学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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試験が終わった後の夏休みと海でのいつもとちょっと違う日常

試験が終わった後の夏休みと海でのいつもとちょっと違う日常 その13

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 ジュリー・アンバーの場合、再び

 ジュリーは錯乱してただただ夢中で霧の中を直走っていた。
 自分がどういう経路をたどったのか、それすらも分からない。
 亡者から逃げる一心で走り続けた。力の限り、その息の続く限り。
 辺りからは亡者達の呻き声が聞こえてくる。それこそ四方八方からだ。
 ジュリーは錯乱と恐怖で足を止めることはできなかった。
 息が続かない、ジュリーがそう思った瞬間、霧の中から急に目の前に壁が、それも人工物の、石を組み上げられた建物の壁がジュリーの目の前に現れた。
 急に止まれるほどの反射神経も体力も、そもそも壁を避けるという判断力も錯乱したジュリーにはなった。ただ体力も息も限界だったため、たいした速度はすでに出てなかったのだけは幸いだった。
 一応、石壁に激突しはしたが、勢いがなかったので壁にもたれかかるようにぶつかったようなものだった。ジュリーに目立った怪我はない。
 そのまま、もたれかかるように石壁に手を這わせ、ジュリーは錯乱した頭で逃げ場所をどうにか探る。
 亡者達の呻き声が大きく聞こえる様になることが、さらにジュリーを焦らせる。
 ジュリーは必至で逃げられる方向を探し、石壁伝いもつれそうになる足を必死に動かす。
 ついに息も絶え絶えにもなりながら、少し進んだ所に扉を発見し、その扉をドンドンと力の限り叩く。
「誰だ!」
 と、中から男の鋭い声が返ってくる。
 亡者の呻き声でないことにジュリーは喜び、返事をしようとするが、息を切らしていて上手く返事どころか声を発することすらままならない。
 そうしている間にも亡者の呻き声は大きく近くなっていく。
 ジュリーは必死に扉を開けようと扉を揺らしたが、扉には鍵がかかっているようで開きはしない。



 ミアとスティフィ・マイヤーの場合、再び

 馬車の中は割と平穏ではあった。
 というのも、スティフィが馬車の中から亡者達を観察している限りではあるが、馬車の中にいる限り亡者達に気づかれても無視されるからだ。
 亡者達には何らかの制約でもかされているかのようで、どうも外に出ている人間のみを襲うようだ。
 例え亡者に気づかれても馬車の中にいる限り、亡者達は襲ってくることはない。
 更に亡者達の動きはとても緩慢で、襲われても冷静に対処できるならだが、普通の人間でも振り払う事自体はそう難しくない。
 ただその数は多い。濃い霧の中で何体もの亡者がいるかわからないが、一体や二体の話ではない事だけは確かでそこら中にうようよいる。
 馬車の出入り口から亡者の様子を観察していたスティフィが、ふと馬車内に視線を戻すと、ミアが馬車の床に何かを広げているのがわかった。
 近寄ってみてみると、それがミアお手製の簡易魔法陣であることがわかる。
「え? なにしてんの?」
 それは見たスティフィはそんな言葉が自然と口から出て来た。
 この間に魔法陣はスティフィも何度も見たことのあるもので、ミアがロロカカ神に捧げものを送る時に使うものだ。
「ロロカカ様にお供え物をしようと」
 簡易魔法陣の描かれた防水布をミアは丁寧に伸ばして、皴を潰して綺麗に広げながら当然とばかりに答えた。
 その答えにスティフィの脳は若干理解を拒むが、ミアらしいと言えばミアらしいと結論付ける。
「こんな時に?」
 ただ理解はしていてもそう聞き返さずにはいられない。
 その言葉にミアはしかめっ面をして返して、
「どんなときとか関係ないですよ」
 と、少し不満そうに返事を返した。
 ミアにとっては自身の身の危険よりも、神への捧げ物の方が大事なようだ。
「ああ、うん、わかってたし止めるつもりもないけど……」
 やっぱりミアはどこか常人とは違う。
 スティフィはそう確信したが、この状況下でミアの信仰するロロカカ神にお供えするのは少し面白いとも思った。
 ミアが行っている儀式は、神の招来というかなり高度な儀式で、神そのもの、もしくは神の一部や化身を召喚するといった物だ。
 普通の神にお供え物をする際は、それようのもっと簡易的な儀式があるものだが、ミアは逆にそれを教わっていない、とのことだ。
 お供え物を取りに神自ら出向くなど、ロロカカ神以外ではそうそう聞いたことがない。少なくともスティフィは他には知らない。
 実際に、ミアがお供えする儀式では、恐らくは化身である半透明の御手がお供え物を受け取りに来る。
 神々しくも、寒気がするほど不吉な御手は人間の物ようで人間の物ではない。
 半透明ではあるが二の腕までは確かに人間の物に似ている。そこから先は永遠と二の腕と関節が繰り返し続くような構造になっている。
 正直、見ていると正気を失いそうになる御手だ。
 またそれが動く瞬間を知覚できない。ダーウィック大神官の話では、動いた、という事実のみを残しているのではないか、という話だ。
 あの御手に襲われでもしたら、少なくとも人間では対処のしようがない。
 気が付けば自分の心臓と血を抜き取られて死んでいる事だろう。全ての物理法則を無視して、動いた、という事実しか残さないため、かわしようも防ぎ様もない。
 スティフィがそんなことを考えている間にも、お土産で買っていたものだとばかり思っていた高級酒の瓶をまるごと一本、ミアは簡易魔法陣の中心に置いた。
 そして、簡易魔法陣の欠けている場所を書き足した。
 そうすると霧から若干であるが、魔力が魔法陣に流れ込むのをスティフィは感じた。
 この霧も魔力酔いを起こすほど濃度が高くはないが、魔力自体を含んでいるようだ。
 ただミアは雑な魔力を嫌ってか、それらをミアは自らの魔力制御の能力で魔法陣から払いのける。
 そのままミアは拝借呪文を唱え、ロロカカ神から借りた魔力を魔法陣に流し込み、魔法陣の図柄に沿って魔力を動かす。
 陣に意味と力が宿り、その効力を発揮する。ロロカカ神を呼ぶための道が繋がったのだ。
「ロロカカ様、ロロカカ様。本日の捧げ物です。どうかお受け取りください。珍しい果物のお酒だそうです。ロロカカ様の御口に合えばよろしいのですが」
 ミアが祈るようにそうつぶやくと、すぐに底冷えするような不吉な気配が魔法陣からあふれ出て来た。
 この奇妙な霧なんかよりも、よっぽど不吉で不穏な気配。その気配が霧を退ける様に魔法陣よりあふれ出てくる。
 その瞬間、スティフィは強い刺すような視線を感じた。
 その視線の元に目をやるとそれは馬車の入口にそれはただ悠然と立って居た。
 青い肌をした老人だった。
 がたいがよく筋肉質で背筋にピンとした、毛皮の衣服を身にまとい、骨で作ったような錫杖を持った青い肌の老人。
 その肌の青色は塗料のような鮮やかな青で、全身を青色の塗料で塗っているようにも思える。
 ただし眼だけが黄色く淡く光を発し爛々としている。
 その爛々と黄色く光る眼がこちらを、いや、ミアを凝視していた。
 その存在を知覚した瞬間、スティフィは動けなくなる。体が強張り指一本動かすことができない。
 背筋にゾクゾクした悪寒が走り、全身鳥肌になり、冷や汗が大量に流れ始める。
 それでも指一本動かすことができない。それどころか思考が停止し何も考える事すらできない。
 視線も釘付けにされたスティフィにミアの様子を確かめることもできないでいる。ただただ青い肌の老人を瞬きもできずに見ることしかできない。
 一方でミアはその存在に全く気付いていないのか、ロロカカ様の御手に見惚れていて気づけないのか、青い肌の老人のことに気が付いている様子はない。
 ロロカカ神の御手は、陶器に瓶の表面を無視して、その手を突っ込み、山で取れた獲物の血を吸うように、酒を吸い、その後何事もないかのように魔法陣の中へと去っていった。
 魔法陣の上には、蓋も開けられていない空の酒瓶だけが残されている。
 ロロカカ神の御手が去ると、馬車の入口に立っていた青い肌の老人も消えた。
 それでやっとスティフィは金縛りがとけ、その場にへたり込んだ。
 スティフィは今まで忘れていた呼吸をしだす。そして急に息を吸い込んだことで同時に咳き込む。
 その咳でミアがやっと気づく。
「スティフィ? どうしました?」
 ミアからしてみればスティフィが急に咳き込んだように見えた。
「ゲホッゲホッ、ミ、ミアは、気づかなかったの?」
 スティフィは恐ろしい物でも見た様に、ぎょっとした表情でミアを見るが、ミアには何のことかまるで分っていない。
「なんにです?」
 そう声を掛けながら、咳き込むスティフィの背中をミアはさすった。
「今、そこに、馬車の入口に、青い肌の、何かが、人間じゃないなにかが、ミアを見てたのよ! わ、私は…… 何もできなかった、一歩も動けなかった……」
 何とか息を整えると、今度は汗がドッと噴き出してきた。今更ながらに恐怖を感じ始める。
 あの青い肌の老人を見た瞬間、生きた心地がしなかった。死そのものを見たような、そんな感じすらスティフィは感じていた。
「え? 青い肌? なんですか」
 ミアはそう言って、馬車の入口の方に向かった。
 それをスティフィは止めようとしたが、体がまだ強張りうまく動けずそれを止められなかった。
 ただあの青い肌の老人の気配は既に感じられない。
「あれ、なによ、やばい、外道? 外道種なの? でも違う、そんなちんけな存在じゃない」
 スティフィはあんな存在を今まで感じたこともない。
 それを敵と認識することすら、おこがましいような存在。
 あれが何だったのか、スティフィには理解することができない。ただ超自然的で強大で偉大ななにかだったとしか思えない。
「あっ、確かになんか強い気配を感じますね、この感じは、多分、どこかしらの神様だと思いますけど……」
 馬車の入口まで行ったミアは、そのあたりに残っている青い肌の老人とやらの気配を感じ取り嬉しそうにそう言った。
 スティフィはなぜミアが嬉しそうにしているか、理解ができない。
 少なくともスティフィにはあの存在をとてもじゃないが歓迎などできやしない。
「神…… 様? あ、あれが?」
 そう言われて、スティフィはロロカカ神の御手をのぞけばだが、確かに神の、恐らくは化身をまともに見たのは初めてだったかもしれない、と思い当たる。
 だとするならば、恐らくはあれが亡者達と霧の主であり、冥界の神なのかもしれない。
 そんな存在が何をしにここへ訪れたのだろうか。あの神もミアを気に入りここへやって来たのだろうか。
 だとするとそれこそミアの身が心配だ、ミアを気に入り冥界にでも連れていかれたら手の打ちようがない、そう思って、とりあえずスティフィは荷物持ち君を見るが、荷物持ち君は特に反応を示さずミアの後方に控えているだけだ。
 ということは、ミアを害する神ではなかったと言うことなのか、それともさすがの古老樹も神には手も足も出せないのか、スティフィにはそれの判断もつかない。
 完全にスティフィが判断基準の外側の話になってしまっている。
 スティフィが対処できるのは、所詮人間が相手の場合だけだ。
 スティフィが愕然としていると、
「はい、この気配は多分? もしかするとロロカカ様に会いに来てくれたのかもしれませんね! きっといい神様ですよ!」
 と、ミアがにこやかに笑ってそう言っている。
 他の神がロロカカ神に会いに来てくれたと思い込んでいて、ミアはとても満足そうだ。
「いい神様? あ、あれが?」
 あの死そのもののような、あの存在が。スティフィにはとてもじゃないが理解することができない。
 ただ死を司る冥界の神であるのであれば、スティフィが死そのもの、と感じるのも分かる話だ。
「って、あれ? スティフィ、見てください、霧が晴れていきますよ」
 ミアは馬車の入口から外を見て嬉しそうに手招きしている。
 スティフィはおぼつかない足取りで立ち上がり、冷や汗を垂らしながらもなんとか外が見える場所までたどり着いた。
 そうすると、霧が凄い勢いで、まるで何者からか逃げる様に引いていく様を見ることができた。
 馬車の周りなど既に霧は晴れ渡っているほどだ。
「え? 嘘…… 晴れてる? 霧が…… 霧が物凄い速度で引いていく?」
 スティフィが信じられない物を見る様にそう言うと、その頬に赤い夕陽が当たり始めた。
 それでスティフィはとりあえず解放されたということだけは理解することができた。
 霧が晴れた場所にはミア達が乗っていた馬車の他に、数台の馬車、それと地面にへたり込んでいる数人の人間が確認できた。
 その中には、同じ馬車にいた他の客や御者もいれば、それ以外の人間もいたが、皆一様にあっけにとられた表情だった。
 ただし、その中にジュリーとマーカスの姿だけは確認することができなかった。



 ルイーズ・リズウィッドの場合、再び

 ブノアは自らに課した封印を解き、その体に刻まれた呪痕とも呪印ともとれる刺青を浮かび上がらせる。
 この全身に掘られた刺青こそが外道狩り衆本来の姿であり、禁呪その物でもある。
 それ故、外道狩り衆は影の存在であり、その姿を、その禁呪であるその刺青を見た者を消さなければならない。
 ブノアが刺青を浮かび上がらせたことで、その刺青自体から、魔力とはまた違う、太古から受け継がれた禍々しい気を帯び始める。
 そこで、ルイーズは違和感に気づく。
 禍々しいとはいえ、ルイーズにとっては慣れ親しんだ、その気配のおかげでルイーズ本来の聡明さを取り戻したのかもしれない。
「ブノア、申し訳ないですが、すぐに再度封印を。そして扉を開けてください」
 落ち着きを取り戻したルイーズはブノアに命令する。
「ルイーズ様?」
 その言葉に疑問を持ったブノアが聞き返すが、既に刺青を封印し直す作業だけは始める。
「あの動きの緩慢な亡者達があの様に扉を揺するとは思えません」
 ルイーズの言葉に、ブノアも気づく。
 外にいる亡者は確かにどんな攻撃も受け付けなかったがその動きは緩慢でノロノロとしか動けていなかった。
 そんな存在に扉をガタガタと揺らし続けれることは到底できるとは思えない。
「それは確かに。わかりました」
 ブノアは解いたばかりの封印を自らに課す。
 自らに封印を課すこと自体は容易だ。そもそも外道狩り衆に昔からある呪法の一つでもある。外道狩り衆とはいえ、なにも普段からそんな禁呪の施された刺青のままでいたりはしない。
 外道狩り衆のその力を使うときのみ、刺青を浮き上がらせてその力を利用する。
 ただ、今はその封印を解くのは主と定めた者の命令が必要となる。ルイーズ達が言っている封印とはそういうものでしかない。
 またブノア達の場合は、主はルイーズにあたる。
 手早く自らの呪痕ともいえる刺青を封印し、刺青自体を見えなくしたブノアは、用心深く扉の鍵を外し扉を開けた。
 そこには泣き顔の一人の少女が必死に扉に追いすがっていた。
 しかも、その顔は数時間前に見た顔だ。
 すぐ後ろには亡者達が迫っていたので、ブノアはその少女、ジュリーを抱え込み、すぐに廃屋の扉を閉め、鍵を掛けなおす。
 そして扉を通して外の様子を伺う。
 亡者達の呻き声が間近に聞こえるが、扉を叩くようなこともない。
 しばらくすると呻き声自体が遠ざかって行った。
 どうも建物自体には何らかの理由で踏み込んでこれないのかもしれない。
「あなたは…… ジュリー様?」
 ブノアが外の様子を探っている間に、廃屋へと迷い込んできた少女の顔をルイーズは見て驚いた。
「はぁはぁはぁ…… へ? あっ、あ…… ル、ルイーズ様!?」
 逃げ込んできた少女、ジュリーは床に倒れ込み、息を整えつつも、自分の名前を呼ぶ者を見上げた。
 そこにはジュリーにとっては数日前に見た顔があった。
「先ほどぶりですね、あなた達もあの後すぐティンチルを立ったのですか?」
 ルイーズは若干不審そうにジュリーに問いかけるが、ジュリーはとにかく肺に空気を送り込むことを優先させなければ、まともに喋れる状況でもなかった。
「はぁ…… はぁ…… すぅーはぁー…… さ、先ほど?」
 息をある程度整えた後、ジュリーはルイーズから聞かれたことを思い浮かべるが、訳が分からない。
「え、ええ、先ほどティンチルの砂浜でお会いしましたわよね?」
 ジュリーの反応から、ルイーズも少し戸惑う。
「え? は、はい、ただ、その…… 数日前…… ですよね?」
 ジュリーは、少しかしこまりながらも、確認するようにそう聞き返した。
「何をおっしゃって……」
 ルイーズが不審に思っていると、ブノアが何か気づいたように話に入ってくる。
「ルイーズ様、外にいるのは亡者です。恐らく冥界の者でしょう。このおかしな霧自体が冥界の一部なのかもしれません。霧の中にいる我々も冥界にいるのと同じ。そしてですね、冥界では現世と時間の流れが違うとの話も聞いたことがあります」
 ブノアは真剣な面持ちでそう言った。
「そんなこと本当にあるのですか?」
 ルイーズはにわかに信じれないという表情を見せる。それに対し、ブノアはジュリーの肩を指さした。
「ジュリー殿の肩を見てください、日焼けで皮の剥けた後が見られます。我々が会った時はこのようなことにはなってなかったですよ。流石に数時間で、このような事にはならないのでは?」
 ブノアに言われてルイーズもジュリーの肩の日焼けし、皮が所々剥けている肌を見た。
 少なくとも日焼けして数日はたっているのがそこからわかる。ルイーズがジュリーと会った時は日焼けすらしていなかったはずだ。
「え? あっ、いや、き、汚いものをお見せしてすいません……」
 ジュリーは恥ずかしそうに肩を隠そうとする。
「確かに。数時間でこんなことにはならないですね。では、私と別れて何日経ったんですか?」
 とはいえ、ルイーズには未だそんなこと信じられずにいる。
 聡いからこそ、時間のずれを頭ではわかっていても、それをそのまま認められない。
 それでも一応は確認しておかなければならない。
「え、えっと、初日にお会いして、次の日は使い魔大会で、その次の日に海にまた入れるようになって、今日ですから、三日…… ですか?」
 ジュリーは少し混乱して頭が回っていないのか、すぐに思い出せず、思い出を振り返りながら答えた。
「三日も? 随分と時間のずれがあるようですね。まあ、あとで確認すればわかることですが、あなたはこの状況がどういうものかわかっていますか?」
 驚きはしたものの、年単位でズレていたら、霧の外ではどうなっているか考えたくもない。
 数日であるならばとルイーズは一安心する。
 続いて状況の把握にルイーズは乗り出すが、ジュリーが何か知っているようにははじめっから見えない。
 が、一応は聞いておかなければ万が一ということもある。
「い、いえ、なにも…… 帰りの馬車で中間にある宿場町に向かう途中、夕刻なのに霧が出てきて……」
「それで他の者とはぐれたと?」
「は、はい」
 ジュリーは泣きそうになるのをグッとこらえてなんとか返事だけをする。
「じゃあ、私達となにも変わりませね。この廃屋は安全なのかも不明ですし」
「とりあえず亡者共はこの廃屋、というか建物ですかね。それには手出しできないように思えますが……」
 ルイーズとブノアがここに逃げ込んだ時も、亡者に追われてはいたが建物に何かしてくるようには見えないし、扉を叩いたのもジュリーだけだ。
 亡者達は扉を破ろうともしなかった。
 恐らくはだが、この廃屋にいる限りは亡者に襲われることもないのだろう。
 もしかしたらだが、生きた人間をこの廃屋に留めておくのが亡者達の目的だったのかもしれない、そんなことがルイーズの頭の中によぎる。
「この時間の流れがいびつな場所で助けを待つのは良くないですわよね?」
 けれど、ルイーズはそう判断する。
 そもそも食べ物も水もない状況で長居自体が無理話だ。
「はい。打って出ますか?」
 とブノアが提案したところで、ジュリーを見る。
 アンバー領など吹けば飛ぶような領地だが、ジュリーはそこの正式な貴族であり、客人でもある。
 これではブノアもおいそれと外道狩り衆の力を使うこともできない。
 そのことはルイーズも承知している。
 もしかしたら、この霧の主はそれをわかっていて、ジュリーとルイーズ達を合流させたのかもしれない。
 ルイーズの脳裏にそんなことも浮かんでくる。
 だとすると、やはりルイーズ達はこの廃屋に計画的に追い込まれたという事も、本格的に考えなければならない。
「どうでしょうか、恐らく時間も場所も、この霧の中ではねじ曲がっているんでしょうね。そんな中で外へ出たところで、というのもあります。どうした物かしらね…… これは」
 ルイーズは険しい表情を見せた。
 こんな状況では助けを期待するだけ無駄なこともルイーズには理解できている。
 ただ目的があって集められたら、それを意図した主が何らかの行動を起こすはずだとルイーズは考えている。
 それを今は待つしかないと。



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