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蛇足
(5)デートの話です(キリッ)
しおりを挟むクラウドは馬車の中で義姉を気遣う素振りを見せながら(さて、どうしてやろうか)と思案していた。
あの様子だとナタリアはミレーヌを諦めていないだろう。
連絡手段を全て絶たせたはずだったが、どうしてかミレーヌとナタリアは繋がってしまった。
(全て片付けたはずの鳩がまだ残っていたのか?…一体どれだけ居るんだ、小賢しい)
大体、令嬢が鳩を訓練しているなど聞いたこともない。正直、あまりに古典的過ぎて想定外ではあった。
あの伝書鳩の数と慣れた様子を見れば随分前から用意されていた通信手段であることがわかるが、ナタリアはいつか自分がミレーヌとの仲を裂かれる可能性がある事を見通していたのだろうか。
(通常の伝書鳩は帰省本能を利用したものだと聞くが、屋敷の周囲にそれらしき巣は無かった。一体どうやってウチまで辿り着けるようにしたのか……ミレーヌの友人が、優秀すぎるのも考えものだな)
出会った当初からクラウドはナタリアに警戒されている。
ナタリアの人の本質を見抜く能力は高く、どんなにクラウドが人好きのする笑顔を向けても胡散臭い視線を返され更に疑われた。まあ、クラウドが義姉に対する想いを隠していないのが要因でもあるのだが。
「ミレーヌ、寂しい気持ちはわかるよ。落ち着いたらきっとナタリア嬢から連絡がくるから、それまでの少しの間だけ、ミレーヌも少しナタリア嬢離れをしたらどうかな?」
「ナッちゃん離れ…!」
「そうだよ。これからナタリア嬢は伯爵夫人となり女主人としての役目を果たすことになる。学生のように友人にベッタリというわけにはいかないんだよ? 勿論、ミレーヌだって結婚すれば同じ事だ。お互いに自立しないと相手の負担になることもある」
ミレーヌは、弟離れだけでなくナタリア離れしなくてはいけない追い討ちに絶望した。
(そんな…それではこれから一体誰を頼れというの。いえ、こんな甘えた気持ちだからこそクラウドから自立を促されているのね。な、なるほどね…? うう…)
「そ、そうね…お互いにもう大人だし、頼ってばかりではいけないわね。が、がんばります…」
「うん、頑張ろう。厳しいことを言ってごめん」
「いいの、わかっているわ…うん…うん…」
ミレーヌは青い顔をして、自分を納得させるように数度頷いている。
そんなミレーヌをクラウドは(可哀そうに)と眺めていた。
(貴女の友人として都合が良かったのに、俺も残念だよ、ミレーヌ)
「ねえミレーヌ。まだ時間も早いし、街に寄って行こうか?」
「街に?」
「ああ、きっと良い気分転換になるよ。それに巷のカップルはデートというものをするんだろう?」
「そうね…?」
「連れて行きたい場所があるんだ」
街には同僚の騎士であるデジレが嬉々として教えてくれた最近女性に人気だというカフェがある。
その店は見栄えの良いデコレーションの施されたパンケーキがオススメらしく、甘いものが好きなミレーヌはきっと喜んでくれるだろうと元々今日誘うつもりでいた。
すぐにでも妻となる確約を得られなかったのは残念だが『恋人期間を設けたい』というミレーヌの可愛いお願いをクラウドは叶えようと思っていた。
一方ミレーヌは、別方向に義弟の本気を感じていた。
(クラウド…アリアナ様を連れて行きたい場所を下見するつもりなの? 気分転換どころかお姉ちゃんに現実を突きつけてくるなんて……。ふふ…いいわ、女性目線でアドバイスしてあげましょう。弟離れ…してみせるわ……)
正直、乗り気ではない。
出来ればこのまま帰って、趣味の読書で本の中に現実逃避したいと思っている。
しかしクラウドは、きちんとミレーヌの助言を受けて恋人を大切にしようとしているのだ。
言い出した自分が力にならずにどうするんだと、ミレーヌは笑顔を作ってクラウドの提案を了承した。
※※※
「まあ!」
ミレーヌは、目の前に置かれたパンケーキに目を輝かせた。
数分前までとても楽しめる気がしないと落ち込んでいた気持ちは、パステルカラーの壁紙やバルーンで装飾された店内で一気に離散し、席について注文の品が届くとその見た目の可愛らしさに感動まで覚えた。
香ばしく甘いシロップの香り。
薄く焼かれた数枚の折り重なるパンケーキの上にはタワーのような生クリーム。
七色のチョコチップが虹のようにクリームの雲にかかり、その周りをカットされたフルーツが華やかに色を添えている。
カラフルで見ているだけで元気になれるような女性受け抜群の一品である。
「すごいわ! ねえ見てクラウド、こんなの見たことある!? どうやって頂けばいいのかしら? すぐに崩れてしまいそう」
ミレーヌが興奮しながらそう言えば、クラウドは目を細めて柔らかく笑った。
「崩していいと思うよ。みんなそうしてる」
店内を見渡せば若い女性で賑わいをみせており、驚く事に女性達はこの大ぶりなデザートをお喋りをしながらペロリと平らげていた。
「本当だわ…私、大丈夫かしら。お夕食は要らないと言っておけば良かったわね」
伯爵家の料理人は子供の頃からお世話になっている者たちだ。特に筆頭のシェフは、ミレーヌ分の食事を当時義母により食事抜きにされたクラウドと分け合うために、こっそり二人分の大盛りにしてくれた優しい人である。
折角用意した食事を要らないと言って料理人を悲しませたくはないが、自分で注文した料理を残すのも憚られる。
ミレーヌは密かに今日はフードファイトを決めるしか無いと覚悟を決めた。
「よ、ようし! やるわよ!」
「ミレーヌ、無理しなくていいよ。食べられなければ俺が食べるから」
「いえ…でも…」
「勿論残しても構わないけど、ミレーヌはそれを好まないだろう? 行儀は悪いかもしれないけど、ここには知り合いも居ないし構うことはない」
「……いいの?」
「いいよ」
「どうせ誰も見ていないよ」と、クラウドは言うけれど、店内に入った瞬間から彼は注目を一身に浴びていた。
街に行くことになり、悪目立ちしないよう馴染みの店に寄って平民に紛れる簡易な装いに着替えているが、クラウドは白いシャツに紺色のスラックス、同色のベストという非常にシンプルな格好なのにそれが端正な顔の作りを更に際立たせており、均整のとれたスタイルも合わせて貴族感が隠し切れていなかった。
だったら最初からやらない方が良かったんじゃないかというほどの逆効果だ。
店内はほぼ満席の中、男性はカップルで来店している数人しかいないのも余計にクラウドを目立たせている一因である。
そんなクラウドをミレーヌは静かに観察して、思考を巡らせていた。
(クラウドは座ってコーヒーを飲んでいるだけなのに、女性達からあんなに視線を受けて……。私なら緊張して茶器を持つ手が震えてしまうわ。全く意に介していないのは、もう本命がいるからなのかしら?)
そして、いつかアリアナとこの店に来るであろう時の2人を想像すると、美男美女はとてもお似合いでミレーヌは密かに小姑心を燻らせた。
(そういえば、先日読んだロマンス小説に『リア充の余裕』という形容があってうまく想像出来なかったけれど、もしかして今のクラウドの事じゃない?……なるほど、確かに私的にちょっと腹が立つという気持ちも分からなくもないわね…。
でも、これだけ注目されるクラウドが近くに居たら私は光の下に集まる羽虫のようなものなのだから、パンケーキを多少わんぱくに頂いても誰も気付かないのではないかしら?)
ミレーヌは、今のこのリア充に当てられてムズムズする非リアの気持ちをパンケーキにぶつける、つまりやけ食いとやらかできるのではないか?と閃いた。
ミレーヌは甘いものが大好きで、いつもは周りの目を気にして抑え気味(自分比)にしているが、子供の頃はケーキをひとりでワンホール食べるのが夢だったのだ。
(太るとか、人目を気にしなくてもいいのなら、甘いものならいくらでも入る気がする。そもそもデザートは別腹っていうし、もしかしたら夕食だってイケるんじゃない? うん、イケる、イケるわコレ……万が一ダメでも騎士であるクラウドが居るものね!)
クラウドは細身だけれど『騎士』であるなら牛一頭でも食べられるだろうという、ミレーヌの騎士に対しての間違った認識と信頼がそう思わせていた。
「どうしたの、ミレーヌ。食べないの?」
「頂きます!」
※※※
「はぁ、幸せ……」
パンケーキを見事にひとりで食べ切ったミレーヌは、ティーカップを片手にほうっと悩ましげなため息とともにそう溢した。
「気に入ってくれたならよかった」
クラウドはミレーヌに穏やかに微笑みかけながらも、ため息ひとつで無駄に色香を撒き散らす義姉に内心は穏やかではなかった。
デジレから勧められたデートスポットは、出来る限り他の男が少ない場所を選定しているがゼロではない。
今は町娘のようなハーフアップの髪型に空色のワンピースというありふれた装いをしているが、ミレーヌは普段の街では決してお目にかかれないような美女である。
自分の恋人が目の前にいても、チラチラとミレーヌを盗み見ている男がいるのが実に腹立たしい。
ミレーヌはそんな義弟の心情など知らず、優雅な所作で紅茶を一口含んでから静かにカップを置くと、意識的にキリッとした表情を作った。
「クラウド、このお店なら女の子は喜ぶと思うわ」
「ん? そうみたいだね」
「あと、シンプルな装いであればあるほど、クラウドの容姿は目立つのかもしれない。今も人目を惹きつけているようだから、服装はその感じがいいわね。そうする事で、女性は周りを気にせずパンケーキを頂けることでしょう」
「何の話?」
「デートの話です」
至極真面目な顔をして、義姉がまたおかしな事を言い出した。
しかし、夢見がちなミレーヌにとってはいつもの事で、クラウドはあまり気にせずスルーする事が多い。
基本的に、ミレーヌの話は全て肯定。否定するなどもってのほか。この少し不思議な所も彼女の魅力のひとつであり、ミレーヌこそ正義で法律だと、クラウドは割と本気で思っている。
言葉が足りない部分は、自身の憶測と経験で補えばいいだけだ。
(店も俺の格好も、気に入ったということかな?……まあ、いいか。ミレーヌの何故かキリッとさせた顔が可愛いから)
「そう、わかったよ。そうするね」
何も分かっていなかったが、今回もクラウドは笑顔でミレーヌの話をまるっと受け入れた。
ミレーヌも素直にアドバイスを受け入れた義弟に複雑な思いを抱えながらも、恋愛の師匠の如く「うむ」と深く頷き返した。
義姉弟の壮大なすれ違いは、こういう所が要因であることに気付くのはまだ先である。
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