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しおりを挟む私は、王都には行かなかった。
何度もローガンには乞われたけれど、この町を離れたくなくて、結局折れてくれたのはローガンの方だった。
私が彼を失ったと思ってからも、なんとかやって来られたのはこの町の人達に助けてもらっていたからだ。
きっと子供達の髪色が黒いのは、黒狼なんじゃないかと思っていた人も居たと思う。
だけど何も言わずに見守っていてくれた。
それがどれだけ善良で、恵まれていた環境だったのかを拉致の一件で思い知らされた。
この大好きな港町は、もう私の故郷なのだ。
本当は今後の子供達の事を考えたら、ローガンの側で必要な教育を受けられる環境の整った王都の方が良いのはわかっているけれど、今はまだ、もう少しだけ、と私の我儘を通させてもらっている。
「それは?」
ローガンが子供達のお昼ご飯を興味深そうに覗き込んだ。
子供達の今日のご飯はジ・ヤガイモをお肉と一緒に甘辛く煮たモノ……要は肉じゃがである。それにジャガイモのチーズガレッドとキノコと葉物野菜のスープ。ちなみに夜ご飯は肉じゃがをアレンジしてコロッケにするつもり。昨日市場でジ・ヤガイモが安売りしていたのだ。
ローガンはたくさんお金をくれるけど、実はほとんど手を付けずに全部タンス貯金している。
黒狼の子供達はおそらく魔法が使えるようになるから、将来の学費のために残しておきたいのだ。
けれど、1ヶ月もしないうちにタンスは洋服よりもお金の方が多くなってしまそうな勢いがあるんだよね……。
もう十分だからと止めようとしたけれど、私が働くのを辞めないことと、特売品ばかり買うからお金がないのかと心配されているのとで、更に倍の額を渡されるようになってしまい、もうどうしていいかわからない。
そろそろローガンには本気でストップを掛けなければ、彼が破産するんじゃないかと逆に心配している。
「アリサの料理はどれも旨いが、変わったものが多いな」
メニューを一通り説明すると、ローガンがキースを膝に乗せて一緒に食卓についた。
キースが緊張で微動だにしないのを、ライラが私の側で震えながら見ている。
「キース、こっちにおいで」
私の言葉に弾かれたようにキースが顔を上げるとローガンの膝から飛び降りた。
タタタタと私に駆け寄ってライラの反対側からお腹にギュッとしがみ付くと頭をグリグリと押し付けてくる。
「ウンウン、怖かったねぇ」
「なんでだ、構ってやってるのに」
「ふふふ!」
不満げなローガンに思わず笑ってしまった。
だって、世間の英雄はうちでは全く人気がないんだもの。
キースも絵本の中の英雄は大好きなのに、父親がソレだとは結びついていないようだ。
いつか知ったらビックリするのかな?
その反応が楽しみなので、今はまだ教えずにいる。
そして。
「二年間の空白はそう簡単には埋まらないって事でしょ。キースはもっと頑張らないとねぇ」
「あ、マリオさん。こんにちは」
「お邪魔しまーす」
伝承石を通じて、たまにマリオさんまで来るようになった。転移ってすごいね。
この唐突に会話に混じる感じももう慣れた。我ながら順応性が高い。
ローガンはいつも苦虫を噛んだような顔で心底嫌そうにマリオさんを扱うけれど、マリオさんが一体何者なのか私はいまだによくわかっていない。
王都でローガンと仕事をしていると言うことと、騎士達を率いていたから、もしかしたら騎士団関係の偉い人なのかもしれない。
一応、彼に出すお茶はちょっと良いものを用意している。
「お前、いい加減にしろ。頻繁に来るな!」
「そんなにプンプンしないでよ。別にキースが居ない時に来たりしてないんだからさぁ」
「そんなことしたら殺すからな」
「うわぁ反逆罪! キースは俺が上司だって忘れてない?」
「お前なんか上司じゃない」
「未来の国王だよ? 未来の上司でしょ! ちゃんと敬ってくれなきゃお給料減らしちゃうからね⁉︎」
「はぁ? 金なんていらな」
「えっ⁉︎⁉︎」
思わず持っていたティーカップを取り落としそうになりながら、会話に割って入ってしまった。
だって、今、なんて言ったの?
未来の……未来の……⁉︎
え、ギャグ⁉︎
急に声を上げた私に、ローガンとマリオさんの視線が集まる。
「マ、マリオさんって……え?」
「ん?」
なぁに? と首を傾げると、彼の艶々の金髪が靡く。言われてみれば確かに高貴な佇まいである。
勧められなくても自然と部屋で一番居心地の良いソファに陣取る悠々しい態度。
ローガンの美形インパクトが強すぎて感覚が鈍くなっていたけれど、顔も王道のキラキラ王子様顔じゃないか……。
「ま、お……、で……⁉︎」
「まお?」
「どうしたアリサ、大丈夫か?」
どうしよう、もうマリオさんって呼べない。
なんて呼べば不敬じゃないの⁉︎ 王子様⁉︎ いや殿下⁉︎
当たり前だけど王族の名前なんて呼んだことないよ!
「あはは! なーに? すっごく困ってるんだけど! ワカメちゃんって、やっぱり面白いよねぇ」
「アリサで遊ぶな。帰れ」
「やだよ、せっかく来たんだからお茶くらい飲まないと帰れない」
「何様だよ」
「王子様?」
リアル王子様返しっ‼︎
いやそんな事に感動してる場合か!
おおお、お茶……っ‼︎
そうだ、お茶をお出ししないと‼︎
動揺を抑えきれず、ガチャガチャ音を立てながらなんとかお茶を入れた。
「粗茶です‼︎‼︎」
「ええ……粗茶なの……?」
「いいえ‼︎ 本当は良いお茶です‼︎」
日本人的謙遜は通用しなかった‼︎
すぐさま言い直して胸を張ると、マリオさん、もといマリオ殿下は「あはは!」と朗らかに笑い出す。
「ありがとー。ところでワカメちゃんに聞きたいことがあるんだけどいい?」
「は、はいっ!」
「キースが君に預けた伝承石って、今どこにあるの?」
伝承石……それはローガンが空き家に置いていった、あの蒼くて綺麗な宝石の事だ。
今、うちに設置されているのは黄緑色であの時とは別の伝承石。
だって、あの石は私が……。
「あれ、王家に伝わる家宝みたいなものなんだよね。だからそろそろ返してくれる? キースに言っても無駄だし、というかむしろもう一個パクられたし、君から戻してもらえると有り難いんだけれど」
ヤバイ。
「魔力がある程度必要だから黒狼か王族くらいしか使う事は出来ないだろうけど、見た目がすごく綺麗でしょ? あれ、宝石としても価値が高いものだから市場に流れちゃうと困るんだよね」
ヤバイ……ッ!
「あの……お尋ねの、伝承石ですが……」
「うん?」
「たぶん、港に……?」
「……港?」
「というか、海、に……」
「……」
ローガンに手切金を渡されたと思った私は、怒りに任せて伝承石を海へ向かって投げ捨てた。
王族に偽れるはずも無く、私が正直にそう打ち明けると、マリオ殿下は笑顔のまま固まって、ローガンまでもが顔色を変えた。
「捨てた……?」
「手切金⁉︎」
「すみません……‼︎」
目の前の両者は呟いている事は別だけれど、同じようにひどく衝撃を受けているのがわかる。
もうひたすら謝るしかない。
なんなら土下座してしまいたいくらいだけれど、土下座ってこの世界で有効なのだろうか。むしろふざけてんのかと思われたらどうしよう。
「ひどい誤解だ……アリサ、俺が手切金なんて渡すわけがないだろう!」
最初に復活したのはローガンだった。
ガシッと私の両肩を掴んで目を合わてきた綺麗な顔が、今は悲痛に歪んでいる。
「ご、ごめんね? その時はそう思ったけど、今はもうそんな事思ってないよ!」
「……っ、当たり前だ!」
「ご、ごめん……ほんとに、ごめんね……」
項垂れてヘニョリとしたローガンの耳をヨシヨシと撫でると、そのまま強く引き寄せられてギュウッと抱きしめられた。
「ロ、ローガン……? ちょっと」
「ダメだ」
「あ、はい」
こうなるとひたすらローガンの機嫌が直るまで好きにさせるしかない。
子供をあやす様に彼の背中を撫でていると、マリオ殿下のいつもより低い声が聞こえてきた。
「……なるほど。お陰でワカメの謎がやっと解けたよ」
ワカメ……?
「どの辺に捨てたかは覚えてる?」
「えっと、あの、堤防から思いっきり投げてしまったのでハッキリとは……」
「そう、じゃあ仕方ないねぇ。……キース?」
「なんだ」
「君の責任だから、君が取ってきてよ」
「いやだそれどころじゃない」
「は? 借りたものは返す! これ常識だからね⁉︎ 国王が甘いからって俺は許さないからね⁉︎」
「ご……ごめんなさい‼︎ あの、私が……っ」
「あーいいのいいの、ワカメちゃんは何も知らなかったんだから。悪いのは全部キースだから。キースに責任を取ってもらうから……って、ねぇ聞いてる⁉︎ そこ俺が話してんのにイチャつかない‼︎」
「ひぃ‼︎ ごめんなさいっ‼︎」
「アリサを虐めるな腐れ王子」
「お前に言ってんだよバカ狼‼︎」
一悶着あったけれど、後日ローガンはケロッとした顔で捨てたはずの伝承石を難なく拾ってきた。
でも王家には返さずに私がいつでも王都に転移できる様、王宮内にある自室に置くという。
マリオ殿下が氷の笑顔で烈火の如く怒り狂う姿が目に浮かんだ。
お願い、もう返してあげて……。
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