学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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収穫祭と結婚式、そして、旅立ちの時

収穫祭と結婚式、そして、旅立ちの時 その4

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「ここの収穫祭は毎年凄いですね」
 ミアは屋台などが出ている通路を歩きながら、楽しそうにそう言った。
 今は魔術学院で開催されている収穫祭の真っただ中だ。
 魔術学院にはいろんな神を信仰している人達が集まっているので、収穫祭はそれに合わせてかなり長い間にわたり開催されている。
 下手をしたら一ヶ月近く収穫祭の時期が続くほどだ。
 ただ今年の収穫祭は一週間程度で終わる予定だ。
 収穫祭の直前に、闇の小鬼という外道種が暴れたり始祖虫と竜との壮絶な戦いがあって、今年の収穫祭の参加者が少なかったせいだ。
 それでも、辺境の地で育ったミアからすると大きな祭りに思える。
「ちょっと両手に食べ物もってはしゃがないでくれる?」
 ミアは露店で買った食べ物を既に両手で持って祭りに浮かれている。
 そんなミアをスティフィは冷ややかな目で見て、ため息をつく。
 これが世界のこれからに関係してくると言われている門の巫女だというのだから、何とも言えないものがある。
「すいません…… 浮かれてしまって! ところでスティフィのところの神様は収穫祭しないんですか?」
 そんなミアは祭りに浮かれているせいでろくに考えもせずにスティフィに話を振る。
 スティフィは一度大きく息を吸い込み、ゆっくりとそれを吐きだしてから、ミアの問いに問いで返す。
「ミア…… あなた暗黒神を何だと思っているの?」
 欲望と暴虐の神、暗黒神ルガンデウスは闇の勢力の頂点に立つ神だ。
 力のみで他の邪神や悪神達をまとめ上げ、闇の勢力とも言うべきものを作り上げた神なのだ。
 それに対抗して、他の神々が光の勢力を作り上げたとも言われている存在だ。
 そんな暗黒神の収穫祭と言ったら、何をどう祝ったらよいのか誰も分かるはずはない。
 そもそも何を収穫するというのだ。
 暗黒神が望むものは、ただ強い欲望と力のみだ。
 ミアもスティフィに大きなため息をつかれて、若干ではあるが正気に戻る。
「そうですよね。では、ジュリーのところの神様は?」
 流石にバツが悪かったのか、ミアもすぐに別の話を振る。
「うちの神様は荒れ地の神様ですよ? 収穫祭なんてあるわけないじゃないですか」
 だが、振った先がまずかった。
 ジュリーの故郷、アンバー領のアンバーという名の神は荒れ地の神だ。
 荒れ地の神相手に収穫した物で祝っても、荒れ地の神は喜びはしない。
 なにせ、荒れ地は荒れていなければならないのだから。
 無論、収穫祭など荒れ地の神を崇めなければならない領地にそんな習慣自体がない。
 とはいえ、以前のジュリーなら他の収穫祭の手伝いして報酬を得る稼ぎ時だった。
 今はミアの研究施設を使えているおかげで、金銭的に余裕があるのでそんなことはしないし、サリー教授の元に弟子入りしてからはそんな暇もない。
「うう…… すいません」
 ミアが何度もやらかして、流石に落ち込み始める。
 自分でも祭りで浮かれていたのだと、反省し始めてしまうが、右手には串に刺された肉、左手には甘味の果物を持ったままなので説得力はない。
 ただ、そんなミアを見かねて、ルイーズがミアに話を振る。
「ミア様の所の神様は地元ではしているのですよね?」
 スティフィはミアにロロカカ神関連の話は、まずいんじゃないかと思うが、ルイーズもそれは十分に理解している。
 すぐに話を別のものにすり替える気でいる。
 なんだかんだで、この集まりはミアを中心としているのだ。
 そのミアが落ち込んでいたら、楽しいはずの祭りもそうではなくなってしまうと、気を使ってのことだ。
「はい! ささやかながらですが。その年収穫できたものや、収穫祭の為に大物を狩りに行ったりとか! 私も忙しい時期でした!」
 ミアはそれだけで先ほどの反省などなるでなかったかのように元気になる。
 ルイーズの狙い通りに、楽しそうに自分の故郷、リッケルト村での収穫祭のことを話し始める。
「ミアのところは…… 巫女のミアが狩りについていくんだっけ?」
 狩りに巫女自らが付いていくなど珍しい話だ。
 いくら山の神、だと思っていても、狩りに巫女が同行するという話はなくはないが、かなり珍しい話である。
「そうです、できる限りですけどね。特に山の深いところに行くときはついていきます!」
 だからか、ミアは身が細いわりに異常なほど体力がある。
 幼いころから山歩きに慣れていて信じれないほど体力がある。ついでに食い気もある。 
「そうなのですか? 山の神の巫女でも、それは珍しいのではないですか?」
 ルイーズが少し驚いてそんなことを言った。
 巫女は神と通じることが出来る大切な存在なのだ。
 巫女となる様な者は、大切に、ある種の監禁状態ともいえるような環境で育てられることもあるほどだ。
 そんな巫女を狩りに連れ出すなど普通は考えない。
 普通は狩って来た獲物を巫女に奉納し、巫女が神に捧げる。そんなやり方となる。
 巫女自身が狩りについて山に入るなどあまり聞かない話なのだ。
 のだが、ミアの信じている神は、巫女であるミアを一人で遠くまで寄こしてくれる様な神でもある。
 そもそもの常識が違うのかもしれない。
「フーベルト教授もそう言ってましたね。ただ、ロロカカ様は山の神じゃないのかもしれないので…… いえ、山の神なのかもですが」
 ミアも何とも言えない表情で答えた。
 ミアは今でも山の神だとは心のどこかで思っているのだが、フーベルト教授とのやり取りで、ロロカカ神自らがそう名乗ったわけではない事に気づけたのだ。
 それなのに、ロロカカ神の様にその名の方が知れ渡っている神の方が、この世界では珍しい。
「ミアの神様が山の神と名乗ったわけじゃないのよね?」
 スティフィがそれをちょうどいい機会だとばかりに確認する。
 少しでもロロカカ神の情報を知れれば、ダーウィック大神官に報告できると、そう考えている。
 だが、それは危険な行為でもある。
 ミアが本気で怒り、むきになるのはロロカカ神の事だけなのだから。
 かなり気を使って話を聞きださないといけない事でもある。
 ただ、ミアは今、祭りでかなり浮かれているので話しは聞きやすいかもしれない。
「そうなんですよ…… でも、リッケルト村では山の神と言われているんですよね」
 ミアとしては物心ついた時には、すでロロカカ神は山の神だったのだ。
 むしろ他の神など、リッケルト村では信仰されていないし、ミアも聞いたことがないほどだ。
 ミアの常識では神と言えば、ロロカカ神のみなのだ。
「それも山に住んでいるからってだけなんでしょう?」
 ただ、巫女であるミアですらも、スティフィに今言われたことが、山の神と思っていた全てなのだ。
 ロロカカ神が山の神と言われている理由は、それ以外何もないのも事実だ。
「うう、そうらしいです…… 普通は何の神様か神様の方から伝えてくるんですか?」
 逆にミアの方が周りに質問をする。
 他の神がどういう物なのか、ロロカカ神以外に基本的に興味のないミアは未だに知らないでいる。
「そうですね。そもそも神はあまり、自分の名自体を名乗りませんし。なになにの神だ、とだけ伝えて来るのが基本だと思いますよ」
 それに対し、ルイーズが答える。
 ある意味ルイーズも巫女のようなものだ。
 領主とは、王とは、神が選んだ一族なのだから。
 少なからず神と関わり合いがある立場の人間なのは間違いがない。
「ルイーズ様は秘匿の神様に会ったことがあるのですか?」
「一度だけですね。私が十三歳になった時に夢に出てきて…… まあ、内容は詳しくは言えませんが。秘匿の神なので」
 ルイーズはそう言って、神が夢に出て来たことを思い出した。
 それは預言のような物だったが、今の状況を思い返してみると確かに当たっていると、今の状況を顧みるとそう言わざるを得ない。
「そうなんですね! 私も大体夢です!」
 ミアも嬉しそうにそれに同意する。
 ただルイーズとしては、秘匿の神に夢の中であえたのは一度だけだ。
 ミアの話を聞いている限り、ミアは何度か、少なくとも複数回は神と夢の中で相まみえているという話だ。
 巫女としての資質が違うのだと、ルイーズとしては思い知らされるだけだ。
「ジュリーは? あなたも一応領主の娘なんでしょう?」
 今度はルイーズが渋い表情を浮かべ始めたし、ミアも暴走し始めているので、スティフィは一旦、ジュリーに話を振る。
 ジュリーは末の娘らしいのだが、それでも領主の、時代が時代なら直系の王族と言うことにはなる。
 だが、ジュリーはさっぱりとした笑顔で答える。
「ああ、いえ、うちの神様は、荒れ地を彷徨っていると言われているので、そう言うのはちょっと…… 一族を通して誰からも聞いたことありませんね」
 まるで自分とその一族には何も関係ない、と、そう言いたいような笑顔だ。
「降臨なされている、地上にいる神様なのですか?」
 その言葉はルイーズの興味を惹いたのか、そのことをジュリーに確認しようとする。
 その領地の主神が神の座にいなく、地上に降臨しているなど、これもまた、あまり聞かない話だからだ。
「らしい、としか。ほとんど目撃例はないので……」
 ジュリーはそれに対して、やはり他人ごとの様に答える。
 神の座にいないということは、その神の恩恵を受けることがほとんど出来ないはずだ。
 それがその領地の、主神ともなれば…… その結果が今の貧乏なアンバー領なのだろうが。
 荒れ地の神と言うことをのぞいても収穫祭がないというのも納得できる話だ。
「三人とも変わってるわね」
 スティフィが話をまとめて、素直な感想をそう言った。
 それに対して、ルイーズが少なからず怒りを露わにして、
「暗黒神を崇めているスティフィ様にだけは言われたくないのですが?」
 と、スティフィに食って掛かる。
「私は…… 物心ついた時は既に信者だったから。でも、みんなも似たようなものか」
 スティフィは孤児であり、懲罰部隊の戦闘員として幼き頃より育てられた存在だ。
 物心ついた時には神は神として、デミアス教の教えが染みついている。
 ただ、それはここにいる、ミアやルイーズ、ジュリーと言った者達もありようは違えど同じようなものだ。
「そうですね、気が付いたらロロカカ様の偉大さをその身で感じていました!」
 ミアは深くうなずきながら、ロロカカ神の偉大さに思いをはせている。
 そんなミアを見てジュリーは、あまり理解できない、と言った顔を見せる。
「そ、そうですか…… 私があんまり信仰深くないのはうちの神様と親交がないからなのかもですね……」
 ジュリーは自分が信仰深くないのは、そのせいだろうと勝手に結論づける。
 そもそも、神の座にいない神の力を借りることはできない。
 今も荒れ地をさまよっていると言われている神よりも、輝く大地の女神の方がジュリーとしては恩恵が強いのだ。
 ただ輝く大地の女神に対しても、恩恵があるからとりあえず信仰しているというだけであり、心から信じているかと言われるとジュリー自身、返答に迷うだけだ。
 そんなジュリーに対して、ルイーズも神に多少の不満があるのか、
「リズウィッドの神様はそもそも名を口にするのも良くないのですよね。親交はたまにありはしますが……」
 と、言って見せる。
 無言でルイーズの後ろからついてきている護衛のブノアの眉がピクンと一瞬跳ね上がるが、それだけの事で他には何も起きはしない。
「やっぱり神様ごとに色々な特色があんですね」
 ミアはロロカカ神に対して不満も欠点もない、と勝ち誇った感じでそう言うのだが、誰もそれを羨んだりはしない。
 ただジュリーはこのままだと、ロロカカ神の話になりそうな気がしたので、自分のところの神様の話を続ける。
「うちの場合は、そもそも伝承もあまり伝わってないんですよね……」
 ジュリーの領地の主神は荒れ地の神なのだ。
 それも荒れ地を放浪し続けている神なのだ。
 なので、本当に接点がなく、伝承もなにもない。
「あの美味しい油の木をくれたんじゃなかったでしたっけ?」
 ミアはその味を、油なのに全然しつこくもくどくもない、それなのに満足感はある、そんな油の味を思い出していた。
「はい、でも、本当にそれくらいですよ? 余りに民が困っているので、シェルムの木を授けてくださったらしいです。なので悪い神ではない、と言われているんですが、そもそも神の座にいない神なので…… なんとも?」
 それを聞いたスティフィが珍しく顔を歪める。
 それが領地の主神ともなると、流石にジュリーに同情したくなる話だ。
 少なくともその領地を守護しているような神ではなさそうだ。
 いや、荒れ地なので守護もなにもないのかもしれないが。
「それは…… 確かに珍しいわね。じゃあ、拝借呪文もその神のものじゃないんだ」
「はい、私が借りるのは輝く大地の女神様のですね。一応は同じ大地の神様と言うことで……」
 一応は、と言いつつ、同じ大地の神と言ってよい物かどうか、ジュリーも不安だ。
 輝くほど大地が豊かな地母神と、荒れ地を彷徨うだけの神では比べることもおこがましいと、そうジュリーには思えてしまう。
「それは、寂しいですね、ジュリー……」
 それに対して、ミアだけが本気で悲しそうにそう言った。
 ミア的には、神を感じられる機会がないと、そう思っての事だろうが、ジュリーとしては荒れ地の神に力を借りたところで、という思いの方が強い。
「い、いえ、そんなことはないですけども?」
「ということは、その神の神与文字とかもないんですか?」
 更にミアはジュリーに話を聞こうとする。
 ミアとしては他の神様のことを聞いて、比べても仕方ないと考えつつも、どんな神なのかそれは興味がある。
 ミアもこの魔術学院で魔術を学び始め、自分がいかに無知だったのかを思い知っている。
 だからか、ミアの知識欲は人一倍強い。
「はい、うちには伝わってないです。ただ、昔の神殿にあるような壁画とかに、一部残っているみたいですが読めた人はいないですね、これも昔からですよ」
 昔は神殿があった、と言うことは昔は神との何らかの親交があったと言うことだ。
 だが、何かのきっかけで、それは終わりを告げ、神は荒れ地を彷徨うようになったのかもしれないが、それを知る者はもういない。
 ジュリーもその理由を知らないし、ジュリーの一族にそれが伝わっているわけでもない。
 完全にそこらの情報が途絶えてしまっている。
「ミアのところも謎の神様だけど、ジュリーのところも十分に謎の神様じゃない?」
 スティフィにそう言われ、ジュリーも一瞬口を閉じたが、すぐに言い返す。
「い、いえ、荒れ地の神なのは神自身が名乗っている記録があるので、それは間違いないですよ。他の神様もそれに異を唱えてもいません」
 その後に、ロロカカ神のように他の神に聞いても返答が返ってこないこともない、と付け足そうとして、その言葉をジュリーは飲み込む。
 そんなことを言えばミアの機嫌がどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。
「あまり人様のところを言えはしませんが、少し特殊な神様ですね」
 ただルイーズからしても、ある種、特異とも言える秘匿の神の領主の娘から見ても、ジュリーの領地の主神は少し変わっていると思える。
 確かに神は人にそれほど興味はないが、神が選んだ王、今の領主という立場である一族の者には、やはり好意的でなんらかの神の加護があるはずなのだ。
 だが、話しを聞いている限りでは、ジュリーにはその神の加護すらもないように思える。
「秘匿の神のところの姫様がそれを言うの?」
 スティフィが少しからかうように、そう言うが、
「ですから、あまり言えないと、そう言っているじゃないですか」
 と、それを予想していたようにルイーズが答える。
 そんな話をしながら一行が露店が連なっている道を歩いていると、大通りの方で大きな山車が引かれているのが見えてくる。
 巨大な藁人形を燃やしてそれを男女数人で引いている山車だ。
「あっ、見てください、燃える藁人形の山車が巡回してますよ!」
 ミアはそれを近くで見たいとばかりに近寄ろうとするが、それをスティフィに襟を掴まれて止めさせられる。
「あ、ミア様、あれはあんまり見ないほうが良いですよ」
 そんなミアに対して、スティフィではなくルイーズが注意を促す。
「そうなんですか?」
 不思議そうな顔をしているミアに対して、ルイーズは何とも言えない顔で答える。
「あまり関わり合いにならないほうが良い神様ですね…… あちらも山の神と言われている神様ではあるのですが」
 そして、ルイーズはその続きの言葉を言いよどむ。
「山車引いているの、魔女寮で見かける奴が数人混じってるわね」
 そして、スティフィはニヤリと笑いそう言った。
 スティフィ的にはあの山車を引いている連中は、暗黒神に屈し配下となった神の信徒達なのだ。
 暗黒神の信徒であるスティフィからすると、眷属神の信徒とも言えるような連中なのだ。
 多少の優越感は出てくるという物だ。
 それはそれとして、割とあられもない恰好で山車を引いている女生徒も見られるし、ルイーズの言う通り、ミアにはあまり関わり合いにならないほうが良いとスティフィにも思える。
 だが、もう寒くなって来ているのにあの恰好では寒かろうという感想しか、ミアには出てこないが。
「ああ、本当ですね、講義でも見たことある先輩の姿も混じっています」
 ダーウィック教授の講義でも見た顔の生徒までいる。
 その他にもそれなりの数の人数が、男女入り混じって山車を引いている。
 ミアがその怪しげな光景に目を奪われていると、
「あれは昔だと本物の人、特に宗教的な罪人に火をつけて練り歩く奴ですねぇ。今は色々あって麦わら人形ですがぁ」
 と、疲れた顔をしたアビゲイルがいつの間にかにミアの背後から話しかけて来ている。
 ただ、アビゲイルも両手に露店で買った食べ物を持っていて、ミアとそ遜色がないほど浮かれているのが見て取れる。
「あ、アビィちゃん、こんにちは、いえ、もうこんばんわですね」
 もう日が落ちてきている時間なので、こんばんわのほうがただ良いような時間だ。
「はい、ミアちゃん、こんばんわですぅ」
「アビィちゃん所の神様は収穫祭しないのですか?」
 とりあえずミアはそのことを聞く。
 それに対して、スティフィがやっぱり深いため息を吐きだして、
「ミア、あんた、こいつが何の神様崇めているか知ってて言ってるの?」
 と、少し怒鳴るように言う。
 だが、アビゲイルは笑顔で答えるだけだ。
「ははははは、今日は新月の日じゃないですからねぇ、それに今は師匠と私しか信徒はこの地にいませんし、収穫祭なんて出来ませんよぉ」
 そして、誰にも聞こえない声で、そもそも農業の神でもないですし、と、冷たい声で付け加える。
「そうなんですね」
 と、ミアは意外そうな顔をする。
 とても力の強い神、ただしそれは祟り神としてだが、と、ミアは聞いていたので不思議だったのだろう。
 もっと信徒がいてもおかしくないと。
 それをスティフィが察して、
「何ミア、コイツのところに信者が居ないって言いたいの? ほぼほぼマーカスが冥府に送ったでしょう、ミアもその場に居たでしょうに」
 と、ミアの疑問に答えてやる。
 信徒がいたことは確かだ。
 だが、その信徒が神を裏切ったため、巫女であるマリユ教授自らがその信徒達を処罰したのだ。
 それ以来、マリユ教授も信徒を作ろうとしていない。
 ついでに、この領地においては、アビゲイルが最後の弟子であり信徒である。
「あれには感謝ですねぇ。もう一度お礼を言いたいのですが、マーちゃんはまだ戻って来てないんですよねぇ」
 アビゲイルですら、少し心配するようにマーカスのことを想う。
 マーカスは今は冥府の神の元にいる。
 生きた人間がそんな長い間、冥府の神の元にいていい影響があるとも思えない。
「大丈夫でしょうか……」
 ミアもそう言って心配そうな顔を浮かべる。
「まあ、鰐を、それも成獣になっている鰐を聖獣としてしつけるわけですから、時間が掛かるのでしょうねぇ。特に白竜丸ちゃんは竜の因子も持ってますしねぇ」
 竜王鰐を聖獣になど、それも生まれたばかりではなく、成獣している獣を聖獣に調教するというのだから、それなりに時間が掛かるのだろう。
 それに付き合わされているマーカスは不憫としか言えないが。
「でも、心配ですね」
「まあ、死後の世界の神ではありますが、この領地の冥府の神は義理堅いので、不義理なことはしないと思いますよぉ、ねえ、ルイーズちゃん」
 それは伝承では、だが。
 この地方の冥府の神は約束さえ守れば、とても義理堅い神として知られている。
 マーカスをそのまま冥府へと連れて行くようなことはしないだろう。
「私もそう聞いています」
 と、ルイーズからはそう答えるしかできない。
 ただ、冥府の神は冥府の神だ。
 気に入られたら、どうなるかなど分かった物ではない。

 マーカスのことを心配したところで、今はこの混沌とした収穫祭を楽しむことしかできない。


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