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姫ととりまきと幻の珍獣騒動
姫ととりまきと幻の珍獣騒動 その3
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「へぇ、ツチノコって精霊憑きの蛇だったんですかぁ」
少し驚いたようにアビゲイルはミアからの報告を聞いた。
「みたいですね」
と、ミアは夕食を食べながらそう答えた。
アビゲイルはその話を聞いて少し拍子抜けする。
伝説の珍獣が精霊憑きの獣だったことに落胆している。
精霊憑きの獣の代表格というと白い鹿がすぐに思い浮かぶ。
珍しくはあるが体毛が白いということ以外、特別なことは特にない。
せいぜい、毛皮の値段が跳ね上がるくらいだ。
それと同じように蛇の精霊憑きと言えば、白蛇が有名だ。
こちらは縁起物とされ、大切に飼われることが多いが。
ただ精霊憑きの獣で蛇の胴体が膨れる、なとどいう話はアビゲイルも聞いたことがない。
とはいえ、ディアナが、上位種である御使いが、そう言ったと言っている以上はそうなのだろう。
それに水晶眼や精霊銀と言った精霊が宿ることで特性までもが変貌することもある。
それを考えれば、まだ落胆するには早いのかもしれない。
ただ現状では精霊憑き自体も珍しく胴体が膨らんだ蛇と限定すると、珍獣と言われるほど珍しいのかもしれないが、魔術的な価値はそこらの蛇と変わりない様にアビゲイルには思える。
実物を見ていないので、結局のところアビゲイルにも判断はつかないのだが、やはりアビゲイルの関心は薄い。
「あれ? そこまでわかって捕まえて来なかったんですか?」
正体が分かれば、ミア達には荷物持ち君も幽霊犬も、更には御使いだっている。
既に捕まえられていてもおかしくはないはずだ。
だが、ミア達はまだ捕まえたとは言ってはいないし、ミアなら自慢げに見せてくれるはずだ。
まだ捕まえていないという点は不思議だ。
「夕方の講義の時間だったので私だけでも帰ろうとしたら、ディアナ様も帰ると言い出して、結局は全員で……」
と、ミアは少し申し訳なさそうにそう言った。
ミアとしてはロロカカ神に言われてこの学院に学びに来ている。
講義をさぼることなどミアにできるわけはない。
そして、ディアナもミアを手助けするためにここにいる。
ミアが帰るのに、そのままツチノコ探しを続行するわけもない。
そして、この二人がいなければツチノコなど見つかるわけもない。
「そりゃまあ、そうですよねぇ」
考えるまでもない話だ。
「でも、週末に本格的に探す予定です! 金曜の講義が終わり次第、裏山に泊まり込みでの野営して探すことになりました!」
ただミアもツチノコをあきらめたわけではない。
本気で探す気で入るようだ。
ミアとしてはロロカカ神に捧げる供物としてだが。
他の者は反対するだろうが、ミアがそれで折れるわけはない。
それに、そもそもミアが居なければ、ツチノコの正体がわかっていても探し出すのは困難だ。
「あー、良いですねぇ。私も迷っちゃいますねぇ」
野営すると聞いてアビゲイルも少し心が動き出す。
なんだかんだでミアちゃん係には面白い連中がそろっている。
それについていけば、なにかしらは面白いことが間違いなく起きるはずだ。
「今、使い魔を作っているんですよね? なら使い魔に集中したほうが良いですよ! 私も大変でしたよ」
ミアは自分が荷物持ち君を作っていた時期のことを思い出してそう言った。
あの時は睡眠時間を削ってよく粘土をこねていたものだ。
「まあ、まだ構想段階ですから」
そう言ってアビゲイルは少し困った顔をする。
荷物持ち君を見ていると、どうしてもそっちに引っ張られてしまう。
神の呪いを封じ込めた核は確かに優れたものだが、古老樹と比べてしまうと酷く格落ちしてしまうのも事実だ。
今のアビゲイルに荷物持ち君はある意味毒、しかも猛毒なのだ。
「ルイーズ様はどうしますか?」
アビゲイルが少し迷っているようなので、ミアはルイーズを誘う。
年越しの時はルイーズも楽しんでいたはずだ。
「私は無理ですので」
だがルイーズは笑顔で答える。
「そうですか、残念です」
と、ミアは本当に残念そうな顔をして、しつこくは誘わない。
理由はわからないが、何か訳がありそうだとミアも直感で感じ取ることが出来た。
ルイーズの顔を見る限り、嫌だから、と言う訳ではなさそうだ。
それだけでもわかればミアもしつこくしたりはしない。
「お気遣いなく」
ルイーズもそう言ってすまし顔を作る。
本心としては行きたいのだが、身を危険に晒す可能性がある以上、すぐ近くの山だろうと行くわけにはいかない。
ミアが簡単に引き下がってくれたことにルイーズもホッとする。
行きたくてもいけないものを断るのは案外疲れるものだ。
「頂上を野営地にする予定なので気が向いたら遊びに来てください」
ミアはルイーズとアビゲイルにそう言い残し、食べ終わった皿をお盆にかたし始める。
「お、良いですねぇ。そう言えば、あそこにあるカマクラ、荷物持ち君が造ったそうですね」
アビゲイルはそう言ってミアを引き留める。
アビゲイルからしても、あのカマクラも魅力的な研究材料ではある。
ではあるのだが、アビゲイルをもってしても、あのカマクラからは得られるものは何もない。
「はい、そうですよ。なんか観光地になってるって聞いてます」
ミアは少し困惑したように答えた。
ミアはあのカマクラに古老樹の魔術が施されているなど気が付けなかったので心境が複雑なのだろう。
才能はあるが経験がない。それが今のミアには如実に出ている。
「あれは凄いですねぇ」
アビゲイルは頷きながら感心した。
なんなら、あのカマクラをアビゲイルは付近の外道種を呼び寄せた時に、外道種迎撃の籠城先に使っていたりさえする。
既に強力な外道種が居なかったとはいえ、外道種達の攻撃にも余裕で耐えるカマクラだ。
それが凄くないわけがない。
「そうなんですか?」
「ええ、流石は上位種って感心しちゃいますよ」
元はただの雪を固めただけの物なのにあの頑丈さは城壁以上だ。
その上で自己修復すらするのだからとんでもないものだ。
その自己修復の魔術の元はサリー教授の物なのだが、流石にアビゲイルもそこまでは見抜けていない。
「私も言われてついでに見に行ったんですが、よくわかりませんでした」
裏山のツチノコ捜索と言う名の散策ついで頂上まで登りカマクラをミアも見てきたが、それを理解することはミアにはできなかった。
むしろ、まだカマクラが溶けずに残っていることに驚きすら感じたくらいだ。
「あれは人間には理解できないものですよ。荷物持ち君もそのつもりで描いたんでしょうねぇ。人があれから何か情報を引き出すのはまず無理ですね。せいぜい見て感心するだけのものですねぇ」
恐らくあのカマクラに施された陣は、わざと難解に難しく描かれている。
人間には理解できないように。
人間には過ぎた技術と言わんばかりにだ。
まあ、だからこそ、魔術学院の教授をやっているような人物たちは、それを研究したくなるのだが。
「それなのに凄いってわかるんですか?」
ミアにとっては溶けないカマクラ程度の認識なのかもしれないが、ほぼ無尽蔵に流れる地脈から魔力を得て、恐ろしく強固で勝手に自己修復するような物だ。
それがどれだけ優れた物か、説明するまでもない。
陣の内容を読み解けなくともアビゲイルの眼にはそれがわかる。
「私の眼は特別製ですので魔力の流れとかが見えちゃうんですよ。この右目、実は神器って奴なんですよ」
そう言ってアビゲイルは自慢するように右目をミアに見せつける。
「なるほどです」
たしかにアビゲイルの右目は普通の眼ではなく怪しい色をしている。
目というよりは宝石のような、そんなきらめきをしている。
普通の眼でないことは確かだ。
「ミア、お風呂行くわよ! ジュリーがそわそわしてるから」
と、先に自分の食器をかたしに行っていたスティフィが少し遠くからミアに声をかける。
たしかにぐずぐずしていると、公衆浴場が有料化される時刻となる。
ジュリーがそわそわしだすのももっともなことだ。
ミアも急いで自分のお盆を手に持つ。今のミアからすればもう大した出費ではないが、出費を抑えることには大賛成だ。
「はーい、ではアビィちゃん、またです!」
スティフィに返事をし、ミアはアビゲイルに軽くお辞儀をして使った食器を片しに行った。
「アビィちゃんと呼んでくれるのはミアちゃんだけですねぇ」
その言葉はミアには聞こえないだろうが、アビゲイルは機嫌が良さそうにそう言った。
「精霊憑きの獣と言うだけでは、他の地方でも噂になるのではないですか?」
そんなミアを見送った後、しばらく黙って話をカマクラの話を聞いていたルイーズがアビゲイルに話しかける。
ルイーズからしてみるとカマクラよりもツチノコの方に興味が注がれているようだ。
そして、昼間にアビゲイルからそんな話を聞いたばかりだ。
ただの精霊憑きの獣であるならば、他の地域にもなんかしらの、ツチノコに似た話があってもおかしくはない。
「ですよねぇ? でも、御使いが言うのならそうなんでしょうねぇ。ふむ、逆にちょっと興味が湧いてきましたねぇ」
アビゲイルは考えを改める。
ただの精霊憑きの蛇と言うわけでもないのだろう。
それに腹の膨らんだ精霊憑きの蛇など聞いたことがないのも事実だ。
蛇の精霊憑きと言えば、白蛇と相場が決まっている。
珍獣と言われる何か要因がまた別にあるはずとアビゲイルは考えだす。
「……」
ルイーズは何とも言えない顔をして、楽しそうに思考にふけっているアビゲイルを見ている。
「ちゃんとルイーズちゃんにもお土産話を持ってきてくれますよぉ」
その視線に気づき、アビゲイルがからかうようにそう言うと、
「自由に生きれるミア様が少し羨ましく思えますね」
と、ルイーズは少し愚痴をこぼす様にそう言った。
それに対して、アビゲイルはルイーズに笑顔を向ける。
「いやー、どうでしょう。ミアちゃんのほうが不自由だと思いますよぉ」
「そうでしょうか?」
「なんせ、ミアちゃんは神の言いなりですからね。彼女の意思など、その前には存在してはいけないことになっていますよぉ。ミアちゃんには家出をする自由もないんですぉ」
その言葉にルイーズも納得する。
「たしかに。それはそうですね。私が羨むのは間違いなのでしょうね」
そして、自分を恥じる。
そもそもミアは神の命で遠い地より一人でこの地に、産まれた地とも知らずに戻って来たのだ。
ルイーズにはそんな真似はできない。
護衛を連れて不自由ない家出ごっこをするのが関の山だ。
それにミアがどれだけ神の命に縛られているか、それを知らないわけではない。
「流石ルイーズちゃん、聡いですねぇ」
すぐにルイーズが思い直したことにアビゲイルは素直に感心する。
アビゲイルにはまだ子供に思えるが、意外と将来、良い領主になるのではとアビゲイルは考える。
「まあ、私は、皆さんのお土産話でも楽しみにしてますよ」
ルイーズはもう隠さずに詰まらなさそうにそう言った。
ミア、スティフィ、エリック、マーカスが一足先に裏山の頂上へ行き野営の準備を始める。
年越しの時に使った天幕を持って再び裏山の頂上へと向かう。
頂上に野営地を作るのは、もし迷子になっても山を登ればどうにかなるためだ。
下手に山を降りようとしても逆に遭難するだけだ。
特にどこにも繋がっていない沢にでも迷い込んでしまうと自力での脱出は困難になる。
その為、迷子になったら頂上を目指せばいいように頂上に野営地を選んでいる。
荷物持ち君がその名の通り荷物を荷車で頂上まで運び込み、エリックとマーカスが天幕の設営をする。
その間に、ミアとスティフィが晩御飯にと獲物を探しに行く。
荷物持ち君がいれば獲物の発見には苦労しない。
そうやって他の仲間が来るのを待つ。
少し遅れてジュリーとクリーネ一行が到着し、最後にディアナ一行が到着する。
流石に大型の天幕でも全員が泊まることはできない。
ディアナ一行も自前の天幕を持ってきている。
そもそもが当てのない巡礼の旅をしていた一行なのでこういうことも慣れている。
エリックやマーカスなどよりも手際よく天幕を設営していく。
そこへ大量の獲物を持ってミアとスティフィが帰ってくる。
その晩の夕食は豪勢な物だった。
エリックがまた無駄に張り切り、様々なものを持ち込んで来ているので様々な料理を作るのも不自由はない。
「で、あのー、ミア様、ツチノコを神に捧げると言うのは……」
食事が終わり明日からの作戦会議とばかりに焚火を囲んで話し合っている。
そこで捕まえたツチノコをロロカカ神に捧げると息巻いているミアにクリーネが恐る恐る声をかける。
「決定事項です!」
と、ミアがそう言い切った。
誰の意見も聞かないと言った強い意志を感じる。
「あっ、はい……」
とすぐにクリーネが引き下がった。
「死体だと金貨二十枚か。なら五匹くらい見つけなくちゃな」
と、エリックはそれならとそう言った。
エリックもミア、というか荷物持ち君がいなければそもそもツチノコを発見できないことは理解している。
なので、ミアの意志を曲げずに数で補おうとしている。
「流石にそんなにいないでしょう? 伝説の珍獣なんでしょう?」
と、呆れた顔でスティフィが突っ込む。
「ですよね、ただの精霊憑きの獣ってわけじゃなさそうですし、何か条件があるのかもしれないですね」
ミアもそう言って少し考えるが、なにも浮かんでは来ない。
精霊憑きの獣は必ずしもと言うわけではないが白子となる。
それは白竜丸にも当てはまる。
白竜丸の場合は眼だけに精霊が憑き、水晶眼となっているが、それでも全身が白子となっている。
蛇の場合も、精霊憑きとして生まれると白い蛇に高確率でなるはずだ。
だが伝説上の珍獣、ツチノコは白いと言う話はまったく出てこない。
ただの精霊憑きであれば、ツチノコは白いという話があってもおかしくはないはずだ。
何か別の理由があるのかもしれない。
「き、金貨百枚なんですよね? 金貨!」
と、ジュリーが目を輝かせている。
「ジュリー、諦めなさい。それは生きて捕獲した場合で、ミアが止まるわけないでしょう?」
スティフィが可哀そうなものを見る目でジュリーにそう言った。
「で、でも二匹目を見つけたら!」
と、ジュリーは希望を捨てないでいる。
「二匹目ももちろん捧げます!」
それに、ミアが止めを刺す。
「そ、そうですか……」
と、ジュリーが落ち込むがミアは気には留めない。
ロロカカ神に最高の貢物を捧げられるという事の前に、ミアにとってはそんなことは些細なことでしかない。
「んー、まじかー、ミアちゃんどうにかならない?」
エリックも無駄だと分かりつつも一応そう声をかける。
「なりません!」
と、ミアに断言されてしまう。
そもそもミアがいなければ荷物持ち君もディアナも着いては来てくれないので、誰も強くは出れない。
なら、捧げられた後の死体だけでも持って帰るのが良いのかもしれない。
「ミアがこういうことで妥協するわけないじゃない? 絶対無理よ、諦めなさい。邪魔をしたら、それこそ何されるかわからないわよ」
と、スティフィがふざけた表情を浮かべてそう言った。
「流石に何もしませんよ」
と、ミアがそれに突っ込む。
ミアはそう言ってはいるが、実際にツチノコを捕獲して持ち逃げでもしようものなら、その者を容赦しなさそうだ、とここにいる全員が口には出さないがそう確信してはいる。
「巫女様! 巫女様! 使徒様言ってる! 言ってる!」
と、ディアナが駆け寄って来て、ミアに飛びつきながらそう言った。
「はい! なんですか?」
ミアは飛び込んで来たディアナを抱きかかえて話を聞こうとする。
「ツチノコ、捧げる、意味ない! 神、別に喜ばない!」
そこでディアナはミアをまっすぐ見てそう言った。
その言葉にミア以外の全員の顔が明るくなる。
「え…… だ、だって、精霊憑きの獣ですよね? 最高級の捧げ物じゃ……」
「ツチノコ、精霊憑きの獣じゃない!」
だけれども、ディアナの発した言葉は更なる混乱を呼んだ。
「は?」
「え?」
「んん?」
「ま、待ってください、この間は精霊憑きの獣だって……」
慌ててミアが確認しようとするが、
「使徒様言ってる、言ってる、教えてくださる! くださる! それ伝える! 伝えてるだけ!」
と、ディアナは笑顔でそう伝えて来るだけだ。
確かにディアナは御使いの言葉を伝えているだけに過ぎない。
しかも、なにかと不明瞭な点も多い。御使いの言葉を正確に伝えられていない可能性もある。
「えぇ…… ここに来てどういうこと? 御使いがそんなこと間違えるわけないし……」
と、スティフィも訳の分からない、と言った表情を浮かべる。
「もう一度あの時のディアナの言葉を思い出しましょうか」
マーカスが冷静にそう言って当時のディアナがどう言っていたか思い出そうとする。
「ツチノコに似ている生物…… それが精霊憑きって話よね」
スティフィが記憶を頼りにそう言った。
「んー? 似ている生物ってだけで、それとツチノコは別ってことか」
エリックも話に張って来てそう言った。
「いえ、違いますよ。まず最初にツチノコはいないと断言されていたはずです」
それをマーカスは訂正する。
「結局、どういうことよ?」
と、スティフィがそう言うが、誰も答えることが出来ない。
クリーネは終始、様子を見ているだけだ。
少しの間沈黙がその場を支配する。
「とりあえずはそのツチノコに似た生物とやらを捕まえて見ましょう」
まとめるようにミアがそう言った。
そして、
「この際だから、荷物持ち君も呼びますね。荷物持ち君! ちょっとこっち来てもらっても良いですか?」
そう言って、ミアはすぐに天幕の入口に立っている荷物持ち君を呼んだ。
荷物持ち君が天幕の入口からミアの傍までやってくる。
「荷物持ち君は、蛇かそれに似ていて胴体が太っている短い生物を知ってますか? とっても珍しいらしんですが」
ミアがそう聞くと、荷物持ち君は迷いながらも一応は頷いた。
荷物持ち君、古老樹ですら判断に迷う質問だったようだ。
「おお、やっぱりそれはいるんだな」
と、エリックは早計に判断する。
「もっと早くそう聞いておくべきだったですね」
とりあえずツチノコに似た生物はいることはだけは事実のようだ。
マーカスはその確認だけでも荷物持ち君にしておくべきだったと反省する。
今のところ、ツチノコ自体はいないが、それに似た精霊憑きの何かがいるということだ。
「それ、この裏山にいるんですよね?」
ミアが再び聞くと、今度は荷物持ち君は大きくうなずいた。
「いるみたいですね」
と、クリーネが一安心する。
「それをロロカカ様に捧げてもロロカカ様は喜ばないですか?」
ミアが必至な顔をして、その質問を荷物持ち君にするが、荷物持ち君は首を傾げた。
そして、その代わりとばかりにディアナが答える。
「精霊、精霊憑き、精霊、役割ある、役割持ってる。だから、神様喜ばない、ばない」
ディアナはそうミアに伝えて来た。
精霊も、精霊憑きもこの世界で役割がある、役割を持って生まれてくる。
だから、それを神に捧げても神は喜ばない、とディアナは言っている。
「な、なるほど…… わ、わかりました。捧げるのは諦めます……」
ミアが凄い顔をしてそう言った。
ミアの表情を見る限り、もう何度か精霊憑きの獣をロロカカ神に捧げてしまった経験があるかのようだ。
「なら、捕まえるのもまずいですかね」
マーカスの問いにディアナは反応しない。
ミアはすごい顔をしたまま固まっている。
やらかしてしまった、そんな表情でミアは固まった。
「ど、どうしますか?」
と、クリーネがミアに伺うように聞く。
声をかけられたので、ミアも正気に戻ったのか普通の顔に戻る。
「隊長はあなたでしょう?」
それをスティフィに突っ込まれる。
そう言われたクリーネは、それでもミアに縋るように見つめるだけだ。
「私は裏の支配者です」
そして、スティフィに乗っかるようにミアはそう言った。
捧げてしまったものは捧げてしまったという事で、深く考えないようにしているのかもしれない。
「ミア様……」
それに対してクリーネは尊敬の眼差しでミアを見る。
悪ふざけのつもりでミアは言ったのに、逆にクリーネに熱い視線で見られミアが困惑する。
「そ、そんな目で見ないでくださいよ。とりあえず生け捕りにして、ディアナ様か荷物持ち君の判断を仰ぎましょう!」
ミアがそうまとめる。
とりあず生け捕りにする。
それで御使いの判断を仰ぎダメそうなら、逃がせばいいだけだ。
それでもマーカスの額の眼を通して精巧な絵としてツチノコがいたという証拠は残せるはずだ。
「は、はい!」
と、クリーネが嬉しそうに返事をする。
「皆で捕まえるツチノコを私有化しようとしたり、お飾りの隊長に頼られたりで本当に裏の支配者ね」
と、今のミアを見てスティフィがしみじみとそう言った。
「流石、ステッサ家です」
と、クリーネはミアに羨望の眼差しを向ける。
「あんたもそれでいいのか……」
スティフィが少し引きながらそう言った。
少し驚いたようにアビゲイルはミアからの報告を聞いた。
「みたいですね」
と、ミアは夕食を食べながらそう答えた。
アビゲイルはその話を聞いて少し拍子抜けする。
伝説の珍獣が精霊憑きの獣だったことに落胆している。
精霊憑きの獣の代表格というと白い鹿がすぐに思い浮かぶ。
珍しくはあるが体毛が白いということ以外、特別なことは特にない。
せいぜい、毛皮の値段が跳ね上がるくらいだ。
それと同じように蛇の精霊憑きと言えば、白蛇が有名だ。
こちらは縁起物とされ、大切に飼われることが多いが。
ただ精霊憑きの獣で蛇の胴体が膨れる、なとどいう話はアビゲイルも聞いたことがない。
とはいえ、ディアナが、上位種である御使いが、そう言ったと言っている以上はそうなのだろう。
それに水晶眼や精霊銀と言った精霊が宿ることで特性までもが変貌することもある。
それを考えれば、まだ落胆するには早いのかもしれない。
ただ現状では精霊憑き自体も珍しく胴体が膨らんだ蛇と限定すると、珍獣と言われるほど珍しいのかもしれないが、魔術的な価値はそこらの蛇と変わりない様にアビゲイルには思える。
実物を見ていないので、結局のところアビゲイルにも判断はつかないのだが、やはりアビゲイルの関心は薄い。
「あれ? そこまでわかって捕まえて来なかったんですか?」
正体が分かれば、ミア達には荷物持ち君も幽霊犬も、更には御使いだっている。
既に捕まえられていてもおかしくはないはずだ。
だが、ミア達はまだ捕まえたとは言ってはいないし、ミアなら自慢げに見せてくれるはずだ。
まだ捕まえていないという点は不思議だ。
「夕方の講義の時間だったので私だけでも帰ろうとしたら、ディアナ様も帰ると言い出して、結局は全員で……」
と、ミアは少し申し訳なさそうにそう言った。
ミアとしてはロロカカ神に言われてこの学院に学びに来ている。
講義をさぼることなどミアにできるわけはない。
そして、ディアナもミアを手助けするためにここにいる。
ミアが帰るのに、そのままツチノコ探しを続行するわけもない。
そして、この二人がいなければツチノコなど見つかるわけもない。
「そりゃまあ、そうですよねぇ」
考えるまでもない話だ。
「でも、週末に本格的に探す予定です! 金曜の講義が終わり次第、裏山に泊まり込みでの野営して探すことになりました!」
ただミアもツチノコをあきらめたわけではない。
本気で探す気で入るようだ。
ミアとしてはロロカカ神に捧げる供物としてだが。
他の者は反対するだろうが、ミアがそれで折れるわけはない。
それに、そもそもミアが居なければ、ツチノコの正体がわかっていても探し出すのは困難だ。
「あー、良いですねぇ。私も迷っちゃいますねぇ」
野営すると聞いてアビゲイルも少し心が動き出す。
なんだかんだでミアちゃん係には面白い連中がそろっている。
それについていけば、なにかしらは面白いことが間違いなく起きるはずだ。
「今、使い魔を作っているんですよね? なら使い魔に集中したほうが良いですよ! 私も大変でしたよ」
ミアは自分が荷物持ち君を作っていた時期のことを思い出してそう言った。
あの時は睡眠時間を削ってよく粘土をこねていたものだ。
「まあ、まだ構想段階ですから」
そう言ってアビゲイルは少し困った顔をする。
荷物持ち君を見ていると、どうしてもそっちに引っ張られてしまう。
神の呪いを封じ込めた核は確かに優れたものだが、古老樹と比べてしまうと酷く格落ちしてしまうのも事実だ。
今のアビゲイルに荷物持ち君はある意味毒、しかも猛毒なのだ。
「ルイーズ様はどうしますか?」
アビゲイルが少し迷っているようなので、ミアはルイーズを誘う。
年越しの時はルイーズも楽しんでいたはずだ。
「私は無理ですので」
だがルイーズは笑顔で答える。
「そうですか、残念です」
と、ミアは本当に残念そうな顔をして、しつこくは誘わない。
理由はわからないが、何か訳がありそうだとミアも直感で感じ取ることが出来た。
ルイーズの顔を見る限り、嫌だから、と言う訳ではなさそうだ。
それだけでもわかればミアもしつこくしたりはしない。
「お気遣いなく」
ルイーズもそう言ってすまし顔を作る。
本心としては行きたいのだが、身を危険に晒す可能性がある以上、すぐ近くの山だろうと行くわけにはいかない。
ミアが簡単に引き下がってくれたことにルイーズもホッとする。
行きたくてもいけないものを断るのは案外疲れるものだ。
「頂上を野営地にする予定なので気が向いたら遊びに来てください」
ミアはルイーズとアビゲイルにそう言い残し、食べ終わった皿をお盆にかたし始める。
「お、良いですねぇ。そう言えば、あそこにあるカマクラ、荷物持ち君が造ったそうですね」
アビゲイルはそう言ってミアを引き留める。
アビゲイルからしても、あのカマクラも魅力的な研究材料ではある。
ではあるのだが、アビゲイルをもってしても、あのカマクラからは得られるものは何もない。
「はい、そうですよ。なんか観光地になってるって聞いてます」
ミアは少し困惑したように答えた。
ミアはあのカマクラに古老樹の魔術が施されているなど気が付けなかったので心境が複雑なのだろう。
才能はあるが経験がない。それが今のミアには如実に出ている。
「あれは凄いですねぇ」
アビゲイルは頷きながら感心した。
なんなら、あのカマクラをアビゲイルは付近の外道種を呼び寄せた時に、外道種迎撃の籠城先に使っていたりさえする。
既に強力な外道種が居なかったとはいえ、外道種達の攻撃にも余裕で耐えるカマクラだ。
それが凄くないわけがない。
「そうなんですか?」
「ええ、流石は上位種って感心しちゃいますよ」
元はただの雪を固めただけの物なのにあの頑丈さは城壁以上だ。
その上で自己修復すらするのだからとんでもないものだ。
その自己修復の魔術の元はサリー教授の物なのだが、流石にアビゲイルもそこまでは見抜けていない。
「私も言われてついでに見に行ったんですが、よくわかりませんでした」
裏山のツチノコ捜索と言う名の散策ついで頂上まで登りカマクラをミアも見てきたが、それを理解することはミアにはできなかった。
むしろ、まだカマクラが溶けずに残っていることに驚きすら感じたくらいだ。
「あれは人間には理解できないものですよ。荷物持ち君もそのつもりで描いたんでしょうねぇ。人があれから何か情報を引き出すのはまず無理ですね。せいぜい見て感心するだけのものですねぇ」
恐らくあのカマクラに施された陣は、わざと難解に難しく描かれている。
人間には理解できないように。
人間には過ぎた技術と言わんばかりにだ。
まあ、だからこそ、魔術学院の教授をやっているような人物たちは、それを研究したくなるのだが。
「それなのに凄いってわかるんですか?」
ミアにとっては溶けないカマクラ程度の認識なのかもしれないが、ほぼ無尽蔵に流れる地脈から魔力を得て、恐ろしく強固で勝手に自己修復するような物だ。
それがどれだけ優れた物か、説明するまでもない。
陣の内容を読み解けなくともアビゲイルの眼にはそれがわかる。
「私の眼は特別製ですので魔力の流れとかが見えちゃうんですよ。この右目、実は神器って奴なんですよ」
そう言ってアビゲイルは自慢するように右目をミアに見せつける。
「なるほどです」
たしかにアビゲイルの右目は普通の眼ではなく怪しい色をしている。
目というよりは宝石のような、そんなきらめきをしている。
普通の眼でないことは確かだ。
「ミア、お風呂行くわよ! ジュリーがそわそわしてるから」
と、先に自分の食器をかたしに行っていたスティフィが少し遠くからミアに声をかける。
たしかにぐずぐずしていると、公衆浴場が有料化される時刻となる。
ジュリーがそわそわしだすのももっともなことだ。
ミアも急いで自分のお盆を手に持つ。今のミアからすればもう大した出費ではないが、出費を抑えることには大賛成だ。
「はーい、ではアビィちゃん、またです!」
スティフィに返事をし、ミアはアビゲイルに軽くお辞儀をして使った食器を片しに行った。
「アビィちゃんと呼んでくれるのはミアちゃんだけですねぇ」
その言葉はミアには聞こえないだろうが、アビゲイルは機嫌が良さそうにそう言った。
「精霊憑きの獣と言うだけでは、他の地方でも噂になるのではないですか?」
そんなミアを見送った後、しばらく黙って話をカマクラの話を聞いていたルイーズがアビゲイルに話しかける。
ルイーズからしてみるとカマクラよりもツチノコの方に興味が注がれているようだ。
そして、昼間にアビゲイルからそんな話を聞いたばかりだ。
ただの精霊憑きの獣であるならば、他の地域にもなんかしらの、ツチノコに似た話があってもおかしくはない。
「ですよねぇ? でも、御使いが言うのならそうなんでしょうねぇ。ふむ、逆にちょっと興味が湧いてきましたねぇ」
アビゲイルは考えを改める。
ただの精霊憑きの蛇と言うわけでもないのだろう。
それに腹の膨らんだ精霊憑きの蛇など聞いたことがないのも事実だ。
蛇の精霊憑きと言えば、白蛇と相場が決まっている。
珍獣と言われる何か要因がまた別にあるはずとアビゲイルは考えだす。
「……」
ルイーズは何とも言えない顔をして、楽しそうに思考にふけっているアビゲイルを見ている。
「ちゃんとルイーズちゃんにもお土産話を持ってきてくれますよぉ」
その視線に気づき、アビゲイルがからかうようにそう言うと、
「自由に生きれるミア様が少し羨ましく思えますね」
と、ルイーズは少し愚痴をこぼす様にそう言った。
それに対して、アビゲイルはルイーズに笑顔を向ける。
「いやー、どうでしょう。ミアちゃんのほうが不自由だと思いますよぉ」
「そうでしょうか?」
「なんせ、ミアちゃんは神の言いなりですからね。彼女の意思など、その前には存在してはいけないことになっていますよぉ。ミアちゃんには家出をする自由もないんですぉ」
その言葉にルイーズも納得する。
「たしかに。それはそうですね。私が羨むのは間違いなのでしょうね」
そして、自分を恥じる。
そもそもミアは神の命で遠い地より一人でこの地に、産まれた地とも知らずに戻って来たのだ。
ルイーズにはそんな真似はできない。
護衛を連れて不自由ない家出ごっこをするのが関の山だ。
それにミアがどれだけ神の命に縛られているか、それを知らないわけではない。
「流石ルイーズちゃん、聡いですねぇ」
すぐにルイーズが思い直したことにアビゲイルは素直に感心する。
アビゲイルにはまだ子供に思えるが、意外と将来、良い領主になるのではとアビゲイルは考える。
「まあ、私は、皆さんのお土産話でも楽しみにしてますよ」
ルイーズはもう隠さずに詰まらなさそうにそう言った。
ミア、スティフィ、エリック、マーカスが一足先に裏山の頂上へ行き野営の準備を始める。
年越しの時に使った天幕を持って再び裏山の頂上へと向かう。
頂上に野営地を作るのは、もし迷子になっても山を登ればどうにかなるためだ。
下手に山を降りようとしても逆に遭難するだけだ。
特にどこにも繋がっていない沢にでも迷い込んでしまうと自力での脱出は困難になる。
その為、迷子になったら頂上を目指せばいいように頂上に野営地を選んでいる。
荷物持ち君がその名の通り荷物を荷車で頂上まで運び込み、エリックとマーカスが天幕の設営をする。
その間に、ミアとスティフィが晩御飯にと獲物を探しに行く。
荷物持ち君がいれば獲物の発見には苦労しない。
そうやって他の仲間が来るのを待つ。
少し遅れてジュリーとクリーネ一行が到着し、最後にディアナ一行が到着する。
流石に大型の天幕でも全員が泊まることはできない。
ディアナ一行も自前の天幕を持ってきている。
そもそもが当てのない巡礼の旅をしていた一行なのでこういうことも慣れている。
エリックやマーカスなどよりも手際よく天幕を設営していく。
そこへ大量の獲物を持ってミアとスティフィが帰ってくる。
その晩の夕食は豪勢な物だった。
エリックがまた無駄に張り切り、様々なものを持ち込んで来ているので様々な料理を作るのも不自由はない。
「で、あのー、ミア様、ツチノコを神に捧げると言うのは……」
食事が終わり明日からの作戦会議とばかりに焚火を囲んで話し合っている。
そこで捕まえたツチノコをロロカカ神に捧げると息巻いているミアにクリーネが恐る恐る声をかける。
「決定事項です!」
と、ミアがそう言い切った。
誰の意見も聞かないと言った強い意志を感じる。
「あっ、はい……」
とすぐにクリーネが引き下がった。
「死体だと金貨二十枚か。なら五匹くらい見つけなくちゃな」
と、エリックはそれならとそう言った。
エリックもミア、というか荷物持ち君がいなければそもそもツチノコを発見できないことは理解している。
なので、ミアの意志を曲げずに数で補おうとしている。
「流石にそんなにいないでしょう? 伝説の珍獣なんでしょう?」
と、呆れた顔でスティフィが突っ込む。
「ですよね、ただの精霊憑きの獣ってわけじゃなさそうですし、何か条件があるのかもしれないですね」
ミアもそう言って少し考えるが、なにも浮かんでは来ない。
精霊憑きの獣は必ずしもと言うわけではないが白子となる。
それは白竜丸にも当てはまる。
白竜丸の場合は眼だけに精霊が憑き、水晶眼となっているが、それでも全身が白子となっている。
蛇の場合も、精霊憑きとして生まれると白い蛇に高確率でなるはずだ。
だが伝説上の珍獣、ツチノコは白いと言う話はまったく出てこない。
ただの精霊憑きであれば、ツチノコは白いという話があってもおかしくはないはずだ。
何か別の理由があるのかもしれない。
「き、金貨百枚なんですよね? 金貨!」
と、ジュリーが目を輝かせている。
「ジュリー、諦めなさい。それは生きて捕獲した場合で、ミアが止まるわけないでしょう?」
スティフィが可哀そうなものを見る目でジュリーにそう言った。
「で、でも二匹目を見つけたら!」
と、ジュリーは希望を捨てないでいる。
「二匹目ももちろん捧げます!」
それに、ミアが止めを刺す。
「そ、そうですか……」
と、ジュリーが落ち込むがミアは気には留めない。
ロロカカ神に最高の貢物を捧げられるという事の前に、ミアにとってはそんなことは些細なことでしかない。
「んー、まじかー、ミアちゃんどうにかならない?」
エリックも無駄だと分かりつつも一応そう声をかける。
「なりません!」
と、ミアに断言されてしまう。
そもそもミアがいなければ荷物持ち君もディアナも着いては来てくれないので、誰も強くは出れない。
なら、捧げられた後の死体だけでも持って帰るのが良いのかもしれない。
「ミアがこういうことで妥協するわけないじゃない? 絶対無理よ、諦めなさい。邪魔をしたら、それこそ何されるかわからないわよ」
と、スティフィがふざけた表情を浮かべてそう言った。
「流石に何もしませんよ」
と、ミアがそれに突っ込む。
ミアはそう言ってはいるが、実際にツチノコを捕獲して持ち逃げでもしようものなら、その者を容赦しなさそうだ、とここにいる全員が口には出さないがそう確信してはいる。
「巫女様! 巫女様! 使徒様言ってる! 言ってる!」
と、ディアナが駆け寄って来て、ミアに飛びつきながらそう言った。
「はい! なんですか?」
ミアは飛び込んで来たディアナを抱きかかえて話を聞こうとする。
「ツチノコ、捧げる、意味ない! 神、別に喜ばない!」
そこでディアナはミアをまっすぐ見てそう言った。
その言葉にミア以外の全員の顔が明るくなる。
「え…… だ、だって、精霊憑きの獣ですよね? 最高級の捧げ物じゃ……」
「ツチノコ、精霊憑きの獣じゃない!」
だけれども、ディアナの発した言葉は更なる混乱を呼んだ。
「は?」
「え?」
「んん?」
「ま、待ってください、この間は精霊憑きの獣だって……」
慌ててミアが確認しようとするが、
「使徒様言ってる、言ってる、教えてくださる! くださる! それ伝える! 伝えてるだけ!」
と、ディアナは笑顔でそう伝えて来るだけだ。
確かにディアナは御使いの言葉を伝えているだけに過ぎない。
しかも、なにかと不明瞭な点も多い。御使いの言葉を正確に伝えられていない可能性もある。
「えぇ…… ここに来てどういうこと? 御使いがそんなこと間違えるわけないし……」
と、スティフィも訳の分からない、と言った表情を浮かべる。
「もう一度あの時のディアナの言葉を思い出しましょうか」
マーカスが冷静にそう言って当時のディアナがどう言っていたか思い出そうとする。
「ツチノコに似ている生物…… それが精霊憑きって話よね」
スティフィが記憶を頼りにそう言った。
「んー? 似ている生物ってだけで、それとツチノコは別ってことか」
エリックも話に張って来てそう言った。
「いえ、違いますよ。まず最初にツチノコはいないと断言されていたはずです」
それをマーカスは訂正する。
「結局、どういうことよ?」
と、スティフィがそう言うが、誰も答えることが出来ない。
クリーネは終始、様子を見ているだけだ。
少しの間沈黙がその場を支配する。
「とりあえずはそのツチノコに似た生物とやらを捕まえて見ましょう」
まとめるようにミアがそう言った。
そして、
「この際だから、荷物持ち君も呼びますね。荷物持ち君! ちょっとこっち来てもらっても良いですか?」
そう言って、ミアはすぐに天幕の入口に立っている荷物持ち君を呼んだ。
荷物持ち君が天幕の入口からミアの傍までやってくる。
「荷物持ち君は、蛇かそれに似ていて胴体が太っている短い生物を知ってますか? とっても珍しいらしんですが」
ミアがそう聞くと、荷物持ち君は迷いながらも一応は頷いた。
荷物持ち君、古老樹ですら判断に迷う質問だったようだ。
「おお、やっぱりそれはいるんだな」
と、エリックは早計に判断する。
「もっと早くそう聞いておくべきだったですね」
とりあえずツチノコに似た生物はいることはだけは事実のようだ。
マーカスはその確認だけでも荷物持ち君にしておくべきだったと反省する。
今のところ、ツチノコ自体はいないが、それに似た精霊憑きの何かがいるということだ。
「それ、この裏山にいるんですよね?」
ミアが再び聞くと、今度は荷物持ち君は大きくうなずいた。
「いるみたいですね」
と、クリーネが一安心する。
「それをロロカカ様に捧げてもロロカカ様は喜ばないですか?」
ミアが必至な顔をして、その質問を荷物持ち君にするが、荷物持ち君は首を傾げた。
そして、その代わりとばかりにディアナが答える。
「精霊、精霊憑き、精霊、役割ある、役割持ってる。だから、神様喜ばない、ばない」
ディアナはそうミアに伝えて来た。
精霊も、精霊憑きもこの世界で役割がある、役割を持って生まれてくる。
だから、それを神に捧げても神は喜ばない、とディアナは言っている。
「な、なるほど…… わ、わかりました。捧げるのは諦めます……」
ミアが凄い顔をしてそう言った。
ミアの表情を見る限り、もう何度か精霊憑きの獣をロロカカ神に捧げてしまった経験があるかのようだ。
「なら、捕まえるのもまずいですかね」
マーカスの問いにディアナは反応しない。
ミアはすごい顔をしたまま固まっている。
やらかしてしまった、そんな表情でミアは固まった。
「ど、どうしますか?」
と、クリーネがミアに伺うように聞く。
声をかけられたので、ミアも正気に戻ったのか普通の顔に戻る。
「隊長はあなたでしょう?」
それをスティフィに突っ込まれる。
そう言われたクリーネは、それでもミアに縋るように見つめるだけだ。
「私は裏の支配者です」
そして、スティフィに乗っかるようにミアはそう言った。
捧げてしまったものは捧げてしまったという事で、深く考えないようにしているのかもしれない。
「ミア様……」
それに対してクリーネは尊敬の眼差しでミアを見る。
悪ふざけのつもりでミアは言ったのに、逆にクリーネに熱い視線で見られミアが困惑する。
「そ、そんな目で見ないでくださいよ。とりあえず生け捕りにして、ディアナ様か荷物持ち君の判断を仰ぎましょう!」
ミアがそうまとめる。
とりあず生け捕りにする。
それで御使いの判断を仰ぎダメそうなら、逃がせばいいだけだ。
それでもマーカスの額の眼を通して精巧な絵としてツチノコがいたという証拠は残せるはずだ。
「は、はい!」
と、クリーネが嬉しそうに返事をする。
「皆で捕まえるツチノコを私有化しようとしたり、お飾りの隊長に頼られたりで本当に裏の支配者ね」
と、今のミアを見てスティフィがしみじみとそう言った。
「流石、ステッサ家です」
と、クリーネはミアに羨望の眼差しを向ける。
「あんたもそれでいいのか……」
スティフィが少し引きながらそう言った。
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