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甲斐性なしの竜と能ある鳥は金を稼ぐ
【Proceedings.49】甲斐性なしの竜と能ある鳥は金を稼ぐ.07
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「葵君の本気か。これは見ものだね」
戌亥道明も興味ありと円形闘技場のステージを見下ろす。
「あの神速も古武術によるものなんですか?」
猫屋茜が不思議そうにそう戌亥道明に聞くが、
「いや、流石にあそこまで早く動ける技術はないはずだよ。やはりあの神速は神刀由来の物と考えるのが自然だね」
と、戌亥道明は答える。
流石にあんな人間離れしたスピードを生身で出す技術など古武術と言えど存在はしない。
そうなると、やはり神刀の能力を引き出していると言うことになる。
「それにしては葵さん、最初から使いこなしているような?」
と、猫屋茜がそう言った。
確かに天辰葵は最初から、それこそ暴れ馬が申渡月子を襲った時から使っていたように思える。
少なくとも猫屋茜にはそう見えた。
猫屋茜も遠くからではあるがそれを目撃している。
「まあ、葵君だからね。蛇腹剣ですら容易に使いこなしていたから、どうだろうね」
「たしかにそうですね。じゃあ、葵さんが齧っていたという武術はどういったものなんでしょうか」
ただ生徒会長にそう言われれば猫屋茜も納得せざる得ない。
それはそれとして、あの天辰葵が学んでいる武術というものは興味がそそられるものだ。
「まあ、何にせよ。葵君の本気とやらが、これから見れるから見ものなんだよ」
「ごめんね、ひらり。本気を出すからにはもう手加減はできないよ。少しばかり痛い目を見てもらうかもね」
天辰葵はもう一度酉水ひらりに謝る。
「えー、やだー、ひらりいたいのはやだよー、手加減してよー」
酉水ひらりはそう言って本当に嫌そうな顔をする。
酉水ひらりとしては、やはりデュエル自体あまり好きではないのかもしれない。
痛い思いも絶対的な命令も、酉水ひらりからすれば割りに合わないのだ。
「それだけ、ひらりが強かったってことだよ」
そう言って天辰葵は刀を強く握るだけでなく構える。
五行の構えで言うところの脇構えだ。
酉水ひらりは天辰葵からの明確な殺気を感じ取り、
「いやー、そんなことはいいから、手加減してー、痛いのはいやー」
と、駄々をこねだす。
が、既に天辰葵は本気になっている。
そんな隙を見逃しはなしない。
「滅神流、村雨散華」
その言葉と共に、天辰葵の姿が消える。
それは華麗な連撃だった。
優雅で華麗。そして、もしこれが本当の戦いであれば、その瞬間に生死を分けているような一撃一撃が急所を突くような三連撃。
雨によりその花を散らすような、避けようのない三つの連撃、いや、連撃と言っていいのかも不明な攻撃だった。
突きから始まり斬り、そして、払いへと続く。
その動作が一動作ですべて終わっている。
豪雨が降り、花が散り、地に落ちる。
その動作がすべて終わった後のように、既に決まった過去のことのように、避けようがない刹那の三撃。
「いったーい!! せ、制服も斬られてる!」
それでも有名百銭の力により強化さえた酉水ひらりには痛いで済ませられる攻撃でしかない。
「ひらり! 財布は平気か!」
丁子晶が酉水ひらりよりも、財布のほうの心配してそう叫ぶ。
「だいじょうぶー、それは死守してるけど、さっきの今のひらりでも見れなかったよ! どうするのー」
と、酉水ひらりは痛みで涙目になりながらそう言った。
「今ので痛いで済まされると、ちょっとへこむな」
流石の天辰葵も今の技を痛い、と言う言葉だけで済まされるとは思っていなかったようだ。
「今のは連撃なのか……? 心臓を突き、喉を斬り、腹部、いや、丹田か? それを斬り払っている…… 何て言う技だ」
戌亥道明がその技を見て驚愕する。
簡単に、これがデュエルでなければ、確実に人の命を奪い去る技だ。
三連撃、そのどれもが必殺の一撃でありながら、ほぼ同時に行動を終えている。
天辰葵の神速が無ければあり得ない必殺技、そう言っても過言ではない程の絶技。
「え? 今ので三回も攻撃したんですか! 私には全然見えてませんよ!」
猫屋茜には天辰葵が酉水ひらりと、いつもの神速ですれ違ったようにしか見えなかった。
確かにこれでは実況などできるわけもない。
「ああ、どれもが致命傷になる一撃を三回、それもほぼ同時に放っている…… だが、それすらも痛い程度で済ませるのか」
戌亥道明とて驚愕せざる得ない。
天辰葵が放った技にも、それを痛い、と言うだけで耐えて見せる酉水ひらりもだ。
どちらも、戌亥道明が待ちわびていた逸材と言っても過言ではない。
「え? すごっ、そんな攻撃をしてたんですね! しかも、それに耐えるひらりさんも凄いですね!」
猫屋茜は訳も変わらずにそう言うしかない。
相も変わらず実況などできることがない。
「葵様、今のは……」
ただ申渡月子は一応はデュエリストに選ばれた女だ。
その凄まじい絶技の一端を知覚することはできた。
「うちで習う剣術の技の一つだよ」
少し寂しそうに笑いながら、天辰葵は申渡月子に告げる。
あまり人に自慢してよい技ではない。
実際に人に放てば、その命を三度は刈り取ることが出来る必殺の剣だ。
「葵様は道場の跡取りか何かで……」
申渡月子もそれを実感できているのか驚いている。
「いいや、うちは神社だよ。本来は巫女さんだよ」
そう言って、やはり天辰葵は笑う。
「え? 巫女なのにそんな剣術を習うんですか?」
「うちは少し特殊だからね」
そして、少しだけ悲しそうに天辰葵は笑う。
「ますます興味あるなー、葵ちゃん、漫画の中の世界の住人なんじゃない?」
そんな絶技とも言える技を喰らい、痛いで済ませた無敵要塞ひらりが天辰葵の前に立ちはだかる。
「この学園も似たような物でしょう?」
「え? そう? よくある学園だよー」
酉水ひらりはそう言って硝子のような半透明の刀身を持つ幻影観力を握る。
「ふーん、なるほどね。月子がデュエルを嫌う理由が少しわかった気がするね」
「何言ってるのー」
酉水ひらりは本当に訳が分からないと言った表情を浮かべている。
普通の学園にはデュエルなんてシステムは存在しないのを知らないかのように。
「けど、村雨散華で痛い程度なのか。想像以上に強化されているのかな」
天辰葵もそれは計算外だった。
今ので酉水ひらりを気絶させ、デュエルを終える気でいたのだが、考えが甘かったようだ。
酉水ひらりにあまりやる気がないだけで、本当に極限まで酉水ひらりはすべてにおいて強化されているようだ。
「むー、晶! どうするのー? このままでいいのー? ひらり、痛いのはもう嫌だよー」
まさかあの天辰葵に攻撃されるとは思っていなかった酉水ひらりは丁子晶に指示を乞う。
「ひらりも本気を出して! 護身術を解禁して!」
そして、丁子晶から返ってきた指示は、最後の最後までとって置けと言われていたことだ。
これを出すには一撃で決めろ、二度目はない。
そう何度もきつく言われていたことだった。
「え? 今でいいのー? それ、奥の手じゃなかったのー?」
「ああ、想像以上にさっきのはヤバイよ。今のひらりでも何度も受けれるものじゃない」
丁子晶にはわかる。
酉水ひらりは痛い、で済ましているが、臓器にまで及ぶ攻撃をされたのだ。
痛みだけとはいえ、流石の丁子晶も酉水ひらりにそこまでの危険を冒させるわけにはいかない。
それと同時に、そんな攻撃を天辰葵が酉水ひらりにはなったことにも驚いている、完全に想定外だ。
天辰葵にとって今までのすべてが遊びであった。だから笑っていられた。
けど、天辰葵は今は酉水ひらりを明確な、敵と、初めて実力を出すに値する敵と認識したのかもしれない。
「たしかに痛かったよ、じゃあ、今度はひらりが金守流護身術を見せていいんだね」
そう言って酉水ひらりも笑う。
金守流護身術。
護身術とは名ばかりの、これもまた容易く人の命を奪う技術だ。
「そうだよ、攻めの時だよ!」
「護身術ね…… なるほど。温存してたのは私への対策かな?」
「ああ、そうだよ! ひらり、容赦しないで!」
天辰葵に同じ技は通じないと言っていい。
仕留めるなら最初の一撃で仕留めなくてはならない。次からは見切られてしまう。
だからこそ、丁子晶は酉水ひらりには奥の手として温存させていた。
「わかったー、ひらりも容赦しないよー、さっきの痛かったんだから!」
と、酉水ひらりもお返しとばかりに本気で攻める気でいる。
天辰葵も覚悟を決める。
流石に天辰葵と言えど危険を認めざる得ない選択肢だ。
それでもやるしかない。
「月子。ご褒美を考えておいてよ」
天辰葵は申渡月子に振り返り笑顔でそう言った。
その笑顔を見た申渡月子は迷いなく次の言葉を紡ぎだす。
「は、はい! デートしましょう! 二人で桜並木を歩きましょう!」
そうしなければならない、そう、申渡月子には思えたからだ。
「いいね、それ」
「いくよー、葵ちゃん、デート何てさせてあげないからー」
「来なよ、ひらり。決着をつけよう」
「金守流護身術奥義! 先手必勝! 立鳥不濁殺」
金守流護身術。
その奥義は、やられる前に殺る、だ。
攻撃こそ最大の防御。
それを実現させる先手必勝の一撃。
立鳥不濁殺。
水面から飛び立つ鳥を殺しても、決して水を濁らすこともない。
死んだはずの鳥が、自分が死んだことすら気づかずに飛び立ったつもりで水底へと沈んでいく、それほどの鋭さを持った一撃。
それは最速でどこまでも鋭い、普段の酉水ひらりからは想像もできない、鋭さのみを追求した突きだった。
心臓をまさしく一突き。
硝子のような刀身を持つ幻影観力はただでさえ視認しにくい。
その上で、ノーモーションから繰り出される唐突な突きはかわせるものではない。
それでも天辰葵はその突きを見逃さない。
そして、あえて受ける。
本気を出した天辰葵なら、それすらもかわすことはできる。
だが、あえて受けた。
それしか勝つ術はないと、天辰葵もわかっているからだ。
体をわずかにそらし、心臓を直撃させるのだけは避ける。
それでも痛みはとてつもない。
有名百銭の力により強化された一撃は凄まじいほどの衝撃を生み、天辰葵の体の中を駆け巡る。
痛みだけのはずなのに、口から血が噴き出してくるほどの痛みと衝撃に天辰葵は耐える。
有名百銭により強化された酉水ひらりの一撃を、吹き飛ばされるようになるのを、なんとか歯を食いしばりその場に踏みとどまり耐える。
流石の天辰葵も意識が飛びそうになるほどの痛みだ。
だが、耐えるだけではダメだ。
天辰葵は左手で幻影観力の刀身を引き抜かせないために掴む。
これで、幻影観力が自分に刺さっている間は幻影観力と言えど幻体化はできない。
だが、それすらも丁子晶は予測できている。
「ひらり、今だ! あの言葉を!」
奥義をまともに受け、その上、幻影観力を掴まれるとは思っていなかった酉水ひらりは慌てながらも言われたことを実行する。
「え? え、あ、うん、ひらりも実は男の子だよー」
その言葉に天辰葵の目が開く。
血走った目を大きく開き、
「嘘だね! ひらりからはちゃんとラクトンの香りがしているから!」
そう言った。言い切った。
ラクトン。
それは環状エステルのことだ。
また、それは女性特有の体臭成分でもある。
俗にいうところの、女の子の良い匂い、の正体的な香気成分だ。
天辰葵はそれを嗅ぎ取り、酉水ひらりの言葉を嘘だと看破して見せたのだ。
「え?」
誰もがそう声を漏らした。
この場にいる天辰葵以外の誰もがだ。
天辰葵以外の誰もが、そう声を漏らしたのだ。
この状況下で中々聞ける言葉ではない。
そして、天辰葵は渾身の力を込めて、月下万象を幻影観力に叩きつける。
幻影観力の硝子のような透明な刀身が砕け散る。
確かに有名百銭は酉水ひらりを強化する。
だが、幻影観力にまではその効果は及ばない。
「そんなバカな……」
そう言って丁子晶が倒れる。
流石の天辰葵も片膝を着く。
「葵様!」
そう叫んで月子がかけよって着て倒れ込む葵を支える。
その様子を見てひらりはつまらなそうに、
「あーん、負けちゃったー」
と、つぶやく。
「ひ、ひらり、これがひらりへの命令だよ。もう嫌だと思う依頼は受けないように…… ね」
葵は月子に支えられながらも、やさしい笑顔でそう言った。
「え…… うん…… でもね、葵ちゃん、ひらりは割と葵ちゃんのこと好きだよ」
と、呆気にとられた顔でひらりはそう言い返す。
「はは、ありがとう。流石に今回はヤバかった……」
そう言って葵は月子に寄りかかる。
「葵様、本当に大丈夫なんですか!」
月子が葵を心配そうに支えながらそう聞くが、葵の表情はまだ苦しそうだ。
「ああ、大丈夫だよ、月子。デュエルが終わったからね、痛みももうないよ」
そうはいっているが、葵の体には今だに力が入らない。
だが、デュエルが終わったことで円形闘技場が揺れ始める。
「あー、じゃあ、沈む前に晶連れてひらりも帰るね」
ひらりはそう言って倒れ込んでいる晶の足を掴んで引きずりながら円形闘技場から退場していく。
「葵様、私達も帰りましょう」
月子にそう言われ、葵も笑顔で頷く。
そして、円形闘技場を後にする。
━【次回議事録予告-Proceedings.50-】━━━━━━━
遂に三強と名高い男の一人が動き出す。
その実力は未だ未知数。
天辰葵は申渡月子とデートをすることができるのか!?
━次回、時に立ち向かう竜と未来を知る屠所の羊.01━━
戌亥道明も興味ありと円形闘技場のステージを見下ろす。
「あの神速も古武術によるものなんですか?」
猫屋茜が不思議そうにそう戌亥道明に聞くが、
「いや、流石にあそこまで早く動ける技術はないはずだよ。やはりあの神速は神刀由来の物と考えるのが自然だね」
と、戌亥道明は答える。
流石にあんな人間離れしたスピードを生身で出す技術など古武術と言えど存在はしない。
そうなると、やはり神刀の能力を引き出していると言うことになる。
「それにしては葵さん、最初から使いこなしているような?」
と、猫屋茜がそう言った。
確かに天辰葵は最初から、それこそ暴れ馬が申渡月子を襲った時から使っていたように思える。
少なくとも猫屋茜にはそう見えた。
猫屋茜も遠くからではあるがそれを目撃している。
「まあ、葵君だからね。蛇腹剣ですら容易に使いこなしていたから、どうだろうね」
「たしかにそうですね。じゃあ、葵さんが齧っていたという武術はどういったものなんでしょうか」
ただ生徒会長にそう言われれば猫屋茜も納得せざる得ない。
それはそれとして、あの天辰葵が学んでいる武術というものは興味がそそられるものだ。
「まあ、何にせよ。葵君の本気とやらが、これから見れるから見ものなんだよ」
「ごめんね、ひらり。本気を出すからにはもう手加減はできないよ。少しばかり痛い目を見てもらうかもね」
天辰葵はもう一度酉水ひらりに謝る。
「えー、やだー、ひらりいたいのはやだよー、手加減してよー」
酉水ひらりはそう言って本当に嫌そうな顔をする。
酉水ひらりとしては、やはりデュエル自体あまり好きではないのかもしれない。
痛い思いも絶対的な命令も、酉水ひらりからすれば割りに合わないのだ。
「それだけ、ひらりが強かったってことだよ」
そう言って天辰葵は刀を強く握るだけでなく構える。
五行の構えで言うところの脇構えだ。
酉水ひらりは天辰葵からの明確な殺気を感じ取り、
「いやー、そんなことはいいから、手加減してー、痛いのはいやー」
と、駄々をこねだす。
が、既に天辰葵は本気になっている。
そんな隙を見逃しはなしない。
「滅神流、村雨散華」
その言葉と共に、天辰葵の姿が消える。
それは華麗な連撃だった。
優雅で華麗。そして、もしこれが本当の戦いであれば、その瞬間に生死を分けているような一撃一撃が急所を突くような三連撃。
雨によりその花を散らすような、避けようのない三つの連撃、いや、連撃と言っていいのかも不明な攻撃だった。
突きから始まり斬り、そして、払いへと続く。
その動作が一動作ですべて終わっている。
豪雨が降り、花が散り、地に落ちる。
その動作がすべて終わった後のように、既に決まった過去のことのように、避けようがない刹那の三撃。
「いったーい!! せ、制服も斬られてる!」
それでも有名百銭の力により強化さえた酉水ひらりには痛いで済ませられる攻撃でしかない。
「ひらり! 財布は平気か!」
丁子晶が酉水ひらりよりも、財布のほうの心配してそう叫ぶ。
「だいじょうぶー、それは死守してるけど、さっきの今のひらりでも見れなかったよ! どうするのー」
と、酉水ひらりは痛みで涙目になりながらそう言った。
「今ので痛いで済まされると、ちょっとへこむな」
流石の天辰葵も今の技を痛い、と言う言葉だけで済まされるとは思っていなかったようだ。
「今のは連撃なのか……? 心臓を突き、喉を斬り、腹部、いや、丹田か? それを斬り払っている…… 何て言う技だ」
戌亥道明がその技を見て驚愕する。
簡単に、これがデュエルでなければ、確実に人の命を奪い去る技だ。
三連撃、そのどれもが必殺の一撃でありながら、ほぼ同時に行動を終えている。
天辰葵の神速が無ければあり得ない必殺技、そう言っても過言ではない程の絶技。
「え? 今ので三回も攻撃したんですか! 私には全然見えてませんよ!」
猫屋茜には天辰葵が酉水ひらりと、いつもの神速ですれ違ったようにしか見えなかった。
確かにこれでは実況などできるわけもない。
「ああ、どれもが致命傷になる一撃を三回、それもほぼ同時に放っている…… だが、それすらも痛い程度で済ませるのか」
戌亥道明とて驚愕せざる得ない。
天辰葵が放った技にも、それを痛い、と言うだけで耐えて見せる酉水ひらりもだ。
どちらも、戌亥道明が待ちわびていた逸材と言っても過言ではない。
「え? すごっ、そんな攻撃をしてたんですね! しかも、それに耐えるひらりさんも凄いですね!」
猫屋茜は訳も変わらずにそう言うしかない。
相も変わらず実況などできることがない。
「葵様、今のは……」
ただ申渡月子は一応はデュエリストに選ばれた女だ。
その凄まじい絶技の一端を知覚することはできた。
「うちで習う剣術の技の一つだよ」
少し寂しそうに笑いながら、天辰葵は申渡月子に告げる。
あまり人に自慢してよい技ではない。
実際に人に放てば、その命を三度は刈り取ることが出来る必殺の剣だ。
「葵様は道場の跡取りか何かで……」
申渡月子もそれを実感できているのか驚いている。
「いいや、うちは神社だよ。本来は巫女さんだよ」
そう言って、やはり天辰葵は笑う。
「え? 巫女なのにそんな剣術を習うんですか?」
「うちは少し特殊だからね」
そして、少しだけ悲しそうに天辰葵は笑う。
「ますます興味あるなー、葵ちゃん、漫画の中の世界の住人なんじゃない?」
そんな絶技とも言える技を喰らい、痛いで済ませた無敵要塞ひらりが天辰葵の前に立ちはだかる。
「この学園も似たような物でしょう?」
「え? そう? よくある学園だよー」
酉水ひらりはそう言って硝子のような半透明の刀身を持つ幻影観力を握る。
「ふーん、なるほどね。月子がデュエルを嫌う理由が少しわかった気がするね」
「何言ってるのー」
酉水ひらりは本当に訳が分からないと言った表情を浮かべている。
普通の学園にはデュエルなんてシステムは存在しないのを知らないかのように。
「けど、村雨散華で痛い程度なのか。想像以上に強化されているのかな」
天辰葵もそれは計算外だった。
今ので酉水ひらりを気絶させ、デュエルを終える気でいたのだが、考えが甘かったようだ。
酉水ひらりにあまりやる気がないだけで、本当に極限まで酉水ひらりはすべてにおいて強化されているようだ。
「むー、晶! どうするのー? このままでいいのー? ひらり、痛いのはもう嫌だよー」
まさかあの天辰葵に攻撃されるとは思っていなかった酉水ひらりは丁子晶に指示を乞う。
「ひらりも本気を出して! 護身術を解禁して!」
そして、丁子晶から返ってきた指示は、最後の最後までとって置けと言われていたことだ。
これを出すには一撃で決めろ、二度目はない。
そう何度もきつく言われていたことだった。
「え? 今でいいのー? それ、奥の手じゃなかったのー?」
「ああ、想像以上にさっきのはヤバイよ。今のひらりでも何度も受けれるものじゃない」
丁子晶にはわかる。
酉水ひらりは痛い、で済ましているが、臓器にまで及ぶ攻撃をされたのだ。
痛みだけとはいえ、流石の丁子晶も酉水ひらりにそこまでの危険を冒させるわけにはいかない。
それと同時に、そんな攻撃を天辰葵が酉水ひらりにはなったことにも驚いている、完全に想定外だ。
天辰葵にとって今までのすべてが遊びであった。だから笑っていられた。
けど、天辰葵は今は酉水ひらりを明確な、敵と、初めて実力を出すに値する敵と認識したのかもしれない。
「たしかに痛かったよ、じゃあ、今度はひらりが金守流護身術を見せていいんだね」
そう言って酉水ひらりも笑う。
金守流護身術。
護身術とは名ばかりの、これもまた容易く人の命を奪う技術だ。
「そうだよ、攻めの時だよ!」
「護身術ね…… なるほど。温存してたのは私への対策かな?」
「ああ、そうだよ! ひらり、容赦しないで!」
天辰葵に同じ技は通じないと言っていい。
仕留めるなら最初の一撃で仕留めなくてはならない。次からは見切られてしまう。
だからこそ、丁子晶は酉水ひらりには奥の手として温存させていた。
「わかったー、ひらりも容赦しないよー、さっきの痛かったんだから!」
と、酉水ひらりもお返しとばかりに本気で攻める気でいる。
天辰葵も覚悟を決める。
流石に天辰葵と言えど危険を認めざる得ない選択肢だ。
それでもやるしかない。
「月子。ご褒美を考えておいてよ」
天辰葵は申渡月子に振り返り笑顔でそう言った。
その笑顔を見た申渡月子は迷いなく次の言葉を紡ぎだす。
「は、はい! デートしましょう! 二人で桜並木を歩きましょう!」
そうしなければならない、そう、申渡月子には思えたからだ。
「いいね、それ」
「いくよー、葵ちゃん、デート何てさせてあげないからー」
「来なよ、ひらり。決着をつけよう」
「金守流護身術奥義! 先手必勝! 立鳥不濁殺」
金守流護身術。
その奥義は、やられる前に殺る、だ。
攻撃こそ最大の防御。
それを実現させる先手必勝の一撃。
立鳥不濁殺。
水面から飛び立つ鳥を殺しても、決して水を濁らすこともない。
死んだはずの鳥が、自分が死んだことすら気づかずに飛び立ったつもりで水底へと沈んでいく、それほどの鋭さを持った一撃。
それは最速でどこまでも鋭い、普段の酉水ひらりからは想像もできない、鋭さのみを追求した突きだった。
心臓をまさしく一突き。
硝子のような刀身を持つ幻影観力はただでさえ視認しにくい。
その上で、ノーモーションから繰り出される唐突な突きはかわせるものではない。
それでも天辰葵はその突きを見逃さない。
そして、あえて受ける。
本気を出した天辰葵なら、それすらもかわすことはできる。
だが、あえて受けた。
それしか勝つ術はないと、天辰葵もわかっているからだ。
体をわずかにそらし、心臓を直撃させるのだけは避ける。
それでも痛みはとてつもない。
有名百銭の力により強化された一撃は凄まじいほどの衝撃を生み、天辰葵の体の中を駆け巡る。
痛みだけのはずなのに、口から血が噴き出してくるほどの痛みと衝撃に天辰葵は耐える。
有名百銭により強化された酉水ひらりの一撃を、吹き飛ばされるようになるのを、なんとか歯を食いしばりその場に踏みとどまり耐える。
流石の天辰葵も意識が飛びそうになるほどの痛みだ。
だが、耐えるだけではダメだ。
天辰葵は左手で幻影観力の刀身を引き抜かせないために掴む。
これで、幻影観力が自分に刺さっている間は幻影観力と言えど幻体化はできない。
だが、それすらも丁子晶は予測できている。
「ひらり、今だ! あの言葉を!」
奥義をまともに受け、その上、幻影観力を掴まれるとは思っていなかった酉水ひらりは慌てながらも言われたことを実行する。
「え? え、あ、うん、ひらりも実は男の子だよー」
その言葉に天辰葵の目が開く。
血走った目を大きく開き、
「嘘だね! ひらりからはちゃんとラクトンの香りがしているから!」
そう言った。言い切った。
ラクトン。
それは環状エステルのことだ。
また、それは女性特有の体臭成分でもある。
俗にいうところの、女の子の良い匂い、の正体的な香気成分だ。
天辰葵はそれを嗅ぎ取り、酉水ひらりの言葉を嘘だと看破して見せたのだ。
「え?」
誰もがそう声を漏らした。
この場にいる天辰葵以外の誰もがだ。
天辰葵以外の誰もが、そう声を漏らしたのだ。
この状況下で中々聞ける言葉ではない。
そして、天辰葵は渾身の力を込めて、月下万象を幻影観力に叩きつける。
幻影観力の硝子のような透明な刀身が砕け散る。
確かに有名百銭は酉水ひらりを強化する。
だが、幻影観力にまではその効果は及ばない。
「そんなバカな……」
そう言って丁子晶が倒れる。
流石の天辰葵も片膝を着く。
「葵様!」
そう叫んで月子がかけよって着て倒れ込む葵を支える。
その様子を見てひらりはつまらなそうに、
「あーん、負けちゃったー」
と、つぶやく。
「ひ、ひらり、これがひらりへの命令だよ。もう嫌だと思う依頼は受けないように…… ね」
葵は月子に支えられながらも、やさしい笑顔でそう言った。
「え…… うん…… でもね、葵ちゃん、ひらりは割と葵ちゃんのこと好きだよ」
と、呆気にとられた顔でひらりはそう言い返す。
「はは、ありがとう。流石に今回はヤバかった……」
そう言って葵は月子に寄りかかる。
「葵様、本当に大丈夫なんですか!」
月子が葵を心配そうに支えながらそう聞くが、葵の表情はまだ苦しそうだ。
「ああ、大丈夫だよ、月子。デュエルが終わったからね、痛みももうないよ」
そうはいっているが、葵の体には今だに力が入らない。
だが、デュエルが終わったことで円形闘技場が揺れ始める。
「あー、じゃあ、沈む前に晶連れてひらりも帰るね」
ひらりはそう言って倒れ込んでいる晶の足を掴んで引きずりながら円形闘技場から退場していく。
「葵様、私達も帰りましょう」
月子にそう言われ、葵も笑顔で頷く。
そして、円形闘技場を後にする。
━【次回議事録予告-Proceedings.50-】━━━━━━━
遂に三強と名高い男の一人が動き出す。
その実力は未だ未知数。
天辰葵は申渡月子とデートをすることができるのか!?
━次回、時に立ち向かう竜と未来を知る屠所の羊.01━━
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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
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