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廃墟と掃除と亡霊と
廃墟と掃除と亡霊と その7
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ジュリーは祭壇に積まれ、杭を打たれた頭蓋骨を見て、恐慌状態になりそうになるのになんとか耐える。
ただでさえ異様と言ってもいい光景なのに、その頭蓋骨一つ一つからおどろおどろしい気配を感じているからだ。
それが十数個、綺麗に整えられて積まれている。
ジュリーもミアの扱う魔力、ロロカカ神の魔力を感じ慣れていなければ、間違いなく恐慌状態へとなっていたかもしれない。
それほどの根源的な恐怖を訴えて来るものがこの頭蓋骨にはある。
その積まれた頭蓋骨は祭壇の上に描かれた魔法陣の中に丁寧に飾られるように設置されている。
ジュリーは魔法陣を注意深く見て見る。
恐らくは無月の女神の神与文字で書かれているので、ジュリーにはその陣を読み解くことはできない。
それでも、とても綺麗な陣で、多少なりとも陣の内容が把握することができる。
まずいくつかの陣を重ね合わせた複雑な複合魔法陣であることはジュリーでも一目見ればわかる。
核となる魔法陣、それをいくつかの魔法陣で支え変更、追加しているのだが、核になる陣もそれらを支える陣もほとんどジュリーには理解できない。
更に呪術もかなり複雑に絡み合っている。
下手にこの魔法陣をいじろうとしただけで、手痛い報復を受けることになるのは間違いない。
ジュリーが辛うじての予想ではあるのだが判別がついた陣は、地脈の力を吸い上げる陣とその魔力を整える陣だ。
この辺りはサリー教授に弟子入りしたおかげでジュリーもそれなりに詳しくなっている。
他の神の神与文字で書かれていても何となく判別がつき理解できるものだ。
あと、恐らくは、これはわざとわかりやすく書かれているからジュリーにも気づけた物だが、一番外周を覆う環状の魔法陣は、その内部の魔法陣を外部の者から守るための防衛陣だ。
この陣を、まずはどうにかしないと内部の陣には手出しするのは危険過ぎる。
下手に内部の陣を傷つけて陣を無効化しようとすると、防衛陣が作動してしまい何が起こるかわからない。
この外周部の環状の魔法陣を、最初にどうにかしないとその他の陣になんの干渉も出来ない。
外周部の環状の防衛陣がわかりやすく書かれているのは、この魔法陣に手を出せば、これが作動するというための警告のものだろう。
内部にもこの魔法陣を守る防衛陣もあるはずだが、そちらは巧妙に隠されていてジュリーの知識では全くわからない。
全体的に、ジュリー程度の知識ではどうこうできるものではない。
だが、恐らくは幽霊達はこれをジュリーに解除して欲しいのだろう。
その為にジュリーはこの場所に無傷で連れて来られたのだ。
恐らくはこの魔方陣が、幽霊達をこの地に縛り付けているのは間違い。
だが、ジュリーの知識ではこの陣をどうこうできるのは不可能だ。
「む、無理です…… この陣は私には難しすぎます…… い、一緒にいたアビゲイルって人なら恐らくこの陣をどうにか出来ると……」
ジュリーが辺りに向かいそう声を上げる。
そうすると、ジュリーに向かい身震いするほどの悪意が向けられる。
ジュリーの背筋をゾクゾクっとした寒気が駆けあがる。
まるで生きている心地がしないほどの悪意だ。
「わ、わかりました。で、できる限りのことはし、します…… させていただきますので……」
ジュリーが悪意に屈してそう言うと、向けられた悪意が、憎悪が、少しだけ緩和されるのを感じることが出来た。
ジュリーは恐怖に駆られながらも祭壇を調べる。
くすんではいるが全体が銀でできたかなり大きな祭壇だ。
祭壇に施された意匠も恐らくは無月の女神を表す物だ。
ジュリーが祭壇の反対側に回ると倒れた読書台と、そこに乗せられた一冊の本を発見する。
埃が積もっているその本を取り、読書台を立ててその上に本を置く。
この本は恐らくは魔術書だ。
しかも、わざわざ祭壇の近くに読書台までも受けて設置しているということは、恐らくはこの魔法陣の取扱説明書のはずだ。
なにかこの陣がわかるかと思いジュリーはその魔術書の表紙を捲る。
だが、魔術書の本来の内容はジュリーの目に入らない。
ジュリーの目に入って来たのは、本来書かれている魔導書の内容の上に、恐らく血で殴りかかれた文字だけだった。
そこには、苦しい、助けて、憎い、そう言った言葉が延々と羅列されている。
ジュリーはあまりにもの気味の悪さに吐きそうになる。
口元を手で押さえて、どうにか耐える。
恐らくはこの血文字自体が呪物となっている。
内容的に幽霊達が書いたものなのだろうが、読むだけで精神を汚染をする程のものだ。
それでもジュリーは魔導書に目を通す。
なるべく血文字を目に入れないように無視し、本来書かれている内容のみに目を通す。
そうしなければ間違いなく周りの幽霊達に殺される、そう思ったからだ。
ジュリーは必死にその魔導書を読み進める。
地下への階段を降りた一行は石造りの廊下へと出る。
どういう訳かこの辺りは虫の死骸もあまりない。
ただ、重たく冷たい空気、それと闇がこの場を支配している。
その闇を押しのけてミア達が地下室の廊下を進んでいく。
「ジュリー…… 無事でしょうか……」
ミアは心配そうジュリーの身を案じる。
「うーん、場所的に結構不味い場所なんですよねぇ」
アビゲイルは辺りを見回しながら言った。
「え?」
と、ミアが驚く。
普段あまり動じないアビゲイルが珍しく動じているように思えたからだ。
「あの部屋の地下にあるのは位置的に地下の儀式場のはずなんですが、その場所ってここを主の領域足らしめている魔法陣がある場所でもあるんですよねぇ」
ジュリーが落ちていった部屋は館からすれば隅っこの方の部屋なのだが、この屋敷自体の敷地、もっと正確に言うと、無月の女神の領域の中心地付近の部屋なのだ。
その場所に地下あるのは、この場所を無月の女神の領域足らしめているものだ。
この場所を無月の女神の領域と宣言しているような物だ。
普通の神であれば、それを破壊すれば神の領域が消える程度の物だが、嫉妬深い無月の女神が自分の領域が失う事となればどうなるか。
想像に難くない。
「じゃあ、その陣の起動を止めれば、ここは無月の女神の領域ではなくなるんですか?」
他の神の領域でなければ、ロロカカ神の魔術も魔力も借りることも出来ると喜んでそう聞くのだが、
「まあ、それはそうなんですが。それをしたら、間違いなく大規模な祟りが起きますよぉ」
と、アビゲイルは顔をなぜか頬を少し染めながら、それも悪くない、そんな顔をしながらそう言った。
もしそうなったらシュトゥルムルン魔術学院をも巻き込んで、呪われた地を作り出すことになる。
「厄介な代物ね」
と、スティフィが呟く。
そうなれば、この地にいる者すべてが息絶えることとなる。
そういった女神なのだ。無月の女神とは。
「だから、今もこうして放置されているんですよぉ」
と言いつつもアビゲイルは腑に落ちない顔をする。
師匠が、あのマリユ・ナバーナが、無月の女神の領域を離れているのにも驚いたが、廃墟となるまで放置しているのもアビゲイルには信じられなかったからだ。
地下には弱い虫除けのまじない程度しかかけられていない。
特に腑に落ちないのが、侵入者を拒むような術はまるでかけられていない。
確かに、館の上の方は飾りに過ぎない。
廃墟となっていても問題ないだろうが、この地下まで放置されているのはアビゲイルにとっては驚き以外のなにものでもない。
床にたまっている埃の具合から見ても、誰も侵入していないのは明らかだ。
本当に放置されている。
「なんで神の領域なんて作ったのよ」
神の領域自体はそれほど珍しい物ではない。
大きな神殿などでは、その神の領域を宣言することはよくあることだ。
普通の神であるならば、それほど問題はないし、他の神の魔術や魔力を借りたところで、あまり問題にもならない。
異常に嫉妬深く、その力を借りるのもやめるのも危険を伴う無月の女神ともなると、また話は変わってくるだけのことだ。
「恐らくは、ですがぁ、迫害対策ですねぇ。師匠も別の地域に住んでいた時は苦労していたそうなので。この領域に篭っている限り、誰も手は出せないですからねぇ」
アビゲイルはしみじみとそう言った。
アビゲイルでさえ無月の女神の巫女の弟子であることは、この秘匿の神が治めるリズウィッドの領地以外では黙っているほどだ。
ほぼ間違いなく迫害の対象となる。
「あー、マリユ教授の神様はそう言う神様なんですっけ」
と、ミアがポツリと呟く。
「ミアの…… いや、なんでもないわ」
それにスティフィが突っ込もうとして、口が滑ったことにすぐ気づき取りやめる。
「なんですか、スティフィ……」
ミアはスティフィに鋭い視線を送る。
いつものふざけた感じではない。本気で刺し殺すような視線だ。
「いや、ほんとなんでもない。あっ、ほら、ミア、古老樹の杖の先端、光ってるよ」
このままではまずいとスティフィは思い、古老樹の杖が光っていることをミアに伝える。
ミアもスティフィの軽口と分かっていたのか、すぐに普段のミアに戻る。
「あっ、本当ですね、淡く光っていますね」
ミアは気づいていなかったらしく、杖の先端に彫り込まれている文字を見た。
スティフィの指摘通り、そのうちの一つが確かに淡い光を放っている。
「その文字はなんなんですか? 私も見たことない文字ですよぉ?」
アビゲイルも興味ありと、といった感じで目を細めて杖の先端を見る。
「朽木様がこの杖をくれたときにいくつか杖につけてくれた能力らしいです。サリー教授の話では文字の数だけ何かしらの能力が込められてるのではないかって話です」
わかっている能力はこの杖をミア以外が使用すると何か良くないことが起こる、くらいの物だ。
それ以外の杖の能力は未だにわかっていない。
「今、光ってるってことは幽霊対策なんですかね?」
と、ミアが古老樹の杖を掲げながらポツリとそう言った。
「そうかもしれませんねぇ」
と、アビゲイルは生返事をしつつその光っている文字を見るが、アビゲイルでもその文字を理解することはできない。
だが、その文字一つ一つが超高密度で書かれた魔法陣のような物だという事はだけ理解できる。
魔法陣の内容を圧縮して焼き込む刻印のような物だが、その水準には天と地ほどの差があり同じような物というには隔たりがある。
人間が扱える領域の技術ではないことだけは確かだ。
「そうなんですか? あれ? 亡者に襲われたときは光ってましたっけ?」
アビゲイルの生返事に自分で聞いておいた疑問に、ミアは自分自身で疑問を持つ。
「あ、そう言えばそんなこともあったわね…… あの時は…… 光ってなかったはず? 少なくとも私の記憶にはないわね」
あの時も杖は荷物持ち君の籠の中にあったはずだが、スティフィの記憶では光っていなかったはずだ。
もしくは見逃していたかだ。
「その違いはなんですかねぇ」
「神の管理下にある死者かどうか? とかじゃないですか? わ」
マーちゃんがなんとなく思いついたので言葉を発する。
あの時の亡者は冥府の神の管理下にあったはずだ。
本気で人を襲おうとはしてなかったはずだ。
「その線もありますが、恐らくは害をなすか否か、じゃないですかねぇ」
アビゲイルは断定的にだがそう判断する。
ミアに害をもたらす気がある幽霊に反応しているのだろう、と。
ならば、自分の姉妹弟子達は信用できそうにない。
アビゲイルは無言でスティフィを見る。
スティフィもアビゲイルを無言で見ていてゆっくりと頷いた。
「それが当たっているなら、周りの幽霊は害するつもりがあるということですか? わ」
と、マーちゃんはそれを言葉で出してしまう。
アビゲイルは張り付いた笑顔のままだが、スティフィは少しマーちゃんを睨む。
その意図をマーちゃんことマーカスも理解してハッとした顔をする。
「それは恐らくはですねぇ」
アビゲイルはそう言って茶を濁すが、
「この話も幽霊さんにも聞かれているのよね?」
と、ミアが追い打ちをかける。
アビゲイルは周りの幽霊達を一応確認する。
今の話を聞いても特に変わった反応はない。
表情で判別できる物でもないが、今の会話を聞いても特に反応はない。
幽霊達が向けてくる感情も憎しみではあるが、話をする前と後で何ら変化はない。
むしろ先を急かすように、儀式場の方を指さしているだけだ。
恐らく、それ以上にして欲しいことがあるのだろう。
「わざと聞かせてるんですよ。朽木様がその枝を折って作ってくれた杖を持つ少女ですよぉ?」
だが、念のために牽制だけはしておく。
アビゲイルがそう言って幽霊達を脅すと逆に幽霊達はミアを興味深そうに見始めた。
それを見る限りでは幽霊達は古老樹の杖を恐れている様子はない。
ただミアから一定の距離を保ってはいるようで、必要以上に近づいては来ない。
「つまり、今杖が光っているのは、幽霊に対する警告か何かってこと?」
幽霊達の様子を見ることができないスティフィはそんなことを言い始めた。
アビゲイルとしてもそのつもりだったのだが、幽霊達の反応はどうも真逆だ。
幽霊達は古老樹の杖に興味があるようにすら思える。
「その意味も含めているんじゃないですかねぇ、何か危険を感じたらミアちゃんの近くに退避するのが良いかもしれませんねぇ」
古老樹の杖が光り始めたのは恐らくは幽霊達が原因で、少なくともミアは守ってくれるはずだ。
それにより周囲にいる者もついでで守ってくれるかもしれない。
「だと良いですね」
ミアは古老樹の杖とニンニクをぶら下げた棒を振り回しながらそう言った。
ただでさえ異様と言ってもいい光景なのに、その頭蓋骨一つ一つからおどろおどろしい気配を感じているからだ。
それが十数個、綺麗に整えられて積まれている。
ジュリーもミアの扱う魔力、ロロカカ神の魔力を感じ慣れていなければ、間違いなく恐慌状態へとなっていたかもしれない。
それほどの根源的な恐怖を訴えて来るものがこの頭蓋骨にはある。
その積まれた頭蓋骨は祭壇の上に描かれた魔法陣の中に丁寧に飾られるように設置されている。
ジュリーは魔法陣を注意深く見て見る。
恐らくは無月の女神の神与文字で書かれているので、ジュリーにはその陣を読み解くことはできない。
それでも、とても綺麗な陣で、多少なりとも陣の内容が把握することができる。
まずいくつかの陣を重ね合わせた複雑な複合魔法陣であることはジュリーでも一目見ればわかる。
核となる魔法陣、それをいくつかの魔法陣で支え変更、追加しているのだが、核になる陣もそれらを支える陣もほとんどジュリーには理解できない。
更に呪術もかなり複雑に絡み合っている。
下手にこの魔法陣をいじろうとしただけで、手痛い報復を受けることになるのは間違いない。
ジュリーが辛うじての予想ではあるのだが判別がついた陣は、地脈の力を吸い上げる陣とその魔力を整える陣だ。
この辺りはサリー教授に弟子入りしたおかげでジュリーもそれなりに詳しくなっている。
他の神の神与文字で書かれていても何となく判別がつき理解できるものだ。
あと、恐らくは、これはわざとわかりやすく書かれているからジュリーにも気づけた物だが、一番外周を覆う環状の魔法陣は、その内部の魔法陣を外部の者から守るための防衛陣だ。
この陣を、まずはどうにかしないと内部の陣には手出しするのは危険過ぎる。
下手に内部の陣を傷つけて陣を無効化しようとすると、防衛陣が作動してしまい何が起こるかわからない。
この外周部の環状の魔法陣を、最初にどうにかしないとその他の陣になんの干渉も出来ない。
外周部の環状の防衛陣がわかりやすく書かれているのは、この魔法陣に手を出せば、これが作動するというための警告のものだろう。
内部にもこの魔法陣を守る防衛陣もあるはずだが、そちらは巧妙に隠されていてジュリーの知識では全くわからない。
全体的に、ジュリー程度の知識ではどうこうできるものではない。
だが、恐らくは幽霊達はこれをジュリーに解除して欲しいのだろう。
その為にジュリーはこの場所に無傷で連れて来られたのだ。
恐らくはこの魔方陣が、幽霊達をこの地に縛り付けているのは間違い。
だが、ジュリーの知識ではこの陣をどうこうできるのは不可能だ。
「む、無理です…… この陣は私には難しすぎます…… い、一緒にいたアビゲイルって人なら恐らくこの陣をどうにか出来ると……」
ジュリーが辺りに向かいそう声を上げる。
そうすると、ジュリーに向かい身震いするほどの悪意が向けられる。
ジュリーの背筋をゾクゾクっとした寒気が駆けあがる。
まるで生きている心地がしないほどの悪意だ。
「わ、わかりました。で、できる限りのことはし、します…… させていただきますので……」
ジュリーが悪意に屈してそう言うと、向けられた悪意が、憎悪が、少しだけ緩和されるのを感じることが出来た。
ジュリーは恐怖に駆られながらも祭壇を調べる。
くすんではいるが全体が銀でできたかなり大きな祭壇だ。
祭壇に施された意匠も恐らくは無月の女神を表す物だ。
ジュリーが祭壇の反対側に回ると倒れた読書台と、そこに乗せられた一冊の本を発見する。
埃が積もっているその本を取り、読書台を立ててその上に本を置く。
この本は恐らくは魔術書だ。
しかも、わざわざ祭壇の近くに読書台までも受けて設置しているということは、恐らくはこの魔法陣の取扱説明書のはずだ。
なにかこの陣がわかるかと思いジュリーはその魔術書の表紙を捲る。
だが、魔術書の本来の内容はジュリーの目に入らない。
ジュリーの目に入って来たのは、本来書かれている魔導書の内容の上に、恐らく血で殴りかかれた文字だけだった。
そこには、苦しい、助けて、憎い、そう言った言葉が延々と羅列されている。
ジュリーはあまりにもの気味の悪さに吐きそうになる。
口元を手で押さえて、どうにか耐える。
恐らくはこの血文字自体が呪物となっている。
内容的に幽霊達が書いたものなのだろうが、読むだけで精神を汚染をする程のものだ。
それでもジュリーは魔導書に目を通す。
なるべく血文字を目に入れないように無視し、本来書かれている内容のみに目を通す。
そうしなければ間違いなく周りの幽霊達に殺される、そう思ったからだ。
ジュリーは必死にその魔導書を読み進める。
地下への階段を降りた一行は石造りの廊下へと出る。
どういう訳かこの辺りは虫の死骸もあまりない。
ただ、重たく冷たい空気、それと闇がこの場を支配している。
その闇を押しのけてミア達が地下室の廊下を進んでいく。
「ジュリー…… 無事でしょうか……」
ミアは心配そうジュリーの身を案じる。
「うーん、場所的に結構不味い場所なんですよねぇ」
アビゲイルは辺りを見回しながら言った。
「え?」
と、ミアが驚く。
普段あまり動じないアビゲイルが珍しく動じているように思えたからだ。
「あの部屋の地下にあるのは位置的に地下の儀式場のはずなんですが、その場所ってここを主の領域足らしめている魔法陣がある場所でもあるんですよねぇ」
ジュリーが落ちていった部屋は館からすれば隅っこの方の部屋なのだが、この屋敷自体の敷地、もっと正確に言うと、無月の女神の領域の中心地付近の部屋なのだ。
その場所に地下あるのは、この場所を無月の女神の領域足らしめているものだ。
この場所を無月の女神の領域と宣言しているような物だ。
普通の神であれば、それを破壊すれば神の領域が消える程度の物だが、嫉妬深い無月の女神が自分の領域が失う事となればどうなるか。
想像に難くない。
「じゃあ、その陣の起動を止めれば、ここは無月の女神の領域ではなくなるんですか?」
他の神の領域でなければ、ロロカカ神の魔術も魔力も借りることも出来ると喜んでそう聞くのだが、
「まあ、それはそうなんですが。それをしたら、間違いなく大規模な祟りが起きますよぉ」
と、アビゲイルは顔をなぜか頬を少し染めながら、それも悪くない、そんな顔をしながらそう言った。
もしそうなったらシュトゥルムルン魔術学院をも巻き込んで、呪われた地を作り出すことになる。
「厄介な代物ね」
と、スティフィが呟く。
そうなれば、この地にいる者すべてが息絶えることとなる。
そういった女神なのだ。無月の女神とは。
「だから、今もこうして放置されているんですよぉ」
と言いつつもアビゲイルは腑に落ちない顔をする。
師匠が、あのマリユ・ナバーナが、無月の女神の領域を離れているのにも驚いたが、廃墟となるまで放置しているのもアビゲイルには信じられなかったからだ。
地下には弱い虫除けのまじない程度しかかけられていない。
特に腑に落ちないのが、侵入者を拒むような術はまるでかけられていない。
確かに、館の上の方は飾りに過ぎない。
廃墟となっていても問題ないだろうが、この地下まで放置されているのはアビゲイルにとっては驚き以外のなにものでもない。
床にたまっている埃の具合から見ても、誰も侵入していないのは明らかだ。
本当に放置されている。
「なんで神の領域なんて作ったのよ」
神の領域自体はそれほど珍しい物ではない。
大きな神殿などでは、その神の領域を宣言することはよくあることだ。
普通の神であるならば、それほど問題はないし、他の神の魔術や魔力を借りたところで、あまり問題にもならない。
異常に嫉妬深く、その力を借りるのもやめるのも危険を伴う無月の女神ともなると、また話は変わってくるだけのことだ。
「恐らくは、ですがぁ、迫害対策ですねぇ。師匠も別の地域に住んでいた時は苦労していたそうなので。この領域に篭っている限り、誰も手は出せないですからねぇ」
アビゲイルはしみじみとそう言った。
アビゲイルでさえ無月の女神の巫女の弟子であることは、この秘匿の神が治めるリズウィッドの領地以外では黙っているほどだ。
ほぼ間違いなく迫害の対象となる。
「あー、マリユ教授の神様はそう言う神様なんですっけ」
と、ミアがポツリと呟く。
「ミアの…… いや、なんでもないわ」
それにスティフィが突っ込もうとして、口が滑ったことにすぐ気づき取りやめる。
「なんですか、スティフィ……」
ミアはスティフィに鋭い視線を送る。
いつものふざけた感じではない。本気で刺し殺すような視線だ。
「いや、ほんとなんでもない。あっ、ほら、ミア、古老樹の杖の先端、光ってるよ」
このままではまずいとスティフィは思い、古老樹の杖が光っていることをミアに伝える。
ミアもスティフィの軽口と分かっていたのか、すぐに普段のミアに戻る。
「あっ、本当ですね、淡く光っていますね」
ミアは気づいていなかったらしく、杖の先端に彫り込まれている文字を見た。
スティフィの指摘通り、そのうちの一つが確かに淡い光を放っている。
「その文字はなんなんですか? 私も見たことない文字ですよぉ?」
アビゲイルも興味ありと、といった感じで目を細めて杖の先端を見る。
「朽木様がこの杖をくれたときにいくつか杖につけてくれた能力らしいです。サリー教授の話では文字の数だけ何かしらの能力が込められてるのではないかって話です」
わかっている能力はこの杖をミア以外が使用すると何か良くないことが起こる、くらいの物だ。
それ以外の杖の能力は未だにわかっていない。
「今、光ってるってことは幽霊対策なんですかね?」
と、ミアが古老樹の杖を掲げながらポツリとそう言った。
「そうかもしれませんねぇ」
と、アビゲイルは生返事をしつつその光っている文字を見るが、アビゲイルでもその文字を理解することはできない。
だが、その文字一つ一つが超高密度で書かれた魔法陣のような物だという事はだけ理解できる。
魔法陣の内容を圧縮して焼き込む刻印のような物だが、その水準には天と地ほどの差があり同じような物というには隔たりがある。
人間が扱える領域の技術ではないことだけは確かだ。
「そうなんですか? あれ? 亡者に襲われたときは光ってましたっけ?」
アビゲイルの生返事に自分で聞いておいた疑問に、ミアは自分自身で疑問を持つ。
「あ、そう言えばそんなこともあったわね…… あの時は…… 光ってなかったはず? 少なくとも私の記憶にはないわね」
あの時も杖は荷物持ち君の籠の中にあったはずだが、スティフィの記憶では光っていなかったはずだ。
もしくは見逃していたかだ。
「その違いはなんですかねぇ」
「神の管理下にある死者かどうか? とかじゃないですか? わ」
マーちゃんがなんとなく思いついたので言葉を発する。
あの時の亡者は冥府の神の管理下にあったはずだ。
本気で人を襲おうとはしてなかったはずだ。
「その線もありますが、恐らくは害をなすか否か、じゃないですかねぇ」
アビゲイルは断定的にだがそう判断する。
ミアに害をもたらす気がある幽霊に反応しているのだろう、と。
ならば、自分の姉妹弟子達は信用できそうにない。
アビゲイルは無言でスティフィを見る。
スティフィもアビゲイルを無言で見ていてゆっくりと頷いた。
「それが当たっているなら、周りの幽霊は害するつもりがあるということですか? わ」
と、マーちゃんはそれを言葉で出してしまう。
アビゲイルは張り付いた笑顔のままだが、スティフィは少しマーちゃんを睨む。
その意図をマーちゃんことマーカスも理解してハッとした顔をする。
「それは恐らくはですねぇ」
アビゲイルはそう言って茶を濁すが、
「この話も幽霊さんにも聞かれているのよね?」
と、ミアが追い打ちをかける。
アビゲイルは周りの幽霊達を一応確認する。
今の話を聞いても特に変わった反応はない。
表情で判別できる物でもないが、今の会話を聞いても特に反応はない。
幽霊達が向けてくる感情も憎しみではあるが、話をする前と後で何ら変化はない。
むしろ先を急かすように、儀式場の方を指さしているだけだ。
恐らく、それ以上にして欲しいことがあるのだろう。
「わざと聞かせてるんですよ。朽木様がその枝を折って作ってくれた杖を持つ少女ですよぉ?」
だが、念のために牽制だけはしておく。
アビゲイルがそう言って幽霊達を脅すと逆に幽霊達はミアを興味深そうに見始めた。
それを見る限りでは幽霊達は古老樹の杖を恐れている様子はない。
ただミアから一定の距離を保ってはいるようで、必要以上に近づいては来ない。
「つまり、今杖が光っているのは、幽霊に対する警告か何かってこと?」
幽霊達の様子を見ることができないスティフィはそんなことを言い始めた。
アビゲイルとしてもそのつもりだったのだが、幽霊達の反応はどうも真逆だ。
幽霊達は古老樹の杖に興味があるようにすら思える。
「その意味も含めているんじゃないですかねぇ、何か危険を感じたらミアちゃんの近くに退避するのが良いかもしれませんねぇ」
古老樹の杖が光り始めたのは恐らくは幽霊達が原因で、少なくともミアは守ってくれるはずだ。
それにより周囲にいる者もついでで守ってくれるかもしれない。
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ミアは古老樹の杖とニンニクをぶら下げた棒を振り回しながらそう言った。
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そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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