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嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎

【Proceedings.30】嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎.02

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「月子、おかえり……」
 明らかに拗ねた子供のような葵が自室で月子を迎え入れる。
「どうしたんですか、葵様、風邪でも引いたんですか?」
 それを体調でも崩したのかと月子が心配する。
「月子がいなくて寂しかった……」
 それを聞いた月子は、子供ですかか、と言いかけるがなんとかその言葉を口から出さないことに成功する。
「え? 冗談ですよね?」
 その代わりに出た言葉がこれだった。
 こちらの言葉を口から出さないようにすることは月子にはできなかった。
 考えるよりも前に、その言葉が口から出ていたのだから。
 見た目が完璧な美少女だけに、残念過ぎる葵の行動はダメなほうにギャップが激しい。

「冗談に見える?」
 と、すねるように、弱ったように、葵が聞き返す。
「にしか見えませんが?」
 と、月子は思ったままを葵に伝える。
 むしろ、そうあってほしいとさえ、月子は思う。
「そう、月子がそう見えるなら、冗談でもかまわないよ」
 そう言って葵は、やっと笑顔を月子に見せた。
 その笑顔に、月子も安心してしまうことろがある。
 なんだかんだで葵の笑顔は安心するし、魅力的ではあるのだ。

「また、そう言うことを…… それより、一つ確かめたいことがあるんですが」
 月子は今、一つの問題を抱えている。
 葵と夜子、どちらを選ぶのか、それは月子にとってこれからの行動に大きく関わってくる。
 巧観や綾の問題を解決してくれた恩も月子はちゃんと感じているし、ちゃんと何らかの形で返すつもりでいる。
 だが、葵と姉である恭子は何も関係はないのだ。
 それに葵を巻き込んでしまうのは月子にとっては、やはり心苦しい。
 それに対して夜子は夜子自身が姉である恭子を探しているという。
 色々と怪しいと思えるところはあるが、姉を探しているということは間違いはないはずだと、月子は考える。
 同じ目的がある以上、協力し合うのが合理的だ。
 何より月下万象は元々夜子が使っていた刀だ。
 刀と使い手の相性もいいはずだ。

 だからと言って、月子はすぐに割り切れる人間でもない。

「なに? 月子」
 いつものように葵は月子に笑いかける。優しい笑顔で笑いかける。
 その笑顔が、今の月子には心苦しく感じてしまう。
「葵様は、本当にわ、わたくしの…… 尻枕というものを願っているんですか?」
 最悪、月子の選択次第では葵を裏切ることになる。
 今までのお礼と裏切ることになる非礼を詫びて、それくらいしてもよいと思っている。
 それが実際どういうものなのか、月子には想像もできないが。

「もちろんだよ、もし世界が滅ぶか、月子の尻枕か。どっちか選ばなければならないならば、私は月子に尻枕をしてもらいながら世界の終焉を迎えたいよ」
「ああ、うーん…… 本気なんですよね?」
 どうしてその二択なのか、月子には疑問でしかない。
 世界を救えば、それくらいのことをやってくれる人間は他にもいそうなものだが、と月子は考えるが、恐らく理屈ではないのだろう。

「冗談に見える?」
「はい、冗談にしか見えません」
 月子は笑顔で答えた。
 どう考えても月子には冗談にしか思えない。
 葵が真剣にそれを願っているという事は月子も理解しているつもりだ。
 ただ月子の脳は、あまりにも非常識過ぎて理解することを拒んではいるが。

「これだけは冗談じゃないよ。私の本気の願いだからね」
 そう言って葵はいつも通りの笑顔を月子に向けて来る。
 その笑顔に安心しつつも、月子は何とも言えない心苦しい気持ちになる。
「本気の願いが、尻枕ってなんなんですか?」
 冗談であってほしい。
 だが、冗談ではないのだろう。
 月子も葵と言う人物とそれなりに行動を共にして理解出来ていることはある。

「私は自分の欲望に正直なだけだよ。しいて言えば、私を月子に求めても欲しいけどね」
 そう言って、月子を求めるように葵は手を伸ばす。
 月子はそれには応えない。応えられない
 ただため息を漏らすだけだ。
「はぁ…… 女同士でですか…… でも……」
 そして、一つの考えに至る。
「でも?」
「姉と夜子様はそう言う関係だったのかなと……」
 妹の月子の眼から見ても、恭子と夜子の仲は良すぎだった。
 いつも一緒にいて必要以上にスキンシップをしていたように思える。
 恋人同士であったとしても何ら不思議ではない。

「あのバァニィガァルが、月子のお姉さんと!?」
 葵はそう言って驚いた表情を見せる。
 そして、葵は顔を赤らめて良からぬ表情を見せ始める。
「いえ、わたくしもちゃんとは聞いてませんので、本当にそうだったかどうかは知りませんよ? ただ当時から色々と噂はありましたよ」
 とはいえ、この学園は不純異性交遊は禁止されているが、同性同士の交遊は禁止されていない。
 何があってもおかしくはないのだ。
 まあ、不純でなければ異性交遊も禁止ではないのだが。
「大体理解したよ」
 葵は全てを悟ったような表情を見せてそう言った。

「え? 何をです?」
 唐突に何かを理解してしまった葵に、何か不穏なものを感じて月子が恐る恐る聞き返す。
「月子もバァニィガァルの衣装を身に着けたいんだね。それはきっと素敵なことだと思うよ」
 輝かしい、そして、きらめくような笑顔で葵は確信的にそう言った。
 そして、何を理解したのか、月子には全く理解できなかった。
「違います……」
 と、即座に月子は真顔でそう言った。

「そうかい? とても似合うと思うよ」
 そんな言葉で葵がめげるわけもない。
 恐らく葵の頭の中にある欲望ノートに、月子にバニーガールの衣装を着せると、尻枕の隣辺りに書き込まれていることだろう。

 これ以上この話は良くない、本題に入らなければ、何を言われるかわからないと思った月子は、少し言い出し難かった本題の話に入る。
「まあ、それは置いておいてですね…… 葵様に隠しておくのも不義理だと思うので言ってしまいますと……」
 月子は覚悟を決めて踏み込む。
「うん?」
 と、月子の雰囲気が変わったことに気づいた葵も月子に向かい真剣な眼差しを向ける。
「夜子様に、デュエルアソーシエイトになって欲しいと言われました」
「はっ?」
 葵の表情から笑みが消える。
 月子はピリッとした空気を感じ取る。
 少なからず葵は表には、表情には出さないものの、怒ってはいるんだと月子も感じ取る。
「夜子様の願いも姉を探すことなので、目的は…… 一緒なんです」
 それを告げると、葵があからさまに挙動不審になる。
「あ、あああ、あ、安心して、月子! 私の目的も月子の姉を見つけることだから!」
 慌てて葵はそんなことを言いだした。
 月子に怒っているというよりは、月子を取られるとでも思っているかのような態度だ。
 葵のその態度に、月子は少しばかりの安心をしてしまう。

 今の月子にとって葵に嫌われることはとても辛いことだ。
 それでも、姉を探すということを月子はやめはしないし、それに葵を巻き込むつもりはない。
 姉は、申渡恭子は何か大きなことに巻き込まれているのだと、月子は直感的にだが確信している。
 どこを探しても影も形も、なんの手掛かりもないのだ。
 何かがおかしい。
 もう頼る手立ても、絶対少女になった時の願いに頼る他ないのかも知れないのも事実なのだ。

「でも、それは葵様の願いではないのでしょう?」
「それは……」
 月子に真顔でそう言われて、葵も答えることはできない。
 葵の、本当の、心からの願いは、月子の尻枕なのだから。
 それもまた真実なのだ。

「では、今までのお礼に葵様のいうことで、その…… わ、わたくしが何でもいうことを聞いて差し上げます、と言ったら?」
 これで葵をこれ以上、自分のためにデュエルに巻き込まないで済むならば、そもそも、デュエルなどやらないほうが良い。
 デュエルの勝敗で人に絶対的な命令をくだせるなどと言う馬鹿げたルールに葵を付き合わす必要はないのだ。
 そして、それ以上の歪みのようなものを月子はデュエルから感じている。
 それでもデュエルに関わりざる得ない、なにか運命的な強制力のような物すら感じられる。
「そっ、それは! ず、ずるくないか!」
 葵は欲と愛の狭間で迷いだす。
 葵は月子の思いなど、知ってか知らずか、欲望と愛の狭間を行ったり来たりして揺れ動く。
「ダメ…… ですか?」
「わ、私は、そんなことよりも月子と一緒に居たいんだよ」
 迷った挙句、葵は叫ぶように、煩悩を振り払うようにそう言った。
 葵の中で愛が勝ったのだ。

「そうですか、ありがとうございます。少し考える時間をください」
 そう答えた月子は自然と笑顔を浮かべた。
 でも、葵の願いは尻枕なんだ、と思うとすぐに何とも言えない顔になるのは仕方がないことだ。



━【次回議事録予告-Proceedings.31-】━━━━━━━


 迷い戸惑う月子。
 壊れる葵。
 そこへ夜子と綾まで合流し、運命は失われた思いを乗せ再び蠢動し始める。


━次回、嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎.03━━━
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