学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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日常と年越しと再び訪れた者

日常と年越しと再び訪れた者 その9

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 ミアは引っ付いてくるディアナに身を任せながら、昨日のうちに調理を頼んでおいた猪料理が出来上がるのを食堂で待っていた。
 下準備は終わっていて後は火を入れるだけだという話だが、それなりに時間が掛かるそうだ。
 とはいえ、まだ早朝も早朝なので、この時間に下準備が終わっていることの方が凄いとミアは思う。
 しかも、昨日は新年になったばかりなのにだ。
 ついでに茸や野菜などと一緒に土鍋で蒸し焼きにした料理らしい。
 火にかける前のそれを見せてもらったが、それだけでもとても美味しそうだった。
 ただ早朝から食べるには少し胃に重そうだとも。
 恐らくは昼食用に用意していたもので、食堂の方もまさかこんな早朝から食べに来るとは思っていなかったのだろうが。
「流石に朝早すぎて出店とかはどこもやってなかったですね」
 新年と言うことで、数多くの祭りも開催されている。
 と言っても各宗教が各宗教ごとに勝手にやっているため、その規模も様相も本当にバラバラではある。
 それに伴ってかはどうかわからないが、学院内の大きな通りに沿って出店なども出ている。
 この寒い時期に、とはミアも思うが懐事情に余裕ができたミアからすると色々な物を楽しめて嬉しい限りではある。
 だが流石に時間が早すぎるため、出店のを開いているところはまだない。
「当たり前でしょう。まだ日が昇って一時間もたってないのよ」
 食堂の机に体を預けながらスティフィはミアに返事をする。
 二日酔いで辛そうではあるが、外の冷気を浴びたせいか、起きたころよりも幾分ましに見える。
 この状態で猪料理を食べれるのかミアには疑問だが、スティフィは食べると言っている。
 ついでにディアナもくれるなら食べると言ってはいたが、よく理解はしていなさそうだ。
「巫女様! 巫女様! ここはまだ空気いい。あそこ、ダメ、空気悪い」
 ミアがスティフィに返事を返そうとした瞬間に、ディアナが会話に入り込んでくる。
 会話に入り込まれたことはミアは特に気にせずに、ふと疑問をディアナに返す。
「寮の話ですか? なんでダメなんですか?」
「あそこ、いろんなのが見てる、見てる、良くない」
 ミアの問いにディアナが眉をひそめながらそう答える。
 そう言われたミアはなんとなく理解する。
 確かにあの寮は何かに見られている、というか、複数の存在に見守られている。
 何かと気難しい神の巫女や信者が集められている第二女子寮だ。
 ディアナのような存在からすると空気を悪く感じるのかもしれない。
「まあ、私以外にも巫女やら魔女やらがいますからね」
 それらの上位存在をディアナは感じ取っているのかもしれない。
 巫女ということだけであるならば、ミアよりも才能のある巫女であるディアナは、その辺は敏感なのだろう。
「一番空気が悪いのはどこなのよ?」
 それを聞いていたスティフィが何気なくディアナにそう投げかけると、
「塔! 塔が一番悪い! 悪い! あと森! 森! 森はダメ!」
 ディアナは嬉しそうに即答した。
 なぜ嬉しそうに答えたのかはわからないが。
「塔? ああ、マリユ教授のいる塔ですか。森は学院の北側の森ですかね?」
 マリユ教授のいる塔が、と言うのはミアでも予想が着く。
 マリユ教授は正真正銘の祟り神の巫女でもあるのだ。
 しかも、天と地の狭間の空間という魔術的には離隔された作りの塔に、半ば幽閉されるように住まわされている。
 それほどまでの祟り神の巫女なのだ。
 祟り神の巫女と目されているミアが、この学院でそれほど制限なく行動できているのは、そう言った前例が多くあるからなのかもしれない。
「塔は、まあ、わかるけど。森は…… ああ、あいつがいるからか」
 スティフィも塔の目星はすぐに着いたが、森の方がすぐには思い浮かばなかった。
 ただ少しその二日酔いで苦しんでいる脳を動かすことで思い出した。
「あいつって誰です?」
 ミアは思い当たらないのかそう聞き返す。
「あの巨女よ」
 と、スティフィが答える。
「ああ、カリナさんですか。デミアス教の教会がある北東の方はどうなんですか?」
 そう言われたミアはそう言えばと思い当たる。
 始祖虫の件で、なんかとんでもない人物ということはミアも理解している。
 では、カリナの夫であるダーウィック教授が属しているデミアス教は、ディアナにとってどう感じているんだろうとミアが質問すると、
「そっち、そっち、そっち側、行ってない、行ってない」
 と、素っ気ない答えが返って来た。
 だが、少し不穏な空気をディアナから感じとったスティフィは話題を変える。
 考えるまでもなくデミアス教の教会がある場所は、ディアナにとっては良くない場所のはずだ。
 同じ印持ちのダーウィックやオーケンがいるのだから。
 ダーウィックはともかく、ディアナとオーケンが出会えば何が起きるか、スティフィには予想がつかないし、出会わないに越したことはない。
 なら、話題にもしないほうがいい。
 特にオーケンは神出鬼没でどこで聞いているのかも分からないのだから。
 面白半分に出てこられても困る。
「そう言えば、公表はされてないけれども、昨日、ミアが裏山の山頂で会ったっていう神が来ていたらしわよ」
 それとなくデミアス教の情報機関『耳』から聞いた情報を口にした。
 とっさに話題転換をしたため、確実性は無く詳細の不明のままの話題だが、あのままミアにデミアス教の話題をディアナに振られるよりはいいはずだ。
「え? ジュダ神が来られていたんですか? き、気づきませんでした…… 色々とお礼も言いたかったのですが」
 ミアはその神に怪我をしているところを助けられ、荷物持ち君の苗木まで頂いたのだ。
 その上でロロカカ神の友人の神と来ている。
 ミアにとっては破壊神と言うよりは親しみやすい神様の一柱となっている。
「そう言えば、その神様のおかげで荷物持ち君が手に入ったのよね」
 スティフィが当時のことを思い出しながらそう言った。
 ミアが特別な存在だと、スティフィが思うようになったのも、確かにその神がきっかけなのは間違いはない。
「そうですよ、大助かりですよ」
「護衛! 護衛! 巫女様の護衛!」
 荷物持ち君と言う言葉に反応するかのようにディアナが叫ぶように等々に声を荒げる。
 どうもディアナは護衛者である荷物持ち君と、それと恐らくはミアに憑いている精霊と竜の卵にもだが、敬意を払っているようだ。
 それだけ「護衛者」と言う役割が重要な役割なのだとディアナも理解しているのかもしれない。
「でも、何の用だったんですかね?」
 ミアも不思議そうにしている。
「まだ私にも情報が降りてきてないからわかんないけど……」
 とは言いつつも、あまり良くないことを告げに来たというのはスティフィは聞き及んでいる。
 ただやはり詳細までははっきりしないし、確実性も今のところない。
 ミアはそこでふと何かを思いついたのか、
「ディアナ様的にはジュダ神はどうなんですか? 昨日、この学院に神様が着ていたらしいですけど」
 そんなことを聞きだした。
 スティフィはそんなミアをまた凄い質問をする、と言った驚いた表情で成り行きを見守る。
「怖い! 怖い! でも敵じゃない! でも怖い!」
 と、ディアナは怯えだした。
「やっぱりディアナ様は気づいていらしたんですね」
 ミアは感心するように言うが、スティフィは、なんでそんな質問をわざわざした、と疑問に思うが口には出さない。
 その代わりにスティフィの中に、少しからかってみたい欲が出て来る。
「だから、巫女様の元に急いだ! 敵じゃないけど怖い! 怖い!」
 そう言って震えているディアナに、スティフィは笑顔で、
「それって、ミアを守るため? それともあなたが怖かったから?」
 と質問する。
 それと同時に、だから学院にミアが帰るのと同時に出迎えたのか、ともスティフィは納得する。
「両方! 両方! 両方! 敵じゃないけど怖い! 怖い! 怖いから!」
 そう言ってディアナは少し大げさに両手をブンブンと振り回し始めた。
 その様子を見て、スティフィもそれがディアナの本心だとすぐに分かった。
 そもそも、見えを張ったりするような人間性はディアナにはもう残っていない。
「スティフィ、ディアナ様にそんなこと聞いちゃダメですよ」
 と、そんなディアナを見てミアがスティフィを嗜めるが、スティフィは顔には出さないが、あんたがそれ言うのか、と頭の中だけで突っ込んでいた。
「ああ、うん、からかいがいがないのはもうわかったわよ」
 裏も表もなくどこまでも素直なディアナには、皮肉も何も通じないし、反応もいたって素直だ。
 からかうならルイーズの方が何倍も楽しいと、スティフィはなんとなく思う。
 それに、ディアナを怒らせでもしたら、恐らく命の保証はない。
 この精神状態では理性がどれだけ残っているのかも不明だ。
 理性による歯止めも一切ないだろう。
 ディアナに敵と判断されたら、その身に宿す力により排除されてもおかしくはない。
 そうなった場合、スティフィではなす術はない。
「眠い眠い、疲れた疲れ……」
 そんなディアナは急に元気がなくなり、食堂の机にもたれかかるように体を預けた。
 そして、そのまま目を瞑る。
「え? 嘘でしょう? また寝た? なにこの子……」
 スティフィは急に寝息を立てて寝始めたディアナに心底驚く。
 昨日も突如こうして急に寝始めたのだ。
 昨日はそれが偶然そうだっただけと思っていたが、どうもこのディアナと言う巫女は普段からそうなのかもしれない。
「お付きの人が言ってたじゃないですが、ディアナ様の精神はもうボロボロだって……」
 どこからともなく白装束が現れて、椅子の上で寝てしまったディアナに毛布を掛けて、ミアに一礼だけし、そのまま何事もなく去っていった。
「あの白装束、ミアとできる限り接触してはいけないんだっけ?」
 スティフィがその様子を見て訝しそうにそう言い放った。
 昨日は事情を話すため接触してきたが、事情を話し終えた後は離れて影から見守っているかのようだ。
 白装束の者達からはこのような場合も、自分達が対処するので、ミア達は普段通りに振舞ってほしい、とは言われている。
 言われているが、昨日も雪が降り始める中、道端で急に寝だしたりしていたのだから、普段通りに振舞えというのも無理がある。
 昨日はそのまま白装束の連中にディアナは回収されていったが。
 そして、今朝、日が昇ると同時にディアナはミアの寮の部屋前押しかけてきている。
 鍵を一応は掛けておいたはずだが、ディアナ相手には意味がないようだ。
 ただ部屋の鍵は壊されておらず、どうやってディアナが開けたのかはミアには不明なままだが。
「らしいですね。ロロカカ様の御威光が強すぎるからだと聞いています!」
「物は言いようよね」
 目を輝かせてそう言うミアに、スティフィは少し冷めたようにそう言った。
 その瞬間、スティフィは背筋にぞくぞくとした感覚を覚える。
「なんですか?」
 スティフィの言葉にミアは少しむっとした表情を見せている。
 それにスティフィは肝を冷やす。
 久しぶりにミアの怒りを身に感じ、背筋を冷やす思いをした。
 ディアナも大概だが、ミアもやはり神に選ばれた巫女なのだ。
 常人とはどこか違う気を纏っている。
 普段それが表に出ることはないが、ふとした瞬間にそれを垣間見ることができる。
 それはミアの信じる神と同様にスティフィにはとても不吉なものに思えてならない。
「い、いや、まあ、それはいいとして、流石にまだ人は少ないわね。それともまだ新年だから?」
 とりあえず慌ててスティフィは話題を変えようとする。
 ミアも、ため息と共になにかを吐き出して、それ以降は普通に接してくる。
「この時間はいつもこんなものですよ。そういえばスティフィは朝弱いのに今日は珍しいですね」
「流石にね、そこの悪魔憑きをほっては置けないし…… しばらくは様子を見ないと」
 そう言いつつもスティフィはディアナに対して何もできることはない。
 ディアナはその気になれば、その身に宿る御使いの力をそのまま振るうことが出来る。
 人間の器ではあるが、その身に宿っているものは完全に別物で戦いのために生み出された上位種なのだ。
 人間の力であらがえるものではない。
「そんなこと言って昨日はお酒飲みまくってたじゃないですか」
「昨日も出会った後、こうしてこの子、道端で寝ちゃったじゃない。私もお酒が完全に抜けてなかったし」
 なので、迎え酒をしたかった。と声にならない言葉をスティフィは続ける。
 そして、それを実行した結果が今の状態ではある。
 今の状態を思うと、スティフィはこの後出てくる猪料理を食べきれるか不安ではある。
「割といい加減なんですね」
 と、ミアがからかうようにスティフィに言う。
「結果が出てればそれでいいのよ」
 それをスティフィは簡単にいなす。
 ただミアはそれを真に受ける。
「それは確かに。スティフィは私の事ちゃんと守ってくれています!」
 そう言ってミアは機嫌が良くなったので、スティフィも一安心する。
「まあ、最近は出番もないけどね。荷物持ち君がいるから」
 外道やら始祖虫やら、最近は自分の手に余ることも多くなってきた。
 人間相手ならまだしも、人外相手となるとスティフィも自信がない。
 今までスティフィの相手は人間だけだったし、人間相手の想定でしかスティフィは訓練を受けていない。
「ディアナ様も来て、ますます出番なくなっちゃいますね」
 それはミアの言う通りなのだが、ミアを守るという意味ではもっとも心強い戦力でもある。
 神の先兵たる御使いならば、例え始祖虫相手だろうとどうにかしてくれるはずだ。
 ならば、スティフィとしては本来の目的に方に力を入れればいいだけだ。
「私の目的はミアをデミアス教に引き入れることだから、これからはそっちに注力することにするわよ」
 ミアを護衛するのはその為の手段の一つに過ぎない。
 ダーウィックから言付かった本来のスティフィの目的はミアをデミアス教に引き込むことなのだ。
 スティフィが護衛する意味がなくなったのであれば、そちらを優先させるだけだ。
「デミアス教ですか……」
 ミアは少し考え込みながらその名を口にした。
「なに? 興味出て来た?」
「いえ、私もロロカカ教を作りたいと…… 宗教というものがまるで分ってなかったんですが、とりあえず大勢の人に崇められるロロカカ様は見て見たいと!」
 そう言ってミアは目を輝かせている。
 スティフィは心底また厄介なことを、とため息をつく。
 そして、二日酔いで機能が著しく低下している頭でスティフィは考える。
「いや、うん、えーと、ああ、デミアス教は他の神様を崇めてても入信できる自由な宗教だから…… あっ、ほら、宗教がどんなものか体験入信してみない?」
 ミアがロロカカ神の宗教を作りたいと言い出し、それを止める術がないスティフィが言葉に詰まるが、その結果どうにかデミアス教に興味を持たさせる方に話を持っていく事をスティフィは思いつく。
 一度足を踏み入れれば後は、なあなあでどうにか引きづり込めるはずだと。
 この際、ロロカカ神の宗教のことはスティフィは考えないし、考えたくもない。
 どうせスティフィにとって、ろくなことにならないことは考えるまでもないのだから。
「なんか怪しいので遠慮しておきます。でも、将来ロロカカ教を作る為の参考には良いですね…… でも、まずはロロカカ様にご許可を頂かないと」
「まあ、そうよね」
 予想通りの答えが返ってくる。
 だが、参考としてでもミアが興味を持ってくれる点では大分進歩していると言って良い。
 ただ依然としてだが、ミアがロロカカ神以外を崇めている様子をスティフィは想像もできないでいる。
 他の神を崇めているミアなどそれはもう別人なのでは、とさえスティフィには思える。
「逆にスティフィがロロカカ教に入ってくださいよ!」
「え?」
 ここでロロカカ神の宗教のことを思考から省いていたことが仇となる。
 スティフィはその答えに詰まってしまう。
「複数の宗教に入信してもデミアス教は平気なんですよね?」
 ミアは笑顔でそう言ってくる。
 そして、それは事実だし、スティフィ自体、潜入任務ではあったが他の宗教に潜り込んでいたこともある。
 ただ今回は潜入程度で済むとも思えはしないが。
「え、ええ、まあ、それは…… ダ、ダーウィック大神官様にご許可を頂いてからで……」
「ダーウィック教授ならすぐに許可出してくれますよ!」
 と、ミアは確信をもってそう言った。
「それは…… そうかもしれないけど…… 本気で宗教つくる気なの?」
 恐らくダーウィック大神官なら二つ返事で許可を出すだろうと、スティフィも想像できる。
 なにしろデミアス教は自由が売りなのだから。
 だからと言って、スティフィ個人としては祟り神とされる神の宗教に入りたいとは思わない。
「はい! もちろんロロカカ様の許可がいただけたのなら、ですけど! ああ、またやりたいことが増えました!」
 前々からミアはそんなことをちょくちょく言ってはいたが、ここ最近、宗教絡みの祭りやら行事を立て続けに体験したからか、その思いがさらに強くなってきているようだ。
 そして、スティフィは思う。
 ミアが教祖になったら、自分が間違いなく信者第一号にされるのだと。

 こうして魔術学院の新年は何事もなく過ぎていった。


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