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▼【第三十五話】 閑話、水曜日の女子会。

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「ねえ、遥。直接見せるって本気で言ってるの?」
 遥がとうとう壊れた。
 田沼に直接見せつけるとか言い出した。
 だれかー、止めてー! このメンヘラ女を、今すぐ止めてー!
 私にはもう無理です!!
「うん、そうしないと多分ダメだから。私も向き合わないと。こんなこともうやめなくちゃいけない」
 下手に昔のまじめな遥がもどってきてるのかしらね、これは。
 それは、まあ、良い事だし、遥が今の爛れた関係を清算したいって事にも賛成だけど、直接見せるって何考えてんだよ。
 破滅願望持ちなの?
「それには私も賛成だけど、直接見せる必要はなくない?」
 そうそう、話すだけでもいいよ。
 それなら、今の田沼なら、どうにか受け止めてくれるかもしれない。
 私は、その可能性もかなり低いと思ってるけど。
 直接見せつけるよりは、まあ、ね?
 だって、無理でしょう…… 田沼だよ?
 それなのに、直接見せつけるとか。田沼の脳を完膚なきまでに壊したいのか、こいつは。
「それでもし、私が誠一郎さんに刺されるようなことがあっても構わない」
 決意に満ちた目で言ってるけど、あなたはそれで天国か地獄に、はい、さよならー、して終わりかもしれないけど、残された田沼はまさに生き地獄でしょうに。
 いや、田沼の性格的に後追い自殺とかしそうなんだけど?
 そこまで考えが回らないのかね? 回らないよね、遥だもの。
「もうやめてよ、メンヘラ思考はさ。それを聞く私の身にもなってよ」
 ほんと勘弁して欲しい。
「これが最後の試練なの! これさえ乗り越えればどうにかなる気がするの!!」
 何が最後の試練だ。
 まあ、そんなもん乗り越えれるなら、たいていのもの乗り越えれるでしょうに。
 それを相談される身にもなってよね、ほんと。
「そりゃまあ、そうだけど、相手、遥が今まで従順だから何もしてこなかったけど、反抗したらやばいんじゃないの? 暴力とかされない?」
 きっとされるよね、田沼にその辺の頼りがいは…… ないよねぇ。
 ひょろひょろだもの。
「されたってかまわない! 証拠も一杯あるから、あいつらの家にも会社にも全部、送り付けてやる!」
 目が据わってるよ、コイツ本気だ。
 それやっちゃうと裁判沙汰になるんじゃないの? しかも複数人でしょう?
 遥も慰謝料請求される側なんだろうし、とんでもない額にならないか?
「それ、あなたが慰謝料請求されない?」
「いい、払う。それだけのことして来たんだから」
 いや、無理よ。あなたには払いきれないよ。貯金もそれほどないだろうし。
「それ、結局、田沼さんが払う羽目にならない?」
「うっ…… そ、そうならないようにする……」
 痛いところをつかれたっていうか、そこまで考えてなかったな、コイツ。
 だめだ、このメンヘラ完全に暴走してる。
 後先なにも考えてない。
「無理でしょう? 遥。あなた、頭弱いのよ? わかってる? あなた、顔採用ってこと忘れた?」
「じゃあ、どうすればいいのよぉぉぉぉぉ」
 あー、もう、うざい、すぐ泣くなよ。
 もう三十路なんだよ。自分で考えてくれよ。そもそも私には手に余る案件だよ。
「ヘラるな、もう…… 素直に権力に頼ろうよ、そこは」
「権力…… 警察に頼るの?」
「まあ、それもありと言えば、ありなような?」
 暴力沙汰になったら警察頼るしかないよね。
 田沼にゃ荒事は期待できないし。
「うぅ……」
 いや、まあ、遥が暴力振るわれたんなら警察は頼らないとね?
 それ以外でも権力ってもんはあるんだよ。
 遥にはもう公にする覚悟もあるようだし、こっちはこっちで相談してみようかしらね。
「いや、もう遥の好きなようにしなよ。私は責任持てないけど」
 これが数少ない私の友人の話でなければ、私も高みの見物してられるんだけどなぁ。
 大学の頃からの親友だからなぁ、はぁ、困った。どうすればいいのよ。
「なら、やっぱり実行する。そうしなくちゃいけない気がする」
 実はこいつ、田沼の脳を壊したいだけなんじゃないの?
 見せつけるのにどんな意味があるんだよ。あー、もうメンヘラの考え何てわかんないよぉ、もう!!
「なんでそこまで思い詰めてるの?」
「あの人が、誠一郎さんが私のことを真摯に想ってくれてるから、私もそうしないとつり合いがとれない…… 気がして……」
「なんの?」
「人間としての」
 うーん、よくわからないけど、田沼が真摯だから遥も真剣に考えた結果なのかしら?
 いや、たぶん自分に酔ってるだけだよね、これ。あとで後悔しない? これ。
 そんな危険なことしなくていいはずだよね?
 でも遥、流されやすい癖に一度決めると頑固だからなぁ…… ああ、めんどくさ。
「よくわからにけど、まあ、そうしたい気持ちもわからなくはないけど、話すだけでよくない?」
 だよね?
 見せつけるって、なんでそんなこと思いついちゃったの、このメンヘラ女。
「あの人は私に見合うように努力してくれてるの! だから私も努力しないとダメなの!!」
 いや、まあ、田沼が変わろうとしているってのは何となく理解できるよ。
 唯一の趣味だったゲームすら、遥のために簡単に辞めちゃうくらいだし。
 でも、だからってなんで見せつけようとするの? そう言う趣味なの? ねえ、遥さんや?
「だからさ、そのメンヘラ思考をまずやめよう? 変わるって言っても、まさかこんなメンヘラになるとは思わなかったわ」
「茜が私に厳しい……」
「そりゃそうなるわよ。良い様にされているときは大人の女ぶってたくせに、いざ好きな人ができたら、こんなめんどくさいメンヘラ小娘に変わるだなんて」
 正直に、事実を遥に突き付けてやる。
「うぅ、酷い……」
「事実でしょうに」
「誠一郎さんはメンヘラ嫌いかしら?」
 そう言えば、二人ともいつの間にかに名前呼びね、やっぱり間柄はそれなりに進展はしてるのね。
 この二人どこまでいってるのかしら? その辺は流石に田沼の奴も相談しないし。
 もうしちゃったのかしらね? そうよね、遥がここまで執着してるくらいだし。
 いや、でもあの田沼だからなぁ…… わ、わからない。
「知らないわよ。遥の方がもう知ってるでしょうに。それに遥の話を聞いてる限り、遥なら何でも良さそうだし、すきなんじゃないのー」
「なにそれ…… そんな適当なこと言って……」
 と言いながら、嬉しそうな顔をするな。
 これは完全に惚れてるのよね?
 実は二人とも恋愛の精神年齢中学生くらいだった、なんて落ちじゃないよね?
 あー、もうヤダ。付き合い切れない。
「で、実行するとして、いつ実行するのよ?」
「明日…… 久しぶりに事前に連絡があったから……」
「げっ、明日か……」
 それはまた急で…… 田沼、がんばれよ、脳を壊されても仕事だけは続けてね。



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