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港区映画館殺人事件

劇場型連続殺人犯、杵間映造が犯人やんか

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俳優、大館おおだち理業りぎょう
彼の指紋が付いたペットボトルの水と大量の睡眠薬を飲み、被害者は死んだ。
芸能人が事件に関与している。
駒場には、このセンシティブな話題に入る前に、どうしてもやっておくべきことがあった。

「カルビと豚トロ、セセリ、ウインナーとニンニクのホイル焼き」
軽快なリズムで肉を頼んでいく駒場に、内海はため息を漏らす。
「もうちょい野菜も食べえ。店員さん、玉ねぎとエリンギも一つずつ追加で」

店員が去ってから駒場は笑った。

「いやいや、内海さんもハラミばっかりだったじゃないですか!」
「ええんよ、ハラミは脂身の少ないホルモン部位やからね、それだけ食べとったら健康にええねん」
「えー・・・とんでも理論すぎますって」

お互いに笑う、駒場と内海。

「で、大舘と被害者に接点はあんのか」

―――相変わらず切り替えが早い。
駒場は慌てて手元のスマホの資料を確認する。

「被害者は大館のファンクラブの古参メンバーでした。ただ大館曰く、連絡などを含めた被害者との接点は一切ないとのことです。もちろん、プライベートでの接点もないとのことでした」
「ほな大館は犯人とちゃうか」

内海は金網にこびりついた焦げの塊をトングで掻く。

「被害者側が大館を一方的に知っとっただけなら、大館には動機があらへんもんね」
「確かにそうなんです。大館は積極的にファンと接点を持つタイプではありませんから」
「でも、大舘のペットボトルが現場にあったのは事実や」

探偵は忌々しそうな顔で、なおも金網をいじり続ける。

「そもそも大舘は事件当時何をしとったんや」
「大館は上映後、予定通りにそのままシアターで簡単な挨拶とインタビューを受けています」
「少なくともその時点で被害者は死んでたんやったよな」
「ええ。ただ大館はエンドロールの途中で席を一度立ち、関係者用のトイレに寄ったことを認めています。曰く、大勢の前に立つ前には緊張から必ずトイレに行くようにしている、と」
「ほな大館が犯人かぁ」

そう言いながら、内海は店員を呼ぶボタンを景気よく押した。
「どう考えても殺害のタイミングで席を立っているのは怪しすぎるんよ」
開いたジョッキを見た内海が「ビールでええ?」と聞くので、駒場は「ハイボールで」と短く答えた。

「おそらく大館は自分の映画が話題にならないことに苛立っていたんや。せやからファンを誑かして公開初日に殺した。結果として斜陽の大館の作品は興行収入ウナギのぼり、ってな具合やないかな」
「大館はこの事件を受けて映画館での上映を全面的に停止しています」
「おいおい、前提から崩れたやんか」
駒場の間髪入れない反論に、内海はそう自嘲気に笑った。

「ほなシンプルに浮気相手やったんとちゃう?」
「否定はできませんが、結婚どころか熱愛報道も出ていない大館が浮気相手を殺すメリットはありますかね」
「ほな大館は犯人とちゃうか・・・元々動機がないもんね」

駒場も頷く。

大館が被害者を殺す動機、被害者とのつながり、それらは今のところ明らかになっていない。
出身も世代も全く違う上、昨年まで被害者女性は答案アジアへ出張していた。
つまりプライベートでの接点があるとも思えないのだ。
だが・・・

「しかし、大館はストーカー被害に遭っており、そのプレッシャーから睡眠障害を患っていることを公表していました。そして、被害者が飲まされたのと同じ睡眠薬を処方されていたんです」
「ほな大館が犯人やないか!被害者が飲んだ睡眠薬は大館のものやったってことやろ?こんなん決まりや」

内海が言い終わると、暖簾ごしに店員が「失礼します」と声をかける。
運ばれてきた酒と肉、運ばれていく空のジョッキを見送っていると、駒場のスマホが小さく揺れる。
捜査本部からの情報共有だ。
駒場はそれを見て、絶句する。

「内海さん、今本部から情報が」
「何よ」
「・・・大舘が、劇場の従業員用通路のカメラに写っていました」

――その内容は、今までの内海の推理を覆すものだった。

内海は口にビールの泡で髭を作った顔を、駒場に向ける。
「つまり被害者のいる多目的トイレに向かったってことやないの?」
「それが、逆なんです。登壇者用のトイレから被害者のいたトイレに向かうにはこのカメラを横切るしかないんです。要は大舘の主張通り、エンドロール中はトイレから行って帰ってきただけだということが証明されました」

角刈り探偵は首をひねった。

「何かこう、トリックを使えば何とかなるとかはないんか」
「関係者出入り口からいったん外に出て、ロビーから多目的トイレに行くことは可能ですが、カメラに映らずにとなると不可能です」
「ほな大館は犯人とちゃうやないか」
「そうなります」

はぁ~と息をつきながら、玉ねぎを金網の真ん中に並べる内海。
このままエリンギまで並べられたらたまったものではない。
駒場も慌ててカルビを並べ始めた

一方の内海はブツブツと思索を続けていた。

「睡眠薬に水のペットボトルまで用意したことを考えると、犯人は大舘に罪を擦り付けようとしたんやろ。場所に映画館を、時間帯に映画のエンドロールを選んだのは、大舘のアリバイが無くなる瞬間だと確信があったはずや」

考え込む内海だったが、ふと顔を持ち上げた。

「・・・そうか、映画館か」

おそらく内海も気付いたのだ、あのの可能性に。

「その被害者が見ていた映画ってどんな内容やったん?」

駒場はやや生焼けのカルビを白米にダンプし口に突っ込んでから、答える。

「『PUMA』という、ヤクザに雇われている殺し屋が標的となった少女を連れて逃げ出すって話です」
「・・・なーんか、LEONみたいやな」

映画の公式サイトを見ながら内海は呟いた。
予告編を音なしで流し、なんとなくの雰囲気をつかみ取る。

「もしかして、その中にはトイレで死んでいるシーンがあったんやないか?」
「・・・ええ。大舘演じる主人公に拷問された売人がトイレで死んでいるシーンから映画は始まります」

内海のスマホの画面に映る劇場公開後に発表されたトレーラーの最後に、そのシーンと思わしき映像が流れる。
確かに目も口もふさがれた男が、ズームインの終わりと同時にズルリと崩れ落ちた。
・・・状況が、被害者の状態とあまりにも似ている。
内海と同様に被害者の見ていた映画を見た捜査員もすぐに勘づき、その事実は港区警察署を揺るがした。

玉ねぎが、七輪で少しずつ黒く焼け焦げていく。
内海はそのことを意にも介さずに、ポツリと小さく呟いた。


「これ劇場型連続殺人犯、杵間映造が犯人やないか」
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