変な漫才~これネタバレなんですけど、人が死にます~

八木山

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24年8月22日

うちはそう言うのに首を突っ込みたくないんスけど

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8月6日。
昏寧堂出版オフィスにて。

うちは小説家として、二代目担当編集の長峰ちゃんに呼び出されていた。
彼女は大学を卒業したててで、仕事を覚えるのが早いとはお世辞にも言えないけど、それでも年代が近いこともあり、普通に友達って言える関係だと思う。
何より、次回作と急かすようなことは一度もしてこない・・・今のところは。

彼女は、緑のインナーカラーの入った黒髪のおかっぱ頭をぴょこぴょこと揺らしながら、ロビーに現れた。
廊下を歩く軽快な足取り、見るからに上機嫌。

うちはヤバいと直感した。

彼女に仕事を懇切丁寧に引き継ぎ押し付け骨抜きにした先代担当編集の水樹が出てくるに決まっている。
彼女は恋愛脳だ。でも、わかりみが深いのよね。
水樹の期待に応えられなかったら、凹んで明日から仕事にならないよなぁ。

ただの「仕事の相談」で終わるとは思ってないけど、うちはしぶしぶ応接間まで着いていくことにした。

「やあ、先生!青春は送れてますか?」

私がドアを開けるなり席を立ち、オールバックに髪を撫でつけ、Tシャツにチノパンというラフな格好をした男が立ち上がる。
浅黒く日焼けした肌が溌剌と輝き、ホワイトニング済みの歯が爽やかに口元を飾っている。

「はぁ、まぁ・・・そうスね」
「アッハァ!充実した学生生活を送れているようでよかった!全然新作を書いてもらえないから、編集部一同夏バテしてないか心配していたんですよ~?」

うんうん、と長峰ちゃんが頷く。
オジサンが揃って「あの娘ウナギ食べたかな~」、なわけないんだが!

・・・これだよ。適度に罪悪感を煽れば、人を思うように動かせると思っているこの目!嫌いだわー!
水樹は愛想笑いのまま「どうぞどうぞ」と私をソファに座らせると、テーブルの上にあったプリンに手を伸ばした。
そして一つを私の目の前に置く。

「お好きでしたよね、プリン」

長峰ちゃんは答えを待つでもなく、自分の分のプリンのフタを躊躇なく開けた。

「おいしいですよ!先生!」

とキラキラしたうちに目を向けてから、「センス抜群です」と水樹をほめそやす長峰ちゃん。
3人いて2人が食べてるなら、食べない方がおかしいみたいじゃん。
こうやって一つ一つ丁寧に、かつ静かに、同調圧力をかけてくる。

「あはは、はぁ、いただきます」

「おいひい!」と長峰ちゃんは喜んでいるが、うちは味がしないよ・・・とほほ・・・

「で、先生」と、水樹がテーブルの上で両手を組む。さっそく本題に映るようだ。「先生は我が社の新人賞を受賞したれっきとした小説家なわけですが、最近はこうも思うのです。『女子高生生活がてらミステリーを書くのは非常に難易度が高い』、と」

そこまで言って、一口プリンを口に含み、「やはりうまいな、千疋屋」と嘯く。
高っ!慌ててラベルを確認すると確かに千疋屋だ。めっちゃ有名な奴じゃん!写真撮っとけばよかった!
あたふたするうちを見て口元を崩すと、水樹は再び話し始めた。

「一方でこうも思うのです。『先生の才能は何も小説を書くだけにとどまらないのでは』、と」
「えー、読モすか!?」
「違います」

ピシャリだよ。ぴえん。
水樹のヤロー、ちっとも愛想笑いを作ってない。はぁ?

「端的に言いましょう。ルポの取材をしてみませんか、先生」


水樹はその後、雨穴の「変な家」のように作家自身が謎の体験に巻き込まれるジャンルが人気だとか、小説の題材探しにもってこいやら、、女子高生が何やっても盛り上がるだとか、人手がなくて記事もないみたいなことまで、ツラツラと詭弁を吐いていたが、要するにやってほしいことは簡単だ。

失踪し脱稿したライターを探し出してほしい。

「嫌ですよ、そんなの」めんどくさいし。
「なんで?双方メリットのある話じゃないですか?」

言い返してきたのは長峰ちゃんだった。裏切り者!

「先生、こんなこと言いたくないですが、ファンは先生の活躍を心待ちにしてるんです。それに若いうちは経験を積むべきですって。特に小説家になるなら尚のことです。捜索が創作を生むんですよ」
「ミステリーのアルアルですが、調査の描写で超差がつきますしね」

水樹の言っていることはよくわからないが、長峰ちゃんは本気でそう思っているらしい。

「危険じゃないすか、失踪調査なんて」梨じゃないんだぞ、うちは。
「そのライターなんですけどね」

聞けよ話。
水樹は深刻そうな顔をして、私にプリントされた資料を差し出した。

「先生のファンだったんです」
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