学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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日常と非日常の狭間の日々

日常と非日常の狭間の日々 その1

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 ミアは寮の自室で粘土を汗水たらしながら捏ねていた。
 部屋の床に粘土の包装紙を広げ、その上で粘土を捏ねている。
 ミアの頬を伝って落ちた汗が捏ねられている粘土にしたたり落ち、ゆっくりと染み込んでいく。
 そんなことも気にしないようにただひたすらと粘土を捏ねている。
「にしても、蒸し暑いわね。本当に一週間でこんなに気候が変わるだなんて驚きを隠せないわね。ミア、あなたの服も間に合って良かったわね。たしかにあの分厚い巫女服? じゃあ、倒れてもおかしくないわよ。これも元をただせば、依頼掲示板のことを教えてあげた私の功績よね?」
 スティフィが部屋に一脚しかない椅子の背に抱き着きながらだるそうに、話しかけてきた、というよりは独り言のように呟いた。
 実際スティフィの視線はミアの方を向いておらず、その視線は窓の外の空に向かっていて話しかけているとは言いにくい。
「それは…… まあ、そうですね。スティフィのおかげですよね」
 ミアは粘土を捏ねる手を止めて、粘土で汚れていない手の甲で額の汗をぬぐって、その汗を粘土に向けて払い飛ばした。
 その後、スティフィが外を見ているのを確認して、再び粘土を捏ねていく。
「私は金貨三枚もらえたけど何枚もらえたの?」
 スティフィが再び独り言のようにポツリとつぶやいた。
 ミアは再度手を止めて、スティフィの方を見る。
 スティフィはだるそうに椅子の背もたれを抱え込みながら、やはり窓から空を見ていて、こちらを向いていない。
 ミアは私に話しかけているんですよね? と、心の中で自問自答して、一応周りを見回す。
 この部屋にはミアとスティフィしかいない。
 扉も窓も開けっぱなしだが付近にも誰もいない。
 どちらか閉めると風が入ってこなくなり途端に蒸し暑さが増すので閉めるわけにも行かないが。
「私も三枚です。ついでにエリックさんは金貨五枚だそうです」
 ミアがそう言うと、初めてスティフィがミアの方に顔を向けた。
 ただその顔は蒸し暑さでとろけきっていた。
「えぇ? あいつが原因でしょう? なんでそんなにもらえてるの?」
 多少の怒気は感じるが覇気はまったくない。そんな感じだった。
 ミアの聞いている話では特にエリックが原因だったというわけでもないが、それを訂正するつもりもなかった。
「エリックさんの部屋、荷物ごと焼き払われたので、当面の生活費込みとのことだと思いますよ」
 そう言いつつミアはあの汚い部屋を思い出す。
 あそこにいた羽虫が全部外法だったと思うと今でも身の毛がよだつ思いだ。
 焼き払いでもしなければ対処のしようがないのかもしれない。
 あの羽虫に見えていたものには害はないらしいのだが、死体に寄生する外法とのことだ、それだけでも十分に嫌な話だ。
 あの後、何度か検査されて寄生はされていないと結果がでて解放された、そのことにミア自身も安心している。
「なるほど…… そういや、騎士隊寮も新しく立て直すって話よね」
 とろけきった顔でスティフィが、今度はちゃんとミアに視線を送りながら、ダラダラとはしているが、話しかけてくる。
「外法が地下から湧いて出たってことらしいですし、そのまま住むわけには行かないでしょうし…… 今も調査が行われているらしいですよ」
 ミアも現場検証で何度か呼ばれたが、部屋一つ丸々消失していた。
 焼却されたらしいとのことだが、燃えた後というよりはそのまま消失していたといった感じが近かった。
 黒墨のような物はところどころ見られるのだが、焼いたというよりは消滅したと言われる方が納得のいく感じだった。どういうことかというと燃えた後が、それこそ所々にある黒墨くらいしかない。
 臭いもなにも、火がそこにあった形跡がそれしかなかった。
 部屋自体も見る影もないどころか跡形もない、もう床がないので床下といっていいのかもわからないが、そこから半壊した地下室のようなものが見えただけだった。
 エリックの部屋ではなく、その下にあった地下室がシキノサキブレの発生源だったのだという。
「ふーん…… で、ミアは貰ったお金で何買ったの?」
 スティフィは寮の建て替えなどには興味がないようで、また別の話題を振ってきた。
 ミアは買ったものを思い出す。そう多くはない。
「この長衣、同じのを三着と、野外用の外套、それと大き目の鞄ですね。巫女服に仕舞い込んでいた物もこれからは持ち歩かねばなりませんし…… それと泥人形用の申請費用ですね。後はとりあえず取っております」
 机の中に金貨二枚がまだあると思うとどうもそわそわしてしまう。
 それを考えると、扉を閉めたくなるのだが、暖かくなった、を通り過ぎて蒸し暑くなったこの気候ではそうも言ってられない。
「それじゃあ、ほとんど使ってないんじゃないの?」
 そう言われればそうだが、それでも金貨一枚は消えているので、ミアにとっては相当な出費だ。
「いえ、この長衣も野外用の外套も山によく入るので丈夫なものをと注文したので、それなりに高かったですよ」
 一式そろえたら、ちょうど金貨一枚が飛んで行ってしまった。
 それでも、この暑さを考えると買って良かったとミアは考えている。
 もしロロカカ様の巫女服のままだとしたら、恐らく暑さにやられて倒れていたに違いない。
 その巫女服も綺麗に洗濯して今は衣文掛けに掛けられている。
 もうしばらくしたら防虫の護符と共に箪笥にでもしまわないと、と考えてはいるものの、どうしても目に付く場所に置いておきたい心理がミアに働いていてしまえずにいる。
「あー、山用ね。そりゃ高くつくわよね。
 でも、もう少しお洒落でかわいい服買えばよかったのに」
 スティフィが飾り気のないミアの服を見ながらつぶやいた。
 ミアが着ている服はどう見ても実用性重視と言った感じだ。
「いえ、お洒落とか興味ないので」
「そう? それにしたって、せめて違う柄にするとかさ…… 何も同じもの三つも買うことはないんじゃない?」
「同じ生地でなら安くしてもらえたんですよ…… そもそもこの生地も少し高いんですよ。少し特別でかなり丈夫なものらしいんですけど」
 そのかいあってか、注文通りに丈夫に作られている。
 その作りにはミアも大変満足している。きっと職人の腕がいいのであろう。さすが魔術学院で働いているような職人だ。
 もしかしたら助教授の一人だったのかもしれない。教授と違い助教授と呼ばれる人は数多くいるのでミアもその顔を覚えてはいないのでその可能性は十分にある。
 それならこの出来も納得できる。
 それはおいておいて、確かに同じ柄というのは少し寂しい気もするのも事実だ。
「あー、なるほどねぇ、山用ねぇ…… にっしても、暑いわねぇ…… ただ暑いだけじゃなくて、こうジメジメとして蒸しあっつくなるから、なんかイライラするのよね」
 それは確かに、とミアもそう思う。
 リッケルト村も冬は寒く夏は暑いところだったが、ここはリッケルト村とは比べ物にならないほど寒暖の差が激しい。
 というか、本当にここには春という季節がなかった。冬が終わったと思ったら夏が駆け足で来た。そんな感じで未だに信じられない。
 なんでも山にいる精霊王と海にいる精霊王の勢力争いで、こんな気候になっているらしいとのことだ。
「スティフィは元々は北の方の人なんですっけ?」
 スティフィ自身が聞いていないことをベラベラと喋っていた。その中の記憶からたどって会話を続ける。
 さすがに粘土を捏ねる作業も一休みしたい時期だ。
 この蒸し暑さは何もしていなくても体力を奪われる。
 手についている粘土を手をこすり合わせてまとめて落としていく。
「ええ、そうよ。デミアス教は北の方に総本山があるからね。そちら側に居ることが多かったかしらね」
 スティフィは思い出すようにそう言うが、その表情は少し悲しそうに思えた。
 あまりいい思い出がないのかもしれない。
「じゃあ、この暑さはきついんじゃないですか? 北の方は涼しいって聞きましたよ」
「そうね…… あっちは涼しいわよ。 にしても…… あんた靴は買わなかったの? その長靴じゃ暑いでしょう」
 自分ではベラベラと喋る癖に今はあまり昔の話をしたくなかったのか、それともミアを見ていたスティフィがただ単に気が付いただけなのか、ミアが以前と同じ革製のゴツイ長靴のままのことを指摘した。
「それはそうなんですけど、毎日山に入ることを考えると、どうしても似たり寄ったりになってしまうので。裏山は近くにありますが、なかなかあの山は険しいんですよ。一応の登山道しか整備されてませんし、薬草探しているとどうしても獣道に入らないといけないので」
「そりゃそうか…… 毎日、山登ってるんだもんね、普通の服装じゃ大変か…… ところで、この布袋なに? たくさん干してあるヤツ……」
 数枚の布の袋が部屋に紐で吊るされて干されていた。
 そのうちの一枚だけ違う生地で作られていて、さらに妙に汚れているものが干されている。
「あっ、それも買った物でした。生地のあまりで作ってもらったんですよ。 まあ、なんていうか、靴下ですよ、それ。 今まで一枚、いや一足? 一袋? しかなかったので助かりました」
「靴下…… まあ、そんな長靴はいてたらそうよね、必要よね…… 今まで一枚って、それどうなのよ……」
 一枚だけ汚れている布袋を、あからさまに嫌な顔をしてスティフィは自分から遠くの位置に追いやった。
「仕方ないじゃないですか、荷物は盗まれ、路銀も尽きていた状態でなんとかたどり着けたんですから!!」
「なら、その捏ねてる粘土を買う前に、靴下ぐらい買いなさいよ。山に入るなら必要なものでしょうに……」
 スティフィがそう言うと、ミアはあからさまに動揺したようだった。
「うぐっ…… 目先の欲に囚われた結果ですが、こうして泥人形としての使い道をですね……」
 ミアは基本人と話すとき相手の目を見て話すのだが、今はあからさまに視線をずらしている。
 自分でも粘土を買ったことを失敗だったと理解はできているらしい。
 けれど、それを間違いだとちゃんと認めれているかどうかはまた別問題だ。
「どちらかというと、買って持て余しちゃったから、泥人形をって話じゃなかったっけ? にしても、よくこんな暑いのに、粘土なんて捏ね続けられるわよね、そんな汗だくになってまで」
 言われた通り汗だくになっているせいか、既にミアの手は大分前から止まっている。
 今はどうも休憩中、というよりは粘土を捏ねる作業は一旦きりが付いたようにも思える。
「早くその泥人形を作りたいんですよ」
 ミアは汗をぬぐいながらそう答えた。やはりもう今は粘土を捏ねる作業はしないのか、その場にへたり込んだまま休んでいる。
「なんで泥人形なんか?」
 スティフィがそう聞くと、途端にミアの瞳が輝きだした。
「あの裏山、そこそこ獲物がいるんですよ。鹿は実際にこの目で確認できましたし、猪がいた跡も見られました! 私、体力には自信があるんですが、力自体はあんまりないんですよね。鹿や猪を仕留めれても、それを持って帰ってくることできないんですよ。ロロカカ様に捧げて血抜きした後でも、意外と重いんですよ」
「ようは荷物持ちね……」
 確かに死体は重い。スティフィもそのことはよく知っている。
 小鹿などなら話は別だが成獣した鹿や猪を、ミアの細腕で持ち帰ることは確かに無理そうに思える。
「そうですね、その荷物持ちが欲しんですよ。お肉を持ちかえれば、食堂で買い取ってもらえますし、そのお肉にだってありつけますよ。皮だって取れますし、いいことずくめですよ! まだ裏山で狩りをしてはいないですが、もし仮に獲物をしとめれても、ロロカカ様に捧げた後、その場に獲物を放置していかなければならないんですよ。せっかくの縁起が良い物なのに…… その上、薬草の持ち帰れる量も増えますし、そうすれば魔力の水薬もいっぱい作れるようになるので、おかずを毎日増やすことも夢じゃないですよ」
 そう力説しているミアには悪いのだが、スティフィにはどうも失敗するように思えてならない。
 と、言うよりかはミアはロロカカ神以外のことでは、容易く目先の欲に良く眩むような気がしてならない。
 たった一週間くらいの付き合いなのだが、そんなことも既に分かるくらいには、スティフィはミアにべったりと引っ付いている。
「なら罠でもしかけておけばいいんじゃないの?」
 と、スティフィは適当な返事を返す。
 罠にかけても結局は持ち帰れはしないのだが、暑さにやられ適当に返事を返しているのでそのことには気づいていない。
「裏山は狩猟は自由だそうですが、罠の設置等は禁止らしいんですよね。なるべく自然のままにしておきたいらしいです」
 ミアにそう言われて、その理由にスティフィは思いあたりがあった。
「あー、なるほどねぇ…… この学院、珍しく自然魔術の教授がいるって話よね。自然魔術なんてあんまり使いどころないのに、その魔術の教授とか意味あるのかしら……」
 思ったことをそのままスティフィは口にした。
 その言葉にミアは明らかな愛想笑いをしている。
「サリー教授でしたっけ…… 自然魔術ってどんな魔術なんですか?」
「さあ? 私も詳しくはしらないわよ。地脈を使ったり古老樹に力を借りたりとか…… だっけ? 私は術具作成の教授だと思ってたわ。自然魔術なんてほとんど精霊魔術の下位互換だし、あんまりパッとしないから副業で術具を作り出したらそっちが本業になっちゃったとかじゃないのかしらね?」
 自然現象を任意で操れる精霊魔術は、自然魔術の上位互換と思われていることが多い。
 魔術で起こした事象の結果だけを見れば自然魔術は精霊魔術の下位互換であることが多いのも事実だ。
 が、実はそんなこともなくまったく別の分野の魔術と言っていい。
 大自然の霊的恩恵を受ける自然魔術は自然現象とはその原理が実のところ全く別にある。
 また長期間効力を得ることに関しては他の魔術系統の追随を許さないこともあり、術具などの、何かしらの魔術的な効力を持った道具の作成と相性も良かったりもする。
 術具を作る魔術師が自然魔術を学ぶことはとても合理的なことだ。
「そうなんですか? 今度講義に出てみたいですね。自然魔術はともかく術具のほうは気になりますね」
 そう言うミアは真剣な表情を見せている。
 これは間違いなくサリー教授の講義にもでるようになるはずだと、スティフィは確信し話題に出してしまったことを悔いた。
「えー、これ以上講義増やしたら毎日講義だらけになっちゃうじゃん、やめようよぉ、もっと自由を謳歌しようよぉ」
 スティフィ自身、出たい講義はすでにダーウィック大神官の講義くらいしかない。
 いや、新任の教授に、使徒魔術の使い手がいたはずだ、と思い出す。しかも二名もだ。
 片方は太陽の戦士団所属の教授とのことだ。敵情視察という意味でその講義を見てみたい気持ちはある。
 が、もう一人の方がスティフィには興味深かった。噂では悪魔崇拝者とのことだ。
 すなわち、それは魔術の源流ともいえる魔術だ。
 そう、魔術は神の、いや、邪神、悪神の御使いである悪魔から人に伝えられた技術なのだ。それ故に今でも"魔"術と呼ばれている。
 スティフィも使徒魔術にはそれなりの心得があり、魔術学院の教授、しかも魔術の源流ともいえる悪魔崇拝者とらやの実力がどれくらいの物なのか、それには興味がある。
「何のために魔術学院に通っているんですか?」
「ダーウィック教授の講義を受けるためだけよ?」
 嘘ではない。スティフィはそのためだけに、はるばる遠き地よりやってきたのだ。
 それはミアも変わりないとスティフィは思っていたが、ミアはスティフィを呆れた目で見ていた。
「本当にそれだけの理由で遠い地から来たんですか?」
「ミア…… あなた、人のこと言えないでしょう?」
 そう言い返す。ミアだけにそのことを言われたくはない。
 距離的にもミアの方が遠くからやってきているはずだし、道中も話を聞く限り大変だったはずだ。
「私はロロカカ様に言われているんですよ? 是非もないですよ」
 と、さも当然のことのようにミアは言った。
 スティフィは少し呆れたが、それをそのまま口にしなかった。
 あまりミアの前で神の、ロロカカ神の話になるのはあまりよくない。どう転んでもよくない事しか起きる気がしない。
「私にしてみれば、それとそう変わらないものなのよ。この機会を逃したら私にはもう機会はなかっただろうし」
「よくわかりませんね……」
 ミアには理解できない話だろう。そのことは、スティフィも理解できている。
 もし自分があのまま北の地に居たらと考えると、良くて高位の神官たちの愛人だろうか。
 とはいえ、スティフィ的には何不自由ない愛人生活も悪くはないと考えてはいたが。
「にしても、いいの? その捏ねてる粘土、あんたの汗しみ込んでるわよ」
 ぽたぽたとしたたり落ちる汗が今も粘土へとしみこんでいっている。
「ああ、これはわざとですよ。って、スティフィ。あなたも私と同じ講義受けてるはずなのに、なんで知らないんですか?」
 そう言われるが、スティフィには粘土に汗を垂らす意味がまるで理解できない。
 魔術的な理由があるんだろうが、なんか気持ち悪くて汚い、としかスティフィには思えなかった。
「いや、使魔魔術は使い魔の毎日手間がかかる時点で私の興味から消えてなくなったわ。そもそも作るのも手間がかかるし、維持にも手間がかかるしで、私に維持するの無理ね。私はもうミアに付き合って出てるだけで講義の内容なんて一々覚えてないわよ」
「魔術は大概そう言うものじゃないんですか?」
 それはその通りだとスティフィも思う。魔術など利便性より制約尽くめでめんどくさい物ばかりだ。
 それでも粘土に汗をしみこませる意味は分からない。
 魔術的には異物が混じらないほうが、少なくとも魔力効率は良いはずだ。
「でもなんで、汗をしみこませる必要があるのよ?」
「主人をはっきりと確定させるというか、主人と使い魔の縁を確定的なものにするために必要な一環、らしいですよ。それに汗だけじゃなくて、命令を伝達させたり魔力の導線として私の髪の毛も埋め込まないといけないんですよ。じゃないと技量が上の魔術師に乗っ取られたりするんですよ」
「うっげ、なんか気持ち悪い。呪具の類なの?」
 スティフィは自分で言ってて思い出す。使魔魔術なんてものは術具作成というより呪具作成に近い分野の魔術であることに。
 使い魔を倒すときは呪われないように注意しろと、そう言ったことまで教わっていたはずだ。
 血みどろの生活をしていた時期はそう昔ではないのだが、もうずいぶん昔に思えてくる。
「そうしないと乗っ取られはしなくても、私の命令より他人の命令を優先してしまったりするらしいんですよ。なのでなるべく使い魔は自作して主人との深い関係を作っておかないといけないんです。使い魔なんて一種の呪具とそう変わりないんじゃないですか。そう言えばこの学院には呪具だか呪術の教授もいるんですよね……」
 スティフィは前の生活のことを思い出すのをやめた。
 あの生活はもう終わったのだと自分に言い聞かせる。
 ついでに呪術の講義にまで興味を持ってしまったミアの気を紛らわす為に、いや、過去を思い出したくないためにどうでもいい興味ない話をミアに振ったのかもしれない。
「あー、なるほど。それはわかる。汗と髪の毛と、後何が必要なの?」
 スティフィ自身、自分が過去の生活を、これほど拒絶していたことに驚きを隠せないで動揺している。
 当時は特に何とも思ってなかったはずだったのに、だ。
「まあ、汗はそれほど必要じゃないですけどね、ただ捏ねることはかなり重要で必要な事らしいです。想いを込めて捏ねることで縁が深まるそうです。粘土、つまりは泥人形の肉体と私の縁を強化していって継がりが深まるという事です。髪の毛も抜け毛で良いそうなので、毎日少しずつ貯めていってます。まだまだ足りないですけどね。後は人間でいうところの骨の役割をするものと魔力をためておくための器ですね、それらが必要です」
「え? 骨? 骨も使うの? さすがに骨を埋め込むのは引くんだけど?」
 中途半端に話を聞いていたスティフィは、自分の骨を取り出して泥人形に埋め込むのだと勘違いしてしまう。
「いや、骨っていっても私のじゃないですよ。骨のような物で骨そのものじゃなくていいんですよ。泥人形の場合は大体、支え木とか支えって言って、専門的には偽骨っていうらしいですけど、木の棒や生木そのものを使うみたいですね。人形の種類次第ではそれこそ本物の骨を使ったり、金属で作ったりもするらしいですけど」
 そう語るミアの目はなんだか楽しそうに思える。
 なんだかんだ言って泥人形を作るのが楽しくて仕方がない、いや、魔術という学問が楽しくて仕方がないといったようにスティフィには思える。
 その様子を見ていると、この娘は好きで祟り神の巫女になったのだろうか、という疑問が出てくる。
 自分のように他の選択肢がなくて、祟り神の巫女になるしかなかったのでは? と。
 ミアが祟り神に心酔しきっているのも、そうするしかなかったからなのではとさえ思えてきてしまう。
 なら、デミアス教に改宗させるのも、そう悪い話ではないはずだ。
 ないはずなのだが、スティフィにはミアが改宗する未来を想像することができない。
 スティフィは深く考えることをやめた。今はこの自由を楽しもうと思う。
「ふーん、まあ、確かにそうよね。
 魔力で疑似的に動かすからと言って元は粘土だから、ふにゃふにゃよね。何か支えがいるのね」
 こうやって聞いているだけでもスティフィには使い魔を持つことは無理だ、と実感してしまう。
 少なくとも使魔魔術は自分と性が合わないと感じる。
 そう思う一方で、世話も何もなくただ忠実に命令を聞いてくれる使い魔なら欲しいとも思えてしまう。
 多分ではあるが、ミアの泥人形が完成したら羨む自分がいるのだろうと容易に想像できる。
「そうですね、泥人形の粘土、というか本来は粘土じゃなくて泥なんですが、人間でいうところの筋肉のようなもの、って、グランドン教授がいってましたね」
「じゃあ、ミアのは泥人形じゃなくて、粘土人形じゃん」
 そう言うと、ミアの目は更に輝きを増した。
 泥人形のことを説明したくて仕方がないと言った感じに思える。
「一応粘土で作っても泥人形に分類されるらしいですよ。というか、粘土で作った方が高性能なんだそうです。ただ焼くと固まってしまうそうですが…… 泥人形ならその他の部分が無事なら、水を与えるだけで再生できるらしいですけど」
「一長一短ってことね。まあ、普通に使ってたら焼かれるなんてこと無いでしょうし、固まるって土器みたいにってことよね? だったら、そう簡単にそこまで火を入れられるようなことにはならないんじゃないの? ただの荷物持ちなんだし」
 そんなこと言いながらスティフィも表面だけ、しかも可動域を除いて焼けば、べとべとしなくて良いんじゃないの、など考えたりもした。
 それを口に出さなかったのは、言ってしまえば、ミアは実行しかねない。
 さらに失敗する可能性が上がってしまう、というか、まず間違いなく失敗するという確信があったからだ。
 ミアが貧乏になって頼られるのは、まだよいが、スティフィ自身の財源は有限であり、この学院に来るまでに貯めた、言うならば貯金で暮らしているような物だ。
 それでも年齢の割にかなりの額をため込んではいるのだが、ミアと違い収入源がないし、今更稼ぐ気もスティフィにはない。
 貯金が無くなってしまえば、本当の意味で一文無しになるのはスティフィのほうなのだ。
 一人ならば悠々と暮らしていける貯蓄はあるが、二人分、ミアを養う余裕はない。
 なので、スティフィにとっては歯がゆい問題ではある。ミアが貧乏の方が自分に依存させやすいのは確かだが、貧乏しすぎても共倒れしてしまう。
「そうですね」
「で、ミアはその泥人形ちゃんの骨に何を使うつもりなの?」
「まだ考え中ですね。陶器とかも良いそうなんですよ。特に粘土で作った泥人形とは相性がいいらしいですし」
「陶器の骨とかすぐ割れそうじゃない?」
 スティフィはちょっと想像してみるが、簡単に割れそうな気がしてならない。
 まだ生木のほうが耐えそうな気すらする。
「陶器は魔術で復元できる術があるので、それを仕込んでおけばいいと思うのですよ!」
「あ、聞いたことがある。割れても元に戻る壺があるって話…… そんな高度そうな魔術使えるの?」
 割れた壺を自動で元通りに修復できる魔術がある。その存在自体は知っているし、実際にその魔術が施された壺を見たこともある。
 が、それはかなり高度な魔術でありいくつもの系統の魔術を複合してやっと行えるような代物だ。
 少なくとも魔術学院の生徒には手が出ない類の魔術だ。
「今の私じゃ想像もできませんね……」
 ミアもそのことは分かっているようだ。
 お手上げと言った表情を半笑いで見せている。
「じゃあ、ダメじゃん」
「なのでサリー教授に相談してみようかと思うんですよ。泥人形の本体は泥と器なので、その二つは替えがきかないですが、それ以外なら換装がきくので先にとりあえず作っちゃうのもありですけどね。泥部分も大部分が残っていれば、新たに泥を追加していくことは可能らしいですけど、別物、泥人形の体を構成する物を泥から木材なんかには置き換えはできないそうなので」
 そう言ってミアは何か考え込み始めた。
 とりあえず明日以降、サリー教授の講義にでることは決定事項らしい。
 頭の中で講義日程表をスティフィは思い出す。
 明日はとりあえずないはずだし、初級の最初の講義もしばらく先にはなりそうだ。
 魔術学院ではいくつかの等級を何回かに分けて講義をする。
 それは何度も繰り返して開かれていて、生徒は何度でも講義を受けることができる。
 講義を一通り受ければ試験を受ける権利を得て、それを受かればより難しい等級の講義を受けれるようになる。
 ミアもスティフィもまだ入学したてなのでまだ初級の講義しか受けれはしない。
 受けれる講義が少ない分、ほとんどの生徒はその間に生活基盤を、要はこの独立した魔術学院という場所で生きていくための稼ぎ口などを探す時期でもある。
 スティフィは貯えがあるため、そのようなことはしてないが、通常はミアのように稼ぎ口を探すのが普通である。
 なにせ真面目に魔術を修め魔術学院を卒業するには数年から数十年単位で時間がかかるものなのだから。
 ただ魔術師になるわけではなく、魔術の制御と暴走の危険性を減らすことを学ぶだけなら数週間から数ヶ月で卒業自体はできる場所でもある。
 生徒の目的次第で魔術学院の滞在年数は大きく変わる。
「器? 魔力をためておく物よね?」
「はい、それと泥人形を制御するための魔術の術式をまとめておく場所ですね。一般的に泥人形には、石、宝石、生きている苗木なんかが使われるそうです。魔力を貯めておきやすく術式を仕込みやすい物ですね。石は加工や術式の仕込みはしやすいですが、魔力はあんまり溜め込めないですね」
 ミアは本格的に粘土を捏ねることを諦め、手拭いで噴き出してくる汗を拭きとり始める。
 この蒸し暑い部屋でこれ以上粘土を捏ねて居たら、それこそ倒れてしまいそうだ。
 ミアは一呼吸置いてから、先ほどの話の続きを話し始める。
「宝石は魔力をためておくには申し分ないですが、加工も難しく術式を仕込むのも大変です。あとなにより高いです。苗木は術式を仕込むのも楽です。魔力の蓄積量は苗木の種類によりけりですけど。ただ枯らすと元もこもないので世話が出てきますし、そのまま木として成長していく欠点もありますね。あとその後の制御が大変だって話もありますね。木も生き物ですからね」
 と、ミアは楽しそうに語る。
 巫女としか生きてこなかったミアに対して、新しい知識はどれも面白く目に映っているようだ。
「ミアにとっては宝石は論外よね?」
「はい、当たり前です。宝石なんて買う余裕はありません。なので、石か苗木ですね。どちらかよさそうなものを裏山から見つけてきますよ」
 少し遠い目でミアはそう言った。本当は器に宝石を使いたかったに違いない。
 外法を早期発見したという名目でもらった報奨金を使えば買うことはできるだろうが、宝石を買うのはミアには大層勇気がいる事だろう。
 それに宝石自体に元から何らかの力が宿っている為、それに術式を仕込むのは術具作成でも難しい分野だ。
 少なくとも魔術学院に通い始めの生徒にできるような技術ではない。
「あれ? 山なんかで拾う石は危険って話じゃなかったけ?」
 ふと思い出したようにスティフィは口にした。そしてその身を震えさせる。
 ミアに席取りをさせられた最初の授業で、中年くらいで、渋い良い感じの、スティフィ好みの教授がそんなことを言っていた気がする。
「ああ、はぐれ精霊が憑いていることがあるそうですね…… 特に場所柄的に裏山にははぐれ精霊が多く住み着いているそうなので、あの山でむやみに石を拾うのは危ないかもしれないですね…… 魔力と相性の良さそうな石ならなおさらですね……」
 ミアが険しい表情を見せる。
 どうやら、ミアの中では石を使う予定だったようだ。
「んじゃ苗木?」
「そうなるんですが…… 粘土で育つ木となると少し候補を絞らないとダメですね。器に苗木を使うなら、骨部分も木材の方が相性はいいでしょうし…… 色々悩みますね。生きている分、石より術式を仕込むのも大変そうですし……」
 悩んではいるがどこかミアは楽しげだ。
 恐らくこの後、粘土でもよく育つ木を調べるために図書館へ行くことになるだろうとスティフィは確信している。
 図書館は本を貯蔵しておくために、温度も湿度も一定に保たれているというし、きっと居心地も良いことだろう、少なくともミアの部屋よりは数段良いはずだ。
 そこで自分もミアのように打ち込めるなにかを探すのもいい、そんなことをぼんやりと考えはじめた。
「泥人形一つとっても作るの手間ね…… やっぱり私には無理だわ」
 スティフィはミアと一緒に受けた最初の使魔魔術の講義を思い出す。
 泥人形一つとっても作った後でも、その後の手入れが大変だ。ほっておけばカビるし干からびもする。毎日どころかその出来次第では魔力を一日に数度も補充しないといけない。
 一番管理が楽とされる泥人形でもスティフィには、干からびさせる自身がある。
「こう、一つ一つ自分で考えて作っていくの、楽しくないですか? 私は好きですけど」
 その気持ちはスティフィにもわかる。
 わかるのだが、その後の面倒ごとを考えると、どうしても手放しでは喜べないのだ。
「そう言って、魔力の水薬の瓶まで自作しようとして作れなかった人が何言ってるのよ」
 そう言うとミアの表情があからさまに崩れた。
 それまでの表情との落差にスティフィは愉悦を感じてしまう。
「そ、それは言わないでください!! それに今こうやって泥人形として活躍の場があるじゃないですか」
「瓶一つ作れなかった人が?」
 自分の悪い癖だ、と思いつつもミアをからかってしまう。
 ミアをからかうのは楽しいが、将来自分の上司になるのかもと考えると少々怖いところもある。
 とはいえ、ミアがデミアス教に改宗することはまずないと、スティフィ自身がすでにそう思ってしまっているのだが。
「あれは、統一された企画じゃないとダメってサンドラ教授が……」
「まあ、どんなに不格好でも泥人形は一つだけだものね」
「ま、まだ不格好と決まったわけじゃないじゃないですか!! わ、私が泥人形をかわいく作って見せます!!」
「そりゃ完成が楽しみだねぇ」
「ぐぬぬ……
 スティフィこそ、日曜日の午後になんで私の部屋に来ているんですか」
 そう言われてスティフィもなぜだろうか、と思い返す。
 もちろんミアをデミアス教に勧誘するという使命のためだが、それもなんだか二の次になってきている気がする。
「そりゃ…… 友達の部屋へ遊びに来て何が悪いっていうのよ? まあ、三部屋先が私の部屋なんだけど…… どこも一緒でしょう。こう暑いと外に出る気も失せるし」
「そう言えば私、スティフィの部屋入ったことないですよ」
「まあ、何もないわよ。この部屋よりもさらに殺風景ね」
 スティフィは自分の部屋を思い出す。
 本当になにもない。
「あれ? そうなんですか、なんとなくお洒落なお部屋な気がしていたんですが……」
「いやー、私さぁ、ここに来る前は何かと…… 定住するようなことなかったからね。慣れてないのよね。だから荷物はなるべくつくらないようにしているのよねぇ…… 私はもう北へ戻るつもりもないし、卒業したらこの学院で雇ってもらえないかしらね」
 なんとなく本心が漏れる。
 もう北へ戻るつもりはない、もちろん未練もない。
 この学院に着て確かに世界は広がったが、スティフィ自身には何もない。空っぽだ。
「そうなのですか? 私はしっかりと魔術を学んで、リッケルト村に帰りますよ。でも、いいんじゃないんですか。魔術学院に就職するって話」
 ミアはにっこりと笑いながらそう言った。
 スティフィには、なぜだかその笑顔がいたたまれない。
「うーん、まあ、別に秘密じゃないし隠しているわけでもないから言っちゃうけど、ミア、あなた人を殺したことある?」
「え? ないですよ」
 ミアは少し驚いた表情を見せる。
「私はあるの。そう言うことを生業としていたのよ」
 スティフィは言ってしまったことを少し後悔しながら続ける。
「デミアス教で、ですか?」
「うん、まあ、デミアス教の中でも特殊な所だったけどね。ミアがデミアス教に入ってもそう言うことさせられるわけじゃないから安心してね。ミアは大神官候補なわけだし、そんなことはさせられないわよ」
「いえ、入りませんよ。にしても人を…… ですか。よくわかりませんね」
 とミアは返事を返す。
 その様子は普段と変わりないようにしか見えない。
「でもダーウィック教授に聞かれたとき即答していたわよね?」
「ロロカカ様は絶対なので。ん? という事は、ここへも誰かを殺しに来たのですか?」
 と、そう確認してくるミアはさすがに驚いている表情を見せている。
「違う違う。もう狩り手は辞めさせられたのよ。へまして左手を怪我しちゃってね。あんまり動かないのよね、私の左手」
 そう言ってスティフィは左腕を上げるが、確かにどこかぎこちない。
 右手と比べ血色も悪いように見える。
「え? そうなんですか? でも怪我の後とかなかったように思えますけど」
「怪我の痕だけは魔術でごまかしてるだけで、痛覚も実はあんまりないのよ。もううまく動かすことはできないし、もう治らないってさ。普通の怪我じゃなくて、左手の魂ごと喰われちゃったらしいのよね。まあ、それで狩り手としてはやっていけないって話になったのよね」
 スティフィは今自分がどんな顔をして話しているんだろうか。そう思う。
 自虐的に笑っているような気もするし、泣いているような気もする。
「そうなんですね」
 と、ミアはいつも通りに返事をした。
 本当に動じてないようにスティフィには思える。もしかしたら自分に興味がないので適当なだけなのかもしれないが。
「それで、それまでの仕事が評価されて、私はこの学院へ、ダーウィック大神官の元で学ぶことを許されたって感じかな……」
 働いた分の報酬を欲するのはデミアス教でも当然のことだ。デミアス教では欲こそが、欲望こそが唯一無二の正義なのだから。
 逆に欲望を押さえつけるようなことをする方が罰せられる。
「うーん……」
「どうしたの。さすがに話が重かった?」
 少し心配になってスティフィはミアに問うが、
「いえ、なんとなく私がただ思っていたことなのですが、デミアス教とかですと、怪我して使えなくなったら始末されて終わり、っていう風に考えてました」
 と、ミアは言ってきた。
 そう言われてスティフィは一瞬頭が真っ白になる。
「いや、さすがにそんなことないわよ。世間一般では邪教なんて言われているけれども。それなりに信者も多い宗教でもあるのだから。生贄の儀式とかもないし」
「へぇ、それは意外でした。じゃあ、えっと、その狩り手でしたっけ? それはどんなことする人たちなんですか? 私の勝手な想像だと生贄を集めるために人狩りをしてるって感じでしたよ?」
 スティフィはそう言われて、あれ? 私はまだまともな仕事をしていたのかしら? と一瞬だけ思ってしまったがすぐに思いなおす。
 人狩り集団ではなかったが、まともな所ではなかったことだけは確かだ。
「ないない、そんなことしないよ。一言で言うと粛清部隊ね。教団内のイザコザを手早く片付ける…… 的な?」
 思い出せる限り的確に、それでいて柔らかな表現でスティフィはそう伝えた。
 スティフィが請け負っていた仕事はただ相手を殺すだけではない。相手の尊厳を全て踏みにじるような拷問の類などもやってきている。
「やっぱりよくわからないですね、同じ神様を崇めているのに、イザコザが起きるだなんて……」
 ミアは本当に不思議そうにそう言った。
 まるで理解ができない、そう言った表情をしている。
「まあ…… いえ、そうね。ただ神様を崇めているだけじゃ成り立たないのよ。大きな集団になるとね。人殺しが友達だなんて、やっぱり嫌?」
「いえ、特に何も感じないですね。リッケルト村では冬に人死にが出るのは常でしたし…… なんなら口減らしとかもあったくらいです。ある意味、巫女の私にとって死は身近にあるものでしたしね」
 ミアは平然と言った。
 普段と何も変わらない口調でだ。スティフィは自分に興味がないわけではないと思いたいが、そう思えてしまうくらいミアには変化がない。
 なので少しだけ、いつもとは違うことを聞いてみることにした。
 神のことだ。ミアの信じてやまないロロカカ神の話を出せば、その本心もわかるかもしれない。
「口減らしって…… ミアの神様って人の生贄とか求めるの?」
「まさか。ロロカカ様は生贄を求めるような神様じゃないですよ」
 ミアは笑って否定している。
 何バカなことを言っているんですか、というミアの声がスティフィの頭の中で聞こえてくるくらいだ。
「でも、求めたら捧げるのよね?」
 恐る恐るスティフィはそう聞いてみた。
「それはもちろんです。スティフィがそれに選ばれたときは私自ら手を下してあげますよ」
 そう言ってくるミアの黒い瞳はどこまでも黒く暗く深い。
 狩り手だった、幾人もの人間の命を、何の感情もなく奪ってきたスティフィが、この蒸し暑い部屋で寒気を感じるほどの深い狂気を感じえるほどだった。
 この娘は、たとえ本当に親友となっていても、その時は躊躇なくその命を取りに来る、そう確信させるだけの狂気がその目には宿っていた。
「そ、そうならないことを祈るしかないわね……」
 と、スティフィは言うのが精いっぱいだった。
 そして、自分なんかよりもミアの方がよっぽど深い闇を抱えているのだと理解した。
「大丈夫ですよ。ロロカカ様はお優しい神様なんですから!」
 そう言っていつも通りにっこりと笑う友人だと思う少女に、恐怖する反面、自分の秘密を打ち明けてもまったく動じもしない、その異常さに感謝もしていた。



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