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挑む竜と神に弓引く大猪
【Proceedings.76】挑む竜と神に弓引く大猪.06
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「いざ、尋常に!」
「勝負!!」
と、掛け声があったが戌亥道明は刀を構えもしない。
それどころか、戦うつもりもないように思える。
「さて、最後の、恐らくは最後の…… デュエルが始まってしまったか」
戌亥道明は清々しい笑顔でそう言った。
「どうしたの? 隙だらけだけども?」
それに対して、天辰葵は少し残念そうな表情を見せる。
天辰葵も喜寅景清との戦いで、デュエルでの戦いに火がついてしまっているのかもしれない。
この男、戌亥道明ならば、自分を楽しませてくれると、天辰葵はそう思っていたのだが、その戌亥道明はまるで戦う気がないかのようなのだ。
だが、戌亥道明はそんなこと知らないとばかりに、口ばかり開き、刀を構えようとすらしない。
「もう少し伝えておきたいことがあってね」
「まだあるの? もう割と話したと思うけど?」
天辰葵はうんざりとした様子で答えるが、やる気のない相手に何とも言えない気持ちになる。
確かに、戌亥道明にはまだ聞いておきたいことはある。
だが、天辰葵からすれば、絶対少女になれば目的を達成するための条件は揃う算段だし、恐らく天辰葵が知りたいことは絶対少女議事録にすべて記されているはずだ。
今更、この学園の事情を戌亥道明から聞くこともない。
「完全にデュエルが始まったことで強制力の力が多少なりとも弱まるんだよ。デュエルのほうに力が割かれるからね」
だが、戌亥道明はまるで戦うそぶりを見せない。
毒気を抜かれたように、そして、つまらなそうに天辰葵も警戒を解く。
「ふーん?」
と、とりあえず話を、興味がないけれども、聞く様子だけは見せる。
あまり興味の無さそうな天辰葵に対して、戌亥道明は言いたくても言えなかったことを、観客席にも聞こえる様に話し始める。
「まずだ。ボクが優勝しても絶対少女になれない理由。それはボクが男だからだ。少女ではないからだ」
あまりにも当然の告白に、天辰葵は何とも言えない表情を見せる。
「まあ…… そうだよね? 一般的にも名称的にも……」
天辰葵からすればそうだ。
当たり前のことだ。
絶対少女というからには、絶対的に少女でなければ、性別的に女でなければならないと思うのが普通だ。
称号的な物と言えば納得できなくもないが、やはり違和感は残る話だ。
「当たり前だろ。男が絶対少女になれるわけがないだろう? 男で本気でなろうと思っていた奴はバカじゃないのか!」
戌亥道明はこれでもかと、言いたかったことを吐き捨てる。
それを聞いた客席ではどよめきが広がり始める。
「なん…… だと…… では僕は最初から絶対少女にななれなかったというのか?」
それを聞いた牛来亮は驚きを隠せない。
自らがなると信じ疑わなかった存在が、自分はなれないと今、聞かされたのだ。
牛来亮は絶望のどん底に叩き落されたのだ。
「亮!」
そんな牛来亮に丑久保修は笑顔で、それもものすごく良い笑顔で語り掛けて来る。
「修……」
「諦めるな、亮よ!」
そして、丑久保修は牛来亮を励ます。
肩を叩き、自分に引き寄せ、励ます。
そして、ズボンのポケットにしまってあったものを、普段から潜めていた物を、修でも渡せなかった物を、牛来亮に手渡す。
それを、手渡された物を開いて見た牛来亮は驚きを隠せなかった。
それは、
「これは…… 女性物の下着…… か?」
女性用の上下の下着だった。
深緑色でラメまで入っている下着のセットだった。
そして、丑久保修は牛来亮に声を掛ける。
「まずは形からだ、亮よ!」
真剣な眼差しで。
ふざけるのではなく本気でそう言っているのだ。
これを着用して、まずは形から入れと。
丑久保修は、牛来亮にそう言っているのだ。
だが、牛来亮にはもうわかっている。
自分は絶対少女にはなれないと。
だからと言って、親友の想いを無駄にすることはできない。
「あ、ありがとう、修。僕はまだ、諦めないで良いのか!?」
受け取った下着を握りしめて、決意をする。
決してあきらめないという決意を。
絶対少女になれなくとも、絶対少女を目指すという事を諦めない、その決意を。
「もちろんだ、亮よ! 我が応援してやるぞ!」
その決意を丑久保修も感じ取り、号泣しながらそれを応援し続けることを、丑久保修も決意したのだ。
「男は絶対少女にはなれないだって…… クソクソクソッ!!! どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!」
牛来亮と違って丁子晶は、絶望ではなく怒りに囚われていた。
これで丁子晶の夢である女の子のアイドルになるという夢は完全についえたのだ。
「晶は見た目だけなら、完全に少女だったのにねー、今は違うけど」
丁子晶の隣の観客席に座っていた、いや、丁子晶が勝手に隣に座ってきた酉水ひらりは横目で怒り散らかしている丁子晶を見ながら軽口を叩く。
「女になれないなら、アイドルになれないなら、女装してても意味ないんだよ!!」
そんな酉水ひらりに丁子晶は言い返し、目じりに滲みだした涙を拭う。
「えー、じゃあ、中性的なアイドルでも目指せばいいんじゃない?」
それに対して、酉水ひらりは興味ないとばかりに適当な言葉を発する。
だが、それは丁子晶にとって天啓にも等しい言葉だった。
「中性的なアイドル…… ひらり…… それはありだと思う?」
丁子晶はそんなことを考えてもいなかった。
なぜなら、女性のアイドルに憧れていたからだ。
女性アイドルになりたくて仕方がなかったからだ。
それ以外はすべて目に入らなかったからだ。
だが、丁子晶の中で今、新たな道が開けたように感じる。
「どうだろうね? ひらり的には晶はまずその歪んだ性格治した方が良いと思うよー」
あくまで酉水ひらりの中ではだが、丁子晶という人物は性格が悪すぎる。
それに、女性アイドルを目指している割には、なにかと女性に対して積極的でもある。
そのあたりがどうも酉水ひらりからすると受け入れがたいものがあるのだ。
「中性的なアイドルか…… それもありなのか?」
だが、そんな言葉は丁子晶の耳には届いていない。
今はもう中性的なアイドル、そんな響きに囚われてしまっている。
「ねぇ、聞いてるー? まずは性格を治した方が良いよー?」
酉水ひらりの言葉は丁子晶には届かない。
「なるほどね。で、キミが優勝すると……」
時間が巻き戻る。
いや、この学園ではそもそも時の流れがないようにも天辰葵には感じられる。
それを肯定するかのように戌亥道明が答える。
「時間が巻き戻る、と言うと語弊があるね。記憶だけが第四回デュエル開催前にリセットされる、と言った方が良いのかな」
戌亥道明のその言葉に、天辰葵も素直にうなずけるものだった。
「なるほどね、記憶を引き継げるのは絶対少女議事録を持った者だけと……」
今まで色々と違和感はあったが、そのせいかと天辰葵も納得のいくものだ。
この学園の住人は矛盾だらけなのだ。
そして、それに住人はまるで気づいていない。
考えれば、色々とおかしなことはあるが、それをただの学園の生徒に突っ込んでも意味はないだろう。
「引き継ぐわけではないさ、絶対少女議事録に書かれているだけでね」
そう言って戌亥道明は少し悲しそうな顔をする。
そもそも、絶対少女議事録を持っていてもそこに書かれていることが、それこそが事実と気づける人間は少ないだろう。
普通の方なら、そんな物を信じようとはしないだろう。
だが、戌亥道明はそこに書かれていることが真実であると気づくことができた。
だから、彼はデュエルで優勝し続けることもできた。
天辰葵が転校してくるまでは。
「で、肝心なことは? 私がキミに勝ったら、私は絶対少女とやらになって、どうなるんだい?」
天辰葵の目的は、恐らくはその後、絶対処女とか言う胡散臭いものになった後の話だ。
「絶対少女となった者は御所へと行ける」
戌亥道明はそれを隠しもせずに伝える。
「御所ね……」
御所と聞いて、天辰葵も少し顔を顰める。
天辰葵からすると少し嫌な響きだ。
「そうだ、それ以上はボクも今は言えないようだ」
戌亥道明はそう言って険しい表情を見せる。
まるで誰かを憎んでいるような、そんな顔を見せた。
「ふーん…… で、キミは守って来たんだ? 新たな犠牲を、絶対少女を出さないようにと」
そこへ天辰葵は確信的なことを告げる。
「犠牲? 絶対少女が犠牲? なのですか?」
その言葉に反応したは申渡月子だ。
つまり、天辰葵の話では、自分の姉は何かの犠牲になったと言っているのだ。
「犠牲というか、生贄のような物だよ」
それに戌亥道明が悲痛なまでの険しい顔のまま答える。
その言葉に絶句したのは申渡月子だけではない。
解説席の卯月夜子も目を見開き、信じられなかった。
「絶対少女が…… 犠牲? 生贄……? 恭子が? あ、頭が……」
だが、そのことを考えると頭の中が激しく揺れ始め、痛みで何も考えられなくなる。
卯月夜子は知っている。
実際にその様子を見たのだ。
申渡恭子、そのデュエルアソーシエイトとして。
だから、卯月夜子だけは申渡恭子がどうなったのか、実際に知っているはずなのだ。本来は。
「うわ、ぐわんぐわんして何も考えられません……」
猫屋茜もそう言って頭を抱えるばかりだ。
「これが…… 会長が今まで言えなかった理由? 絶対少女って、デュエルってなんなのよ! 恭子は、恭子はどこなのよ!」
実況席で卯月夜子が叫ぶ。
天辰葵が絶対少女になれば、もう一度あの場所へ行けると、申渡恭子のいる場所へいけると、卯月夜子はそう考えていた。
だが、どうも卯月夜子は思い違いをしていたようだ。
申渡恭子はもうどこにもいない。
その事実が卯月夜子を壊す。
「どういう状態なのか、そこまではボクも本当に知らないよ。ただ、無事では…… ないだろうね」
卯月夜子の絶叫ともいえる叫び声を聞いて、戌亥道明も視線を下げその言葉を口にする。
新たな絶対少女が生まれようとしている今、言えるならば、それは伝えておいた方がいいことだ。
だが、それは戌亥道明とて知らないことなのだ。
そして、卯月夜子が忘れさせられたことなのだ。
「姉様……」
それを聞いた申渡月子が悲痛な声を上げる。
申渡月子を心配しつつも天辰葵はそんな申渡月子にむかい、いや、その事実を知ってしまったからこそ、声を掛ける。
「御所に、生贄にと…… 厄介だね。月子、結果がどうであれ、日常へと戻ろう。私と共に」
天辰葵からしても、申渡月子の姉がどうなったのか、それはまだわからない。
死んでいるのか、生きているのか、それはわからない。
ただ、無事ではない、そのことだけは経験からわかる。
天辰葵には、それが数多の経験からわかるのだ。
だからこそ、天辰葵の役目は、申渡月子を、この学園の生徒たちを、正しき日常へ帰す義務があるのだ。
「は、はい……」
涙を流しながら、申渡月子は頷く。
姉がどうなったのか、もう想像はつくし、なんだかんだで予想していなかったわけでもない。
そんな天辰葵と申渡月子のやり取りを見た戌亥道明は、
「どうにかできると思っているのかい?」
と、天辰葵にむかい声を掛ける。
それに対して、天辰葵は、
「何度も言っているでしょう。私はその為にここに来た」
と、答えるだけだ。
「天辰葵、キミは本当に何者なんだい?」
戌亥道明からすると、天辰葵は常識外れすぎる人間だ。
そもそも、この学園に転入してこれること自体が戌亥道明からすると理解できない。
「ただの巫女だよ。ちょっと変わった神社のね」
その言葉の真意は戌亥道明にも分からない。
だが、そろそろ決着をつける時間だ。
「まあ、伝えたいことは大体伝えられたかな。では、ボクからの最後試練だ……」
そう言って、戌亥道明はやっと構える。
その構えは、突き技の構えに思える。
「やっとか」
さらに余裕のある表情で、戌亥道明は天辰葵に告げる。
「この双子双刀はね。キミの持つ月下万象に似た能力を持つ神刀だよ」
「月下万象に?」
そう言って、天辰葵は手に持つ刀、月下万象を見る。
良い刀だ。
何らかの力が宿っているはずだが、少なくとも天辰葵にはなんの力かわからない。
「そうさ。双子双刀は使い手の体に宿る神刀の能力を真似ることのできる神刀だよ」
「つまり……」
天辰葵は戌亥巧観との戦いを思い出す。
確か、戌亥巧観は兄から借り受けた神刀の能力を、物理法則をも無視できると言っていた。
実際、避けたはずの攻撃を、天辰葵は受けている。
「キミは今から、ボクの中に眠る神刀、物理法則をも無視する天法不敗を二本同時に対峙しなければならないということさ!」
戌亥道明はそう言って深く腰を落とす。
「天法不敗を真似る? 自身に中に眠る神刀の能力を真似る神刀…… そ、そんなものが…… あるのん?」
この場を支配する強制力により、壊れ始めた卯月夜子は無理やり冷静さを、壊れる前の状態に、壊れる原因を取り除かれて戻された、いや、歪められた卯月夜子はそんな言葉を、まるで申渡恭子のことを忘れたかのように、そんな言葉を口にする。
もう卯月夜子の頭の中からは、申渡恭子がどうなったのか、そのことが消えかかっている。
卯月夜子は無理をし過ぎたのだ。
それによって壊れ、修復されてしまったのだ。
卯月夜子がした決意も、努力も、すべて水の泡となってしまった。
今は自分が壊れかけていたことも忘れ、デュエルの内容に驚愕させられている。
この学園ではおかしなことではない、むしろこれが常識なのだ。
「頭の中がぐわんぐわんしていたのが、大分収まりました!」
猫屋茜も何事がなかったように頭痛から立ち直ってそう言った。
天法不敗、その能力は恐ろしいほど強力な物だ。
戌亥巧観は必中の剣として使っていたが、それだけでに留める神刀ではない。
利用次第では間合いもなにも無視して、攻撃する事も可能だ。
一度に一つだけだが、あらゆる物理法則を無視することが出来る神刀なのだ。
それを、戌亥道明は妹の神刀、双子双刀を使い、その能力を真似ることで同時に二つの物理法則を無視することが可能となったのだ。
これが戌亥道明の最終奥義ともいえるものだ。
━【次回議事録予告-Proceedings.77-】━━━━━━━
それは刹那の蠢動。
決着がつくとき、新しい運命が開かれ、竜は絶対少女となる。
━次回、挑む竜と神に弓引く大猪.07━━━━━━━━
「勝負!!」
と、掛け声があったが戌亥道明は刀を構えもしない。
それどころか、戦うつもりもないように思える。
「さて、最後の、恐らくは最後の…… デュエルが始まってしまったか」
戌亥道明は清々しい笑顔でそう言った。
「どうしたの? 隙だらけだけども?」
それに対して、天辰葵は少し残念そうな表情を見せる。
天辰葵も喜寅景清との戦いで、デュエルでの戦いに火がついてしまっているのかもしれない。
この男、戌亥道明ならば、自分を楽しませてくれると、天辰葵はそう思っていたのだが、その戌亥道明はまるで戦う気がないかのようなのだ。
だが、戌亥道明はそんなこと知らないとばかりに、口ばかり開き、刀を構えようとすらしない。
「もう少し伝えておきたいことがあってね」
「まだあるの? もう割と話したと思うけど?」
天辰葵はうんざりとした様子で答えるが、やる気のない相手に何とも言えない気持ちになる。
確かに、戌亥道明にはまだ聞いておきたいことはある。
だが、天辰葵からすれば、絶対少女になれば目的を達成するための条件は揃う算段だし、恐らく天辰葵が知りたいことは絶対少女議事録にすべて記されているはずだ。
今更、この学園の事情を戌亥道明から聞くこともない。
「完全にデュエルが始まったことで強制力の力が多少なりとも弱まるんだよ。デュエルのほうに力が割かれるからね」
だが、戌亥道明はまるで戦うそぶりを見せない。
毒気を抜かれたように、そして、つまらなそうに天辰葵も警戒を解く。
「ふーん?」
と、とりあえず話を、興味がないけれども、聞く様子だけは見せる。
あまり興味の無さそうな天辰葵に対して、戌亥道明は言いたくても言えなかったことを、観客席にも聞こえる様に話し始める。
「まずだ。ボクが優勝しても絶対少女になれない理由。それはボクが男だからだ。少女ではないからだ」
あまりにも当然の告白に、天辰葵は何とも言えない表情を見せる。
「まあ…… そうだよね? 一般的にも名称的にも……」
天辰葵からすればそうだ。
当たり前のことだ。
絶対少女というからには、絶対的に少女でなければ、性別的に女でなければならないと思うのが普通だ。
称号的な物と言えば納得できなくもないが、やはり違和感は残る話だ。
「当たり前だろ。男が絶対少女になれるわけがないだろう? 男で本気でなろうと思っていた奴はバカじゃないのか!」
戌亥道明はこれでもかと、言いたかったことを吐き捨てる。
それを聞いた客席ではどよめきが広がり始める。
「なん…… だと…… では僕は最初から絶対少女にななれなかったというのか?」
それを聞いた牛来亮は驚きを隠せない。
自らがなると信じ疑わなかった存在が、自分はなれないと今、聞かされたのだ。
牛来亮は絶望のどん底に叩き落されたのだ。
「亮!」
そんな牛来亮に丑久保修は笑顔で、それもものすごく良い笑顔で語り掛けて来る。
「修……」
「諦めるな、亮よ!」
そして、丑久保修は牛来亮を励ます。
肩を叩き、自分に引き寄せ、励ます。
そして、ズボンのポケットにしまってあったものを、普段から潜めていた物を、修でも渡せなかった物を、牛来亮に手渡す。
それを、手渡された物を開いて見た牛来亮は驚きを隠せなかった。
それは、
「これは…… 女性物の下着…… か?」
女性用の上下の下着だった。
深緑色でラメまで入っている下着のセットだった。
そして、丑久保修は牛来亮に声を掛ける。
「まずは形からだ、亮よ!」
真剣な眼差しで。
ふざけるのではなく本気でそう言っているのだ。
これを着用して、まずは形から入れと。
丑久保修は、牛来亮にそう言っているのだ。
だが、牛来亮にはもうわかっている。
自分は絶対少女にはなれないと。
だからと言って、親友の想いを無駄にすることはできない。
「あ、ありがとう、修。僕はまだ、諦めないで良いのか!?」
受け取った下着を握りしめて、決意をする。
決してあきらめないという決意を。
絶対少女になれなくとも、絶対少女を目指すという事を諦めない、その決意を。
「もちろんだ、亮よ! 我が応援してやるぞ!」
その決意を丑久保修も感じ取り、号泣しながらそれを応援し続けることを、丑久保修も決意したのだ。
「男は絶対少女にはなれないだって…… クソクソクソッ!!! どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!」
牛来亮と違って丁子晶は、絶望ではなく怒りに囚われていた。
これで丁子晶の夢である女の子のアイドルになるという夢は完全についえたのだ。
「晶は見た目だけなら、完全に少女だったのにねー、今は違うけど」
丁子晶の隣の観客席に座っていた、いや、丁子晶が勝手に隣に座ってきた酉水ひらりは横目で怒り散らかしている丁子晶を見ながら軽口を叩く。
「女になれないなら、アイドルになれないなら、女装してても意味ないんだよ!!」
そんな酉水ひらりに丁子晶は言い返し、目じりに滲みだした涙を拭う。
「えー、じゃあ、中性的なアイドルでも目指せばいいんじゃない?」
それに対して、酉水ひらりは興味ないとばかりに適当な言葉を発する。
だが、それは丁子晶にとって天啓にも等しい言葉だった。
「中性的なアイドル…… ひらり…… それはありだと思う?」
丁子晶はそんなことを考えてもいなかった。
なぜなら、女性のアイドルに憧れていたからだ。
女性アイドルになりたくて仕方がなかったからだ。
それ以外はすべて目に入らなかったからだ。
だが、丁子晶の中で今、新たな道が開けたように感じる。
「どうだろうね? ひらり的には晶はまずその歪んだ性格治した方が良いと思うよー」
あくまで酉水ひらりの中ではだが、丁子晶という人物は性格が悪すぎる。
それに、女性アイドルを目指している割には、なにかと女性に対して積極的でもある。
そのあたりがどうも酉水ひらりからすると受け入れがたいものがあるのだ。
「中性的なアイドルか…… それもありなのか?」
だが、そんな言葉は丁子晶の耳には届いていない。
今はもう中性的なアイドル、そんな響きに囚われてしまっている。
「ねぇ、聞いてるー? まずは性格を治した方が良いよー?」
酉水ひらりの言葉は丁子晶には届かない。
「なるほどね。で、キミが優勝すると……」
時間が巻き戻る。
いや、この学園ではそもそも時の流れがないようにも天辰葵には感じられる。
それを肯定するかのように戌亥道明が答える。
「時間が巻き戻る、と言うと語弊があるね。記憶だけが第四回デュエル開催前にリセットされる、と言った方が良いのかな」
戌亥道明のその言葉に、天辰葵も素直にうなずけるものだった。
「なるほどね、記憶を引き継げるのは絶対少女議事録を持った者だけと……」
今まで色々と違和感はあったが、そのせいかと天辰葵も納得のいくものだ。
この学園の住人は矛盾だらけなのだ。
そして、それに住人はまるで気づいていない。
考えれば、色々とおかしなことはあるが、それをただの学園の生徒に突っ込んでも意味はないだろう。
「引き継ぐわけではないさ、絶対少女議事録に書かれているだけでね」
そう言って戌亥道明は少し悲しそうな顔をする。
そもそも、絶対少女議事録を持っていてもそこに書かれていることが、それこそが事実と気づける人間は少ないだろう。
普通の方なら、そんな物を信じようとはしないだろう。
だが、戌亥道明はそこに書かれていることが真実であると気づくことができた。
だから、彼はデュエルで優勝し続けることもできた。
天辰葵が転校してくるまでは。
「で、肝心なことは? 私がキミに勝ったら、私は絶対少女とやらになって、どうなるんだい?」
天辰葵の目的は、恐らくはその後、絶対処女とか言う胡散臭いものになった後の話だ。
「絶対少女となった者は御所へと行ける」
戌亥道明はそれを隠しもせずに伝える。
「御所ね……」
御所と聞いて、天辰葵も少し顔を顰める。
天辰葵からすると少し嫌な響きだ。
「そうだ、それ以上はボクも今は言えないようだ」
戌亥道明はそう言って険しい表情を見せる。
まるで誰かを憎んでいるような、そんな顔を見せた。
「ふーん…… で、キミは守って来たんだ? 新たな犠牲を、絶対少女を出さないようにと」
そこへ天辰葵は確信的なことを告げる。
「犠牲? 絶対少女が犠牲? なのですか?」
その言葉に反応したは申渡月子だ。
つまり、天辰葵の話では、自分の姉は何かの犠牲になったと言っているのだ。
「犠牲というか、生贄のような物だよ」
それに戌亥道明が悲痛なまでの険しい顔のまま答える。
その言葉に絶句したのは申渡月子だけではない。
解説席の卯月夜子も目を見開き、信じられなかった。
「絶対少女が…… 犠牲? 生贄……? 恭子が? あ、頭が……」
だが、そのことを考えると頭の中が激しく揺れ始め、痛みで何も考えられなくなる。
卯月夜子は知っている。
実際にその様子を見たのだ。
申渡恭子、そのデュエルアソーシエイトとして。
だから、卯月夜子だけは申渡恭子がどうなったのか、実際に知っているはずなのだ。本来は。
「うわ、ぐわんぐわんして何も考えられません……」
猫屋茜もそう言って頭を抱えるばかりだ。
「これが…… 会長が今まで言えなかった理由? 絶対少女って、デュエルってなんなのよ! 恭子は、恭子はどこなのよ!」
実況席で卯月夜子が叫ぶ。
天辰葵が絶対少女になれば、もう一度あの場所へ行けると、申渡恭子のいる場所へいけると、卯月夜子はそう考えていた。
だが、どうも卯月夜子は思い違いをしていたようだ。
申渡恭子はもうどこにもいない。
その事実が卯月夜子を壊す。
「どういう状態なのか、そこまではボクも本当に知らないよ。ただ、無事では…… ないだろうね」
卯月夜子の絶叫ともいえる叫び声を聞いて、戌亥道明も視線を下げその言葉を口にする。
新たな絶対少女が生まれようとしている今、言えるならば、それは伝えておいた方がいいことだ。
だが、それは戌亥道明とて知らないことなのだ。
そして、卯月夜子が忘れさせられたことなのだ。
「姉様……」
それを聞いた申渡月子が悲痛な声を上げる。
申渡月子を心配しつつも天辰葵はそんな申渡月子にむかい、いや、その事実を知ってしまったからこそ、声を掛ける。
「御所に、生贄にと…… 厄介だね。月子、結果がどうであれ、日常へと戻ろう。私と共に」
天辰葵からしても、申渡月子の姉がどうなったのか、それはまだわからない。
死んでいるのか、生きているのか、それはわからない。
ただ、無事ではない、そのことだけは経験からわかる。
天辰葵には、それが数多の経験からわかるのだ。
だからこそ、天辰葵の役目は、申渡月子を、この学園の生徒たちを、正しき日常へ帰す義務があるのだ。
「は、はい……」
涙を流しながら、申渡月子は頷く。
姉がどうなったのか、もう想像はつくし、なんだかんだで予想していなかったわけでもない。
そんな天辰葵と申渡月子のやり取りを見た戌亥道明は、
「どうにかできると思っているのかい?」
と、天辰葵にむかい声を掛ける。
それに対して、天辰葵は、
「何度も言っているでしょう。私はその為にここに来た」
と、答えるだけだ。
「天辰葵、キミは本当に何者なんだい?」
戌亥道明からすると、天辰葵は常識外れすぎる人間だ。
そもそも、この学園に転入してこれること自体が戌亥道明からすると理解できない。
「ただの巫女だよ。ちょっと変わった神社のね」
その言葉の真意は戌亥道明にも分からない。
だが、そろそろ決着をつける時間だ。
「まあ、伝えたいことは大体伝えられたかな。では、ボクからの最後試練だ……」
そう言って、戌亥道明はやっと構える。
その構えは、突き技の構えに思える。
「やっとか」
さらに余裕のある表情で、戌亥道明は天辰葵に告げる。
「この双子双刀はね。キミの持つ月下万象に似た能力を持つ神刀だよ」
「月下万象に?」
そう言って、天辰葵は手に持つ刀、月下万象を見る。
良い刀だ。
何らかの力が宿っているはずだが、少なくとも天辰葵にはなんの力かわからない。
「そうさ。双子双刀は使い手の体に宿る神刀の能力を真似ることのできる神刀だよ」
「つまり……」
天辰葵は戌亥巧観との戦いを思い出す。
確か、戌亥巧観は兄から借り受けた神刀の能力を、物理法則をも無視できると言っていた。
実際、避けたはずの攻撃を、天辰葵は受けている。
「キミは今から、ボクの中に眠る神刀、物理法則をも無視する天法不敗を二本同時に対峙しなければならないということさ!」
戌亥道明はそう言って深く腰を落とす。
「天法不敗を真似る? 自身に中に眠る神刀の能力を真似る神刀…… そ、そんなものが…… あるのん?」
この場を支配する強制力により、壊れ始めた卯月夜子は無理やり冷静さを、壊れる前の状態に、壊れる原因を取り除かれて戻された、いや、歪められた卯月夜子はそんな言葉を、まるで申渡恭子のことを忘れたかのように、そんな言葉を口にする。
もう卯月夜子の頭の中からは、申渡恭子がどうなったのか、そのことが消えかかっている。
卯月夜子は無理をし過ぎたのだ。
それによって壊れ、修復されてしまったのだ。
卯月夜子がした決意も、努力も、すべて水の泡となってしまった。
今は自分が壊れかけていたことも忘れ、デュエルの内容に驚愕させられている。
この学園ではおかしなことではない、むしろこれが常識なのだ。
「頭の中がぐわんぐわんしていたのが、大分収まりました!」
猫屋茜も何事がなかったように頭痛から立ち直ってそう言った。
天法不敗、その能力は恐ろしいほど強力な物だ。
戌亥巧観は必中の剣として使っていたが、それだけでに留める神刀ではない。
利用次第では間合いもなにも無視して、攻撃する事も可能だ。
一度に一つだけだが、あらゆる物理法則を無視することが出来る神刀なのだ。
それを、戌亥道明は妹の神刀、双子双刀を使い、その能力を真似ることで同時に二つの物理法則を無視することが可能となったのだ。
これが戌亥道明の最終奥義ともいえるものだ。
━【次回議事録予告-Proceedings.77-】━━━━━━━
それは刹那の蠢動。
決着がつくとき、新しい運命が開かれ、竜は絶対少女となる。
━次回、挑む竜と神に弓引く大猪.07━━━━━━━━
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▼【作品集】
▽【連載中】
学院の魔女の日常的非日常
ミアという少女を中心に物語は徐々に進んでいくお話。
※最初のほうは読み難いかもしれません。
それなりに怖い話。
さっくり読める。
絶対少女議事録
少女と少女が出会い運命が動き出した結果、足を舐めるお話。
▽【完結済み】
一般人ですけどコスプレしてバイト感覚で魔法少女やってます
十一万字程度、三十三話
五人の魔法少女の物語。
最初から最後までコメディ。
四十二歳の冴えない男が、恋をして、愛を知る。
八万字程度、四十一話
田沼という男が恋を知り、そしてやがて愛を知る。
竜狩り奇譚
八万字程度、十六話
見どころは、最後の竜戦。
幼馴染が俺以外の奴と同棲を始めていた
タイトルの通り。
▽【連載中】
学院の魔女の日常的非日常
ミアという少女を中心に物語は徐々に進んでいくお話。
※最初のほうは読み難いかもしれません。
それなりに怖い話。
さっくり読める。
絶対少女議事録
少女と少女が出会い運命が動き出した結果、足を舐めるお話。
▽【完結済み】
一般人ですけどコスプレしてバイト感覚で魔法少女やってます
十一万字程度、三十三話
五人の魔法少女の物語。
最初から最後までコメディ。
四十二歳の冴えない男が、恋をして、愛を知る。
八万字程度、四十一話
田沼という男が恋を知り、そしてやがて愛を知る。
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