狼騎士は人の王にひざまずく【本編完結】→【第2部連載中】

えん

文字の大きさ
上 下
1 / 13

プロローグ

しおりを挟む
 吹雪の森の中を必死で馬を走らせる。
木々の間から狼の姿が見え隠れする。一頭だけではない。右にも左にも、馬のすぐ後ろにも迫ってきている。
 とうに姿を隠して近付いてくるのを止めたようで、木々のあちらこちらに姿を見せてこちらを翻弄する。獲物はまるでたくさんの狼に囲まれているような錯覚を起こす。
 馬が怯え進まなくなるのを、必死で鞭をふるい走らせる。止まってしまえば馬も自分も狼の餌だ。
 銃を構えてはみるが、ここはもうすでに獣人の国だから狼を殺してしまって戦争を悪化させる懸念が頭を過ぎり撃てない。獣人の国の狼は今まで知っている狼の一回りも二回りも大きく、獣人の獣化した姿なのではとも思ってしまう。
脅し程度の銃声は、狼に見抜かれていた。なんとか逃げ切るしかない。
 自分の心臓の音とはあ、はあ、と激しく吐く息だけが大きく聞こえる。
 仲間二人ともはぐれてしまった。
「ここで死ぬわけにはいかないんだ……!
必ず会わなければ……!」
 吹雪で前が見えないが、それ以前に方向感覚はとっくに狂っていて自分が今どこをどう走っているのかもわかっていない。
 一頭の狼が馬の足に飛びかかってきた。
「くそっ!」
 銃を撃つ。もし狼に当たっても、ここで自分が死んでは元も子もない。しかし、狼は簡単に避けてまた木の間に隠れてしまう。
 今度は反対側から狼が飛び出してくる。銃の乾いた音が木立に響く。
 別の狼が今度は馬上の人間の足目掛けて襲いかかってきた。
引き摺り下ろしてしまえば、人間だけでも餌にできるという考えなのだろう。
「うわあっ!」
 背後から飛んできた狼が馬上の人間のローブへと爪を引っ掛けた。
 馬から振り落されたが深い雪がクッションとなって受け身をとったまま転がる。
 ここぞとばかりに狼が四方から飛びかかり大きな身体の重みと爪が肩に食い込む激痛。
 狼の開けた口の中の赤がやたら鮮明に見えた瞬間、ふと身体が軽くなった。
 上に乗っていた狼が軽々と後方に投げ飛ばされていた。
「……?」
 群がっていたほかの狼たちも次々に首ねっこを持って投げ飛ばされ、木に背中をぶつけてぎゃん! と鳴く。
 見上げると、大きな狼など比ではないほど大きな人型のシルエットがこちらに背を向けて狼たちの前に立ちはだかっていた。しかし、頭には尖った耳が辺りの気配を窺い、腰にはふさふさとしたしっぽが垂れている。
 獣人だ。
 そう思った瞬間、その獣人がわずかにこちらを振り向いた。顔は口吻が長く、瞳が煌々と光り、頭や袖口から先の手も暗闇に浮かび上がる白銀の被毛で覆われていて、吹雪の中で白い雪と相まって神々しいほどに美しい。
「悪いな、この時期はみな飢えていてな」
 狼たちはぐるぐると不満気に牙を剥いて抗議している。
「これは客人だ、今後見かけても手を出すことは許さん。
後で砦へ来い、羊の肉をわけよう」
 獣人の言葉を理解したのか、狼たちは牙を引っ込めて森の奥へと帰っていった。
 獣人は振り返り、手を差し出す。その手を恐る恐る掴むと、強い力で引き起こされた。「ありがとう、助かった」
 その声はまだ年若い青年のものだった。
 ローブはぼろぼろに破れ、フードは脱げてしまっていて、柔らかそうな金髪が暴風に吹かれている。その隙間から見える瞳は澄んだブルーグリーンだ。頭髪以外に肌には被毛がなく、耳は顔の横に付いている。
「人族か。まだ子供じゃないか、戦地から逃げてきたのか?」
 獣人の国と人族の国は今戦争中だ。ここは獣人の国の内部であり、人族にとっては敵地だった。
「子供じゃない、もう十六だ。
貴殿の隊服は銀狼国の騎士団のものとお見受けする。
頼みがある……!
そちらの隊長殿と会わせて欲しい!
頼む、決して怪しいものではない。
エルシャーディルという名を伝えてくれ」
「エルシャーディルだと……?」
「そうだ、国王なら名をご存知である!
人族のサライ国と銀狼国との休戦を申し出る書状を預かってきている!
書状にエルシャーディルのサインもある。
銀狼国の国王に取次ぎを願いたい!」
 必死で獣人の隊服に取り縋る青年を、獣人の青い目が訝しげに見下ろす。
 まかり間違えば、今この場で殺されるかもしれない。しかし、全て覚悟の上で冬の雪山を越えて敵国へ入ってきたのだ。死の覚悟などとうにしている。
 このまま戦争が悪化し人族の国が滅びるか、それとも休戦の協定が結ばれまだ国として生き残る手段があるかの分かれ目なのだ。
 雪山を越えたときも、国境の警備を突破したときも、狼に襲われたときも、死ななかった。天はまだ、サライに、人族に、チャンスを与えてくれようとしている。
 それならば、今ここで、自分が死ぬ道理はないだろう。
 いや、たとえば自分が殺されたとて、この獣人が書状を銀狼国の王へ渡してくれさえすれば、誰かがこの密約を進めてくれる。 
「頼む。
俺を怪しむのなら捕えて捕虜にでもすればいい。
その代わり、この書状を国王に渡すと約束して欲しい。
俺の命と引き換えに、この書状を渡すと約束してくれ」
「お前、俺は銀狼国の騎士団だぞ。
人族の言葉を信じるとでも思っているのか。
お前をここで殺し、書状など読みもせず破り捨て、越境してきた敵国のスパイを狼の餌にした、と報告を上げるだけかもしれんぞ」
 この獣人は信用できる。なぜか、そう直感していた。きっと、この書状を隊長なり国の要人なりに渡してくれる。そう確信していた。
 青年をじっと見つめる青い双眸は、戦争時特有の狂気も持たず、人族への憎しみや歪んだ正義感に捕らわれていることもないように見えた。
「貴殿はきっと渡してくれる」
 しばらくお互いに睨み合うように相手を見据えた後、獣人が軽くため息をついた。
「……預かろう。
必ず国王の手に渡るよう約束する」
「……ありがとう、ありがとう」
 青年は懐から書状を取り出し、獣人の手に握りこませるように手渡した。
「お前はすぐにこの国を出てサライの国境の町ジュリスで待て。
必ずこの書状の返事を持って行かせる」
 獣人はそう言って、青年を立たせ、馬まで探して連れてきてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

処理中です...