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品川区会社員殺人事件
もう少し教えてもらえる?
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品川区のマンションで起きた殺人事件。
首を折って死んだ夫と、自首した妻。
駒場が告げたのは、死んだ夫の財布が見つからないという、事実だった。
探偵、内海は困惑していた。
グルグルと言葉が、カップの中の黒い水面に浮かんでは消えていく。
財布がない?
落とした?
殺された日に、偶然?
ありえへんて
なら、どうして
警察に財布を見つけられたくなかった?
物取りの犯行に偽装?
ならどうして自首した?
「物取り、ですか」
駒場の言葉で、我に返る。
「せや、奥さんは現行犯逮捕、それも口論がきっかけやって言うとるわけやろ?せやったら財布なんで盗んでどうこうする時間も理由もないのよ。それに仮に物取りの犯行に見せたいなら、自分から犯人やと主張するわけないもんね?」
内海はキリマンジャロを一口飲むと、少しだけ眉をしかめてスティックシュガーの封を切り始めた。
「おそらく被害者の旦那さんは強盗によって頭を殴られたんや。そして財布を盗まれた。その後で奥さんが誤って旦那さんにとどめを刺してもうた。殺害の順序はこうやろうね」
「・・・念のため、どこかで落とした可能性を考え、被害者の当日の足取りをスマホのGPSで追ってみたんです」
「ハイテクやねぇ」
「どうやら彼は仕事終わりにTOHOシネマズ新宿に寄っていました。いわゆる『トー横』ですね」
「・・・・・・・ほな物取りの犯行とちゃうか」
「えぇ!?」
そうなの!?と、マスターもこれには仰天。
駒場に差し出そうとしていたホットミルクのマグカップが机で弾み、揺れる表面がポチャリと音を鳴らした。
内海は自らのこめかみをつつきながらも、持論を展開する。
「売春ついでに財布を取られて泣きながら帰ってきたところを奥さんに見られたんや。そしてカッとなった奥さんに殺された・・・やっぱり痴情の縺れで殺されてるやないか!」
「まさか、そんな」
「しゃあない、まだ20代の旦那が40代の奥さんで満足できるわけがないもんね」
「それは偏見ですよ!」
駒場はまだ熱いマグカップに手を付けようにもつけられず、アチ、アチと小さく呻きながら内海に向かう。
「うちの親も20歳差ありますけどまだ元気ですよ」
「知らんて!とにかく被害者の財布がないのは事件と直接の関係はない、犯人はやっぱり奥さんで決まりや」
「いや内海さん、しかしですね・・・どうやらスマホのGPSを見た限りでは、ホテルには寄ってないんですよ」
「ほな物取りの犯行やないか!売春してないんやったら奥さんに対する引け目がないもんね!ほな殺した人間が財布を取ったってことになるやないか。奥さんはそのことに対してなんて言うてんの?」
「それが、財布についてはカンモクです」
「ほな物取りの犯行とちゃうか。どうとでも誤魔化しが効くはずなのに何も言われへんっていうのは、後ろめたさがあるからなんよ。そうなると財布はかなり重要な証拠、あるいは動機にさえなりうるってことや」
内海はそこまで言うと、再びコーヒーに口をつけた。
溶けかけの砂糖が残っていたのか、味にムラがあったのか、カチャカチャとスプーンでカップの中身をかき混ぜる。
「内海さんの言う通りで、強盗殺人のセンで再度捜査が仕切り直しになったんですが」
「まだあんの?もうええて」
内海がうんざりするのもわけはない。
「聞いてくださいよ、俺が面倒見てる若手の刑事がとんでもないことを調べてきたんです」
「もう一度言うけど、もうええって。若手の刑事の調査なんて芸人の持ちかける投資話と同じくらい信用ないねんから」
内海はこれでもかというほどに顔をしかめる。
大体内海はこのあたりで一度音を上げるが、それでも根気強く付き合ってくれることを、駒場は理解している。
内海は何枚かの紙ナプキンをマグカップに巻き付けて何とか持ち上げると、ようやっとあったかい液体が体に沁みわたる感覚に震えながら続けた。
「キャッシュカードの引き落とし記録が、品川区内の近くのコンビニのATMで見つかりました」
「・・・ほな物取りの犯行やんか」
内海はスプーンをカップの端で叩きつけて雫を落とすと、深いため息を吐いた。
なんやかんや内海は駒場は嫌いではない。
ただ、話の中に毎回一つは「それならそうと早く言えや」となるポイントがあることだけは、駒場の悪い点だ。
「口座が停止される前に現金を引き出そうっていう、チンパンジーに毛が生えた程度の浅はかな魂胆やないの。そんなん金に目のくらんだバカのやり口やん」
呆れる内海、笑う駒場。カップを拭くマスター。
「仕切り直し」という文字が全員の頭に浮かんだ。
「それでカメラの映像は?」
「黒いパーカーをかぶり黒いマスクをつけていて人相までは不明ですが、若い女のものでした」
「・・・ほな物取りの犯行とちゃうか」
「強盗殺人じゃないんですか」
内海は首を横に振る。
「若い女が20代の男を強盗しようとは思わへんやろ。新宿から大井町のマンションまでトー横キッズがのこのこついてくるとも思われへん。何かの拍子にその女が財布を手に入れたのは事実として、人殺しに至る情景が見えへんのよ」
しかし探偵は今日初めて、2つ目のスティックシュガーをキリマンジャロに入れ始めた。
「その女がただの赤の他人やないんやったら、話は別やけどな。その女について、もう少し教えてもらえる?」
マスターはひそかに冷や汗を流した。
(味、よくなかったのかな)
首を折って死んだ夫と、自首した妻。
駒場が告げたのは、死んだ夫の財布が見つからないという、事実だった。
探偵、内海は困惑していた。
グルグルと言葉が、カップの中の黒い水面に浮かんでは消えていく。
財布がない?
落とした?
殺された日に、偶然?
ありえへんて
なら、どうして
警察に財布を見つけられたくなかった?
物取りの犯行に偽装?
ならどうして自首した?
「物取り、ですか」
駒場の言葉で、我に返る。
「せや、奥さんは現行犯逮捕、それも口論がきっかけやって言うとるわけやろ?せやったら財布なんで盗んでどうこうする時間も理由もないのよ。それに仮に物取りの犯行に見せたいなら、自分から犯人やと主張するわけないもんね?」
内海はキリマンジャロを一口飲むと、少しだけ眉をしかめてスティックシュガーの封を切り始めた。
「おそらく被害者の旦那さんは強盗によって頭を殴られたんや。そして財布を盗まれた。その後で奥さんが誤って旦那さんにとどめを刺してもうた。殺害の順序はこうやろうね」
「・・・念のため、どこかで落とした可能性を考え、被害者の当日の足取りをスマホのGPSで追ってみたんです」
「ハイテクやねぇ」
「どうやら彼は仕事終わりにTOHOシネマズ新宿に寄っていました。いわゆる『トー横』ですね」
「・・・・・・・ほな物取りの犯行とちゃうか」
「えぇ!?」
そうなの!?と、マスターもこれには仰天。
駒場に差し出そうとしていたホットミルクのマグカップが机で弾み、揺れる表面がポチャリと音を鳴らした。
内海は自らのこめかみをつつきながらも、持論を展開する。
「売春ついでに財布を取られて泣きながら帰ってきたところを奥さんに見られたんや。そしてカッとなった奥さんに殺された・・・やっぱり痴情の縺れで殺されてるやないか!」
「まさか、そんな」
「しゃあない、まだ20代の旦那が40代の奥さんで満足できるわけがないもんね」
「それは偏見ですよ!」
駒場はまだ熱いマグカップに手を付けようにもつけられず、アチ、アチと小さく呻きながら内海に向かう。
「うちの親も20歳差ありますけどまだ元気ですよ」
「知らんて!とにかく被害者の財布がないのは事件と直接の関係はない、犯人はやっぱり奥さんで決まりや」
「いや内海さん、しかしですね・・・どうやらスマホのGPSを見た限りでは、ホテルには寄ってないんですよ」
「ほな物取りの犯行やないか!売春してないんやったら奥さんに対する引け目がないもんね!ほな殺した人間が財布を取ったってことになるやないか。奥さんはそのことに対してなんて言うてんの?」
「それが、財布についてはカンモクです」
「ほな物取りの犯行とちゃうか。どうとでも誤魔化しが効くはずなのに何も言われへんっていうのは、後ろめたさがあるからなんよ。そうなると財布はかなり重要な証拠、あるいは動機にさえなりうるってことや」
内海はそこまで言うと、再びコーヒーに口をつけた。
溶けかけの砂糖が残っていたのか、味にムラがあったのか、カチャカチャとスプーンでカップの中身をかき混ぜる。
「内海さんの言う通りで、強盗殺人のセンで再度捜査が仕切り直しになったんですが」
「まだあんの?もうええて」
内海がうんざりするのもわけはない。
「聞いてくださいよ、俺が面倒見てる若手の刑事がとんでもないことを調べてきたんです」
「もう一度言うけど、もうええって。若手の刑事の調査なんて芸人の持ちかける投資話と同じくらい信用ないねんから」
内海はこれでもかというほどに顔をしかめる。
大体内海はこのあたりで一度音を上げるが、それでも根気強く付き合ってくれることを、駒場は理解している。
内海は何枚かの紙ナプキンをマグカップに巻き付けて何とか持ち上げると、ようやっとあったかい液体が体に沁みわたる感覚に震えながら続けた。
「キャッシュカードの引き落とし記録が、品川区内の近くのコンビニのATMで見つかりました」
「・・・ほな物取りの犯行やんか」
内海はスプーンをカップの端で叩きつけて雫を落とすと、深いため息を吐いた。
なんやかんや内海は駒場は嫌いではない。
ただ、話の中に毎回一つは「それならそうと早く言えや」となるポイントがあることだけは、駒場の悪い点だ。
「口座が停止される前に現金を引き出そうっていう、チンパンジーに毛が生えた程度の浅はかな魂胆やないの。そんなん金に目のくらんだバカのやり口やん」
呆れる内海、笑う駒場。カップを拭くマスター。
「仕切り直し」という文字が全員の頭に浮かんだ。
「それでカメラの映像は?」
「黒いパーカーをかぶり黒いマスクをつけていて人相までは不明ですが、若い女のものでした」
「・・・ほな物取りの犯行とちゃうか」
「強盗殺人じゃないんですか」
内海は首を横に振る。
「若い女が20代の男を強盗しようとは思わへんやろ。新宿から大井町のマンションまでトー横キッズがのこのこついてくるとも思われへん。何かの拍子にその女が財布を手に入れたのは事実として、人殺しに至る情景が見えへんのよ」
しかし探偵は今日初めて、2つ目のスティックシュガーをキリマンジャロに入れ始めた。
「その女がただの赤の他人やないんやったら、話は別やけどな。その女について、もう少し教えてもらえる?」
マスターはひそかに冷や汗を流した。
(味、よくなかったのかな)
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