1 / 22
1
しおりを挟むそういえば昔から男運が悪かった。
学生時代の彼氏は相手の浮気が原因で別れてるし、社会人になって付き合ったのは無職のくせにギャンブラーでヒモ体質。
アラサーになり、よくやく結婚を意識できる優しくて真面目だと思っていた人は、蓋を開けてみればヒステリックなモラハラ男だった。
失敗する度にこんな男はダメだと学習してるはずなのに、私はどうしてこうなんだろう。
江口 アリサ 26歳
まさか異世界転移した先で、また男で痛い目を見るとは思わなかった。
※※※
別れたくても別れてくれないモラハラ男に自尊心をボロボロにされて、自分なんて生きてる価値あるのかな~なんて思い詰めた私は、その日、仕事を休んで海を見に行った。
溜まりに溜まっていた有休を1日取るだけで散々嫌味を言われたけれど、もうすでに心が死んでいたからノーダメージ。むしろ仏のように薄く微笑みながら聞き流していたら、色んな意味で上司が引いた。
さて、リフレッシュと思いきや。
穏やかな南の海で癒されれば良かったものの、よりによって荒れ狂う日本海をチョイス。
どんよりと泣き出しそうな空の下、海岸のゴツゴツした黒い岩の上に体育座りして、打ちつける波をぼんやり眺めていたら『そんなに辛いならこっちの世界に来ちゃいなよ!』って、幻聴が海原の奥から聞こえたんだよね。
今思えばただの波の音だったのかもしれないけど、その時はちょっと私も頭がイッちゃってたから『じゃあそっちに行っちゃおっかな~』とか思ったりして。
いやでも、本当に思っただけだから。
死ぬ気なんて全然ないから。
モラハラ彼氏に精神的に痛めつけられて、ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだ。
なのに、ハッと気付いたときには目の前に私を迎えに来たかのような大きな波が迫ってきていて、あっという間に飲み込まれていた。
※※※
次に目が覚めたとき、静かな港の防波堤にどういう訳か打ち上げられていた。
視界いっぱいに広がる高い青空は晴天で雲ひとつなく、風も春のような暖かさ。
まさかここは天国では?と思ったら、異世界でした。
だって、通りすがりに「あんたこんなとこで何してんだ?随分とずぶ濡れじゃないか。大丈夫か?」って、話しかけてきた恰幅の良い髭もじゃのおじさんにウサギみたいな耳と尻尾があるんだよ。
『えっ、おっさんがバニーちゃん⁉︎ 何、変態⁉︎』って飛び起きたら、おじさんのハゲかけた頭にあるモフモフのそれは意思を持ってピルピル動いてる。
耳……動いて……っ⁉︎
でも顔はオッサン⁉︎ 頭ハゲかけてるのに、耳と髭だけは毛もじゃ⁉︎
もう違和感が多すぎて、いろいろ焦点が合わない。
「あ、あわわわわ……っ」
「おい、どうした? もしかして頭を打ったのか⁉︎ だれかっ、このお嬢さんを診てやってくれ!」
おっさんバニーの呼びかけに集まったこれぞ海の男と言わんばかりの筋肉モリモリな男達も、みんな頭に耳らしきものがついていて尻尾の形も様々だった。
おかしな格好なのに真面目な顔して「おねーさんどこから来たの?」やら「とりあえず診療所か?」とか私をすごく心配してくれる。優しい。
こんなふうに誰かに気遣われたのは、いつぶりだろう。
「あの、あの、ここ、どこですか?」
「ここか?ここはマジャール港のモフルンだぞ」
おっさんバニーが答えてくれた。
マジャール港のモフルン、なにそれ。
「あんた、黒……いや、耳が違うから人間か? 珍しい髪色をしているな。どっから来たんだ?」
今、私のこと人間って言った?
じゃあ、おっさんバニーはやっぱり人間じゃないの? 耳と尻尾以外の部分は私と同じに見えるけど、こっちではそれがスタンダードなの? 異質なのは、私?
こんなに頭の中がハテナで埋め尽くされたのは生まれて初めてだ。
どこから来たかと言われても、わからない。
気付いたら、ただここに居たのだ。
はて、私はどうやって何処から何処にきたんだろう?
……いや、もう何処でも良いじゃないか。
あの男のいない場所なら、それだけで良い。
たとえここが、オッサンが動物の耳をつける変態の世界であっても。
「わ、わたし、海から流されてきました。お金も家もありません。でも生きたいです。助けてください」
生きたい。死にたくない。
まだ、幸せになることを諦めたくない。
ずっと何があっても出てこなかった涙が、ボロボロと溢れていた。
そのうちに、わぁわぁと声を上げて泣いた。
周囲でオロオロと戸惑う屈強な海の男達には申し訳ないが止まらない。
もうどこでもいい。
此処でいいい。
私は今度こそ、ちゃんと生き直したい。
そう強く思った。
※※※
ヘンテコな世界に呼ばれて半年が過ぎた。
半年もいれば、なんとなくこの世界のことが見えて来る。
まず、この世界はやっぱり異世界だった。
主に人間と獣人が半々くらいの世界。
この港町モフルンでは獣人が約7割と多めだけれど、もっと都会の町になると人間の方が多くなるんだと最初に私に声をかけてくれたおっさんバニーのサウザンさんが教えてくれた。
私は心優しい海の男(獣人)達の助けもあり、町に保護された。
何処から来て何があったのかなど何も答えられなかった事と、この世界ではかなり珍しい黒髪と黒い瞳の色のせいですっかり人攫いにあった説が有力とされ、この世界の常識を全く知らないのはショックによる記憶の混濁ではないかと結論づけられたようだ。
異世界人だなんて言っても「よほどショックな事があったんだな。可哀想に」と同情されただけだったので、もう人攫い説に乗っかっておこうと思っている。
今は町役場から住み込みの食堂の仕事を紹介してもらい、せっせと働いている。
たまに漁港に行けばサウザンさん達に売り物にならない魚を分けて貰えるし、食堂の店主であるタヌキ獣人のオリエさんはとても面倒見が良い肝っ玉母さんで、記憶の混濁とされている私の常識のなさを笑うことなく、通貨の価値やこの世界での日常生活に必要なもののあれこれを丁寧に教えてくれた。
隣近所の顔も知らなかった元の世界よりも、今の獣人関係の方が良好なんじゃないだろうか。
此処にいれば、元の世界の事なんてどうでも良くなってくるから不思議だ。
どうせ施設育ちの私に両親の記憶なんてないし、最後に付き合っていた彼氏のことなんてそれこそ思い出したくもない。
借りていたアパートの部屋がそのままで、大家さんには大変申し訳ないとは思うけれど、たとえ戻れるとしてももう戻る気はなかった。
それくらい私の異世界での人生再出発は、極めて順調と言えた。
のちに私を捨てて町から消えた、あの狼に出会うまでは。
29
お気に入りに追加
2,018
あなたにおすすめの小説
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』
伊織愁
恋愛
人族であるリジィーは、幼い頃、狼獣人の国であるシェラン国へ両親に連れられて来た。 家が没落したため、リジィーを育てられなくなった両親は、泣いてすがるリジィーを修道院へ預ける事にしたのだ。
実は動物アレルギーのあるリジィ―には、シェラン国で暮らす事が日に日に辛くなって来ていた。 子供だった頃とは違い、成人すれば自由に国を出ていける。 15になり成人を迎える年、リジィーはシェラン国から出ていく事を決心する。 しかし、シェラン国から出ていく矢先に事件に巻き込まれ、シェラン国の近衛騎士に助けられる。
二人が出会った瞬間、頭上から光の粒が降り注ぎ、番の刻印が刻まれた。 狼獣人の近衛騎士に『私の番っ』と熱い眼差しを受け、リジィ―は内心で叫んだ。 『私、動物アレルギーなんですけどっ! そんなのありーっ?!』

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。
そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。
お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。
愛の花シリーズ第3弾です。

【完結】そう、番だったら別れなさい
堀 和三盆
恋愛
ラシーヌは狼獣人でライフェ侯爵家の一人娘。番である両親に憧れていて、番との婚姻を完全に諦めるまでは異性との交際は控えようと思っていた。
しかし、ある日を境に母親から異性との交際をしつこく勧められるようになり、仕方なく幼馴染で猫獣人のファンゲンに恋人のふりを頼むことに。彼の方にも事情があり、お互いの利害が一致したことから二人の嘘の交際が始まった。
そして二人が成長すると、なんと偽の恋人役を頼んだ幼馴染のファンゲンから番の気配を感じるようになり、幼馴染が大好きだったラシーヌは大喜び。早速母親に、
『お付き合いしている幼馴染のファンゲンが私の番かもしれない』――と報告するのだが。
「そう、番だったら別れなさい」
母親からの返答はラシーヌには受け入れ難いものだった。
お母様どうして!?
何で運命の番と別れなくてはいけないの!?
番は君なんだと言われ王宮で溺愛されています
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ミーシャ・ラクリマ男爵令嬢は、家の借金の為コッソリと王宮でメイドとして働いています。基本は王宮内のお掃除ですが、人手が必要な時には色々な所へ行きお手伝いします。そんな中私を番だと言う人が現れた。えっ、あなたって!?
貧乏令嬢が番と幸せになるまでのすれ違いを書いていきます。
愛の花第2弾です。前の話を読んでいなくても、単体のお話として読んで頂けます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる