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港区映画館殺人事件
ほなお前が劇場型連続殺人犯やないか
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・・・ああ、こりゃ、クソ映画だな。
大きなスクリーンに、役者の名前が次々と流れては消えていくのを見て、男はがっくりと肩を落とす。
かつて憧れた熱血刑事も監理官も、そこにはいなかった。
主演の男性アイドルのから回った演技は失笑ものだし、隣に座ったお嬢さんはキャッキャとはしゃいでいたが、唐突に挟まれたお粗末なガンアクションも完全に蛇足だった。
それに、ひとりだけ大物俳優がキャスティングされているせいで連続絞殺犯が誰か一目瞭然だ。
反吐が出るセンスだ、絞殺犯と考察班を掛けた名前だなんて、昔じゃありえなかった。
それどころか、特注品をネットで買ったところから足が付くなんて、どういう展開なんだ。
何より、マインクラフトの中のレインボーブリッジを封鎖して何が楽しいのか。
ふざけやがって。
ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって!!
予算がなかったのか、納期がなかったのか。
全く、思い出を汚された。涙があふれてくる。
二度と、自分が見たかった物語の続きを見ることはないという、失意と絶望。
このB級映画は、俺の生きる意味を奪ったのだ。
それでも。
製作陣への怒りより先に終わった悲しみに暮れているあたり、本当に俺は湾岸署を愛していたんだろう。
男は「指示」の通り、席を立つ。
エンドロールは見ていられない。
役者連中の挨拶にも(オリジナルキャストが一人でもいればよかったのだが)まるで興味がわかない。
もう十分だ、終わりにしなければ。
***
・・・たまげたな。
流石に現役の連続殺人犯だ、用意が早い。
男は、公園の木にぶら下げられた紐を見つけて嘆息した。
黒と赤の斑の紐。
まさしく、先ほど見た映画で出てきた殺人鬼の使っていた凶器だ。
男は思わず言った。
「それ、やめませんか?」
「え・・・?」
石の上に立ち、紐に手を掛けていた中年の男が、慌てて振り向く。
ショーゴは懐から警察手帳を取り出し、努めて冷静に語り掛けた。
「自殺、よくないっすよ。愛した作品がどんなに落ちぶれても、死んだらもう見られないじゃないですか」
中年の男は獣のように唸ってから、「アンタに何が分かる!」と激昂した。
「俺は何年も待ったんだ!何年も!何年も何年も続きを待ってたんだ!それがなんだ??あのクソ映画は!台無しだ!台無しにされたんだ!和久さんの名演も、青島の名台詞も、ユースケのサンバディトゥナイも!全部だぞ全部!」
そう言いながら、傍らに転がっている石を手に取り、ショーゴに投げつける。
マッシブな男、ショーゴはそれをはたき落とし、その手を差し出しながらゆっくりと近付いた。
「わかりますよ、俺もファンだから」
「えぇ?」
「俺、青島刑事みたいになりたくて警視庁に入ったんですから」
男は肩で息をしながら、怯えた目を潤ませながらショーゴを見る。
「だから、青島刑事ならそうしたように、あなたの自殺は止めます」
ショーゴの目は、燃えているように見えた。
いつかテレビの画面の中に見た、あの刑事のように。
***
数時間後。
「私が、連続殺人犯?どうしてそうなるんです」
刑事の高木は、取調室にいた。
目の前に座っているフリーアナウンサーの女は、困惑を目に浮かべていた。
アラフォーだというのにスタイルも崩れていないし、容疑者でなければお付き合いしたいとさえ思うほどの美貌だ。
「あなたは11月に起きた『PUMA』の時もイベントの司会をやっていましたね」
「・・・それが何か?」
「トイレでのオーバードーズ。あの死因は、あの会場、あの上映会で初めて公開された内容でした。しかし杵間は予期したかのように上映直後にそれを再現して見せた」
「なら、映画関係者が犯人ってことでしょう?」
高木はかぶりを振る。
「その時、あの場にいた関係者でシアターを出た人間は一人もいなかったんです。ただあなたを除いて。あなたは上映直後の大舘とのインタビューのすり合わせをするために、当日より前に映画の中で『印象に残るシーン』を大舘から共有されていた。しかも当日もあなたは打ち合わせをしています。その時に、大舘の持っていたペットボトルをくすねる機会があった」
「状況証拠はそうでしょうけど。でも、あの事件で使われたような睡眠薬なんて、私は・・・」
「それは、大舘をストーカーしていた被害者自身に用意させたものだったんです」
初めて、女の顔が歪む。
「そもそも第一の事件の時点からおかしいんです。上映中に途中までカップの中身を飲んでいるのに、何故外に出てから毒が効いたのか。それは、シアターを出てから毒を仕込んだからに他ならない。ちなみに、氷が解けて毒が染み出すなんていうトリックも、機械から出てくる氷を制御できない以上不可能です」
高木は、テーブルの上で手を組み、前のめりになる。
「被害者自身が毒を飲んだ、そう考えるほかにない。そしてそれは11月の事件でも同様です。あなたは上映途中にシアターを抜け出し、多目的トイレに大舘のペットボトルを置いて席に戻った。あとはエンドロール中に席を立った被害者がその水を使って睡眠薬を飲む。今回の『踊る』に至っては予告編で犯人の凶器が映っていますから、それを事前に付近に用意しておくだけでいい」
「なら自殺、ってことですか?」
女は、小刻みに震えている。
それだけで高木には、彼女が罪を自白したようにも見えた。
「ただの自殺ではないことはあなたが一番よくご存じでは?あなたは、映画に見せかける演出を被害者に頼まれていた」
「何のために、私には動機が・・」
「おそらく、廃れたシリーズ映画の話題を作るために」
高木は先輩刑事である駒場が、信頼できる警察OBから教えてもらった結論を間髪入れずに叩きつける。
女はあっけにとられた顔をしていたが、それをくしゃりとゆがめて降参したように肩をすくめて見せた。
「惜しいですね」
それは高木の推理がずれていることに対してだったのか。
それとも、自分自身が逃げおおせるとでも思ったのか。
あるいは、ただの負け惜しみか。
薄く女は笑った。
「見るに堪えないクソ映画になり果てた彼らへの鎮魂。それなら、情状酌量はできますか?」
大きなスクリーンに、役者の名前が次々と流れては消えていくのを見て、男はがっくりと肩を落とす。
かつて憧れた熱血刑事も監理官も、そこにはいなかった。
主演の男性アイドルのから回った演技は失笑ものだし、隣に座ったお嬢さんはキャッキャとはしゃいでいたが、唐突に挟まれたお粗末なガンアクションも完全に蛇足だった。
それに、ひとりだけ大物俳優がキャスティングされているせいで連続絞殺犯が誰か一目瞭然だ。
反吐が出るセンスだ、絞殺犯と考察班を掛けた名前だなんて、昔じゃありえなかった。
それどころか、特注品をネットで買ったところから足が付くなんて、どういう展開なんだ。
何より、マインクラフトの中のレインボーブリッジを封鎖して何が楽しいのか。
ふざけやがって。
ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって!!
予算がなかったのか、納期がなかったのか。
全く、思い出を汚された。涙があふれてくる。
二度と、自分が見たかった物語の続きを見ることはないという、失意と絶望。
このB級映画は、俺の生きる意味を奪ったのだ。
それでも。
製作陣への怒りより先に終わった悲しみに暮れているあたり、本当に俺は湾岸署を愛していたんだろう。
男は「指示」の通り、席を立つ。
エンドロールは見ていられない。
役者連中の挨拶にも(オリジナルキャストが一人でもいればよかったのだが)まるで興味がわかない。
もう十分だ、終わりにしなければ。
***
・・・たまげたな。
流石に現役の連続殺人犯だ、用意が早い。
男は、公園の木にぶら下げられた紐を見つけて嘆息した。
黒と赤の斑の紐。
まさしく、先ほど見た映画で出てきた殺人鬼の使っていた凶器だ。
男は思わず言った。
「それ、やめませんか?」
「え・・・?」
石の上に立ち、紐に手を掛けていた中年の男が、慌てて振り向く。
ショーゴは懐から警察手帳を取り出し、努めて冷静に語り掛けた。
「自殺、よくないっすよ。愛した作品がどんなに落ちぶれても、死んだらもう見られないじゃないですか」
中年の男は獣のように唸ってから、「アンタに何が分かる!」と激昂した。
「俺は何年も待ったんだ!何年も!何年も何年も続きを待ってたんだ!それがなんだ??あのクソ映画は!台無しだ!台無しにされたんだ!和久さんの名演も、青島の名台詞も、ユースケのサンバディトゥナイも!全部だぞ全部!」
そう言いながら、傍らに転がっている石を手に取り、ショーゴに投げつける。
マッシブな男、ショーゴはそれをはたき落とし、その手を差し出しながらゆっくりと近付いた。
「わかりますよ、俺もファンだから」
「えぇ?」
「俺、青島刑事みたいになりたくて警視庁に入ったんですから」
男は肩で息をしながら、怯えた目を潤ませながらショーゴを見る。
「だから、青島刑事ならそうしたように、あなたの自殺は止めます」
ショーゴの目は、燃えているように見えた。
いつかテレビの画面の中に見た、あの刑事のように。
***
数時間後。
「私が、連続殺人犯?どうしてそうなるんです」
刑事の高木は、取調室にいた。
目の前に座っているフリーアナウンサーの女は、困惑を目に浮かべていた。
アラフォーだというのにスタイルも崩れていないし、容疑者でなければお付き合いしたいとさえ思うほどの美貌だ。
「あなたは11月に起きた『PUMA』の時もイベントの司会をやっていましたね」
「・・・それが何か?」
「トイレでのオーバードーズ。あの死因は、あの会場、あの上映会で初めて公開された内容でした。しかし杵間は予期したかのように上映直後にそれを再現して見せた」
「なら、映画関係者が犯人ってことでしょう?」
高木はかぶりを振る。
「その時、あの場にいた関係者でシアターを出た人間は一人もいなかったんです。ただあなたを除いて。あなたは上映直後の大舘とのインタビューのすり合わせをするために、当日より前に映画の中で『印象に残るシーン』を大舘から共有されていた。しかも当日もあなたは打ち合わせをしています。その時に、大舘の持っていたペットボトルをくすねる機会があった」
「状況証拠はそうでしょうけど。でも、あの事件で使われたような睡眠薬なんて、私は・・・」
「それは、大舘をストーカーしていた被害者自身に用意させたものだったんです」
初めて、女の顔が歪む。
「そもそも第一の事件の時点からおかしいんです。上映中に途中までカップの中身を飲んでいるのに、何故外に出てから毒が効いたのか。それは、シアターを出てから毒を仕込んだからに他ならない。ちなみに、氷が解けて毒が染み出すなんていうトリックも、機械から出てくる氷を制御できない以上不可能です」
高木は、テーブルの上で手を組み、前のめりになる。
「被害者自身が毒を飲んだ、そう考えるほかにない。そしてそれは11月の事件でも同様です。あなたは上映途中にシアターを抜け出し、多目的トイレに大舘のペットボトルを置いて席に戻った。あとはエンドロール中に席を立った被害者がその水を使って睡眠薬を飲む。今回の『踊る』に至っては予告編で犯人の凶器が映っていますから、それを事前に付近に用意しておくだけでいい」
「なら自殺、ってことですか?」
女は、小刻みに震えている。
それだけで高木には、彼女が罪を自白したようにも見えた。
「ただの自殺ではないことはあなたが一番よくご存じでは?あなたは、映画に見せかける演出を被害者に頼まれていた」
「何のために、私には動機が・・」
「おそらく、廃れたシリーズ映画の話題を作るために」
高木は先輩刑事である駒場が、信頼できる警察OBから教えてもらった結論を間髪入れずに叩きつける。
女はあっけにとられた顔をしていたが、それをくしゃりとゆがめて降参したように肩をすくめて見せた。
「惜しいですね」
それは高木の推理がずれていることに対してだったのか。
それとも、自分自身が逃げおおせるとでも思ったのか。
あるいは、ただの負け惜しみか。
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