学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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姫ととりまきと幻の珍獣騒動

姫ととりまきと幻の珍獣騒動 その1

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 ミアは疲れたようにため息を大きく吐き出した。
「大丈夫?」
 と、スティフィがミアに向かい声をかける。
 そう声はかけているが心配しているような表情は見せてはいない。
 ウオールド教授の特別講義を終えたミアの具合が見るからに悪そうではあるが本気で心配しているわけではない。
 スティフィは話の種としてそう聞いただけだ。それにより自然とスティフィが受けれない特別講義の内容も知ることができる。
「あんまり大丈夫じゃありません…… ウオールド教授の特別講義…… 主に魔力制御の講義なんですか魔力を長い間身に纏っていたので気分が……」
 ミアがウオールド教授の特別講義を終えるのをスティフィが迎えに行き、今は昼食をとるためにいつもの食堂へと向かっている最中だ。
 フラフラとした足取りではあるがミアは自分の足で歩いてはいる。
 軽度の魔力酔いの影響だろう。
「ああ、魔力酔いなのね。でも、あんな強力な魔力を見せられたら、そりゃ特別講義も受けさせたくなるでしょうね」
 恐らくウオールド教授は魔力制御の練習と魔力酔いの耐性を同時にミアにつけさせているのだろう。
 ミア専用の特別講義と言うことでスティフィもその講義の内容は知らないが、今の会話だけでもおおよその見当はつく。
 ライの呪いを引きはがすための時のミアの扱った魔力を考えれば当たり前のことだ。
 あの時はミアも怒りに身を任せて大量の魔力を拝借していたからだが、ミアを怒らすなどとても簡単なことだ。
 一言でいい、ロロカカ神のことを少しでも貶せば、ミアの怒りはすぐに燃え上がる。
 それだけで魔力暴走しかねない状態になられたらとんでもない話だ。
 また強力な魔力であればあるほど、魔力酔いも魔力暴走もしやすいし、そうなったときの被害も大きい。
 ウオールド教授がミアにそれらを防ぐ術を学ばそうとするのは当然のことだ。
「そんなに強力だったんですか? たしかにあの時は力が入りすぎて必要以上な量の魔力を借りてしまっていて、魔力制御に集中して周りは見えていませんでしたけど……」
 その状況にミアを持っていくのが一言でいいのだから、それはウオールド教授も慌てて特別講義を受けさせるのも当然のことなのだろう、とスティフィも思う。
 簡単にその状況を作れる上に、恐らくどんなに精神訓練してもミアを怒らすのをやめさせるのは不可能だ。
 ウオールド教授もそれがわかっているので、強力な魔力を得た時でもちゃんと制御できる訓練のほうをしているのだろう。
「いや、あれは暴走直前だったわよ。あんな魔力が暴走したら大惨事だったわよ」
 恐らく周辺は粉微塵に吹き飛んでいることだろう。
 特に魔力は素早く移動させればさせるほど力を生む。
 アビゲイルの作った陣は魔力を自動で誘導してくれるもので、かなりの速度で魔力が動いていたせいもある。
 その結果、その陣が暴走していたら近くにいたミア、ライ、デュガン、アビゲイルの四人はまず助からなったことだろう。

 そんなことをミアとスティフィが話しつつ、たまり場となった裏山の入口付近の食堂に向かうと食堂の入り口に人だかりが出来ている。
「って、あれ? 人だかりが出来てませんか?」
 魔術学院ではあまり見ない身なりの良い人間とその護衛や召使、そう言った人間が食堂の前にたむろしている。
 スティフィはその人だかりを一瞥し嫌な表情を浮かべる。
「あー、遅れて来た姫様のとりまき連中ね。でも、あの給仕の結界で食堂に入れないみたいね」
「とりまきなんて流石ルイーズ様ですね。マルタさんの結界、あるとわかってても通れないんですね。でも、ライさん達は入ってきましたよね?」
 ミアは不思議そうな顔をしている。
 本格的に魔術を学び始めて一年のミアには、まだその辺の力量差のことがわからないでいる。
「あー、あの学会の学者、今は助教授だっけ? まあ、魔術師としての腕が違うからねぇ」
 魔術の腕だけなら既に教授並みの腕だ。
 知識も幅広いし、オーケンを祖先に持つとはいえ、家柄自体は光の神々に属する貴族の家だ。
 ウオールド教授にとってまさに理想的な人材とも言える。
 そんな人物なのだから、ルイーズの護衛の一端を担っているマルタの結界を抜けてきても驚きはしない。
 そもそも人払いの結界としては、それほど強い物ではない。結界の隠密性に重点を置いた陣だ。
 恐らくはマルタの一存で結界の効果を切り替えることができるのだろう。
 普段は結界があることを隠しておいて人払いに使い、緊急時には強固な結界へと切り替えるような、そんな使用目的の陣なのだろう。
 なので、スティフィが気づけないにも無理はない話だ。
 通常時はその陣自体の隠密性を重視している。
「スティフィも気づけなかったんですよね?」
 ミアはそう言ってからかうような、そんな笑みを浮かべた。
「感知系は割と自信あったのに。あの給仕係も相当な腕よ」
 ミアの笑みを見ながら、スティフィは悔しそうにそう言った。
 実際見事な術式で、かなり自然に隠ぺいされている結界だった。
 特にスティフィも食堂を事前に入場許可されていたので全く気づけなかった。
 流石はこの領地のお姫様の護衛を任されている一人である。
 その結界のせいで、今は食堂の入り口に数人が陣取っていてミア達も食堂内に入ることができないでいるが。
 こうなってしまっては結界の隠密性も形無しだ。
「あの、すいません、ちょっと通してもらえますか?」
 と、ミアがその人だかりに声をかける。
 そうすると、その中で一番派手な服を着ている人物が前に出てミアを見る。
 そして、瞬時にミアを見下す。
「あなた、この食堂に出入りできるの?」
 そう高圧的に言ってその女はミアを睨む。
 そして、ミアがみすぼらしい格好をしていたので顔を顰める。
「え? あっ、はい、そうです」
「なんであんたみたいな平民が?」
 女が憎々しげにそう言うと、スティフィが噴き出すように笑った。
「ミア、あなた平民言われてるわよ?」
 そして、ミアに笑いながら肩を叩く。
「え? 違うんですか?」
 と、ミアは本気でスティフィに言い返した。
 ミアは自分がこの領地の貴族であることを既に忘れているようだ。
「違うでしょう? あなたもここの貴族でしょうが」
 と、スティフィが驚いたように真顔で訂正する。
「あっ、あー、そう言えばそうでした」
「え? あなたも貴族なの?」
 と、女が驚いて、いや、狼狽してミアをもう一度見る。
 ただミアの格好は貴族でないにしても、平民の格好からしてもみすぼらしかった。
 今ミアが来ている服は去年買った夏用の服の内の一着だ。
 その服で頻繁に山に入っていたので既に相当汚れていてみすぼらしくなっている。
 その服を見て女は本当に貴族なのかと、いぶかしげな表情を見せる。
「はい、ミア・ステッサと申します」
 ただ、ミアがそう名乗ると、女の表情が一転する。
 見る見るうちにその顔が青くなっていく。
「ス、ステッサ…… あ、あなたが、あなた様が行方不明になっていたというステッサ家の?」
「え? あ、はい。多分それです。ベッキオさんがおじいちゃんらしいです」
「ミア、見て見て、この女、顔真っ青よ」
 スティフィがニヤつきながら女を見てそう言った。
 ミアは女が怒ると思ってスティフィを小突く。
 けど、女は青い顔をしたまま震えあがっていた。
「す、すみませんでした! へ、平民などと言って申し訳ございませんでした!」
 それどころか頭を深く下げ大声で謝罪してきた。
 その女の取り巻き達も慌て始め、女同様にミアに向かい頭を下げ始めた。
 ミアにとっては平民扱いされるより、よほど異常な光景だ。
「え? い、いや、謝られても困りますので……」
「なんなの?」
 と、スティフィも尋常じゃない女の慌て様ぶりに驚く。
 そうこうしていると、食堂の扉が開き、女給の恰好をした者が出て来てミア達に声をかける。
「ミア様」
「あっ、マルタさん」
「クリーネ嬢も一旦中に。ルイーズ様がおよびです。それと、あまり表でこのように集まったり騒がないでください」
 マルタはミアに礼儀正しくお辞儀をした後、クリーネと呼んだ女を鋭い視線で見る。
「は、はい! マルタ様」
 ただクリーネはマルタが向けた視線にまでは気づけていない。
「あー、給仕の恰好してるけど、あんたもお貴族様なのか」
 クリーネと呼ばれた女に様付きで呼ばれていたことでスティフィもそのことに気づく。
「そうですよ。スティフィ様。ミア様と私は割と近縁だったりしますよ。とにかく表にこんな集まられるとせっかく張っている結界が意味をなしません」
 そう言ってマルタは再度クリーネを睨んだ。
「す、すいません……」
 やっと状況を理解したクリーネは意気消沈し、落ち込みながら詫びた。
「クリーネ嬢は中へ、あとのお付きの者達は…… どっか別の場所ででも待機していてください」

「あ、あの、ルイーズ様。本当にもうしわけございません」
 クリーネが本当に申し訳なさそうに、青い顔をしながらルイーズに頭を下げる。
 だが、ルイーズはもともと相手にしていないし、そもそも結界のことなどどうでもいいと思っている。
 ルイーズ的にはこうやって取り巻きに干渉されるほうが嫌なのだ。
 今はあくまで家出中と言うことにルイーズはしておきたい。
「いえ、別にいいです。あの結界もマルタがこっそりと張っているだけですので」
 そう言ってルイーズはクリーネを見る。
 頭の中でどんな家柄だったかを思い出す。
 本当に末席の貴族で領地もないので平民落ちを待つ貴族だ。今も土地を持つ親族の貴族に依存している形だ。
 このままではクリーネが家督を継ぐときには、その家督も平民の身分になっていてもおかしくはない。
 だから、自分の前にこうやって現れたのだろうと、ルイーズは結論づけ、小さくため息をつく。
 これは貴族も増えすぎている今の時代では仕方のない話だ。
 最近では領地を持てない貴族の子達も増えてきている。
 土地を何とか維持できている貴族でも、それを受け継げるのは長男か長女の一人だけで後は治めるべき土地を分け与えられることすらない。
 無論土地を持てない貴族など稼ぎ口もない。そうなれば結局は平民になるしかない。
 領土を神により定められ広げることもできないので、これはどの領地でもしかたのないことだ。
「そ、それで、あ、あの、この方が…… ステッサ家の……」
 クリーネは恐る恐るルイーズに確認する。
 今もミアがステッサ家の貴族であることが半信半疑なのだ。
 この領地でステッサ家は表向きはただの中堅貴族ではあるが、表向きではないほうは色々と曰く付きである。
「そうです。そのミア様です。ステッサ家の血筋なのは既に証明されています。そして、父が私の姉とのたうち回っている方でもあります」
 ルイーズは少し腹立たしいようにミアを紹介した。
「あ、はい……」
 とミアが少し申し訳なさそうにお辞儀した。
 そして、少し驚いたようにミアは言葉を続ける。
「領主様はまだそんな言ってるんですか?」
 そろそろ諦めてくれないかとミアはそう考えているくらいだ。
「はい、言っているそうです。私達が仲良くしていることをブノアが報告して喜んでいるくらいは…… ね」
 そう言ってルイーズは疲れた表情を見せブノアを睨む。
 ブノアは何とも言えない顔を見せ、その後、愛想笑いをした。
「あー、なんか手紙にそんなこと書いてありましたね。姉妹で仲良くてうれしいとか何とか」
「まだ毎日来るんですか?」
「ええ、来てますよ。今もまだ都の方にいるらしいです」
「そうですか。まったく困った人です」
 そう言いつつルイーズも何とも言えない顔をした。
 自分には用がなければ手紙など寄こさないのに、ミアには毎日送って来ているという状況にルイーズ的に何とも言えない心境になっている。
 ただミアは神に選ばれた巫女であり、この領地どころか本当に貴族に興味がないので、ルイーズとしても張り合うのも馬鹿らしい話だ。
 結果、どちらも悪い人間でもないのでミアとルイーズはなんだかんだで仲が良くなっている。
 妙に波長が合うあたり、領主であるルイの言葉もあながち間違いではないのでは、と周囲にも思われ始めてもいるくらいだ。
「で、こちらの方は?」
 そんなルイーズにミアが問う。
 ルイーズが答える前にクリーネがミアの前にでて優雅に挨拶をする。
「先ほどは本当に申し訳ございませんでした。改めましてクリーネ・ディオネシスと申します。この領地の貴族の末席に席をおかさせていただいております」
 それを聞いたスティフィが顔をパッと明るくさせる。
「あー、だから遅れながらにも姫さんの取り巻きとして今頃魔術学院に入学してきたんだ?」
「うっ……」
 と、スティフィに簡単に言い当てられ、クリーネは苦々しい表情を浮かべる。
 ミアの件が合った手前、クリーネはスティフィという存在にも強く出れないでいる。
 そもそもこの銀髪の女が何者なのか、クリーネにはわからない。
 ミアともルイーズとも親し気なのでどこか別の領地の貴族なのかもしれない、そう思うとクリーネはスティフィにも強く出れない。
 なんならクリーネの目にはミアよりも気品があるようにすら思える。
「どういうことです?」
 ミアが頭に疑問符を浮かべてスティフィに問う。
「平民落ち寸前のお貴族様ってことよ。言った通りそのまま本当に末席なんでしょう?」
 スティフィが嫌な笑みを浮かべながらそう言った。
「スティフィ様。あまり口を挟まないでください」
 マルタが少し困った顔をしてそう言った
「でも…… その通りです…… このままでは私の代で確実に平民落ちです」
 クリーネはそう言ってその場に崩れ落ち泣き出した。
「私に言われてもそれを止めることはできませんよ」
 ルイーズにできることはない。
 そして、父に進言する気もない。
 ルイーズもこの領地でも貴族が増えすぎていることは承知している。
 今や貴族の平民落ちなど珍しくなく仕方のないことだ。
「わ、わかってます。それでも、せめてルイーズ様にお仕えできればと……」
「あー、マルタさんみたくですか?」
 マルタやブノアも貴族でありながらルイーズに仕えている。
 ルイーズの場合は本来ならば姫という立場なのでそれはおかしくないことだ。
 例え身分が平民になっても、ルイーズに仕えられるのなら、元貴族として面目も立つのだろう。
「はい!」
「ですってよ、ブノア」
 ルイーズは結果が分かっていながらブノアに振る。
 ルイーズの警備とお世話周りを一任しているのはブノアだからだ。
「不合格です。残念ながらリズウィッド家の護衛は特別な血筋でのみ構成されていますので」
 ブノアが厳しい顔でそう言い切った。
 元外道狩り衆と呼ばれる特殊な術師で領主を古来より裏で護衛してきている。
 それがやっと表の護衛としても日の目を見るようになったのだ。
 そこを譲る気もないし、外道狩り衆の術は今でも公にしてよい物ではない。
 外部の者を入れるわけにもいかない。
「そんな……」
 クリーネはそう言って泣き出してしまったので、
「なら、ミア様の給仕になったらどうですか?」
 と、ルイーズが思いついたように提案する。
「えっ? いりませんよ。人を雇うお金…… はあるかもしれませんが、必要ないですし」
 だが、それをミアは必要性を感じないので断ってしまう。
 そもそも、クリーネが貴族にこだわる理由もミアには理解できない。
「そんな……」
 と、再びクリーネは同じ声を発し崩れ落ちる。
「なら、おじいさんに聞いてみますか?」
 ただクリーネが泣いて落ち込んでいるし、困っていることは理解できるのでミアはそう提案する。
 ベッキオからの手紙でも、困ったときは連絡をするようにと言われている。
「良いんですか!」
 クリーネが泣き止み顔を上げる。
「ミア様…… それは辞めたほうが良いですよ」
 それに対して、ルイーズが顔を強張らせながらそう言った。
「そうなんですか?」
「はい、ベッキオ様は別名鬼のベッキオと呼ばれている方なので」
 そう答えたのはルイーズではなく、その護衛であるブノアだ。
 ブノアも不安そうな表情を浮かべている。
「た、確かに…… リズウィッド領の裏の支配者って呼ばれている方なのですよね?」
 クリーネがミアの顔色をうかがいながらそう聞いて来た。
「え? 私のおじいさんそんな人なんですか? 普通の貴族って言ってましたよ」
 そもそもミアは普通の貴族というものすらよく理解していない。
 ミアの知識では地主的なものとしか捉えていない。
「昔はそうでしたが、今はミア様が言う通り通常の貴族です、少なくとも表向きは…… ねえ、ブノア」
 ルイーズが少し困ったようにそう答えた。
 ルイーズはとてもベッキオという人物は苦手だ。
 逆らい難い雰囲気を持っているし、領主であるルイすらベッキオにはなかなか反論すらできない。
 何より眼力が凄まじい。あの人物に睨まれたら思考が停止してしまうほどだ。
 そう言う魔眼でも持っているのでは、とルイーズも思っているくらいだ。
「は、はい。表向きは我がビアンド家とそう変わらない格式ですが……」
 と、ブノアも声を強張らせてそう言った。
 ブノアからするとミアの祖父であるベッキオは逆らい難い上司そのものだ。
 一線を退いて久しいのに外道狩り衆としての実力も、ブノアではベッキオに遠く及ばない。
 解散したとはいえ、未だに外道狩り衆の頭領として健在なのだ。
「表向き…… ステッサ家って裏の支配者なんですか? そう言えば領主様にもおじいさんはため口でしたね……」
 ミアは二人そろってゾロゾロと会いに来ていた時のことを思い出す。
 ミアが聞かされている話では中堅くらいの貴族と聞いていたが、それにしては領主であるルイにもため口だったのを思い出す。
「ま、まあ、ベッキオ様が若い頃はお父様の護衛や武術の師をしていましたので……」
 ルイーズも返答に困るようにそう言った。
 確かに裏の支配者と言われればそうなので、否定もできない。
「鬼のベッキオ…… 私には優しいおじいさんなんですけど」
「正直にいます。ベッキオ様がおやさしいのはミア様くらいなものです。クリーネ嬢にはベッキオ様の下で働くのは無理ですよ。必ず一週間で逃げ出すように仕向けられます」
 意を決してマルタがそう言い切った。
 外道狩り衆のこともある。
 まず間違いなくそうなるように仕向けるだろう。
「そ、そんな……」
「貴族って大変なんですね」
 ミアがしみじみとそう言った。
「あんたもそうでしょうに」
 スティフィがそれに突っ込む。

 そこへ食堂の扉を荒々しく開けて二人の男が駆け込んでくる。
 マーカスとエリックだ。
 二人は声を合わせて、
「裏山にツチノコが出たらしいぞ!」
 と、大声でそう言った。
「ツチノコって何です?」
 ミアがスティフィの方を見ながらそう聞くと、
「さあ?」
 と、スティフィも知らない様子だ。
「この地方に古くから伝わる珍獣の一種ですね。そう言えば、リチャード叔父様が欲しがっていましたわね……」
 ルイーズがそう言って少し考えこむ。
「リチャード様…… あのティンチルをお造りになられた!」
 それにクリーネが反応する。
「あの街は赤字ですけどね。リグレスの利益で賄っているようなもので」
「あ、赤字なんですね。あの街……」
 ミアが驚いたようにそう言った。
 いくら観光地として成功しているとはいえ、その開発費が膨大すぎるし、その開発が終わることもない。
「そうですね、ツチノコを捕まえたら叔父様が雇ってくれるんじゃないんですか?」
 だが、ルイーズはここでよい厄介払い先を思いつく。
 雇ってもらえるかどうか、それはわからないが奉公先としては悪くもない。
 なんだかんだで都と呼ばれるリグレスという貿易都市がある限り、リチャードの地位が安泰なのは確かだ。
「え? そ、それは本当ですか!?」
 クリーネも乗る気のようだ。
「いえ、確約はできませんよ? でも、まあ、リチャード叔父様なら、多分は?」
 と、ルイーズは曖昧な表情でそう言った。
 リチャード・リズウィッドなる人物は奔放で浪費家で、無責任な性格の人物だ。
 あまりお勧めできる仕え先ではないが、今は他に当てもない。
 ルイーズとて今は家出中の身分なのだから。
「ん? おいおい、待ってくれよ、ツチノコを捕獲するのは俺らだぜ? なあ、マーカス!」
 そう言って、エリックがマーカスの肩に手を回した。
「え? ええ、捕まえたいとは思ってますよ。珍獣ですしね」
 マーカスはツチノコを捕まえたら自分で飼うつもりでいるので、団体で動くつもりはなかったのだが既に巻き込まれてしまったようだ。
 エリックとしては動物に詳しいマーカスだよりなのだから。
「そうだぜ、なんせ生きたまま捕まえたら金貨百枚だぜ?」
 エリックはそう言って手でお金の印を作って見せる。
 エリックも実家が太く金銭に困る人間ではないのだが、浪費家でもあるのでこういう話には度々飛びつくのだ。
 商人の息子なのでお金儲けが好きなわけではなく、自由にできるお金が好きなだけだ。
「金貨百枚!? なんなんですか? そのツチノコっていう珍獣とやらは!」
 その金額にミアも飛びつく。
「ミア…… 今のあんたならそれほど驚く様な…… 額ではあるか。金貨百枚ともなると」
 金貨百枚ともなると相当な高額だ。
 ミアじゃなくとも飛びつきたくはある。
「ツチノコっていうのは、この地方に古くから伝わる珍獣で短い蛇のような存在ですよ。言い伝えでは毒が合ったりなかったり、火を吹いたり、高く跳ねたりするらしいですね」
 マーカスが仕方がないとばかりにツチノコについて説明しだす。
 その話を聞く限り蛇のようなと言われてはいるは蛇には思えない。
 少なくとも火を噴く蛇など聞いたことはない。
「短い蛇に金貨百枚なんですか?」
 ミアも既にやる気のようだ。
 もう金銭に困ってはいないのだが、貧乏だった時の記憶がミアにそうさせているのかもしれない。
 スティフィもそれに付き合わされることになることがわかっているので、深いため息をつく。
「それ、外道種って落ちじゃないの? いや、火を噴くって言うなら竜の幼体とか? それ、どれくらいの大きさなの? って、ミアの卵はこんなに小さいし、私の知識もあてにはならないか」
 竜の卵も見たことはあるスティフィだったが、ミアが首から下げている竜王の卵は本当に小指の指先程の大きさだ。
 それを考えるとスティフィの知識も余りあてにはならない。
 ついでにだが、スティフィの知っている竜の卵は人間一人では持ち運べないほどの大きさだ。
 卵から孵ったばかりの竜の幼体でも相当な大きさとなる。
 だが、もしツチノコが竜の幼体だった場合はミアの竜王の卵で捕獲は逆に容易になるかもしれない。
「まあ、それらの線も捨てきれませんね」
 と、マーカスはそう言った。
「あ、でも裏山今は進入禁止じゃなかったでしたっけ?」
 ミアが思い出したようにそう言った。
 ミアも最近は裏山が進入禁止にされていて足を踏み入れていない。
 外道どころか冬山の王が出たせいだ。
「大丈夫ですよ。冬が終わったので、冬山の王が山脈の奥へと戻っていったのが観測されています。もうその制限も解除されてますよ」
 それにマーカスが答える。
「え? し、知りませんでした……」
 知っていたら日課の薬草採取を再開していたのにと、ミアは悔しがる。
 学院内で育てたものより、野生の薬草の方がミアにとっては相性がいいようなのだ。
 なにより山に入れば、ロロカカ神に捧げられる獲物にも出会えるかもしれないのだから。
「相変わらず情報に疎いわね」
 スティフィは無論そのことを知っていたが、ミアには伝えなかった。
 未だに精霊が苦手なスティフィは余り裏山と言えど精霊が多くいる山に入りたくはないからだ。
「で、この美人さんは誰?」
 エリックがクリーネを見ながらそう言った。
 ちょうどクリーネに注目が言ったところでクリーネは大きく立ち上がった。
「ここはこのクリーネにお任せください! この案件、仕切らさせていただいてもよろしいでしょうか? ルイーズ様!」
「勝手にどうぞ。私は参加しないですからね」
 そう言って体よく厄介払いできたとルイーズは一息ついた。

 こうして、後にディアナとジュリーも巻き込まれ、ツチノコ探索隊が結成されることとなった。



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