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品川区会社員殺人事件
犯人は奥さんで決まりやんか
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内海は出てきた牛乳を一気飲みして、口元に白いひげを作った駒場に呆れながらも言った。
「その『品川区会社員殺人事件』?俺が真相を一緒に考えたるから。どんな事件なんか教えてよ」
待ってましたとばかりに、駒場はいつも通り口火を切った。
「事件は品川区大井町のマンションで起きました。被害者の20代前半の男性は玄関で首の折れた状態で発見され、10分後にかけつけた救急車で搬送されましたが、死亡が確認されました。通報をした当人である被害者の妻の40代女性が、駆け付けた警官に自分が殺したと自供し、現行犯逮捕されています」
「ほなその奥さんが犯人やんか」
「それがおかしいんです」
始まった。
マスターは心の中では面倒だと思っていながらも、この一言が出るとどこか心が弾む。
「何がおかしいねん」
内海は近くにあった紙ナプキンを何枚か出して、駒場に差し出しながら言った。
「自供してんねやろ?もう確定やん」
「自分もそう思ったんですがね」
受け取った紙ナプキンを、牛乳のグラスの下に敷く駒場。
そうじゃない、髭を拭け。
「容疑者の女は最初の取り調べで『痴情のもつれで口論になって突き飛ばした』の一点張りで、具体的な経緯を語らなかったんです」
「ほな犯人とちゃうか」
内海は次に喉に流し込むべき液体を決めるべくメニューをざっと流し見し、マスターにキリマンジャロを頼んでから、内海は続けた。
「犯人なら少しでも罪を軽くするために自供するんやから。何か隠している、あるいは身代わりになっただけで真相を知らなかったにせよ、裏があるに決まってんのよ」
「ですが鑑識が言うには、死体の左頬から容疑者の指紋が見つかったようなんです」
「ほな、奥さんが犯人やんか」
内海はコーヒーが来るまで氷水で口元の寂しさを紛らわせることにしたらしい。
カロッと口に含まれた氷が、12月には不釣り合いな涼し気な音を鳴らす。
「そんなん、口論ついでにビンタしてついた指紋やん!」
ここやろ?と言いながら、内海は自分の左頬を殴るように手を当てた。
駒場は、「まさしくそこのあたりです」と頷く。
「喧嘩で顔に平手打ちするのは女かプロレスラーって相場が決まってんのよ。これは犯人はその奥さんで決まりやね」
「捜査本部の意向も最初はそうだったんです」
「へやほ?」と、探偵は誇らしげに口の中の氷を揺らす。
「ただ、検死の結果、被害者の側頭部に外傷が見つかったんです。それも壁ぶつかったとは思えない何かで殴られたような外傷が」
「なんでそれを先に言わんねん!」
ごほっ、ごほっと内海はむせ、手元のグラスに氷がポロリと落ちる。
「ほな犯人とちゃうやん!壁に突き飛ばして首が折れたんやったら、殴られた跡なんてつかへんのよ!」
「容疑者は『突き飛ばした』としか言ってないですからね」
「そうやねん!ご丁寧に壁にぶつかったとは思えないって言うてんねやったら、それはもう第三者による殺害が仄めかされてんのよ。この事件には、別の真相があるに決まりや!」
駒場は「それがですね・・・」と言い淀む。
そして、空になった牛乳のグラスをマスターに返して、「熱めの何かください」とまあまあ失礼な注文。
切れ長の目とマッシブな体と対照的に、呑気で鈍感だからこそ、婦警の間でも「KAWAII」と人気なのだが、中年男性のマスターにとってそんなことは知ったことではない。
駒場は、マスターこそが徐々に熱を帯びていることに気付かない。
「そのことを容疑者の女に追求したら、『玄関口の彫像で殴った』って認めたんです。殺意を持って殴ったとわかれば罪が重くなると思った、と自供しました」
「ほな犯人やん。辻褄合おうてしもたやん。奥さんは口論の末、玄関先に置いてあった像で夫を殴った。その衝撃で壁にぶつかり首が折れた。それで決まりやん」
「ええ、実際送致まで決まりかけたんです。ただ・・・」
「ただ、なんやねん」
目の前に運ばれたキリマンジャロの香りは、内海の脳を軽く揺らす。
その心地よさと真逆な、駒場の煮え切らない態度。
「これ以上覆りようがないやろ。奥さんが犯人で決まりやって」
「・・・被害者の財布が、まだ見つかっていないんです」
内海は、ドングリを頬張ったリスよろしく膨らませた頬を、駒場に向ける。
額に浮かんだ青筋から、彼が口に含んだコーヒーをこぼさずにいるのに必死なのだと気付くのに、駒場は数秒かかった。
マスターも、自分が丁寧に入れたコーヒーが台無しになるのを見たくはない。
カウンターの向こうへと引っ込みながら、「ああ、モップを出さないと」と次に取るべき行動を組み始める。
しかして、内海の精神は肉体を凌駕した。
・・・やったことと言えば、コーヒーをそのまま飲んだだけなのだが。
「それはもう物取りの犯行やんかァ!」
「その『品川区会社員殺人事件』?俺が真相を一緒に考えたるから。どんな事件なんか教えてよ」
待ってましたとばかりに、駒場はいつも通り口火を切った。
「事件は品川区大井町のマンションで起きました。被害者の20代前半の男性は玄関で首の折れた状態で発見され、10分後にかけつけた救急車で搬送されましたが、死亡が確認されました。通報をした当人である被害者の妻の40代女性が、駆け付けた警官に自分が殺したと自供し、現行犯逮捕されています」
「ほなその奥さんが犯人やんか」
「それがおかしいんです」
始まった。
マスターは心の中では面倒だと思っていながらも、この一言が出るとどこか心が弾む。
「何がおかしいねん」
内海は近くにあった紙ナプキンを何枚か出して、駒場に差し出しながら言った。
「自供してんねやろ?もう確定やん」
「自分もそう思ったんですがね」
受け取った紙ナプキンを、牛乳のグラスの下に敷く駒場。
そうじゃない、髭を拭け。
「容疑者の女は最初の取り調べで『痴情のもつれで口論になって突き飛ばした』の一点張りで、具体的な経緯を語らなかったんです」
「ほな犯人とちゃうか」
内海は次に喉に流し込むべき液体を決めるべくメニューをざっと流し見し、マスターにキリマンジャロを頼んでから、内海は続けた。
「犯人なら少しでも罪を軽くするために自供するんやから。何か隠している、あるいは身代わりになっただけで真相を知らなかったにせよ、裏があるに決まってんのよ」
「ですが鑑識が言うには、死体の左頬から容疑者の指紋が見つかったようなんです」
「ほな、奥さんが犯人やんか」
内海はコーヒーが来るまで氷水で口元の寂しさを紛らわせることにしたらしい。
カロッと口に含まれた氷が、12月には不釣り合いな涼し気な音を鳴らす。
「そんなん、口論ついでにビンタしてついた指紋やん!」
ここやろ?と言いながら、内海は自分の左頬を殴るように手を当てた。
駒場は、「まさしくそこのあたりです」と頷く。
「喧嘩で顔に平手打ちするのは女かプロレスラーって相場が決まってんのよ。これは犯人はその奥さんで決まりやね」
「捜査本部の意向も最初はそうだったんです」
「へやほ?」と、探偵は誇らしげに口の中の氷を揺らす。
「ただ、検死の結果、被害者の側頭部に外傷が見つかったんです。それも壁ぶつかったとは思えない何かで殴られたような外傷が」
「なんでそれを先に言わんねん!」
ごほっ、ごほっと内海はむせ、手元のグラスに氷がポロリと落ちる。
「ほな犯人とちゃうやん!壁に突き飛ばして首が折れたんやったら、殴られた跡なんてつかへんのよ!」
「容疑者は『突き飛ばした』としか言ってないですからね」
「そうやねん!ご丁寧に壁にぶつかったとは思えないって言うてんねやったら、それはもう第三者による殺害が仄めかされてんのよ。この事件には、別の真相があるに決まりや!」
駒場は「それがですね・・・」と言い淀む。
そして、空になった牛乳のグラスをマスターに返して、「熱めの何かください」とまあまあ失礼な注文。
切れ長の目とマッシブな体と対照的に、呑気で鈍感だからこそ、婦警の間でも「KAWAII」と人気なのだが、中年男性のマスターにとってそんなことは知ったことではない。
駒場は、マスターこそが徐々に熱を帯びていることに気付かない。
「そのことを容疑者の女に追求したら、『玄関口の彫像で殴った』って認めたんです。殺意を持って殴ったとわかれば罪が重くなると思った、と自供しました」
「ほな犯人やん。辻褄合おうてしもたやん。奥さんは口論の末、玄関先に置いてあった像で夫を殴った。その衝撃で壁にぶつかり首が折れた。それで決まりやん」
「ええ、実際送致まで決まりかけたんです。ただ・・・」
「ただ、なんやねん」
目の前に運ばれたキリマンジャロの香りは、内海の脳を軽く揺らす。
その心地よさと真逆な、駒場の煮え切らない態度。
「これ以上覆りようがないやろ。奥さんが犯人で決まりやって」
「・・・被害者の財布が、まだ見つかっていないんです」
内海は、ドングリを頬張ったリスよろしく膨らませた頬を、駒場に向ける。
額に浮かんだ青筋から、彼が口に含んだコーヒーをこぼさずにいるのに必死なのだと気付くのに、駒場は数秒かかった。
マスターも、自分が丁寧に入れたコーヒーが台無しになるのを見たくはない。
カウンターの向こうへと引っ込みながら、「ああ、モップを出さないと」と次に取るべき行動を組み始める。
しかして、内海の精神は肉体を凌駕した。
・・・やったことと言えば、コーヒーをそのまま飲んだだけなのだが。
「それはもう物取りの犯行やんかァ!」
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