サンコイチ

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『そう、無事着けられたのね。あかりちゃんは大丈夫?』
『流石に疲れたみたいでぼんやりしてるけど大丈夫だぞ』
『いやあれ大丈夫なの!?あのっあかりちゃん、ずっと股間から手が離せないんです』
『そりゃまあ、あれを実行したならそうなるわね……今日来れるなら一度連れてらっしゃい、フィッティングの具合も見たいから』
『分かりました、15時頃に伺います』

 貞操帯の装着をした次の日、3人は塚野に写真付きのメッセージで無事あかりに貞操帯を着けたことを報告する。
 ついでに今のあかりの様子を報告し、昼から『Jail Jewels』にお邪魔することになった。

 なったのはいいのだが。

「……奏、塚野さんの店までの所要時間は」
「最寄駅まで10分、電車で4駅12分、そこから徒歩10分…………待ち時間を考えて45分位は見ておいた方がいいな」
「45分…………うわぁ……」

 通話を切った後、奏と幸尚はリビングで仲良く隣に並んだまま思いっきり頭を抱えていた。

「…………えっと、どうしたの?そんな真剣な顔をして」
「あかりちゃんを、塚野さんところまでどうやって安全に連れて行くか悩んでるんだよ……」
「えっと…………いつもの場所、だよね?んはぁっ…………あ、なんか問題あるなら木刀持ってく?」
「いやそういう問題じゃねえだろ!……あのさあかり、一つ聞くけど」
「んっ、ふぅ…………なあに?」
「股間に手を持っていかない、腰を振らない、喘がない、発情した顔を晒さない。今この条件で45分外を歩けるか?」
「…………うん、無理だね!」
「「だよなあぁ…………」」

 こうやって話している間も、あかりの腰は止まることがない。
 何とか少しでも刺激を得たいと、必死で床に股間を擦り付けた所で、得られるのはせいぜいフレームと皮膚の摩擦だけだ。欲しいところには振動すら伝わらない。
 報われない、無駄な足掻きとわかっていて、それでも止められないのだ。これで外出など狂気の沙汰だろう。

「はぁっ……触りたい…………触りたいよう……」

 熱に浮かされたあかりの吐息と、カリカリと股間のシールドを引っ掻く音が部屋に満ちる。
 どうやらまたスイッチが入ったようだ。いや、入ってなくても股間は常に弄っているが、こうなるともう奏達の声すらまともに届かない。

 それでも決して乳首やお尻に自ら触れないのは、昨日のやらかしが相当堪えたからだろう。

 あの後、リクエスト通り二人の甘々なまぐわいをたっぷり堪能したあかりは、案の定昂りきった身体を震わせ「お願いです何でもするから触ってくださいぃ…………!!」と泣き叫びながら土下座する羽目になったのだ。

 まあそりゃそうだ、と幸尚はくたりとした奏を組み敷いたままあかりを諌める。

「うん、あかりちゃん、そういうのを自業自得って言うんだよ。あと僕たちだからって簡単に『何でもする』なんて言っちゃだめだからね」
「ひぐっ、ひぐっ…………幸尚様ぁ……」
「蒔いた種は自分で刈り取ろう、ね?」
「…………はい…………うぅっ、辛いよう………………」

 ポロポロと涙をこぼすあかりの震える手は、あまりの辛さに胸へと伸びていって。

「………………あの、あかりちゃん……?乳首とお尻は……」
「!!!っ、ごめんなさい、勝手に触ってごめんなさいいぃ!!」
「いや、特に奏もだめとは言ってなかったけも…………うん、むしろ触って自覚した方がいいかもね」
「え…………?」

 その結果、貞操帯で覆われていないところに触れたところで熱をさらに溜めて煩悶する結果しか生まない事を、この後あかりは嫌というほど知る羽目になったのだ。
 あかりのことだ、いずれそれすらも被虐の悦びに繋げるのだろうが、流石に昨日の今日でそこまでを要求するのは無茶であろう。

 退屈への恐怖から解放されたとはいえ、この5日間のストレスは相当なものだったはずだ。
 本当はあかりのペースでゆっくりと休んでから少しずつ慣らしていきたいが、今日の外出が無くたって新学期までは後10日を切っているのだ。多少の無理は仕方あるまい。

「……よし、こうなったら」
「こうなったら?」

 何かを思いついたのだろう、奏が床で悶えるあかりを見下ろす。
 その表情は実にイキイキしていて、あ、これは自分の性癖を満たす事も兼ねているなと幸尚は瞬時に察した。
 あかりもその意図に気づいたようで、潤んだ瞳に怯えと共に被虐への渇望が浮かんでいる。

「……こうなったら」
「うん」
「できないようにして外に出よう」
「「へっ」」


 …………


 3時間後。

(ああぁ……こんな、こんな状態で外にで出ちゃった…………!人がっ、すれ違ううっ!!み、見られてないよね……!?)

 通勤時間も終わった頃合いに、3人は仲良く手を繋いで駅に向かっていた。
 スプリングコートで首元にストールを巻き、膝上丈のスカートにロングブーツ姿のあかりと、同じくコートにデニムパンツ姿の奏と幸尚は、ぱっと見ただの学生が春休みを満喫しているようにしか見えないだろう。

「そ、奏……これ本当に大丈夫なの!?誰かに気づかれたら『お巡りさんこちらです』案件だと思うんだけど!!」
「だから気づかれないようにすんじゃねーか!ほら、尚はデカいんだから胸張って堂々としてろ。そうすりゃフツーのやつは声なんてかけられねえ」
「僕、虫除けなの!?」
「……尚のセンスに絶望したわ俺、そこはボディガードって言おうぜ」

 いつもは尚の左右に奏とあかりが並ぶのだが、今日はあかりを真ん中にしている。
 あかりの手は二人と手を繋いだままそれぞれのコートのポケットに突っ込まれていて。

(ああ、人がいるのに…………触りたい……ムズムズとまんない…………触れないのにっ、触りたいよぅ……!)

「んおっ……!」

 身体が勝手に跳ねて、思わず立ち止まる。
 不意に襲ってくる衝動に涙を流しながら、二人の手を振り払いそうになるのを必死で耐える。

「……鎖の音とかしないよね…………?」
「こんな往来で聞こえねーよ、手枷だって皮のやつだし。……ほら、あかり我慢、重いっきり握ってもいいから」
「んおぉ…………!」

 花粉症の季節で良かった、と3人は心底思う。
 この時期なら花粉対策のサングラスにでかいマスクをつけた姿でも、怪しまれることはない、多分。

「んふぅ…………」
「あかり、落ち着いたらすぐ歩け。変に立ち止まってたら怪しまれるぞ?ほら、そこのおっさん達にいやらしい目で見られたくなかったら…………っていやいやそこで興奮してどうすんだよ、今は歩くことに集中、な!」
「今のは奏が悪い。奏はいつも無意識に煽りすぎだよ」
「ええ、フツーに喋ってるだけじゃんかぁ……」

 ギュッと、あかりがポケットの中で手枷で繋がれた二人の手を握る。
 その手は股間を弄れない辛さからびっしょりと汗に濡れそぼっていた。

 ふーっ、ふーっと必死で呼吸をするマスクの下は、いつものペニスギャグが挿入されている。
 完全に呻き声までは隠せないが、それでも往来で喘がれるよりはマシだ。
 首元にストールも巻いてあるから、涎でベトベトになってもそこまで目立たない。

「にしてもさ」

 ひそひそ声で幸尚が囁きかける。

「あかりちゃんのコートの下、スカートだけにする必要ってあったの……?しかも首輪までつけてるし」
「だってずっと興奮してるし、あんまり着込むと暑くてしんどいだろ?それに……せっかくだから」
「…………うん、言いたいことはわかった。奏が珍しくコートの前閉めてる段階でそうかなとは思ってたけどさ」
「まあ、こんなことでもない限り外で調教なんてやらねえし、前広げろとか絶対言わねえから、そこは安心していいぞあかり」
「んっ、ひぐっ…………んぅぁ……」
「……余計に発情して辛い?だよね…………でも、あかりちゃんも楽しんでる?」
「っ…………!!」

(バレてる……ああでも、いいんだ…………変態になって……)

 流石に外を歩くのは怖い。
 ご主人様以外にこんな淫らな姿を見られたくはない。

 二人が絶対にあかりを守るからと約束してくれなければ、とても首を縦になんて振れなかった。
 けれど、実際に外を歩けば意外と気づかれないもので……それに気づけば、少しだけこの状況を楽しむ余裕も出てきて。

(幸尚様……私、気持ちいいです…………こんな街中で発情するの……興奮する)

 ふわふわした頭でこくりと頷くあかりに「なら最後まで頑張れるね?」と幸尚は柔らかな笑顔であかりに耐えることを強いるのだ。

 奏の言葉はまるで鞭のようだと、あかりはぼんやりと思う。
 いつどこから飛んでくるかわからない、けれど瞬間的な衝撃であかりの心を揺さぶってくる。

 対して幸尚の言葉は、拘束具だ。
 優しくそっと被せられ、そこからじわじわと締め付けられ、心を追い込んでいく。

 どちらかだけでは、物足りない。
 二人が揃っているからこそいい。

 ああ、なんて自分は貪欲なのだろうと、あかりは茹った頭の片隅で苦笑しながら、二人の掛け声に合わせて階段を登る。
 3人並んで改札を抜けるのはちょっと難しかったが、幸い見咎める人はいなかったようだ。

 最寄り駅は始発というのもあって、この時間の座席はかなり空いている。
 だが3人は腰掛けることなく、車両の隅っこであかりを隠すように立つ。
 とん、と幸尚の背中に当たるあかりの頭は、熱くて震えていた。

「……大丈夫、僕でかいからさ、ちゃんと衝立になってる」
「ん…………」
「俺らにもたれてもいいから、とにかく立ってろよ?……あーもう、今めちゃくちゃ煽ってやりたい」
「うん、それをしたら今晩は覚悟しててね」
「ヒェッ……あ、電車動くぞあかり」

(……あ、幸尚様…………心臓の音、すごい…………)

 背中越しに伝わる鼓動にそっと顔を上げれば、幸尚も、隣に立つ奏も、緊張した面持ちだ。
 絶対にあかりを安全に塚野の店まで連れていく、そんな気迫を感じる。

(…………逆になっちゃった…………ずっと、守る側だったのに)

 いつの間にか広くなった背中に、熱情に浮かされながらもちょっとだけ寂しさを感じる。
 3人の中では一番腕っぷしが強くて、多分それは今だって木刀を持てば同じだけど、そんな自分が守られる立場になるなんて。

(…………何だろう、奴隷って……肩の荷が降りるな……)

 ああ、ずっと守る側だという思い込みも、もう手放して良いんだ。
 …………堕ちることは『普通』から遠ざかるけど、心が自由になれる。

 幾度となく襲われる快楽への衝動に、涙と涎を流しながら手を握れば、二人がぎゅっと握り返してくれる。

(…………この方々が、私の選んだご主人様だ)

 大丈夫、二人になら……預けても大丈夫。
 だってお二人のことは誰よりも知っているから。

 ……ただ、貞操帯を新しく取り替える、それだけの事だった。
 けれどもこの5日間を経て、明らかに互いへの想いが変わった事に3人は気づいてない。

 守る者から、守られるモノへ。
 支える者から、高め合う者へ。
 そして後ろに隠れる者から、前に立つ者へ。

 3人なりの主従の形は、今ようやく芽を出したばかりだ。


 …………


「……よくそんな状態でここまで辿り着けたわね…………」
「オーナー、あかり春休みが終わるまでに何とかなるかな……」
「何とかなる、じゃなくて何とかするしかないわね。とりあえず診せてちょうだい」
「ううっ…………はぁっ、はぁんっ…………おまんこ、触りたいぃ…………」

 店に着くなり慌てて閉店の札を外に出した塚野は、3人をいつもの事務所に通す。
 手枷と口枷を外せば、奏と幸尚はどっと疲れた様子でソファにぐったり凭れ掛かり、あかりは勢いよく身を纏うものを脱ぎ捨ててその場に崩れ落ちた。
 女王様としては、奴隷なんだから姿勢を正しなさいと言いたいところだが、思った以上に発情に頭を焼かれているあかりにそれは酷だと判断する。

「あんた達はちょっと休みなさい、大変だったでしょ、こんな状態で連れてくるの」
「おう…………一気に力抜けた……」
「すみません、塚野さん…………」
「いいのよ、よく頑張ったわね」

 ほら甘いものでも摂りなさい、と塚野はお湯を沸かしつつ菓子器にざばっと袋の中身を開ける。
 いつものように個別にしないあたり、珍しく塚野に余裕がなさそうだ。

「ん、んまい。これなら俺も食える」
「この間のお煎餅は凶器だったもんね……」
「ああ、ごめんね。若い歯と顎に頼らないと消費できそうになかったから」

 大分落ち着いてきたのだろう、芋けんぴで「ほら尚、そっちから食べて」とポッキーゲームを始めた二人に「……男の子って幾つになっても変わらないわねえ」と嘆息しながら塚野が目を向けるのは、床の上で悶えるあかりだ。
 どうやら今は落ち着いているらしい。大人しく……いや、右手はずっと股間を弄っているが、とりあえず話はできそうだ。

「はい、あかりちゃん。おやつよ。ああ股間は好きに弄ってなさいな、どうせ何の刺激も届かないんだし」
「はぁっ…………ぐすっ……塚野さん、私……このままじゃ学校行けないです…………」
「はいはい泣かないの、とりあえず食べて落ち着きなさい。…………手は使わないのよ」
「っ、はい…………」

 塚野の掌に置かれた芋けんぴに口をつける。
 指でつまんで食べやすくすらしてくれない、その扱いにゾクゾクする。

 そんなあかりを、塚野は冷静に観察していた。

「ん…………美味しいです……」
「そりゃ良かった、もう少し食べる?」
「あ、いただきます」

 ぽりぽりと芋けんぴを頬張る姿はなかなか愛らしい。
 女の子を堕とすのも楽しそうよねえと思いつつも、塚野の目はあかりから離れない。

「うん、やっぱり」
「…………塚野さん?」
「あかりちゃん、無意識に止めてないわね」
「……え?」

 にやりと塚野は嗜虐者らしい笑みを湛え、あかりにいつもの姿勢を取るよう命令したかと思うと、ソファに振り向き「これなら何とかできるわよ」と今度はいつもの笑顔で伝えた。

「あかりちゃん、楽しんでるわね」
「えっと…………あの」
「発情してるのに触れない、どうにもできない辛さが楽しくて仕方がない。このまま日常が壊れる事すら快楽になる……少なくとも無意識にはそう思っているわ」
「よく分かるなぁ……さすが年の功」
「ふぅん、一本鞭の練習台になりたいならパンツ一丁になりなさいな」
「すんませんでした」
「全くもう……さっき芋けんぴを食べてる間、スイッチが入らなかったでしょ?家じゃ餌の時間も放棄して延々と弄ってたって言ってたのに」
「「「あ」」」

 マジかよ、とあかりを呆れた様子で眺める奏を「無意識のことだから責めないのよ」と塚野が嗜める。
 とは言えこのままでは埒が開かない。

 幸いにもあかりは「そっか、これ……楽しんでるんだ…………辛いのも……日常が壊れるのも…………あは、変態だねぇ…………」とすっかり露わになった性癖を素直に認めている。
 一度がっつりと堕ちて自分の本心を自覚し、ずっと後生大事に抱えて来た虚構の『普通』を粉々に砕いたお陰だろう。もはや守るべきものがなくなれば、人は意外と素直になれるものだ。

 だから塚野は敢えてあかりに、演じることを提案する。

「…………演じる、ですか」
「そ。外では人間らしい振る舞いを演じ切りなさい。それができなければ、毎回こうやってご主人様を疲弊させることになるわ」
「いや待ってオーナー、またあかりを『普通』の檻に戻すのは」
「戻さないわよ?」
「はい?」

 訳がわからないという顔の3人に「だってあかりちゃんはもう知ってるじゃない」と涼しい顔だ。

「自分がどうしようもない変態で、人以下の存在にまで堕とされて二人に飼われたい願望を持っていることを、自覚しているでしょ?」
「は、はい」
「上辺ではない、本当の願望を知ってしまった以上、もうあかりちゃんは『普通』じゃない、『普通』には戻れない」
「あ…………」

(そうか、戻れないんだ)

 塚野に指摘されて改めて実感する。
 一度知った本心はもう覆い隠せない。どれだけ何も知らない顔をして表向きは振る舞っていても、肝心の自分自身はそれを知っているのだから。

 戻れないと言われればショックを受けるかと思っていたのに、意外と心は凪いでいる。
 ……いや、発情には溺れているが。

「戻さないための証も、ここにあるしね」
「んひぃっ!」

 そう言って塚野は、あかりの胸の飾りを弄り、股間のシールドをトントンと叩く。

「だから演じられるの。演じたところでもう、忘れない。忘れられないでしょ?」
「そりゃ、忘れようが無いよな。ずっと身につけているんだし」
「そ。何も知らずに『普通』を積み上げるのと、知った上で演じるのは、全くの別物だから」

 ほら、この程度で姿勢を崩さない、とキュッと乳首を捻れば「んぎぃっ!!」と痛みに悲鳴をあげる。
 だがその瞳は、痛みすら溶かしてしまいそうなほどドロドロした欲情を湛えたままで、ああやっと心から素直になれたのねと塚野はほくそ笑むのだ。

 でもどうやって演じるんですか、と幸尚は心配そうにあかりを眺める。
 その気持ちはわからなくも無い、今だって自覚したとは言え、あかりは股間を弄り続けているのだから。

「ルーティンを決めるのよ」
「ルーティン、ですか」
「そ。あかりちゃんはもう、自分が発情に苦しみたいという願望を抱えていることを知ったでしょ?だから、外でその願望が出そうになった時に、発情を鎮める儀式を作るの」
「儀式……そんなもんで何とかなんのかよ」
「あら、スポーツ選手だってビジネスマンだって、パフォーマンスを上げるためのルーティンを持つ人はそれなりにいるわよ?要はあかりちゃんの中で、これをすれば発情が収まる、『普通』を演じると決めてしまえばいいだけ。自己暗示の世界ね」

 そんなに上手くいくのかよと半信半疑な奏だが、何もしないよりはマシだと思ったのだろう、「それでどうすりゃいいんだ?」と塚野に続きを促した。

「そうねえ…………あかりちゃん、日常的にする行為で、自分を落ち着けるものはある?……あ、エッチなことは論外ね」
「落ち着ける…………自慰、くらいしか……」
「だめじゃん」
「エッチなことは論外だってば」
「む、難しい…………」

 うーんうーんと頭を抱えるあかりに「あのさ」と幸尚が思いついたのだろう、おずおずと話しかける。
 その両手には芋けんぴが握りしめられていて、ありゃ相当気に入ったな、と奏はそっとチェックを入れた。

「道場でさ、居合の稽古の終わりに黙想するよね。あれ、使えないかな」
「あ、それいいかも。えっと、正座して、目をつぶって、朝日が昇るところをイメージするんです」
「ふうん、良さそうね…………じゃあ逆にしよっか。夕陽が落ちて暗くなる。イメージできる?」
「はい」

 その場に正座して目を閉じたあかりを、塚野が誘導する。

「夕陽が目の前にある。……オレンジ色で、燃えるようで……あかりちゃんの発情みたいな、夕陽ねえ。見えるのは地平線?水平線?」
「…………海、です」
「そ、空も海もオレンジに輝いているわね。あかりちゃんの心と身体と同じ……発情に染められている」

 塚野の誘導に合わせて情景をイメージする。
 目の前がオレンジ色一色になるような風景は、ああまさに今の自分だなとどこか納得してしまう。

「すーっと夕陽が水平線の向こうに消えていく…………耐え難い熱情の炎が、海の向こうに落ちる…………だんだん空と海が紫になって……青くなって……暗くなって…………はい、落ちた…………もう、あかりちゃんの熱は、消えてしまった…………」

 ゆっくりとした誘導に合わせて、沈む夕日を思い描き、海の向こうに沈めていく。
 その光が完全に消え暗闇に包まれた瞬間、ふっといつもの身体の感覚が戻ってきた感じがした。

「…………どう?」
「……すごい、落ち着きました……」

 あれほど身を焦がしていた熱が、綺麗さっぱり治まっている。
 その瞳にもあかりの聡明さが戻ってきているのを確認して「すげえ」と二人は感嘆の声を漏らした。

「めちゃくちゃ簡単に治まっちゃったね……」
「あくまで一時的に治めただけよ?身体はずっと熱を溜め込んだままだし、何かきっかけがあれば噴き出てくる。ま、でも一月もすれば身体が貞操帯に慣れるでしょ?そうすればこのルーティンだけで、日常生活くらいは送れるわよ」
「ありがとうございます、塚野さん!」
「お安い御用よ」

 そうそう、管理の件は二人から聞いていると思うけど、改めて説明するわねと塚野はあかりが正気に戻ったところで話を続ける。
 二人が貞操帯の管理について塚野に教えを乞うた際、実は塚野から二つの条件が出されていたのだ。

 ひとつ、貞操帯及び今後の医療器具の購入は塚野の店を通すこと。
 そして、大学に入るまでの1年間、貞操帯の管理及び調教は塚野の指示を受けながら行うこと。

 塚野はあくまでアドバイザーの立場で三人が暴走していないかのチェックと安全面のアドバイスがメインだが、今後1年間、貞操帯に関するあらゆる管理と調教は塚野の指示ないし許可を取る形となる。
 もちろん適切な管理を教えるためであるが、何より受験生となるこんな時期から貞操帯を装着してしまったのだ。唆した大人として少しでも彼らの管理の負担を減らす目的もあった。

 問題はないわね、と改めて3人に確認をした上で、塚野は真剣な表情になって「これは、まだ先の話だけど」と切り出した。

「もう一つ、条件というよりはお願いに近いんだけど」
「何だよ追加すんの?」
「ええ。ただこれは準備が整ってからでいいわよ。…………奏と幸尚君は結婚を考えているわよね」
「はい」
「おう」
「そして、あかりちゃんを飼うつもり、と」
「……はい」
「お互い覚悟はできてるのよね?なら、避けて通れない問題だからね。……どこかの段階で全員の親にカムアウトしなさい」
「な…………っ」

 思いがけない言葉に3人が呆然とする。
 まだ今はそこまで考えられないでしょうけどね、と付け加えつつも、塚野の目は真剣そのものだ。

「結婚ってのはね、どうしたって家が絡んでくるの。もちろん法的には、大人になれば親の同意がなくても結婚できるでしょうし、あかりちゃんを飼うのだって養子縁組をすれば紙の上では簡単に家族になれるわ。けどね、それはお勧めしない」
「流石にハードルが高くね……?いや、うちは同性婚には反対しないだろうけど」
「うちも……割と寛容な親だし、でも流石にあかりちゃんを飼うってのは……」
「…………話したら、お母さんが真剣構えてカチコミしそう……」
「待ってあかりちゃんのお母さん、物騒すぎない!?」

 真剣はちょっと勘弁願いたいわね、と冷や汗をかきながら、それでも話すべきだと塚野は力説する。
 例え勘当されてもいいだけの覚悟ができてからよ?と話す塚野の姿は、ああこの人も奴隷を飼う身だったと再認識させるだけの迫力と誠実さを帯びていた。

(話す…………この関係を、親に…………)
(そうだった、結婚するなら隠してはおけないんだ……)

 まだ遠い未来とは言え、現実の重さを改めて3人は実感する。
 だって、どう考えたって受け入れられるとは思えないのだ、こんな捻れた関係は。

 そう、自分たちが殻を破り満足するだけでは、この関係を永遠には続けていけない。

「ま、今は頭の片隅にだけ置いておけばいいわ。…………でもこれだけは覚えていて。あんた達の関係が誰にも祝福されなくても……少なくとも私と賢太さん……奏の叔父さんはずっとあんたたちの味方だから」
「…………おう」
「……ありがとう、ございます」

 重苦しい雰囲気を打破するように、遅くなる前に帰りなさいなと塚野は新しい芋けんぴの袋を手土産に用意するのだった。


 …………


 帰りは、実にあっけなかった。
 あれほど苦労した行きの道のりが嘘のように、あかりは拘束はおろかサングラスもマスクも外し、普段とあまり変わらない様子で無事幸尚の家まで辿り着いたのだ。

「……はぁ…………私、このコートの下裸なの…………風で捲れたら…………あはぁ…………」
「ちょ、落ち着けあかり!ほら目をつぶって、夕日!!」
「もう、奏が余計な事をするから……どうすんの、あかりちゃんが露出に目覚めちゃったら」
「ぐう…………こんなことになるなんて思って無かったんだよ…………」

 まあ、ちょっとばかし危ない場面はあったけれども、それも黙想で落ち着いたので良しとする。
 いらんことをした奏には後でじっくりお仕置き……という名目でがっつり抱こうと幸尚が決意したくらいの被害で済んだのなら、上々だろう。奏は自業自得だし。

「で」

 夕食を済ませた3人は、向かい合って座っていた。

「あかり、洗浄なんだけど」
「う、うん」
「塚野さんから初回のリセットは1週間、ただし外して毎日洗浄しながら、貞操帯による傷ができていないか確認するよう言われてるんだ」
「うん、それは知ってる」
「だから今から、あかりを拘束して風呂場で貞操帯とあかりの性器を洗浄する。その後であかりは自分の身体を洗ってくれ」
「分かった……えっと、ここはちゃんと奴隷として返事…………?」
「あーそうだな、洗浄をお願いして、終わったらお礼を言う、そこまでは奴隷として振る舞おうな」
「はい」

 スッと、あかりがダイニングテーブルの足元で土下座する。
 もう土下座にも慣れたし、散々秘部だって見られているどころか弄られているのに、洗浄となるとまた何かが違うのか、心臓が早鐘を打っている。

「奏様、幸尚様、あかりの貞操帯とおまんこを…………洗って、下さい…………」

 真っ赤になり尻すぼみになりながらも何とかおねだりをしたあかりに、しかし返ってきた答えは意外なものだった。

「うん、それでね」
「はい」
「……そのさ、俺ら、女の子の…………洗い方なんて知らねえんだよ……」
「へっ」
「だから、その…………あかりちゃん、洗い方を教えてくれる……?」

「えええええ!?」

 洗い方、だって。
 そんな事考えたこともなかった…………とあかりはポカンとする。

「えっ、あのっ、洗うって別にささっと」
「そのささっとがよく分かんねえっての。ほら、とりあえず風呂場に行くぞ」
「うう……はい…………」

(だだ、大丈夫かな…………)

 一抹の不安を抱きながら3人で浴室へと向かう。
 中は浴室暖房をかけてあったのだろう、ほんのりと暖かい。
 幸尚があかりの手を後ろに回して手枷を、奏が足を開かせたまま維持できるようポールをつけた足枷を装着する。
 首輪はタオル掛けと鎖で繋がれていて「暴れるとタオル掛けが壊れるからね」と釘を刺された。

「寒くない?」
「だい、じょうぶです……」
「んじゃ外すぞ」

 カチリ、と音がして南京錠が外される。
 あれほど強固にあかりの股間を守っていた装具は、たった一つの鍵であっさりとその金属に貫かれぷっくりと実ったままの肉芽を、を撒き散らす蜜を滴らせる割れ目を露わにした。

 途端にむわり、とメスの濃密な匂いが充満する。
「うわ、すげえ……」と思わず呟いた奏に「ううっ、恥ずかしい…………」とあかりは既に半泣きだ。

「こんな…………汚いよお……」
「僕たちはちゃんと手袋をつけてるから大丈夫だよ、気にしなくても」
「ひぐっ、幸尚様ぁ、マスクもしてください……臭いのいやあぁ…………」
「いいじゃん、確かに臭いはあるけど、俺らは気にしねえよ。……ご主人様が気にしないんだから、奴隷は気にする必要ねえよな?」
「そんな、っ…………あ、ありがとうございますぅ…………」

 酷い、と言いかけて鋭くなった奏の眼差しに慌ててお礼を述べる。
「そうそうそれでいい」と二人はそれぞれボディソープを泡立て始めた。

(えええ、二人で洗うの!?)

 どうなるんだろうとビクビクしていると、「あ」と幸尚がどうやら気づいたらしく声を上げる。

「……あのさ、奏。これどう考えても泡立てすぎだよね」
「泡立てるのは一人でよかったよな…………いいやあかり、ついでに首から下全部洗ってやる」
「えっちょっそんな話がんひいいいっ!!?」
「あーヌルヌルしてるから気持ちいいのかな……?」

 これは勿体無い、と二人は前後から泡をあかりに塗りたくり、上から順に丁寧に洗い始めた。
 なんたってナイロンタオルでガシガシ洗う男の頑丈な肌とは違うのだ、なるべく力を入れないように、優しく指を滑らせていく。

「そういや姉貴がさ、顔は擦らず泡で洗うんだって言ってたな」
「そうなんだ。塚野さんが傷を洗った時も泡でって言ってたよね。そっか、女の子は優しく洗わなきゃいけないんだ……」
「んはっ、はぁっ…………そう、さまぁ…………んあっ、ゆきなおさまぁ…………そりぇ……んひぃ……」
「ん?ゴシゴシしすぎか?」
「もっとゆっくり洗ったほうがいいかな」

(そうじゃない、そうじゃないのおおお!!)

「マッサージみたいに末端から中心に向けて洗うのがいいとか姉貴が言ってたような」「凛姉ちゃんナイス」と幸尚の手は、指先からじわじわと肩に、背中に向かって泡を広げていく。
 前では奏がこれまた鎖骨から腋へ、そして柔らかな膨らみの頂に向かって「ぷるんぷるんだなー」としみじみ呟きながらゆっくりと、優しく手を動かしていくのだ。

 その触れるか触れないかの動きに、頭が溶かされる。
 全身が跳ねる。
 甘い、高い声が止まらない。

(これっ、気持ちいい……!!気持ちいいけど、熱がっ、どんどん溜まっていっちゃうぅ……!)

 もう手足の指先まで、性感帯になったかのようにジンジンと甘い疼きをもたらしている。
 だが、初めての洗浄にすっかり夢中になっている二人は、あかりの発情に気づかない。

「ふう、これであとは貞操帯をつけてたあたりだけだな、ってあかりどした?」
「なんか真っ赤だよ?大丈夫?のぼせちゃった?」

 汗だくになりながら心配する二人に、さしものあかりも限界を突破してしまって。

「んなわけないでしょおおおっ!!」
「お、おお!?」
「そんな、そんな触り方されたらっ、気持ちよくて、頭おかしくなりそうでっ!!逝けないのにいぃぃっ!!」
「…………えと、まさか、あかりちゃん感じちゃって」
「感じるに決まってるじゃんっっ!!もう、助けてよぉ…………触りたいい……ひぐっ、ひぐっ……クリトリスごしごしして、中グチュグチュしたいのおぉ…………ぐすっ……」

 本格的に泣き出したあかりに戸惑いつつ「おう、えと、なんかごめんな?」とオロオロしながら奏が下腹部に触れる。
 途端にあかりの口から、さらに大きな悲鳴混じりの喘ぎ声が上がった。

「んああああっ!!おにゃか、さわられるのっきもぢいぃぃっ!!」
「うわぁ…………奏、それあかりちゃんのお股洗えるのかな…………」
「洗うしかねーだろ。あかり、喘いでないで洗い方教えろ、じゃねーと終われねえって」
「ひぐっ…………ううっ……クリトリス、ゴシゴシしてぇ……」
「それはダメ」

 あまりの辛さにまともに頭が回らなくて、「洗い方ったって、いつも何となく割れ目をゴシゴシして流すだけだよ」なんて雑に答えてしまったのが今思うといけなかった。
 それを聞いた二人は「じゃあ体と同じように隅々まで泡で洗えばいいんじゃね?」と、よりによってヒダの奥まで一つ一つきっちりと綺麗に洗い上げてしまったのだ。
 もちろん赤く色づく女芯も念入りに洗った。確か男のちんこと同じだし、とピアスで皮が剥けたまま震える無防備な肉芽を、たっぷりの泡で、時間をかけてやわやわと。

 その結果。

「ひぐっ、えぐっ、逝きたいぃ……お願いしますぅっ、おまんこゴシゴシしてぇ……!!」
『あんた達は!!いくら男だからって何も知らないにも程があるでしょう!!貞操帯管理2日目にして全身愛撫状態で、ついでに剥き出しの敏感なクリトリスを念入りに洗ったぁ!?それ、拷問っていうのよっ!!』
「「す、すみませんでした…………」」

 そこにはすっかり昂らされ、昨日どころでない発情に二人に縋り付いて絶頂を乞い泣き叫ぶあかりと、ビデオ通話の向こうで激怒する塚野と、長時間にわたる洗浄の結果のぼせてぐったりする奏と幸尚の姿があった。

『全く、この年頃の男子にここまで女性への知識がないなんて思わなかったわ……!大体キーホルダーになる事が決まった段階で洗浄が発生する事は分かってたわよね?せめて調べておきなさいよ、ご主人様でしょ!!』
「うう……返す言葉もない…………」
「ごめんなさい……」
『そのごめんなさいはあかりちゃんに言うの!!土下座くらいしても罰は当たらないわよ!』

 ピコン、と幸尚のスマホが鳴る。
 開けばグループチャットにリンクと画像が貼られていた。

『それ、デリケートゾーン用の洗浄剤よ。無香料だから安心なさい。リンクは女性器の洗い方。もうあかりちゃんには必要ない知識だけど、3人でしっかり見ておくのね』
「はい……」
「明日買って来ます…………」
『よろしい。で、あかりちゃん』
「はひぃ…………くうぅぅ…………」
『辛いわよねぇ……もう頭が焼けつくようでしょ?腰のヘコヘコが止まってないもの。…………けどね』
「…………ひっ」 

 画面越しでも強まる女王様の圧に、慌ててあかりはその場でいつもの姿勢を取る。

『……奏達に教えられたわよね?奴隷はご主人様が与えたもので満足しなければならないって。例えご主人様がやり過ぎようが、間違えようが……』
「あ、あ…………」
『間違いを指摘するなとは言わないわよ、それはむしろ臆さず指摘するべき。けれど、未練がましく縋り付くのは躾がなってないわね?』
「ヒィッ…………ごめん、なさい……」
『それは私じゃなくてご主人様に言いなさいな。……あんた達も、やったことはどうあれきちんとあかりちゃんを躾けなさいよ』
「お、おう」

 ビデオ通話を終えた途端、3人は「はああぁぁ…………』とその場にへたり込んだ。

「なんか……今日は朝から晩まで疲れてる気がする……」
「めちゃくちゃ長い1日だったな……管理するってこりゃ大変だわ……」
「ひぐっ、ひぐっ…………ごめんなさい、ダメだって言われてるのにおねだりしてごめんなさい……!」
「泣かないであかりちゃん、僕たちこそごめん」
「すまん、ちゃんと調べておくべきだった。明日からはちゃんとやる」
「ひぐっ…………うわあぁん…………」

 泣きじゃくるあかりを幸尚の手がわしわしと撫でる。
「で、お仕置きするの?」とちょっと心配そうに奏に尋ねる言葉さえ聞かなければ、もっと安心して身を任せられるのにと思いつつも、大きくて暖かい手で撫でられるのは心地よい。

「いや、今回は俺らが原因だしな。それにあかりはもう分かってるだろ?ならわざわざ仕置きをしなくてもいいんじゃね」
「そっか…………やっぱり僕、お仕置きは苦手だなぁ…………あかりちゃんにはずっと喜んでてほしい……」
「そこは一生意見が一致しない気がするわ。俺はお仕置きで泣くあかりも最高に唆るから…………尚、顔が怖い」
「はぁ、ほんと奏は鬼畜」
「いや俺尚には言われたくないわ、この春休みでよーく分かったからな」

 とりあえずあかりのお仕置きは無しになったようだ。
 ああ良かった、と今度こそあかりは幸尚の優しい手の心地よさに身を預ける。

(ああ、気持ちいいな…………)

 お兄ちゃんがいたらこんな感じなんだろうか。
 私も、こんなふうに無邪気に甘えられたんだろうか。

(…………いいのかな、奴隷がご主人様に甘えても…………)

「…………あかりちゃん、寝ちゃったね……」
「そりゃま、あかりが一番疲れているよな……」

 すうすうと寝息を立てるあかりを、二人は優しい眼差しで見つめる。
 昨日は随分うなされていたが、今日は少しでも安らかに寝られますようにと心の中で祈りつつ、奏があかりを抱っこして部屋に運び、二人でパジャマを着せて布団をかけた。

「あかりってさ、昔っから俺らに甘えないよな」

 穏やかな寝顔を眺めながら、ぽつりと奏がこぼす。

「家じゃお姉ちゃんだし、僕らといてもいつもあかりちゃんが守る立場だったしね。むしろ僕があかりちゃんに甘えてばかりだったなあ」
「……でもさ、今日のあかりは、ちょっとだけだけど俺たちに甘えてた」
「………………そうだね」
「あの電車の中で手を繋いでいた時、ちょっと嬉しくってさ。プレイで俺たちに従うことはあっても、ああやって預けてくれることって無かったなって」

 辛いなら握っていいと差し伸べた手を、あかりは何度もぎゅっと握ってくれた。
 あの瞬間、あかりが自分をご主人様として頼ってくれたことに思わず胸が熱くなったのだ。

 主従関係とは、もっと厳しくあるべきだと奏はずっと思っていた。
 圧倒的な立場の差は絶対で、ご主人様は奴隷に対して絶対的な権力を持ち、その分責任も負うのだと。

 けれども、自分たち3人の主従関係は、そこまで冷徹に徹しきれないようだ。
 ……だって、ご主人様として奴隷に甘えられるのも悪くないと思ってしまったから。

「プレイ中に甘えは許したくないし、殊更甘やかしたいとは思わねえ。でも、いざという時に……預けてくれるのは、いいな」
「そだね。…………僕もあかりちゃんが預けられる背中をしてるかな……」

(尚が、そんなことを言うだなんて)

 その言葉に、奏は幸尚の変化を感じる。
 ああそっか、尚も自分の意思でご主人様として振る舞うことを選んだのかと思うと、それだけでなんだか心が暖かい。
「物理的には十分だろ」と茶化し、だが口を尖らせた幸尚にそっと口付けて「いいんじゃね?」と微笑むのだ。

「…………そう思ったなら、これからなっていけばいいさ。尚は泣き虫だけど、こうと決めたら一番強いんだから」
「うん…………あの、その、奏……」
「…………おう、お前の息子さんはいつもながらいい雰囲気を全力でぶち壊しにくるな……どこに興奮ポイントがあるんだよ…………」
「だって……奏がかっこいいのが悪い…………あとさ、僕あかりちゃんのコート下を裸にしちゃった件、まだ許してないからね?」
「え、あ、それはもう忘れてちょっと待てうああああ」

 あかりの部屋のドアが閉まり、隣の部屋のベッドが軋む音が響く。
 …………その後の二人がどうなったかは、もう言うまでもない。


 …………


 次の日から、3人は積極的におでかけすることにした。
 いつもの公園やショッピングモール、雑貨屋に手芸店…………いつもの休みと変わらないルートだ。
 一つだけ違うとすれば、あかりがすぐに休める、またはトイレに駆け込める場所に出かけていること。

「っ、はぁっ、んあっ、だめ、これだめ…………」
「無理そう?あそこにベンチあるからそこまで頑張って」
「大丈夫、今人影ねえから」

 公園の途中にある東屋で、あかりを真ん中に挟んでベンチに座る。
 幸尚お手製の膝掛けをあかりにかけて「ほら、ちゃんと見張ってるから」と促せば、あかりは待ってましたとばかりに股間のシールドを必死で擦るのだ。

「…………まだルーティンだけじゃ抑えきれないな」
「んふっんうっ、触りたいっ、ゴシゴシしたい…………」
「でもさ、今日で貞操帯生活6日目だよ?なのに昨日よりルーティンの成功率は上がってる。だからリセットすればかなり楽になるんじゃないかな」

 ひとしきり足掻いて、やっと諦めがつけばまた街を散策する。
 途中で衝動に襲われても、立ち止まってルーティンをこなせばなんとかなる、その自信は日々高まっていった。

 毎日外出して、時には公園で運動もしたけれど、さすがにきちんと誂えた貞操帯はちゃちい市販品とは別物だなとあかりは実感していた。
 どんなに動いても、全く違和感がないのだ。
 特に擦れたり傷もできていない、かと言って指など入る隙間もないくらいしっかり密着していて、日常での安心感と小さな絶望感がいい塩梅で同居している。

 まだ突然の発情に悩まされることはあるけれど、これなら学校生活も何とかこなせそうだ。

 日々の洗浄も、やはり汚れているものを洗われる羞恥心は消えないが、あれ以来はちゃんとデリケートゾーン用のソープでさっと洗ってくれる。

「っ、はぁっ…………んっ、くうぅぅっ……」
「……いい声だな…………あかり、シャワー流すぞ」
「んひいぃぃぃ…………あああ、っ、だめ…………がま、ん…………!」
「うん、えらいねあかりちゃん。ほら、もう終わりだからね」

 とは言え日が経つにつれて渇望を募らせる身体は、洗浄の些細な刺激ですら昂ぶるようになる。
 あかりにとって洗浄は「もっと」とつい言いそうになるのを必死で耐える辛い時間で、奏にとってはあかりの苦悶と羞恥心を存分に味わえる心踊る時間に変わっていった。

(ご主人様の与えるもので、満足、しなきゃ…………それにもっとなんて言ったら…………ああ、だめっ余計に興奮して……!)

 否が応でも思い出すのは、初日の善意丸出しのやらかしで。
 けれどあの経験がおねだりのストッパーになっているのだから、あれはあれで良かったのかもしれない、めちゃくちゃ辛かったけど。

(あと一日…………明日になれば、リセット…………!!)

 毎夜ベッドに入れば、身体は勝手に期待して昂ってしまう。
 3ヶ月間毎日のように3人で高め絶頂を堪能した日々の記憶が、激しい発情となって全身を襲う。

「ふーっ、ふーっ…………我慢できない……少し、だけ…………!!」

 枕に顔を埋め、必死で股間のシールドを掻きむしっていたその手が、胸元に向かう。
 分かっている。初日に嫌というほど体験したのだ、この行為は自分の首を絞めるだけだと。

(辛い、だけ……でも、奏様も幸尚様も、乳首とお尻を指で触るのは構わないって言ってた…………)

 甘い誘惑に、ぐらりと心が揺れる。

(もういい、後で辛さが増してもいいから、今ここで刺激が欲しい…………!!)

「んはあああっ!!はっ、はぁっ、乳首っ、カリカリいぃっ…………!」

 腰を布団に擦り付けながら、両手で乳首を摩り、弾き、つまむ。
 先端を爪で優しく掻けば、勝手に腰が跳ねて半開きの口から嬌声と涎が止まらない。

(ああぁ…………もっと、もっとぉ……全部聞かれてる…………止められない……!)

 あかりの寝室には、ベビーモニターが置かれている。
 万が一のためにとこの関係が始まった時から設置された音声専用のモニターだ。この時間なら二人はまだ寝ていないから、何をしているか全部筒抜けのはず。
 ……それを自覚すれば、更に熱が高まる。

「はっ、はぁっ、足りない、足りないっ…………こっち、触りたいよぉ…………!」

 いつしか喘ぎ声は涙交じりになり、股間のドームを必死に掻きむしる音が混じり始めて…………やがて啜り泣きながらも全てを諦め、火照った身体を持て余しながら眠りにつくのだろう。

 分かっていても、自らを地獄に追い込み続けるしかない。
 それが辛くて…………どうしようもない絶望感に、被虐心を満たされ酔いしれる。

 いつもなら二人のまぐわいを眺めるひとときも、流石に辛いだろうと今は見学しない事を許してもらっている。
 貞操帯をつけての学校生活に慣れたら、強制的に見学させると言われていて、むしろ慣れたら強制されなくてもいそいそと部屋に向かう未来しか見えない。腐女子にとって、推しの供給はいつだって貴重なのだ。

 そして見学を決め込んでは、こんな風に自分を追い込んで、切なさと苦しさと、そんな自分の惨めさすら堪能するのだろう。

(ふふ…………私、ほんっとに変態…………)

 頭がおかしくなりそうなほど辛くて、情けない腰の動きは止まらないのに。

(…………ああ、素直になれると、こんなに……こんなに幸せなんだ)

 自らの普通を手放した祝福は、確かにそこに息づいていた。


 …………


 そうして春休みもあと数日、3人はようやく初めてのリセット日を迎える。

 と言ってもあかりにしてみれば「年末年始の寸止め調教と自慰禁止3週間に比べれば随分楽」だったそうだ。
 確かにあの時のあかりは完全に変な方向にぶっ飛んでたな……と二人はしみじみ思い返す。
 たった3ヶ月前のことなのに遠い昔のように感じるのは、あまりにも濃密な3ヶ月だったからだろう。

 リセット日の朝、餌を頂いたあかりは早速床に土下座して「奏様、幸尚様、鍵を開けてください…………あかりの発情まんこを触ってください……!」と必死におねだりする。
 そんなあかりに、奏はあからさまなため息をついた。

 だが、その目があかりを甚振る機会を得た事に興奮を隠しきれていないのを、幸尚は隣でそっと確認し、あーあやっちゃったね……とあかりに心の中で同情する。
 ため息にビクッとしたあかりも、あ、まずいかもとは思ったようだが、しかし時すでに遅し。

「あかり、あかりはご主人様の与えるものだけで満足するんだよな?…………なら、いつリセットするかだって、口出しする権利はねえな?」
「っ、ああ………………っ!」

 やってしまった。
 あまりの辛さに、約束を破ってしまった事実にあかりがその場で震える。

「まあ今回は初めてだからお仕置きは軽めにするけど、次やったらリセットを延期する」
「ううっ…………申し訳ございません……っ!」
「軽めのお仕置きかぁ…………何するの?」
「そうだな……うん、ここは基本に立ち戻って、あかりの淫乱さをゆっくり見せつけてやろうか」
「え…………?」

 10分後、準備を終えた奏と幸尚は下からあかりの貞操帯に覆われた秘裂をじっくりと眺めていた。

「すっげえ…………ドームの中にあかりの愛液がべっとり…………」
「朝トイレ行ってたよね?あれから1時間も経ってないのに、こんなになるんだ……あ、穴から垂れてる」
「ううぅ、せめてシャワーで流させてください……」
「だめ。貞操帯で閉じ込められたあかりのここが、どれだけぐずぐずに溶けてるかよーく見せてやらないといけないからな!」

 ベッドの横に手枷足枷をつけて立たされ、貞操帯を外せばにちゃりと白い糸が引いて、それだけで「いやあぁ…………」とあかりから涙声が上がった。
 だがその顔は全く嫌だと言っていないのがバレバレである。
 幸尚も「これ、あんまりお仕置きになってないね」とどこか安心顔だ。

「透明ってのはいいよな。普段でも本気汁垂れ流してるのがよく見えるし、発情まんこもよーく見えるだろ?」
「うぅ…………見えてるのに触れないの、お試しの貞操帯よりずっと辛い……です」
「金属製のドームが予算オーバーだったからこっちにしたけど、正解だったよな」

 触っちゃダメだよ?と手枷を前に付け替えられ、そのままベッドの上で固定される。
 足はいつものようにM字開脚の状態だ。
 ぱかりと開かされた股間が、外気に触れてひんやりする。

 その色づいた媚肉は、今か今かと二人の刺激を待ち侘びてヒクヒク蠢いていた。

 あかりちゃん、と呼ばれて見上げれば、幸尚がタブレットをあかりの前に掲げている。
 あかりが見やすいように調節をして、一体何が始まるのかと思った次の瞬間、着信音が鳴って心臓が飛び出そうになった。

「あ、大丈夫。奏のスマホからだから」
「え、どういう…………うひゃあぁ…………」
「あかり、その声は色気が無さすぎる」
「いや、だって、だってこんなに…………あぁ……っ……!」

 目の絵の画面いっぱいに広がるのは、熟れ切ったあかりの局部だ。
 こんなところでスマホのカメラの質を実感するなんてと、真っ赤になりながらも目が離せない。

「前は鏡だったけど、弄りながらは難しいからな」
「え、弄りながらってんひぁぁっ!!」
「あかりちゃん、目を逸らさずに見てて」
「逸らしたら手を止めるからな」

 奏の指が、秘裂をゆっくりとなぞっていく。
 たったそれだけのことなのに、腰が砕けそうなほど気持ちがいい。

 思わず目を閉じればすかさず幸尚が合図を送り、指が止まる。
 この1週間散々焦らされた身体は、もはやほんの少しのお預けすら耐えられず、必死で己の卑猥な挙動を見続けるしかない。

「……いつもより濡れてるな…………」
「そんなぁ…………はぁっ……んぁぁ…………」
「凄いね、なんか全体にぽってりしてない?」
「発情してますって言ってるみたいだよなぁ」
「ひぃっ、もっと…………ああぁっ、もっとぉ……!」

 いつもなら恥ずかしくてたまらない奏の煽る声にすら反応できないほど、あかりはその些細な刺激を貪るのに必死だった。

 くち、くちと湿った音が脳髄を揺さぶる。
 聞きなれたはずの音が、やけに身体に響く。

 手袋に覆われた奏の指に、白濁した粘液が絡んでいる。
 ただなぞられているだけなのに、画面の端に映る真っ赤に腫れ上がった肉芽が、早く触れてとおねだりするようにひくついている。

 染み出した透明な粘液で、媚肉がテラテラと光り、その興奮を眼前に晒す。
 決して触れられることのない蜜壺の奥から、またこぽりと白濁が垂れ流される。

「……はぁっ、んっ……ぁ…………んあぁ……はぁんっ…………」

 甘い声が、止まらない。
 頭の中がドロドロに蕩けて、全部流れ出してしまいそうだ。

(すごい、すごい…………っ…………!ずっと我慢したら、こんなに気持ちよくなるなんて…………!)

 仮の貞操帯を装着していた時でも、あの寸止めで気が狂いそうだった時ですら、全く股間に触れずに終わる日は1日たりともなかった。
 思えば初めてオナニーをしたあの日から、触れなかったのは……ああ、腎盂炎で熱を出した時くらいじゃないか。

(そりゃ、知らないよね…………触らずに我慢すれば、気持ちよくなるだなんて……ああぁ、たまんない、気持ちいい……っ…………)

「あかり、逝けるのは1回だけだ。逝きたくなったらちゃんとおねだりしろよ」
「当分リセット日は焦らさないって決めてるから、あかりちゃんのタイミングでいいからね」

 頃合いを見て、二人が話しかける。

 乾き切った身体に与えられる、甘露のような刺激と…………誘惑。
 たった一度しか許されない絶頂だ。しかも、これが終わればまたすぐに透明な檻に覆われて、次に触れていただけるのは10日後。

 だから、少しでもたくさん触ってもらって、いっぱい我慢して、限界まで溜め込んで弾けさせたい。

 …………そう、理性は判断するのに。

「あああっ……お願いしますっ、もう逝かせてくださいいっ!!」

 初めての自慰禁止に飢え切った身体は、もはや理性の言うことなど聞きやしない。

 そんなあかりに奏の口から思わず「…………これマジでやべぇ…………」と欲情に掠れた声が漏れた。

 どうしようもなく煮詰められた瞳は、あの年末年始とはまた違う悲壮さと惨めさを纏っていて、奏の背中にゾクゾクとした嗜虐欲と支配欲を満たす歓喜を送り込んでくる。

 ああ、こんなあっさりした愛撫で達せられて閉じ込められたら確実に悶え苦しむと、分かっていながら欲望に抗えない絶望を味わせられるだなんて。
 まさに貞操帯管理の魔力の凄まじさを、まざまざと見せつけられている気分だ。

「…………オーケー、どこを触って欲しいんだ?」
「くっ、クリトリスをぉっ!!お願いします、ごしごししてえぇ……!!」
「ははっ、いいぜ。なら…………クリトリスだけで逝かせてやろうな」
「……え………………ああっ、あんっはぁっんこれっすごっ!もっ、もうだめっ……すぐいく、いっちゃうううっ…………!!」
「いいぜ、『イケ』」
「いぎいぃ…………っ…………!!」

 ガクガクと身体が痙攣する。
 頭の中が真っ白に弾けて、1週間ぶりに与えられた悦楽を一滴たりとも溢すものかと必死で飲み干し染み渡らせる。

 快楽の海に揺蕩う安穏は、しかしあっという間に霧散して。

(気持ちよかった…………良かった、けど…………足りない……!)

 ずっと情欲に炙られ続けている身には、あまりにも物足りない。
 胎の奥から、ずくり、と身体が訴える。
 ……どうして、ここを愛でてくれないのかと。

「ぁ…………あぁ…………んふぅっ……」

 腰が揺れる。
 足りないと、ご主人様に淫猥なダンスを見せつける。
 奏様も幸尚様もとっくに気づいているはずだ。

「…………あかり」

 中途半端な満足感に嗚咽が止まらない。
 そんなあかりに奏は冷酷に命令する。

「……ちゃんとお礼と再装着のおねだり。できるよな?」
「ひっく、ひっく…………でき、ます…………あぁぁ……辛い…………!」

 足の拘束を解かれて、手は後ろの拘束に戻される。
 首輪から伸びる鎖を幸尚が持って立つ姿は、自分が彼らに飼われている事実を突きつける。

 ああ、今すぐにでもこの枷を解き放っておもいっきり潤みの中に指を突っ込みたい。
 この檻から逃げだして、思う存分快楽を貪る獣になりたい。

 ……けれど、どうやったって逃げられない。

(ああ、でも…………逃げたら、絶望できない……)

 …………だから、逃げたく、ない。

 よろよろとふらつく膝を折り、床に頭を擦り付ける。

「奏様、幸尚様…………あかりを触って逝かせてくれて、ありがとうございます…………どうか、貞操帯をつけて…………おまんこをっ……閉じ込めて、下さい……」

 震える口から紡がれる言葉は、そして止まらない涙はいつしか昏い歓びを含んでいた。


 …………


「どうだった、初めてのリセットは?…………まあその顔を見れば一目瞭然だよなぁ」
「まさか南京錠のロック音で感じるようになっちゃうとは…………あかりちゃん、気持ちよくなれるものが増えてよかった……良かったんだよね……?」

 あの後散々「中を掻き回したいです」「お尻にディルド入れてズボズボしたいですっ!」
「真っ赤になったクリトリスをぬるぬるした指でずっとさすっていて欲しいですうぅっ!!」と今されたい事を無理やり叫ばされながら、あかりの股間は再び透明な檻に閉じ込められる。

 敢えて言葉にして強烈な欲望を自ら頭に叩き込まれたお陰か、あかりは南京錠が閉まるや否やその場にへたり込み、一瞬で過ぎ去った解放と平穏を惜しみながら腰をソファの角に擦り付け続けていた。

「辛いよう……んうっ、んあっ、これで10日も…………!?こんなの、耐えられないよう…………!」
「あかりにしては弱気だな、でも、耐えるしかないんだけどな」
「ひぐっ…………うぅ……」
「…………でもあかりちゃん、こう言う絶望感は」
「………………ひぐぅ、大好物ですぅ……!」
「ほんと、春休みの調教のおかげでますます素直になったな」

 泣きながらもその性癖を満たされる悦びに打ち震えるあかりを見て、幸尚は「あかりちゃんが楽しそうで何より」とにっこりし、奏は「変態だな」と声を上擦らせる。

「でさ」といつものようにぬいぐるみを作りながら、幸尚が前から思っていた疑問を二人にぶつけた。

「貞操帯の管理って、こうやって我慢させて中途半端に発散させるのを繰り返すだけなの?」
「おう、これは何と言うか……調教のベース作りみたいなもんだな。本来ならリセットを盾に身体の開発を進めたり、より過酷な調教をするんだよ」
「絶頂どころか刺激すら取り上げられるって、本当に絶望的だよね……んふぅ…………本当に『何でもしますから』って叫びたくなるんだなって実感してるよ」

 ま、そう言うのは受験が終わってからな、と奏は付け加える。
 塚野にもこの一年はとにかく管理に慣れて受験を乗り切ることに専念しろと言われているのだ。

「受験まで後1年切ってるけど、あかりならちゃんと貞操帯で頭焼かれてても切り替えて乗り切れるようになるって。俺らも協力すっからさ」
「それ、性癖を兼ねた協力って言うんじゃ……」
「おう、あかりと俺の性癖のために、心を鬼にして躾けてやる」
「それを鬼畜って言うんだよ、奏。……まあ、僕は奏とあかりちゃんが楽しくなれるならいくらでも協力するけどさ」
「あはは…………私は尚君の協力が一番怖いかも…………」
「そんなあぁ…………」

 窓を開ければ柔らかな風が部屋に流れ込み、この淫靡な空気を洗い流してくれる。

 ああ、この肌にまとわりつく煩悶と快楽に溺れていれば良かった日々も終わる。
 明後日からは日常が戻ってくるのだ。

 あんなに辛かったのに、けれど、ちょっとだけ名残惜しい。

「さ、気分転換に散歩にでも行くか。頑張ったあかりになんかデザートのご褒美でも」
「!!それならケーキバイキングっ!!」
「あかりちゃん、それは腹につくよ…………?」
「大丈夫、リセットでカロリーを使い果たしたから!!」
「そ、そっか…………そう、なのかな……?」

 外はもう桜も散りかけていて、ピンク色のベールが道を覆い尽くしている。
 それは、新しい一歩を踏み出した彼らを称賛する花道のようだった。
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