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アクナス修練堂の日々−4
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「これはエルメ様、久しぶりでございますなぁ。美しくなられて、見違えました」
とデンスが感嘆していると
「デンス、そのような口をきく暇があったら早くあなたの本分を果たしなさい。客人の前で弛んでますよ」
口調からしてこれは照れ隠しなのだろう。カナリ姉弟にもわかった。
「叱られてしまいました。しかし、上司はこれくらいがよろしいので。部下たちがその分しっかりします。では、私はこれで失礼致します。お二方とも、よき修練をお修めください」
そう言葉を残すと、小走りに街なかへ姿を消した。
「失礼致しました。改めてまして、わたしはクリスイン・エンテスの次男、ダンガスの娘、クリスイン・エルメと申します。お二方の到着の知らせを受けてお迎えに上がりました。ここからは私が修練堂までご案内いたします」
リヨルの目の輝きが変わったようだ。
「そうでしたか。私は南クロイダン共和騎士国、ワイナ・カナリ議員騎士の息、リヨル・カナリと申します。お近づきになれて光栄です。以後、お見知り置きを願います」
続けてセリナも挨拶をする。
これに対しエルメと称した女性はエトワイル大陸共通の返礼、右拳を左鎖骨の窪みに乗せ、左手は体側にぴたりと付け、軽くお辞儀を返した。
しばらく楽しい時間が過ぎていった。エルメは陽気な気質で、この地のことをよくしゃべった。季節ごとの気候、料理、特産物、修練堂での修行の様子など。問われたことに明確に答える様から、明快な頭脳の持ち主であることがわかる。エルメに疑念を起こさせないようセリナは慎重に言葉を選び、クリスイン家の家族構成に探りを入れてみる。事前の情報ではエルメには少々変わり者の叔母がいたはずだが。
「ご当家ではワーレイスも修練生にいるようですね。魔導士とも言われるワーレイスが剣で知られるアクナスで修練するとは少し不思議な気がします」
セリナがこう話を切り出すと、意図を察したのかそれともただエルメと会話がしたかったのかリヨルが割り込んできた。
「南クロイダンでは、ワーレイス達が戦場でこなす役割は通信士、熱線放射、光輝線放射、砲弾射手くらいしかおりません。彼らがマノン(霊門)から引き出したワールを、どのように物理的エネルギーに変換して利用するのか、私にはさっぱりとわかりませんが。よろしければ無学な私にご教授願えませんか」
エルメはこれに目を見開いて応じた。
「驚いた。つい最近、修練堂の座学で学んだばかりのことをここで披露することになるとは。でもここは年長者のセリナ様に教えて頂いた方が適切なのでは」
セリナはそれに対して
「修練堂でどのように指導なされているのか、私も興味があります」
ニコリと笑う。
エルメは
「では、私の理解がこれで正しいのか、セリナ様、指摘くださいね。数日後の試験に備え、自分のためにもなることなので努力してみましょう。ワーレイスの内容に進むまで基礎から話しておきたいと思います。
これは世界的に著名な覚理学の教本から得た知識です。よろしいでしょうか。では。
凝気能とも言われるワールがこの世界において初めて知覚されたのは、今よりおよそ五千二百年から五千年の間であると伝わっております。
現在では信仰が途絶えているレーム教の一宗派の僧にして医師であった 聖祖オイッグ・ロラク導師によりワールへの道が開かれたとされます。
聖祖のなした偉業は大きく3点に絞られます。
・パースル(虚未界)の発見
・エルゴ領域の知覚
・ヨルト(意識回路)の開発
レーム教の教義の一つに内なる宇宙の知覚、と言うものがございました。己の存在するこの世界を知るにあたり、レーム教は知り得る限界のある外の世界に目を向けるのではなく、無限の可能性を秘めた内なる世界の探究に勤しみました。
脳内に構築される意識回路「ヨルト」の原型は、既にレーム教の高位聖職者の秘儀により代々伝えられた技でした。それまでの平面的に描かれたヨルトは、彼らに大いなる高位の霊的存在、深淵なる内宇宙の広がりを教えました。ヨルトオイッグ・ロラク導師は、それまで平面的なパターンを描いていたヨルトを、右脳、左脳それぞれに立体的なパターンを描くことで、閉ざされたパースルの門を開いたのです。
エルゴはパースルに点在する未分化のエネルギー領域であり、内なる意識の深部に立つ、マノン(霊門)を通過することによってのみ到達できる領域です。
意識回路であるヨルトは、与構築者、授構築者の双方によって左脳、右脳のそれぞれに構築されなければならないわけでありますが、聖祖のなした偉業に一つ付け加えるとすれば、ヨルトの構築方法を解明し、他者に伝達し、再構築させることに成功したことでありましょう。
マノンから流れ出る未分化の気は、それぞれのヨルトを通過する際に具現化します。マノンを開いた術者は、“オーグ“と呼ばれる・・・・・ええと・・・」
エルメが木立が生い茂る空を見上げ、言葉を思い出そうとする姿に、微かに笑みを浮かべるセリナだった。
「拡張神経系」
「そうっ、それ。あっ、失礼しました。ありがとうございます。“オーグ“と呼ばれる拡張神経系を身体の周りに纏います。オーグを通してのみ気を凝らす事ができ、具現化した気を凝気能、ワールと言います。
エメルタインやメルタインなどの操甲体、土木作業に使用される人型気従器、船の動力部伝達部などに配置されているコラン石にワールを注ぎ機動、運用させるのが通常の使用方法です。注目してほしいのは、その際に使用されているワールは運動エネルギーに変換されている点です。
ワーレイスはその点が特殊なのです。彼ら、彼女らは気が凝する時にコラン石に運動エネルギーを与えるのではなく、オーグから直接に熱、光などのワール波を放射し、またオーグからコラン石を内包しない物体に直接運動エネルギーを与えたりすることができるのです」
そこまでいい終わると、エルメは一息ついた。
「エルメ様は優秀な修練生ですね。とてもわかり易い説明でした。ねえ、姉上。」
リヨルが間をおかずに褒めそやした。セリナも感心していた。途中まではセリナの知る覚理学の本の内容だったが、そこから自分の理解を言葉に直し、リヨルの質問の答えに繋げた。
「では、今伺ったお話から推察できる私の見解をお聞きくださいますか」
始まった。リヨルが良いところを見せようと誇示蛙(メスへの求愛行動で美しい色彩の喉袋を大きく膨らませる蛙)するようだ。
「私の見解はこうです。ワールの特性として突出した能力を有しているのがワーレイスです。しかし、瞬発力には欠ける。操甲体の装操者には向きませんが、戦場では後方支援として能力が活かせます。通信士の通信杖は狙った遠方の対象へ的確に情報を伝達する、熱線放射士は広範囲の操甲体に対し熱攻撃を加える、などです。しかし、ワーレイスがタルツを使う剣士とともに修練をしているとなると、話は全く変わってきます。何か新しい運用方法を試している。いかがですか」
とデンスが感嘆していると
「デンス、そのような口をきく暇があったら早くあなたの本分を果たしなさい。客人の前で弛んでますよ」
口調からしてこれは照れ隠しなのだろう。カナリ姉弟にもわかった。
「叱られてしまいました。しかし、上司はこれくらいがよろしいので。部下たちがその分しっかりします。では、私はこれで失礼致します。お二方とも、よき修練をお修めください」
そう言葉を残すと、小走りに街なかへ姿を消した。
「失礼致しました。改めてまして、わたしはクリスイン・エンテスの次男、ダンガスの娘、クリスイン・エルメと申します。お二方の到着の知らせを受けてお迎えに上がりました。ここからは私が修練堂までご案内いたします」
リヨルの目の輝きが変わったようだ。
「そうでしたか。私は南クロイダン共和騎士国、ワイナ・カナリ議員騎士の息、リヨル・カナリと申します。お近づきになれて光栄です。以後、お見知り置きを願います」
続けてセリナも挨拶をする。
これに対しエルメと称した女性はエトワイル大陸共通の返礼、右拳を左鎖骨の窪みに乗せ、左手は体側にぴたりと付け、軽くお辞儀を返した。
しばらく楽しい時間が過ぎていった。エルメは陽気な気質で、この地のことをよくしゃべった。季節ごとの気候、料理、特産物、修練堂での修行の様子など。問われたことに明確に答える様から、明快な頭脳の持ち主であることがわかる。エルメに疑念を起こさせないようセリナは慎重に言葉を選び、クリスイン家の家族構成に探りを入れてみる。事前の情報ではエルメには少々変わり者の叔母がいたはずだが。
「ご当家ではワーレイスも修練生にいるようですね。魔導士とも言われるワーレイスが剣で知られるアクナスで修練するとは少し不思議な気がします」
セリナがこう話を切り出すと、意図を察したのかそれともただエルメと会話がしたかったのかリヨルが割り込んできた。
「南クロイダンでは、ワーレイス達が戦場でこなす役割は通信士、熱線放射、光輝線放射、砲弾射手くらいしかおりません。彼らがマノン(霊門)から引き出したワールを、どのように物理的エネルギーに変換して利用するのか、私にはさっぱりとわかりませんが。よろしければ無学な私にご教授願えませんか」
エルメはこれに目を見開いて応じた。
「驚いた。つい最近、修練堂の座学で学んだばかりのことをここで披露することになるとは。でもここは年長者のセリナ様に教えて頂いた方が適切なのでは」
セリナはそれに対して
「修練堂でどのように指導なされているのか、私も興味があります」
ニコリと笑う。
エルメは
「では、私の理解がこれで正しいのか、セリナ様、指摘くださいね。数日後の試験に備え、自分のためにもなることなので努力してみましょう。ワーレイスの内容に進むまで基礎から話しておきたいと思います。
これは世界的に著名な覚理学の教本から得た知識です。よろしいでしょうか。では。
凝気能とも言われるワールがこの世界において初めて知覚されたのは、今よりおよそ五千二百年から五千年の間であると伝わっております。
現在では信仰が途絶えているレーム教の一宗派の僧にして医師であった 聖祖オイッグ・ロラク導師によりワールへの道が開かれたとされます。
聖祖のなした偉業は大きく3点に絞られます。
・パースル(虚未界)の発見
・エルゴ領域の知覚
・ヨルト(意識回路)の開発
レーム教の教義の一つに内なる宇宙の知覚、と言うものがございました。己の存在するこの世界を知るにあたり、レーム教は知り得る限界のある外の世界に目を向けるのではなく、無限の可能性を秘めた内なる世界の探究に勤しみました。
脳内に構築される意識回路「ヨルト」の原型は、既にレーム教の高位聖職者の秘儀により代々伝えられた技でした。それまでの平面的に描かれたヨルトは、彼らに大いなる高位の霊的存在、深淵なる内宇宙の広がりを教えました。ヨルトオイッグ・ロラク導師は、それまで平面的なパターンを描いていたヨルトを、右脳、左脳それぞれに立体的なパターンを描くことで、閉ざされたパースルの門を開いたのです。
エルゴはパースルに点在する未分化のエネルギー領域であり、内なる意識の深部に立つ、マノン(霊門)を通過することによってのみ到達できる領域です。
意識回路であるヨルトは、与構築者、授構築者の双方によって左脳、右脳のそれぞれに構築されなければならないわけでありますが、聖祖のなした偉業に一つ付け加えるとすれば、ヨルトの構築方法を解明し、他者に伝達し、再構築させることに成功したことでありましょう。
マノンから流れ出る未分化の気は、それぞれのヨルトを通過する際に具現化します。マノンを開いた術者は、“オーグ“と呼ばれる・・・・・ええと・・・」
エルメが木立が生い茂る空を見上げ、言葉を思い出そうとする姿に、微かに笑みを浮かべるセリナだった。
「拡張神経系」
「そうっ、それ。あっ、失礼しました。ありがとうございます。“オーグ“と呼ばれる拡張神経系を身体の周りに纏います。オーグを通してのみ気を凝らす事ができ、具現化した気を凝気能、ワールと言います。
エメルタインやメルタインなどの操甲体、土木作業に使用される人型気従器、船の動力部伝達部などに配置されているコラン石にワールを注ぎ機動、運用させるのが通常の使用方法です。注目してほしいのは、その際に使用されているワールは運動エネルギーに変換されている点です。
ワーレイスはその点が特殊なのです。彼ら、彼女らは気が凝する時にコラン石に運動エネルギーを与えるのではなく、オーグから直接に熱、光などのワール波を放射し、またオーグからコラン石を内包しない物体に直接運動エネルギーを与えたりすることができるのです」
そこまでいい終わると、エルメは一息ついた。
「エルメ様は優秀な修練生ですね。とてもわかり易い説明でした。ねえ、姉上。」
リヨルが間をおかずに褒めそやした。セリナも感心していた。途中まではセリナの知る覚理学の本の内容だったが、そこから自分の理解を言葉に直し、リヨルの質問の答えに繋げた。
「では、今伺ったお話から推察できる私の見解をお聞きくださいますか」
始まった。リヨルが良いところを見せようと誇示蛙(メスへの求愛行動で美しい色彩の喉袋を大きく膨らませる蛙)するようだ。
「私の見解はこうです。ワールの特性として突出した能力を有しているのがワーレイスです。しかし、瞬発力には欠ける。操甲体の装操者には向きませんが、戦場では後方支援として能力が活かせます。通信士の通信杖は狙った遠方の対象へ的確に情報を伝達する、熱線放射士は広範囲の操甲体に対し熱攻撃を加える、などです。しかし、ワーレイスがタルツを使う剣士とともに修練をしているとなると、話は全く変わってきます。何か新しい運用方法を試している。いかがですか」
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