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24年8月30日
もういいよ、どうもありがとうございました
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・・・寝坊した。が、それがどうした。
私は1時間遅れで、カラオケ屋の目前にたどり着いた。
アイドル時代に、メンバーで時々使ってた場所だ。
懐かしい。と同時に、騒がしいな・・・
2台のパトカーが道路に停まっているし、野次馬も多い。
建物から顔を隠した人物が制服警官に連れられて、そのままパトカーに乗り込む。
そのままけたたましい音とともに白黒の犬が去っていくと、野次馬たちはいっせいにスマホに向き合い出した。
アホくさ。きっと今のをSNSに上げるんだろうな。そんなの、何が面白いんだ?
私らのネタの方がずっと面白いだろ・・・!
「色竜」
振り返ると、そこにはいつになく動きやすそうな格好をしたマサムネギが立っていた。
「・・・ヨネックス?」
「どこがテニスウェアに見えんだよ」
ここ数日連絡がつかなかったのだが、ひょっこり面を出してきやがって。
この場所もこの時間も、教えてもないのに。不気味なやつ。
そのくせ、悪びれもせず、まるで一仕事終えたかのような爽やかな男の顔だ。
「何してたのさ」
「ん?まあ、ネタ作り?」
「今日かける奴?」
きょとんとしている。
いや、出るだろ?配信ライブ。
今や知名度に雲泥の差が出来てしまった海老原だが、昨日直に誘われたのだ。
「・・・昨日いなかったか、そっかそっか」
「いや、そうじゃなくてだな。てっきり愛想尽かしたかと」
「ああ、ブログのこと?大げさだな。ボケじゃんあんなの。一応言っておくけど、私の相方はアンタなんだから、連絡はしてよ」
なんだかイライラしているような、それでいてほっとしたような。
ホットケーキ上手くひっくりかえせたけど半焼けでした、みたいな顔をしている。
『乾かし機』も「到着しました!先入ってます!」以降、連絡返してこないし。
面倒だが、他の適当なカラオケ屋を見繕うか。
「そのことなんだけどさ」
歩き出そうとした私の背に、マサムネギが声をかける。
「なんで俺はマサムネギって名乗らされてるわけ?」
「今さら?」
「だって、全然本名かすってないじゃん」
アイドル時代。
メンバーの中で私のファンはそこまで多くはなかった。
なんなら一番少なかったと思う。
私は、こんな自分に熱心になるファンが理解できなかったし、どうせ性的な目で見てんだろと思ってたしな。
それでも、本当に辛かった時に何時だって心の支えだったのは、結局ファンだった。
客と演者、大きく舞台に隔たれた場が、一体になるグルーヴが大好きだった。
それは、ファンがいないとできないってことくらいは、私もわかっていた。
そのうちの熱心な1人が、身を投げて死んだ。
その時、私は心底恐れたのだ。
ファンたちの精神的支柱がいなくなったことを悲しんだんじゃない。
私は、私が受け取るはずだったあの熱量をもう同じ形では受け取れないことを、悔やんだのだ。
享受しようと思っていたコンテンツを金輪際受け取ることができないと言う理不尽に、怒りさえ沸いたのだ。
二度とそんな目にあってたまるか。手を放してなるものか。
その怒りを、その悲しみを絶対に忘れないように、あえて名前を付けた。
「私は、私が幸せになるために漫才をしているんだよ。そのために、必要なの」
「マサムネギが?」
何を言っとるんだ、そう言いたげな顔をしている、司東さん。
「それでも名前変えたいって言うなら、別にいい」
思った以上に、私の口からつるんとその言葉が出てきた。
何でだろうな。
それはきっと、司東さんと漫才をやるのが、私にとっては、もう。
「今更活動名変えるって、そんなわけなくない?」
笑い交じりのマサムネギ。
私はいつも通りこう返す。
「そんなわけなかったわ」
私は1時間遅れで、カラオケ屋の目前にたどり着いた。
アイドル時代に、メンバーで時々使ってた場所だ。
懐かしい。と同時に、騒がしいな・・・
2台のパトカーが道路に停まっているし、野次馬も多い。
建物から顔を隠した人物が制服警官に連れられて、そのままパトカーに乗り込む。
そのままけたたましい音とともに白黒の犬が去っていくと、野次馬たちはいっせいにスマホに向き合い出した。
アホくさ。きっと今のをSNSに上げるんだろうな。そんなの、何が面白いんだ?
私らのネタの方がずっと面白いだろ・・・!
「色竜」
振り返ると、そこにはいつになく動きやすそうな格好をしたマサムネギが立っていた。
「・・・ヨネックス?」
「どこがテニスウェアに見えんだよ」
ここ数日連絡がつかなかったのだが、ひょっこり面を出してきやがって。
この場所もこの時間も、教えてもないのに。不気味なやつ。
そのくせ、悪びれもせず、まるで一仕事終えたかのような爽やかな男の顔だ。
「何してたのさ」
「ん?まあ、ネタ作り?」
「今日かける奴?」
きょとんとしている。
いや、出るだろ?配信ライブ。
今や知名度に雲泥の差が出来てしまった海老原だが、昨日直に誘われたのだ。
「・・・昨日いなかったか、そっかそっか」
「いや、そうじゃなくてだな。てっきり愛想尽かしたかと」
「ああ、ブログのこと?大げさだな。ボケじゃんあんなの。一応言っておくけど、私の相方はアンタなんだから、連絡はしてよ」
なんだかイライラしているような、それでいてほっとしたような。
ホットケーキ上手くひっくりかえせたけど半焼けでした、みたいな顔をしている。
『乾かし機』も「到着しました!先入ってます!」以降、連絡返してこないし。
面倒だが、他の適当なカラオケ屋を見繕うか。
「そのことなんだけどさ」
歩き出そうとした私の背に、マサムネギが声をかける。
「なんで俺はマサムネギって名乗らされてるわけ?」
「今さら?」
「だって、全然本名かすってないじゃん」
アイドル時代。
メンバーの中で私のファンはそこまで多くはなかった。
なんなら一番少なかったと思う。
私は、こんな自分に熱心になるファンが理解できなかったし、どうせ性的な目で見てんだろと思ってたしな。
それでも、本当に辛かった時に何時だって心の支えだったのは、結局ファンだった。
客と演者、大きく舞台に隔たれた場が、一体になるグルーヴが大好きだった。
それは、ファンがいないとできないってことくらいは、私もわかっていた。
そのうちの熱心な1人が、身を投げて死んだ。
その時、私は心底恐れたのだ。
ファンたちの精神的支柱がいなくなったことを悲しんだんじゃない。
私は、私が受け取るはずだったあの熱量をもう同じ形では受け取れないことを、悔やんだのだ。
享受しようと思っていたコンテンツを金輪際受け取ることができないと言う理不尽に、怒りさえ沸いたのだ。
二度とそんな目にあってたまるか。手を放してなるものか。
その怒りを、その悲しみを絶対に忘れないように、あえて名前を付けた。
「私は、私が幸せになるために漫才をしているんだよ。そのために、必要なの」
「マサムネギが?」
何を言っとるんだ、そう言いたげな顔をしている、司東さん。
「それでも名前変えたいって言うなら、別にいい」
思った以上に、私の口からつるんとその言葉が出てきた。
何でだろうな。
それはきっと、司東さんと漫才をやるのが、私にとっては、もう。
「今更活動名変えるって、そんなわけなくない?」
笑い交じりのマサムネギ。
私はいつも通りこう返す。
「そんなわけなかったわ」
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