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24年8月27日
俺は旅行のお土産は焼き菓子が一番いいがと思うが君はどうだ
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マサムネギに連れられ、近場のインドカレー屋に入る俺と湯本。
物造はまだ続くラップバトルを暫く見物したいと言って、席を外している。
ナンを辛めのマトンカレーに浸してから、マサムネギは口を開いた。
「お前ら、あんときのガキだろ?」
達磨のような目に射貫かれたように、湯本は身を縮こまらせた。
俺は一度その目と真正面からぶつかっているだけ、耐性が出来ていた。
「そうです。最初は色竜さんと話をしたかったんですけどね」
「話?お前らとアイツが何の関係がある」
湯本は汗を紙ナプキンで拭いて、覚悟を決めたようだ。
「・・・俺のこと、覚えてないですか」
無言で首を傾げるマサムネギ。
「8月3日、みんなの漫才ライブ、お二人の出ている第二部の優勝コンビです。高校の先生と俺とで、組んで出てた。その先生、亡くなったんです」
マサムネギはぎょっとした顔をして、ナンをカレーの入った深皿へ取り落とす。
頭の中で何かが繋がったのだろう。
「それは・・・辛かったな。だが、それがどうして、色竜が出て来る?」
「あなたが不在になったライブ、色竜さんと先生で出たんですよ」
「それと別に『おおいぬ』と『ジャスガ安定』によるツーマンライブ会場で二人は会ってて、次の日に亡くなった」
俺が補足する間も、マサムネギはカレーがジュグジュグに沁み込みつつあるナンを拾おうとしない。
「先生の死体を見つけたのは、マサムネギさん、あんただと思ってるんです」
「・・・そう、なるわな。でなきゃ、あんなラップはしない」
腑に落ちたとはこのことだろう、マサムネギは見開かれていた目を細め、少し下げる。
詰まった言葉を吐き出せたのか、小さく息を吐いた。
「まず、俺は人殺しなんてしてない。むしろ巻き込まれてる側だ」
マサムネギは確かに2つのことを認めた。
一つ目は、本多氏の死体を見つけたのが自分であること。
そして二つ目は、鈴木教諭の死体を見つけたのも彼であること。
前者は、マッチングアプリで待ち合わせ場所に指定されて。
後者は、バイト先のラーメンの配達を頼まれて。
誰かに操られ、死体に誘導された。
「狙いはきっと俺だ。本多のアニキの死体の近くに、これが落ちてたからな」
そう言ってマサムネギはキーホルダーを取り出した。
観光地なんかで売っている、金メッキの剣にドラゴンが巻き付いたようなデザインのキーホルダー。
その裏側には、「根岸正宗」と彫られている。
「お気に入りだったんだが、どこかで落としたと思ってた。それが、偶々アニキの死体の近くに落ちてるわけがない。俺が見つけて回収してなきゃ、きっと警察に捕まってたはずだ」
それこそ、色竜に色目を使った先輩に嫉妬して、なんていうのは俺たちも元々考えたシナリオだ。
なら、マサムネギが第一発見者兼犯人にしようというのが真犯人の狙いだったということになる。
「キーホルダー落としたのはいつごろかってわかりますか?」
「社会人漫才を始めた頃までは持ってたよ」
「じゃあ、先生のことを見捨てたのはどうなんですか」
湯本だった。
理不尽に見捨てられた恩師の死に対する、明らかな怒りが見て取れた。
「マジで悪かったと思ってる。けど、パニクってた割には、最善は尽くしたんだ」
「ふざけんなよオッサン、あんたが犬なんかにビビらなかったら、先生は助かったかもしれないんだ!」
「俺はそう思わないよ、湯本」湯本が俺に噛みついた視線を送った。「犯人は多分、先生が死んでから部屋から痕跡を消したんだよ。でなきゃ、荷物をまとめているのを先生に怪しまれるし、万一生き残られたらそれは面倒だ。だから、この人が来た時にはすでに手遅れだったと思う」
根拠はないが、この事件の犯人ならきっとそうするだろう。
湯本は何かを言いたげにしていたが、ぐっとこらえて椅子に座りなおした。
「それならそれで、どうして漫才のネタに事件のことを仕込んだりしたんです」
「犯人を威嚇してやりたかったからな。それに、ネタを見た誰かが、事件に気付くと思ってたし」
恋愛漫画の告白シチュエーションくらい遠回りではあるものの、「ネタを見た誰か」の二人がこうしてここにいる以上、その目論見は間違っていなかったのだろう。
「警察に頼ろうにも、難しかったってことですよね」
マサムネギは、無言で頷いた。
警察に犯人の狙いが自分だと証明するためには、自分のキーホルダーが奪われ現場に残されていたということを証明する必要がある。
そしてそれは、およそ不可能に近い。
キーホルダーを隠したとしても、死体の第一発見者として2件も立て続けに名前が上がれば、警察もからいずれマークされ、犯人探しのために動きにくくなる。
スピードこそ緩まったかも知れないが、確実に犯人の仕込んだ毒はマサムネギを蝕んでおり、その包囲網をかいくぐる方法が、社会人漫才のネタという知る人にしか届かないものだったわけだ。
ではなぜ真犯人は、マサムネギに「罪を擦り付ける」形をとったのか。
その理由は、間違いなく色竜嬢にある。
口を開いたのは、湯本だった。
「犯人は、あんたを色竜さんの相方の座から引きずり下ろしたいのかも」
物造はまだ続くラップバトルを暫く見物したいと言って、席を外している。
ナンを辛めのマトンカレーに浸してから、マサムネギは口を開いた。
「お前ら、あんときのガキだろ?」
達磨のような目に射貫かれたように、湯本は身を縮こまらせた。
俺は一度その目と真正面からぶつかっているだけ、耐性が出来ていた。
「そうです。最初は色竜さんと話をしたかったんですけどね」
「話?お前らとアイツが何の関係がある」
湯本は汗を紙ナプキンで拭いて、覚悟を決めたようだ。
「・・・俺のこと、覚えてないですか」
無言で首を傾げるマサムネギ。
「8月3日、みんなの漫才ライブ、お二人の出ている第二部の優勝コンビです。高校の先生と俺とで、組んで出てた。その先生、亡くなったんです」
マサムネギはぎょっとした顔をして、ナンをカレーの入った深皿へ取り落とす。
頭の中で何かが繋がったのだろう。
「それは・・・辛かったな。だが、それがどうして、色竜が出て来る?」
「あなたが不在になったライブ、色竜さんと先生で出たんですよ」
「それと別に『おおいぬ』と『ジャスガ安定』によるツーマンライブ会場で二人は会ってて、次の日に亡くなった」
俺が補足する間も、マサムネギはカレーがジュグジュグに沁み込みつつあるナンを拾おうとしない。
「先生の死体を見つけたのは、マサムネギさん、あんただと思ってるんです」
「・・・そう、なるわな。でなきゃ、あんなラップはしない」
腑に落ちたとはこのことだろう、マサムネギは見開かれていた目を細め、少し下げる。
詰まった言葉を吐き出せたのか、小さく息を吐いた。
「まず、俺は人殺しなんてしてない。むしろ巻き込まれてる側だ」
マサムネギは確かに2つのことを認めた。
一つ目は、本多氏の死体を見つけたのが自分であること。
そして二つ目は、鈴木教諭の死体を見つけたのも彼であること。
前者は、マッチングアプリで待ち合わせ場所に指定されて。
後者は、バイト先のラーメンの配達を頼まれて。
誰かに操られ、死体に誘導された。
「狙いはきっと俺だ。本多のアニキの死体の近くに、これが落ちてたからな」
そう言ってマサムネギはキーホルダーを取り出した。
観光地なんかで売っている、金メッキの剣にドラゴンが巻き付いたようなデザインのキーホルダー。
その裏側には、「根岸正宗」と彫られている。
「お気に入りだったんだが、どこかで落としたと思ってた。それが、偶々アニキの死体の近くに落ちてるわけがない。俺が見つけて回収してなきゃ、きっと警察に捕まってたはずだ」
それこそ、色竜に色目を使った先輩に嫉妬して、なんていうのは俺たちも元々考えたシナリオだ。
なら、マサムネギが第一発見者兼犯人にしようというのが真犯人の狙いだったということになる。
「キーホルダー落としたのはいつごろかってわかりますか?」
「社会人漫才を始めた頃までは持ってたよ」
「じゃあ、先生のことを見捨てたのはどうなんですか」
湯本だった。
理不尽に見捨てられた恩師の死に対する、明らかな怒りが見て取れた。
「マジで悪かったと思ってる。けど、パニクってた割には、最善は尽くしたんだ」
「ふざけんなよオッサン、あんたが犬なんかにビビらなかったら、先生は助かったかもしれないんだ!」
「俺はそう思わないよ、湯本」湯本が俺に噛みついた視線を送った。「犯人は多分、先生が死んでから部屋から痕跡を消したんだよ。でなきゃ、荷物をまとめているのを先生に怪しまれるし、万一生き残られたらそれは面倒だ。だから、この人が来た時にはすでに手遅れだったと思う」
根拠はないが、この事件の犯人ならきっとそうするだろう。
湯本は何かを言いたげにしていたが、ぐっとこらえて椅子に座りなおした。
「それならそれで、どうして漫才のネタに事件のことを仕込んだりしたんです」
「犯人を威嚇してやりたかったからな。それに、ネタを見た誰かが、事件に気付くと思ってたし」
恋愛漫画の告白シチュエーションくらい遠回りではあるものの、「ネタを見た誰か」の二人がこうしてここにいる以上、その目論見は間違っていなかったのだろう。
「警察に頼ろうにも、難しかったってことですよね」
マサムネギは、無言で頷いた。
警察に犯人の狙いが自分だと証明するためには、自分のキーホルダーが奪われ現場に残されていたということを証明する必要がある。
そしてそれは、およそ不可能に近い。
キーホルダーを隠したとしても、死体の第一発見者として2件も立て続けに名前が上がれば、警察もからいずれマークされ、犯人探しのために動きにくくなる。
スピードこそ緩まったかも知れないが、確実に犯人の仕込んだ毒はマサムネギを蝕んでおり、その包囲網をかいくぐる方法が、社会人漫才のネタという知る人にしか届かないものだったわけだ。
ではなぜ真犯人は、マサムネギに「罪を擦り付ける」形をとったのか。
その理由は、間違いなく色竜嬢にある。
口を開いたのは、湯本だった。
「犯人は、あんたを色竜さんの相方の座から引きずり下ろしたいのかも」
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