サンコイチ

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 新しい学年、と言ってもクラス替えはないから特に変わり映えしない日常が戻ってきた。

「おはよー!あかり、先週のイベントの戦利品読む?」
「!!読むっ!!うはぁ、お宝がいっぱい…………」
「あはは、あかりもくれば良かったのに。この土日は宿題もなかったのに、何してたの?」
「え、あ、えっと」
「俺知ってる、また3人でデートしてたんだろ?」
「こないだ、ケーキバイキングでものすごい勢いでケーキ食ってたの見たぞ、志方より食ってて流石に引いたわ」
「ええーだってケーキは別腹なんだもん!!」

 貞操帯をつけて学校生活を送ること自体は、何ヶ月も慣らしてきたから違和感はない。
 強いて言うなら、携帯用ウォッシュレットではどうもドームの中を洗うには水流が乏しいと感じるくらいである。

「はぁ…………見られてただなんて…………しかも尚くんより食べてることがバレてる……」
「いや、吸引力が桁違いだったわ……尚も甘いものは吸い込むように食べるけどさ、あかりには叶わない」
「次の日の体重はやばかったもんね……はい、奏あーん」

 魔除け(?)で始めた、奏に手作り弁当をあーんして食べさせるのも、もはやクラスの恒例行事である。
 ここまでしても幸尚と奏が恋人だと認識されることはなく「また奏君、志方君に餌付けされてる」と散々な言われようだ。誰が餌付だ、確かに胃袋を掴まれてる自信はあるけど。

 その横で、ちゃっかり体重をチェックされていたことを知ったあかりは真っ赤になって「いつの間に……」と突っ伏している。
 いや、確かにあの増え方は凄かった。リセット後のご褒美で短期間に2回も突撃したせいとはいえ、別腹も腹につくとは事実だったと思い知らされた。

「お願い、あれは見なかったことにしてぇぇ…………あ、だからお弁当のご飯少なめなんだ」
「体調管理もご主人様の仕事だからね!当分はささみとキノコがメインかな」
「うえぇん…………」

 自分が悪いんだけどこれはない、としょぼくれるあかりを幸尚は「大丈夫、すぐ戻るよ」といつも通り優しく慰めつつ、奏の餌付けに余念がない。

(…………いつも通りだ)

 そう、春休み前と何も変わらない日常。
 突っ伏したまま眺める教室も、目の前の幼馴染たちも、何一つ変わらない。

 …………ただ一つ、あかりが自身の奥底に眠っていた、淫欲と被虐を煮詰めたような本当の自分に気付いたことを除けば。

 週末に10日間の装着期間を終えリセットを頂いたお陰で、今日は随分熱情が落ち着いている。
 もちろん落ち着いているとはいえ、その奥には24時間消えることのない渇望が渦巻いているし、ちょっとしたことで火がついて慌ててトイレに駆け込み、黙想したり泣きながら諦めがつくまで股間を弄ったりする事は変わらない。

 だから、これまでの貞操帯(仮)のように日常で存在を無視する事はできない。
 いや、恐らく今後もこの甘く切ない絶望を生み出し続ける檻が、日常に溶け込む事はないだろう。

(私だけが、変わってしまったんだ)

 もう『普通』には戻れない、その言葉の意味をぼんやりと噛み締める。
 後悔はない、ただ……なぜだろう、少しだけ寂しさを感じる。

 けれどこの檻がなければ、きっと自分は内から響く被虐の呼び声を聞くや否や喜んで自らを明け渡し、それこそ日常になど二度と戻れなくなるに違いない。

 例えるなら、ピアスが誰かの『普通』でないことを囁く枷ならば、貞操帯は自分の『普通』を壊す檻でありながら、堕ちた自分を辛うじて日常に留めてくれる楔でもある。
 それは貞操帯(仮)の時にも感じていた感覚で、けれどあの時とは比べ物にならないほど堕ちた奴隷と化した自分にとっては、ご主人様である二人と同じくらい大切なもの。

(ああ)

 私はモノにすら支配されているのだ、なんて気づいてしまったら…………ほら、また牙を向く……!

「トイレ行ってくる」
「……!うん、いってらっしゃい」
「おう、後15分で授業だぞ」
「うん」

 ハッと顔色が変わりどこか心配そうに、けれどなるべくいつものように返事をする幸尚と、さりげなく時間を伝えてくれる奏。

(…………大丈夫、二人がいるから……ここでは普通を演じられる)

 ちょっとだけ浸らせてください、ご主人様、と心の中で請い願いながら、あかりは急ぎ足で人気のないエリアのトイレに向かうのだった。


 …………


「……え………………」
「聞こえなかったか?次の洗浄は1週間後だ」
「…………っ、なんで……ですか…………?」

 その日の夜、いつものように土下座して洗浄を懇願したあかりを奏はすげなく断る。
 これまでは毎日きっちりと拘束されて洗浄してくれていたのに何故、とあかりは愕然とした顔で奏を見上げた。

「生理中だって、毎日だったのに…………恥ずかしかったのにぃ…………」
「ちゃんとギリギリまであかりが貞操帯の上から洗ってからだっただろ?前にも言ったけど、どれだけ汚れていようがそれを綺麗にするのは俺たちの仕事、あかりに直接ここを洗浄する権利はない」
「あかりちゃん、生理も軽いからそこまで大変じゃなかったしね」
「それは…………はい、けど、じゃあなんで…………」

 まだそこまで暑くない季節とはいえ、ウォッシュレットと夜のシャワーだけではどうしたって汚れが残るし、臭いも気になる。
 いくら散々恥ずかしいところを見られていると言っても、こればかりは女性としてどうしても抵抗が強い。
 ましてご主人様達は大切な幼馴染なのだ、いくら手袋をしていたって、そんなものに触れさせたくはない。

 この世の終わりと言わんばかりの表情て不満を告げるあかりに「いや、俺だって洗ってやりてえけどさ」と奏がポリポリと頭を掻く。
 そしてこれは幸尚の提案だと話せば、あかりはますます驚いた顔で幸尚を見上げるのだ。

(そんな、幸尚様がなんでこんな事を)

 誰よりも優しい彼が、明らかにあかりの悦びに繋がらない苦痛を考えなしに与えることなどない。
 その心の声が聞こえたかのように幸尚は「あかりちゃん」と口を開いた。

「……新学期の進路調査票を見たんだ」
「………………え…………」
「あかりちゃん、まだお母さんに、僕たちと同じ大学に行きたいって話せてないよね?」
「え、あ、はい……でも何でそれが」
「あかりちゃんの志望大学は自宅から電車で15分。だから自宅通学だよね。で、僕らの大学は今の自宅から電車で1時間。奏の専攻のキャンパスに至っては1時間半、それもあかりちゃんの志望大学と反対方向」
「…………はい」
「僕らは、大学に入ったら一人暮らしをするんだ。通えなくもないけど流石に実習が始まれば通学は大変すぎるし、何よりもう成人するんだから」

 つまり現実的に、あかりの貞操帯を毎日洗浄する事は難しくなる。
 今でこそ夜遅くまで互いの家に……大抵は幸尚の家だが……入り浸れるものの、自宅通学となったあかりが夜遅くまで帰ってこない事をあかりの両親は良しとしないだろう、だからこそ自宅から通える大学を選ばせたのだから。

 だから、今から慣れておくんだ、と幸尚は優しく、だが断固とした口調であかりに告げる。

「何があっても週末には洗浄するし、リセットも週末にかかるように設定する。土日は泊まりがけで来てプレイ、なんてことになるんじゃないかな?もしくは僕たちがこの家に戻るか」
「どっちにしたって、毎日洗えない事は確定なんだよ。せっかく1年間の猶予があるんだ、今から慣れておけ、あかり」
「…………っ……………………わかり、ました……」

(そんな……そんな不潔な状態、耐えられるんだろうか……)

 たった一日つけていただけですら、臭いが気になるのだ。命令だし、そもそもあかりに貞操帯を外す権利はないから従わざるを得ないとは言え、正直先を思うと憂鬱で仕方がない。

 ついでに、と奏は大学に入ってからの管理案も話す。
 リセットは定期的には行わず、ご褒美制なる二人の胸三寸次第になるし、最大期間も限界まで伸ばすつもりだと。
 確かにかなり過酷ではあるが、そもそも今のように毎日プレイができるわけではないから意外と耐えられるのではないか、というのが奏の考えだった。

(本当に…………?いくら貞操帯があるとはいえ……本当にそれでいけるの…………?)

 ここまで堕とされて、頭の片隅にはいつも触れてもらって絶頂したいと叫ぶ獣がいるのに、こんな状態で二人とも離れて…………

(離れる……二人と…………?)

 唐突に、あかりはその事実に気づく。

 それはあかりにとって未知の話。
 ずっと3人で一つだったのに、進学で離れた後どうなるかだなんて、想像すらしたこともなかった。

(え…………そっか、同じ大学じゃなきゃ……離れちゃうんだ…………)

「さてと…………尚、先洗ってくるから」
「うん、待ってるよ、奏」

(この、当たり前が、遠くなる…………?)

 もしかしてこれは、思った以上に大変なことなのかもしれないと、不安が過ぎる。

 いつものように、甘い雰囲気の二人が目の前で口付けを交わす。
 それすら、急に遠くなったように感じて。

 ことここに至ってようやく大学が別である事の深刻さに気づいたあかりは、心ここに在らずといった様子でいつものようにいちゃつく大切な二人を眺めていた。


 …………


 そうして、1週間が経つ。

 できる限りのことはした。
 お風呂でだって毎日いつもより時間をかけて洗っていた。

 けれど、きっちりと覆われた秘所を清潔に保つだなんて、どだい無理な話である。

「いやっ、いやああああっ!!お願いっ見ないでぇ!臭いかがないでっ!こんな、こんなのやだあああっ!!」
「大丈夫、あかりちゃん落ち着いて……!ああ、暴れたらタオル掛けが壊れちゃうよ…………!!」
「こりゃダメだ。尚、口枷噛ませろ。……あかり、命令だ。大人しく洗わせろ、でなければ仕置きをした上でリセットを延長する」
「やっ、ひぐっ、そんなっむぐっおぇっ…………」
「辛いね、喉ごっくんして…………うん、これでよし。奏、このままだとタオル掛けが壊れそうだから」
「おう、鎖は尚が持ってろ。暴れるなら首輪を引っ張っていいから」
「んごおおおおお!!!」

 泣き叫ぶあかりを押さえつけ、奏が手早く貞操帯を取り外す。
 毎日洗浄しているとはいえ内部には分泌物や垢、洗い流せなかった汚れが溜まり、むわっといつものメスの匂いに混じって据えた臭いを放っていた。

「あー、かなり汚れるんだな……ヒダの中まではきちんと洗えないもんな」
「ん————!!んおおおお!!」
「…………あかり」
「んおぉ……ひぐっ…………おえぇ…………」

 大粒の涙をこぼしながら、あかりは鼻に届く異臭にさらに咽び泣く。

(やだ、こんなの…………こんなに汚れてるのを、洗わせるだなんて……!!)

 1週間ぶりに触れられた秘裂は、そんなあかりの嫌悪感など知らぬと言わんがばかりに、欲しかった刺激を恵まれてこぽりと白い蜜を吐き出している。
 早く、早く終わってと必死で願うものの、汚れのみならずいつものようにあかりの身体と貞操帯を分担して洗えない分、どうしても時間がかかってしまう。
 浴室の床に放置された貞操帯にこびりつく汚れが、あまりにも気になって……吐き気がしてきて。

「あーこりゃ時間かかるわ……のぼせないように気をつけないとな…………」
「だね、あかりちゃんが慣れれば僕も洗えるから、それまでの辛抱だよ」 

 なのに二人は嫌な顔ひとつせず、丁寧に大切なところを、その覆いを洗うのだ。
 嫌悪感と、羞恥心と、情けなさと、申し訳なさで頭がぐちゃぐちゃにかき回される。
 叫んでないととてもいられたものじゃない。

「ごめんなさいっ、汚いものを見せて、洗わせてごめんなさい……うわああぁぁん…………!!」

 洗浄が終わりリビングに戻ったあかりの口から開口一番飛び出したのは、いつものお礼ではなく後悔と謝罪の慟哭だった。

 わあわあと子供のように泣きじゃくるあかりを、奏と幸尚は静かに見つめる。

(…………ここまでは期待通り)

 布石は打った。
 あかりは自分たちが離れ離れになる未来を、ある意味最悪の形で強烈に思い描けたはずだ。
 そして……それに自分が耐えられないことも。

 とはいえ、最後はあかり次第。
 どれだけあかりが渇いていても、自分たちにできるのは水飲み場に連れて行くところまでだから。

(……頼むぞ、尚)
(うん、頑張る)

 あの進路調査票を見た日から、二人で話していたのだ。
 あかりのことだ、どれだけ周りの大人たちが助け舟を出しても今のままでは動くことすらできないだろうと。

 そして、きっとあかりは自分たちには助けを求めない。
 だって、あかりにとって奏と幸尚は幼馴染だけど、どこか子供の頃の関係のまま……あかりの子分と守る対象のままなのだ。

 だから、助けを求めさせる。
 追い詰めて、本音を吐き出させて、手を差し伸べる。
 自分たちにできるのはそこまでだけれど、あかりはきっとその手を取ってくれると信じて、できることをやるだけだ。

 もちろん塚野にも、洗浄を逆手に取ったこの作戦の許可はとってある。
 幸尚の発案だと告げれば「だと思ったわ」とため息をつかれたけど、今回は前回に比べればそんなに追い込んではいない。

(はずだったんだけどな……あんなに取り乱すなんて……)

 そこまでではないと思っていたけれど、年頃の女の子にとっては想像以上に心を抉る仕打ちだったようだ。
 なるほど塚野のあの反応はこう言うことか……と幸尚は少しだけ反省していた。

 けれど、この壁はここで打ち砕かなければならない。
 ずっと3人でいるために、そして何より、あかりが親という枷を完全にぶった斬るために。

 やがてあかりの泣き声が小さくなり、しゃくりあげるだけになった頃を見計らって、幸尚は静かに語りかけた。

「…………あかりちゃん、辛かったよね」
「ひっく、ひっく…………はい…………」
「もう二度と嫌?」
「嫌ですっ!!こんな……ひっく、こんな汚いもの…………臭かったし…………お願いしますっ、毎日じゃなくても!せめて2日に1回でいいからっ!!」
「……できないんだよ」
「っ、そんな」
「…………このままじゃ、1年後にはこれが日常になるんだ。だから、妥協はできない」
「………………!!」

 真っ青になるあかりに、ねえ、あかりちゃん、と語りかける尚の瞳にもまた、涙が浮かんでいた。
 頼むからもうちょっと涙は出ないで、と心の中で必死に押し留めつつ、幸尚はあかりに問いかける。

「…………あかりちゃんは、どうしたいの?」
「幸尚、様…………」
「僕はずっと3人がいい。大好きな奏と、大切なあかりちゃんと3人でいたい。それは奏だって同じだよ」
「っ、私だって…………私だって…………!!二人と同じ大学に行きたいよぉっ!!でもっ、そんなの………………許してもらえない…………」
「まだ、話してもないのに?」
「……っ…………」

(うん、少なくとも本音は聞けた)

 これからも、一緒にいたい。
 あかりの本心をはっきり言葉で聞けて、少しだけ安堵する。
 だが、それならなおさらこの手を取ってほしいと幸尚は心の中で願いを噛み締める。

 あかりは基本的に天然でいつも暴走気味だ。
 生まれてこの方どれだけ振り回され泣かされたかなんて、もはや数えきれない程である。

 けれど、あかりのその暴走が絶対に向かない方向がある。

 それは、最も優しく、最も愛情深く縛られた母、そしてその母が語る『普通』である。

「…………ねえ、あかりちゃんなのに、どうして最初から諦めてしまうの?」
「どうして、って…………」

 幸尚の問いかけに、今の自分は答えられない。

 分かっている。
 今となってはわかっているのだ。
 もうあかりは小さな子供ではない、母のための子供ではない。
 一人の女性として、誰かの『普通』に縛られず生きる時なのだと。

 ……分かっていても、足はすくむ。
 喉は渇き、言葉は消え失せる。

 けれども時間は待ってくれない。
 なのに、立ち向かう壁は……とてつもなく高い。

 泣きながら逡巡するあかりに「あかりちゃんさ」と幸尚はさらに畳み掛ける。

「…………僕たちは、あかりちゃんの何だっけ?」
「え…………奏様と、幸尚様は…………私の、ご主人様です…………」
「そうだよね。あかりちゃんは僕たちの大切な奴隷だ。…………奴隷なのに、何で一人で戦うの?どうして…………ご主人様に、頼らないの…………?」
「……………………!!」

(ご主人様に、頼る……?)

 その言葉に、あかりは泣くのも忘れて目を瞬かせる。

(そんな、お二人に頼るだなんて……)

 思いつきもしなかった。
 だってこれは、自分の問題だからと最初から決めつけていた。

(…………違う)

 私の問題だけじゃない。
 二人にとっても同じなのだ。
 一人も欠けたことのない、サンコイチの関係が根底から変わるかもしれないのだから。

「幸尚様…………」
「僕たちは、あかりちゃんのご主人様だ。あかりちゃんの飼い主なんだ。飼い主が奴隷を守るのは当たり前だよね?」
「…………でも」
「あかり」

 なおも口を開こうとするあかりに、耐えかねた様子で奏が口を挟んだ。

「…………俺たちの背中はそんなに頼りないか」
「!!」
「ずっとあかりは、特に尚を守る立場だったからさ。わからなくはねえよ?……けど、今お前の目の前に映るご主人様は、助けを求めるにも値しないか?」
「っ、そんな…………!!」

 そんなことない、と呟くあかりに「なら」と二人は命じた。

「「……ご主人様におねだりする時は、どうするんだ?」」

(………………!!)

 あまりの驚きに、あかりは目を見張る。
 まさか二人からそんな言葉が出てくるだなんて思いもしなくて。

 仁王立ちになり、腕を組んで見下ろす二つの目は、悲しみと、少しの怒りを含んでいた。

(…………ああ、知ってる)

 私は、この表情を知っている。
 ……遠い昔、幸尚に話した言葉を思い出す。


『なおくん、あのね、たすけてーっておっきなこえでさけぶの!そしたら、ふたりでしゃきーん!!ってとうじょうするんだよ!』
『えぐっ、えぐっ……あかりちゃぁぁん…………』
『そうだぞなお、ヒーローってのはたすけてーっていわないとこれないんだぞ!!ほら、たすけてーのれんしゅうだ!!』


 ああ、あの後何度も「声が小さい!」って練習させすぎたおかげで余計に幸尚を泣かせて、鬼のような形相をしたあかりの母にしこたま叱られた挙句、道場の廊下で奏と二人正座させられたっけ、と懐かしい思い出が心によぎる。

(たすけてって、よばなければ、これない)

 そうだ、自分だってそう言ったんだ。
 いつだって守るから、助けてって呼んでほしくて。

 ……あの電車の中で感じた広い背中に、ちょっとだけ。
 そう、ほんの少しだけ凭れて、託しても……許されるだろうか。

「……そう、さま…………ゆきなおさま…………」

 小さな、小さな声。
 あの頃の自分が聞いたら「そんなんじゃきこえないよ!」と間違いなくやり直させられる吐息のような、震える声。

 でも、今は、それが精一杯で。
 ああ、今ならあの時の小さな幸尚の気持ちもわかる。

 助けを求めるのは、こんなにも勇気がいるのだ。

「……あかりも、ずっと、お二人の側にいたいです…………だから」

(ありがとう、どうか今だけ、少しだけでいいから)

「だから……助けて下さい………………!!」

 その小さな声は、心の奥底からの叫び声は、しかし待ち構えていた二人の耳にしっかりと届けられた。

「おうよ、言えたじゃねーか」
「……うん、うん…………ううっ……ずずっ、一緒に、同じ大学に行くんだ……!!」
「あーあ、最後まで持たなかったよ…………ったく、尚の泣き虫は変わんねえな……!」
「だって……ずずっ、だってぇ…………」
「へいへい、ほらタオル、あかりも」
「ひぐっ、ひぐっ…………」

 ふかふかのタオルが心地よい。
 いつもより、少しだけ暖かくて柔らかい。
 二人の優しさが……じんわりと心に沁みる。

 ……それは、あかりが生涯で初めて二人に心から助けを求めた瞬間だった。


 …………


「とは言ったものの」
「うん」
「何も策はねーんだけど」
「えええええ」

 泣きじゃくる二人が落ち着くのを見計らって、奏はこの間塚野にもらった芋けんぴの袋を開ける。
 3人で食べるには少々多いが、まあ幸尚がいればすぐに消えるだろう。

 あんなに自信満々におねだりさせるんだから妙案があるのかと思ったのに、と口を尖らせるあかりに、ぽりぽりとお菓子を齧りながら「だってさぁ……」と奏は脳内に何を思い起こしたのか、ぶるりと身を震わせる。

「相手はあの師範だぞ……?すぐ雷を落とすし、木刀持って追いかけてくるし、足が出るのは早いし」
「うん、物理で勝つのは無理」
「そりゃ私でも無理」
「正直さ、3人がかりでも無理だよね」
「でも今回は説得させりゃいいんだしさ……なんかねえかな……」

 第一さ、自宅通学とか過保護じゃね?とのたまう奏は、いつのまにか幸尚の胡座に座り込んで芋けんぴを食べさせてもらっている。
 そして(人のこと言えないくらい過保護にされてるし!ああもう、ほんと無意識に供給が飛んでくるのは目の保養ですありがとうございます!!)と、心の中でそっとあかりは二人に手を合わせていたりする。

「俺なんて何にも言われなかったぜ?勝手に決めて、はい終わりだった」
「うちも……メッセージで送ったら『分かった、頑張れ』の一言で」
「そりゃ二人は男の子だし……」
「いや、姉貴の時も勝手に決めてたぞ。何なら願書も勝手に出して『お金振り込んどいて』とかぬかしてた。俺小学生だったけど、親父が涙目になってたからよく覚えてる」
「凛姉ちゃん強すぎ」

 でも今だってこんな遅い時間までうちにいるし、何なら泊まったりするのにね、とつぶやいた幸尚の言葉に「それ、使えねえかな」と奏は食いついた。

「……どういう事?」
「ほら、師範はあかりの一人暮らしが心配なんだろ?なら、俺ら3人で住めばいーじゃん」
「「!!」」

 3人で、住む。
 何で思いつかなかったんだろうと3人は顔を見合わせる。
 そして俺すげえ!と自画自賛する奏の頭を、幸尚は「うんうん凄い」と嬉しそうになでなでしていた。

「そっか、ルームシェアってありだよね」
「そそ、3人で住むなら家賃だって抑えられるし、学部が違うからずっと一緒ってわけにはいかねえけど、少なくとも毎日プレイできる」
「…………そっか、帰らなくていいから毎日夜通し……」
「いや、尚ちょっとお尻の後ろが硬くなってんだけど!?あと夜通しってなんだ夜通しって、この絶倫ゴリラが!!」

 そうと決まれば俺らが先に許可を取るぞ、んでついでに師範の説得のコツを教えてもらおうぜ!と意気込む奏の背中で、幸尚はぽちぽちと静かにスマホを操作する。
 幾分もしないうちにピコン!とメッセージの着信音がした。

「……うん、うちはOK。あかりちゃんに頑張れって伝えておいてって」
「「はやっ」」


 …………


 次の日曜日、3人は久しぶりに奏の家にお邪魔していた。

「幸尚君、いつも奏のお弁当ありがとね!お陰で助かってるわぁ!」
「いえいえ、僕も作るのが楽しいから」
「幸尚君は何をしても器用だね。大学は奏と一緒だと聞いてるけど」
「建築デザインを学ぼうと思ってるんです」
「ほう、そりゃまた面白い分野だね」

 和やかに世間話が続く中「それでさ」と奏が本題を切り出した。
「あのさ、親父に協力して欲しいことが」
「ん?」
「実はさ、あかりも同じ大学を志望してるんだけど……」

 奏はあかりの両親が自宅から通える大学を希望していること、同じ大学に通うために3人でルームシェアをすることで両親、特に母親を説得できないか考えていることを打ち明ける。
 ふんふんと話に耳を傾けていた奏の父、拓海は「構わんよ」と頷いた。

「私としては、むしろ幸尚君やあかりちゃんがお守りについてくれていた方が安心だしね」
「同感ね。幸尚君と一緒ならご飯の心配もなさそうだし」
「なんか俺、随分ダメ人間扱いされてね?」
「賢太のせいで悪いことばっかり覚えてくる困った末っ子だよ、全く」
「ひでえ」

 それはそうと、と拓海は優しい眼差しであかりを見つめる。

「あかりちゃんは、お母さんが怖い?」
「…………怖い、です」
「でも、お母さんの意見と違う選択を選びたいんだね」
「はい…………」
「うんうん、そうか、あかりちゃんも大きくなったもんだ」

 感慨深げに微笑む父に「何だよ気色悪い」と奏が突っ込めば「あんたと違うのよ」と奏の母、芽衣子が後ろから援護射撃をしてくる。

「あかりちゃんも幸尚君もうちの子同然だと思ってるけど、ほら、あかりちゃんは反抗期がなかったからね、ちょっと心配してたのよ」
「へっ」
「奏は毎晩やり合ってたからねえ…………賢太のお陰で落ち着いたらかと思ったら、今度は店に入り浸っていらんことばかり覚えてきて……」
「あーそうだったっけ……確かに一時期親父とやたら殴り合いをしていた気は……」
「うちは3人とも暴力的な反抗期だったからねえ、壁に穴あけたり、スマホが飛んできたり」
「ひぇ…………」

 品の良い調度品が並ぶリビングで、穏やかで上品な佇まいの拓海が、子供と物が飛んでくる大喧嘩とか。
 全く想像がつかない。と言うか奏は歳の離れた末子だから、お父さんもそろそろ還暦じゃなかったっけ。よく子供と喧嘩(物理)して腰をやらなかったな……と、幸尚とあかりは心の中で何気に酷いことを思う。

 そして二人の知らない奏の顔。
 実は奏にも、自分の性癖こそ受け入れたもののこれじゃ恋もできないと荒れていた時期があったらしい。
 学校だけは真面目に通っていたが、夜な夜な家をこっそり抜け出しては街で怪しいお兄さん達と遊んでいたそうだ。

 手を焼いた父が、親戚の法事で奏の叔父である賢太にこぼしたのが全てのきっかけ。
 SMバーを経営する賢太はいち早く奏の性癖とその葛藤を見抜き、拓海に「兄貴じゃ無理だありゃ、俺が面倒見るから口出し無用な」と半ば無理やり自分の経営する店の掃除を手伝わせながら世話を焼いてくれた。

 叔父の助けがなければ、奏は恋愛への葛藤にケリをつけられなかっただろうと、今でも感謝している。
 だからこそ、大学を卒業したら子供のいない叔父の店を継ぐつもりなのだ。

「え、でも尚も反抗期なんてなかったんじゃ……そもそも尚ん家は親がほぼいなかったけど」
「ああ、幸尚君は静かに反抗していたから」
「そうそう、美由さん達が初めてのフィールドワークに旅立ってから丸2年、口も聞かなければメッセージも未読スルーだったって嘆いていたわ」
「うっそだろ」

 この穏やかな幸尚が、親に反抗とは。
 信じられないという目であかりが幸尚の方を見ている。
 ああでも、確かに幸尚はなかなかキレないけれど、キレたら最後、1週間は口をきかなくなるから、その延長だと思えば分からなくも無い。

「ああ…………うん、だってさ……中学生の子供を一人置いて研究だーって世界中走り回って…………僕と仕事どっちが大事なんだって……」
「うん、あれはしょうがない。まあ幸尚君の面倒は見るから行っておいでって言ったのも私たちだけどね」
「だから毎日、紫乃さんと協力して幸尚君の写真付き報告を送り続けてたわよ」
「…………知らなかった」

 幸尚の両親は、一言で言うなら親バカである。
 付け加えるなら、うちの子世界一親バカ万歳なタイプである。

 幸尚は、それはそれは溺愛されて育った。
 小さい頃から可愛いものが好きで、女の子に混じって遊ぶ方が好きだった幸尚を「幸尚が好きならそれで良い」と何の抵抗もなく受け止めてくれるような両親で、物心がついて以来幸尚は両親からは何一つ否定されたことがない。

 その溺愛っぷりは、研究職にありながら研究より幸尚を優先する有様で、有能な研究者でそれなりに海外からの引き合いもあったと言うのに「幸尚が大事」と夫婦揃って全て断り続けていたそうだ。

 だから、幸尚が中学に入ると同時に舞い込んできたこの研究グループの立ち上げだって断るつもりだった。
 それを奏とあかりの両親が「もうそろそろ自分達の事も考えなさい」「幸尚君は私達が全面的に面倒みますから」と強く説得した結果、彼らは海外に発つことを決断する。

 もちろん幸尚にも両親はフィールドワークに出ること、治安の良くない地域だから連れて行くことはできないが、幸尚の事はずっと変わらず愛していると何度も説明した。
 幸尚もその時は何も言わなかったらしい。

 しかしその怒りは、彼らが出立してから突如爆発する。

 両親からすれば目に入れても痛くないほど可愛がっていた一人息子なのだ。
 後ろ髪を引かれる思いで任地に旅立ったら、その日から息子は全く音信不通になってしまった、となれば彼らがどうなったかは想像に難く無い。

 案の定、両親は比喩ではなく悲嘆に暮れた。冗談抜きで二人の落ち込み方が激しくて、研究が一時ストップするほどだった。
「幸尚にはまだ早かった」「側にいてあげなきゃ」と一時は研究を諦める話まで出ていたらしい。

 あの時は引き止めるのが大変だったと、拓海は遠い目をする。

 結果的には、そんな両親から物理的に離れたお陰で自立できたから結果オーライではあるのだが、あの時期は本当に辛かった、と幸尚はポツリとこぼす。
 そんな環境でもグレずにまっすぐ育ったのは、幸尚を我が子同様に可愛がってくれた奏とあかりの両親、そして何より奏とあかりの存在がとても大きかったのだろう。

 ……ついでにあんなに小さかった身体もまっすぐ育ちすぎてしまったけど、この見た目のお陰でいじめられることは無くなったので、まあいいかと思っている。

「あかりはそういうの、無かったんだ」
「うん、何にも」
「だよねえ。あかりちゃんにとってお母さんの存在が大きすぎたんだよね」
「紫乃さんも子離れできないタイプだしね…………いい機会じゃない、お互いにとって」
「だね、良かった良かった」
「いやそれまだ師範の説得終わってねえんだけど」

 大丈夫かこの親、と奏はジトッとした視線を両親に向ける。
 だが二人は何の心配もしていないようだ。
「幸尚君と奏もついて行くんだろう?なら大丈夫」とニコニコするだけだ。

「……今はね、まだ分からないかもしれないけれど」

 そう前置きして拓海はあかりに話しかける。

「勇気を出して話せば、分かるかもしれない。それで分からなくても、きっと離れれば分かる。……私たちも、あかりちゃんは一度家を出て紫乃さん達から距離を置いたほうがいいと思うよ」
「えと、何が分かるんですか……?」
「それはね」

 微笑みながら教えてくれた拓海の言葉の意味を、あかりが知るのは随分と先になる。

「君が思っているほど紫乃さんは大きくはない。君らや私らと同じ、ただ一生懸命生きている人間なんだってことだよ」


 …………


「あかりちゃんのお母さんが、大きくない、かあ…………全然分かんないや」
「おう、俺にも分かんねえ。師範って物理的にもでけえし、態度もでかいしすぐ怒るし」
「それは奏が叱られるようなことばっかしてるせいだと思うよ…………僕、何度二人の説教に巻き込まれたか……」
「あー…………うん、それはすまん」

 モニターの向こうからは、今日もあかりの啜り泣く声が聞こえる。
 今回は2週間でリセット予定だが、何せ何年も毎日の自慰が日課になっていただけあって、5日もすれば寝る前の儀式のように毎日耐えきれず乳首とお尻を触っては、物足りなさに泣く羽目になるようだ。

 そしてその声で奏が昂り、そんな奏に幸尚がムラムラして押し倒す。
 こちらも、もはや様式美である。いや、こんなのを様式美にしていたら本当に俺の身体がおかしくなるんじゃないかと、最近の変化に奏はちょっと恐れ慄いている。

「んうっ…………はぁっ、やべえ…………なあ、尚」
「ん、どしたの?」
「俺さ、マジでオンナノコになっちゃうのかな…………」
「んー?でも、今日も奏のちんちんはガッチガチだけど」
「ぁっ…………ちょ、そこばっか…………!」

 ちろちろとその先端を舐めると、透明な蜜がとぷとぷと湧いてくる。
 何で恋人というのはこんなにどこもかしこも甘く感じるのだろう。

 身体を跳ねさせながら、奏は途切れ途切れに「だって、さっ……」と話を続けたいようだ。
 可愛い恋人の話ならゆっくり聞いてあげねば、だがやめるのはもったいないと、幸尚は気持ち刺激を緩めてやる。

「…………最近、さ…………あかりの悶える泣き声聞くと」
「うん」
「その……ちんこも元気になるけど…………疼くんだよ」
「疼く?」
「っ、だからっ!!腹の中がずくんってなるんだってのっ!!」

 あーもう恥ずかしい!と両手で顔を覆って叫ぶ奏に一瞬ポカンとするも、すぐにじわじわと嬉しさが込み上げてくる。

(そっか)

 だって、そこは自分が愛で続けた場所。
 幸尚をいつも優しく包んでくれるところ。

(奏がまた可愛くなったんだ……はぁ、もうどこまで可愛くなっちゃうんだよぉ……心臓がもたない…………)

 熱烈な告白に、幸尚の質量もグンと増してしまう。
 いや、しかしせっかくなのだ。早く欲しいと口をひくつかせる後孔を拓くのもいいが、ここはもっとオンナノコにしてあげないと。

 …………幸尚は基本的に控えめで、思慮深くて慎重なのだが、こと奏の事となると簡単にネジがすっ飛んでしまう。
 そして今日は、軍師から授かった策もある。

 もはや、幸尚を止めるものは何もない。

 話はもういいだろうと幸尚が先端を舌で抉れば「んひいぃぃっ!!」と高い声が上がる。
 あかりの甘い、柔らかな声とは違う、けれど幸尚にとっては脳みそが溶けてしまいそうなほど蠱惑的で、美しい声。

「奏さ、先っぽめちゃくちゃ弱いよね……」
「ひんっ!!でもっ、それじゃ出ねぇ…………っ!!」
「あ、そっか。一回出しておこうね」
「っ、ちょっいきなりいぃっ!!」

 ぱくりとその竿を咥え、いいところを舌でなぞりながらじゅぷじゅぷとわざと音を立てて舐めれば、途端に背中を逸せて一段高い声を上げる。
 奏は本当に声を我慢するのが苦手だ。3人で住む場所も壁が薄くない方がいいな、なんて思っていたら「っ、出る…………!!」と呻いた後口の中に温かいものがびゅるりと広がっていった。

 喉をごくんと鳴らせば、奏が眉間に皺を寄せて「またかよ……」と言わんばかりの顔で見上げている。

「はぁっ、はぁっ…………だから飲むなよぉ…………まじぃのに……」
「だって奏のだもん」
「答えになってねえよ…………ってあの、尚?それさ、めちゃくちゃ嫌な予感が」
「へへ、あかりちゃんに頼んで買ってきてもらったんだ」

 射精後の気怠さに揺蕩っていれば、幸尚が足元で何かをゴソゴソと準備している。

 腰の下に敷かれたのは、あかりのおしがま調教をした時に使った大判の吸水パッド。
 股の間に置かれたのは洗面器と、馬鹿でかいローションのボトル。

 そして、あかりがきっといそいそと買ってきたに違いない、ベージュのストッキング。

 奏だって伊達に拗れた性癖持ちじゃないのだ、それが何を意味するかなんてもちろん分かる。
 そして、これを思いついたのは幸尚じゃない事も。

「一応確認していいか?……尚は、誰に、何を相談したのかな……?」
「えへ、あかりちゃんにさ、奏をもっと可愛く泣かせたいんだけどって聞いたら、これなら僕の知らない奏を見られるよって言われて」
「えへ、じゃねえよ!!くそう、あかりの奴…………ローションガーゼとかなんてものを教えるんだ…………俺、今回のリセット延長したくなってきた…………」
「私怨は良くないよ、奏」

 あ、ローションはちゃんと温めたからね!と胸を張るあたり、本当にあかりは懇切丁寧にやり方を教えたのだろう。
 ご主人様達の恋路を応援してくれる健気な奴隷は悪くない、悪くないが健気の方向はちょっと考えて欲しかった。

「どうしよう、あかりちゃんは拘束してからやった方がいいって言ってたんだけど……奏、拘束されるのって大丈夫?」
「おう、どうせなら拘束より俺のちんこの心配をして欲しかったな」

 ぼやきながらも、ここは素直に両手を頭上で纏めて拘束される。
 足は足枷と腿枷を連結させ、幸尚を蹴らないように固定された。

 ひた、と暖かくてぬるついた感触が先端に触れる。
「ゆっくりそーっとやるけど、痛かったら教えてね」と言われた次の瞬間、奏の口から自分でも聞いたことのない叫び声が飛び出した。

「ひぃあああああっ!!ちょ、これやばっ、なおっやばいやばいなんかでちゃうううっ!!」
「い、痛くない?」
「痛くねえけどやばい、ほんとやばい、尚これはダメええぇっ!」
「んー、あかりちゃんが言ってた通りだね。ダメって言われるけどそこは気にせず続行だよって」
「あかりめえええええ!!!」

 ずるぅ、と音がしそうなほどゆっくり、ローションがヒタヒタになったストッキングが、ただでさえ敏感な亀頭を撫であげる。
 あまりの刺激に、一体これが快楽なのか痛みなのかすら判断ができなくて、だが口は勝手に「おほおおおおっ!!」「でりゅうううっ!!」と頭の悪いエロ漫画のような濁った喘ぎ声を叫び続ける。

 ずるうぅぅぅ…………

「あひぃぃぃだめぇぇぇ……!!」

 ずるるぅぅぅ……

「やっ、出る、潮吹いちゃうまってぇんああああ!!」

 ずるうぅ…………

「くっそもうだめっ、あかりおぼえてろおおおお!!」
「ふふっ、すごい泣き声だねぇ」
「!!ってあかりおまっ、ちょっ待て尚っあああああっ!!」

 何であかりがここに、と一瞬気が逸れた次の瞬間、ずるりと敏感な頭を撫であげるトドメの刺激が直撃し、奏の鈴口からプシャアァッ!!と透明な液体が噴き上がった。
 そのまま幸尚ですら聴いたことのない切羽詰まった鋭い悲鳴と共に、腰をガクガクさせながら何度も潮を噴く。

「うわ、こんな大量の潮吹き初めてかも…………」
「も、やめ、なおっ……バカになっちゃうぅ…………壊れちゃうって……」
「ええと、あかりちゃんどう思う?」
「ちょ」

 何故そこでかあかりに聞くんだ!と叫びたくても、頭がうまく回らない。

「…………うーん、せっかくだし後10往復くらいやったらどうかな?おしっこ漏らすくらい気持ちいいらしいし」
「いや待てあかり、そんな俺死ぬ」
「そっか、じゃあ後10往復だけね、奏。…………可愛い声を、もっと聞かせて」
「誰が『だけ』だよおおおぉぉ!!」

 ああ、目が覚めたら「何でもあかりに相談するな」って釘を刺さないと…………

(後あかりは絞める、ぜってー絞める……)

 焼き切れそうな快感の中、奏は決意を脳に刻み込み…………そのまま理性と意識を吹き飛ばされた。


 …………


「で、言うことは」
「「すみませんでした…………」」

 ああ、こうやって二人を並べて説教するのも久しぶりだな……と遠い目をしながら、奏はすっかり敏感になってジンジンする息子さんに悶絶しつつも、目の前で正座してしょんぼり背中を丸めた恋人と、その隣でとりあえずしょんぼりしておこうと言う姿勢がみえみえのあかりに怒りをぶちまける。

「あかり、確かに俺たちは主従だけど日常では対等だ、それに異論はねぇ。だがな、だからって尚にいらん事を吹き込むのはなし!!」
「えええ、でも気持ちよかったでしょ?」
「ぐぬぬ、良かったけど代償がヤバすぎるわこれ、下着が履けねえじゃんか!」
「大丈夫だよ、お休みだし家の中なら問題ないって!奏ちゃんのおちんちんは見慣れてるから」
「そういう問題じゃねえ!!あと幸尚、俺のことが好きなら、エッチに関する相談はまず俺にしてくれ」
「…………だって、こんなことお願いするのは恥ずかしくて……」
「恥ずかしさで恋人のちんこを危険に晒す奴がいるか!」

 相変わらずの二人に呆れながらも、この慣れた掛け合いにどこかでホッとしている自分がいる。

 あかりが無意識に股間を弄り始めてからの数ヶ月は、おしがまのやらかしのこともあってとにかくあかりを何とかしないと!と言う想いでいっぱいで、頭も心も力が入りっぱなしだったのを今更ながら実感した。

 思えばこの数ヶ月は、ずっと『ご主人様』だったのだろう。
 奏はあかりのように周りのために演じることもできなければ、幸尚のように理性で抑えることもない。
 だから、これは自分が好きで、楽しくてやっていたこと。

 けれど、だからこそ実感する。

(……ああ、偏りすぎてたな…………)

 ガッツリ漏らしてガチ泣きするまでローションガーゼ(ストッキングだけど)責めをやられたお陰で、余計な力も一緒に抜けて少し視界が明るくなったような気さえする。

 …………まあ、その分尊厳まで抜き取られたけども。
 アヘ顔晒してベッドの上でお漏らしするところを、恋人はともかく奴隷にまで見られるご主人様ってどうなんだ。

(……でも、これは、失くしたくないな)

 改めて思う。
 どこまでもあかりを堕として、生涯奴隷として大切に飼いたいけれども、この時間を、この関係を続けたいと思う自分もいるのだ。

(どちらかじゃねえ、どちらもあって、俺たちだ)

 貞操帯によって確かに関係は変わりつつあるけれど、その根本は変わることなく、ここにある。

(そう、これを守るためにも…………師範を何としても説得するんだ)

 そっと心の中で決意しつつ、黙りこくった相談の様子を心配そうに伺う幸尚とあかりに「ったく、もうやるなよ!はい、おしまい!!」と区切りをつければ、二人はホッとした顔で「ぼ、僕ご飯作ってくるね」「あ、奏ちゃん歩ける?おちんちん支えた方がいい?」といそいそと動き始めた。

 …………前言撤回する。あかりはもう少しそのぶっ飛んだ思考回路の方向を変えた方がいい。

「大体あかり、寝てたのに何で部屋にいたんだよ」
「いやあ、奏ちゃんのあんな声聞いたの初めてだったから、ちょっと見物に」
「ブレねえな!!」

 軽口を叩きながらリビングに降りて、今日も3人の日常が遅まきながら始まる。

 …………3人が初めて、夢のために現実という一つの壁と対峙するまで、後3週間である。
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