学院の魔女の日常的非日常

只野誠

文字の大きさ
上 下
10 / 113
身近に潜む非日常

身近に潜む非日常 事の顛末?

しおりを挟む
 シュトゥルムルン魔術学院の『教授』という地位を持っている人間は実はそう多くない。
 そこらの町よりも広大な敷地をもつ学院には学院長を含め十二人の教授しかいない。
 色々な利権が絡み合った結果、教授という役職を持つ人間の数が取り決められているせいだ。
 その代わりと言っては何だが助教授という立場の人間ならそれなりに数はいたりはする。
 それは今はどうでもいい話で、シュトゥルムルン魔術学院の教授十二名が一堂に会する出来事があった。
 昨日、学院内の敷地にて外法の者、外道が出たというのだ。
 外法の者、魔物、世界の敵、それに対抗するための対外法の者で騎士隊とも並ぶ本拠地とも言っていい魔術学院で外法の者が現れたことは一大事である。
 その教授たちの表情も険しいものが多い。
 中には普段と変わらずに、つまらなそうに虚空を見つめている大男もいるが。
 発覚前とはいえ事前に相談を受けていたフーベルト教授は特に青ざめ深刻そうな顔をしている。
 教授たちは皆、環状の円卓に座っているが、各勢力ごとにまとまって座っている。
 そして円卓には一番奥の席が一席、それと入口から近い場所には数席ほど席が空いている。これから来る者たちのための席なのだろう。
 扉が開く。
 一人の女性がしっかりとした足取りで会議室に入って来る。
 年齢不詳で、気が強そうな、いや、意志が強そうな女性が入って来る。
 十代後半と言えば、さすがに若すぎるが、二十代、三十代、四十代とその中のどれを言われても、納得してしまうような年齢不詳の女性だ。
 続いて、巨大な何かが入って来る。決して背が低いことはない先ほどの年齢不詳の女性の頭が腰にも届かないほどの巨体。
 服装からその性別が辛うじて女という事がわかる人型の何か。
 岩が動いているようにも見える筋肉の塊。滑らかだが大雑把な作りの巨大な肉体を持った人型の生物、一言で言うならば巨人がいた。
 顔だけ見れば、人間基準で美人の類なところではあるが、それが違和感を更に加速させている。
 年齢不詳の女、この魔術学院の学院長であるポラリス学院長は一番奥の空いている席にまで行きそこに腰かける。
 後ろに続いている巨大な女はその巨大な体の割には軽い足取りでポラリス学院長の後に続く。
 常識外れの巨体なのに足音すらしない。まるで浮いているかのように軽やかに学院長の後に続く。
 が、その視線はダーウィック教授に向けられている。
 その視線を受けてか、ダーウィック教授も巨大な女に視線を向けた。
 まるで睨み合っているかのような鋭い視線同士だ。
 その視線を外さないまま巨大な女はポラリス学院長の傍らに立って腕組をした。
 巨大な女の陰に隠れていたせいで、目立たなかったが同じくして三人の男達もこの会議室へと入ってきていた。
 この学院にて騎士隊の責任者ではあるが普段は学院に滞在しておらずこの辺りで『都』と呼ばれる都市に滞在している、騎士隊隊長職にあるガスタル隊長。
 ガスタル隊長は筋肉はついてはいるが、線が細く騎士隊の隊長というよりは参謀、もしくは研究者と言った印象を受ける少し繊細そうな人物だ。
 寝ずに移動してきたせいか、事件のせいか目元に濃いクマができている。
 残りの二人は巨漢、偉丈夫と言って良い体格をしているが、先ほどの巨大な女と比べると子供にしか思えないほどの差がある。
 一人は禿げ上がった頭と、寒いのに剥き出しの腕、その両方に竜の刺青が彫ってある男だが、右足が悪いのか引きずっているように歩いている。
 もう一人は筋肉より贅肉が少し多そうな巨漢だ。
 二人とも元騎士隊で今は騎士隊訓練校の教官をしている。
 その三人が入口付近の円卓の席についたのを確認して、
「日曜日で申し訳ないが緊急事態だ。すまないが付き合ってくれ」
 と、ポラリス学院長が口を開いた。
 教授達からも騎士隊からも反応や返事もない。もちろん不満や異論を言う者もいない。
「まずは報告を聴こう」
 そう続ける。
「では、事の対処に当たった吾輩から報告させて頂く」
 筋肉質でこの寒いのに袖のない服を着ている男、ハベル教官がポラリス学院長のちょうど対面の席から立ち上がった。
 その後、彼は会議中ずっと立ち続けていたがそれを疑問に思う者はいなかった。
 既にそう言う人柄なのだと理解しているかのようだ。
「まずは騎士隊の寮から外法の者が現れたことを詫びさせてください」
 そう言って筋肉質の男は深く頭を下げた。
 何とも言えない重い空気がその場に漂う。
「ハベル教官。頭を上げてください。今回の件、私は事故だと考えています」
 ポラリス学院長がそう言ったことで、その場にいる半数の者から安堵が感じられた。
 特に正面の騎士隊関係者と、ポラリス学院長から見て右手側の席に座っている面々だ。
 逆に左側半分、特に左奥の方の教授たちは我関せず、と言った表情をしている。
「それは…… そうかもしれませんが……」
 ハベル教官は苦悶の表情を浮かべるが、それに続く言葉が出てこなかった。
「それより詳細を」
 ハベル教官からのそれ以上の弁明がなかったからか、ポラリス学院長は事件の詳細を促した。
「では、報告させていただきます。現れたのはシキノサキブレという外法です。その外法の詳細は不明ですが、ある種の死体に寄生するものと思われます。小さいなれどかなりの数が繁殖していたようで、寮の一室ごと焼却処分しました。現段階では再び繁殖しだす様子は見られておりません」
 ポラリスもその名は聞いたことはあったが、名を知っているくらいであまり詳しくはなかった。
 とても珍しく詳細もよくわからない外法の者であることは確かだ。
「この中で、シキノサキブレという外法について詳しい者は?」
 ポラリス学院長が聞くが答えるものはいない。
 が、ポラリス学院長から見て左隣りに座っている教授が誰も答えないのを持ってから、ゆっくりと挙手し、
「シキノサキブレの事例をいくつか学会より取り寄せています。到着には少し時間がかかりますがお待ちください」
 と答え、ポラリス学院長がそれに対して礼を言った。
「カール教授。感謝します。にしても、シキノサキブレか。また珍しいものが現れたものだな。私も死体、しかも死蝋化した死体にだったか? それに巣くう者というくらいしか聞き覚えがない」
「はい、恐らくは死体と思しき物体を基に増殖していました。ただそれが死蝋化していたまでは確認できておりません」
 事の対処に当たったハベル教官がありのままわかることだけをポラリス学院長に報告する。
「相手が寄生型の外法であれば、近づくのも危険かもしれませんし仕方のないことですね」
 白い法衣を着た、少しふくよかな中年女性の教授がハベル教官を擁護した。
「あー、はぃはぃ、我も現場にいましたが、まあ、確かにあの中を近づいて調べるという勇気はありませんな」
 ダーウィック教授の隣の席に座っている顔色の悪い細身の教授がそう付け加えた。
「グランドン教授も現場に?」
 既に中年の域に入っているカール教授が少し驚いたように視線を向ける。
 が、その視線はカール教授の後ろにいる巨大な女と睨み合いをしているダーウィック教授の視線と合ってしまう。
 それでカール教授は慌てて視線を外す。
「はぁい、ご一緒させていただきました」
 そのことを嘲笑うかの様にグランドン教授は、軽薄な返事を返した。
「我々が現場に向かうとき、グランドン教授に出会いましたので同行していただきました」
 ハベル教官もそう証言した。
「なるほど」
 と、ポラリス学院長が納得し、グランドン教授の隣の黒い喪服を着たような女教授の方に視線を送る。
 ポラリス学院長の視線に気づいた女教授はゆっくりと頷いた。
 それでポラリス学院長はグランドン教授が騎士隊寮の近くにいた理由を推し量ることができた。
 彼女の住まいは騎士隊寮の先にある。
「続いて今回の件の流れです。まずエリック訓練生が部屋にコバエが湧くとのことで駆除の依頼書をだし、魔女科のミアがその依頼を受け対処に当たります。その際、虫除けの香が効かないと事前情報があり、そのことでミアはフーベルト教授に事前に相談しにいっています」
「はい、確かに相談されました。この寒い時期にコバエが湧くのはおかしいとは思いましたが、まあ、そう言う種がいないわけでもないので、念のため私用で作っておいた殺虫陣をミアさんに教えました」
 フーベルト教授は青い顔をしながら、あの時自分もついて行けば、と内心後悔している。されども、たとえフーベルト教授でもシキノサキブレを一目見て外道と判断できることはなかっただろう。
 それほどシキノサキブレという外道は珍しく、またその実態がわからない。
 違和感はあるもののやはり小さな羽虫にしか思えない見た目をしている。
「で、その殺虫陣も効果なしとのことで、ミアはエリック訓練生と共にそのコバエの種類を特定するために図書館へと向かい、ミアの友人である魔女科のステフィと共に、図書館で調べているうちに虫種ではなく外法だと気が付いたようです」
 ハベル教官がそう報告すると、ポラリス学院長の隣、カール教授とは反対側に座っている、しかも席の上に胡坐をかいて座っている、深い紺色の法衣を着て白く長い髭を生やしている老教授が閉じていた目を開き、
「ほほっ、よくも調べ上げたものじゃの。昨今、珍しく勤勉な生徒達じゃな」
 そう言った。
 その声は老人には思えないほど強くよく通りはっきりと聞こえる。
「騎士隊に報告したのは巫女科のジュリーと聞いていますが?」
 白い法衣の女教授が少し得意げに、しかも、巫女科、というところを強調して言うが、
「本人はその場に居合わせただけ、と言っておりました。報告当初はエリック訓練生を依り代と思っていたらしく、ミアとスティフィでエリック訓練生を拘束し、その間にジュリーが我々に報告しに来たという話です」
 と、そう言われ白い法衣の女教授は肩を落としてしまう。
「そうですか」
 余りにもわかりやすく落ち込んでいるので、
「ま、まあ、巫女科のジュリーがもってきてくれていた外法図鑑でシキノサキブレの概は把握できたのですが……」
 と、ハベル教官はそう付け加えた。
 それに被るように顔色の悪い教授、グランドン教授が言葉を発した。
 その行為は女教授に張り合っているようにも思える。
「そういえば、エリック君の部屋、随分と汚かったですねぇ……」
「は、はい、我々の監督不行き届きで申し訳なく…… なんといいますか、かなり雑多な部屋となっておりまして、シキノサキブレがあちらこちらに潜んでいましたので、むやみに立ち入るのは危険と判断し、寮内の訓練生を避難させた後、吾輩の魔術で部屋ごと焼却いたしました」
 その言葉を聞いて、紺色の法衣を着た老教授が目を輝かせる。
「噂の竜炎でか? 儂も見たかったのぉ。儂はシキノサキブレなんかよりもそっちの方が興味あるわい。竜の魔術を扱う者は少ないからのぉ」
「ウオールド老、あれはすさまじかったですよぉ。我も初めて見ましたよ。この世の炎とは違う原理で燃える竜炎。精霊を媒介としない異質な炎!! 鉄さえも容易く蝋のように燃やし尽くすのですから、後学のためにも観ておいて損はないと我は思いますよ」
 ポラリス学院長を除けば、このシュトゥルムルン魔術学院の一番古株でまとめ役と言っていい老教授と蛇神に仕える神官にして使魔魔術の教授、その教授達が別の話にそれそうになった時、ウオールド老と呼ばれた老教授はすぐに隣にいるポラリスのちょっとした気配の変化に感づく。
「ふむ、儂もそう思うのじゃが、今はほれ、話を進めんと後が怖いぞ」
「おおっと、これは失礼。ハベル教官、続きを」
 グランドン教授もそう言われポラリス学院長に気づきすぐに下がった。
 ポラリス学院長は法の神の神官である。それ故、光の勢力にも闇の勢力にも同等に接し同等に裁く。
 普段は私情など挟む人ではないが、それだけに一度怒らせると後が怖い。ここにいるものは皆それをよく知っている。
「はい…… で、ですな。エリック訓練生の部屋を燃やし終えた後ですが、床下から地下室とも言うべき空間が出てきまして、そこにシキノサキブレの本体が潜んでおりました」
「死蝋化した死体か…… 報告では、恐らくは犬の物であったとあったが?」
 ポラリス学院長が持っている資料で確認しながらそう言った。
「はい、詳細は…… グランドン教授、お願いできますか?」
 ハベル教官は少し考えたが、私見を挟まず専門家に任せるべきと判断したのか、説明を一緒に現場に来た使魔魔術の教授にお願いした。
 グランドン教授もその意図をすぐに理解した。が、意地の悪い笑顔を見せた。
「あー、はいはい、我はハベル教官の後からチラッと見ただけですがね。地下室と言っても穴を掘って石垣で補強した程度のものですが、儀式的空間を素人なりにも作って居ましたな」
「儀式的空間?」
 一人の教授が怪訝そうに聞き返す。
「はぁい、件の犬は、陣の中に居て地中に半分埋められておりましたぁ。対象が犬というのは陣の内容と見た目からわかったことですな」
 その言葉で、教授たちがにわかにざわめき始める。
 魔術学院内に外法の者が現れたことですら問題なのに、それがもし人為的に呼び出されたものであったらこの学院の存続が危ぶまれる事になりかねない。
 その言葉にハベル教官も苦笑した。グランドン教授に説明をお願いしたときに、ある程度予想はしていたことではある。
「その陣の内容は?」
 少し眼を細くしたポラリス学院長がグランドン教授に聞いた。
 ポラリス学院長に睨まれ、グランドン教授もその薄ら笑いを浮かべている表情を正した。
「死霊術の類ですな。書かれていた神代文字は冥府の神デスカトロカのモノ、ですかな。まあ、我が陣を見れたのは更に竜炎を放たれた後なので、陣も酷く破損し確証はないですが、まず間違いはないかと。後、これも恐らくはですが、術式としては陣内にいる死んでいる犬を冥府の神の力を借りて使い魔として復活させようとしていたもの、ではないかと思われますねぇ」
 使魔魔術が関わっていていたのでハベル教官はグランドン教授に説明を頼んだのだが、当のグランドン教授はそれをわかっててかわからずか、それほど詳しい説明はしてくれなかった。
 恐らくグランドン教授はより詳細なこともわかっていて、さらに今回、外道が現れたことと魔法陣については直接関係がないことは分かっているのだろうが、それを素直に説明したりはしない。
 それは蛇の神を崇拝しているグランドン教授の教義ともいえる何かなのかもしれない。
 それがわかっていても騎士隊の寮から外法の者を出してしまった手前、ハベル教官は苦笑するしかできない。それにグランドン教授の気が済めば、ちゃんと説明してくれるだろう事も理解はできている。
 人を嘲ることが好きな男だが、根っからの悪人というわけでもない。
 それに宗教的な理由で、話をかき回したい人間は厄介なことに彼だけではない。
 その人物は今もひょうひょうとした顔で椅子の上に胡坐をかいている。
「死霊術? 禁止されている魔術なのでは?」
 そう言葉を発したのは、また別の教授だった。
 白い法衣を着た女教授の隣、生真面目そうな男、貴族や貴族に仕える本物の騎士のような少し畏まった服装の教授が怪訝そうな表情で割り込んできた。
「いやいや、中央とは違い、この領では禁止まではされていませんよ。まあ、あまり好まれる術ではないですねぇ」
 それに対して、グランドン教授がおちょくったように半笑いでそう答える。
「そうですが、それは失礼」
 生真面目な教授が軽く頭を下げ謝罪する。
 それにグランドン教授も拍子抜けしたのか、ばつの悪そうな表情を浮かべて返事をした。
「いえいえ、ここは中央とはだいぶ違いますからねぇ、仕方ないですよぉ。ですが特に騎士隊での使用となると…… 地下室まで作って隠したくなるのはわかりますねぇ…… あっ、ついでに我の講義でもこの手の術式、いわゆる死霊術というやつですな、それはさすがに教えておりませんよぉ」
 そこで教授同士のイザコザはやめろとばかりに、いや、自分も混ぜろと言わんばかりにウオールド老がそのよく通る声で割り込んでくる。
「にしても、エリックくんも確か今年からじゃろ? さすがに地下室まで作るのは難しくないかね?」
 ハベル隊長も一息ついて、それを肯定する。
「はい、地下室自体は、それなりに年季の入ったものでした。少なくとも数年やそこらは経っているものと判断しています。少なくともあの地下室はエリック訓練生によるものではないでしょう」
 半壊してはいるが残ってる地下室の状況からそう判断している。
 急造で雑な作られた方をしてはいるが、少なくとも最近つくられた類のものではない。それは確かだ。
「話の途中で申し訳ないですが、部屋の件です。エリック訓練生が住む前から、夜な夜な物音がしたり異臭がしたり視線を感じるとうの苦情があり、空き部屋であることの方が多かったようです。寮の管理人の残していた記録では最後に地下室を作れるほど長期間住んでいた人物は、マーカス・ヴィクター訓練生になるそうです」
 もう一人の教官、筋肉よりは贅肉の多そうな教官がそう進言した。
「学院の問題児マーカスくんか、懐かしい。彼、行方不明になったんじゃったか?」
 ウオールド老が少し悲しそうに髭をいじりながらそう言った。
「冬山の王に会いに行くと置手紙を残して、そのまま…… だったか……」
 カール教授が眉をひそめながらそう言った。
「冬山の? なぜそんな危険な精霊王に?」
 生真面目な、光の勢力の教授たちが闇の勢力の教授ダーウィック教授に対抗するために『中央』と呼ばれる王都よりわざわざ呼び寄せた人物なのだが、その人ですら驚きの表情を見せる。
 精霊王は概、人に友好的だが、そうでない精霊王も存在する。この辺りの地域で冬山の精霊王はその代表格のような存在だ。
 そのような精霊王は人にとっては死神にも等しい様な存在で、交渉の余地すらない。
 ここいらの地方で冬に劇的に寒くなる要因もこの精霊王にある。
 そして、生真面目な教授、ローラン教授の問いに答えれる者はこの場に居なかった。
 マーカスがなぜそんな危険な精霊王に会いに行ったのか、誰もが理解できなかった。
 代わりにというわけではないが、いい加減睨み合いにも飽きたのか、また虚空を見つめていたダーウィック教授がポツリと誰に言うでもなくつぶやく。
「何かと奇行が目立つ生徒でしたが、私は嫌いじゃありませんでしたよ。彼は欲望のままに自由に生きていましたから」
 その言葉を受けてか、ウオールド老もなにかを思い出したように口を開く。
「そう言えば、マーカスくん、確かに犬を飼っておったな。黒と茶色の毛並みの。かわいがっておったのを覚えておるわい」
「では、そのマーカス訓練生が主犯と?」
 ローラン教授がハベル教官の方を見てそう言うが、ハベル教官が何か言う前にグランドン教授が割って入る。
「どうですかねぇ、先ほども言った通り、陣は死霊術の類とはいえ、歴とした神の陣なのは確かです。陣の文法などは素人のソレでしたが、外法の者を呼び出すようなものとは思えまえせんなぁ。まあ、詳しく陣を見れたのは竜炎で破壊尽くされた後なので陣の詳細まではわかりませんが神代文字で書かれいるのは事実ですよ。なんならまだ現場に陣は残っているはずですよ、確かめてみては?」
 グランドン教授がそうまくしたてる。が、他の教授たちはそれに反応しない。
 仕方がないので、グランドン教授はさらに言葉を続ける。
「ですが、残っていたものでわかるのは防腐効果と防虫効果でしょうか、陣として機能していたのは…… この辺りは我の推測でしかないですがな。その陣の効果が生きていたので、腐り果てずにシキノサキブレの触媒になりえたのではないかと?」
 そして、グランドン教授が実際に現場を見て判明していることを述べた。
 やっと説明してくれたかとハベル教官も胸をなでおろした。
「そもそもマーカス訓練生が行方不明になったのは五年も前の話ですよ。
 その魔法陣が生きていたという事もないのでは?」
 そう新しい問いを投げかけたのはカール教授だ。
「いえ、陣自体は生きておりました。吾輩も確認しております。それでその陣が原因なのではと思い…… とっさの判断で…… うかつでした。申し訳ない」
 ハベル教官が苦い表情で答えた。
「その犬の死体、死蝋化はしていたのだろうが、死鬼化はしていたのか?」
 今までのやり取りを見ていたポラリス学院長が口を開く。
 それで、何かを言い出そうとした他の教授たちは口を噤んだ。
「どうでしょうか、とりあえずは動いてはいなかったかと思います」
 ハベル教官が必死に思い出しながら答える。彼の記憶では犬の死体自体に動いている形跡はなかったが、そもそも地面に半分埋められているような状態だった。
 動かないのではなく動けなかっただけではと言われるとそんな気もしてきてしまう。
「昨日はもう結構暗くなっていましたからねぇ…… あれ? でもハベル教官は夜目も利くのではなかったですかな?」
 グランドン教授も動いていたかどうかと言われると、よくわからない。
 彼が視認したと同時に、対象を紅蓮の炎が焼き尽くしていた。
 長年外道と戦い続けててきたハベル教官の勘がこの外法は早急に処分すべきだと判断し、迷うことなく魔術を発動し焼却処分とした結果だ。
 けれど、燃え盛る炎の中でも動いているようには思えなかった。
「はい、吾輩は夜目は利きます。が、犬の周りには、あの虫にようなシキノサキブレが大量にまとわりついていて、はっきりとは…… ですが、それでも動いてはいなかったように思えます。おそらくは死鬼化はしていなかったのでは、と」
 ハベル教官は視線を落とし苦しそうにそう答えた。希望的観測が入り込んでいない、とも言い切れない、といった感じだ。
「カリナ、キミは戦ったことがあるのだったな。何かわからないか?」
 ポラリス教官は視線だけを後ろにいる巨大な女に向けて語り掛けた。
 カリナと呼ばれた巨大な女は、ほんの一瞬だけ嫌な顔をした。
「ん? んー、たいした相手でもないな。ただしぶといだけの奴だったな。燃やすまで何度も復活するような奴だったか。対処したときは簀巻きにして燃やして終わりだ。そういや、燃やしたら非常に臭かったな…… それはよく覚えている。人が燃えるのとはまた違った妙な臭さがあったな、それくらいだな、言えるのは」
 カリナと呼ばれた巨人はぶっきらぼうに答えた。
 その声は意外と高くその巨体には似つかわしくない。
「ふむ? そうなのですか? 特段変な臭いはしていませんでしたが?」
 グランドン教授が不思議そうに発言する。
「それは竜炎を使ったからかもしれません」
 それに対してハベル教官が答える。
 竜炎はこの世の炎ではない。別次元の生物、竜の吐く炎で見た目は火と似ているが、その本質は似て異なるものだ。
 竜炎が燃えたところで煙すらでないし、煤などもでない。
「なるほど、ですねぇ」
 その答えにグランドン教授も納得する。
「現状では、最有力候補はマーカスくんで、エリックくんも被害者と言った感じかのぉ」
 ウオールド老がまとめるようにそう言った。
「そのマーカスくんも同じ訓練生で、さらに行方不明ですけどねぇ」
 そして、グランドン教授が少し茶化すように付け加える。
 それに対して、白い法衣の女教授が少し早口で発言する。
「疑っているわけではありませんが、外法が現れ、報告を受け向かっている最中に偶然グランドン教授と出会い、その先にグランドン教授のお得意の使魔魔術の陣があるのは出来すぎじゃありませんか?」
「それを疑っているというんですよ、エルセンヌ教授。我はただ食事の約束があってそれに向かう途中だっただけですよぉ」
 と、グランドン教授が呆れたように答えた。
「私はお断りしましたが? それとも私以外の誰かとですか?」
 グランドン教授の隣に座っている喪服のような服を着ている、見た目は若そうな外見の女教授が艶やかな声で発言した。
「マリユ教授ぅ…… 我はマリユ教授一筋ですぞ」
 グランドン教授が慌てて弁明する。
「私は興味ないのですのでどちらでもいいですよ」
 と、マリユ教授は興味なさそうに答えた。
 そのやり取りが、まだ続きそうだったので、ポラリス学院長が無理やり割り込んで議題の方向を修正する。
「ハベル教官、グランドン教授。陣が生きていたといったな?」
「え? は、はい」
「確かに生きておりました。その効果までははっきりとはわかりませんでしたが」
 聞かれた二人がそう答えると、
「グランドン教授の目からで構わない。その陣が五年もの間、起動し続けることは可能か?」
 ポラリス学院長は更に深く質問をした。
「難しい、とは思いますねぇ…… ただ、陣の効果が防腐と防虫などの死体の維持だけ機能していたというのであれば、訓練生の身でも五年もの歳月、陣を起動させ続けることはできたのではないですかな。それでもかなりの才能はいるでしょうが。マーカスくん、マーカスくんねぇ…… 彼がどの程度の実力だったか、我の記憶には残っていないですねぇ」
 実際グランドン教授の記憶では使魔魔術の講義にはそれほど出ていなかったように思える。
 どんな生徒だったかと言われると、問題児として有名な生徒、という印象しか残っていない。
「ふむぅ、魔術の才能はあったが勤勉な方ではなかったのぉ。それに彼が信仰していたのは……」
 そう言ってウオールド老が見たのはローラン教授だった。
「我らが太陽神…… ですか? ならば太陽の戦士団の信者だったのですか?」
 少し驚きながらローラン教授は聞き返した。
「いや、太陽の戦士団ではなかったが、ローランくんと同じく太陽神の信者ではあったよ」
 太陽の戦士団という教団は太陽神を崇める教団の一つで誰でも入信できる教団ではなく、資質を持ちその上で難関な試練を突破した者しか入団できない少数精鋭の上級思考の教団である。
 ただ太陽の戦士団に入信できなくても太陽神を信仰している者は多いし、そもそも太陽の戦士団も太陽神を崇める教団のうちの一つでしかない。ただその中で一番上位の教団であることだけは間違いはない。
「そうですか」
 何とも言えない表情をローラン教授は見せた。
「やはり学院長が言っていた通り、事故なのかのぉ? まあ、神代文字で書かれていたという陣であるのならば、外法とはまた別の問題じゃろうて」
 ウオールド老もとりあえず事故という事にしたいのか、良く通る声でそう発言した。
「我もそう思います。陣が生きてた死んでいた、は、まあ、直接は関係ないんですよぉ。 なんせ相手は外法なのですから」
 グランドン教授もウオールド老に乗っかる。
 もし訓練生が外法の者を意識的に呼び入れたという事にでもなれば、廃校になり教授という立場を失うことになりかねない事実だ。
 結局のところ、魔術師にとって魔術学院の教授という立場は、とても魅力的で実益的なものなのだ。
「ならば、なおのとこしっかりと事実を記録し、学会へと上げねばならん。特に不明なことが多い外法だ。今後の為にも、しっかりと調べ上げねばならないだろう。そういう意味では、謎多き外法の詳細がわかるかもしれない機会だ。地下室だったと言ったな?」
 ポラリス学院長が毅然とした声でまっすぐ声を発した。
「はい」
 ハベル教官がそれに頷く。
「ならば、地脈の霊力が魔力の代わりとなって流れ込んでいた可能性もある。この辺りの地脈は複雑だからな。それにより陣が生きて稼働していた可能性もある。サリー教授」
「はっ、はいぃぃ!?」
 急に呼ばれたまだ若く見える女教授で、カール教授の二つ左隣で、ダーウィック教授の右隣に座っている教授が驚いたように返事をした。
 ついでに、ダーウィック教授からはかなり離れた位置に席を置いているし、なんならサリー教授の隣のサンドラ教授もかなりカール教授側に席を置いている。
 教授という役職に就けるような魔術師であれ、ダーウィック教授には畏怖を覚えてしまう。
「ハベル教官に協力してこの件の事後調査をお願いしてもよろしいですか?」
「はっ、はい、承知いたしましたぁ!!」
 上ずった声でサリー教授は慌てて答えた。
 そして返事をした後は、注目されないように小さく身を低くする様に縮こまる。
「続いてグランドン教授」
「はぁい」
「陣が生きていたという事は、可能性が低いが冥府の神がご覧になっていた可能性もなくはない。神託を頂くことはできるか?」
 グランドン教授はそう言われて、確かにその可能性はある、と考えいたる。
 が、可能性はあるというだけで、神が陣から縁があるとはいえ下界を見ているようなことはまずない。それに、そもそも冥府の神には伝手がない。
「残念ながら我が信仰している蛇神とは縁がありませんな」
 そこで、今まで一言も口を開かず目を瞑り静かにしていた教授がゆっくりと手を挙げた。
 座っている席は、マリユ教授の隣で筋肉よりは贅肉の多そうな騎士隊訓練校の教官に挟まれてた位置に座っている。
「カーレン教授、なにかな?」
「一番の新参者故、口を閉ざさせていただいていたが、デスカトロカ神の信者の伝手ならあります」
 ポラリス学院長がその言葉に、いや、カーレン教授の行動に少し驚き返事をする。
「そうか、それは助かる。その信者の方は信頼のおける人かな? そうであればお願いしよう。それとローラン教授もフーベルト教授も、キミの同期のようなものだ。新参者だからと言って、そう気負うものではない」
 顔は左半分に大きな怪我の後があり左目には眼帯を付けているその男は不愛想な表情のままだが丁寧に答える。
「冥府の神の禁忌に触れなければ、気のいい寡黙な男です。十年来の友人ですので信頼はあります」
 その言葉を受けて、ポラリス学院長は一瞬で思考する。
 信頼すべきかどうか。信頼できる人物だったとしても情報を得られる可能性は限りなく低い。
 それでも、なお、外部の人間に頼むべきかどうか。
 思考した結果、ポラリス学院長は、
「そうか、わかった。私はカーレン教授を信頼し、この件は託そう」
 そう判断した。
「御意」
 それに対しカーレン教授はそう言って頭を下げた。
 ポラリス学院長は少し仰々しいと思いつつも、
「ダスタル隊長」
 と、今度は騎士隊の隊長に声をかけた。
「はい、わかっています。エリック候補生の部屋は半壊させてしまいましたが、どうにか原因を突き止めたいと考えています」
 真剣な趣でダスタル隊長は答える。そして、その瞳には決意の光がある。
「すまんな、ダスタル。吾輩が少しやりすぎた」
 と、現役時代は部下だったダスタル隊長にハベル教官は頭を下げた。
「急でしたからね、仕方ないですよ、ハベルさん」
 軽く笑ってダスタル隊長はそう言うが、その額には脂汗が浮かんでいる。
 事の重大さは重々理解できているといった表情だ。
 この訓練校の責任者は現隊長であるダスタル隊長だ。まず一番最初に責任を取らされるのは、自分だと理解している。
 都より急遽呼び出され、一足先に学院までやってきて、そのままこの会議に招集されたダスタル隊長は、実のところ事件の詳細はそれほど知らない。
 この場で一番状況を把握していない。それでも事の重大さは重々承知しているし、騎士隊の全力を持って調べ上げなければならないことだけは理解できている。
「相手が外法の者だ。皆も原因究明のためダスタル隊長に力を惜しまずに貸してやってくれ。で、今回の功労者たちだが、今はどうしている?」
 ポラリス学院長は、そう言いつつも原因もなにも不明のままなのだろう、と、実はそう判断している。
 そもそも外法など法則の外に存在する人では理解しがたい存在なのだ。それを人の身で理解しようとしても理解しきれるものではない。
 その上で今回の件の情報を精査し上に上げなければならない。
 それで、もしかしたら外法図鑑の新刊には、シキノサキブレは犬の死体にも寄生する、と、そう言う文章が乗るくらいだろうか。
 後は色々とお小言を学会のお偉方から聞かされるだろうが、それだけで済む話だ。
 普通の魔術学院なら廃校の可能性もあったが、この魔術学院はそうはならない。
 そのことをポラリス学院長は知っている。
「念のため騎士隊施設内にて隔離、検査しています。今のところ問題ありません。ミアさん、スティフィ・マイヤーさん、それと一応現場に居合わせたジュリー・アンバーさんも。あと騎士隊寮の地下室付近の訓練生を含め一時的にこちらで確保させていただいております。長期に渡り外法と接していたエリック訓練生は別途隔離しております。相手が寄生型ですのでご理解のほどよろしくお願いいたします」
 ハベル隊長の隣に座っている脂肪で太っているのが目立つ騎士隊の教官、マジール教官が答えた。
「まあ、仕方あるまい。そちらの処理は、騎士隊にお任せするよ、マジール教官」
「はい、お任せください」
 そう言ってマジール教官は頭を下げた。
「例の祟り神は…… お怒りには?」
 灰色の服を着た少しおどおどとた女性の教授、地脈の調査を依頼されたサリー教授が小さな声で質問した。
 太った教官、マジール教官は消え入りそうなその声を完璧に聞き取り答えた。
「さあ? 今のところ我々には祟りはないですな。巫女本人は食事が美味しいと大変喜んでくれているくらいです。午後には都より騎士隊の検査官が到着しますので、早ければ今日中に開放できるかと思います。一応はこちらで独自に行った仮検査では問題はなかったのですが、念には念をという事でご了承ください」
「その対応で問題ない」
 ポラリス学院長がそう答えたのに少し食い気味で、白い法衣を着た女教授、エルセンヌ教授が口を開いた。
「今回の件、その祟り神が関わっている可能性は? 五年も放置されていたものが今になって、と考えると……」
 それに対し、ダーウィック教授が目を細め反論する。
「口には気を付けたほうがいいですよ、エルセンヌ教授。例え祟り神であったとしても、神には変わりありません。外法の者に協力するわけはない…… ですよ」
「そ、そうですね、失言でした……」
 ダーウィック教授に睨まれたエルセンヌ教授は委縮し、言葉をなくしてしまう。
「時期も少しですが合いませんね。依頼自体はミアさんがこの学院に来てから出された物ですが、エリック訓練生がコバエどうこう言いだしたのはそれ以前の話で、彼が入居してすぐの話です。それは周りの者からも証言は取れています」
 そう付け足したのは、マジール教官だ。
「んじゃ、問題というか、原因というよりは何らかのきっかけはエリックくんにあるとな? うむ、もしかしたら、その汚い部屋にシキノサキブレを呼び出す要因が隠れていたのかものぉ? ほれ、気の乱れとかそんなんの理由でな」
 ウオールド老が半笑いで茶化すようにマジール教官に投げかける。
「そう…… なるかもしれませんな」
 苦悶の表情を浮かべマジール教官はそれを認めた。
 が、その質問を投げかけた本人が、
「まあ、それはわからんじゃろう。何もかも燃えてしまったんだしのぉ。そして、燃やしたことも、まず間違いはあるまいてな。詳細をまとめて一応学会の方に提出が関の山じゃな」
 と、言い出した。
 マジール教官は、結局この老教授が何が言いたいのかわからなかった。
 ガスタル現騎士隊長と同じく現役時代は上司だったハベル教官に視線で助けを求めると、
「ウオールド老の話は最後の結論の言葉だけ受け取ればいい」
 と小声で教えてくれた。
 そのことでマジール教官は思い出す。この老教授が大いなる海の渦教団の神官長でもあったことを。
 輝く大地の教団、太陽の戦士団と並ぶ光の三大教団の一つである大いなる海の渦教団には一つ厄介な教義がある。
 会議などの場で場をかき回す、といった物だ。
 本来は、話し合いをとことん突き詰めさせて円満に終わらせようというものらしいが。
 なんて、はた迷惑で厄介な教義だ、とマジール教官は思う。
 こちらは職を失うかどうかの瀬戸際だというのに、と思う反面、もうしそうなったらダスタルも当然クビになるだろうから、そうしたら現役時代同様にハベルを頭にして三人で傭兵家業に身を置くのもいいか、などと思い浮かべたりもしている。
 そして、そんなことを思いついてしまう自分をマジール教官は心底嫌いなのだ。
 だからこそ、マジール教官は武骨ながらも真面目なハベルに心酔しきっている。彼が怪我を負い騎士隊を辞めなければならないとき、マジールも騎士隊を辞め訓練校の教官の地位にハベル同様に収まった。
 その後、この地域の隊長の座に就いたのが、今の隊長のダスタルだ。
「スフィティ・マイヤー……」
 ローラン教授が怪訝そうな表情を見せてそう呟いた。
 本当に小さい呟きだったが、席の離れたダーウィック教授が反応した。
「彼女がなにか?」
 ダーウィック教授がゆっくりと視線を向けながら言った。
「いえ、なんでもない。ただちょっと聞き覚えがあっただけです」
 ローラン教授はダーウィック教授に向かい合い世間話でも話すかのようにそう答えた。
「彼女は元狩り手なので、貴方が知っているのも無理はないでしょうか」
 そんなローラン教授に対しダーウィック教授は悠々と真実を答えた。
 デミアス教で言うところの狩り手とは、懲罰部隊のことを意味する。
 それはデミアス教団がどことも揉めていない現在は、という意味で元々は敵となる存在を抹殺するための者達の、いわば暗殺部隊の総称だ。
 狩り手となる者達は幼い時よりそう言った技術を教え込まれた者達で、スティフィのように若い者も多い。
 太陽の戦士団であるならば、その者たちの名を調べ上げていても不思議ではない。
 彼らの主である神々が停戦しているため、今は争ってはいないが、本来は、その時がきたのであれば、仇敵同士と言っても過言ではない関係性なのだから。
「やはりそうでしたか…… しかし、今回の件には関わりない件です。話をそらしてしまい申し訳ない」
 ローラン教授はそう言って軽く頭を下げた。
 ただ本当に聞き覚えがあって声に出してしまったと言うだけで、他意はなさそうに思える。
「うむ…… そうですか」
 ダーウィック教授はつまらなそうにそうつぶやいた。
 そこで、ポラリス学院長は今日これ以上話しても何も進展しないと判断した。
「ウオールド教授、それとカール教授。お二人にこの件を任せてもよろしいかな?」
「かまわんとも」
 ウオールド老が髭をいじりながら返事をし、
「はい、わかりました」
 カール教授がウオールド老その返事を待ってから返事をした。
「グランドン教授とサリー教授も忙しいとは思うが、二人とも調査に協力してやって欲しい」
「はい、お任せを」
「はっ、はい、わかりましたぁ」
 こちらはほぼ同時に返事が帰ってきて、返事が被ってしまったことをグランドン教授は表面上は気にせず、サリー教授は慌てて下を向いて縮こまっていた。
「今回の件は現状では、偶発的に起きた事故という事に断定する。
 騎士隊の方々は引き続き調査をお願いいたします。
 わかったことがあれば、ウオールド教授とカール教授までお願いいたします」
「騎士隊の総力を挙げ、できる限り調べ尽くします」
 ガスタル隊長が真剣な眼差しで答える。
 ポラリス学院長はその目を見て、気迫を感じ満足した。
「それと、そうだな。これくらいはすべきであろうな。今回の功労者たちに金一封でも与えるとしようか。もし彼らがいなければ死傷者が出ていたのかもしれないしな」
 ポラリス学院長は最後にそうつぶやいた。

 こうして結局何もわからないまま会議は終わった。
 事の顛末が全て明らかになるには、今回は相手が悪かったとしか言えない。
 なにせ法の外にいる存在を人が理解するのは困難を極めるのだから、その中でもその真理は理解しがたい部類の外法だったのだ。人の理解を超えている存在だった。ただそれだけのことだ。
 それでも後日、シキノサキブレについて多少なりとも判明することにはなったのだ。
 そのことで外法図鑑に二、三行追加されることになる。
 それでもよくわからない外法のままなのは確かだ。
 しいて言えば、終始何もわからない、という事が今回の事の顛末なのかもしれない。
 

しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...