季節には少し寒いかな、とコンソメスープの素と乾燥わかめをマグカップに開け、後は待つだけだと振り向いたら。

「……うん、確かに二人が喜ぶならいいとは思うよ。思うけど…………これでどうやって作戦会議をするつもりなのかな、二人は」
「ええと…………あかりの絶望し切った顔に激って、つい」
「幸尚様ぁ…………欲しいっ、欲しいのぉ…………クリトリスがじんじんして、お腹がきゅうって切ないのおぉ…………!!」
「まったく……この状況でもおねだりしないあかりちゃんはえらいね、えらいけど頑張って鎮めてお話しよっか。奏は……今晩は覚悟しといて」
「それ今晩だけじゃねえから」

 そこにはすっかり出来上がって……いやこの場合は堕ち切って、だろうか…………中途半端に高められた熱で頭を焼かれる辛さを存分に堪能するあかりと、そんな悶えるあかりをこれまた股間をガチガチに唆り立て、鼻息荒く煽り続ける奏の姿があった。


 …………


「それで、どうする?」
「んー…………頑張る?」
「そりゃ大雑把にも程があるぞ、あかり」

「なんかこの方が落ち着くから」と服を着る事を放棄して、時々ピアスに貫かれた乳首を弄っては悩ましく腰を振るあかりを吸水パッドを敷いた椅子に座らせ、3人は作戦会議を開く。

「そもそもあかりの成績は悪くねえんだよな…………これまでの最高って何位?」
「3位かな、3回だけだけど」
「十分凄いよ、僕最高8位だもん」
「俺は19位だなぁ……あれ、これ俺らがあかりにアドバイスできる事なくね?」
「まあまあ。中間試験の答案、見せてもらっていい?」
「うん」

 あかりが家から持ってきた答案を、2人はじっくりと眺める。
 あかりはどの教科もそつなくこなすが、数学が得意で国語は苦手。
 物理と数学は得意だが英語はさっぱりな幸尚に、国語と英語が得意で数学は教科書を投げ捨てたいレベルの奏とは、いつもそれぞれが互いの苦手科目を補うように教え合っているのだ。

「凄い、この問題よく解けたね……僕、部分点すらもらえなかったのに」
「やっぱ頭いいわあかり、なんでこんな解法思いつくんだよ」
「数学は暗記だから得意なんだよね!パターンだけ覚えれば大体どれかにハマるし」
「そのハマり具合が分かるのがすげえっての……」
「んー、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるってやつ?どれだけパターンを知っているかが重要なんだよねえ」

 にしても、と奏がとある問題を指差す。
 明らかなボーナス問題なのに、最後の計算を間違えている、とても惜しい問題。
 7-3が5とか、小学生でもなかなかやらかさないレベルだ。

「あかりさ、全体的にこういうケアレスミスが多いよな」
「確かに…………ちゃんと見直ししてたら防げそうなのに……」
「…………みなお、し…………?」
「「……………………はい?」」

 こてりと首を傾げるあかりに「……お前な」「うっそだよね……」と二人は机に突っ伏した。
 これはあれだ、見直しを疎かにしたんじゃない。そもそもあかりの頭に見直しの概念がない。

「あ、あのさ、あかりちゃんはテストの時全部解き終わったら何してるの……?時間いっぱいかけて解いてるわけじゃないよね?」
「うん、半分くらい時間が余るから」
「余るから?」
「……問題用紙の裏に推しCPの妄想ネタを書いてる」
「「やめんかそれは」」
「あ、最近は尚奏のネタも増えてきて」
「…………あかりちゃん、それはあとでじっくり聞かせて。参考にするから」
「うおおおぉい!?えっちいことはあかりに相談するなって俺こないだ言ったよな!!?」

 しかしこれは朗報かもしれない。
 これまで一発勝負、見直しもしないでこの成績だったなら、気を抜かずにいつも通り勉強して見直しもすれば、学年首席だって夢じゃない。
 希望が湧いてきたね、と幸尚は奏と顔を合わせて頷くのだ。

「後は……前にもやったっけ、ご褒美。もちろん今回は進路変更がご褒美みたいなものだけど、なんかもう少しあればやる気も上がるかなって」
「……け、ケーキバイキング…………」
「またかよ、ほんとあかりあそこのケーキが大好きだよな!…………ん?待てよ、それなら……」
「あ、奏ちゃんが何か悪い事を考えてる」
「……嫌な予感しかしないんだけど」

 しばし黙りこくった後、奏は徐に連絡をとり始めた。

『ありがとうございます、Jail Jewels です』
「あ、オーナー、オレオレ」
『……詐欺電話はガチャ切りが基本なんだけど』
「ごめんってば。今いい?ちょっと相談があるんだけど」
『いいわよ、なに?また何かやらかしたの?』
「信用ねぇな俺……あのさ、あかりの次のリセットを延長しようと思うんだけど、3週間」
『はい!?』

 あんたはまた無茶を、とキレかけた塚野を慌てて宥め、奏は経緯を説明する。
 そして今後の管理も見据えてリセットをご褒美にしてみたいと言い出したのだ。

『待ちなさい、そうすると次のリセットは……前回から7週間後よね。で、あかりちゃんが学年首席を取れなかったらどうなるの?』
「そりゃリセットは無理だよな。……うーん、飴と鞭は落差が大きい方が必死になるし…………夏休み最終日にリセットとか」
『あんた鬼畜にも程があるわ、トータル2ヶ月半になるじゃないの、それ』
「ヒィッ」

 あまりに過酷な鞭に、思わずあかりの口から悲鳴が漏れた。
 だが奏は「問題ねえよ」と涼しい顔だ。

「あかりなら、絶対目標をクリアする。俺らも全力でサポートする。…………俺らはあかりの底力を信じているから」
「ええと、奏、勝手に僕も巻き込まれてるけど…………いや、僕だってあかりちゃんを信頼しているけど、そのお仕置きはひどいしせめて一旦ここでリセットしてからにしようよ」
「………………ふふふ……」
「……あかりちゃん?」
「………………いいよ、やってやろうでないの!!」
「えええええ」

 あまりに無茶な飴と鞭に、どうやらあかりの頭の回線まで焼き切れてしまったらしい。
 こうなったら性欲を気合いでやる気に変換して見せる!!とやる気満々のあかりに、ああこれはもう止まらないや、と幸尚は大きなため息をついた。
 これはあかりが荒れる、間違いなく荒れるからせめてご飯……なんかこれもあかりのモチベ維持にずっと餌になりそうな気配があるけど、とにかく好物を作ってあげようと。

 止める気満々だった塚野も、やる気に燃えるあかりを見て「あー……まあ、これが原動力に繋がるならいっか…………」と半分諦め顔だ。

『ただしあかりちゃん、絶対に無理はダメよ。リセットはしないけど、それ以外は存分にご主人様に甘えなさい。あかりちゃんの場合、きっと奴隷として扱ってもらう事がいい気晴らしになるだろうから』
「はい!」
『あと、奏と幸尚君。……あんた達もご主人様として奴隷に手本を見せなきゃねぇ……?』
「て、手本……?」
『なあに?奴隷にだけ頑張らせて、自分たちは今の順位でぬくぬくとしてるの?デメリットも負わずに?』
「…………ぐうの音もでねぇ」
「……なんか僕は巻き込まれただけな気がするけど……まあでも、確かに…………」

 でもどうすれば、と悩む二人に、塚野は『そうねえ』と思案する。
 ……これがビデオ通話なら、塚野の女王様らしい堂々とした、それでいて酷薄な笑顔に背中が凍りついていた気がする。
 暫くの沈黙の後「まずは目標を決めなさいな」と塚野は2人に指示を下した。

『そうねえ、あかりちゃんと同じくらいの難易度と感じる順位でいいわよ。で、達成できなかったら』
「…………できなかったら……?」
「二人とも夏休みは貞操具で管理してあげるわ。あかりちゃんの気持ちを知るいい機会にもなるでしょ?」
「はあああああ!?」

 そうだった、この人も嗜虐嗜好持ちの現役女王様で、ついでに奴隷を飼ってるオーナーでもあるんだったと、二人は今更ながら思い出す。
 ……これはあれだ、墓穴を掘ったというやつだ。

「えと、あの、貞操具ってあの、おちんちんが無くなる……」
『そうねぇ、せっかくだしフラットタイプの方が惨めさも増しておすすめよ。ああ、もちろん一人でも達成できなければ連帯責任。3人で貴重な夏休みを棒に振るのね』
「「鬼だ、本物の鬼畜がいた」」
『ふふふっ、人間意外と死ぬ気でやればなんとかなるものよ。頑張りなさいな若者よ』
「ぐう…………」

(あれ、なんかえらい大事になってね……?)

 通話を切った奏が、嫌な気配に恐る恐る後ろを振り向けば、そこには仁王立ちの幸尚とあかり。
 ああ、俺これ死んだ、と奏から乾いた笑いが漏れる。

「……奏ちゃん、いくらなんでもこれは酷くない…………?」
「奏、ほらベッドに行こうか?今回はローションガーゼの刑で」
「すんませんでしたあああああ!!」

 …………その夜、志方家からは必死に許しを乞う叫び声と共に、この世のものとは思えない咆哮が上がっていたという。


 …………


 そうして、戦いの火蓋は切って落とされた。
 ……切って落とされた途端に机に突っ伏してスライムと化している者もいるようだが。

「うええ、もう全然わかんねぇ…………さよならおれのちんこ……」
「ちょ、早々と諦めないでよ!あかりちゃんが壊れちゃってもいいの!?それに、夏休みずっとえっちできなくなるよ!!」
「あかりならきっと……耐えられる…………セックスは、たまには俺の尻に休みを与えるのも悪くねえ…………」
「ひどいぃ…………あぁぁ、そんなぁ……辛いの…………んふぅ……」
「あかりちゃんはそこでスイッチ入れないで!…………で、奏にはもっと、オンナノコになってもらわないといけないみたいだね……」
「ひいぃぃぃ頑張りますううっ!!」

 慌てて奏がシャキンと姿勢を正す。
 2日連続ローションガーゼの刑なんか食らったら、息子さんの頭が削れてしまう。

 塚野の前で宣言したのは、幸尚が学年一桁、奏が15位以内。
 直近の中間試験の順位が幸尚は16位、奏は26位だったから、まあ妥当な線だろう。
 ……なんだか塚野は奏に少々厳しい気もするが、決まった事を嘆いても仕方がない。

 勉強時間を増やすといっても、調教と恋人の時間はこれまで通りきちんと取ろうと3人は話し合いの中で決めていた。
 それはこれからの関係を見据えれば、事が起こるたびに日常を放棄するのはよろしくないと考えが一致したからだ。
 何より、1ヶ月ちょっとの長丁場なのだ、変に我慢すれば持たないだろう、主に幸尚の息子さんが。

「…………あのさ」

 そんな中、時折悶えながらもそこは流石というか気合いで勉強するあかりが、ふと気づいた事実を告げる。

「…………一番達成から遠いのって、奏ちゃんだよねぇ」
「正直あかりちゃんは油断しなければいけそうな気がするし、僕もちょっと頑張れば何とかなりそうだけど……奏はかなり危ないよね?特に数学がこの成績じゃ」
「ぐっ……」
「これさ、奏ちゃんがリセットをご褒美にしようとしたせいで、しかも奏ちゃんの成績のせいで余計に難易度が上がってない……?」
「むしろ全力でサポートされるのは奏だよね、この場合」
「ごめんて…………」

 素直に謝る奏に対して、うん、怒ってないよ?とにっこりするあかりの圧がヤバい、とてもヤバい。
 そりゃそうだ、このままではご主人様のせいで2ヶ月半の絶頂禁止という地獄に叩き落とされるのだから。

 ……実はその裏で、極限まで取り上げられる辛さも体験してみたいなぁなんて思っていたりもするけれど、流石にそれは口にしたら墓穴を掘る未来しか見えないので、そっと心にしまっておく。

 だからね?と、ぱさっと奏の前に置かれたのは、あかりのノート。
 ざっと見る限り、2冊、いや3冊はあるだろうか。

「……ええと、あかり………………?」
「これね、私の数学のまとめノート」
「お、おう……」
「これだけのパターンを叩き込んでおけば、文系の数学ならなんとかなるから」
「お、おお…………?あの、あかり、まさか」

 背中に、冷や汗が流れる。
 そう、あかりは優しいのだ。
 その優しさの方向がおかしくて、時々暴走するだけで。

 果たしてあかりの親切は、予想通りぶっ飛んでいて。

「全部、そのまんま覚えてね!」
「うっそだろおおおおあかりお前悪魔かよおおおお!!!」
「たった3冊だよ?まだ1ヶ月もあるんだから軽い軽い」
「どこが軽いだ、この世に煉獄が出現したわ!!」

 ……その日以来、半泣きになりながら数学の解法パターンをスパルタな二人から覚えさせられる奏が、校内のあちこちで観測されるようになったという。


 …………


 一方その頃、奏の家でも一悶着が起こっていた。

「なんて事をしてくれたんですか!!本当に出て行ったまま着信拒否にブロック、外で見かけても完全無視なんですよ!このままあかりが家に戻って来なかったら……!!」
「まあまあ落ち着きなさい、紫乃さん」
「これが落ち着いていられますか!!」
「奏達はいつも通り過ごしてますから、そんなに心配しなくても大丈夫よ、はいお茶どうぞ」
「っ、ありがとうございます…………」

 休診日に「話がある」とやってきたあかりの両親を、奏の両親はリビングに通す。
 事のあらましは奏からも聞いていたが、改めて紫乃からも一通り話を聞いた拓海はうんうんと頷いて「あかりちゃんも大きくなったねえ」と微笑むのだ。

「大きく、って…………!!ああ、あかりはあんな子じゃなかったのに……」
「そうだねえ、私たちにとっても子供はいつまでもよちよち歩きの頃のままだよ」
「ほんとね、座布団に寝かせていたねんねの頃のまんまよね」
「そ、そんな呑気な話を」
「いやいや紫乃さん。……子供だって、いつかは大人になるんですよ。それも私たちが思ってるより、ずっと早く変わってしまう」

 変わって、しまう。
 その言葉に紫乃は愕然とした思いを抱く。

 ずっと子供だと思っていた。
 駆け落ちしてまで守り抜いた命だ、大切に、この子が幸せになれるように……それこそ心血を注いで育ててきたのだ。
 それに応えるかのように、あかりはちょっと跳ねっ返りだが、いい子に育ってくれた。

 少なくとも、そう思っていたのに。


『私が決めたものなんて、何一つなかった!!』
『「私が望んだように」見えるよう振る舞ってあげてたのよ!!』


 あかりの怒号が耳に残る。
 自分たちのような苦労をさせたくない、飛び抜けてできる子じゃなくたって世間様の普通で十分だからと育ててきたのに、一体どこで間違ったのか。

 そんな苦悩を感じ取ったのか、拓海は「間違ってないですよ、紫乃さん」と諭す。

「あなたは何も間違ってない。あかりちゃんを愛情深く、一生懸命育てて来られた。確かに躾に厳しいお家だとは思ってましたがね、まあ娘に対して厳しくなるのはわからなくもないです」
「なら、どうして」
「間違ってないから、こうなったんですよ。あかりちゃんは今、大人になろうとしている。一人の人間として、親の意に沿うのではなく自分の意思で人生を歩もうとしている、それだけですよ」
「大人、に……?」

 芽衣子が冷蔵庫からケーキを出してくる。
「これ、すごく美味しいのよ」と出されたチーズケーキは、確かに甘さもくどくなく、口の中でほろりと溶ける食感にどこかホッとした気分になる。

「これね、駅前の商店街にあるカフェのケーキなの。あかりちゃんね、最近奏達とあそこのケーキバイキングに通い詰めているらしくて教えてくれたのよ。お小遣いはほぼ全てケーキに消えてるって」
「あかりが……」
「知らなかったでしょ?あかりちゃんがここまでケーキ好きだなんて。…………そんなもんよ」

 子供達は親の知らぬ間に、少しずつ、少しずつ世界を広げて、親の守ってくれる世界から離れていく。
 そしてやがて親元を離れ、自らの意思で飛び立っていくのだ。

 今のあかりちゃんの気持ちを一番わかるのは、紫乃さんでしょ?と微笑みかける芽衣子に、紫乃は戸惑いを覚える。
 そんな、とんでもない。いきなり豹変したあの子の気持ちなんてわかるはずがない。分かっていれば、ここに突撃していない。

 そう本音を吐露すれば「だって」と芽衣子はニコリと告げる。

「紫乃さんは、親兄弟全てと縁を切って、大切なものを守るために駆け落ちした位だもの」
「!……それは」
「あかりちゃんも、私たち大人には分からない何か大切なものを守るために、啖呵を切ったんでしょう。その気持ちを紫乃さんは理解できるはずですよ」
「けどっ、それであかりに何かあったら……!!」
「気持ちはわかりますよ。いつまで経っても子供は可愛いままで、心配の種です。でもね……あかりちゃんのことが大切なら、もうその手を離してあげる時だと、私は思いますがね」

 まだ時間はある。
 離れている間に……きっと長く離れる事になるだろうから、ゆっくり考えるといい、そう紫乃に語る拓海の瞳は、まるで迷子になった子猫を慈しむかのようだった。


 …………


 夜は荒れ狂う熱情から逃れられないけれど、今はこの辛い時間すら救いに感じる。
 ああ、自分はどこまでもはしたない、人でありたくないほど堕ちた変態で、そして変態であるために今こうやって頑張っているのだと再確認できるから。

「はぁっ、はぁっ、んっ……足りない…………っ…………!」
「今日も辛そうだね、あかりちゃん。……楽しい?」
「はひぃ…………幸尚様、こんなに辛いのに……もっと、したくなるのぉ……あかりは……んっ……辛いのが好きな、はぁっ、変態だからぁ………………」
「うん、じゃあもっといい声で鳴いて……奏を楽しませてくれる?」
「っ、はぁっ…………わかりましたっ……」

 幸尚の命令に従い、お尻に指を突っ込んでグチュグチュと掻き回す。
 空いた手は必死に乳首をこねくり回し、自ら弾ける事の許されない高みへ昇っていく。

「はぁっ、はぁっ…………うああああっ、こっち、こっちに欲しいよおぉ…………!!」
「あー……あかりちゃんが泣くたびに奏の中がキュってなる……すっごい気持ちいいよ、奏……」
「ぅぁ…………なお、もっとぉ…………」
「うん、いっぱい注いであげるから、ね?」

 雄の匂いとメスの匂いが混ざり、粘着質な音がひっきりなしに響く。
 あかりの切羽詰まった泣き叫ぶ声と、半分飛んでしまっている奏のそれでも強請る声、そして幸尚の息遣い。

 その全てが、3人を煽り立てる。

(珍しいな、ここまで奏が僕を煽るなんて)

 やれ性欲魔人だ、絶倫ゴリラだと散々な言われようをしている幸尚だが、彼から言わせれば奏こそ淡白過ぎるのだ。
 確かに性癖は捻じ曲がっているけれど、幸尚と付き合う前ですら抜くのは週に1-2回だったらしい。
 その事を聞いた時には、良くそれで生きていけるなとむしろ感心したほどだった。

 だから、行為の最中に奏から強請られることはほとんどない。
 強請ったが最後、幸尚の好き好きが爆発して朝までコースになってしまうからだ。
 なのに、あかりの母と対峙したあの日以来、意識が飛びかけてからとはいえ、こうやって煽られ、強請られることが増えた。

(…………頑張ってるもんな、奏も)

 期末試験が終わればすぐに部活の最後の大会だから、試験前期間に入るまでは毎日練習もある。
 その上に休み時間は全てあかりのノートを暗記するのに費やし、家に帰ってからは他の教科も含めて遅くまで3人で勉強会。
 更にあかりの洗浄をしてから漸く一息付くような生活だ。
 そりゃストレスも溜まるし、この時間が奏の癒しになっているならそれは嬉しい。

 徒然と考え事をしていたのが気に食わなかったのだろう、奏がぎゅっと幸尚の首に腕を回す。
 濡れた瞳で見つめられると、ああ、止まれなくなってしまう。
 いつだって本当は優しく抱いてあげたいのに、奏が可愛くて、愛しくて。

「…………俺だけ、見ろよ」
「んんんんんっ、奏っ、大好きっ……!!」

 ……ごめん奏、明日は奏の好物を作るから。
 心の中でそう前置きして「ほら」と舌を突き出してくる愛しい人にかぶりついた。


 そんな二人を床から自らを慰めつつ眺めるあかりもまた、いつもと違う自分に気づいていた。

(ああ、今日も激しいな…………はぁっ、私も…………なんだろう、今日はお二人の匂いが……甘い……)

 嗅ぎ慣れたはずの雄の匂い。
 これまではなんとも感じなかったその匂いが、今日はなんだか甘くて、どこか落ち着く感じがする。

(私、疲れてるのかな…………勉強もだし、なにより1ヶ月のお預けって、かなりキツイ……!!)

 男性のように物理的に溜まるものが無い分は楽なのかもしれないが、女性には周期がある。
 そして、今のあかりはまさに情欲が高まる時期だった。

 奴隷になる前は、クリトリスでさくっと気持ちよく逝ってしまえばスッキリ気持ちも切り替えられた。
 奴隷になり、大切なところを小さな金属で穿たれ消えない発情に悶えるようになってからだって、弄って絶頂して一旦落ち着くことはできたのだ。

 だが、この檻はそのひとときの安らぎすら許されない。

 ずっととろ火で炙られるようなジクジクした熱に苛まれ続けるのは、これほどまでに辛いものかと痛感する。
 いや、この辛さも被虐の性癖に刺さるのは事実だけど、だからと言って辛さが緩むことは全く無いのだ。

(頑張ろう……むしろ奏様が頑張らないとだけど…………後2週間、頑張って、我慢して……たっぷりご褒美を頂くんだ……!!)

「あ、あかりちゃん……もっ、僕止まれないから…………おしまいにして先に寝てて」
「うぅ……はいぃ、幸尚様ありがとうございますっ…………」

(あああっ、触ってぇっ!!その、奏様に触れる指で、ちょっとでいいから触って欲しいっ……!)

 心の中で散々泣き叫び懇願しながらも、あかりはその自らを慰める手を即座に止めてその場で土下座する。
 1年以上躾けられた心は、首輪を嵌められればもはや反抗という言葉を持たない。
 ご主人様がおしまいと言ったから…………それだけであかりは全てを受け入れ、その扱いに絶望し、酔いしれる。

 そして今日も散々追い込まれた身体を持て余し、止まらない涙で枕を濡らし腰を擦り付けながら、あかりは眠りにつくのだ。
 ……また明日、3人で頑張るために。

 試験まで後10日。
 運命の日は、もうそこまで近づいている。


 …………


「終わった…………もう俺、二度と勉強したくねえ……」
「奏、残念ながら受験はこれからなんだよ」
「頼む、今だけは思い出させないでくれ……」

 試験を終えた奏は、やっぱりスライムと化していた。
 人生でこれほど数学漬けになったことなんてなかった気がする。
 もう記号とかグラフとか、できる限りお目にかかりたく無い。売り上げとか利益率とか、もうちょっと実利のある数学なら許せるのに。

「で、手応えは?」

 恐る恐る尋ねる幸尚に、奏はよろよろと拳をあげる。
 ああ、自信はあるんだと二人はちょっと安堵した。
 奏曰く、あれで点数が取れてなければ俺は数学の神様に嫌われている、だそうで。

 そして4日後。
 その努力の結果は、確かに報われる。

「やった…………ははっ、やったぞ……!!俺のちんこの平和は守られた……!!」
「守られたところで使わないけどね」
「お尻の平和は守られなかったしね」
「うるせえ、あかりももうちょっと喜べよ!」
「…………喜んでるよ、言葉にならないくらい」
「っ…………そうか、そうだよな…………」

 廊下に張り出された成績上位者の順位表。
 そこには

 1位 北森あかり(3A・理)
 2位 志方幸尚(3A・理)
 3位 中河内奏(3A・文)

 と、はっきりと記されていた。

「ちょ、3人組が上位独占してる」
「俺まさかの中河内に負けたんだけど!?え、嘘だろ中河内が数学96点!?」
「あー、最近あかりと志方君にしごかれてたもんね…………」

 あかりは静かに、その張り紙を見つめる。
 何度も、何度も、これは夢じゃない、現実だと言い聞かせるように。

 なんだか地面の感覚があやふやだ。
 わいわいと囃し立てる、周りの声が遠く聞こえる。

(やった)

 じわじわと心の奥から、達成感と歓喜が込み上げてくる。

(通したんだ……初めて、私の意思を…………!!)

 隣からずびっと鼻を啜る声が聞こえる。
 振り向かなくたってわかる、幸尚が泣いているのだろう。

「…………これで、3人で一緒に住めるよ」
「……おう、またこれで調教が進む。来年の春が楽しみだな」
「ひぐっ……良かったよぉ…………!!」
「ったく、ほら尚、タオル」
「ありがとう…………ずびっ……」
「あ、こら、タオルで鼻かむやつがいるか!」

 大人達から見れば小さな一歩に過ぎないだろう。
 けれど3人にとっては、ずっと3人でいたいという夢を叶えるための大きな一歩だ。

「…………今日、帰りにあかりん家行こう。俺部活休むから」
「え、でも」

 最後の大会の前なのに、と心配そうな二人に奏は「んなもん、こっちの方が大事だから」と笑う。

「それにさ、俺はあかりのご主人様だ。……可愛い奴隷を優先するのは当然だろ?」
「っ…………ありがとうございます…………あぁ、そんなっこんなところで奴隷だなんて、誰かに聞かれたら…………はぁぁ……」
「だーかーらー!奏はもうちょっと発言に気をつけてって!あかりちゃん、ほら、黙想!!」

 延々と煮詰められた熱情に疼く胎を宥めながら、3人は一路あかりの家へと向かうのだった。


 …………


「まさか、本当に…………」
「条件は満たしたから。私は奏ちゃんや尚くんと同じ大学に進学する。3人で暮らして……この家にはもう戻らない」
「あかり……!」
「あんた達の意見はもう、聞かない」

 家に着いた途端、あかりの顔から表情が消える。
 和室に通されたあかりは、3人全員の成績表を突きつけ「これで満足?」と言い放った。

 その結果に、両親は固まってしまう。
 中学の時からあかりは常に成績は上位だったが、肝心なところでポカをするせいか一度も首席を取ったことはなかった。
 だから今回だって、どれだけ頑張ったって無理だと決めつけていたのだ。

 なのに、まさか本当に条件を満たしてしまうとは。
 しかも奏や幸尚まで揃って成績を上げたのだ。これでは文句のつけようがない。

「あかり、この戻らないって……今も……?」
「尚くん家に住むから。奏ちゃん家もいつでも来ていいって言われてる」
「そんな、あんたが居ついたら食費だってかかるのよ!?」
「はぁ?だから何?」
「あかり、親に向かってその言い草は」
「そう言われるだけの事をしてきておいて、何今更善人ぶってるの?」
「………………」

 これは無理だ、紫乃はそう悟る。
 まさに取り付く島もないとはこの事だろう。今のあかりには、親が何を言っても何も聞こえないし、何も届かない。

(…………何も、聞かなかったから……)

 ああ、なんで。
 なんでこんなことになるまで、気づかなかったのだろうか。

 奏の両親と話してから1ヶ月、紫乃はずっと考えてきた。

『今のあかりちゃんの気持ちを一番わかるのは、紫乃さんでしょ』

 あの時は、芽衣子の言葉の意味がさっぱり分からなかった。
 けれども、記憶の片隅に追いやられていた……できたらずっと追いやっておきたかった己の過去を振り返った今なら分かる。
 このままでは、あかりも自分と同じように……家族を断ち切ってしまう。

 紫乃の両親も、非常に厳しくまた昔気質な人間だった。
 だから娘が大学に入ってサークルの飲み会に来ていたOBと恋に落ち、さらに子供を身籠ったなど、彼らにとってはもはや天変地異に等しかっただろう。

 だから当然と言えば当然だが、デイトレーダーという『得体の知れない仕事』をする祐介との結婚話には全く耳を貸さず、会うことすら拒否された。
 それどころか世間体が悪い、お腹に宿った命を堕ろせと言われて、紫乃の何かが切れた。

 何も聞いてくれなかったから、自分も親を見限りお腹の子を……あかりを守るために駆け落ちした。
 大学を辞め、誰も知らない土地に移り住み、一切の連絡を絶って何も聞かない、届かないようにして。

 ……そして今、自分たちは親の立場で、あの時と同じ場面に立っている。

「……分かったわ」
「!!」
「条件を言い出したのはこちらだから。あかりの要望を飲みましょう」
「っ、紫乃さん!?そんな事をしたら」
「…………今は無理よ、祐介さん。……拓海さんの言った通りよ、まずは離れるべきだわ。……でなければここでまた同じ事を繰り返すから」

 紫乃の言葉に、ここにきて初めてあかりの表情が動く。
 てっきり言い訳がましく反論してまた縛り付けてくると思っていたのに、あまりに意外な展開にあかりのみならず奏や幸尚も内心戸惑っていた。

「……たまには顔を見せなさい、尊が寂しがるわ」
「…………分かった」

 母の思惑は読めない。
 だが、少なくともあかりはようやく、自らの意思で歩き始めたのだ。

(よく分かんないけど、とにかくやったんだ……!これで奏ちゃんと、尚くんと離れなくて済む…………!!)

 今はただ、その勝利の美酒に酔いしれよう。
 そう思ったら…………途端に、抑えつけていた炎が燃え上がって。

「…………あかり?」
「っ、なんでもない。…………もう行くから」
「……ええ」

(ダメだもう我慢できない、早く、早くっ…………)

 奏と幸尚もあかりの異変に気付いたのだろう、慌てて「師範、あかりはちゃんと俺らが見てるから」と言い残しあかりの後を追いかける。

 二人と手を繋ぎ、玄関で「あ、そうだ」と振り返ったあかりに、両親は息を呑んだ。

 こんな妖艶な、大人を感じさせる表情をするあかりは知らない。
 ……ああ、本当に自分たちの知らないところで、この子はもう大人になっていたのだと突きつけられ、言葉が出ない。

「……居合、やめる。もう道具捨てちゃっていいから」
「あかり……!」

 それだけ言い残して家を出るあかりはもう、自分たちの知る子供ではなくなっていた。

「…………紫乃さん」
「……いいのよ、これで。少なくとも今は」

 きっと時間はかかる。
 それでもあかりが自分と同じ轍を踏まないために、自分達も変わらなければ。

 ようやく訪れたあかりの反抗期。
 彼女が本当の意味で自立するには、これから数年の時間を要することになる。


 …………


「はぁっ、はぁっ…………あぁ……奏様ぁ、幸尚様ぁ…………」
「うわぁ、エロっ…………ヤバかったな、この顔を見られるのは流石にまずい」
「進路が決まって、気が抜けちゃったかな…………あかりちゃん、洗浄してからリセットするから、もうちょっと頑張って」
「はひぃ…………はやくっ……お願いしますぅ…………!!」

 幸尚の家にたどり着いたあかりは、そのまま玄関にへたり込む。
 真っ赤な顔で息を荒げ「さわって…………逝かせて…………」と呟く様は、人生のかかったプレッシャーと、貞操帯による管理で散々溜め込んだ熱が、どれだけ凄まじいものかを物語るようだ。
 でなければ、散々躾けられているあかりがこんな風におねだりなどする筈がない。

 手早く洗浄を終え、拘束したままリビングのソファに座らせて股を開かせる。
 洗ったばかりだというのに、その潤みは滲み出てきた愛液でテラテラと光っていて、そこに息づく2つの入り口も必死ではくはくと雄を誘い蠢いていた。

「うわぁ……あかりちゃんのクリトリス、いつもより大きい気がする…………」
「パンパンで弾けそうだよなこれ……あかり、触るぞ」
「はやくっ…………いっぱい、ゴシゴシしてぇ!!」

 敬語も使えないほど切羽詰まっているあかりを見るのは、初めてかも知れない。
「今回は頑張ったんだし、うんと悦くしてやるから」と、奏がピンと固く聳り立つ乳首を抉り、同時に幸尚が後孔を弄りながら膣の入り口周りをなぞった途端

(あ、これだめ)

「もっ…………いぐうっ……!!」
「「え」」

 ビクン!!と一際大きく身体が跳ねる。
 そのまま何度か身体を痙攣させ、触れてもない肉芽をひくつかせる。

「…………逝っちゃった、ね……?」
「ええええ早すぎね!?まだ10秒も経ってねえんだけど!!?」

 こんなに溜め込んでいたのかよ、と呆然とする二人は、しかし「ひぐっ…………やだぁ……!」と泣き出すあかりの声で現実に引き戻された。

「えっと、あかり……大丈夫か…………?」
「やだぁ……!!逝っちゃったのおおっ!頑張ったのに!これだけで終わりだなんて…………酷すぎる……!」
「あ」

 そうだった。
 リセットの絶頂は何があろうが1回だけと、塚野から厳命されていたっけ。
 ゴールをずらせば管理の意味がなくなるとか何とか言われた気がする。

 溜まり続ける熱に、毎夜囁き続ける情欲に翻弄されながらも、ここまで頑張ってきてこれとは。
 さしもの奏も、ちょっとあかりが可哀想になる。
 幸尚なんて既に涙ぐんでいるし。流石にもうちょっと触ってあげよう、なんて今にも言い出しそうな雰囲気だ。

 けれど、それと同時に奏の中に湧き上がるのは、嗜虐への甘美な誘惑。

(この状態で、貞操帯を戻したら……あかりは絶対いい声で泣く…………!)

 いつもなら、あかりの様子を見て抑えられたかもしれない。
 けれど、ようやく試験のプレッシャーから、そしてあかりが離れるかもしれない不安から解放された奏の心に、その余裕は全く存在しなかった。

 あまりの興奮に目の前が赤くなった気がする。
 ヤバい、気を抜くと涎が垂れそうだ。

 明らかに纏う空気が変わった奏に、幸尚は嫌な予感を覚え、あかりは「ヒッ」と短い悲鳴をあげてカタカタと震え出した。

「……奏?」
「…………尚、あかりを立たせて拘束するぞ。首輪の鎖はしっかり持っててくれ」
「っ、まさか」

 さあ、これがご褒美だ、あかり。

「あかり、立て。リセットは終わりだ、貞操帯を戻す」

 ご主人様の命令は絶対で。
 与えられたものだけで満足しなければならなくて。
 ……なら、この絶望すらご褒美だろう?ほら、悦んで…………悲嘆の叫びを俺に聞かせろ。

 確かあったはず、と幸尚が泣きじゃくるあかりを立たせている間に奏は目的のものを見つけ出す。
 よいしょと声をかけてあかりの目の前に置かれたのは、幸尚の両親の寝室にあった姿見だった。

「あ、あ、あ………………」
「……よく見ていろ。そして刻み込め。あかりのここが誰のものなのか……ほら、また1ヶ月バイバイしような?」

 手慣れた手つきで貞操帯が腰に巻かれ、股間を覆う。
 その命令に、言外に込められた奏のドロドロした欲望に、震えが止まらない。

(無理、こんなの無理っ!こんなに頑張って、我慢して、あれっぽっちで終わってまた1ヶ月我慢……!)

 逃げ出したくても、その重い手綱はしっかりと幸尚に握られていて、たとえそれから自由になったところで後ろでしっかり固定されたままではこの熱を鎮めるなどできるはずもない。

「ああ、嫌ぁ…………!」

 思わず漏れた本音に、奏がピクリと反応する。
 それに気づけば慌てて「申し訳ございません!!」と涙を流しながら赦しを乞うしかない。

 なのに、今日の奏はいつも以上に容赦がなくて。
 ……それだけ奏も大きなプレッシャーを感じていたのだと後になれば思い返せるけれど、とてもご主人様の内心にまで気を回す余裕はない。

「……ほら、おねだりは?」
「っ……!!」
「ご主人様が管理してくださるんだ、どんな状況だろうがいつも通り、奴隷らしくちゃんとおねだりしねえとな?」

 お礼だって聞いてないぞ?と促せば、あかりの目からさらに涙がこぼれ落ちた。

「…………あかりを、逝かせてくれて……ありがとうございます…………て、貞操帯を…………」
「……はっきり言え」
「っ、貞操帯をっ、着けてくださいっ!!」
「そうかそうか、そんなにここを弄れなくして欲しいんだな?」
「ひぐっ…………はい……だって…………あかりのおまんこは、奏様と幸尚様のものだから……」
「……いい子だ」

 カシャン、と鍵のかかる音がする。
 大切なところだけじゃない、あかりそのものにも鍵をかけられたような絶望はいつも以上に深く、しかしそこから歓喜を引き出せるほど今日のあかりは堕ち切っていなくて。

「あ…………あ………………」
「ほら、お礼」
「…………あぁ…………あかりのおまんこ、管理して頂いて……ありがとうございます…………」

 涙が止まらない。
 頭が、回らない。

 あかりは奏の命じるまま、床に土下座して感謝を口にするのだった。


 …………


 次の日、あかりは学校を休む。

 布団から出てこないあかりを「昨日お母さんと会ったし疲れたのかな」と心配しつつも学校に行った二人は、しかし帰宅してもはらはらと涙を流しながら全く動こうとしないあかりに「これは何かがおかしい」と慌てて塚野に連絡を取り、いつものに駆け込んだのだ。

 あかりの様子を一目見た塚野は「あんたたちの説教は後、あかりちゃんの好物は?ケーキ?何でもいいの?……分かった、すぐ戻るから」と店を飛び出してしまう。

 15分後、帰ってきた塚野の手にはケーキと新しい紅茶の缶、そして触り心地の良さそうなぬいぐるみが握りしめられていた。

「はい、あかりちゃんの口に合うといいんだけど」
「ありがとうございます…………」

 季節の果物のタルトと、ザッハトルテをいただく。
 温かい紅茶を飲めば、何かが緩んだのだろう、あかりの目からまた新しい涙が流れた。

「美味しかった?」
「……はい」
「じゃ、こっちおいで」
「へっ」

 言われるままに、塚野の隣に座る。
 渡された大きなクマのぬいぐるみは、柔らかくてふわふわで、つい頬擦りしたくなる。

 ぼんやりとぬいぐるみを抱えるあかりを、不意に包む温かいもの。

「…………え」

 気がつけばあかりは、塚野の胸に抱きしめられていた。

 どうして、と戸惑うあかりに「……お母さんと、話してきたんだって?」と塚野は優しく語りかける。

「…………進路、変えられたんだね」
「はい……」
「…………よく頑張ったね」

 ギュッと抱きしめる、その温もりが心にじわじわと広がっていく。

「今まで、ずっと頑張ってきたんだよ、あかりちゃんは」
「……塚野さん…………」
「いっぱい頑張って、やっと一つ山を越えて…………なのにご褒美があれじゃ、辛いよね」
「…………!」
「いいのよ。奴隷だってダメな時はダメだって言っていい。プレイ中は無理でも、終わったら奏や幸尚君とは対等でしょ?…………辛かったら辛かったって言っていい、甘えさせてって言っていいのよ…………」

 ああ、そうだ。
 あんなに頑張ったのに、頑張ってご褒美を楽しみにしていたのに、あんなに中途半端で取り上げられて…………
 それでも最後まで逃げなかったのに、奏はすっかり昂ってあかりを放置し、幸尚は確かに気遣ってくれたけど、それだけじゃとてもこの絶望は拭いきれなくて。

「…………褒めて、欲しかったよう……」
「……うん」
「頑張ったのに…………いっぱい、辛いのに……我慢したのに……!」
「そうね、あかりちゃんはよく頑張ったわ…………」
「いっぱい……いっぱい褒めて欲しかった……奏様と、幸尚様にっ、頑張ったねって、えらいねって、ぎゅーってしてもらいたかった……!!」

 あかりの心に、風穴が開く。
 溢れ出る感情は、もはや言葉にならない。

 わあわあと泣きじゃくるあかりを、塚野はいつまでも抱きしめて「うん、褒めて欲しかったね……頑張ったわね」と、普段の女王様然とした姿が嘘のように優しく包み込むのだった。

「…………で」

 そのまま眠りに落ちたあかりを抱きしめたまま、塚野はじとっとした目でしょぼくれる二人に目をやった。

「……あかりちゃんが目を覚ましたら、いっぱい褒めます…………」
「よろしい」
「……いつもみたいに、絶望しながら気持ちよくなるって思ってたのに…………」
「いつものあかりちゃんならできたかもしれないけど、人生をかけた勝負をしてきたばかりでこの仕打ちじゃ、どんなマゾ豚だって凹むわよ」
「…………あかりが起きたら、ちゃんと謝る……」
「そうしなさいな。奴隷はいつだってご主人様を信じて頑張ってるんだから、しっかり限界を見極めて頑張ったらいっぱい褒めてあげるのは、ご主人様の務めよ。
 そもそもご主人様が自分の欲望を優先するのは危険だって事は、おしがまの時にも学んだんじゃなかったの?」
「厳しい…………ぐうの音もでねぇ……」

 目を覚ましたあかりに、二人は土下座で「ごめん、ちゃんと頑張ったねってもっと褒めるべきだった」「やり過ぎた、調子に乗ってあかりの限界に気づかなかった、すまん!」と頭を下げる。

 そして、幸尚はおずおずと手を広げて「あかりちゃん、ぎゅってされるの、大丈夫?」と尋ねるのだ。

「そこは、おいで褒めてあげる、でいいんじゃないの?」
「でも……あかりちゃんは女の子だし……僕、恋人じゃないから……」
「ああもう、あんたたちの関係はややこしいわね!!いいのよ、あかりちゃんに下心は無いんでしょ?いやもう下心があったっていいわよ、こんな時はドーンとその胸を貸したげなさい!」
「はっ、はいっ!…………頑張ったね、あかりちゃん」
「ううっ……うわあぁぁん…………!幸尚様ぁ…………!!」

 胸の中のあかりをぽんぽんとあやす幸尚の隣で、奏はわしわしとあかりの頭を撫でていた。

(……ほんと、素直でいい子達)

 そんな3人を塚野は穏やかな目で見つめる。
 そして「あんた達は、そのまま大きくなりなよ」と微笑むのだ。

「その、まま……?」
「こんなにやらかしまくってるのに?」
「いや、そっちはそのままにしないで。私の心臓がいくつあっても足りないから」

 他人を変えようとしない。
 それは、この3人が共通して持つ気質だった。

 それ故にあかりは演じることを自分と錯誤して苦しみ、奏は性癖のために恋愛を諦めてしまったけれど、決してその性質自体は悪いものじゃない。
 現に幸尚は、こんな歪み切った二人を知っても彼らを変えようとはせず、歩み寄る道を選んだのだから。

「他人が変わることを期待するより、自分が変わる方がずっと簡単だし幸せになれるのよ」
「……そういうもんなの?」
「そういうもんなの。期待するから絶望する、ってね。あかりちゃんはよーく分かってるわよね?」
「それはもう…………いっぱい気持ちいいの、期待してたから……今回は本当に辛くて……」
「あ、なるほど」
「あんた達は互いを変えようとしないでしょ?伝えるべきことまで伝えず抱える癖は直したほうがいいけど、そんなに近い関係なのにちゃんと相手を尊重できるのは、あんた達の一番の長所だから。……大事にしなさいな」

 なんだかんだあったけれど、彼らは道を開いた。
 夢物語だった『3人でずっと一緒』を実現する大切な一歩を踏み出したのだ。

 ……どうか彼らの前途が洋々たらんことを。

 ようやく落ち着いたあかりを真ん中に、両側から仲良く手を繋いで店を後にする3人の背中に、塚野はそっと祈るのだった。
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