63 / 96
時に立ち向かう竜と未来を知る屠所の羊
【Proceedings.56】時に立ち向かう竜と未来を知る屠所の羊.07
しおりを挟む
「あんまり激しく戦う様子はないですね」
と、猫屋茜は実況席でそう言った。
超神速どころか神速すら、まともに見えない彼女からすれば仕方のない反応だ。
「いや、流石葵君だね。望相手に良く攻めているよ」
逆に戌亥道明は感心すらする。
未来望の未来予知は相手に知られても、なお強力で対処のしようがないものだ。
それでも諦めずに挑もうとする天辰葵に賞賛すらしたい気分で、戌亥道明はいる。
「そうなんですか?」
「ああ、まあ、ある意味攻め続けるのは望の攻略法の一つではあるが…… 今は黙って見守ろうじゃないか」
戌亥道明は勝たなくてはいけない。
未来望が、彼が言う通り負けるのであれば、戌亥道明は天辰葵に挑み、勝たなくてはいけない。
また、自分はより強大な壁でなければならないのだから。
その為に今は、最大の難敵になる天辰葵の動きを観察し続ける。
決して、乗り越えられない壁になるために。
「は、はい」
と、猫屋茜も、どうにかデュエルの邪魔にならないように実況できることはないかと円形闘技場のステージを見守る。
会長の、戌亥道明の解説席での会話を聞いて、
「だ、そうだよ。会長も言ってるよ。自分の攻略法は攻め続けることだと。希望を失わなければキミは勝てるよ」
と、未来望は天辰葵をはやし立てる。
「曙光残月すらかわされたのは驚きだけど、私ははじめっから絶望なんかしてないよ」
確かに最速の一撃をかわされたのは天辰葵にとって驚きであり初めてのことだ。
だが、天辰葵にとって最速の一撃すらも奥の手ではない。
「そうだよね。キミは絶望の中に居ながらにして、希望を消して失わない! 実に素晴らしい人だよ」
未来望は心底嬉しそうに天辰葵を褒め称える。
未来を知る、その能力に対して天辰葵は尻込みをしていない。
まるで初めから対策法を知っているかのようにも思えるが、天辰葵が何らかの対処法を持っている未来は、未来望には見えていない。
だからこそ、未来望は賞賛する。天辰葵を称賛するのだ。
「はぁ、これを人に向かって使うのは気が引けるな」
だが、天辰葵にとって最速の技をかわされたこと事実だ。
ならば、天辰葵も奥の手に頼らざる得ないと言うものだ。
ただこの技は、例えデュエルの場であっても相手の命を落としかねない、そんな危険な技だ。
このような場所で使う技ではない。
「なんだい? 自分のことは気にする必要はないよ」
そう言って未来望は微笑む。
まるで自らの死もいとわないかのように。
「私も人殺しは嫌だからね」
そう言いつつ、天辰葵は構える。
普通の構えではない。何か異様な、まるで祈りをささげるかのような、そんな構えだ。
「デュエルでかい? なに……!? これは…… 凄いね。流石だよ!! まさか未来が見えなくなるとは」
未来望がその細い眼を見開いて心底驚く。
今まで鮮明に見えていた未来の選択肢が、無数に枝分かれしていた未来が一斉に全て消え去った。
先ほどまで、このような未来は全く見えていなかった。
だが、天辰葵がその奥の手とやらを使う気になると、それは未来望の能力に干渉してきた。
無数に枝分かれしている未来、その一切合切を、すべて切り落とされるような感覚だ。
未来望とてそんなことは今まで体験したことがない。
だからこそ、未来望は失ったはずの希望を天辰葵に抱いてしまう。
そして、この絶望を終わらせてくれる人物だと確信をする。
「なら、やめておくよ。恐らくキミを殺してしまうから」
逆に未来望の反応を見て、天辰葵はその異様な構えを解く。
それで未来望も理解する。
「なるほど。自分が死ぬから未来が見えなくなるのか。では、殺されるようになるまで、キミを追い込むとするよ」
そう言うことであれば、未来望も本気になる。
期待以上の存在である天辰葵に更なる試練を課して、自分の命を懸けてまで希望を見出してしまう。
天辰葵に希望を託せるのであれば、自分が死ぬことも厭わないと、本気で想い、言っているのだ。
「そう言うのであれば、特に無敗に拘っていないし、次の機会を探るよ」
だが、天辰葵はそれに付き合わない。
人を殺めてまで、このデュエルと言う遊びに付き合うつもりはない。
「ムッ…… それは良くないよ、天辰さん。キミは逃げてはいけない。前に進むんだ。希望は、もうすぐそこにある!」
だが、未来望は興奮したようにそう言いだした。
「希望希望って、なんなんだい、キミは」
少し呆れるように天辰葵は未来望に問う。
「もう自分の中には希望は見いだせない。なら他の人に見出すしかないじゃないか」
その言葉を聞いて天辰葵にはピンとくるものがある。
「なるほどね。未来が見えてしまうからの達観かな?」
未来を知っているが故に、未来望、彼もまた動けないのだ。
希望を他人に託すしかないのだ。
もう自分の中に希望につながる選択肢がないのだから。
「まあ、そうかな」
「けど、もう普通に勝つ方法も分かったし」
天辰葵はそう言っていつものように優雅に笑う。
「ほう、それは面白い。奥の手も使わずに自分に勝つと?」
「完全に使わない訳じゃないよ。例えば……」
そう言って天辰葵は神速で踏み込む。
そして、奥の手と言われた技を使用しようとする。
だが、実際には使用しない。
寸前まで使用しようとしておいて、寸前で別の技に切り替える。
「これは…… なるほど。奥の手を使う前提で動き、自分の未来をすべて切り落としてからの……」
「滅神流、神域、曙光残月」
だが、その超神速の一撃すら未来望には届かない。
斬り捨てたはずの未来望が陽炎のように宙に溶けていく。
「あぶないあぶない。未来を斬り落とされてからの超神速の一撃か…… 幻影観力でなければ避けようがないね」
未来望はそう言って、硝子のような刀身を持つ幻影観力を見る。
丁子晶にデュエルアソーシエイトを頼まなければ、この時点で負けていたことだろう。
「これもダメなのか?」
天辰葵としても今の一撃で勝つつもりでいただけに、再度かわされた衝撃は大きい。
「いや、いい線は言ってるよ。実際、今のは危なかったよ。流石に自分も全部の未来を事前に把握できているわけではないからね」
未来望のその言葉を聞いて天辰葵も安心する。
そして、その言葉が本当なら、もう未来望は天辰葵の敵ではないとも。
「良いのかい? ヒントを与えても」
「言ったろ? 自分はただの試練に過ぎないと。あっ、これは言ってなかったかな。別の世界線だったか?」
未来望はそんなことを言いだした。
未来視と現実、とっさのことで混乱し区別ができていない様だ。
「もう一工夫必要そうだね」
「実際のところそうでもないね。さっきのを数回やれば自分を完全にとらえることが出来るよ。さっきのも本当にギリギリさ。凄いよ、天辰さんは。ここまで簡単にこの力を攻略されるのは初めてだね」
未来望は自分の予想とは、未来予知とは別の方法で自らの力を攻略されたことに、驚きと喜びを隠しきれない。
そして、未来望は再度確信する。
天辰葵こそが、この絶望しかない学園からの解放者だと。
「ああ、今の言葉で確信したよ。キミ、望さんの能力は天命殺で一度途切れさせれば、そこから先はまた未来の見直しになるんだね」
未来望言葉が嘘ではないと見切った天辰葵もその攻略法を伝える。
「おお、凄い! その通りだよ! 天命殺と言うのが奥の手の技かい? 未来をも無理やり無かったことにされるという事は、概念を、もしくは運命その物を? それらを断ち切るような、そんな剣技なのかい?」
未来望のその言葉に、天辰葵は少し顔を顰める。
「それは秘密だよ」
「なるほどね。めつしん流と言うのは、滅するの滅、しんは神様の神でいいのかな?」
既に、興奮し神刀すら構えてない。
託すべき希望を見つけ、そのことを知ることの方が大事のようだ。
「そうだよ」
「その名にふさわしい技だ。それより強い技はあるのかい?」
未来望はその細い目を見開き、興奮するように確認をしてくる。
今まで未来視でえた未来をこうも簡単に変えた、天辰葵に未来望は既に心酔してしまっている。
「物理的にはね」
「なるほどなるほど。ふむ、これは自分の試練など最初からいらなかったじゃないのかな、そう思えるね、キミは。本当に強い。そして、そんなに絶望しているのに希望に満ち溢れている! 本当に素晴らしい!」
未来望のその言葉に、天辰葵は少しだけ悲しそうにほほ笑む。
「もう満足したかい?」
天辰葵が確認する。
「いや、もう少しキミの試練として自分は立ちはだかるよ。キミが絶望したときに、少しでも希望を失わないようにね」
そう言って、未来望は幻影観力を再び構える。
「それは善意なのかな?」
「はじめっから最後まで、自分は希望の為に行動しているよ。それで自分の命が失われても。自分は一行に構わない」
そう言って、今度は未来望の方から、駆けよってくる。
「残念ながら、既に攻略済みだよ。もう私の障害になることすらできないよ」
そう言って天辰葵は余裕を持って微笑む。
「まだだ、まだ未来を、希望を見いだせる未来が見えない! まだ自分はキミの前に立ちふさがらないといけない!」
死に物狂いのように未来望はそう叫んで、天辰葵に斬りかかる。
本来は未来視により、かわすこともできないその斬撃を避ける前に、天命殺を使用すると思うことでその未来をかき消し、そして、悠々と避けて見せる。
思うだけで良い天辰葵にとっては、もう未来視は怖いものではない。
「そう? もうネタバレしたし、私の障害にはなれないよ」
「それで…… くっ、断続的に……」
そう言って未来望は苦しそうに頭を抱える。
無数に枝分かれた未来が切り落とされ、再び無数に伸び、そこから最善の未来を未来望はその都度、選び出さなければならない。
それは既に人間の処理能力を越えている。
「負荷が大きいようだね。こっちは素振りだけで良いからなんの消費もないんだけど。なるほど。未来は思った以上に枝分かれしているのか」
未来望の苦しみ様を見て、天辰葵もそれを理解する。
未来とは想像以上に枝分かれした物だと。
「そ、そうだよ…… その中から最良の選択肢を選び続けないといけない。そうしないとこの絶望からは誰も出られはしない!」
未来望がその言葉を言ったのを、天辰葵が聞いて少し驚いた表情を見せる。
「安心していいよ。そのために私がここに来たんだから」
そして、それを告げる。
「なに? こ、これは…… この未来は!?」
それを聞いた未来望、その未来がまた書き換わる。
運命が、未来が、明確に変わったのだ。
そして、その未来に、未来望は失ったはずの希望を見出す。
「辿り着けたのかい?」
天辰葵は優しく未来望に微笑みかける。
「しかし、この未来では…… キミは……」
と、未来望が見た未来を告げようとする。
「未来はね、自分で掴み取るためのものだよ。運命も神もすべて関係ない。だから、これで終わりだよ」
だが、未来望の言葉を、天辰葵は最後まで聞かない。
聞くべきではないと判断した。
「滅神流、神域、曙光残月」
三度めの超神速の一撃が未来望の持つ幻影観力を完全に捕らえる。
直前まで未来を斬り落とされている未来望にはそれを避ける術はない。
幻影観力の硝子のような刀身が砕け散る。
その粒子を、光り輝く希望を、辺りに煌めかせながら。
「そんな…… 望君ですらかなわないのか……」
希望を取り戻した未来望とは逆に絶望に満ちた目で丁子晶が砕かれた幻影観力を見ながら倒れ込んでいく。
未来望が負ける様に手を抜いていたわけではない。
なのに、幻影観力は砕かれたのだ。
自分がどんなにあがこうと、勝てなかった未来望が、こうもあっさりと敗れたのだ。
「葵様…… 貴女は一体……」
申渡月子も天辰葵の実力に言葉を失った。
また、天辰葵と未来望が話していた内容が気になって仕方がない。
「あの望がこうもあっさりと…… 天命殺、どんな剣技と言うんだ」
戌亥道明が興奮を隠せずに決着のついた円形闘技場のステージを見て居る。
「えー…… なんか戦うよりも話し合っている方が長くなかったですか? 勝ち方もいつもの神速での一撃ですし」
と、一般人である猫屋茜の感想はそんな物だった。
「確かに解説は必要なのかもね。ボクはものすごく充実した一試合だったよ」
だが、戌亥道明にとって、この試合は革命的な物だった。
そして、戌亥道明は確信する。
やはり天辰葵こそが、自分が待っていた存在だと。
「そりゃ会長はわかっているからでしょうけど、私には話し合って数度葵さんが瞬間移動して、また話して、それを何度か繰り返して、それで決着が着いちゃった感じですよ!」
と、猫屋茜は不満がありそうにそう言うが、
「でも、次の試合は恐らく喜寅さんが動く。見ごたえあると思うよ」
戌亥道明は清々しい顔でそう言った。
次の試合こそ、恐らく事実上の絶対少女決定戦と言ってもよい。
「おおー、それは楽しみですね!!」
猫屋茜も嬉しそうに、期待を込めるように喜んだ。
「やっぱり自分の負けさ。でも、凄いね。自分の想像していなかった負け方だよ、これは。で、自分への命令は何にするんだい?」
未来望の見て居た未来ではもっと天辰葵を追い込み苦しませた上で、勝たせる予定だった。
それしか、希望を見いだせなかったのだが、それを大きく上回る結果で、天辰葵は未来望に勝ったのだ。
「んー、特にないんだよね。どーしようかな。ああ、そうだ。私の望みは叶うかどうか教えてよ」
天辰葵は微笑みながらそんなことを未来望に聞いた。
「叶うよ」
未来望は、本当に朗らかに笑いながらそれを肯定する。
「え? 本当に?」
と、天辰葵が嬉しそうに微笑む。
「ああ、だから、希望を失わないで」
未来望は泣きながら、その言葉を伝える。
「それが本当なら希望が溢れまくりだよ」
「それは良かった」
「え? 葵様の願いって、あれですよね…… 叶ってしまうんですか? 尻枕が?」
月子だけが絶望したような表情でそう言った。
━【次回議事録予告-Proceedings.57-】━━━━━━━
最強の剣士、猛虎が竜に挑む。
それ以外の言葉はいらない。
━次回、竜騰がる時、戦いに赴く虎.01━━━━━━━
と、猫屋茜は実況席でそう言った。
超神速どころか神速すら、まともに見えない彼女からすれば仕方のない反応だ。
「いや、流石葵君だね。望相手に良く攻めているよ」
逆に戌亥道明は感心すらする。
未来望の未来予知は相手に知られても、なお強力で対処のしようがないものだ。
それでも諦めずに挑もうとする天辰葵に賞賛すらしたい気分で、戌亥道明はいる。
「そうなんですか?」
「ああ、まあ、ある意味攻め続けるのは望の攻略法の一つではあるが…… 今は黙って見守ろうじゃないか」
戌亥道明は勝たなくてはいけない。
未来望が、彼が言う通り負けるのであれば、戌亥道明は天辰葵に挑み、勝たなくてはいけない。
また、自分はより強大な壁でなければならないのだから。
その為に今は、最大の難敵になる天辰葵の動きを観察し続ける。
決して、乗り越えられない壁になるために。
「は、はい」
と、猫屋茜も、どうにかデュエルの邪魔にならないように実況できることはないかと円形闘技場のステージを見守る。
会長の、戌亥道明の解説席での会話を聞いて、
「だ、そうだよ。会長も言ってるよ。自分の攻略法は攻め続けることだと。希望を失わなければキミは勝てるよ」
と、未来望は天辰葵をはやし立てる。
「曙光残月すらかわされたのは驚きだけど、私ははじめっから絶望なんかしてないよ」
確かに最速の一撃をかわされたのは天辰葵にとって驚きであり初めてのことだ。
だが、天辰葵にとって最速の一撃すらも奥の手ではない。
「そうだよね。キミは絶望の中に居ながらにして、希望を消して失わない! 実に素晴らしい人だよ」
未来望は心底嬉しそうに天辰葵を褒め称える。
未来を知る、その能力に対して天辰葵は尻込みをしていない。
まるで初めから対策法を知っているかのようにも思えるが、天辰葵が何らかの対処法を持っている未来は、未来望には見えていない。
だからこそ、未来望は賞賛する。天辰葵を称賛するのだ。
「はぁ、これを人に向かって使うのは気が引けるな」
だが、天辰葵にとって最速の技をかわされたこと事実だ。
ならば、天辰葵も奥の手に頼らざる得ないと言うものだ。
ただこの技は、例えデュエルの場であっても相手の命を落としかねない、そんな危険な技だ。
このような場所で使う技ではない。
「なんだい? 自分のことは気にする必要はないよ」
そう言って未来望は微笑む。
まるで自らの死もいとわないかのように。
「私も人殺しは嫌だからね」
そう言いつつ、天辰葵は構える。
普通の構えではない。何か異様な、まるで祈りをささげるかのような、そんな構えだ。
「デュエルでかい? なに……!? これは…… 凄いね。流石だよ!! まさか未来が見えなくなるとは」
未来望がその細い眼を見開いて心底驚く。
今まで鮮明に見えていた未来の選択肢が、無数に枝分かれしていた未来が一斉に全て消え去った。
先ほどまで、このような未来は全く見えていなかった。
だが、天辰葵がその奥の手とやらを使う気になると、それは未来望の能力に干渉してきた。
無数に枝分かれしている未来、その一切合切を、すべて切り落とされるような感覚だ。
未来望とてそんなことは今まで体験したことがない。
だからこそ、未来望は失ったはずの希望を天辰葵に抱いてしまう。
そして、この絶望を終わらせてくれる人物だと確信をする。
「なら、やめておくよ。恐らくキミを殺してしまうから」
逆に未来望の反応を見て、天辰葵はその異様な構えを解く。
それで未来望も理解する。
「なるほど。自分が死ぬから未来が見えなくなるのか。では、殺されるようになるまで、キミを追い込むとするよ」
そう言うことであれば、未来望も本気になる。
期待以上の存在である天辰葵に更なる試練を課して、自分の命を懸けてまで希望を見出してしまう。
天辰葵に希望を託せるのであれば、自分が死ぬことも厭わないと、本気で想い、言っているのだ。
「そう言うのであれば、特に無敗に拘っていないし、次の機会を探るよ」
だが、天辰葵はそれに付き合わない。
人を殺めてまで、このデュエルと言う遊びに付き合うつもりはない。
「ムッ…… それは良くないよ、天辰さん。キミは逃げてはいけない。前に進むんだ。希望は、もうすぐそこにある!」
だが、未来望は興奮したようにそう言いだした。
「希望希望って、なんなんだい、キミは」
少し呆れるように天辰葵は未来望に問う。
「もう自分の中には希望は見いだせない。なら他の人に見出すしかないじゃないか」
その言葉を聞いて天辰葵にはピンとくるものがある。
「なるほどね。未来が見えてしまうからの達観かな?」
未来を知っているが故に、未来望、彼もまた動けないのだ。
希望を他人に託すしかないのだ。
もう自分の中に希望につながる選択肢がないのだから。
「まあ、そうかな」
「けど、もう普通に勝つ方法も分かったし」
天辰葵はそう言っていつものように優雅に笑う。
「ほう、それは面白い。奥の手も使わずに自分に勝つと?」
「完全に使わない訳じゃないよ。例えば……」
そう言って天辰葵は神速で踏み込む。
そして、奥の手と言われた技を使用しようとする。
だが、実際には使用しない。
寸前まで使用しようとしておいて、寸前で別の技に切り替える。
「これは…… なるほど。奥の手を使う前提で動き、自分の未来をすべて切り落としてからの……」
「滅神流、神域、曙光残月」
だが、その超神速の一撃すら未来望には届かない。
斬り捨てたはずの未来望が陽炎のように宙に溶けていく。
「あぶないあぶない。未来を斬り落とされてからの超神速の一撃か…… 幻影観力でなければ避けようがないね」
未来望はそう言って、硝子のような刀身を持つ幻影観力を見る。
丁子晶にデュエルアソーシエイトを頼まなければ、この時点で負けていたことだろう。
「これもダメなのか?」
天辰葵としても今の一撃で勝つつもりでいただけに、再度かわされた衝撃は大きい。
「いや、いい線は言ってるよ。実際、今のは危なかったよ。流石に自分も全部の未来を事前に把握できているわけではないからね」
未来望のその言葉を聞いて天辰葵も安心する。
そして、その言葉が本当なら、もう未来望は天辰葵の敵ではないとも。
「良いのかい? ヒントを与えても」
「言ったろ? 自分はただの試練に過ぎないと。あっ、これは言ってなかったかな。別の世界線だったか?」
未来望はそんなことを言いだした。
未来視と現実、とっさのことで混乱し区別ができていない様だ。
「もう一工夫必要そうだね」
「実際のところそうでもないね。さっきのを数回やれば自分を完全にとらえることが出来るよ。さっきのも本当にギリギリさ。凄いよ、天辰さんは。ここまで簡単にこの力を攻略されるのは初めてだね」
未来望は自分の予想とは、未来予知とは別の方法で自らの力を攻略されたことに、驚きと喜びを隠しきれない。
そして、未来望は再度確信する。
天辰葵こそが、この絶望しかない学園からの解放者だと。
「ああ、今の言葉で確信したよ。キミ、望さんの能力は天命殺で一度途切れさせれば、そこから先はまた未来の見直しになるんだね」
未来望言葉が嘘ではないと見切った天辰葵もその攻略法を伝える。
「おお、凄い! その通りだよ! 天命殺と言うのが奥の手の技かい? 未来をも無理やり無かったことにされるという事は、概念を、もしくは運命その物を? それらを断ち切るような、そんな剣技なのかい?」
未来望のその言葉に、天辰葵は少し顔を顰める。
「それは秘密だよ」
「なるほどね。めつしん流と言うのは、滅するの滅、しんは神様の神でいいのかな?」
既に、興奮し神刀すら構えてない。
託すべき希望を見つけ、そのことを知ることの方が大事のようだ。
「そうだよ」
「その名にふさわしい技だ。それより強い技はあるのかい?」
未来望はその細い目を見開き、興奮するように確認をしてくる。
今まで未来視でえた未来をこうも簡単に変えた、天辰葵に未来望は既に心酔してしまっている。
「物理的にはね」
「なるほどなるほど。ふむ、これは自分の試練など最初からいらなかったじゃないのかな、そう思えるね、キミは。本当に強い。そして、そんなに絶望しているのに希望に満ち溢れている! 本当に素晴らしい!」
未来望のその言葉に、天辰葵は少しだけ悲しそうにほほ笑む。
「もう満足したかい?」
天辰葵が確認する。
「いや、もう少しキミの試練として自分は立ちはだかるよ。キミが絶望したときに、少しでも希望を失わないようにね」
そう言って、未来望は幻影観力を再び構える。
「それは善意なのかな?」
「はじめっから最後まで、自分は希望の為に行動しているよ。それで自分の命が失われても。自分は一行に構わない」
そう言って、今度は未来望の方から、駆けよってくる。
「残念ながら、既に攻略済みだよ。もう私の障害になることすらできないよ」
そう言って天辰葵は余裕を持って微笑む。
「まだだ、まだ未来を、希望を見いだせる未来が見えない! まだ自分はキミの前に立ちふさがらないといけない!」
死に物狂いのように未来望はそう叫んで、天辰葵に斬りかかる。
本来は未来視により、かわすこともできないその斬撃を避ける前に、天命殺を使用すると思うことでその未来をかき消し、そして、悠々と避けて見せる。
思うだけで良い天辰葵にとっては、もう未来視は怖いものではない。
「そう? もうネタバレしたし、私の障害にはなれないよ」
「それで…… くっ、断続的に……」
そう言って未来望は苦しそうに頭を抱える。
無数に枝分かれた未来が切り落とされ、再び無数に伸び、そこから最善の未来を未来望はその都度、選び出さなければならない。
それは既に人間の処理能力を越えている。
「負荷が大きいようだね。こっちは素振りだけで良いからなんの消費もないんだけど。なるほど。未来は思った以上に枝分かれしているのか」
未来望の苦しみ様を見て、天辰葵もそれを理解する。
未来とは想像以上に枝分かれした物だと。
「そ、そうだよ…… その中から最良の選択肢を選び続けないといけない。そうしないとこの絶望からは誰も出られはしない!」
未来望がその言葉を言ったのを、天辰葵が聞いて少し驚いた表情を見せる。
「安心していいよ。そのために私がここに来たんだから」
そして、それを告げる。
「なに? こ、これは…… この未来は!?」
それを聞いた未来望、その未来がまた書き換わる。
運命が、未来が、明確に変わったのだ。
そして、その未来に、未来望は失ったはずの希望を見出す。
「辿り着けたのかい?」
天辰葵は優しく未来望に微笑みかける。
「しかし、この未来では…… キミは……」
と、未来望が見た未来を告げようとする。
「未来はね、自分で掴み取るためのものだよ。運命も神もすべて関係ない。だから、これで終わりだよ」
だが、未来望の言葉を、天辰葵は最後まで聞かない。
聞くべきではないと判断した。
「滅神流、神域、曙光残月」
三度めの超神速の一撃が未来望の持つ幻影観力を完全に捕らえる。
直前まで未来を斬り落とされている未来望にはそれを避ける術はない。
幻影観力の硝子のような刀身が砕け散る。
その粒子を、光り輝く希望を、辺りに煌めかせながら。
「そんな…… 望君ですらかなわないのか……」
希望を取り戻した未来望とは逆に絶望に満ちた目で丁子晶が砕かれた幻影観力を見ながら倒れ込んでいく。
未来望が負ける様に手を抜いていたわけではない。
なのに、幻影観力は砕かれたのだ。
自分がどんなにあがこうと、勝てなかった未来望が、こうもあっさりと敗れたのだ。
「葵様…… 貴女は一体……」
申渡月子も天辰葵の実力に言葉を失った。
また、天辰葵と未来望が話していた内容が気になって仕方がない。
「あの望がこうもあっさりと…… 天命殺、どんな剣技と言うんだ」
戌亥道明が興奮を隠せずに決着のついた円形闘技場のステージを見て居る。
「えー…… なんか戦うよりも話し合っている方が長くなかったですか? 勝ち方もいつもの神速での一撃ですし」
と、一般人である猫屋茜の感想はそんな物だった。
「確かに解説は必要なのかもね。ボクはものすごく充実した一試合だったよ」
だが、戌亥道明にとって、この試合は革命的な物だった。
そして、戌亥道明は確信する。
やはり天辰葵こそが、自分が待っていた存在だと。
「そりゃ会長はわかっているからでしょうけど、私には話し合って数度葵さんが瞬間移動して、また話して、それを何度か繰り返して、それで決着が着いちゃった感じですよ!」
と、猫屋茜は不満がありそうにそう言うが、
「でも、次の試合は恐らく喜寅さんが動く。見ごたえあると思うよ」
戌亥道明は清々しい顔でそう言った。
次の試合こそ、恐らく事実上の絶対少女決定戦と言ってもよい。
「おおー、それは楽しみですね!!」
猫屋茜も嬉しそうに、期待を込めるように喜んだ。
「やっぱり自分の負けさ。でも、凄いね。自分の想像していなかった負け方だよ、これは。で、自分への命令は何にするんだい?」
未来望の見て居た未来ではもっと天辰葵を追い込み苦しませた上で、勝たせる予定だった。
それしか、希望を見いだせなかったのだが、それを大きく上回る結果で、天辰葵は未来望に勝ったのだ。
「んー、特にないんだよね。どーしようかな。ああ、そうだ。私の望みは叶うかどうか教えてよ」
天辰葵は微笑みながらそんなことを未来望に聞いた。
「叶うよ」
未来望は、本当に朗らかに笑いながらそれを肯定する。
「え? 本当に?」
と、天辰葵が嬉しそうに微笑む。
「ああ、だから、希望を失わないで」
未来望は泣きながら、その言葉を伝える。
「それが本当なら希望が溢れまくりだよ」
「それは良かった」
「え? 葵様の願いって、あれですよね…… 叶ってしまうんですか? 尻枕が?」
月子だけが絶望したような表情でそう言った。
━【次回議事録予告-Proceedings.57-】━━━━━━━
最強の剣士、猛虎が竜に挑む。
それ以外の言葉はいらない。
━次回、竜騰がる時、戦いに赴く虎.01━━━━━━━
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる