学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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日常と年越しと再び訪れた者

日常と年越しと再び訪れた者 その5

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 太陽の戦士団の年末年始の行事のため、頂上に来たローラン教授は彼の部下達と共に、頂上で大きなカマクラを見つけた。
 なぜ魔術学院の裏山にこんな大きなカマクラと天幕が立てられているのか、いぶかしげに思いながらも、人の気配がするカマクラを恐る恐る覗き込んだ。
 そんなローラン教授とミアが目が合い、ミアがした挨拶が、
「ローラン教授、お久しぶりです」
 だった。
 ローラン教授はカマクラの中にいる面々に少々驚きながらも、一応は安心し、礼儀正しく挨拶をし、少しばかり話し込んだ。
 挨拶のついでとローラン教授はミア達から様々な料理を貰い今も手に抱える様に持っている。
 貰った料理の中には騎士隊秘伝のグレン鍋まである。
 ローラン教授からすれば訳が分からない状況だ。
 それに対して礼を言って、ローラン教授は少し気がかりでもあったためミアと少し話す。
「ミアさん。いつの日かはお力になれず申し訳なかったですね。ただあの時も言いましたが、天使や悪魔という呼び名は人が勝手に呼んでいるものなので、あまりに気にしないほうがいいですよ。特にあなたが力を借りている御使いは特殊なようなので」
 ミアが使徒魔術を学ぶ際、ローラン教授にも声をかけていた。
 ただその時は、ミアの話を聞く限り、どう聞いてもその御使いは、魔術的分類では悪魔に属していたため、それを伝えた。
 当時のミアは自分の信じる御使いを悪魔呼ばわりされて、あからさまにミアが不機嫌になっていたのがローラン教授にとっては印象深い。
「はい。今はちゃんと魔術的に天使と悪魔という呼び名で分けられているだけと理解していますので平気です」
 そう言いつつもミアは若干不服そうにしている。
 それはローレン教授にとって喜ぶべきことだ。
 天使を善とし悪魔を悪とする。そして、自ら信じる神の御使いを悪魔と呼ばれ不服そうにすると言うことは、少なくともミアは善性を良きものと捉えていると言うことだからだ。
 周りに厄介な者が多い中、中々まっすぐに育っているようだと、ローラン教授は感心する。
「そうですか。それならよかったです。では、ありがとうございます、こんなに多くの料理まで頂いてしまって」
 改めて貰った料理をローラン教授が見返すと、不思議な物も多い。
 やけに品質の高い盛り付けのされた品や油漬けにされた物、さらに騎士隊秘伝のグレン鍋までここで作られているのだから。
 材料だけでもかなり量のはずだ。
 ただそれでもローランの部下、全員分には足りなくはあるが、これ以上貰うもの心苦しい。
 それにこのカマクラも人の手で作れる大きさではない。
 とはいえ、流石にローランの部下達まではいる余裕はないので今、部下達はカマクラの前で待機している。
 それでもこのカマクラはかなり大きく、頂上中の雪をかき集めて作り固めたような、そんな大きさをしている。
 まあ、それをしたのがカマクラの前で控えている使い魔であることはローラン教授にも想像がつく。
 おかげでローラン教授らが頂上の雪掻きをしなくて済み、天幕も随分と張り易くもある。ローラン教授らからすれば、それも感謝しているくらいだ。
「いえいえ、ローラン様、また後程ご挨拶にお伺いいたします」
 様々な料理を貰ったローランに対して、この領地の姫であるルイーズまでもが更に畏まって挨拶をした。
 ローランも西側ある領地の有力な貴族の家柄の人間だからだ。
 貿易で西側と取引のあるルイーズとしてもちゃんと挨拶しておかねばならない相手でもある。
「いえ、それには及びません。私はダンベルグ家としてではなく、一教授としてこの地に赴いているので。ルイーズ様もそのように接してください」
「はい」
「では、良いお年を」
 と、ローラン教授は足早にカマクラを後にした。
 一人の少女、スティフィが鋭い視線で威嚇するかのように見つめられていては、流石にローラン教授も長居する気にはならない。

「あれがローラン・ダンベルグですか。なるほど」
 ブノアは太陽の戦士団、その戦士長の一人であるローランを見て、何かを納得しているかのに頷いている。
「ブノアさんお知り合いですか?」
 そんなブノアを見てミアがそう尋ねる。
「西側では有名ですよ、ダンベルグ家というだけで。使徒魔術で有名な西側の貴族の家系ですね。加えて彼は太陽の戦士団の戦士長の一人だ」
 ブノアはそう答える。
 口には出して言わないが、持っていた使徒魔術の触媒である剣型の杖も恐ろしく強力な物だ。
 恐らくは神から授かった神器の類なのだろうが、それでもミアの持つ古老樹の杖には及ばない。
 のだが、その古老樹の杖も普段は荷物持ち君の背中の籠に入れられたままだ。
 ミア曰く、そこが一番安全な場所だから、だそうだ。
 それはそうなのだが、最近、あの杖はずっと籠に入れっぱなしになっている気がブノアにはする。
 流石に埃が被っている、ということはないが、宝の持ち腐れ、と言う言葉がブノアの脳裏を浮かぶ。そして、その言葉をブノアは無理やり飲み込んだ。
 ただ釈然としない気持ちだけは、どうにも飲み込めない。
「あの方は、急遽エルセンヌ教授に呼ばれた方みたいですね」
 ジュリーが補足とばかりにそう告げた。
 さらにジュリーは教授になる予定のフーベルト教授が、光の勢力の教授として力不足とエルセンヌ教授に判断され、急遽ローラン教授が呼ばれたことまで知っている。
 が、それを口にするようなことはしない。
「ガーランド家のお嬢様ですか、あまり人の領地で好き勝手やってほしくないのですがね」
 ルイーズが人の領地で好き勝手して気に入らないという顔をする。
「お嬢様って歳? おばさんの間違いでしょう?」
 それに乗るようにスティフィが口を開く。
 珍しくルイーズをからかうのではなく同意するのは、ローラン教授もエルセンヌ教授も、スティフィからすれば仇敵その物だからだ。
「ガーランド家は西側じゃその影響力は大きいですからね、ダンベルグ家としても断れなかったのでしょう」
 軽く咳ばらいをして後、スティフィにそれ以上口を開くなと鋭い視線を送ってからブノアも補足する。
 西側でガーランドと言えば、一、二を争うの領地を持つ力ある領主の一族だ。
 それに加えデミアス教に対抗する為か西側の領地の結束力はとても高い。
 ローラン教授はそんなしがらみで態々この魔術学院に来ている。
 しかも、元々は太陽の戦士団の戦士長の一人であり、魔術学院の教授の職にいた人物ではない。
 実は本人にとってもいい迷惑だったのかもしれない。
「あのおばさん、そのガーランド家でも鼻つまみ者って話でしょう? だから南の地にいるって話じゃん」
 スティフィはブノアの警告を無視して、さらに口を開きそんなことまで口走った。
 それに対して、ルイーズは軽くため息をついた。
 ただそのため息はスティフィにだけ向けられたものではない。
「その話はあまりしないでください。うちとしてはどことも友好的でいたいんですよ。貿易的にも立場的にも」
 ため息を隠すようにルイーズがそう言うと、
「あー、やだやだ、南は中立って話だったのに」
 スティフィがそう言ってルイーズをからかうに様に笑った顔をルイーズに向けた。
「少なくとも、うちは中立ですよ。そもそも、そんなことは人が決める話ではありませんよ」
 ルイーズはその挑発には乗らずに、そう言って再びため息をついた。
 領主だ、王だ、と言ったところで、所詮は神の代理人に過ぎない。
 人間は神の物であり、道具である。他の領地と争うことになっても、それは神が決めることであり、人が決めることではない。
 それがこの世界の理だ。
 そして、今の時代は絶対的な停戦状態である。
 この状況で争いを起こそうとする人間はいない。少なくとも領主と呼ばれるような、神にほど近い位置にいる人間にはいない。
 神に近ければ近いほど、その偉大さを目の当たりにしているからだ。
「それは…… そうね。で、マーカスはどーなのよ?」
 ルイーズの言っていることは確かな事である。スティフィにもそれは嫌と言うほど理解できている。
 これ以上ルイーズをからかっては、本当に怒らすと思ったスティフィはからかう標的を変える。
「俺ですか? 子供のころは太陽の戦士団に憧れていたものですよ。まあ、今も若干はあるんですが。自分では戦士団に入れなかったので騎士隊を目指したくらいですからね」
 マーカスはそう言って少し昔でも思い出しているのか、懐かしそうな表情を浮かべた。
 太陽の戦士団は選ばれた者しか入団できない少数精鋭の教団だ。
 マーカスはその入団試験に落ちている。
 ただその下位組織に太陽の戦士団を支援するまた別の教団がまたあるのだが、マーカスはそこに行く気はなかったので騎士隊を目指すことにしただけだ。
「あんた、オーケン大神官の小間使いでしょう」
 スティフィがそう言うと、マーカスは何とも難しい表情を見せる。
 一言で言うと、なりたくてそうなったわけではない、と言う表情だ。
「んー、それ否定はできませんが、一生使える気は流石にないですよ。それに今は縁ができた神もいますしね」
 マーカスにそう言われスティフィも何も言えなくなる。
 人にとってどの神でも、それは絶対的な存在には違いない。
 特にマーカスは元々デミアス教徒でもない。さすがのオーケンも神相手では何もできまい。
「冥府の神でしたか」
 スティフィの代わりにルイーズがそう言った。
 そのちょっとしたいざこざに巻き込まれたルイーズも何とも言えない表情をした。
 リズウィッド領の一部の地域ではあるが、マーカスが出会った神はその一部の冥府を預かる神だ。
 そして、冥府や冥界、死後の世界を預かる神とは、余り関わり合いにならないほうが良いとされている。
「ルイーズ様は知っていますよね? この領地の冥府の神なのですから」
 マーカスにそう言われ、ルイーズは少し考えながら返事をする。
「ええ、と言っても、それほど詳しく知りませんよ。冥府や冥界の神々にはあまり関わらないようにするのが通例ですし」
 特に領主の一族にとってはそうだ。
 死後の世界の神に気に入られると言うことは、それは死を意味している。
 神とはいえやはり関わり合いにはなりたくはない。
 それ故にそういった神を信仰している者は少ない。
「まあ、そうですよね。どこかにいないですかね、直接会い使命を貰ったと言っても、俺もよく知らないんですよね」
 マーカスも冥府の神デスカトロカと知り合えたのもただの偶然に過ぎない。
 敬ってはいるが、その崇め方の方法も分からないでいる。
「知りたいんですか?」
 ルイーズは少し驚いて聞き返した。
 死後の世界の神、その信仰の行きつく先は言うまでもない。
「ええ、一応は。もう信仰…… と言って良いかわからないですが、しているので」
 マーカスも冥府の神、その信仰の先は死であることは理解できている。
 死後の世界の神を崇めるとはそういうことだ。
 だからこそ、その信仰を理解し制御する必要があるとマーカスは考えている。
 それは冥府の神と直接の縁を持ってしまった今は逆に必要なことだ。
「私もロロカカ様のことを知りたいです!」
 そこでミアも話に参戦してくる。
 ミアもロロカカ神を狂信的にまで信仰してはいるものの、その神がどういった神なのか、ミア自身よく理解できていない。
 ミアにとってはフーベルト教授に質問攻めにされるまで、考えても見なかったことだ。
「そういや、ミアもあまりミアの神様のことを知らなかったのよね? 信者としてどうなの?」
 スティフィにそう言われ、ミアはあからさまにその表情を歪ませる。
「うぅ、だから知りたいんですよ。村にいたころはそんなことも思いませんでした。これが見分を広めるって、ことなんですね」
 リッケルト村にいたときミアはロロカカ神を偉大な存在として妄信していた。
 それは今もそうだが、今はすべてを知った上で、より深く敬虔に信仰していきたいと思うようになっている。
 そこへ香辛料を取りに行っていたエリックが帰ってくる。
「ん? ありゃ、ローラン教授はもういないのか。ここからが美味しい鍋がまたできるって言うのに」
 エリックがそう言ったことで、その会話は自然と途切れた。
「魚介系のダシと豆味噌ですっけ? ちょっと臭うけど本当に平気なの?」
 スティフィはエリックが持ってきた香辛料や調味料から漂ってくる臭いを嗅ぎ分けながら質問をぶつける。
 どちらも余り嗅いだことのない類の匂いだ。
「ああ、平気平気、これがいいんだよ。魚のアラを乾燥させて粉末にしたもので、南の、ここからだと東だったかな、まあ、そこの特産品らしんだけど、とにかく汁物にあるんだよ」
「魚醤とはまた違うんですか?」
 マーカスも興味があるのかそんな質問を投げかける。
「どうなんだろ? また違うんじゃねぇかな。まあ、それとこの豆味噌が非常に合うんだよ!」
 ただエリックから返って来た質問は曖昧なものだった。
 エリックにとっては、それがどういうものかよりも、どう使えば旨いか、それの方が重要なのだ。
 ある意味、商人の跡取りとしては悪くない考え方だ。
「げ、なにそれ、本当に食べ物なの? あんまり言いたくはないけど……」
 豆味噌の実物を見て、ゲテモノと言うわけではないが、どうにも怪しいものをスティフィは感じ取る。
「まあ、そう見えるけど、匂いはそれほど悪くないぜ?」
 そう言って、エリックは持ってきた物の匂いを嗅ぐ。
 粉末上の物、魚介のアラから作った粉末からは、少し生臭い、かなり独特な匂いがする。
 そして、豆味噌というドロドロしたものからも、また違った独特な匂いが漂っている。
「んー、まあ、確かに。独特の匂いだけど……」
 スティフィはその臭いから、微妙そうな表情を浮かべる。
「まあ、まずはダシからだよ」
 そ言って、エリックはミアの作っていた鍋に粉上の物を適当に入れていく。
 熱と水気が加えられると、その匂いが変化していく。
「あら、思ってたよりいい香りになるのね」
 熱が加えられたせいか、何とも生臭い臭いだったそれはすぐ香りへと変化する。
「美味しそうですね」
 と、ミアも匂いを嗅ぎ言い出す。
「確かに、いい香りですね。なんだかティンチルを思い出します」
 夢のような夏の一時の出来事を思い出すようにジュリーがポツリと言葉をもらす。
「あー、確かに! ティンチルでもこの匂いしてましたね」
 それにミアも同意する。
 あそこの料理は何もかもが美味しかったのをミアも思い出す。
「お、流石ジュリー先輩じゃん! そうなんだよ、これティンチルで出る料理でも使われているんだよ、まあ、あそこのはこれより数段上の奴だけどな」
「へぇ、じゃあ、お味も良さそうね、ちょっと味見を…… あ、これは美味しいわね…… なるほど既に別ものだわ」
 それを聞いて、スティフィは実際に鍋の汁を少しすくって味見をする。汁に旨味としっかしとした味わいが追加されている。確かにこれは美味しい。
 最初に匂いを嗅いだ時は、かなり怪しいと思っていたが想像以上に味が良くなっている。
「でも、そんな、少し匂いのする粉を入れただけで、そんな変わるわけが…… あっ、美味しくなってます!」
 鍋から漂ってくる匂いにが気になったのか、ミアもスティフィの真似をして、その煮汁を少しだけ皿によそって味見をする。
 今まではバラバラだった素材の味が、エリックが持ってきた謎の粉を入れただけで、味がまとまり旨味となっている。
「んだろ?」
「じゃあ、その豆味噌と入れればさらに美味しくなるんですね!」
 ミアはそう言って豆味噌を見る。
 一見すると彩度の良い泥の塊に見えなくもない。
「だけど、これは食べる直前だな、その方が風味がいい。まあ、煮込んで味が馴染むのも良いんだが、それは明日の朝も食べることになりそうだしな」
 エリックはそう言って豆味噌を鍋から離してカマクラの床においた。
「この量は…… そうね。食べきるのも大変ね」
 大きな鍋一杯に作られている。
 この人数でも食べきるのには一回では難しそうだ。
「じゃあ、ローラン教授にらにも振舞いましょう」
 ミアがそう提案する。
「えぇ? 戦士団の連中にまた食べ物を恵んでやんの?」
 それにすぐにスティフィが嫌な顔をして反論する。
「まあ、いいじゃないですか。残すのはもったいないですよ」
 ミアがそう言うとスティフィは諦めて脱力するように息を吐き出した。
「ミアがこんな量を作るからでしょう? ほとんど持って帰ってもよかった物ばっかじゃない」
 エリックが持ってきていた物は保存がきくものばかりだ。
 それに今は冬だ、そのまま持って帰っても問題はないはずだったのだが、ミアの手により一気に消費されてしまっている。
「それは…… そうですが、作っちゃったものは仕方がないじゃないですか!」
 ミア的には持って帰るのも面倒なので、という思いからの消費だったのだが、どうせ荷物持ち君の引く荷台に乗せるので関係のない話だ。
 こうして煮込んでしまった今は日持ちもしないし、汁物なので持ち帰るのも面倒だ。
「で、エリック。料理も作り終わって、夕食の準備まで終わって、こんな何もない場所でなにするつもりなのよ?」
「ん? え? えーと……」
 そう聞かれたエリックは答えに詰まる。
 その答えをエリックは持ち合わせていないからだ。
「そうですね、罰の後片付けを終えたら、俺はむこうの天幕のお手伝いしてしてきますよ、気になりますのでね」
 それを察したマーカスがローラン教授の手伝いに行くと言い出した。
 もうとうの昔に諦めていたこととはいえ、こうして間近に会うと、昔、憧れていた気持ちがマーカスの中に蘇ってくる。
「マーカス! この裏切り者!」
 スティフィがすぐにそう言うが、
「裏切るも何も元々は太陽の戦士団の信奉者でしたので」
 マーカス的には、オーケンの小間使いをしている今の方が心外なのだ。
 それほど嫌というわけでもないが、良く理不尽な目にあい、稀に命の危機にも直面する現状を長い間、続けたいとも思わない。
 ただ、なんだかんだでオーケンから学ぶことは多いし、そう悪くはないとも思っている。
 やはりマーカスにとって師匠は師匠なのだろう。
「では、私も。ローラン様とはもう少しお話がありますので。ジュリー様もご一緒してください」
 続いてルイーズもやることが出来たと、いそいそとしだしている。
 家出中の身ではあるが、彼女は領主の娘であり、未来の領主である。
 特に西側との貿易で栄えて来たこの領地では西側の有力貴族とは親しくしておきたいものだ。
 しかも、相手がエルセンヌ教授のように力は持っていても、それを嵩に懸かるような相手でもない。
 親交を深めておいて損はないはずだ。
「え? 私もですか?」
 と、一応は領主の娘でもあるジュリーが己の立場を忘れてか驚いた表情を見せる。
「はい、あの油の事で。今頃、度肝を抜かれている事でしょうし。西側は美食かが多いと聞きます。さぞ良い値で買って頂けると思いますよ。私もそれに一枚噛ませていただこうかと」
「ええ!? 良いんですか? は、はい、お願いします! あああ、山を下りたら父に手紙を出さなければ……」
 ジュリーはそう言いつつ、慌てながらも嬉しそうな顔を見せている。
 場合によっては、魔術学院の職員になるという未来も変わる話かもしれない。
「むむむっ、この裏切り者どもめ!」
 スティフィが喚くが、ルイーズは普段のお返しとばかりに微笑んで返事をする。
「いえ、私達は別にデミアス教徒ではないですし……」
 それを見たミアが、気晴らしと暇つぶしを兼ねて、
「じゃあ、狩りにでも行きます?」
 と、スティフィに声をかける。
 だが、スティフィはすぐに真顔に戻り、
「いやよ、こんな雪の中、誰が好き好んで行かなくちゃならないのよ」
 と、返事を返した。
「じゃあ、天幕に戻ってゆっくりしましょう。たまには寝て過ごすのもいいですよ」
 ミアはお腹がいっぱいになったのか、そう言って欠伸をした。
「それは…… そうね。できればこんな山の頂上ではなく寮の部屋でしたかったけど」
「寮の部屋も割と寒いじゃないですか」
 ミアはそう言った。
 そして、それは確かにそうだ。
 食堂や図書館の方が暖かい位だ。
 下手をすれば天幕内に焚火が置かれているこちらの方が暖かいかもしれない。
 そこで、ふとスティフィがこのカマクラも火を焚いているけど、大丈夫なのかとカマクラの天井を見る。
 それまで気づかなかったが、雪で固められた天井には何か文字のような物が彫り込まれている。
 恐らくは荷物持ち君が彫り込んだものだろう。その文字の内容はスティフィにはわからないが、このカマクラを長持ちさせるまじないか何かだろう。
 古老樹の荷物持ち君が施したものであるならば、信用しておいて問題はない。
 下手をすれば春になってもこのカマクラが残っている可能性すらある。
 念のためにと、スティフィはそのまじないの形をしっかりと記憶しておく。
 古老樹である荷物持ち君が施したものだ。何か役に立つかもしれない。
「ん? なんだ、昼寝でもするのか? 俺も寝よっかな。鹿捌くので疲れたし」
 エリックもそう言って大きな欠伸をした。
「そういえば、天幕内で鹿捌いてたわよね、料理もしてたし、あの中、臭いんじゃないの……」
 臭いには敏感ではあるが、血の臭いには慣れているスティフィがそんなことを言う。
「ジュリーの油のおかげでそうでもないですよ。あの油、凄いですね」
「今も売り込みに行ったみたいだけどね。そういや西側は美食が流行っているんだってね、私が料理を習ったのもその為なのよね」
 スティフィはそう言って、改めてカマクラの中を確認する。
 既にルイーズ、ブノア、ジュリーの三人は、このカマクラを出て行っている。
 ミアは気づいてないが、ブノアは後片付けからさっさと逃げ出したようだ。
 今は鼻歌交じりでマーカスがカマクラと天幕を往復しながらも、料理大会の後片付けを一人でしている。
「ああ、なるほど。潜入しやすいようにですね」
 ミアの言う通りではあるが、狩り手をやめた今の自分にはもう関係のないことだと、スティフィはその話を認めつつも、その話を続けることを避けた。
「そそ。まあ、そんなことはいいわよ。こんな雪の中を山登りさせられて疲れてるし、ひと眠りさせてもらうわよ」
 スティフィはそう言って立ち上がりカマクラを出ていく、雪になれ何度もカマクラを作ったことのあるスティフィでも、この大きさのカマクラは見たことないし、中でこれだけ火を焚いても崩れる様子すらない。
 それに泥の塊である荷物持ち君が造った割には、このカマクラは外の中も真っ白で汚れていない。
 不思議でしかないが、作ったのが荷物持ち君と言うのであれば、それは納得するしかない。
「そうですね、なんだかんだで疲れましたし、天幕の方に戻って休みましょう」
 ミアもそう言いながらカマクラから出て来る。
 そして、ミアは楽しそうに一面の銀世界に新しく天幕が立てられる様子を少しだけ見ていた。




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