学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者

真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者 その5

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 その夜、シュトゥルムルン魔術学院を取り囲む山々で不審な火、いや、火柱が複数に渡り目撃された。
 それが発端となったと言えば、そうだったのだろう。

 いつものように他に客のいない食堂でミア達が自然と集まってくる。
 とはいえ今日はまだミアとスティフィしかいないが、そこにやっと目が覚めたのか、昨日見舞いに行ったディアナが元気そうに走り込んでくる。
 それに気づいたミアが嬉しそうな表情を見せた。
 けれど今日はミアの前にではなく、それを目だけで追っていたスティフィの前にやってきて、ディアナがにこにこした笑顔を見せながらスティフィに言った。
「使徒様が感謝、感謝、感謝! だから、願い事叶えた、叶えた、叶えた! よかった、良かったな、良かったな」
 スティフィははじめなんのこと言っているかわからなかったが、ミアが懇切丁寧に聞き返していく事でだんだんと要領を得て来た。
「つまり、本当にディアナ様の使徒様は神様にお伺いを立てに行ってて、危うく私の髪の毛で帰れなくなるところだったのをスティフィに止められて、お礼にその願いを聞きとどめたと……」
 ディアナの返答は断片的な物が多いので、それをまとめるとそうなった。
 昨日の夜、山で不審火が出たことは話題になっていた。
 ミアも寝る前に窓から外を見ると、遠くに見える山に点々と光がともっているのを目撃している。
 ミアはそれを集まっている外道の仕業と考えていた。
 そして、それでもこの学院内、破壊神の加護のある学院内なら心配はいらないと思い、そのまま何事もなかったかのように就寝している。
「その結果が昨日の夜の不審火で外道種を焼き殺したってこと?」
 もちろん、不審火のことはスティフィも気が付いている。
 ただ情報がないのと荷物持ち君が普段通り寮の前から動いてなかったので、スティフィも大事ないと動かなかった。
 スティフィ的にはとうとう外道種が動きだしたと思っていたのだが、スティフィは古老樹である荷物持ち君の反応の方を重視した。
 そもそも、その他の情報も自分にはまだ上がってきていない。一応警戒を強めはしたが朝まで何か起こることもなかった。
 なので、今日も大事なしとスティフィは判断していたのだが、昨日の不審火の正体がディアナに憑いている使徒だったとは予想外だった。
「そうです、そうです、そうなのです。使徒様は願いを聞いてくださ、くださり、くださり、まままま、ました」
 少し調子が悪いのか、いや、調子が良すぎるのか、ディアナの舌は良く回っているようで、いつも以上に回っていない。
「じゃあ、もうミアを狙っている外道種はいないってこと?」
 スティフィがそう確認すると、ディアナは急に大人しくなり、打って変わってきょとんそした表情を見せた。
「います、います、います。まだ、まだまだまだまだ巫女様、狙う、狙われてる、奴ら、危険危険危険!」
 そう言ってディアナは再び騒ぎ出した。
「え? どういうこと?」
 と、スティフィが聞き返したとき、食堂に一人の給仕姿の女性が入ってきた。
 ミアもスティフィも何度か顔を見たことが、その名前までは知らない女性だ。その女性とはルイーズのお付きの給仕だ。
 その給仕がミアの前までまっすぐ来ると、ゆっくりと丁寧に頭を深く下げた。
 そして、顔を上げてミアだけをまっすぐ見て、
「ミア様、危険が差し迫っております。できれば場所を来賓室の方へと場所を移していただきたく思います。今、ここにいる方々も御同行お願いします」
 と言って来た。

「はっ? 私が心の中で願ったことをディアナの使徒が叶えたせいで、集まっていた外道種達が一斉蜂起したってこと?」
 給仕に連れられ、ルイーズが普段使っている来賓室にやって来た、ミアとスティフィ、そして、ディアナ。
 ついでにだが、ディアナの付き添いの白い法衣の人達はこの部屋の前で待機している。
 各方面の話をまとめた後、スティフィが憮然とした表情を見せてそう言葉を漏らした。
「まだ集まっただけで、それからどう出るかは不明です。ルイーズ様は一足先に、無理やりですが、日が開けないうちにリグレスの方へと避難させていただいております」
 それを聞いたスティフィは随分と速い対応だが、まあ、正真正銘の領主の娘だから当たり前か、とも納得する。
「今日はまだ見てないと思っていましたが……」
 ミアはそんなことを言って顔を呆けさせた。
「で、ですね。ルイーズ様は最後の最後までここに残ると言っておりまして、無理やりと言う形を取らさせて頂きました。観念したルイーズ様はせめて私にミア様の護衛を、と申し付かりましたので、私が残らさせて頂いております」
 ただ今日はもう昼過ぎだ。
 恐らくこの給仕も途中まではリグレスに向かい、もしくは折り返すように、その命を受け戻って来たのだろう。
「ミアも都に避難は…… 意味ないか。ここにいたほうがミアは安全よね」
 狙われているのはミアだ。
 なら、この学院に居たほうが安全だ。
「はい、外道種達の狙いはミア様と聞いております。ならば、破壊神の加護があり、騎士隊も常駐し、数々の教授達がいるこの学院に居たほうが安全かと」
「えっと、結果的にみると私が願ったせいで外道種が集まりだしたってこと?」
 スティフィが冷や汗を垂らしながらそう言った。
 自分の動きで護衛対象であるミアを危険にしてしまったというのは護衛失格であるし、デミアス教の教えでは、自らの願い、欲望の結果引き起こされたものであれば、その後始末は自分の力を示して片を付ける、と言うものがある。
 全てがスティフィのせいと言う訳はないだろうが、外道種が集結してしまった原因の一端はあるかもしれない。しかも、スティフィの願いからだ。
 ならばスティフィは後始末はつけなければならない。
 スティフィの立場がもっと上であれば、下の者に尻拭いをさせる、というか、押し付けることもできただろうが、今のスティフィにはそんなものはいない。
 今は狩り手と言う立場ではなく、ただの信徒であり、学院の生徒なのだから。
「外道種達の様子を見る限りは、そう言えるかもしれません」
 給仕は淡々と事実を伝えて来る。
「でも外道種はディアナ様の御使い様が殲滅なされたんじゃ?」
 ミアがそう言うと、
「それが…… まだ確定ではないのですが、恐らく御使いが殲滅したのは兎耳茸と呼ばれる外道種のみ…… なのではないかと、今のところ考えられています」
 給仕もあまり自信がなさそうにそう告げた。
 流石にそこまで確かめる時間はなかったようだ。
「は!? そうなのディアナ!」
 それを聞いたスティフィが目を大きく見開いて、ディアナの体を揺らして聞き返す。
「ん? んー? そう? そうなの? そうなのですか? そう? そうそうそうそうそう、そう」
 はじめは疑問、そして質問へと変わり、最後に肯定する答えが返って来た。
 そう言うことらしい。
 確かに昨日、スティフィが対象として思い浮かべていたのは兎耳茸だ。
 それしか外道種の情報がなかったからだ。
 だから、スティフィはその姿を頭に思い浮かべて願ったのだ。ミアを守ってと。
 そして、御使いはその願いをそのまま受け取り、確かにミアに対する脅威、その一端を排除した。
 大した外道種ではないのかもしれない。
 しかし、今集まってきていると言うことは、ミアに危害を加える腹積もりはあったのだろう。
 それはスティフィの願いによって排除はされたが、それが引き金となり更なる事態を引き起こしたのは事実のようだ。
「ただ噛みついて逃げるだけの外道種を燃やして…… そ、それが原因となって外道種が結託して、せ、攻めてくるんですか!?」
 ミアもやっと理解したのか思っていることをそのまま口に出してしまう。
「結果だけ見るなら、そうなります」
 そして、それを給仕がもう一度肯定する。
「ちょ、ちょっと連絡してきていいですか……」
 顔を真っ青にして事実を受け止めたスティフィは、給仕に向かいそう言った。
 今、この部屋に入るのも出るのも、この給仕の許可がいるからだ。
「はい、構いません」
 給仕から許可をもらったスティフィはとぼとぼとルイーズが私物化している来賓室から出ていった。
 それと入れ替わりにアビゲイルが部屋に入ってくる。
 それに給仕が少し驚いた表情を見せる。
「やー、ミアちゃん、大変そうね。外でエリックちゃんとマーカスちゃんにであったけど、彼らは騎士隊の方で駆り出されるみたいね」
 なんだか楽しそうにアビゲイルは伝えて来る。
 神からミアを守るという使命を貰ったマーカスは、幽霊犬の黒次郎の鼻を頼りにこの場所の付近までは来ていたようだ。
 だが、マーカスではここまでたどり着けなかったようだ。
「そう…… ですか、外道種は…… 私を狙って学院まで攻めて来るでしょうか」
 外道種にやたらと詳しいアビゲイルにミアがそう行くと、アビゲイルは首を捻って見せた。
「どうでしょうかねぇ、その件で師匠も会議に呼び出されてましたけど…… 私は学院までは来ないと踏んでますけどもぉ」
 と、笑顔でそう答えた。
「どうしてです?」
 その答えに、ミアは疑問を持ち、そう聞き返す。
「だって、ここは破壊神の加護があって、カリナさんがいて、荷物持ち君までいるんですよ? あれらの外道種が集まったところで、そのうちのどれか一つに蹴散らされるだけですよぉ」
 と、アビゲイルは圧倒的な戦力差を理由に挙げる。
 それとアビゲイルは口には出さないが、最も有力な説を頭の中だけに留めて置く。
 留めて置いたのには一応の理由がある。
 外道種は所詮外道種であり烏合の衆だ。
 外道種の王でもいない限りその統率は取れず、外道種が集まっても外道種同士で足の引っ張り合いを始めるだけだ。
 なので外道種が集まったところで基本的には脅威が増すわけでもない。
 それも一般的にはあまり知られてはいない事なのだが。
 まず複数の外道種が一カ所に集まること自体が珍しいことでもある。だから、そのこと自体があまり知られてもいないのだ。
 けれども、今回はミアと言う外道種達にとっての共通の目的があるため、それが当てはまらないのかもしれない。
 だから、アビゲイルはそのことを口にはしない。不確定要素が多すぎるからだ。
 ただ今回の外道種達の動きで、そのあたりははっきりするのかもしれない、ともアビゲイルは考えている。
 統率が取れた複数種の外道種は途端に厄介になる。
 だが、それでも圧倒的な戦力差がある。まともな戦いにはならない。つまり元よりそんなことは伝えなくていいことだ。
「そう…… なんですか?」
「まあ、今集まってるのは外道種の中でも下っ端、様子見で集まった居る連中じゃないんですかね。それでも、あわよくばミアちゃんを狙っている…… って、感じだと思うんですよねぇ。あら、あなた面白い気配してますね、お名前は?」
 そう言って、初めから気が付いていたが気が付いていない振りをしていたアビゲイルは、給仕に向かいその名を聞いた。
 この女も相当の使い手、しかも系統こそ違うが、恐らくは呪術を使う術師だとアビゲイルは一目見て判断している。
 違う系統であるならば、呪術に対しても新し発見があるかもしれないと、アビゲイルは思っている。
 要は表向きだけでも仲良くはしたい、と考えている。
 この地方の呪術師は非常に強い力を持っている者達がいることもアビゲイルは知っている。
 少し変わった特徴的な魔力を持っているようなので、アビゲイルの義眼にはそれが手に取るようにわかる。
「マルタ・ロペスと申します。アビゲイル・フッカー様。普段はルイーズ様のお側仕えをさせて頂いております。今はミア様の身辺警護を一時的に任されています」
 アビゲイルは良く調べているな、と感心するが、恐らくわかっていることはマリユの弟子と名前くらいのものだろう。
 流石に東の沼地で暮らしていたアビゲイルの素性をそれ以上深く調べ上げることは不可能だ。
「一時的ですか?」
 と、ミアではなくアビゲイルが不思議そうに聞き返す。
「領主のルイ様も、避暑の時期でもないというのにリグレスの離れに長らく居座られておりますので。今回の話をいち早く聞き、兵の準備が出来次第、兵を指揮して自ら、と、申されていたそうです。その結果どうなったかは私にはわかりませんが。私は一足先にここに戻りミア様の警護を、とルイーズ様に申し付かりましたので」
「え? なんでここの領主がミアちゃんを気にかけているんですか? そういえばなんでか姫様のルイーズちゃんとも親しくしていますよねぇ?」
 これもそれもマリユ教授が何もアビゲイルに伝えてない弊害だろう。
 一言で言えば、この領地の領主であるルイは、ミアのことを自分の娘だと考えているのだ。
「あっ、えーと、なんて言ったらいいか、わからないんですが一応は理由があって……」
 ミアは大っぴらに言って良いものかどうか判断できずに言いよどんでいると、
「ルイ様はミア様を自分の娘と普段から公言なさっておられますので」
 と、給仕がミアの代わりにと答えた。
 その言いっぷりに隠している様子も特に無いように思える。
「と言うことらしいんです……」
「え? と言うことは、ミアちゃんとルイーズちゃんって姉妹なんですか? それよりも領主の娘だったんですか?」
 と、アビゲイルは作ったような驚き顔で聞き返しつつ、どっちが姉でどっちが妹か、と考える。
 もしかして双子かもしれない、とも。
 確かにそう言われれば、どことなくミアとルイーズは、髪色こそ違ってはいるが顔つきはどことなく似ている、とアビゲイルはそう考えもする。
 ただ給仕の視線が鋭いので深く詮索するのを辞める。
 アビゲイルにとってそれらは気にはなるが、それほど興味深いことでもない。
「いえ、領主様がそう言ってるだけで、確証は何一つないんですよ」
 と、ミアは言いつつ、一応は自分もこの領地の貴族であったことも今更ながらに思い出す。
 ミアからすれば、それさえも些細なことでしかない。
「ついでに、ミア様もそのことは認めてはいません」
 給仕はミアを見てそう断言した。
 その言葉には色々な思いが込められていたが、ミアはそんなことには気づきもしない。
「へー、そんな中で良くルイーズ様と仲良くできてますね」
 アビゲイルは少し驚いたようにそう言った。
 アビゲイルの知識では、この領地にミアと言う領主の娘など存在していなかったはずだ。
 となると、急にミアと言う存在が湧いて出たことになるし、ミアがこの学院に来る前は東の外周の僻地に住んでいたとアビゲイルもミア本人から聞いている。
 領主ともなると、そのあたりのことも色々あるのだろうと、アビゲイルは深く考えないことにした。
 が、ミアはどう見ても貴族には見えないし、なんなら貧乏が染みついているようにアビゲイルには思える。
 本人から聞いた話では、この学院に来た当初はお金がなくて一日一杯の素のサァーナだけを食べて過ごしていた時期もあるとのことだ。
 では、なぜ今は自分の工房を維持できるほどミアの懐に余裕があるのか、アビゲイルも気になるところではある。
 気にはなりはするが詮索はしない。アビゲイルにとってそれほど興味がそそられることでもないからだ。
「私は貴族とか興味ないし、継ぐ気もないので」
 その上で、ミアが辟易とした顔でそう言った。
「ああ、そう言えばミアちゃんも巫女でしたね。なるほど」
 ミアの言葉でアビゲイルも大体の事情を理解する。
 ミアは神の巫女なのだ。貴族だ、領主だ、王族だ、そんなものより神より授かった使命である巫女としての教示の方が大事なのだ。
 そして、ミアは狂信的なほどの信者でもある。
 領主の娘と言う立場もミアからすれば心底どうでも良い事なのだ。
 そんな話をしている間に、スティフィがとぼとぼと来賓室に戻ってくる。
「あっ、スティフィ、お帰りなさい、どうしたんですか、そんな青い顔して」
 ミアの発言通り、スティフィの顔は真っ青だ。
「恐らく外道種達との戦いになるって…… わ、私のせいで!? ダーウィック大神官様になんて報告すればいいのよ!」
 スティフィは若干取り乱しながらそう叫ぶように言った。
 スティフィ的には大失態だと感じているようだ。
「ダーウィック教授に報告しに行ったんじゃないんですか?」
 ミアは頭に疑問符を浮かべながら、スティフィにそう聞き返す。
「教授達は今、全員会議中ですねぇ。デミアス教の組織の人にででもとりあえず報告してきたんじゃないですかね。しかし、デミアス教の諜報部がそう言うのであれば、戦いになるんでしょうねぇ、なるほどねぇ」
 スティフィは頭を抱えるばかりで返事はしない、その代わりにとアビゲイルがミアに答える。
 そして、アビゲイルも少し考えこむ。
 少しばかり自分の予想がズレていたと。よほどミアという存在が外道種達にとって排除したいものなのだと。
「ええー! 私のせいですか?」
 それを聞いたミアが驚いて声をあげる。
 外道種が集まっていて危険とは聞いていたが、戦いになるとまでは思っていなかったようだ。
 ミア的には村の近くに熊が出た、程度の感覚だった。
 リッケルト村ではそれでも結構な脅威でもあったが。
「いや、私のせいよ」
 それに反応するように、スティフィが言うと、
「敵! 敵! 敵! 使徒様! 屠る! 屠る!」
 と、ディアナも騒ぎ出した。
 騒ぎ出したディアナを見たスティフィも少しだけ冷静になる。
「そういや、使徒もいるんだっけ…… 古老樹に使徒、大精霊。なんなら巨人迄いる…… 負けはしないだろうけど、ダーウィック大神官様がどうとるか…… ああ……」
 そう言って外道種との戦い自体は勝つ目算はすぐに立てられるが、失態自体にはまだ落ち込んでいるようだ。
 スティフィにとってはダーウィック教授がどう出るかのほうがよほど重要に捕らえているようだ。
「デミアス教的にも外道種は敵なんですよね? じゃあ、平気ですよ、スティフィ」
 そんなスティフィをミアは元気づける様にそう言った。
「んー、さきほどカリナさんも見かけましたが、かなり渋い顔をなされてましたね」
 それに対し、悪意もなくアビゲイルが何の気なしに見たままを告げる。
 ついでに、ダーウィック教授はカリナの旦那であり、スティフィはダーウィック教授がかなりの愛妻家だと言うことを知っている。
 だからこそ、ダーウィックを敬愛しているスティフィからすれば、カリナが嫌いで苦手なのだ。
 そのカリナが渋い顔をしているとなると、ダーウィック大神官の機嫌もよろしくはないだろうと、スティフィはすぐに思い当たってしまう。
「そ、それほんと!? じゃ、じゃあ、ダーウィック大神官様も当然怒ってるかもしれないじゃない!」
「ダーウィック教授、いや、あそこの夫妻は二人共いつもしかめっ面じゃないですかぁ、そう言えばこの学院にはデミアス教の大神官がもう一人いるんですよね、ほんと変な学院ですねぇ」
 そう嘆くスティフィに対してアビゲイルがそんなことを言う。
 デミアス教の総本山なら話はわかるが、それ以外で一カ所にデミアス教の大神官が複数人滞在しているなどあまり聞かない話だ。
 それもそのはずでデミアス教の大神官達は皆、仲が悪いことで有名である。
 総本山以外で出会えば殺し合いが始まる、なんてよく言われるほどだ。
「ついでにマーカスさんに師匠って呼ばれてますよ、その人。あっ、今はそんなこといいですよ、えっと、マルタさん、私はどうしたらいいんですか?」
「安全が確保されるまでここにいてください。少なくともルイ様、もしくはルイ様が派遣した兵が来るまではここにいてください」
「えー、私も一緒に戦わなくていいんですか? 私はともかくスティフィも荷物持ち君も強いですよ!」
 と、ミアが他人事ののように言うと、
「ミア様はダメです。ここにいてください」
「ミアはここに居て」
「ミアちゃんが狙われているんだから、ここにいないとぉ」
「巫女様はここ、ここは安全、安全、安全!」
 と、一斉に言われて、ミアは身を縮こませた。
「全員で言わないでください!」
 ミアはそう言い返しはするものの、これは自分が動いた方が迷惑が掛かりそうだ、と他人事のように思い知った。
「まあ、今いる外道種はほとんど大したことないのばかりなので、すぐに終わりますよぉ。それに今ここ居る人たちも強い人ばかりなので、ここは安全ですねぇ」
 来賓室と言うことで元々様々な加護が掛かっている。
 確かにここは安全であるし、それ以上に今は強い結界がこの部屋には掛けられている。
 少なくとも今山に潜んでいる外道種達では、今頃はミアの存在を見失い焦っているところだろう。
「マルタ…… さんも強いんですか?」
 アビゲイルの言葉にミアが反応する。
 とはいえ、ミアの感覚では人の強さなどよくわかりはしない。
 そんな中でもミアはよく自分を守ってくれているスティフィの強さを信頼し頼りにもしている。
「あの姫様の護衛程じゃないですが、相当な使い手ですね。私はてっきりディアナちゃんのせいで食堂に人がいないと思ってたんですが、あの食堂に巧妙に仕掛けられている人払いのまじない、あなたの仕業ですよねぇ? 驚きました、私も一目では気づきませんでしたよ」
「はい…… ルイーズ様に危害が及ばぬようあの食堂には了承の上、人払いをさせて頂いております」
 給仕は一瞬だけ驚き、その感情をすぐに隠した後、アビゲイルの指摘を肯定する。
 ルイーズにも気づかれないように、自然を装って徐々にまじないをかけていったはずなのに、それをこうもあっさりと見あぶられるとはマルタは考えていなかった。
「え? 嘘、気づけなかった……」
 スティフィが茫然としたようにそう言った。
 スティフィもあの食堂に人がいなくなったのは、自分達やディアナの存在があったからだと考えてはいたが、ルイーズの身の安全のためだとは思いもよらなかった。
 確かにルイーズがあの食堂に通い始めてから、他の客足が徐々に減ってきていたとスティフィも思い当たる。
 ルイーズがこの学院に住み着きだした当初はたくさんいたとりまき連中が徐々に減っていったのも、この給仕の仕業かもしれない。
「スティフィがですか?」
 ミアは自分はともかく、スティフィがそのまじないに気づかなかったことに驚く。
「スティフィちゃんよりマルタちゃんの方が魔術に関しては、一枚か二枚、腕が上のようですねぇ」
 そう言ってアビゲイルは義眼の方の目でマルタのその身に沁みついている淀んだ魔力を見る。
 人が有する魔力など本当に微々たるものであるが、アビゲイルはそれを見ることが出来る。
 確かにマーカスやルイーズの護衛のブノア、なんならミアとも似た魔力の片鱗すらも感じ取ることがアビゲイルには出来てしまう。
 片目を神に捧げた代わりに得た異能の力だ。
 ただ姉妹であるかもしれないルイーズにはその魔力の片鱗は見えないでいる。
「そう言うあなたは…… いえ、マリユ教授の弟子でしたね…… 流石としか言えません」
 マルタからすると、このアビゲイルと言う存在は恐怖でしかない。
 食堂のまじないだけでなく、この部屋の結界に苦も無く潜り込んでくるのだから、魔術師としての力量が違いすぎる証拠でもある。
「え? マルタさんだけじゃなくて、もしかして、アビゲイルさんも強いんですか?」
 やはり魔術師の力量などもよくわかっていないミアが驚きながらそう聞き返してくる。
 いや、ミアにとって人の強さなど初めから些細なことでしかないのかもしれないが。
「東の沼地で暮らしてたって言うのが本当なら、化物じみた強さのはずよ。下手な教授なんかよりもよっぽど腕は上でしょうね」
 外道種の王国とも言える中央部の東の沼地、そこで一人で生き延びていたというのならば、間違いなく人としては化物のような強さの持ち主だ。
 少なくともこの魔術学院の教授の中でも上位に位置する程の。
「いやー、私が得意なのは呪術だけですよぉ。あと神霊魔術と自然魔術も割と得意ですねぇ、あー、後、使徒魔術もそこそこかもぉ。それと使魔魔術も意外といけますねぇ。精霊魔術の方はとんとダメですが。私、精霊に嫌われているみたいですねぇ、まあそれは呪術を扱う者なら皆そうなりますが」
 アビゲイルは謙遜するような身振りでそう言ってはいるが、精霊魔術以外の大きな体系魔術は全部得意と言っているような物だ。
 恐らくそれらの知識の量もずば抜けている。
 スティフィも本当に東の沼で暮らしていたのでは、と思い始める。
 それだけの技術と知識を持っていると、まだ短い付き合いではあるがスティフィも認めつつある。
「そんなすごい人だったんですね、ただの変な人だと思ってました……」
 そんなアビゲイルに対してミアは素直な感想を述べる。
「それはそうなんですけどねぇ」
 そして、アビゲイルもそれを否定はしない。
 客観的に見ても自分は変わっている、つまり変な人であると自覚はしている。
 アビゲイルはそれを直そうとは微塵も思いもしないが。
「そう言えば、結界とか張らなくていいんですか? スティフィは前に張ってくれましたよね。あんまり意味なかったですけど」
 以前、ミアが初めて破壊神に会った時に、スティフィが結界を張ってくれていたことを思い出した。
「もう張ってあります。その中へ、そのアビゲイル様は易々と入り込んで来たんですが……」
 マルタがそう言ってアビゲイルを睨む。
 本来の主であるルイーズではないとはいえ、手を抜いたつもりはない。
 それなのに易々とアビゲイルはこの結界内に入り込んできている。
 しかも、入り込まれてその目で見るまで結界内に入り込まれたことすら、マルタは気づけなかった。
 魔術師としての力量差が違いすぎる。
「いやー、良い結界ですよ、でも、詰めが甘いですねぇ。スティフィちゃんが外出する隙を突いてささっと入り込めましたよぉ、改良の余地ありですねぇ」
 そう言って、アビゲイルはニコニコと笑顔を浮かべている。
 実際、マルタの張った結界はかなり強固なものだ。
 少なくとも今集まってきている山にいる外道相手なら十分な物であることも確かだ。
「ああ、マーカスさんやエリックさんは、それでここにはいられず外にいたんですか?」
 ミアはルイーズ様の部屋だから遠慮でもしているのかと思っていたが、そこでやっと二人が入りたくても入れなかったことに気づく。
 エリックはともかくマーカスなら、ミアを守るための結界だとすぐに理解できるだろう。
 それに今は休学中とはいえマーカスも元騎士隊科の生徒だ。人手不足の騎士隊に駆り出されたとしても不思議でもない。
 結果それがミアの安全に繋がることであるならばなおさらだ。
「そうですが、今はミア様の身の安全の方が優先です。必要以上に人数を増やすのは危険です」
 マルタは表情を変えずにそう言った。
 ただマルタ的には、主であるルイーズの部屋に異性であるマーカスやエリックを招き入れる事の方が抵抗があったのかもしれない。
「あー、そうだったんですね、でも、もう二人共騎士隊に駆り出されて行っちゃいましたけどねぇ」
 最初から気づいているアビゲイルは、さも、今も私も気づきました、と言う風を装ってそう言った。
 ただし、かなりわざとらしい。
 アビゲイルの言動にマルタの眉毛がピクリと動く。
「まあ、あの二人は騎士隊の方が能力を活かせるでしょうし……」
 少しだけ冷静さを取り戻したスティフィがそう言った。
 騎士隊が攻めに出るのであれば、マーカスの幽霊犬、黒次郎の鼻は役に立つはずだ。
 それに一カ所に集まっているのあれば、一網打尽にできると騎士隊も動くかもしれない。
 ならば、スティフィは自分もそっちに参加するべきか、と迷い始める。
「そう言えばスティフィも結界に入り込んだんですよね!?」
 ミアがスティフィを羨望の眼差しでそう言って見つめるが、
「違うわよ、私はちゃんと事前に許可取ったでしょう……」
 と、正直に事実を話した。
 ここで見栄を張ったところですぐにばれる。
 何より今はミアの興味が結界に向いているのは、輝いているミアの目を見ればわかることだ。
 ミアのことだから、自分を守るため、周りに迷惑を掛けないために、結界術や封印術の類を学び始めるのもそう遠くないとスティフィはわかっている。
 ならば、バレる類の嘘はつく必要はない。
「結界って許可とると通れる物なんですか?」
 そこで疑問に思ったのかミアはスティフィにそう聞き返した。
 視線を向けられたスティフィも目線だけをマルタに向ける。
 その意図を理解してマルタがミアに肯定の言葉を伝える。
「はい、この部屋に張ってある結界はそのようなものです」
「でも、この結界、あまり見ない型の結界ですねぇ…… とりあえず神霊術の類ではないですよねぇ?」
 神霊術、神の力を借りて行使される魔術全般を指す言葉だ。
 最も多く、もっとも複雑で、最も力強く、そして、もっとも雑多な魔術でもある。
「そこまでわかるものなのですか? ですが、詳細はお教えすることはできません」
 マルタも少し驚いて取り繕うようにそう言った。
 この短い間に、しかも隠してある魔法陣を見られたわけでもないのに、そこまで見抜かれてしまうとはマルタも考えてはいなかった。
「まあ、この地には特殊な呪術体系の魔術師集団がいるって聞いたこともあるし、それかしらね? あ、深入りはしないのお構いなくぅー」
 アビゲイルはすぐに視線が鋭くなったマルタに向かい、そう言った。
「…………」
 それに対してマルタは何も言い返さない。

 そして、ミアにとってはとても長い夜が始まろうとしていた。


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