それなりに怖い話。

只野誠

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ふるいざっきょびる

ふるいざっきょびる

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 男はオフィス用品の営業マンだ。
 今の時代、直接事務所を訪ねてても嫌がられるか門前払いが関の山なのだが、それでも男は営業を掛けなければならない。

 上司からもダメ元で行ってこい。

 そう言われている。
 会社を訪ねる前の電話で、要件を伝えたときの、電話越しでも容易に想像できる嫌な表情に、相手の態度に、男はため息を吐きだす。
 それでも仕事だ。
 男はやるしかないと、自分を奮い立たせる。

 今日はこの辺りの古い雑居ビルを虱潰しに訪問する予定だ。
 こういう雑居ビルには、反社的な会社が入っていたりもするので十分に気を付けたい。
 だが、電話番号すらもわからないような会社が、雑居ビル群に無数に入っている。

 気が重い。

 それでも男は雑居ビルに仕事だからと足を踏み入れる。
 古い雑居ビルでセキュリティも何もない。
 入口のポストを確認して、会社らしき部屋番号だけを男は素早く書き留める。

 そして、薄暗い雑居ビルの中の中に入っていく。
 窓もなく空気が重く淀んでいる。
 窓がってもすぐ隣のビルの壁が目の間に見てていてあまり窓の役割をはたしていない。
 薄暗い蛍光灯だけが廊下を照らす。

 細い、人ひとりやっと通れるような、そんな廊下を進む。
 その先には階段がある。
 エレベーターはない。
 急で狭い階段を男は登る。

 二階に上がった男は息を飲む。
 電気がついていない。
 真っ暗な廊下が闇へと続いている。
 入口で取ったメモを確認する。ここにも会社らしき部屋はあるがこの様子ではやってはいないだろうと、二階を後にし三階へと昇る。

 三階は廊下に電気がついている。
 それでも薄暗く、今が昼間のが信じられないほどだ。
 ここにも会社らしきものが二社ほど入っているはずだ。
 男は部屋番号を確認して、ドアの前の名札や看板を注意深く見ながらその会社を訪問する。

 二社とも門前払いだ。
 今時、文房具の営業は流石にと男も思いつつも、ダメ元だ、と自分を勇気づける。

 三階に上がる。
 蛍光灯が切れかかっているのか、電気が一瞬だけ消えることがある、そんな階だった。
 メモを確認するとこの階に会社らしきものは入居していない。
 男はそのまま四階に向かう。

 四階はちゃんと電気がついている。
 この会は一社だけ会社が入っており、後の部屋は開いているようだ。

 そこで男は尿意を催す。
 幸い、この雑居ビルはトイレは共同のようで廊下に設置されている。
 男はトイレのドアをノックしてから開ける。
 ドアを開けた先に和式便器がある。
 古い雑居ビルだ。
 こういうこともある。
 男はそこで用を足す。
 そうしていると、コンコンとトイレのドアをノックされる。
 男は慌てて、すいません、ちょっとトイレをお借りしています、と返事を返す。
 そうすると、女の声で、誰ですか? と聞かれる。

 男は用を足しながら焦り、このビルに営業を掛けに来ています、ちょっとトイレをお借りしています、と必死に答える。
 そうするとトレイのドアの前から気配が消える。

 用を足し終えた後、男はこの階に唯一入っている会社を訪問する。
 珍しく中に入らせてもらえ、話しを聞いてもらうことになった。

 相手も初老の男で同情してくれたのかもしれない。

 そこで男は、先ほどトイレをお借りしてしまい申し訳ない、と謝りの言葉を口にする。
 だが、初老の男は、構いませんよ、いつもこの階には私しかいませんから、と返す。

 男は思いだす。
 トイレでドア越しに声をかけて来たのは確かに女性であったと。

 そこで男は、トイレを使用しているときに女性の方に声を掛けられたのですが? と聞き返す。
 そうすると初老の男は不思議そうな顔をする。
 この雑居ビルで女性の方を見かけたことはなかったが…… と。

 男はギョッとする顔をする。
 そして、初老の男は続ける。
 なにせ古い雑居ビルですからね、よく出るんですよ、そう言うの。と、そう言って笑って見せる。
 男は嫌なものを感じつつも商談を始める、自慢の文房具のアピールを始める。

 初老の男はそれを興味深そうに聞き、珍しく契約が成立する。
 初老の男が言うには、ネットや通販に疎く文房具などは自分で買ってきていたと言うことだ。

 電話一本でお届けしますよ、と男は嬉しそうに答えた。



 その会社から何度か文房具の注文があった。
 大した量ではなかったので、男がその度に文房具を直接届けに行った。

 感謝されたが、男が訪問するごとにその雑居ビルでは奇妙なことが毎回起きた。
 起きた内容は伏せるが結局、男はそれが原因で会社を辞めた。

 仕事にもめげなかった男に、何が起きて男の心を折ったのか、それは知らない方が良い。
 恐怖は伝染するものだ。





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