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第2章
そばにいて欲しい
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「よろしかったのですか、陛下」
はちみつを自室に置くために、エルシャの部屋で二人きりになるとジュノが口を開いた。
「なにがですか?」
「祭りです。
本当は行きたいのではないか?」
「……」
エルシャの自室の窓からは王都が見渡せる。バザールが開かれている辺りからは賑やかな音楽や声が王城まで聞こえてくる。
「行きたくないわけではないですが、やはり、私が行くとなれば多くの人間を動かさなくてはなりません。
建国記念日当日には王都から聖廟まで街をパレードしながら式典に向かいます。
私はそのときに街の様子は見れますから」
「それではバザールの出店巡りは楽しめん」
「街の活気がある様子が見れたらそれで充分です」
即位すると決意したときから、すでに様々なことを覚悟の上で諦めた。
自由に祭りに行く権利、独りになる権利、自由に生き死にする権利、自由に恋愛をする権利。
しかし、恋愛をする権利ははからずも得てしまった。きっと一生に一人だけの好きな人に出会ってしまった。
王になったからジュノと再会できた。大切な人を得たことと引き換えにほかの自由の権利を失うのなら、それでもいいと思う。これ以上の幸せを望むのは望みすぎだ。
窓辺の長椅子に腰かけて王都の街並みを眺める。
今はここで充分だ。
「本当に、それだけか?」
「え、」
ジュノもエルシャの隣に座り、静かに、落ち着いた声でゆっくりと聞いた。
「私が護衛として王の傍にあることが問題なのではないか?
獣人である私と一緒に民の前に姿を見せるのは怖いか?」
「……な、なにを言っているんですか!?
そんなことあるわけない!」
驚いて反論する。
しかし、ジュノはエルシャの手を柔らかく握り、まっすぐに目を見る。その瞳は、決して卑屈になったり皮肉で言っているわけではないことを伝えていた。
「……っ!」
ジュノの手を握り返す。
口に出したくもない事実と、ジュノに伝えたい気持ちがある。それをジュノは自分から聞いてくれようとしている。
「…………怖い、です。
ジュノ殿が、またあんな風に理不尽な目に合うかと思うと、怖いです……!
なににも傷付いて欲しくない。
誰からも傷つけられて欲しくない。
貴方が傷付くのがわかっているのに、人前に出て欲しくない。
ジュノ殿が傷付かないように俺がこの国を変えますから、それからじゃだめですか」
これでは、ジュノが差別の対象になるとエルシャ自身が言っているようなものだ。きっと、なによりそのことがジュノを傷つける。
しかし、それをあえてジュノは言わせてくくれたのだ。
「俺が、今、ジュノ殿を傷つけているかもしれません……。
でも、ジュノ殿に向けられたあのときの目が、言葉が、どうしても嫌で嫌で仕方なかった」
ジュノがエルシャを抱き上げ子供のように膝の上に乗せて抱きしめてくれる。
「我が王は、自分のこととなると命を狙われようとお構いなしで突っ走るのに、なぜ周りの者が少しでも傷付くのを嫌がるのか。
そうだな、それでは、私も少しだけ弱音を吐かせて頂こう」
思わず顔を上げてジュノを見る。
ジュノはいつだって冷静に今できることを積み上げていく。弱音を吐いたり愚痴や文句を言っているところなど見たことがない。
「……聞かせてください。
ジュノ殿の弱音、本当の気持ち、ジュノ殿がなにを言っても、俺はもう嫌いにはなれない」
「はは、そうか。それは、安心だな。
……獣人は、魂が誇り高く在るかどうかだと言ったことがあるな。
しかし、そうは言っても、なんの理由もなく嫌われたり理不尽に攻撃されるのは怖いし、怒りも湧く」
「それは、当然です」
「俺は聖人君子でもなんでもない。
誇り高く在れるかどうかなど、心を鍛えられるものでもない。
だが、心には“よすが”というものがある。
心に思うだけで強く在れるもの、心に在るだけで誇り高く在ろうと思えるもの。
それを持っているのといないのとでは全然違う。
心は傷付く。魂は傷付かんが心は傷付く。
なにをしようとも傷一つない者などこの世にはおらんだろう。
だが、“よすが”があれば、その傷は癒される。
俺にとってそれは、エルシャ殿だ。
俺は強くて誇り高い獣人だが、それはエルシャ殿が居てくれるからそう在れるのだ」
エルシャが居れば、ジュノの心は絶対に折れない。傷付くことはあるかもしれないが、折れることはない。
それはきっと、エルシャにとっても同じだ。
ジュノが傍に居てくれれば、たとえ傷付くことがあっても、きっと乗り越えることができると確信がある。
「うう、大好き、ジュノ」
ジュノの飾り毛に顔を埋める。肺にいっぱいジュノの甘くて重厚な香りを吸い込んで、勇気にする。
ジュノと二人で並んで立つ勇気だ。
お互いがお互いを“よすが”にして、お互いを守るのだ。
バザールではサライだけではなく、世界各国の珍しいものが売られていた。アクセサリーや織物、果物や菓子など様々だ。
もちろん、定番のサライの菓子やケバブ、そして建国者である聖人をモチーフにした雑貨などもある。
「うわぁ、子供の頃以来だ……!
ケバブだ! 食べよう、ルーファス!
あ、あれなんだろ、ねぇルーファス!」
やはり、年頃もあってかニールは街の活気あふれる様子の中を歩くのが楽しいようだ。
目立たない地味な色味のローブを着てフードを頭から被り、母親譲りでエルシャと同じ輝かんばかりの金髪を隠しているが、これだけはしゃげば嫌が応にも目立ってしまう。
しかし、ニールの笑顔には代えがたいと、ルーファスはニールを窘めることも止めることもなく、苦笑しながら付いて歩いた。
「ナイト様、私から離れないでください」
声をかけてみるが、ニールは生返事ばかりで目の前の露店に夢中だ。まるで仔犬のようにあちこちに興味を持ち忙しなく動き回っていて、少しも目を離せない。
自由に見せてやりたいが、街の中は普段よりも一層人が多く、一瞬でも人混みに隠れて姿が見えなくなるだけで背筋を冷たいものが走る。
このまま居なくなってしまったらと思うと、自由に遊ばせてやりたいよりも、怖さの方が先に立つ。
ニールのまだ成熟しきっていない細い腕を掴んで引き寄せた。
よろけたニールがルーファスの片腕にすっぽり背中から収まったところで、すかさず腹に腕を回す。
「な、な、なにして……!
ルーファス! 離して!」
「ナイト様が私から離れてしまわれるなら仕方ありません。
逃げられないように捕まえておくことに致します。
私から離れようなんてしなければ良かったと後悔するくらい恥ずかしい思いをすることになりますよ」
にっこりと笑って、ニールの顔のすぐ横で囁く。
「ひっ……!」
ニールが真っ赤になりながら耳を押さえて、首を横に振った。
「は、離れない! 離れないから……!」
それを聞いたルーファスが満足気に頷いて、しかし手はニールの背中に添えられたままだ。
「そんなに急がなくても店はなくなったりしませんよ。
一つ一つゆっくり見て回られたらどうです?」
「店はなくならないけど、僕たちの時間はなくなってしまうだろ、ルーファス。
日暮れまでに全部見れないじゃないか」
「一日かけても全部は無理ですよ。
ナイト様、ほら、ナイト様のお好きな菓子ですよ」
アーモンドやくるみ、カシューナッツを砕いてキャラメルで固めてある菓子が露店に並んでいた。
「本当だ、たくさん買って兄上にもお土産にしよう。
ルーファス、お金ちょうだい」
もともと王弟として軍資金は潤沢に用意があったが、加えて小遣いだと言って小遣いで収まるはずのない金額をエルシャからもらってきた。
この辺り一帯全ての露店を買い占めることができそうな金額はルーファスが預かることにした。
「失礼、ご婦人、こちらを300グラム袋に入れてくれ」
結局、ルーファスが支払い、ニールに持たせた。
「兄上は来れなかったから、お土産をたくさん買って帰るんだ」
「ナイト様は本当にお兄様がお好きですね」
「僕の面倒を見てくれたのは兄上だから……。
……ルーファスこそ、
…………兄上とジュノ殿が、ああして一緒に居るのを見るのは、辛くない?」
ルーファスがニールをまじまじと見る。
ニールはそう言っている自分の方が辛そうな、今にも泣き出しそうな顔をしていることに気付いているのだろうか。
「辛くなどないですよ。
お兄様が幸せになられることが私の幸せそのものです」
「模範的回答。
でも、あんなに見せつけるみたいに目の前でいちゃいちゃしなくてもいいじゃないか。
ルーファスをわざわざお茶に呼んで……。
二人だけでお茶すればよかったんだよ」
ルーファスは少し考えて、なるべくニールが嫌な思いをすることのないように、兄とその恋人がニールに対して気遣った気持ちを無下にしないように、言葉を選んだ。
「お兄様は、立場上、いつどんなことで危ない目に合うかわかりません。
それは、ナイト様もお分かりですよね。
ジュノ殿は、お兄様以上にお兄様の周辺に意識を研ぎ澄ませています。
お兄様がいらっしゃる場所の全ての人間に注意を向け、お兄様が口にされる全てのものを匂いであらためています。どんなものであっても、です」
「……あのとき、僕が渡したはちみつも……」
「もちろん、お兄様はナイト様をみじんも疑っていません。
ナイト様を疑っている素振りすら見せたくないと思っていらっしゃるでしょう。
ジュノ殿は、屋外に出られるお兄様も、ナイト様のはちみつを美味しいと召し上がるお兄様も、お兄様が可愛がられている弟君も、全て守ろうとされていたんですよ。
私のことは、ナイト様が帰って来られたのでお呼び頂いたんでしょう」
ニールは神妙な面持ちで黙っている。
はちみつに毒など入っているわけがないと、気分を害しただろうか。
エルシャもジュノも、ニールのせっかくの土産に毒味などして気分を悪くさせたくなかったから、あのようなやり取りを見せたのだろう。
その気遣いを無駄にしてしまっただろうか。
言わなければ良かっただろうか。
ルーファスは黙ってしまったニールの顔をそっと覗き込む。
「……兄上とジュノ殿にお礼言わなきゃ。
あと、仕方ないから、僕の前だけではいちゃいちゃしていいよって言っとく。
それから、お土産はいっぱい買って、二人ともお腹いっぱいにしてやる」
「いいですね。
私も少し本音を申しますと、それはそれとしてジュノ殿のことはいつか一発殴らせて頂きたいですね」
「……ぷっ、あはは、ジュノ殿は一発くらいじゃびくともしなさそうだけど」
ようやく少しの笑顔を引き出せて、ルーファスは内心ほっとする。
笑った顔が可愛いと思う。いつまでも自分の傍で笑っていて欲しいと思う。
はちみつを自室に置くために、エルシャの部屋で二人きりになるとジュノが口を開いた。
「なにがですか?」
「祭りです。
本当は行きたいのではないか?」
「……」
エルシャの自室の窓からは王都が見渡せる。バザールが開かれている辺りからは賑やかな音楽や声が王城まで聞こえてくる。
「行きたくないわけではないですが、やはり、私が行くとなれば多くの人間を動かさなくてはなりません。
建国記念日当日には王都から聖廟まで街をパレードしながら式典に向かいます。
私はそのときに街の様子は見れますから」
「それではバザールの出店巡りは楽しめん」
「街の活気がある様子が見れたらそれで充分です」
即位すると決意したときから、すでに様々なことを覚悟の上で諦めた。
自由に祭りに行く権利、独りになる権利、自由に生き死にする権利、自由に恋愛をする権利。
しかし、恋愛をする権利ははからずも得てしまった。きっと一生に一人だけの好きな人に出会ってしまった。
王になったからジュノと再会できた。大切な人を得たことと引き換えにほかの自由の権利を失うのなら、それでもいいと思う。これ以上の幸せを望むのは望みすぎだ。
窓辺の長椅子に腰かけて王都の街並みを眺める。
今はここで充分だ。
「本当に、それだけか?」
「え、」
ジュノもエルシャの隣に座り、静かに、落ち着いた声でゆっくりと聞いた。
「私が護衛として王の傍にあることが問題なのではないか?
獣人である私と一緒に民の前に姿を見せるのは怖いか?」
「……な、なにを言っているんですか!?
そんなことあるわけない!」
驚いて反論する。
しかし、ジュノはエルシャの手を柔らかく握り、まっすぐに目を見る。その瞳は、決して卑屈になったり皮肉で言っているわけではないことを伝えていた。
「……っ!」
ジュノの手を握り返す。
口に出したくもない事実と、ジュノに伝えたい気持ちがある。それをジュノは自分から聞いてくれようとしている。
「…………怖い、です。
ジュノ殿が、またあんな風に理不尽な目に合うかと思うと、怖いです……!
なににも傷付いて欲しくない。
誰からも傷つけられて欲しくない。
貴方が傷付くのがわかっているのに、人前に出て欲しくない。
ジュノ殿が傷付かないように俺がこの国を変えますから、それからじゃだめですか」
これでは、ジュノが差別の対象になるとエルシャ自身が言っているようなものだ。きっと、なによりそのことがジュノを傷つける。
しかし、それをあえてジュノは言わせてくくれたのだ。
「俺が、今、ジュノ殿を傷つけているかもしれません……。
でも、ジュノ殿に向けられたあのときの目が、言葉が、どうしても嫌で嫌で仕方なかった」
ジュノがエルシャを抱き上げ子供のように膝の上に乗せて抱きしめてくれる。
「我が王は、自分のこととなると命を狙われようとお構いなしで突っ走るのに、なぜ周りの者が少しでも傷付くのを嫌がるのか。
そうだな、それでは、私も少しだけ弱音を吐かせて頂こう」
思わず顔を上げてジュノを見る。
ジュノはいつだって冷静に今できることを積み上げていく。弱音を吐いたり愚痴や文句を言っているところなど見たことがない。
「……聞かせてください。
ジュノ殿の弱音、本当の気持ち、ジュノ殿がなにを言っても、俺はもう嫌いにはなれない」
「はは、そうか。それは、安心だな。
……獣人は、魂が誇り高く在るかどうかだと言ったことがあるな。
しかし、そうは言っても、なんの理由もなく嫌われたり理不尽に攻撃されるのは怖いし、怒りも湧く」
「それは、当然です」
「俺は聖人君子でもなんでもない。
誇り高く在れるかどうかなど、心を鍛えられるものでもない。
だが、心には“よすが”というものがある。
心に思うだけで強く在れるもの、心に在るだけで誇り高く在ろうと思えるもの。
それを持っているのといないのとでは全然違う。
心は傷付く。魂は傷付かんが心は傷付く。
なにをしようとも傷一つない者などこの世にはおらんだろう。
だが、“よすが”があれば、その傷は癒される。
俺にとってそれは、エルシャ殿だ。
俺は強くて誇り高い獣人だが、それはエルシャ殿が居てくれるからそう在れるのだ」
エルシャが居れば、ジュノの心は絶対に折れない。傷付くことはあるかもしれないが、折れることはない。
それはきっと、エルシャにとっても同じだ。
ジュノが傍に居てくれれば、たとえ傷付くことがあっても、きっと乗り越えることができると確信がある。
「うう、大好き、ジュノ」
ジュノの飾り毛に顔を埋める。肺にいっぱいジュノの甘くて重厚な香りを吸い込んで、勇気にする。
ジュノと二人で並んで立つ勇気だ。
お互いがお互いを“よすが”にして、お互いを守るのだ。
バザールではサライだけではなく、世界各国の珍しいものが売られていた。アクセサリーや織物、果物や菓子など様々だ。
もちろん、定番のサライの菓子やケバブ、そして建国者である聖人をモチーフにした雑貨などもある。
「うわぁ、子供の頃以来だ……!
ケバブだ! 食べよう、ルーファス!
あ、あれなんだろ、ねぇルーファス!」
やはり、年頃もあってかニールは街の活気あふれる様子の中を歩くのが楽しいようだ。
目立たない地味な色味のローブを着てフードを頭から被り、母親譲りでエルシャと同じ輝かんばかりの金髪を隠しているが、これだけはしゃげば嫌が応にも目立ってしまう。
しかし、ニールの笑顔には代えがたいと、ルーファスはニールを窘めることも止めることもなく、苦笑しながら付いて歩いた。
「ナイト様、私から離れないでください」
声をかけてみるが、ニールは生返事ばかりで目の前の露店に夢中だ。まるで仔犬のようにあちこちに興味を持ち忙しなく動き回っていて、少しも目を離せない。
自由に見せてやりたいが、街の中は普段よりも一層人が多く、一瞬でも人混みに隠れて姿が見えなくなるだけで背筋を冷たいものが走る。
このまま居なくなってしまったらと思うと、自由に遊ばせてやりたいよりも、怖さの方が先に立つ。
ニールのまだ成熟しきっていない細い腕を掴んで引き寄せた。
よろけたニールがルーファスの片腕にすっぽり背中から収まったところで、すかさず腹に腕を回す。
「な、な、なにして……!
ルーファス! 離して!」
「ナイト様が私から離れてしまわれるなら仕方ありません。
逃げられないように捕まえておくことに致します。
私から離れようなんてしなければ良かったと後悔するくらい恥ずかしい思いをすることになりますよ」
にっこりと笑って、ニールの顔のすぐ横で囁く。
「ひっ……!」
ニールが真っ赤になりながら耳を押さえて、首を横に振った。
「は、離れない! 離れないから……!」
それを聞いたルーファスが満足気に頷いて、しかし手はニールの背中に添えられたままだ。
「そんなに急がなくても店はなくなったりしませんよ。
一つ一つゆっくり見て回られたらどうです?」
「店はなくならないけど、僕たちの時間はなくなってしまうだろ、ルーファス。
日暮れまでに全部見れないじゃないか」
「一日かけても全部は無理ですよ。
ナイト様、ほら、ナイト様のお好きな菓子ですよ」
アーモンドやくるみ、カシューナッツを砕いてキャラメルで固めてある菓子が露店に並んでいた。
「本当だ、たくさん買って兄上にもお土産にしよう。
ルーファス、お金ちょうだい」
もともと王弟として軍資金は潤沢に用意があったが、加えて小遣いだと言って小遣いで収まるはずのない金額をエルシャからもらってきた。
この辺り一帯全ての露店を買い占めることができそうな金額はルーファスが預かることにした。
「失礼、ご婦人、こちらを300グラム袋に入れてくれ」
結局、ルーファスが支払い、ニールに持たせた。
「兄上は来れなかったから、お土産をたくさん買って帰るんだ」
「ナイト様は本当にお兄様がお好きですね」
「僕の面倒を見てくれたのは兄上だから……。
……ルーファスこそ、
…………兄上とジュノ殿が、ああして一緒に居るのを見るのは、辛くない?」
ルーファスがニールをまじまじと見る。
ニールはそう言っている自分の方が辛そうな、今にも泣き出しそうな顔をしていることに気付いているのだろうか。
「辛くなどないですよ。
お兄様が幸せになられることが私の幸せそのものです」
「模範的回答。
でも、あんなに見せつけるみたいに目の前でいちゃいちゃしなくてもいいじゃないか。
ルーファスをわざわざお茶に呼んで……。
二人だけでお茶すればよかったんだよ」
ルーファスは少し考えて、なるべくニールが嫌な思いをすることのないように、兄とその恋人がニールに対して気遣った気持ちを無下にしないように、言葉を選んだ。
「お兄様は、立場上、いつどんなことで危ない目に合うかわかりません。
それは、ナイト様もお分かりですよね。
ジュノ殿は、お兄様以上にお兄様の周辺に意識を研ぎ澄ませています。
お兄様がいらっしゃる場所の全ての人間に注意を向け、お兄様が口にされる全てのものを匂いであらためています。どんなものであっても、です」
「……あのとき、僕が渡したはちみつも……」
「もちろん、お兄様はナイト様をみじんも疑っていません。
ナイト様を疑っている素振りすら見せたくないと思っていらっしゃるでしょう。
ジュノ殿は、屋外に出られるお兄様も、ナイト様のはちみつを美味しいと召し上がるお兄様も、お兄様が可愛がられている弟君も、全て守ろうとされていたんですよ。
私のことは、ナイト様が帰って来られたのでお呼び頂いたんでしょう」
ニールは神妙な面持ちで黙っている。
はちみつに毒など入っているわけがないと、気分を害しただろうか。
エルシャもジュノも、ニールのせっかくの土産に毒味などして気分を悪くさせたくなかったから、あのようなやり取りを見せたのだろう。
その気遣いを無駄にしてしまっただろうか。
言わなければ良かっただろうか。
ルーファスは黙ってしまったニールの顔をそっと覗き込む。
「……兄上とジュノ殿にお礼言わなきゃ。
あと、仕方ないから、僕の前だけではいちゃいちゃしていいよって言っとく。
それから、お土産はいっぱい買って、二人ともお腹いっぱいにしてやる」
「いいですね。
私も少し本音を申しますと、それはそれとしてジュノ殿のことはいつか一発殴らせて頂きたいですね」
「……ぷっ、あはは、ジュノ殿は一発くらいじゃびくともしなさそうだけど」
ようやく少しの笑顔を引き出せて、ルーファスは内心ほっとする。
笑った顔が可愛いと思う。いつまでも自分の傍で笑っていて欲しいと思う。
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