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甲斐性なしの竜と能ある鳥は金を稼ぐ

【Proceedings.47】甲斐性なしの竜と能ある鳥は金を稼ぐ.05

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「いざ、尋常にー」
「勝負!」

 その掛け声でデュエルが開始する。
「まずはお手並み拝見っと!」
 天辰葵は得意の神速の如き速さで踏み込む。
 十メートル近くの間合いを一瞬で詰め、閃光の如き一撃を酉水ひらりの持つ幻影観力に叩き込む。

 が、それは空を斬る。

 酉水ひらりの持つ幻影観力は、迫りくる月下万象を揺らぐようにしてすり抜ける。
 だが、それは前のデュエルでも体験したことだ。
 そして、それと時に天辰葵は気づく。
 神速で移動しているはずの自分が酉水ひらりに目で追われていることに。

 天辰葵はすぐに次の攻撃を全方向に向けて警戒するがどの方向からも来ない。
 
 その代わり酉水ひらりは幻影観力を振り上げ、振り下ろす。
 それはただの一撃ではない。
 百万にも近い金額で強化された一撃だ。
 それは容易く円形闘技場の床をえぐる。
 そのことから幻体ではなく幻影観力を実体化させての一撃だとわかる。

 初めから警戒していた天辰葵は即座に神速を使い離脱しているので被害はない。
 が、やはり神速で移動している天辰葵を酉水ひらりは完全に目で追っている。
「なるほど。自分の中にある神刀の力を引き出せる…… か。これは手ごわいね」
 先ほど振り下ろされた一撃も、酉水ひらりのような小柄な体型から繰り出せて良いような攻撃ではない。
 ただ無造作に振り下ろしただけであの威力なのだ。
「えー、でも、思っていたより葵ちゃんの神速? 早くはないんだね。ひらりでも目で追えてたよー」
 酉水ひらりはそう言って勝利を確信したかのように笑う。
 酉水ひらり自身も想像以上の強化具合を実感しているのだろう。
 身体能力や動体視力が極限まで高まっているのだ。
 それだけではない。
 実は酉水ひらりも知らないことであるが、剣術の才能といった物までもが、酉水ひらりの中に宿る神刀により高められている。



「一体、いくらため込んでいるんだひらり君は。あの神速を目で追えるとか……」
 天辰葵の神速を目で追えていることに戌亥道明も驚愕する。
「会長は目で追えるんですか? 私には目で追えないので実況したくてもできないんですよ!」
 と、猫屋茜が興奮気味で、羨ましそうに、自分も目で追えるのであれば、より一層実況できるのにと言った感じで不満ともとれるは発言をする。
「ある程度は…… だけどね。これはなかなか面白い試合になりそうだ」
 ただ実況のことなどどうでもいい戌亥道明はデュエルの行く末の方が大事だ。
 場合によっては天辰葵ではなく酉水ひらりの方が、戌亥道明の求めていた存在という事すらあり得る。
 今までは酉水ひらりのやる気のなさで、気づきもしなかったことだ。
 それが天辰葵に丁子晶が触発され、その影響ではあるが、酉水ひらりの長所を際限なく発揮している。
 そして、それは予想以上の強さだ。



 それでも、天辰葵はまだ笑みを絶やさない。
「けど、やることは決まってるよ」
 再度、天辰葵は神速で踏み込む。
 同じように月下万象で幻影観力を斬りつける。
 無論、幻影観力は幻体となっておりすり抜ける。
 そのまま、天辰葵は月下万象を斬り返し、酉水ひらりが首から下げているショルダーバッグのような大きさのがま口財布の紐を狙う。
 紐を斬り財布を奪い、酉水ひらりの強化を無効化するつもりの行動だ。

 が、それすらも、がま口の財布自体も、月下万象はすり抜けていく。
 酉水ひらりは、いや、それを考え伝えていたのは丁子晶だが、財布の紐も狙われること予想して、あらかじめ財布自体を幻体に切り替えていたのだ。
 本物のがま口財布は幻術により巧妙に隠され、天辰葵の目には見えない。

 デュエルで決着を付けるためには相手の神刀を折らなければならない。
 けれど、それは幻体となっていて折ることは難しい。
 さらに酉水ひらりは財布の中身の金額によってその身体能力を際限なく強化されている。
 その強化を解くには財布を奪えばいいのだが、それも幻影観力の力により防がれている。

 ならばとばかりに天辰葵はその瞬間を待つ。。
 酉水ひらりが幻影観力を振り上げ振り下ろそうとした瞬間を、天辰葵は狙う。
 攻撃するという事は、幻影観力も実体化しているという事だ。

 だが、丁子晶はそれすらも予測し、事前に酉水ひらりに伝えてある。
 財布を奪えないとなると、次は攻撃する瞬間を狙ってくるはずだと。
 
 天辰葵の思考回路は極力無駄を省く。
 だから、その行動をよみきるのは丁子晶にとって難しくない。
 ただ天辰葵が感情を爆発させたときはまた別だ。
 感情を爆発させた天辰葵は丁子晶でも予測は不可能だ。
 だから、丁子晶は酉水ひらりに天辰葵を誘惑させた。
 天辰葵が一番感情を爆発させやすい申渡月子の存在を少しでも遠ざける為だ。

 丁子晶の見たてでは申渡月子に天辰葵の想いに応えるつもりはない。
 なら、酉水ひらりを天辰葵に接近させることで、天辰葵と申渡月子の仲を引きはがすのは容易と考えてのことだ。

 酉水ひらりにより振り下ろされた幻影観力は、月下万象と天辰葵をすり抜け、振り切られる。
 が、返す刀で再び酉水ひらりは天辰葵に斬りつける。
 一旦接触を断てば、幻体と実体を切り替えることは、対象が幻影観力の刀身であるならば酉水ひらりでも可能なのだ。
 流石に丁子晶のように酉水ひらりの体全体の切り替えは、酉水ひらりには不可能だ。
 だが、その力の源である幻影観力の刀身だけであるならば、それも可能となる。

 神速でも間に合わないと悟った天辰葵は月下万象でその一撃を受ける。
 月下万象と幻影観力がぶつかり、凄まじい衝撃が生まれる。

 刀を振り下ろした酉水ひらりはその場にとどまり、天辰葵はその衝撃で吹き飛ばされる。
 いや、天辰葵は自ら後方へと飛び、月下万象にかかる負荷を、その衝撃を軽減させる。

 自ら後ろに飛んだとはいえ、かなり後方まで下がらされた天辰葵は驚きを隠せない。
「これは驚いた。まるで隙がないね……」
 苦しい顔を見せて天辰葵はそう言わざる得ない。
 酉水ひらりの一撃を受けた天辰葵の右腕は勢いを殺しきれずに痺れているほどだ。
 まともに酉水ひらりの一撃を受けていたら、それこそ一撃で月下万象が折られかねない。
 想像以上に酉水ひらりは強化されているようだ。
「あれー、これ、ひらり勝てるかもー?」
 今の手ごたえを確かに感じ酉水ひらりは勝ちを意識し始める。

「クククッ、だから言ったろ、ひらり! 勝てるって! 今のひらりは言ってしまえば無敵要塞ひらり! 隙も弱点もないよ!」
 酉水ひらりの奮闘ぶりを見て、丁子晶も勝ちを確信する。
 このままいけば勝つことは容易だ。
「えっ、やめてよ。そんな可愛くない呼び名」
 そう言いつつ、酉水ひらりは天辰葵にゆっくりと近寄る。

「葵様……」
 流石に申渡月子も心配そうに声をかける。
「大丈夫だよ、月子。ちょっと手ごわいだけさ」
 それでも、天辰葵はただいつも通りに微笑みを絶やさない。



━【次回議事録予告-Proceedings.48-】━━━━━━━


 無敵要塞と化した酉水ひらりに天辰葵はどうあらがうのか。
 ついに天辰葵が本気を見せる時が来る。


━次回、甲斐性なしの竜と能ある鳥は金を稼ぐ.06━━
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