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揺蕩う竜と運命を招き入れる猿
【Proceedings.70】揺蕩う竜と運命を招き入れる猿.07
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申渡月子は首跳八跳を構えたまま、八回ステップを踏む。
そして、振るう。
天辰葵の首に耐えがたい激痛が走る。
だが、天辰葵が感じているのは激痛だけではない。
無論激痛も感じてはいるが、それ以上に天辰葵が感じているのは、やはり、感謝と歓喜、それと愛なのだ。
まず、申渡月子からの攻撃に感謝する。
感謝することで喜びが生まれる。そして、それを愛だと認識する。
それにより痛みは結果として愛へと変わるのだ。
そうすることで天辰葵は首を跳ねられる痛みに耐えているのだ。
そう、痛みを受け流したりしない。
ただただひたすらに申渡月子からの贈り物として、感謝し、歓喜し、愛として受け止めているのだ。
故に、天辰葵は痛みを耐えることが出来る。
理屈ではない。
これは愛なのだから。
だが、申渡月子とて首跳八跳の力だけで攻撃することが全てではない。
彼女とてデュエリストなのだ。
慣れないハイヒールを履いて上手く歩けないではいるが。
けれども、それこそが申渡月子の武器となる。
申渡月子はおもむろに履いているハイヒールの片方を脱いで、それを左手で持ち勢いよく天辰葵に投げつけた。
天辰葵はそれ向かい走る。
そして、それをわざわざ口でキャッチする。
天辰葵の表情が緩む。
その美形の顔がこれでもかというほど崩れる。
隙だ。
隙と言うにはあまりにも大きい隙だ。
そこへ八回ステップを踏んで、申渡月子は天辰葵の意識を刈り取るべく首跳八跳を振るう。
ハイヒールを咥え喜んでいた天辰葵が床に倒れ込み動かなくなる。
不意を突いた一撃。
いや、強制的に気を緩ませた上からの一撃。
これでは流石の天辰葵も耐えうるか疑問だ。
「あ、葵さん、ダウンです! ハ、ハイヒールを咥えてダウンしました!?」
一応、今の動きは一般人でもある猫屋茜にも見れる動きだった。
なので、それを実況して見たものの疑問が残る。
疑問しか残らない。
いや、天辰葵のことを今まで見てきた猫屋茜もわかる。
ハイヒールに飛びついたのは天辰葵の本能であると。
「なっ…… こんな決着なのか? な、なんなんだ天辰葵……」
戌亥道明ですらどう反応して良いかわからないでいる。
何一つ理解できない。
「これで、わたくしの勝ちです。葵様にはデュエルから離れて頂きます」
そう言って申渡月子は天辰葵と共に地面に転がっている蛇頭蛇腹、その刃と刃を繋ぐワイヤーめがけて、刀を振り下ろす。
だが、その一撃は円形闘技場の床に突き刺さるだけだ。
蛇頭蛇腹が動きその一撃を交わしたのだ。
無論、蛇頭蛇腹を操るのは天辰葵だ。
「月子様。葵を舐めすぎです。月子様のハイヒールでトリップしている葵を痛みで止められるわけないじゃないですか……」
巳之口綾はそう自信ありげに、したり顔で、申渡月子に言うのだが、その声は小さく申渡月子には届いていない。
ただのぶつぶつと呟く独り言でしかない。
「なっ、葵様!?」
完全仕留めたと思っていた申渡月子は驚きを隠せないでいる。
「ふふふっ、良きスメル…… だよ、月子」
そう言って、天辰葵はハイヒールを咥えたまま立ち上がり、首を左右に振る。
まるで肩こりをほぐすかのような仕草でしかない。
ただ、申渡月子も本気で思う。
「あ、葵様? 本気で気持ち悪いのですが?」
と。
自分の履いていたハイヒールを咥えたまま、そんなことを言われれば当たり前の話だ。
「このハイヒールはプレゼントという事で良いんだね?」
がだ、天辰葵は大事にハイヒールを咥えたまま、器用に話す。
ハイヒールを加えていてもその活舌は滑らかで豊かだ。
「違いますが、わたくしに勝てれば、それでもいいですよ」
そう言って申渡月子は慣れないハイヒールのもう片方も脱ぐ。
この靴ではまともに動けもしない。
そして、首跳八跳を構える。今度はステップを踏まない。
申渡月子も悟る。
首跳八跳でいくら首を跳ねても天辰葵の意識を刈ることはできないと。
この怪物を止めることなどできやしないと。
ならば、蛇頭蛇腹を破壊するしかない。
戦闘中に刀を折るような真似は、申渡月子にはできないが、蛇頭蛇腹なら、蛇腹剣なら、刃と刃をつなぐワイヤーを切断すればよい。
それくらいなら、申渡月子でもできそうだと、思ってのことだ。
「わたくしの姉も、この神刀だけの力で絶対少女になったわけではありません」
申渡月子はそう言って刀を正眼の構えを作る。
そんな申渡月子を天辰葵は見る。
気迫は感じる。
覚悟も十分に感じる。
中々様になった構えだ。
もしかしたら、申渡月子も剣道くらいやっていたのかもしれない。
だが、天辰葵から見れば、仙術と言っても遜色もない技をも会得した天辰葵から見れば、それは児戯に等しいことでしかない。
確かに、この腕でデュエルに飛び込むのは相当な勇気がいることだろう。
それでも、自分をデュエルから遠ざけようとしてくれた申渡月子の気持ちが、天辰葵にはうれしくてたまらない。
そんな申渡月子の為にも、この狂った学園はどうにかしないといけない。
天辰葵も改めてそれを決心する。
使命ではなく、自らの意思で、申渡月子のために、この学園を正そうと決意する。
ただ天辰葵が持つ神刀は蛇頭蛇腹と言う蛇腹剣だ。
神速も、滅神流の技もこの剣では使うことはできない。
しかも、蛇頭蛇腹から滴り落ちる液体は衣服を溶かすという訳の分からない能力が備わっている。
天辰葵が、この天辰葵でも、申渡月子の来ている服を、バニーの衣装を少しも破損させずに神刀を折るには、どうにも決め手に欠けるのだ。
それだけに攻めあぐねている。
それに対し、申渡月子は自分の中に眠るもう一つの力に頼ろうと考えていた。
月下万象。
完全無欠の能力を持つと言われる神刀。
その能力が具体的にどのような物かわからないが、それでも自分にも扱えるはずだ。
完全で無欠。
少なくとも弱点くらいは補ってくれるはずだ、と申渡月子は考える。
だが、申渡月子には自分の中に眠る月下万象の力の引き出し方がわからない。
今までデュエルを徹底的に避けて来たのだ。
わかるわけもない。
それでも申渡月子は自分の中の神刀、月下万象に語り掛ける。
力を貸して、と。
そうすると、申渡月子の心の中に声が返ってくる。
すべては月光となり我が力とならん! 月下万象!
申渡月子の中にたしかに、その言葉が聞こえてきた。
懐かしい姉の声で。
そして、申渡月子の手に持つ神刀、首跳八跳に力が流れていくのを感じる。
そうすることで首跳八跳から、粘度の高い透明な粘液が流れ始める。
それを見た申渡月子は猛烈に嫌な予感がする。
天辰葵の持つ蛇頭蛇腹を見る。
同じような粘液を垂れ流している。
申渡月子の直感が間違いなければ、首跳八跳から流れ出るこの粘液は、衣服を溶かすという蛇頭蛇腹の涎だ。
試しに、脱ぎ捨てたハイヒールにその粘液を垂らしてみる。
ジュワァァァ、と音がして白い煙が上がり、脱ぎ捨てたハイヒールが溶け出した。
「つ、月子! な、なんてことを! そんなことをするくらいなら私にくれないか!」
と、慌てて天辰葵は月子に向かい心の内を叫ぶ。
「あ、えーと、はい。なんか、今、心が折れかけました…… が、ここで負けるわけにはいきません!」
せっかく引き出せた月下万象の神刀の能力に心を折れかけながらもなんとか持ち直す。
なんでこんな変な能力が月下万象に宿っていたのか、それは申渡月子には理解できない。
少なくとも天辰葵が使っていた時は、こんな能力は一度も発現しなかったはずだ。
「なぜ月子様がわたしの能力を?」
と、ハイヒールを溶かす様子を見て居た巳之口綾は疑問に思う。
だが、次の瞬間、
「綾、ちょっとこれ大事に持っておいて!」
そう言って天辰葵は申渡月子が投げつけてきたハイヒールを巳之口綾に投げて渡した。
「つ、月子様のハイヒール!」
それで、巳之口綾の疑問も、巳之口綾の頭の中からすぐに消え失せる。
「月子。全部、私に任せてくれないか」
大事なハイヒールを預けた天辰葵は申渡月子にそう申し出る。
「そ、そんなことできるわけないじゃないですか!」
鋭い視線で申渡月子は答える。
「無関係ではないし、私は…… 例え月子がいなくとも、同じ道をたどっていたよ」
「だからと言って、すべて人任せに何てできるわけありません!」
申渡月子は折れそうになった覚悟と心を必死で支えて、強く答える。
「平行線だね」
「だから、だからこそ、デュエルで決着をつけるのです」
申渡月子の回答に、天辰葵も頷いて見せる。
そして、確認をする。
「私が勝ったら、月子を私の物にして良いって…… 本気かい?」
たしかに最近、申渡月子が天辰葵に対して、特に誰も見て居ない二人だけの時は態度がかなり軟化していた。
いや、親密だったと言ってもよい。
それでもなお、あの申渡月子がそんなことを言うなどとは天辰葵には思えない。
なにかの間違えにすら思える。
「本気です」
顔を少し赤らめて申渡月子は答える。
「でも、無理やりは……」
と、何とも言えない表情を浮かべて言う天辰葵の言葉をさえぎって、
「決して…… それも嫌ではありません」
と、申渡月子は強く答える。
その言葉に天辰葵は驚く。
「分かったよ。じゃあ、決着をつけよう」
天辰葵も覚悟を決める。
申渡月子のその言葉を聞けたなら、もう迷いはない。
後は、蛇頭蛇腹を上手く扱えばいいだけだ。
「はい、お覚悟を!」
だが、申渡月子とてあきらめたわけじゃない。
力の限り、例え力及ばないと分かっていても、そのできる限りの力を尽くさなばならないのが礼儀という物だ。
「とはいえ、この剣では結局、振り回すしかないのかな」
天辰葵はそう言って、蛇頭蛇腹を勢い良く振りまわし始める。
「そうですね、結局、こうするしかないんですよね」
申渡月子も首跳八跳を構える。
天辰葵は蛇頭蛇腹を勢いよく振り回す。
十分に振り回された蛇頭蛇腹は、他は迷惑な粘液を周りに飛ばしながらまるでチェインソーのような唸りを上げている。
「月子ちゃん、首跳八跳はそれほど強靭な刀ではないわよん」
卯月夜子が注意を促す。
「分かっています!」
そう答え、申渡月子は嵐のように振り回されている蛇頭蛇腹の中へと恐れずに突き進む。
そして、首跳八跳を振り上げ蛇頭蛇腹へと振り下ろす。
それに合わせるように天辰葵は蛇頭蛇腹にうねりを加えさせる。
うねりはまるで生き物のように動き、振り下ろされた首跳八跳を横から打ち据える。
それで首跳八跳はあっけなく砕け散る。
「私の勝ちだよ、月子」
その後、暴れまわる蛇頭蛇腹を制御して大人しくさせる。
少しの間、蛇頭蛇腹はのたうち回ったが、すぐに大人しくなる。
「はい、わたくしの負けです。わたくしを貰ってください。でも、絶対に浮気は許しませんよ」
そう言って、申渡月子は天辰葵に微笑みかけた。
「わかったよ、私のものになって、月子」
そう言って、葵は大人しくなった蛇頭蛇腹を投げ捨てて腕を広げる。
「はい、よろこんで」
返事をした月子はその腕の中に飛び込んでいく。
━【次回議事録予告-Proceedings.71-】━━━━━━━
ついに、絶対少女議事録を持つ戌亥道明が動く。
その運命が何をもたらすのか。
━次回、挑む竜と神に弓引く大猪.01━━━━━━━━
そして、振るう。
天辰葵の首に耐えがたい激痛が走る。
だが、天辰葵が感じているのは激痛だけではない。
無論激痛も感じてはいるが、それ以上に天辰葵が感じているのは、やはり、感謝と歓喜、それと愛なのだ。
まず、申渡月子からの攻撃に感謝する。
感謝することで喜びが生まれる。そして、それを愛だと認識する。
それにより痛みは結果として愛へと変わるのだ。
そうすることで天辰葵は首を跳ねられる痛みに耐えているのだ。
そう、痛みを受け流したりしない。
ただただひたすらに申渡月子からの贈り物として、感謝し、歓喜し、愛として受け止めているのだ。
故に、天辰葵は痛みを耐えることが出来る。
理屈ではない。
これは愛なのだから。
だが、申渡月子とて首跳八跳の力だけで攻撃することが全てではない。
彼女とてデュエリストなのだ。
慣れないハイヒールを履いて上手く歩けないではいるが。
けれども、それこそが申渡月子の武器となる。
申渡月子はおもむろに履いているハイヒールの片方を脱いで、それを左手で持ち勢いよく天辰葵に投げつけた。
天辰葵はそれ向かい走る。
そして、それをわざわざ口でキャッチする。
天辰葵の表情が緩む。
その美形の顔がこれでもかというほど崩れる。
隙だ。
隙と言うにはあまりにも大きい隙だ。
そこへ八回ステップを踏んで、申渡月子は天辰葵の意識を刈り取るべく首跳八跳を振るう。
ハイヒールを咥え喜んでいた天辰葵が床に倒れ込み動かなくなる。
不意を突いた一撃。
いや、強制的に気を緩ませた上からの一撃。
これでは流石の天辰葵も耐えうるか疑問だ。
「あ、葵さん、ダウンです! ハ、ハイヒールを咥えてダウンしました!?」
一応、今の動きは一般人でもある猫屋茜にも見れる動きだった。
なので、それを実況して見たものの疑問が残る。
疑問しか残らない。
いや、天辰葵のことを今まで見てきた猫屋茜もわかる。
ハイヒールに飛びついたのは天辰葵の本能であると。
「なっ…… こんな決着なのか? な、なんなんだ天辰葵……」
戌亥道明ですらどう反応して良いかわからないでいる。
何一つ理解できない。
「これで、わたくしの勝ちです。葵様にはデュエルから離れて頂きます」
そう言って申渡月子は天辰葵と共に地面に転がっている蛇頭蛇腹、その刃と刃を繋ぐワイヤーめがけて、刀を振り下ろす。
だが、その一撃は円形闘技場の床に突き刺さるだけだ。
蛇頭蛇腹が動きその一撃を交わしたのだ。
無論、蛇頭蛇腹を操るのは天辰葵だ。
「月子様。葵を舐めすぎです。月子様のハイヒールでトリップしている葵を痛みで止められるわけないじゃないですか……」
巳之口綾はそう自信ありげに、したり顔で、申渡月子に言うのだが、その声は小さく申渡月子には届いていない。
ただのぶつぶつと呟く独り言でしかない。
「なっ、葵様!?」
完全仕留めたと思っていた申渡月子は驚きを隠せないでいる。
「ふふふっ、良きスメル…… だよ、月子」
そう言って、天辰葵はハイヒールを咥えたまま立ち上がり、首を左右に振る。
まるで肩こりをほぐすかのような仕草でしかない。
ただ、申渡月子も本気で思う。
「あ、葵様? 本気で気持ち悪いのですが?」
と。
自分の履いていたハイヒールを咥えたまま、そんなことを言われれば当たり前の話だ。
「このハイヒールはプレゼントという事で良いんだね?」
がだ、天辰葵は大事にハイヒールを咥えたまま、器用に話す。
ハイヒールを加えていてもその活舌は滑らかで豊かだ。
「違いますが、わたくしに勝てれば、それでもいいですよ」
そう言って申渡月子は慣れないハイヒールのもう片方も脱ぐ。
この靴ではまともに動けもしない。
そして、首跳八跳を構える。今度はステップを踏まない。
申渡月子も悟る。
首跳八跳でいくら首を跳ねても天辰葵の意識を刈ることはできないと。
この怪物を止めることなどできやしないと。
ならば、蛇頭蛇腹を破壊するしかない。
戦闘中に刀を折るような真似は、申渡月子にはできないが、蛇頭蛇腹なら、蛇腹剣なら、刃と刃をつなぐワイヤーを切断すればよい。
それくらいなら、申渡月子でもできそうだと、思ってのことだ。
「わたくしの姉も、この神刀だけの力で絶対少女になったわけではありません」
申渡月子はそう言って刀を正眼の構えを作る。
そんな申渡月子を天辰葵は見る。
気迫は感じる。
覚悟も十分に感じる。
中々様になった構えだ。
もしかしたら、申渡月子も剣道くらいやっていたのかもしれない。
だが、天辰葵から見れば、仙術と言っても遜色もない技をも会得した天辰葵から見れば、それは児戯に等しいことでしかない。
確かに、この腕でデュエルに飛び込むのは相当な勇気がいることだろう。
それでも、自分をデュエルから遠ざけようとしてくれた申渡月子の気持ちが、天辰葵にはうれしくてたまらない。
そんな申渡月子の為にも、この狂った学園はどうにかしないといけない。
天辰葵も改めてそれを決心する。
使命ではなく、自らの意思で、申渡月子のために、この学園を正そうと決意する。
ただ天辰葵が持つ神刀は蛇頭蛇腹と言う蛇腹剣だ。
神速も、滅神流の技もこの剣では使うことはできない。
しかも、蛇頭蛇腹から滴り落ちる液体は衣服を溶かすという訳の分からない能力が備わっている。
天辰葵が、この天辰葵でも、申渡月子の来ている服を、バニーの衣装を少しも破損させずに神刀を折るには、どうにも決め手に欠けるのだ。
それだけに攻めあぐねている。
それに対し、申渡月子は自分の中に眠るもう一つの力に頼ろうと考えていた。
月下万象。
完全無欠の能力を持つと言われる神刀。
その能力が具体的にどのような物かわからないが、それでも自分にも扱えるはずだ。
完全で無欠。
少なくとも弱点くらいは補ってくれるはずだ、と申渡月子は考える。
だが、申渡月子には自分の中に眠る月下万象の力の引き出し方がわからない。
今までデュエルを徹底的に避けて来たのだ。
わかるわけもない。
それでも申渡月子は自分の中の神刀、月下万象に語り掛ける。
力を貸して、と。
そうすると、申渡月子の心の中に声が返ってくる。
すべては月光となり我が力とならん! 月下万象!
申渡月子の中にたしかに、その言葉が聞こえてきた。
懐かしい姉の声で。
そして、申渡月子の手に持つ神刀、首跳八跳に力が流れていくのを感じる。
そうすることで首跳八跳から、粘度の高い透明な粘液が流れ始める。
それを見た申渡月子は猛烈に嫌な予感がする。
天辰葵の持つ蛇頭蛇腹を見る。
同じような粘液を垂れ流している。
申渡月子の直感が間違いなければ、首跳八跳から流れ出るこの粘液は、衣服を溶かすという蛇頭蛇腹の涎だ。
試しに、脱ぎ捨てたハイヒールにその粘液を垂らしてみる。
ジュワァァァ、と音がして白い煙が上がり、脱ぎ捨てたハイヒールが溶け出した。
「つ、月子! な、なんてことを! そんなことをするくらいなら私にくれないか!」
と、慌てて天辰葵は月子に向かい心の内を叫ぶ。
「あ、えーと、はい。なんか、今、心が折れかけました…… が、ここで負けるわけにはいきません!」
せっかく引き出せた月下万象の神刀の能力に心を折れかけながらもなんとか持ち直す。
なんでこんな変な能力が月下万象に宿っていたのか、それは申渡月子には理解できない。
少なくとも天辰葵が使っていた時は、こんな能力は一度も発現しなかったはずだ。
「なぜ月子様がわたしの能力を?」
と、ハイヒールを溶かす様子を見て居た巳之口綾は疑問に思う。
だが、次の瞬間、
「綾、ちょっとこれ大事に持っておいて!」
そう言って天辰葵は申渡月子が投げつけてきたハイヒールを巳之口綾に投げて渡した。
「つ、月子様のハイヒール!」
それで、巳之口綾の疑問も、巳之口綾の頭の中からすぐに消え失せる。
「月子。全部、私に任せてくれないか」
大事なハイヒールを預けた天辰葵は申渡月子にそう申し出る。
「そ、そんなことできるわけないじゃないですか!」
鋭い視線で申渡月子は答える。
「無関係ではないし、私は…… 例え月子がいなくとも、同じ道をたどっていたよ」
「だからと言って、すべて人任せに何てできるわけありません!」
申渡月子は折れそうになった覚悟と心を必死で支えて、強く答える。
「平行線だね」
「だから、だからこそ、デュエルで決着をつけるのです」
申渡月子の回答に、天辰葵も頷いて見せる。
そして、確認をする。
「私が勝ったら、月子を私の物にして良いって…… 本気かい?」
たしかに最近、申渡月子が天辰葵に対して、特に誰も見て居ない二人だけの時は態度がかなり軟化していた。
いや、親密だったと言ってもよい。
それでもなお、あの申渡月子がそんなことを言うなどとは天辰葵には思えない。
なにかの間違えにすら思える。
「本気です」
顔を少し赤らめて申渡月子は答える。
「でも、無理やりは……」
と、何とも言えない表情を浮かべて言う天辰葵の言葉をさえぎって、
「決して…… それも嫌ではありません」
と、申渡月子は強く答える。
その言葉に天辰葵は驚く。
「分かったよ。じゃあ、決着をつけよう」
天辰葵も覚悟を決める。
申渡月子のその言葉を聞けたなら、もう迷いはない。
後は、蛇頭蛇腹を上手く扱えばいいだけだ。
「はい、お覚悟を!」
だが、申渡月子とてあきらめたわけじゃない。
力の限り、例え力及ばないと分かっていても、そのできる限りの力を尽くさなばならないのが礼儀という物だ。
「とはいえ、この剣では結局、振り回すしかないのかな」
天辰葵はそう言って、蛇頭蛇腹を勢い良く振りまわし始める。
「そうですね、結局、こうするしかないんですよね」
申渡月子も首跳八跳を構える。
天辰葵は蛇頭蛇腹を勢いよく振り回す。
十分に振り回された蛇頭蛇腹は、他は迷惑な粘液を周りに飛ばしながらまるでチェインソーのような唸りを上げている。
「月子ちゃん、首跳八跳はそれほど強靭な刀ではないわよん」
卯月夜子が注意を促す。
「分かっています!」
そう答え、申渡月子は嵐のように振り回されている蛇頭蛇腹の中へと恐れずに突き進む。
そして、首跳八跳を振り上げ蛇頭蛇腹へと振り下ろす。
それに合わせるように天辰葵は蛇頭蛇腹にうねりを加えさせる。
うねりはまるで生き物のように動き、振り下ろされた首跳八跳を横から打ち据える。
それで首跳八跳はあっけなく砕け散る。
「私の勝ちだよ、月子」
その後、暴れまわる蛇頭蛇腹を制御して大人しくさせる。
少しの間、蛇頭蛇腹はのたうち回ったが、すぐに大人しくなる。
「はい、わたくしの負けです。わたくしを貰ってください。でも、絶対に浮気は許しませんよ」
そう言って、申渡月子は天辰葵に微笑みかけた。
「わかったよ、私のものになって、月子」
そう言って、葵は大人しくなった蛇頭蛇腹を投げ捨てて腕を広げる。
「はい、よろこんで」
返事をした月子はその腕の中に飛び込んでいく。
━【次回議事録予告-Proceedings.71-】━━━━━━━
ついに、絶対少女議事録を持つ戌亥道明が動く。
その運命が何をもたらすのか。
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