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日常と年越しと再び訪れた者
日常と年越しと再び訪れた者 その2
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「は? 大晦日から裏山に登るってどういうことよ! ってか、明日じゃない!」
ミアが前日にこっそり計画し実行しようと思っていたことをスティフィに告げると、スティフィは不機嫌そうにそう言った。
まだ寒い朝の女子寮にスティフィの言葉が響き渡る。
起き抜けのせいかスティフィがミアの想像以上に不機嫌なことに驚いて、スティフィだから、と少し無理を言いすぎたかとミアも反省する。
スティフィがなんだかんだで自分に甘いのを自覚しているので、どうしてもそこに甘えてしまう部分がミアにもあるのも事実だ。
「どうせ登山するなら前日から、みんなで野営したら楽しんじゃないかって…… エリックさんが言って、確かに楽しそうだなって……」
ミアが言い訳のようにそう告げると、寝起きのスティフィは頭を抱えだした。
「この雪が降り積もる中、山の頂上で丸一日野営とか、頭おかしんじゃないの? 普通に凍え死ぬわよ」
もっともな意見だ。
ミアもそう思う。
実際に、今日も外は雪が降っていているし、山道があるとはいえ、まず間違いなく雪に埋もれている。
そこを頂上まで登らないといけないわけだから、簡単に行くわけはない。
その上で山の頂上で一泊、野営するというのだ。あまり考えたくない。
ただミアにとっては、それすらも娯楽の一部と考えている。
「エリックさんが耐寒用の天幕を持ってくって……」
ミアは少ししゅんとして、そんな言葉を口にする。
それを見てスティフィも自分の使命を思い出す。
自分はミアの親友になり、ミアをデミアス教に引き込まなければならないのだと。
それはそれとして、
「あいつの話を信じるっていうの?」
ミアがエリックを信用している方が、スティフィには驚きだ。
「道具に関しては信頼できますので」
ミアはそれに関しては自信あり、とばかりにそう言った。
そう言われて、スティフィもそれは確かに、と思う。
エリックの実家はそこそこ大きな商会で自分のところで様々な物も開発している。
スティフィが借りたままの連弩もその一つでかなり性能の良い物だ。
「それは…… まあ、確かに」
その商会がエリックに騎士隊で使えと送ってくる試作品なども含めた数々の道具や装備品は、かなり質の良い物ばかりだ。
と、スティフィが一瞬そんなことを考えていると、ミアはその隙を突いて、
「じゃあ、そういうことに決まりましたから!」
と、そう言ってスティフィの部屋を後にして逃げだそうとする。
それをスティフィは襟首を鷲掴み捕まえる。
「はぁ…… 普段使いのじゃなくて、野外用の本格的な毛皮製の外套でも用意しとかないと駄目ね……」
ミアを捕まえつつスティフィはため息交じりにそんなことを漏らした。
「そうですよ、スティフィには当日も狩りをしてもらわないといけませんし!」
さらにスティフィの機嫌というか意志をへし折るべくミアが追撃を掛ける。
ただスティフィが所属しているデミアス教は強者の命令は絶対だ。
ミアはデミアス教の大神官候補と向かい入れる、少なくともダーウィック大神官はそう考えている、ならばスティフィもそれに従うのみだ。
それが叶えば、ミアはスティフィにとって未来の上司ともいえる相手になる。
スティフィがどこまで生きれるかわからないが、それでも慣れていた方が良い。
「あー、はいはい、わかりました、わかりましたよ!」
スティフィは観念して、そう言うしかない。
「じゃあ、私はジュリーさんとルイーズ様に伝えてきますので!」
そう言ってミアはスティフィの拘束から逃げ出そうとするが、スティフィはしっかりとミアの襟首を抑え押しとどめる。
「私も行くから少し待って」
スティフィはもう少し毛布に包まっていたい、と思いつつも身支度をし始める。
何だかんでスティフィはミアに甘い。
それが少なからず現在のミアを形成しているのだが、デミアス教的には欲望のまま生きるミアの姿はありなのだ。
そうして、俗にいうミアちゃん係一行は大晦日の朝から、雪が降り積もる中、裏山の頂上で野営することとなった。
ミア、スティフィ、ジュリー、マーカス、エリックのいつもの面々。
それにこの地方の領主の娘で絶賛家出中のルイーズと、その護衛でめんどくさそうな表情を浮かべているブノアだ。
「保護者もいるので心配ないですね」
と、ミアがブノアを見てそんなことを無遠慮に言うと、ブノアの眉がピクンと一瞬跳ね上がるのをルイーズは見逃さなかった。
「ブノアは私だけの保護者なので勘違いしないでください」
ルイーズがミアにそんなことを言うと、ブノアは疲れた様にゆっくりとため息を吐きだした。
口には出さないものの、ブノアはやはり姉妹なのでは、とこの時には思っていた。
そして、仕方なしとばかりにエリックに荷物の確認をしていく。
学院近くの裏山とはいえ、冬の山を舐めるわけにはいかない。
本当はルイーズには行ってほしくないのだが、表向きは誘われたから仕方なく、という顔をしていて、裏では楽しみにしているルイーズをブノアは説得できなかった。
ならば、安全のための確認だけはしておかなければならない。
その様子のブノアはミアの言う通り保護者でしかない。
ブノアからしてみれば、ミアはルイーズの姉なのかもしれないし、それ以前にベッキオと言う外道狩り衆の頭領の孫娘なのだ。
それに領主のルイからも、ミアをルイーズ同様に守ってくれ、とこっそりと言われてもいる。
ブノアからしたら、面倒な護衛対象が二人に増えただけに過ぎない。
とはいえ、ミアは精霊と古老樹に守られているので、ブノアがわざわざ守ってやることもないことも分かってはいる。
精霊の方はブノアには感じることはできないので、その実力はわからないが、古老樹の泥人形の方はとんでもない性能をしている。
しかも学院の教授の一人が、貴重な素材をことあるごとに与えて、その泥人形の性能が際限なく上がっている。
これは出会った時からではあるが、その時点で自分の手に余るものだったのに、今はもう人間ではどうしょうもないものにまでなってしまっている。
それを考えると、ミアのことはあの古老樹に任せておけばいいか、と、そう考えればブノアも少しは気が楽になる。
「荷物は荷物持ち君の台車に入れてくださいね、揺れるのでしっかりと固定も忘れずに!」
ミアは楽しそうに仕切っているし、それに対してルイーズが細かなダメ出しをしている。
一見して仲が悪そうだが、そういうこともなくミアとルイーズはなんだかんだで気が合うようで、実は仲がいい。
何か楽しそうにこそこそと話し合っていたりもする。その様子はまさに姉妹そのものだ。
ただずっと仲がいいかと言われつとそうでもなく、事あるごとにルイーズがミアに一方的にだが、突っかかっていくことも多い。
まあ、じゃれ合いの範疇であるとブノアも思ってはいるが。
でなければルイーズも、ブノアが行くのを止めるのを躊躇する程、楽しみにはしていないだろう。
あとでマーカスを通じて写し絵を用意してもらって、ミアとルイーズの様子を領主に送っておけば、文句どころか感謝すらされるのでは、とブノアはなんとなく考える。
それにエリックが用意した野営用の装備はどれも文句のつけようがないものだ。
恐らく本場北国の、しかも軍用の耐寒天幕の装備だ。
この装備なら凍えることもないだろうとブノアも安心する。
どこぞの商会の息子と聞いているが、その伝手で用意させたものにしても品質が良すぎる、とも。
まさかブノアも、騎士隊へ試作品として送られてきたものを、そのまま横流しして私用で使っているとは考えていない。
山道と言えど雪の降る中、積もった雪をかき分けて山を登るのは大変なはずだ。
あと半日と少し出発が遅ければ、ローラン教授率いる太陽の戦士団がここを通り、幾分通り易くはなっていたことだろうが。
ただミア達には荷物持ち君がいる。
上位種の古老樹で使い魔の最下位である泥人形でもあるミアの使い魔。
そんな荷物持ち君にとって雪の積もった山道を行くことなど、何の苦に盛らなない。
ミア達は荷物持ち君と彼が引く台車の後をついていくだけでいい。
ついでにルイーズがその台車に最初乗ってはいたが、あまりにも揺れが激しいので投げ出されている。
そして、雪に頭から突っ込んだところをスティフィに散々笑われた後だ。
今のルイーズは不貞腐れながらも無言で雪道を歩いている。
「そう言えば、白竜丸君は元気ですか?」
白い雪を見て、なんとなく下水道の白い鰐のことを思い出したミアがマーカスに聞いてみる。
「流石にこの寒さになると元気はないですね。竜王鰐にとって寒さが一番の弱点かもしれませんね」
そうは言いつつも、地下下水道にはこの寒気も届きにくく冬でも鰐の餌となるものは多く生存している。
それに加え、マーカスが体調管理まで始めた今ではこの二カ月で白竜丸はかなり大きく元気に育っている。
外がこんなんでなければ、元気に大地を走り回っていたかもしれない。
「あの鰐、聞いた話によると相当な怪物らしいわね、なんでも刃物が通らないんだって?」
スティフィもその話に入ってくる。
「ええ、鰐には鱗とその下にある鱗板骨と言う骨があるんですが、特に竜王鰐と言う種はそれが硬いらしくて通常の鉄製の剣では刃が通らないほどですね」
実際に白竜丸に対して実験したわけではない。
白竜丸の世話をするためにマーカスが竜王鰐という品種について色々調べた限りではの話だ。
文献の中には竜王鰐が育つと、火薬を使って鉛玉を打ち出す銃と言う武器の攻撃すら意に返さなくなる、とまで書かれていた。
「しかも、呪術はほぼ完全に無力化して、魔術まで効きにくいんでしょう?」
「そうです。あれでまだ食べ盛りで育ち盛りと言うんですから恐ろしいですね」
マーカスは嬉しそうにそう言った。
呪詛すら喰らう竜王鰐が従順に言うことを聞くので騎士隊としても大助かりである。
厄介で皆やりたがらない地下下水道の掃除を勝手にしてくれるのだから。
騎士隊もその鰐の維持費に多少予算を当てても問題はない程には助かっている。
「流石、竜の王の鰐だな!」
エリックがそんなことを言い出すが、
「正確には、竜の卵を食べた鰐の王、その子孫のことであって、竜の王と言うわけではないですけどね」
と、マーカスが訂正する。
「私、疑問なんですけど、なんでそれでこの卵で言うことを聞くようになったんですか?」
ミアは首から下げている竜王の卵を手に取って不思議そうな顔をしている。
「その卵が竜王の卵で、竜の因子を持つ者に、その卵を通じて、卵の所有者たるミアが命令を下せるからですね」
とマーカスが説明するが、その顔に自信はなさそうだ。
「竜の因子ってなんです? それがまずわからないですよ」
「竜を竜たらしめる因子なんだそうです。まあ、竜も虫種同様に異界から来た生物ですからね、理解できないのももっともですよ」
実のところマーカスもミアに説明できるほど詳しくは知らない。
そもそも竜は通常の生物と生態が違いすぎる。
人間の知識で理解しようとしても理解しきれない部分が多い。
なので、そう言って言葉を濁した。
「そう言えばそう言う話でしたね。まあ、魔術とあまり関係はないから良いと言えば良いんですが、身近にあるとやっぱり気になるんですよね」
ミアは何とも言えない表情で小さな竜の卵を見つめる。
その卵もミアの護衛者なのだと言うが、卵がミアをどう護衛するのか、少なくともマーカスやスティフィには見当がつかない。
ただマーカスは少し思い出したことがある。
「ここだけの話、竜の英雄と呼ばれるハベル隊長も竜の因子を少し保有しているそうなので、ミアの命令を聞いてしまうかもしれない、とのことですよ。本人が愚痴ってました」
マーカスは半分冗談のようにそういったが、ミアがその言葉で何か思いついたような表情を見せた。
「あー、だからハベル隊長、最近、私を避けてるんですね」
その話を聞いて、今度はエリックの眉がひどく跳ね上がった。
竜に憧れ、竜の英雄と呼ばれるハベルを崇拝しているエリックにとって聞き捨てならない話だ。
だが、ミアが悪いわけではない。なので、エリックは話しを変える。
エリックにとって英雄であるハベルがミアを避けているなど想像でもしたくはない。
「で、ミアちゃんのその卵いつ孵るんだよ? 竜、しかも竜王が生まれて来るんだろ?」
そう言われたミアは苦笑いを浮かべる。
「カリナさんの話では、少なく見積もっても百年後以降なので生きているうちに生まれれくれるか怪しいですね」
魔術で老化を止め無ければ、生きているうちに生まれることもないだろう。
普通に考えれば、ミアが生きているうちに卵が孵るとは思えない。
「は? 意味ないじゃない、それミアの護衛者の一人なんでしょう?」
スティフィがミアの話を聞いて、馬鹿らしいとばかりにそんなことを言う。
「いや、これを持っているだけで、とりあえず竜には襲われるどころか守ってくれるようになるらしいですし、若い地竜にならお願いを聞いていただけるようになるとか? そんな話ですよ」
その話を聞いてエリックの表情があからさまに変わる。
「え? まじかよ、なんだよ、すげぇじゃん!」
そう言って、ミアの首からかけられている白く小さな卵を物欲しそうに見つめる。
「まあ、この辺りに竜いないから意味ないですけどね」
と、ミアも自虐的に笑って見せる。
ついでに、エリックはミアのかけている首飾りを触ろうとして既に数度痛い目を見ている。
卵を繋ぐ紐はカリナの髪の毛で編まれていて、ミア以外が手にしようとするならば手痛い仕返しにあう様になっている。
主にオーケン相手に想定されたものではあるが、その第一被害者はエリックだった。
エリックもミアから奪おうとしたわけではなく、ただちょっと竜の卵を触ってみたい、という思いからだけだったが、それでもかなりの痛手を受けている。
実際どうなったかというとミアに危険なので触れないでください、と言われていたエリックがそれを無視して卵に触れようとした結果、不自然に動くカリナの髪の毛に投げ飛ばされている。
今も物欲しそうにエリックはミアの首飾りを眺めはするが、流石にもう手を出そうとはもう考えていない。
「にしても、一面、真っ白ね。山頂まで後どれくらいなのよ」
「もうしばらくかかりますね。荷物持ち君、適当な獲物がいたら教えてください! お肉だけは現地調達なので!」
ミアの言葉に先頭を行く荷物持ち君が振り返って頷く。
ブノアはそれを半笑いで見ている。
本当にその名の通り荷物持ちをやらされているあの使い魔が古老樹、しかも名のあるあの朽ち木様の子だというのだから、古くからこの地に住みその名を恐れていたブノアからすると信じられないものだ。
しばらくすると、荷物持ち君が反応し、ミアが嫌がるスティフィを連れて獣道へと入っていき、すぐに見事な牡鹿を仕留めて帰ってきた。
「大物です! 今年最後にロロカカ様にこんな大物を捧げられました!」
牡鹿は既に血抜きされたようで、傷口からも血は滴っていない。
これだけの牡鹿なら、これだけ人数がいても食料に困ることはなさそうだ。
「はいはい、私にも感謝してよね、ミア」
「もちろんですよ! 明日も、新年の初狩りもその調子でお願いしますよ!」
そう言ってミアは上機嫌で笑った。
その様子を遠くから見ている者がいる。
その距離はまだ遠く山を一つ二つ超えなければならない距離なのだが、この者にとっては距離はないに等しい。
人型はしているが、人間ではない。
白い毛皮をグルグル巻きにした痩身の枯れ木にも見えなくはない。
冬山の王。
本来は山脈のより深くより高い場所にいるのだが、最近、自分を天より貶めた虫種を見つけたため、この辺りまで足を延ばすようになった。
この辺りは別の精霊王の管轄地なのだが、怒りに身を任せている冬山の王にはそんなことを気にしてはいない。
それに彼は天に属する精霊の王であり、最古の精霊王の一人だ。
新参者であり地に属する精霊の王など元より眼中にない。
しかも、その人間たちの中には一度捕まえたはずの人間の姿を既にを見つけてしまっている。
未だ怒りに囚われている王がそれを見逃せるはずはない。
ならば、あそこにいる全員捕まえてやろう、そう冬山の王は思い手を伸ばそうとする。
そして、それが現実になろうとした寸前に、
「あれはダメだよ」
と、声を掛けられる。
冬山の王はゆっくりと振り返り、確かめるまでもなくその場に跪き、頭を垂れた。
それは人間の男に見えた。
立派でまだ新しい雌の猪の毛皮を着ていた。
それ以外の服装はほぼない。わずかに腰蓑を付けているくらいだ。
その格好で吹雪く山の中に急に現れたのだ。
「あれに手を出せば君でも罰せなければならなくなる、わかるか?」
冬山の王は跪きながらゆっくりと頷いた。
いや、頷きざる得ない。相手が悪い。
「古き天空の精霊の王よ。怒りを忘れなさい。さすれば天に帰れる日もおのずと来よう。今のままでは天に帰れぬぞ」
その者はそう跪く精霊王に声をかける。
そして言葉を続ける。
「それにあの学院には、望んでいたわけではないが私の社が作られている、今は冬で建設も中断されてはいるが、春には完成するとのことだ。そうなれば私もあの学院の者を守らねばならぬ。手を出さぬことだ、いいね?」
その者が王にやさしく声をかける。
冬山の王も、その意志に、その身を焼き焦がす怒りに関わらず頷く以外ない。
相手はそれほどの存在なのだから。
「しかし、ロロカカの奴もさっさと印を与えてやればいいものを。まったく巫女を選んでおきながら呑気な奴だ」
その者はそう言ってその場から少し名残惜しそうに姿を消した。
まるで人の作るグレン鍋なるものを一口でも口にしたかった、そんな哀愁を漂わせて消えていった。
ミアが前日にこっそり計画し実行しようと思っていたことをスティフィに告げると、スティフィは不機嫌そうにそう言った。
まだ寒い朝の女子寮にスティフィの言葉が響き渡る。
起き抜けのせいかスティフィがミアの想像以上に不機嫌なことに驚いて、スティフィだから、と少し無理を言いすぎたかとミアも反省する。
スティフィがなんだかんだで自分に甘いのを自覚しているので、どうしてもそこに甘えてしまう部分がミアにもあるのも事実だ。
「どうせ登山するなら前日から、みんなで野営したら楽しんじゃないかって…… エリックさんが言って、確かに楽しそうだなって……」
ミアが言い訳のようにそう告げると、寝起きのスティフィは頭を抱えだした。
「この雪が降り積もる中、山の頂上で丸一日野営とか、頭おかしんじゃないの? 普通に凍え死ぬわよ」
もっともな意見だ。
ミアもそう思う。
実際に、今日も外は雪が降っていているし、山道があるとはいえ、まず間違いなく雪に埋もれている。
そこを頂上まで登らないといけないわけだから、簡単に行くわけはない。
その上で山の頂上で一泊、野営するというのだ。あまり考えたくない。
ただミアにとっては、それすらも娯楽の一部と考えている。
「エリックさんが耐寒用の天幕を持ってくって……」
ミアは少ししゅんとして、そんな言葉を口にする。
それを見てスティフィも自分の使命を思い出す。
自分はミアの親友になり、ミアをデミアス教に引き込まなければならないのだと。
それはそれとして、
「あいつの話を信じるっていうの?」
ミアがエリックを信用している方が、スティフィには驚きだ。
「道具に関しては信頼できますので」
ミアはそれに関しては自信あり、とばかりにそう言った。
そう言われて、スティフィもそれは確かに、と思う。
エリックの実家はそこそこ大きな商会で自分のところで様々な物も開発している。
スティフィが借りたままの連弩もその一つでかなり性能の良い物だ。
「それは…… まあ、確かに」
その商会がエリックに騎士隊で使えと送ってくる試作品なども含めた数々の道具や装備品は、かなり質の良い物ばかりだ。
と、スティフィが一瞬そんなことを考えていると、ミアはその隙を突いて、
「じゃあ、そういうことに決まりましたから!」
と、そう言ってスティフィの部屋を後にして逃げだそうとする。
それをスティフィは襟首を鷲掴み捕まえる。
「はぁ…… 普段使いのじゃなくて、野外用の本格的な毛皮製の外套でも用意しとかないと駄目ね……」
ミアを捕まえつつスティフィはため息交じりにそんなことを漏らした。
「そうですよ、スティフィには当日も狩りをしてもらわないといけませんし!」
さらにスティフィの機嫌というか意志をへし折るべくミアが追撃を掛ける。
ただスティフィが所属しているデミアス教は強者の命令は絶対だ。
ミアはデミアス教の大神官候補と向かい入れる、少なくともダーウィック大神官はそう考えている、ならばスティフィもそれに従うのみだ。
それが叶えば、ミアはスティフィにとって未来の上司ともいえる相手になる。
スティフィがどこまで生きれるかわからないが、それでも慣れていた方が良い。
「あー、はいはい、わかりました、わかりましたよ!」
スティフィは観念して、そう言うしかない。
「じゃあ、私はジュリーさんとルイーズ様に伝えてきますので!」
そう言ってミアはスティフィの拘束から逃げ出そうとするが、スティフィはしっかりとミアの襟首を抑え押しとどめる。
「私も行くから少し待って」
スティフィはもう少し毛布に包まっていたい、と思いつつも身支度をし始める。
何だかんでスティフィはミアに甘い。
それが少なからず現在のミアを形成しているのだが、デミアス教的には欲望のまま生きるミアの姿はありなのだ。
そうして、俗にいうミアちゃん係一行は大晦日の朝から、雪が降り積もる中、裏山の頂上で野営することとなった。
ミア、スティフィ、ジュリー、マーカス、エリックのいつもの面々。
それにこの地方の領主の娘で絶賛家出中のルイーズと、その護衛でめんどくさそうな表情を浮かべているブノアだ。
「保護者もいるので心配ないですね」
と、ミアがブノアを見てそんなことを無遠慮に言うと、ブノアの眉がピクンと一瞬跳ね上がるのをルイーズは見逃さなかった。
「ブノアは私だけの保護者なので勘違いしないでください」
ルイーズがミアにそんなことを言うと、ブノアは疲れた様にゆっくりとため息を吐きだした。
口には出さないものの、ブノアはやはり姉妹なのでは、とこの時には思っていた。
そして、仕方なしとばかりにエリックに荷物の確認をしていく。
学院近くの裏山とはいえ、冬の山を舐めるわけにはいかない。
本当はルイーズには行ってほしくないのだが、表向きは誘われたから仕方なく、という顔をしていて、裏では楽しみにしているルイーズをブノアは説得できなかった。
ならば、安全のための確認だけはしておかなければならない。
その様子のブノアはミアの言う通り保護者でしかない。
ブノアからしてみれば、ミアはルイーズの姉なのかもしれないし、それ以前にベッキオと言う外道狩り衆の頭領の孫娘なのだ。
それに領主のルイからも、ミアをルイーズ同様に守ってくれ、とこっそりと言われてもいる。
ブノアからしたら、面倒な護衛対象が二人に増えただけに過ぎない。
とはいえ、ミアは精霊と古老樹に守られているので、ブノアがわざわざ守ってやることもないことも分かってはいる。
精霊の方はブノアには感じることはできないので、その実力はわからないが、古老樹の泥人形の方はとんでもない性能をしている。
しかも学院の教授の一人が、貴重な素材をことあるごとに与えて、その泥人形の性能が際限なく上がっている。
これは出会った時からではあるが、その時点で自分の手に余るものだったのに、今はもう人間ではどうしょうもないものにまでなってしまっている。
それを考えると、ミアのことはあの古老樹に任せておけばいいか、と、そう考えればブノアも少しは気が楽になる。
「荷物は荷物持ち君の台車に入れてくださいね、揺れるのでしっかりと固定も忘れずに!」
ミアは楽しそうに仕切っているし、それに対してルイーズが細かなダメ出しをしている。
一見して仲が悪そうだが、そういうこともなくミアとルイーズはなんだかんだで気が合うようで、実は仲がいい。
何か楽しそうにこそこそと話し合っていたりもする。その様子はまさに姉妹そのものだ。
ただずっと仲がいいかと言われつとそうでもなく、事あるごとにルイーズがミアに一方的にだが、突っかかっていくことも多い。
まあ、じゃれ合いの範疇であるとブノアも思ってはいるが。
でなければルイーズも、ブノアが行くのを止めるのを躊躇する程、楽しみにはしていないだろう。
あとでマーカスを通じて写し絵を用意してもらって、ミアとルイーズの様子を領主に送っておけば、文句どころか感謝すらされるのでは、とブノアはなんとなく考える。
それにエリックが用意した野営用の装備はどれも文句のつけようがないものだ。
恐らく本場北国の、しかも軍用の耐寒天幕の装備だ。
この装備なら凍えることもないだろうとブノアも安心する。
どこぞの商会の息子と聞いているが、その伝手で用意させたものにしても品質が良すぎる、とも。
まさかブノアも、騎士隊へ試作品として送られてきたものを、そのまま横流しして私用で使っているとは考えていない。
山道と言えど雪の降る中、積もった雪をかき分けて山を登るのは大変なはずだ。
あと半日と少し出発が遅ければ、ローラン教授率いる太陽の戦士団がここを通り、幾分通り易くはなっていたことだろうが。
ただミア達には荷物持ち君がいる。
上位種の古老樹で使い魔の最下位である泥人形でもあるミアの使い魔。
そんな荷物持ち君にとって雪の積もった山道を行くことなど、何の苦に盛らなない。
ミア達は荷物持ち君と彼が引く台車の後をついていくだけでいい。
ついでにルイーズがその台車に最初乗ってはいたが、あまりにも揺れが激しいので投げ出されている。
そして、雪に頭から突っ込んだところをスティフィに散々笑われた後だ。
今のルイーズは不貞腐れながらも無言で雪道を歩いている。
「そう言えば、白竜丸君は元気ですか?」
白い雪を見て、なんとなく下水道の白い鰐のことを思い出したミアがマーカスに聞いてみる。
「流石にこの寒さになると元気はないですね。竜王鰐にとって寒さが一番の弱点かもしれませんね」
そうは言いつつも、地下下水道にはこの寒気も届きにくく冬でも鰐の餌となるものは多く生存している。
それに加え、マーカスが体調管理まで始めた今ではこの二カ月で白竜丸はかなり大きく元気に育っている。
外がこんなんでなければ、元気に大地を走り回っていたかもしれない。
「あの鰐、聞いた話によると相当な怪物らしいわね、なんでも刃物が通らないんだって?」
スティフィもその話に入ってくる。
「ええ、鰐には鱗とその下にある鱗板骨と言う骨があるんですが、特に竜王鰐と言う種はそれが硬いらしくて通常の鉄製の剣では刃が通らないほどですね」
実際に白竜丸に対して実験したわけではない。
白竜丸の世話をするためにマーカスが竜王鰐という品種について色々調べた限りではの話だ。
文献の中には竜王鰐が育つと、火薬を使って鉛玉を打ち出す銃と言う武器の攻撃すら意に返さなくなる、とまで書かれていた。
「しかも、呪術はほぼ完全に無力化して、魔術まで効きにくいんでしょう?」
「そうです。あれでまだ食べ盛りで育ち盛りと言うんですから恐ろしいですね」
マーカスは嬉しそうにそう言った。
呪詛すら喰らう竜王鰐が従順に言うことを聞くので騎士隊としても大助かりである。
厄介で皆やりたがらない地下下水道の掃除を勝手にしてくれるのだから。
騎士隊もその鰐の維持費に多少予算を当てても問題はない程には助かっている。
「流石、竜の王の鰐だな!」
エリックがそんなことを言い出すが、
「正確には、竜の卵を食べた鰐の王、その子孫のことであって、竜の王と言うわけではないですけどね」
と、マーカスが訂正する。
「私、疑問なんですけど、なんでそれでこの卵で言うことを聞くようになったんですか?」
ミアは首から下げている竜王の卵を手に取って不思議そうな顔をしている。
「その卵が竜王の卵で、竜の因子を持つ者に、その卵を通じて、卵の所有者たるミアが命令を下せるからですね」
とマーカスが説明するが、その顔に自信はなさそうだ。
「竜の因子ってなんです? それがまずわからないですよ」
「竜を竜たらしめる因子なんだそうです。まあ、竜も虫種同様に異界から来た生物ですからね、理解できないのももっともですよ」
実のところマーカスもミアに説明できるほど詳しくは知らない。
そもそも竜は通常の生物と生態が違いすぎる。
人間の知識で理解しようとしても理解しきれない部分が多い。
なので、そう言って言葉を濁した。
「そう言えばそう言う話でしたね。まあ、魔術とあまり関係はないから良いと言えば良いんですが、身近にあるとやっぱり気になるんですよね」
ミアは何とも言えない表情で小さな竜の卵を見つめる。
その卵もミアの護衛者なのだと言うが、卵がミアをどう護衛するのか、少なくともマーカスやスティフィには見当がつかない。
ただマーカスは少し思い出したことがある。
「ここだけの話、竜の英雄と呼ばれるハベル隊長も竜の因子を少し保有しているそうなので、ミアの命令を聞いてしまうかもしれない、とのことですよ。本人が愚痴ってました」
マーカスは半分冗談のようにそういったが、ミアがその言葉で何か思いついたような表情を見せた。
「あー、だからハベル隊長、最近、私を避けてるんですね」
その話を聞いて、今度はエリックの眉がひどく跳ね上がった。
竜に憧れ、竜の英雄と呼ばれるハベルを崇拝しているエリックにとって聞き捨てならない話だ。
だが、ミアが悪いわけではない。なので、エリックは話しを変える。
エリックにとって英雄であるハベルがミアを避けているなど想像でもしたくはない。
「で、ミアちゃんのその卵いつ孵るんだよ? 竜、しかも竜王が生まれて来るんだろ?」
そう言われたミアは苦笑いを浮かべる。
「カリナさんの話では、少なく見積もっても百年後以降なので生きているうちに生まれれくれるか怪しいですね」
魔術で老化を止め無ければ、生きているうちに生まれることもないだろう。
普通に考えれば、ミアが生きているうちに卵が孵るとは思えない。
「は? 意味ないじゃない、それミアの護衛者の一人なんでしょう?」
スティフィがミアの話を聞いて、馬鹿らしいとばかりにそんなことを言う。
「いや、これを持っているだけで、とりあえず竜には襲われるどころか守ってくれるようになるらしいですし、若い地竜にならお願いを聞いていただけるようになるとか? そんな話ですよ」
その話を聞いてエリックの表情があからさまに変わる。
「え? まじかよ、なんだよ、すげぇじゃん!」
そう言って、ミアの首からかけられている白く小さな卵を物欲しそうに見つめる。
「まあ、この辺りに竜いないから意味ないですけどね」
と、ミアも自虐的に笑って見せる。
ついでに、エリックはミアのかけている首飾りを触ろうとして既に数度痛い目を見ている。
卵を繋ぐ紐はカリナの髪の毛で編まれていて、ミア以外が手にしようとするならば手痛い仕返しにあう様になっている。
主にオーケン相手に想定されたものではあるが、その第一被害者はエリックだった。
エリックもミアから奪おうとしたわけではなく、ただちょっと竜の卵を触ってみたい、という思いからだけだったが、それでもかなりの痛手を受けている。
実際どうなったかというとミアに危険なので触れないでください、と言われていたエリックがそれを無視して卵に触れようとした結果、不自然に動くカリナの髪の毛に投げ飛ばされている。
今も物欲しそうにエリックはミアの首飾りを眺めはするが、流石にもう手を出そうとはもう考えていない。
「にしても、一面、真っ白ね。山頂まで後どれくらいなのよ」
「もうしばらくかかりますね。荷物持ち君、適当な獲物がいたら教えてください! お肉だけは現地調達なので!」
ミアの言葉に先頭を行く荷物持ち君が振り返って頷く。
ブノアはそれを半笑いで見ている。
本当にその名の通り荷物持ちをやらされているあの使い魔が古老樹、しかも名のあるあの朽ち木様の子だというのだから、古くからこの地に住みその名を恐れていたブノアからすると信じられないものだ。
しばらくすると、荷物持ち君が反応し、ミアが嫌がるスティフィを連れて獣道へと入っていき、すぐに見事な牡鹿を仕留めて帰ってきた。
「大物です! 今年最後にロロカカ様にこんな大物を捧げられました!」
牡鹿は既に血抜きされたようで、傷口からも血は滴っていない。
これだけの牡鹿なら、これだけ人数がいても食料に困ることはなさそうだ。
「はいはい、私にも感謝してよね、ミア」
「もちろんですよ! 明日も、新年の初狩りもその調子でお願いしますよ!」
そう言ってミアは上機嫌で笑った。
その様子を遠くから見ている者がいる。
その距離はまだ遠く山を一つ二つ超えなければならない距離なのだが、この者にとっては距離はないに等しい。
人型はしているが、人間ではない。
白い毛皮をグルグル巻きにした痩身の枯れ木にも見えなくはない。
冬山の王。
本来は山脈のより深くより高い場所にいるのだが、最近、自分を天より貶めた虫種を見つけたため、この辺りまで足を延ばすようになった。
この辺りは別の精霊王の管轄地なのだが、怒りに身を任せている冬山の王にはそんなことを気にしてはいない。
それに彼は天に属する精霊の王であり、最古の精霊王の一人だ。
新参者であり地に属する精霊の王など元より眼中にない。
しかも、その人間たちの中には一度捕まえたはずの人間の姿を既にを見つけてしまっている。
未だ怒りに囚われている王がそれを見逃せるはずはない。
ならば、あそこにいる全員捕まえてやろう、そう冬山の王は思い手を伸ばそうとする。
そして、それが現実になろうとした寸前に、
「あれはダメだよ」
と、声を掛けられる。
冬山の王はゆっくりと振り返り、確かめるまでもなくその場に跪き、頭を垂れた。
それは人間の男に見えた。
立派でまだ新しい雌の猪の毛皮を着ていた。
それ以外の服装はほぼない。わずかに腰蓑を付けているくらいだ。
その格好で吹雪く山の中に急に現れたのだ。
「あれに手を出せば君でも罰せなければならなくなる、わかるか?」
冬山の王は跪きながらゆっくりと頷いた。
いや、頷きざる得ない。相手が悪い。
「古き天空の精霊の王よ。怒りを忘れなさい。さすれば天に帰れる日もおのずと来よう。今のままでは天に帰れぬぞ」
その者はそう跪く精霊王に声をかける。
そして言葉を続ける。
「それにあの学院には、望んでいたわけではないが私の社が作られている、今は冬で建設も中断されてはいるが、春には完成するとのことだ。そうなれば私もあの学院の者を守らねばならぬ。手を出さぬことだ、いいね?」
その者が王にやさしく声をかける。
冬山の王も、その意志に、その身を焼き焦がす怒りに関わらず頷く以外ない。
相手はそれほどの存在なのだから。
「しかし、ロロカカの奴もさっさと印を与えてやればいいものを。まったく巫女を選んでおきながら呑気な奴だ」
その者はそう言ってその場から少し名残惜しそうに姿を消した。
まるで人の作るグレン鍋なるものを一口でも口にしたかった、そんな哀愁を漂わせて消えていった。
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