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24年8月25日

俺は大きな家には大型犬がふさわしいと思うが君はどうだ

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鉄格子の門を抜け、ドアを開けるジャンヌ嬢。
ドアを開けると、玄関の下駄箱の上には桃色のアロマキャンドルが置かれている。
間違いない、鈴木教諭の趣味だ。

廊下を抜けたその先の部屋の窓から日光が入っているくらいなもので、それ以外は窓の類は玄関にはない。

「せっかくだからこれで照らそうか」

と、ジャンヌ嬢は傍らにあったマッチで火を点けると、隣に置かれた灰皿に燃えさしを捨てる。
昼間と言うこともあり特段暗いというわけではないのだが、それでもキャンドルの火は想像以上に大きく、夜でも廊下を照らす明るさは担保できそうだ。
カチカチと電気のスイッチを押してみるが、確かに廊下の電球には光が灯らない。
スイッチ自体が壊れているのだろう、進んだ先にあるもう一つのスイッチを押すと、今度は電球が明るく廊下を照らした。

廊下の先にあったのは、リビングとはまた違う開けた円形の部屋。
正面に2階へと続く大階段が伸びており、天井にはシャンデリアが吊るされ、床はフローリングがむき出しになっていた。
壁には沿うように椅子や飾り机がいくつか置かれていた。
ジャンヌ嬢はぐるりと見まわすと、懐かしそうに言った。

「ここね、元はダンスホールとして作ったみたい。ロクメイカン?みたいにしたかったらしいよ」
「ダンスホール?」
「ちっちゃい頃はママに連れられてここによく遊びに来て、真ん中で踊るじぇんなchをアイドルみたいに応援したっけな」


言われてみれば、日本史の資料集で見た洋館の大広間にも、雰囲気が少し似ている気がする。
一方で、場違いにもほどがあるものが目に付くのも事実だ。
壁に並ぶ額に収まった西洋絵画に交じって掛けられた、「JENA」と赤い飾り文字が書かれた大きなハンドタオルだ。
「SEKAI SAIKYO SUPER KAWAーE」と、およそ英語教師の家にあっていいわけがない文字が、家の主の名前の四方を囲んでいる。

「あの、これは」
「じぇんなchの誕生日に私が贈ったんよ。アイドルになったらグッズを作りたいって言ってたから」

そう言いながら、ジャンヌ嬢は放置された一対の机と椅子の前に跪いた。
そこは、どうやらキッチンとつながるドアの近くで、床には染みが出来ている。

「ここ。この椅子に座って、じぇんなchは机に突っ伏してた。眼鏡をかけた犬のTシャツを、パンパンに膨らましててさ」

悲しみをこらえた声で、彼女は鈴木教諭の最後の姿について、ぽつりぽつりと語り始めた。


――――見つけたのは、ラーメン屋の配達のバイトだった。
夜の住宅街。
点々と明かりのついた一軒家にラーメンを届けに来た彼は、呼び鈴を推しても誰も来ないことにひどく焦った。
ラーメンは勿論、放っておけばどんどん伸びてしまうものであるから。

「もしベルを押しても誰も来なかったら、玄関まで持ってきてください」

注文に書かれてあった指示通りに、門の、そしてドアの先へと足を踏み入れた。

そして明かりのない玄関と廊下。真っ暗闇だ。
スマホで照らして初めて気付く、玄関の端に丁寧に揃えられた女性ものの靴。
「ラーメンの配達です」と、挨拶をするが、それでも誰も答えない。
ドタドタと、何かがせわしなく廊下の先の部屋で歩き回っている音が廊下に響く。

大声で「ここに置いていきますよー」と叫び、玄関にラーメンの容器を置いて、引き返す。
それが安牌であることは間違いなかったが、それでも男は違和感を抱いてしまった。

・・・余りに不自然だ。
足音から、誰かがいるのは明白なのに。
なのに、ラーメンという「さっさと受け取った方がいいもの」を頼んでおいて、ここまで待たせるのはやはりおかしい。
さては、何かのトラブルに、巻き込まれたのではないか。

男は意を決し、廊下を進む。
いつしか、足音は鳴りを潜めていた。

開けた大広間に入ると、確かに別のドアの近くに椅子に座った人影が見えた。
暗闇の中でも目立つ明るい色の服を着た、肥満体系の人物だ。

「あのう、配達なんですけど。これ伸びちゃうから、早く食べた方がいいっすよ」

声をかけるも、人影は反応しない。寝ているのだろうか。
しかし電気をつけるスイッチが見当たらない。

仕方なく近寄ると、それが目を瞑った女性だということが次第にわかってきた。
そして彼女は、どうやらティータイム中に寝てしまったのだろうと気付く。
机には中身がまだ残っているティーカップと、生クリームと潰されたスポンジケーキのような何かが乗った皿が置かれていたからだ。

悪いとは思いつつも、椅子に座った肥満体系の女性を揺さぶると、彼女は力なくドサリと床へとうつ伏せに崩れ落ちた。
よくよく見れば、口元には泡を吹いたような跡が残っていた。
そっと体に触る。冷たい。まずい、まずいぞ。彼女、死にかけてる!

その時だった。

うぉん、うぉん

獣の鳴き声を、後ろから浴びせれた男は、振り返ると暗闇の中、身を伏せながらこちらを見つめる二つの点と目が合ってしまう。
半狂乱になりながら家の外に飛び出ると、鳴き声の主はその背を追う。
街灯と月明かりに照らされたその怪物が、もはや狼と言った方がいいサイズの犬だとわかったのだが、あからさまにあの女性を害したと思われている。
ソイツは、グルグルと喉を鳴らして敵意をむき出しにして、低い唸り声にも似た叫び声をあげた。
男は門の外まで逃げ、がしゃりと門を閉めると、すぐさま救急車と警察に電話を掛けた。
彼らは3分と経たずに駆け付けたのだが、その間も男は犬に威嚇され、家に戻りあの女性を介抱することができなかったという――――


「第一発見者のその男が家の前で立ち尽くしてんのは、近くを通った住民にも見られてたみたい」

ジャンヌ嬢はそう言って、肩をすくめた。
犬は今は本家で飼われている、と言う。
床に刻まれた細かい傷痕に、俺はふと気づいた。
なるほど、この大広間、犬と遊ぶにはうってつけだっただろうな。

「じぇんぬchは、ナッツアレルギー反応で亡くなったんだってさ。なんでも、食べてたカステラにアーモンドが使われてて、それに気付かず食べたんだって。潰されてたから見た目じゃわからなかったのかなぁ」
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