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竜狩り奇譚
竜狩り奇譚:【第九話】臭い立つ山と竜の山と竜殺しの槍
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荒れ果てた海岸に着いたコラリーらはクソ山と呼ばれる火山を目指す。
と、言っても上陸した目の前がクソ山と呼ばれる火山だ。
この辺りは砂浜もなくクソ山から吹きだした溶岩が固まってできた岩場だ。
そして、岩場だけにサンドワームも入り込んではいない。
サンドワームは砂漠を泳ぐ事は出来ても、岩を砕くような牙は持っていない。
ただ異常繁殖したサンドワームの件はフィリップの部下たちも知っていたらしく、サンドワームを恐れ全員船で待機と言うことだ。
あの光景を見たコラリーらもそれを咎めることはできない。
岩場だから安全とわかっていながらも、付近にあれだけのサンドワームが存在している事を知っていれば無理もない話だ。
そんな場所でコラリーらが目指すは竜殺しの槍と竜の財宝だ。
今、この火山には主である竜もいない。魔獣による危険はないだろう。
恐れるものは自然の驚異くらいのものだが、ここは活火山なので、それなりに危険ではあるが。
「しっかし、本当に臭いですね、なんでこんな、うんちみたいな臭いなんですか?」
カディジャがしかめっ面で文句を誰に言うでもなく言う。
確かに、ここら一帯は異様に臭い。硫黄の臭いは臭いなのだが、どこか排泄物のような臭いがしている。
「流石にそれはワシも知らん。まあ、だからクソ山なんて言われているんだがな」
ギョームも少しでも臭いをかぎたくなったのか、兜の面を落としてそう答えた。
コラリーなどは口と鼻の周りに布を巻き無言を決め込んでいる。普段の様に口を挟みこんでくることもない。
そんな中で一人だけ笑顔で居る男がいる。サービだ。
「サイモン殿、そちらの袋がガレドファミリーの取り分ですぞ。で、拙僧の持つ袋が拙僧の取り分ですぞ。一応、その袋一杯に詰め込んでくるという約束なのでしっかり詰め込むんですぞ」
そうサービに言われたサイモンは明らかに嫌そうな表情を浮かべる。
雑用を任されたのが嫌なわけでなく、父親の利益になることが嫌なのだ。
それでも奇異な男だが、真面目でもあるサイモンは渡された大きな革袋を手荷物に加える。
「まずは竜殺しの槍だ。場所も…… 知っている」
ギョームが面を降ろした兜の中からそう言った。
その声はほんの少しだけ哀愁を帯びている。
一行はギョームの案内でクソ山を登る。
竜が住んでいたからか、それとも火山だからなのか、めぼしい生き物がいない。
鳥すらいなく小さな羽虫と、たまにコオロギのような跳ねる虫がいるだけだ。
もちろん草木もほとんど生えてはいない。
ここらに住む虫も外敵がいない、という理由以外では好んで住んでは居なさそうだ。
クソ山特有の臭いからか無言で火山を登っていく。
普段おしゃべりのカディジャですら、今はコラリーの真似をして口と鼻に布を巻き、少しでも臭いを遠ざけている。
コラリーとカディジャが黙ると、それに普段、反応してやっているギョームも黙り誰も話さなくなる。
ただ竜が住んでいる山だからと言って、クソ山が特に険しい山ということもなく、今はただただ臭い山を登っていくだけだ。
しばらく登ると切り立った崖に当たり、ギョームはそれに沿って歩き出す。
そのまま崖の根元に沿って歩いて行くと洞穴が現れた。
サイモンですら悠々と通れる洞穴だが、それほど深い穴ではない。
すぐに行き止まりになっている。
日の光も悠々と洞穴の奥まで届く距離だ。
洞穴の中には石が何段にも積まれた物が置かれている。
「ワシの昔の仲間達の墓だ。死体は埋まってないがな。あるのはなんとか回収できた遺品だけだ」
ギョームがそう言った後、一番奥の墓の裏に突き刺さっている槍を引き抜いた。
「これがグルガン聖鉄で作られた竜殺しの槍だ」
決して大きな槍ではない。それこそ片手で扱うようなサイズの槍だ。
ただその槍はこんな場所に放置されていたにもかかわらず錆びていないどころか、埃一つついていない。
意匠も無く穂と柄に区別がなく同じ金属でできていて、刃の部分だけ打って鍛えたような、本当に飾り気のない槍だ。
それでもどこか神々しい。
普通の槍とはどこか違う。白く輝く何者を寄せ付けない美しさがある槍だった。
「グルガン聖鉄…… 拙僧も聞いたことがありますぞ。大地の神グルガンの亡骸からできた伝説の鉱物とも。グルガン聖鉄で作られた武器には神が宿り、たしかに竜殺しをも可能にすると言われている…… 拙僧も実物は初めて目にしますが、これは確かに素晴らしいですぞ」
「サービ、おまえは触れるな。この槍は使い手を選ぶ」
その言葉にサービは無意識のうちに伸ばしていた手をひっこめる。
たしかに神が宿るのであれば、使い手を選ぶ、そういうこともあるだろう。
それにサービは明確に崇めている神が違う。
槍に拒絶される可能性は高い。
その場合、何が起きるかわからない危険がある。
「コラリー、おまえさんなら、恐らくこの槍に認められるだろう」
そう言ってギョームは槍をコラリーに手渡すように突き出す。
「私にその資格があると……」
そう言いつつも、コラリーも早々に、その槍を素直に受け取ることはない。
槍に拒絶され、何か祟りのようなものが起こることを恐れているかのようだ。
「んー、まあ、気持ちはわからんでもないが気にするな。いやな、恐らくカディジャでも認められる」
だが、ギョームはそんなことを言った。
「は?」
と、コラリーが返すと、ギョームは兜の中で、恐らくは笑っていた。
そして、
「この槍、実は女好きなんじゃ…… 女ならほぼ無条件で認められる」
と、ギョームは笑いをこらえるように言った。
「そ、そうなんですか? ギョーム様は?」
竜殺しの槍を手に持っているギョームを見ながら、コラリーはまさか実は女性だったのか、とそんなことを一瞬思いすぐに否定する。
「ワシは実力で無理やり認めさせたから、扱えることは扱えるが、この槍の真価は引き出せない。それに今はこの斧槍にも精霊の力が宿っておるしな。これはおまえが使え」
そう言って再度ギョームはコラリーに槍を渡そうと手を突き出してくる。
恐らく、カディジャにではなくコラリーにこの槍を使って欲しいのだろう。
カディジャもそのことを察し、
「ボクはあんまり槍って得意じゃないんですよね。肉を切り裂いたときの感触がどうしても遠くなっちゃうから…… ナイフが良いんですよ、ナイフが……」
と、言って奇妙な笑いをしはじめた。
いや、途中から本性が出てきたというべきか。
「まあ、そんなわけでコラリー、これはお前が使ってくれ」
「は、はい……」
ギョームはそう言ってコラリーに無理やり槍を手渡した。
コラリーが手に取ると、槍はより一層その輝きを増した。
それを見てギョームも頷く。
「ふむ、やはり気に入られたようじゃな、では、竜の巣を目指すぞ。場所は山頂だ。こことは違い少々険しい道のりとなる。ここで少し休憩していくぞ」
「で、なんでボクが先頭なんですか!」
そう文句を言いつつもカディジャは先頭を歩く。
ギョームは各所で方向だけをカディジャに伝えている。
「気を付けて進め、岩の下に溶岩がまだ流れているところが稀にあるぞ。ワシではその判断がつかない」
「ボクだって火山は初めてですよ! わかりませんっ、あー、でも、そこ危ないかもです。そっちからも危険な匂いがします、特に窪みのところ。行かないほうが良さそうですね」
カディジャは本能か何かで危険な場所を的確に嗅ぎ取って、それを指摘していく。
カディジャはどうも危機察知能力がずば抜けて高いようだ。
それと、これはどうでもいいことだが、何とも言えないクソ山の臭いが山頂に近づくにつれて強くなっている。
それから察するに、このクソ山特有の臭いは溶岩から発せられているかのようにも思える。
「ふむ、思った以上に優秀なヤツじゃの」
ギョームが感心しているとコラリーがギョームの隣に来てそっと耳打ちする。
「多分ですが、火の精霊が騒いでいます」
「なんじゃ、精霊に知識を与えられて精霊魔術にでも目覚めたのか?」
ギョームが別に隠す話ではない、とばかりに大声で返事をする。
「そういうわけではないですが、知識として精霊の感覚がわかるというか…… どうも言葉にし難いですね」
そう言ってコラリーは難しい顔を見せる。
「で、火の精霊が騒いでどうなるというんじゃ?」
ただそう言われると、ギョームもコラリーの話を無下にできない。
「この火山は活火山ですよね?」
コラリーは自分の予想を、その一端を口にする。
それでふつうはピンときそうなものだが、ギョームの表情は何も変わらない。
「そうじゃな、割と頻繁に噴火しておる。この道もそうじゃ。以前ワシが来た時の道は既に、この固まった溶岩の下じゃ。で、なんじゃ、噴火でもするのか?」
ギョームはことも無さげにそう言った。
どうもこの山の噴火には慣れていると言わんばかりだ。
「わかりませんが恐らくは……」
戸惑いながらコラリーがそう言う。
ギョームの様子を見ている限り噴火がたいしたことない、そういう態度にも思えるが、コラリーの知識ははもし火山が噴火したら、その場にいる者は誰であれ死ぬものだとという感覚だ。
だから混乱を避けるために、まずはギョームに相談したのだがこの反応だ。
「ふむ、カディジャ、どうも噴火するようじゃ、急ぐぞ。ここいらで確実に安全なのは竜の巣だけだ」
「ずいぶんとギョーム様は落ち着いていますね」
コラリーはギョームの対応に驚いている。
カディジャですら噴火と聞いて焦り出している。
サービなどはあからさまに青い顔をして冷や汗を流しているし、普段無表情のサイモンも難しい顔を見せている。
けれども、ギョームだけは焦っていない。
「このクソ山では噴火は頻繁にある。立地もそうじゃが、竜がこのクソ山を住処にして討伐されなかった理由の一つでもある」
そんなことを言いつつ、ギョームは歩き出した。
それについていくように皆も歩き出す。
ただすぐにガデイジャが前に出る。
「えー、この臭いが理由なんじゃないんですか? まあ、急ぎましょう。ボクの通ったところだけを通ってきてくださいね。で、ゴールはどこなんですか?」
「もう見えている。あの高台じゃ」
そう言ってギョームは山頂近くの高台を指さす。
その部分だけは確かに周りのような溶岩が固まってできた岩と明らかに違う岩でできているのがわかる。
「噴火ってそんなすぐ収まるものなんですか?」
コラリーが慌ててそう聞くと、ギョームは落ち着いた感じで答える。
「他の火山は知らんが、クソ山では一時間も続かん。竜が好んで住み着く山じゃ、他の火山とはどこか違うのかもしれんな」
それにしても噴火が一時間で終わるとはコラリーには信じられない話だ。
聞いた話では年単位で続くこともあると聞いたこともあるほどだ。
しかし、どうもゆっくりしている暇はないらしい。
頂上から赤く光る溶岩がゆっくりとあふれ出るように流れ出てきているのが肉眼で確認できた。
「って、まずいです! 溶岩が流れていきていますよ!!」
それを見たカディジャがそう叫んで足を速める。皆もその後についていく。
「流れ出る溶岩など初めて見ましたぞ、急ぎましょうぞ」
赤く熱せられた溶岩を見てサービも本格的に焦り足を速めている。
「なんか噴火というよりあふれ出るっていう感じですね」
だが、カディジャは少し行ったところで足を止め、頂上から溢れてくる溶岩を観察してそう言った。
コラリーも不思議に思う。噴火の直前には大きな地震があると聞いていたのだがそれもない。
頂上からゆっくりとあふれ出るように、溶岩がゆっくりと流れ始めてただけだ。
ただ例の臭いだけはより強くなっている。その臭いに皆、顔を歪ませている暇があるくらいだ。
またかなり粘度もあるのか溶岩が流れていく速度も遅い。
それを知っていれば、ギョームがやけに落ち着いていたのもわかる話だ。
「このクソ山の噴火はこんなものなのですか?」
その様子を見てコラリーも安心する。ただ溶岩はゆっくりとだが今いる場所に流れてきてはいる。
さすがにのんびりできる余裕はなさそうだ。
「みてーだな。ワシの知る限りクソ山の噴火、まあ、噴火と言っていいかどうかもわからんがな、ここのはこんなもんじゃ。その変わり頻繁に溶岩が流れ出る。うむ、噴火というよりあふれ出てるだけともいえるがな」
「それでも溶岩は危険ですので、竜の巣まで急ぎましょう。臭いも酷いですしね」
コラリーはその臭いに顔をしかめてそう言った。
と、言っても上陸した目の前がクソ山と呼ばれる火山だ。
この辺りは砂浜もなくクソ山から吹きだした溶岩が固まってできた岩場だ。
そして、岩場だけにサンドワームも入り込んではいない。
サンドワームは砂漠を泳ぐ事は出来ても、岩を砕くような牙は持っていない。
ただ異常繁殖したサンドワームの件はフィリップの部下たちも知っていたらしく、サンドワームを恐れ全員船で待機と言うことだ。
あの光景を見たコラリーらもそれを咎めることはできない。
岩場だから安全とわかっていながらも、付近にあれだけのサンドワームが存在している事を知っていれば無理もない話だ。
そんな場所でコラリーらが目指すは竜殺しの槍と竜の財宝だ。
今、この火山には主である竜もいない。魔獣による危険はないだろう。
恐れるものは自然の驚異くらいのものだが、ここは活火山なので、それなりに危険ではあるが。
「しっかし、本当に臭いですね、なんでこんな、うんちみたいな臭いなんですか?」
カディジャがしかめっ面で文句を誰に言うでもなく言う。
確かに、ここら一帯は異様に臭い。硫黄の臭いは臭いなのだが、どこか排泄物のような臭いがしている。
「流石にそれはワシも知らん。まあ、だからクソ山なんて言われているんだがな」
ギョームも少しでも臭いをかぎたくなったのか、兜の面を落としてそう答えた。
コラリーなどは口と鼻の周りに布を巻き無言を決め込んでいる。普段の様に口を挟みこんでくることもない。
そんな中で一人だけ笑顔で居る男がいる。サービだ。
「サイモン殿、そちらの袋がガレドファミリーの取り分ですぞ。で、拙僧の持つ袋が拙僧の取り分ですぞ。一応、その袋一杯に詰め込んでくるという約束なのでしっかり詰め込むんですぞ」
そうサービに言われたサイモンは明らかに嫌そうな表情を浮かべる。
雑用を任されたのが嫌なわけでなく、父親の利益になることが嫌なのだ。
それでも奇異な男だが、真面目でもあるサイモンは渡された大きな革袋を手荷物に加える。
「まずは竜殺しの槍だ。場所も…… 知っている」
ギョームが面を降ろした兜の中からそう言った。
その声はほんの少しだけ哀愁を帯びている。
一行はギョームの案内でクソ山を登る。
竜が住んでいたからか、それとも火山だからなのか、めぼしい生き物がいない。
鳥すらいなく小さな羽虫と、たまにコオロギのような跳ねる虫がいるだけだ。
もちろん草木もほとんど生えてはいない。
ここらに住む虫も外敵がいない、という理由以外では好んで住んでは居なさそうだ。
クソ山特有の臭いからか無言で火山を登っていく。
普段おしゃべりのカディジャですら、今はコラリーの真似をして口と鼻に布を巻き、少しでも臭いを遠ざけている。
コラリーとカディジャが黙ると、それに普段、反応してやっているギョームも黙り誰も話さなくなる。
ただ竜が住んでいる山だからと言って、クソ山が特に険しい山ということもなく、今はただただ臭い山を登っていくだけだ。
しばらく登ると切り立った崖に当たり、ギョームはそれに沿って歩き出す。
そのまま崖の根元に沿って歩いて行くと洞穴が現れた。
サイモンですら悠々と通れる洞穴だが、それほど深い穴ではない。
すぐに行き止まりになっている。
日の光も悠々と洞穴の奥まで届く距離だ。
洞穴の中には石が何段にも積まれた物が置かれている。
「ワシの昔の仲間達の墓だ。死体は埋まってないがな。あるのはなんとか回収できた遺品だけだ」
ギョームがそう言った後、一番奥の墓の裏に突き刺さっている槍を引き抜いた。
「これがグルガン聖鉄で作られた竜殺しの槍だ」
決して大きな槍ではない。それこそ片手で扱うようなサイズの槍だ。
ただその槍はこんな場所に放置されていたにもかかわらず錆びていないどころか、埃一つついていない。
意匠も無く穂と柄に区別がなく同じ金属でできていて、刃の部分だけ打って鍛えたような、本当に飾り気のない槍だ。
それでもどこか神々しい。
普通の槍とはどこか違う。白く輝く何者を寄せ付けない美しさがある槍だった。
「グルガン聖鉄…… 拙僧も聞いたことがありますぞ。大地の神グルガンの亡骸からできた伝説の鉱物とも。グルガン聖鉄で作られた武器には神が宿り、たしかに竜殺しをも可能にすると言われている…… 拙僧も実物は初めて目にしますが、これは確かに素晴らしいですぞ」
「サービ、おまえは触れるな。この槍は使い手を選ぶ」
その言葉にサービは無意識のうちに伸ばしていた手をひっこめる。
たしかに神が宿るのであれば、使い手を選ぶ、そういうこともあるだろう。
それにサービは明確に崇めている神が違う。
槍に拒絶される可能性は高い。
その場合、何が起きるかわからない危険がある。
「コラリー、おまえさんなら、恐らくこの槍に認められるだろう」
そう言ってギョームは槍をコラリーに手渡すように突き出す。
「私にその資格があると……」
そう言いつつも、コラリーも早々に、その槍を素直に受け取ることはない。
槍に拒絶され、何か祟りのようなものが起こることを恐れているかのようだ。
「んー、まあ、気持ちはわからんでもないが気にするな。いやな、恐らくカディジャでも認められる」
だが、ギョームはそんなことを言った。
「は?」
と、コラリーが返すと、ギョームは兜の中で、恐らくは笑っていた。
そして、
「この槍、実は女好きなんじゃ…… 女ならほぼ無条件で認められる」
と、ギョームは笑いをこらえるように言った。
「そ、そうなんですか? ギョーム様は?」
竜殺しの槍を手に持っているギョームを見ながら、コラリーはまさか実は女性だったのか、とそんなことを一瞬思いすぐに否定する。
「ワシは実力で無理やり認めさせたから、扱えることは扱えるが、この槍の真価は引き出せない。それに今はこの斧槍にも精霊の力が宿っておるしな。これはおまえが使え」
そう言って再度ギョームはコラリーに槍を渡そうと手を突き出してくる。
恐らく、カディジャにではなくコラリーにこの槍を使って欲しいのだろう。
カディジャもそのことを察し、
「ボクはあんまり槍って得意じゃないんですよね。肉を切り裂いたときの感触がどうしても遠くなっちゃうから…… ナイフが良いんですよ、ナイフが……」
と、言って奇妙な笑いをしはじめた。
いや、途中から本性が出てきたというべきか。
「まあ、そんなわけでコラリー、これはお前が使ってくれ」
「は、はい……」
ギョームはそう言ってコラリーに無理やり槍を手渡した。
コラリーが手に取ると、槍はより一層その輝きを増した。
それを見てギョームも頷く。
「ふむ、やはり気に入られたようじゃな、では、竜の巣を目指すぞ。場所は山頂だ。こことは違い少々険しい道のりとなる。ここで少し休憩していくぞ」
「で、なんでボクが先頭なんですか!」
そう文句を言いつつもカディジャは先頭を歩く。
ギョームは各所で方向だけをカディジャに伝えている。
「気を付けて進め、岩の下に溶岩がまだ流れているところが稀にあるぞ。ワシではその判断がつかない」
「ボクだって火山は初めてですよ! わかりませんっ、あー、でも、そこ危ないかもです。そっちからも危険な匂いがします、特に窪みのところ。行かないほうが良さそうですね」
カディジャは本能か何かで危険な場所を的確に嗅ぎ取って、それを指摘していく。
カディジャはどうも危機察知能力がずば抜けて高いようだ。
それと、これはどうでもいいことだが、何とも言えないクソ山の臭いが山頂に近づくにつれて強くなっている。
それから察するに、このクソ山特有の臭いは溶岩から発せられているかのようにも思える。
「ふむ、思った以上に優秀なヤツじゃの」
ギョームが感心しているとコラリーがギョームの隣に来てそっと耳打ちする。
「多分ですが、火の精霊が騒いでいます」
「なんじゃ、精霊に知識を与えられて精霊魔術にでも目覚めたのか?」
ギョームが別に隠す話ではない、とばかりに大声で返事をする。
「そういうわけではないですが、知識として精霊の感覚がわかるというか…… どうも言葉にし難いですね」
そう言ってコラリーは難しい顔を見せる。
「で、火の精霊が騒いでどうなるというんじゃ?」
ただそう言われると、ギョームもコラリーの話を無下にできない。
「この火山は活火山ですよね?」
コラリーは自分の予想を、その一端を口にする。
それでふつうはピンときそうなものだが、ギョームの表情は何も変わらない。
「そうじゃな、割と頻繁に噴火しておる。この道もそうじゃ。以前ワシが来た時の道は既に、この固まった溶岩の下じゃ。で、なんじゃ、噴火でもするのか?」
ギョームはことも無さげにそう言った。
どうもこの山の噴火には慣れていると言わんばかりだ。
「わかりませんが恐らくは……」
戸惑いながらコラリーがそう言う。
ギョームの様子を見ている限り噴火がたいしたことない、そういう態度にも思えるが、コラリーの知識ははもし火山が噴火したら、その場にいる者は誰であれ死ぬものだとという感覚だ。
だから混乱を避けるために、まずはギョームに相談したのだがこの反応だ。
「ふむ、カディジャ、どうも噴火するようじゃ、急ぐぞ。ここいらで確実に安全なのは竜の巣だけだ」
「ずいぶんとギョーム様は落ち着いていますね」
コラリーはギョームの対応に驚いている。
カディジャですら噴火と聞いて焦り出している。
サービなどはあからさまに青い顔をして冷や汗を流しているし、普段無表情のサイモンも難しい顔を見せている。
けれども、ギョームだけは焦っていない。
「このクソ山では噴火は頻繁にある。立地もそうじゃが、竜がこのクソ山を住処にして討伐されなかった理由の一つでもある」
そんなことを言いつつ、ギョームは歩き出した。
それについていくように皆も歩き出す。
ただすぐにガデイジャが前に出る。
「えー、この臭いが理由なんじゃないんですか? まあ、急ぎましょう。ボクの通ったところだけを通ってきてくださいね。で、ゴールはどこなんですか?」
「もう見えている。あの高台じゃ」
そう言ってギョームは山頂近くの高台を指さす。
その部分だけは確かに周りのような溶岩が固まってできた岩と明らかに違う岩でできているのがわかる。
「噴火ってそんなすぐ収まるものなんですか?」
コラリーが慌ててそう聞くと、ギョームは落ち着いた感じで答える。
「他の火山は知らんが、クソ山では一時間も続かん。竜が好んで住み着く山じゃ、他の火山とはどこか違うのかもしれんな」
それにしても噴火が一時間で終わるとはコラリーには信じられない話だ。
聞いた話では年単位で続くこともあると聞いたこともあるほどだ。
しかし、どうもゆっくりしている暇はないらしい。
頂上から赤く光る溶岩がゆっくりとあふれ出るように流れ出てきているのが肉眼で確認できた。
「って、まずいです! 溶岩が流れていきていますよ!!」
それを見たカディジャがそう叫んで足を速める。皆もその後についていく。
「流れ出る溶岩など初めて見ましたぞ、急ぎましょうぞ」
赤く熱せられた溶岩を見てサービも本格的に焦り足を速めている。
「なんか噴火というよりあふれ出るっていう感じですね」
だが、カディジャは少し行ったところで足を止め、頂上から溢れてくる溶岩を観察してそう言った。
コラリーも不思議に思う。噴火の直前には大きな地震があると聞いていたのだがそれもない。
頂上からゆっくりとあふれ出るように、溶岩がゆっくりと流れ始めてただけだ。
ただ例の臭いだけはより強くなっている。その臭いに皆、顔を歪ませている暇があるくらいだ。
またかなり粘度もあるのか溶岩が流れていく速度も遅い。
それを知っていれば、ギョームがやけに落ち着いていたのもわかる話だ。
「このクソ山の噴火はこんなものなのですか?」
その様子を見てコラリーも安心する。ただ溶岩はゆっくりとだが今いる場所に流れてきてはいる。
さすがにのんびりできる余裕はなさそうだ。
「みてーだな。ワシの知る限りクソ山の噴火、まあ、噴火と言っていいかどうかもわからんがな、ここのはこんなもんじゃ。その変わり頻繁に溶岩が流れ出る。うむ、噴火というよりあふれ出てるだけともいえるがな」
「それでも溶岩は危険ですので、竜の巣まで急ぎましょう。臭いも酷いですしね」
コラリーはその臭いに顔をしかめてそう言った。
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