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▼【第三十二話】 僕は行動に出る。

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 駅の改札前で遥さんと待ち合わせる。
 青い顔をした遥さんがやってくる。
 その遥さんに対して僕はまず、
「日曜日の電話は、ご家族などに不幸があったとかですか?」
 と聞いた。
「いいえ、違います。ごめんなさい」
 と遥さんは深々と頭を下げた。
「ならよかった。頭なんか下げないでください。あと今日はスマホの電源を落としてもらってもかまいませんか?」
「はい」
 遥さんはスマホの電源を素直に落としてくれた。
 そして、それにより、遥さんは、心底ほっとしたような表情をする。
 僕の判断は間違っていなかったと、その遥さんの表情を見て確信する。
「ありがとうございます。日曜日の件は深く聞いたりもしませんし、怒ってもいません。ただ、とても心配はしましたが」
「ごめんなさい……」
 そう言って遥さんは泣きそうな表情を浮かべる。
 そんな表情の遥さんを見ているといたたまれなくなる。

 だから、僕は行動に出る。

「行きましょう、遥さん」
 僕はそう言って遥さんの手を取り駅の出口へと向かう。
「え? どこへ?」
 電車に乗るものとばかり思っていたのだろうか、遥さんは驚く。
「考えてません」
 と、僕は答える。実際に何も考えてはいない。
 ただ駅は会社の人も多い。理由はわからないが早くこの場を離れたかった。
「え?」
 ただ遥さんは戸惑っていたようだけれど。そんな遥さんに僕は言葉をかける。
「どこでもいいです。ここではない場所へ、そう言えば近く公園がありました、あそこで良いです」
 会社と駅、その道順から少し外れた場所に広場的な公園がある。
 もちろん、子供が遊ぶような場所じゃなくて、オフィス街のちょっとした休憩スペース的な広場といった場所だ。
 なんとなく思いついた。だからそこが良い。今日の僕は自分の直感を信じる。
「公園でですか?」
 と、遥さんは少し驚いたような顔をして、なぜか顔を赤らめる。
 顔を赤らめる理由は僕にはわからない。もしかしたら僕の想いがもう伝わってしまったのかもしれない。
「噴水があったと思います」
 僕はその公園のことを思い出す。
 少しだけライトアップされたそんな公園だが、今日は週末でもないし人もいないだろう。
「ふっ、 噴水!? 公園の噴水でなにを?」
 遥さんが更に顔を真っ赤にさせて酷く戸惑いながらそう聞いてくる。
「噴水の前であなたを口説きます」
 遥さんの手を強く、強く、絶対に離さない、そう思いながら握りしめ、そして、少し強引に引きながら、僕は口説くと伝える。
「え?」
 遥さんは驚いて僕を凝視するが、今の僕は前だけを見つめている。
 視線には気づいているが、今は公園を目指す方が先だ。
 速足で、彼女の手を引きながら、僕は説明をする。このまま困惑させておくのはかわいそうだ。
「僕はまだ友人です。あなたのプライベートに深く踏み込む資格がありません。だから、今からそれを得に行きます」
「な、なにを……」
 遥さんはそう言いつつも、戸惑いつつも、素直に僕についてきてくれる。
 抵抗するつもりもなく、遥さんは自分の足でちゃんと、しっかりと、僕に手を引かれながらもついてきてくれている。僕にはそれが嬉しい。
 公園につく。やっぱり人はいない。
 近くの高架道路からたまに車の音が聞こえてくるくらいで、静かな何もない公園だ。
 噴水の前まで遥さんを引っ張って歩く。
 そこで少し強引に引き寄せる。
 そのまま僕は遥さんを抱きしめる。
 僕の顔が真っ赤になっていくのを感じる。
 彼女のぬくもりを感じる。とても安心する。僕の幸福は、僕のすべては、今ここにあるのだと確信する。
 少しの間、無言で遥さんを抱きしめた後、僕は彼女の耳元で、彼女だけに聞こえるように、
「今からあなたを口説きます」
 そう伝えた。



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